第55話 社交界デビューパーティー

 何だかんだで二ヶ月が経ち、社交界デビューのパーティー当日になった。

 魔法学園はパーティーがあるので休みだ。

 初代国王夫妻の子供として生まれていたら、伯母になるはずだったタンジェリン学園長にも、この二ヶ月の内に、今回の襲撃の話はしておいた。

 タンジェリン学園長も協力してくれることになった。

 そして、王太子夫妻を襲撃する出来事があるとはいえ、一応、成人年齢の十五歳を迎える貴族の若人達が社交界デビューをするためのパーティーで、更には王家主催なので、第二王子の俺も相応の服装にならないといけない。

 なので、朝から俺はハイドレンジアとミモザに手伝ってもらいながら、王子として正装に身を包んでいる。

 しかも、何故かウィステリア、ミモザ、シャモアから髪飾りを着けて欲しいと、謎のお願いまでされ、困惑している。

 ウィステリアに手渡されたものは髪飾りというより、サークレットだった。

 額に小さな薄紫色の石があり、細い金の鎖を伝い、こめかみのところに藍色の石、紅色の石と銀細工の髪飾りが一体となったもので、一応、確認も込めて着けてみたが、鏡の前で固まっている。


「……髪飾りを着けたら、余計に女性と言われるじゃないか……」


『……女性かどうかはともかく、似合っているぞ、リオン』


 紅の慰めにもならない褒め言葉をもらい、顔を顰める。


「その言い方、女性に見えるって言っているのと同義語だからね、紅」


 溜め息を吐いて、鏡を見ながらサークレットを外そうと手を触れたタイミングで、ハイドレンジアとミモザがやって来た。


「……!? ヴァル様、外すのを少し待って下さいっ!」


 いや、待ちたくありません!

 二人共、絶対、女神様のなんちゃらって言うに決まっている。


「嫌だ。女性と言われるのが嫌だから、外す」


「あああ~!」


 サークレットを外すと、ミモザの残念がる声が響いた。


「うぅ……。ヴァル様、素敵だったのに」


 床に崩れ落ち、だんっと拳を床に叩き付ける。


「さっき見たからいいだろ、もう着けない」


「着けて下さい〜。とっても素敵なんですー! ハイドお兄様もヴァル様が思い留まるような何かを言って下さい」


 ギラリと目を光らせ、ミモザは自分の兄のハイドレンジアに訴えかける。

 言われたハイドレンジアは意を決したような表情で、俺を見つめる。嫌な予感しかしない。


「……我が君」


「な、何? いくらレンでも俺は断るよ」


「着けるのはやめましょう。着けたら、我が君の周りに貴族の女性が群がって、この度の作戦が滞ります」


 味方。俺の味方がいた。ミモザがショックを受けた表情を浮かべる。

 でも、糠喜びのような気がする。だから、期待はしない。この、ハイドレンジアの言葉は絶対続きがある。


「ですので、今回のパーティーではなく、次回の時に着けましょう。素敵です」


 ほら! 絶対そうだと思った……!

 俺の味方はいないのか!


「さっすが、ハイドお兄様!」


「今回も次回以降も絶対着けない。着けさせようとしたら、俺は失踪する」


 そっぽを向いて言うと、何故かハイドレンジアも床に崩れ落ちた。


「……我が君。無意識だと思いますが、その仕草は絶対にウィステリア様と召喚獣の方々、ご家族、私とミモザ以外には見せないで下さい。理性を飛ばした連中がやって来ます」


 何それ、怖い。

 そういえば、二ヶ月前に月白や蘇芳、タンジェリン学園長にも言われた気がする。


「とにかく、サークレットは着けないよ。フォギー侯爵達に、やっぱり王女だって言われたくない」


「そ、それは非常に不敬ですが、サークレットを着けたヴァル様が素敵なんです。他の貴族に見せつけたいんです」


「見世物じゃないんだよ、俺は」


 正装のまま、皺が付かないようにゆっくりソファに座る。

 溜め息混じりに言うと、ミモザの口が膨らんだ。


「でしたら、ウィステリア様とヴァル様の召喚獣の皆様、ハイドお兄様、シャモアお義姉様、私の前でならいいですか? 他の貴族には見せつけなかったらいいですか?」


 そう来たか。一万歩、いや一億歩譲って、その四人と俺の召喚獣ならいいけど、恐らく、何処からか聞き付けた誰かが来るかもしれない。例えば、両親、兄夫婦、タンジェリン学園長、ロータスとか。


「……一億歩譲って、その四人と俺の召喚獣ならいいよ。一億歩譲って」


『相当に嫌なのだな……。似合っているのだがな……』


 俺の譲歩に紅が呆れた声で呟く。

 似合っていると言われるのはもちろん嫌ではない。ただ、女性だと勘違いされるのが嫌なのと、言い寄られるのが嫌だからだ。

 言い寄られるのなら、ウィステリアがいいです。

 他は却下だ。


『ヴァーミリオン、少し待って』


 そこで花葉が突然、現れた。


『そのサークレットは着けて』


 花葉の言葉に、目を何度も瞬く。


「どういう意味でしょうか?」


『そのサークレット、貴方の最愛がデザインしたものよ』


 何だって? そんな話は聞いていない。

 じっとミモザに目を向けると、あっ、と声を上げた。


「ごめんなさい、ヴァル様。言い忘れてました。このサークレット、ウィステリア様がデザインした物です。その、今回のパーティーのウィステリア様のドレスをヴァル様がプレゼントされたお礼だそうです。伝えたと思って、言い忘れてました。申し訳ございません」


 申し訳なさそうにミモザが頭を下げる。

 そういうことなら、俺は拒否出来ない。

 女性に見えてかなり嫌だけど、ウィステリアがデザインしたものなら仕方がない。

 だが、このサークレットを俺に手渡した時に、何故、ウィステリアは自分がデザインしたものだと言わなