第56話 お仕置きの時間

 さぁ、いい年した大人達を、成人したての第二王子がお仕置きしようか。

 ……実際の精神年齢は三十代だが、それはさておき。

 魔力感知に反応した魔力が膨れ上がるのを感じる。貴族達の魔法の重ね掛けだ。

 そろそろ来ると感じ、いつでも動けるように待つ。

 そして、兄夫婦に向かって、人の頭三つ分くらいの大きな火の玉が放たれた。

 ヴァイナスが兄夫婦の前に守るように立つ。

 何も知らない貴族や成人したばかりの子息や令嬢の悲鳴が響く。

 魔法と同時に俺も動き、パーティー会場中央で母と兄夫婦や襲撃に関与していない貴族達の方に結界を張り、水の玉で火の玉を防ぐ。相殺したことで水蒸気が辺りを漂う。

 その水蒸気の中から、こちらへやって来る者が三人、魔力感知に反応した。

 腰に佩いたクラウ・ソラスが擬態している短剣を抜き、俺に攻撃を仕掛けて来た一人の剣を防ぐと、残りの二人が続けて攻撃をしてくる。よく見ると、二十歳になったばかりの伯爵家の息子や子爵家の息子二人だ。

 ヘリオトロープ公爵から毎年覚えるようにと渡される、肖像画付きの貴族名鑑を見ておいて良かった。この三人の父親はフォギー侯爵の手下達だ。

 こちらは短剣、相手は片手剣。

 やられる気は全くないが、短剣で防ぐのが少し面倒に感じたので、蘇芳に念話で伝える。


『蘇芳、擬態を解いて。面倒になってきた』


『え、リオン、いいの? まだ私の使い手というのは黙っておいた方が良くない?』


『君も相手の攻撃を防いでるから気付いてると思うけど、言葉は悪いけど雑魚に掛ける時間が惜しい。圧倒した方が戦意を削げる。それに、フォギー侯爵の狙いの一つが君だよ、光の剣クラウ・ソラス。王城を狙ったのは父の命もだけど、君を手に入れるためだ。王城の宝物庫は王族のみしか入れない』


 これはたまたま知ったというより、気付いたことだ。

 フォギー侯爵は俺を見掛ける度に、娘を側室にとか言いつつも、宝物庫に行く機会はあるか、クラウ・ソラスはどのような形なのかと聞いてきた。

 娘を側室に、の言葉を枕詞に、会う度に何度もクラウ・ソラスのことを聞かれるから怪しいと感じ、適当にあしらい、宝物庫の話は一切触れずに躱していた。

 萌黄やロータスにお願いして、調べてもらうと、娘を側室にというのは建前で、本音はクラウ・ソラスを手に入れたいということだった。

 しかも、上手く行けば、権力も王国の至宝の剣を手に入るかもしれないと思っていたに違いない。


『成程。つまり、リオンは私の使い手であり、使いこなしているところをその侯爵に見せつけて、精神的なダメージを与えるつもりってことだね? いいね、そういう攻撃は好きだね。武器の私には出来ない、使い手ならではの攻撃方法だね』


 面白そうと念話で呟き、蘇芳は続ける。


『じゃあ、擬態を解いて、襲撃犯を圧倒しようか、リオン。私の今代の使い手は君だけだ。他の誰でもない。使い手として君を選んだのは私で、私を受け入れてくれたのは君だ。どんな相手でも、私の刃で君を守ろう。君に、傷一つ付けさせるつもりはない。やはり、君を使い手として選んで良かったよ、リオン』


 若干、口上のようなことを蘇芳は言いながら、子爵家の息子の剣を受け止めていた短剣が光る。

 相手の剣を弾き飛ばすと同時に、短剣から元の光の剣クラウ・ソラスの形に戻る。

 弾き飛ばした子爵家の息子は出入り口の近くの壁にぶつかり、気絶した。

 相変わらず、クラウ・ソラスを使うと力の加減が上手くいかない。

 魔力を通すと銀色の刀身が明るい薄い赤――鴇色になる。

 それを見た残りの伯爵家と子爵家の息子は驚き、更に奥に立つ、少し筋肉質で、アッシュに似た顔立ち、枯茶色の髪のフォギー侯爵が目を見開いた。

 俺の背後では貴族達がざわめく。

 クラウ・ソラスを見た伯爵家と子爵家の息子は、目の色を変えて俺から奪おうと襲ってきた。

 伯爵家と子爵家の息子は、光の剣クラウ・ソラスの特色を知っているということだ。フォギー侯爵から聞いたのだろうか。

 それは捕らえた後でも聞けることなので、クラウ・ソラスで伯爵家と子爵家の息子の攻撃を防ぎ、横に払うと相手の剣が悲鳴を上げるように折れた。

 そういえば、前に蘇芳が、クラウ・ソラスは剣だから、あらゆる剣なら使いこなせるし、従えらせると言っていた。

 相手の剣を従わせることが出来るから、クラウ・ソラスの意に反して動かそうとする伯爵家と子爵家の息子に反抗して折れたのだろうか。


『リオン、その答えも合ってるけど、もう一つ言うと、リオンと私の攻撃に相手の剣が耐えられなかったんだよ。まぁ、根本的な話、あちらとこちらだと素材が違うからねー?』


 俺の思考を読んだ蘇芳が、念話で答える。

 剣が折れたことに伯爵家と子爵家の息子が動揺している隙に、右手にクラウ・ソラス、左手に魔法で作った炎の剣を持ち、相手の首元に向けると、すぐ降参するように手を上げた。


「――青薔薇の精霊」


 青藍を呼ぶと、俺の隣にふわりと青薔薇の花弁が舞う。


『お呼びですか? ヴァーミリオン様』


「降参した伯爵家と子爵家の子息、気絶した子爵家の子息を捕縛して。棘の有無は貴方に任せる」


『かしこまりました』


 青藍は優美な笑顔で答えるが、紅、萌黄の次に付き合いの長い召喚獣である彼の表情は、俺に攻撃して来た伯爵家と子爵家の息子達を許さない。蔓の裏面にしっかり棘を付けてやると言いたげな笑顔だった。青藍も過激だよねー……。

 あっさりというか、第一撃の魔法、第二撃の剣での攻撃を防ぎ、次に来るとしたらまた魔法だろうと考えていると、やはり魔法が来た。

 炎の固まりの魔法ではなく、今度は人の頭三つ分の土の固まりだ。

 それを風の魔法で細切れにして防ぐ。掃除が大変になるなと離宮の使用人達に申し訳なく思いつつ、出入り口付近の窓際にいるフォギー侯爵達をちらりと見ると動揺している。

 七年前にもセラドン侯爵達の攻撃魔法を紅と防いでいるのを見ていたのだから、分かるだろうに。

 それとも第二王子は鍛練を怠っていると思っていたのか。


「――シュヴァインフルト伯、セレスティアル伯。出入り口付近の窓際にいる貴族達を全員確保を」


 フォギー侯爵達が動揺している隙に、静かに通る声で伝える。


「承りました!」


「御意!」


 待ってましたとばかりにシュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵が応答し、騎士達と宮廷魔術師達に的確に指示していく。こういう大々的な捕物は二度目な上に、相手が貴族だからなのか、それとも個人的な恨みでもあるのか、一部の騎士と宮廷魔術師の目と笑顔が怖い。

 動揺している時を突かれたことで、出入り口付近の窓際にいた貴族達はあっさり捕まった。

 フォギー侯爵も捕まっている。

 あっさり捕まっているところを見ると、魔物を離宮に呼び込んで、混乱に乗じて逃げるつもりなのだろう。

 捕縛された状態でフォギー侯爵達がシュヴァインフルト伯爵と騎士達によってホール中央に並べられる。

 それを見た、今回加担していない貴族達が、捕縛された貴族達の多さにざわめく。

 加担した貴族と共に参加した子息を含めて、ざっと三十人。本当に多いな。

 シュヴァインフルト伯爵が、首謀者のフォギー侯爵を先頭にして座らせる。

 座らされたフォギー侯爵は、俺と光の剣クラウ・ソラスをじっと見ている。

 彼が欲している二つが目の前にいるからだろう。


「……王太子殿下ご夫妻を狙った、今回の首謀者は誰です?」


 七年前の時のように、首謀者を知っているが、敢えて俺は捕縛された貴族を見渡しながら、問い掛ける。七年前はヘリオトロープ公爵が問い質していたが。

 捕縛された貴族達は目を逸らしたり、俯いたりしている。

 わざとらしく溜め息を吐いて、俺はにっこり微笑む。


「まぁ、首謀者は知ってますけどね。ねぇ、フォギー侯爵?」


 目を細めて微笑むと、フォギー侯爵がびくりと肩を震わせた。顔が何故、分かったのかと一瞬だけする。

 俺の言葉に、加担していない貴族達はざわつき、加担した貴族の何人かは顔を青くする。七年前のことを思い出したのだろうか。


「王太子殿下ご夫妻を狙った理由は何故です?」


「……何故とは、それこそ、既にご存知でしょう、ヴァーミリオン殿下。貴方様と光の剣クラウ・ソラスですよ」


 うわぁ……光の剣クラウ・ソラスはともかく、俺が理由とか嫌だ……!

 俺の何が気に入ったんだよ、気持ち悪い!

 俺のことを気に入ってくれるのはウィステリアで十分です。


「殿下のその美しさと、光の剣クラウ・ソラス。更には伝説の召喚獣フェニックス。これだけあれば、王に成り得る。貴方様が国王になって下されば、と思い、今回の襲撃を考えました」


 縛られた状態で、恍惚とした表情を浮かべて、フォギー侯爵が答える。

 人を勝手に国王に据えようとするのやめてくれないか。

 たったそれだけで、俺の大切な家族を殺そうとするなよ。虫酸が走る。

 しかも、その恍惚とした表情、怖い。俺の何を見てるんだ。


「――私が国王ですか。国王陛下は健在で、後継として立太子した王太子殿下がいらっしゃるのに、成人したばかりの第二王子が国王になって、国民がついて来ると?」


 十五歳の若造の言葉を、国民がどうして聞くと思うんだ。危なっかしくて、王家の信頼度や支持が下がるに決まっている。

 前女王だった祖母は両親が他界し、直系の王位継承者は十二歳の彼女だけだったから仕方がないことだが、女王になるしかなかったのだと思う。その点、凄いと思う。

 会ったことはないが、祖母の治世は彼女の頭の良さ等と、周りの人達の様々な協力があったから、貴族達に傀儡にされることもなく、王位を父に譲るまで続くことが出来た。

 俺も周りには恵まれているが、ただの若造が王にあっさりなれる訳がない。

 王位継承権を放棄するを口実に、俺は帝王学等の王に関するものは学ばなかった。父や兄を支えるための知識の一つとして本では読んだが。余計に王になれる訳がない。


「貴方様が持っていらっしゃるもので、国民はついて来ます」


「……私が国王になったとして、国民がついて来るのは、早くて数ヶ月、長くて数年でしょうね。フォギー侯爵が私を傀儡にして、裏で国を操るのですから。身のない政治かどうか国民はすぐ気付きます。国が乱れれば、その時の国王である私に責任を押し付け、処刑する。王家の血を絶やし、新たにフォギー侯爵が乱れた国と国民を救えば、貴方が王になれる。その時にクラウ・ソラスがフォギー侯爵を選んでくれれば、両方手に入りますものね? 王位と光の剣クラウ・ソラスが。協力した貴族達はフォギー侯爵と共に甘い汁を吸えればいいからと、今回の襲撃の片棒を担いだのですよね?」


 図星といった表情をフォギー侯爵は浮かべる。

 その後ろで、捕縛された他の貴族達の顔が更に青くなる。


『うわー、嫌だなぁ。私はこいつを選ばないぞっ。魂が汚い。罪のない人達を殺した魂の色だ。触れたくもない。魂の色をちゃんと見てリオンを選んだけど、私が選んだからって国王になれる訳がないのに、意味が分からない』


 念話で、蘇芳が嘆く。

 申し訳ないが、理由が結局、七年前のセラドン侯爵と変わらない。

 というか、そんなに俺は単純で御し易いと見えるのか?


『……だから、根に持つな、リオン』


 呆れた声で、紅が念話で言う。

 根に持ってない。トラウマだ。


「……貴方様は、ご自身の価値をご存知ではないのですね、ヴァーミリオン殿下」


 手の内が暴かれたフォギー侯爵は、観念したように呟く。

 俺の価値って、この女顔のことを言っているのなら聞きたくもないし、知りたくもない。

 表情を変えずに、無言でフォギー侯爵を見返す。


「貴方様の美しさは、男女問わず魅了する。初代国王以降、誰も使い手になれなかった光の剣クラウ・ソラス、伝説の召喚獣フェニックスまで殿下は手にしているのに、何故、それらを使って、王になろうとなさらない。世界を手に入れようと思われないのか……!」


 何を言っているんだ、こいつ。

 王になることも、世界を手に入れることも俺には興味がない。

 どちらも大きな責任が伴うし、手に入れるというたったそれだけの理由で、無駄な戦いが生じ、失う必要のない人々の命が失われる可能性があるのに、手に入れようと思うか。

 無駄な戦いを起こす王に、国民がついて来ると思うのか。


「どちらも興味がないからだ。勝手にフォギー侯爵の野望を私に押し付けないでもらおうか」


 俺が望んでいるのは、愛しの婚約者と田舎の領地で、のんびり領地経営しながら、幸せに過ごすことだ。それは前世を思い出した、三歳の頃から変わらない。

 間逆なことをする理由が、そもそも俺にはない。

 父や兄が最低な王と王太子なら、王になることも考えるが、そうではない。むしろ、父は国や国民のことを考え、国を治めている。

 父が仕事をしないこともあるが、それでもちゃんと国を治めている。

 それなら、俺が王になる必要はない。

 父と兄を支える方がいい。


「そんな下らない理由で、王太子殿下ご夫妻の命を狙ったのか。私の大切な家族を」


 少しだけ殺気を込めると、目の前のフォギー侯爵と捕縛された貴族達の表情が更に青くなる。

 鍛練で俺のことを知っている、周りを守るように固める騎士達の顔が殺気で青ざめる。


「貴方様は本当にご自身の価値をご存知ないようですな。相応しい方が国を治め、世界を手に入れる。私はそれをお支えしたいだけだ。貴方様はそれに相応しいのに! だから、邪魔な王太子夫妻の命を狙った。もちろん、邪魔な国王も!」


 恍惚とした表情で、フォギー侯爵は俺に向かって、何故分からないのかと言う。

 分かりたくない。

 フォギー侯爵の言葉に、俺はにっこりと笑みを浮かべる。

 それを見たフォギー侯爵と捕縛された貴族達が真っ青になり、騎士達も更に青くなる。

 頭はまだ冷静だが、感情は怒りで荒れているせいか、俺は誰にも見せたことがないと自分でも分かるくらいの冷たい笑みを浮かべている。


「フォギー侯爵の下らない作戦なら、全てお見通しなので、ご心配なく。国王陛下はご無事ですよ。聖の精霊王、光の精霊王」


 五百年前の、両親になるはずだった初代国王夫妻である月白と花葉の名を呼ぶ。

 呼ぶと、月白と花葉が父とヘリオトロープ公爵、デリュージュ侯爵を連れて、俺の隣に現れる。


『連れて来たぞ、ヴァーミリオン』


 月白が俺を案じるように優しい目を向けて言う。

 髪の色は今敢えて銀色に変えてもらった。

 俺と同じ紅色で、顔も似ていると初代国王だと気付く者も出てくる。面倒臭いことは勘弁して欲しいので、変えてもらうようにお願いして良かった。


「ありがとう、聖の精霊王、光の精霊王。陛下、ご無事で何よりです」


 俺がお礼を言うと、月白と花葉が小さく笑った。

 月白達に連れて来てもらった父とヘリオトロープ公爵、デリュージュ侯爵を見て、会場内のフォギー侯爵を含めた全貴族達がざわつく。


「ヴァーミリオン、お前のおかげで助かった。今までの話、聞かせてもらったぞ、ダスク・サロー・フォギー」


 怒りを込めた声で、父がフォギー侯爵を見下ろす。


「……何故だ。グラナートの命を奪えるように、ここよりも多く配置していたのに……!」


 憎しみを込めた目で、フォギー侯爵が父を見上げる。

 国王の名を呼び捨てで言うフォギー侯爵を俺は静かに見る。

 正直なところ、人を増やしても月白と花葉で余裕で対応出来るし、父もヘリオトロープ公爵もデリュージュ侯爵も何気に強いので、王城の方は過剰戦力と言われても否定出来ない。


「ヴァーミリオンは賢いからな。お前の考えなら二ヶ月前に看破していた。それにあの程度なら、俺はもちろん、クラーレットとフロスティで余裕だ。聖と光の精霊王はヴァーミリオンが心配して付けてくれた。そんな親思いの息子が、お前の言葉に揺らぐと思っていたのか?」


 ……何気に、父が俺のことを自慢しつつ、フォギー侯爵を煽っている。

 俺に向けていた目と違う、憎しみを込めた暗い目でフォギー侯爵は父を尚も睨む。

 二人の過去に何かあったのだろうか。尋問等の時に、聞けばいいから、今はどうでもいいが。


「……愚鈍な王と、王太子など不要だ。ヴァーミリオン殿下を王に……!」


 捕縛していた縄を無理矢理解き、フォギー侯爵が立ち上がる。

 不謹慎だが、筋肉って、凄いな。そう思ってしまった。


「父上、もうやめて下さい! 何を考えているのですか!」


 アッシュが俺を守るように前に立ち、声を上げる。


「アッシュ! ちょうど良い。ヴァーミリオン殿下を説得しろ。でないと、お前の母と姉の命はないぞっ!」


「もう、父上の言う通りに私はなりません。先程、陛下が仰いました。ヴァーミリオン殿下は二ヶ月前に、父上の考えを看破していた、と。母上も姉上も二ヶ月前にヴァーミリオン殿下が助けて下さいました。もう諦めて下さい」


 アッシュの言葉にフォギー侯爵は目を見開いて、俺を見る。

 まぁ、俺というか、紅や萌黄、ハーヴェスト、ロータス達のおかげで、だけど。俺はその情報を基に、フォギー侯爵が企てていることを予測しただけだ。情報がなかったら、全て後手に回っていた。


「……貴方様は、本当に、本当にご自身の価値をご存知ない。その気になられたら、王も、世界も手に入るのに……」


「何度も言うが、どちらも興味がない。なりたければ、自分がなるといい」


 突き放すように冷たく言うと、隣で父とヘリオトロープ公爵、デリュージュ侯爵が俺の顔色を窺っている。顔にはキレて、フェニックスを暴れさせないよね? と言いたげだ。

 するんだったら、もうしてます。

 俺の言葉が気に入らなかったというか、受け入れられなかったのか、フォギー侯爵が先程の壁に吹っ飛ばした子爵の息子が落とした剣を拾い、俺に突撃してきた。

 アッシュが俺を守ろうとして、攻撃を防ごうとするのを横に押し、クラウ・ソラスで防ぐ。足を払い、フォギー侯爵を倒し、切っ先を首元に近付ける。


「これ以上、無様な姿を晒さず、大人しく牢屋へ行くことをお勧めしますが、どうします? フォギー侯爵」


 冷たい笑みを浮かべると、フォギー侯爵は観念したように動かなくなった。

 それを見たデリュージュ侯爵が、フォギー侯爵を捕縛し、近くの騎士達に渡す。

 その時、慌てた声音で、外を警備していた騎士がパーティー会場に入ってきた。


「申し上げます! 庭園内に魔物が現れましたっ」


 騎士の言葉に、フォギー侯爵は口元に笑みを浮かべ、その他の貴族達はざわつく。


「これもヴァーミリオンの言った通りか……」


 ぼそりと父が呟くと、フォギー侯爵が俺を見上げた。


「陛下、私が魔物を対処致します」


 父に告げると、溜め息を吐かれた。


「元々、そういう約束だっただろう。無理はしないように」


「無理をしないように、本気を出しても?」


「あー……本気はやめて欲しい。止められる者が限られる」


「分かりました。では、行ってきます」


 父に一礼して、出入り口へ向かう。

 向かいながら、ちらりと月白と花葉を見ると、二人は穏やかに微笑んで、頷く。

 深いところで繋がっているから、俺の意図を汲んで、花葉がパーティー会場内で外の様子が分かるように光の球を出す。ちなみに、本当は音声も出せるそうだが、それは無しにしてもらった。

 魔物を倒した後に、紅に浄化をしてもらう時に俺もこっそり浄化する予定なので、パーシモン教団の連中にバレたくない。

 光の剣クラウ・ソラスこと蘇芳も浄化出来るから、それで誤魔化してもいいが、それはそれでパーシモン教団に知られたくない。

 出入り口へと向かうと、アルパインとヴォルテール、アッシュが近付く。

 出入り口の扉を開け、外の様子を見る。

 アルパイン達が来たのを確認して、パーティー会場にも結界を張る。

 離宮全体にも魔物が外へ行かないように結界を張っているので、庭園にうじゃうじゃ魔物がいる。

 ざっと見て、百体くらいだろうか。

 魔物はゴブリンとオークだ。

 どちらも繁殖力が高いんだっけ……。

 取りこぼすと面倒なので、さくっと殲滅だ。


「三人共、準備はいい?」


 アルパイン達を見ると、あからさまにホッとした顔をしている。


「……アルパイン達には怒ってないし、ぶつける気はないから」


「いえ、そうなんですけど、あんなに恐いヴァル様は初めてだったので……。間近でヴァル様を見た騎士達の青ざめ方が凄かったので、俺達にも怒ってるのかなと……」


 アルパインが言うと、ヴォルテールとアッシュも頷いている。


「アルパイン達にも怒ってたら、理不尽だし、意味が分からないよ。俺が怒ってるのはフォギー侯爵と加担した貴族達。他は怒ってないし、ぶつける気はないよ」


 盛大に溜め息を吐くと、アルパイン達は安堵の笑みを浮かべる。


「ああ、でも、フォギー侯爵達は後程、陛下が裁くし、俺の怒りをぶつけられないから、魔物達には申し訳ないけど、憂さ晴らしをするつもり。アルパインとヴォルテールは左、アッシュとレイヴンは右の魔物をよろしく。俺は正面を倒すから」


「はい、分かりました。ヴァーミリオン殿下」


 音もなくレイヴンが現れ、頷くと、ヴォルテールがギョッとした表情を浮かべる。


「はいって、えっ、レイヴン卿、いつの間に」


「さっきだよ、ヴォルテール。それじゃあ、行こうか」


 ヴォルテールの驚き方に苦笑しつつ、正面を向く。

 アルパイン達も気を引き締め直す。そして、アルパインとヴォルテールは左側、アッシュとレイヴンは右側へ向かった。


「紅。俺達も行こうか」


『そうだな。リオンの怒りを鎮めないと、周囲に悪影響が生じるからな』


「……紅、厄介な神みたいな位置に置こうとするの、やめてくれない?」


『実際、厄介だろう。怒りで魔力が漏れてるぞ。だから、魔法に長けているヴォルテールは少し顔色が悪かっただろう』


「……魔力、漏れてたのは気付かなかったな。ヴォルテールには悪いことをしたね」


 紅に言われて、自分の魔力が漏れていたことに気付く。


「まぁ、どのみち、今から魔物を殲滅するから、魔力の漏れはそのままでいいか。さくっと行こうか」


 光の剣クラウ・ソラスを構えて、目の前のゴブリンとオークを見る。正面はざっと見て五十体くらいだろうか。


「蘇芳、暴れ放題だけど、どうする?」


『うーん。本当なら、リオンに全体攻撃みたいな技を見せたいところだけど、後で、貴族達の対応が面倒になりそうだから、それはやめておくよ。今度、魔物を討伐することがあったら見せるよ。代わりに私を使って、リオンが暴れてよ』


「分かった。じゃあ、さくっと行こう。紅、正面の半分、あげるよ」


『任せろ。リオン、程々に暴れて、怒りを鎮めろよ』


 ポンポンと羽根で俺の頭を優しく叩き、紅は本来のフェニックスの姿に戻り、正面の左側のゴブリンとオークを攻撃しに行った。


「蘇芳、俺達も行こうか」


『はいはーい。私はいつでもいいよ〜。リオンの力に合わせることが出来る武器は私だけだからねー。他は耐えられないし』


 自慢げに嬉しそうに蘇芳は言う。


「……まぁ、そうだね」


 光の剣クラウ・ソラスを構え、とりあえず、先頭にいるゴブリンとオーク一体ずつまとめて横に斬る。

 光の剣クラウ・ソラスの機能で、浄化もこっそりついでにしてくれる。

 パーシモン教団の連中にはバレないくらいにこっそりだ。

 本当に便利だな。

 先頭をあっさり倒したので、ゴブリンとオークが怯えるかと思ったが、そうでもなく、むしろこちらにたくさん攻撃して来た。

 それをクラウ・ソラスで反撃したり、魔法で反撃していると正面の俺の持ち分がなくなった。


『物足りないね、リオン』


 つまらなそうに呟く蘇芳に苦笑する。

 クラウ・ソラスを鞘に入れる。


『つまらぬぞ、リオン』


 紅も終わったらしく、物足りなさそうに、いつもの赤い鳥の姿に戻り、俺の右肩に乗って呟く。


「……まぁ、分からなくはないけど。二人共、お疲れ様。アルパイン達も終わったみたいだね」


 魔力感知で離宮の中に魔物がいないか、確認する。いないことを確認し、出入り口に戻ると、アルパイン達も戻ってきた。


「ヴァル様、終わりました」


「ヴァーミリオン殿下、こちらも終わりました」


 ヴォルテールとレイヴンが俺に報告してくれる。

 全員で大体、十分くらいだろうか。

 思ったよりも、アルパイン達も早く終わらせていた。


「四人共、お疲れ様。それじゃあ、戻ろうか」


 そう四人を労って、出入り口の扉を開けると、ヘリオトロープ公爵が立っていた。


「お疲れ様です、殿下」


「終わりました、ヘリオトロープ公爵」


「ありがとうございます。それにしても、早かったですね」

 

「そうですね」


 紅と蘇芳は物足りなさそうですが。

 俺はフォギー侯爵にまだ聞きたいことがあるので、早く牢に行きたいところだ。


「ヴァル様! お怪我はありませんか?!」


 ウィステリアが慌てて、こちらにやって来る。その後ろをシャモアとグレイがついて来る。


「ウィスティ、ご覧の通り大丈夫だよ」


 小さく笑みを浮かべ、そう答えると、ウィステリアはホッとした表情を浮かべる。


「安心しました。ご無事で良かったです」


 俺の手を握り、ウィステリアは微笑む。握ってくれるその手は震えていた。

 俺がキレそうだったのを心配していたのだろうか。魔力漏れていたそうだし。


「心配掛けてごめん。陛下のところに報告に行くから、ディル達のところに戻ってて」


 そう言って、シャモアとグレイにウィステリアを託す。

 そして、ヘリオトロープ公爵、アルパイン達を連れて、会場中央にいる父の元に向かう。

 フォギー侯爵達は捕縛されたまま、座らされている。

 俺がやって来るのを見ると、フォギー侯爵以外の加担した貴族達が青ざめる。

 フォギー侯爵は相変わらず、俺の持つ価値が分からないのかと言いたげな顔をしている。


「陛下、魔物達は殲滅致しました」


「ご苦労だったな。そして、早かったな……」


「伝説の召喚獣のフェニックス、光の剣クラウ・ソラス、アルパイン達がいるのに、時間なんて掛けられませんよ。フォギー侯爵達ご自慢の魔物のようでしたけど、あの程度、口程にもありませんよ」


 冷笑して、フォギー侯爵達を見ながら答えると、彼等は真っ青になっていった。


「先日、陛下にもお伝えした通り、離宮全体に結界を張っておいたので、魔物達は王都には行っていません。魔物の浄化に関しては、後程、フェニックスがしてくれます」


「分かった。こちらも、もうパーティーの続き、という訳にもいかなくなった。仕切り直しを後日しよう。ウェルド、襲撃犯達を連行しろ」


「はい、陛下」


 シュヴァインフルト伯爵が一礼して、騎士達と共にフォギー侯爵達を地下牢へ連れて行った。

 その姿を見届けた後、ヘリオトロープ公爵が俺に近付く。


「殿下、フォギー侯爵にまだ聞きたいことがありそうなお顔ですね」


「ええ。陛下とフォギー侯爵の遣り取りを見て、聞きたいことが出来ました。なので、明日にでも聞きに行こうと思っています」


「でしたら、私も行きましょう。きっとウェルドもセレストも行くと思いますよ」


「心配性な師匠達ですね」


 苦笑すると、ヘリオトロープ公爵も微笑む。


「一人で抱え込もうとする節のある弟子がいると、師も心配になるんですよ」


 ヘリオトロープ公爵が告げると、同意するように近くにいたセレスティアル伯爵が頷いている。


「早く師匠達を安心させないといけませんね」


「安心しても、心配な気持ちはずっとあるんですよ。親心のようなものです」


 それは、ずっとじゃないか。


「それは困りましたね」


 両親含めて、俺は安心させないといけない人達が多いことに苦笑するしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る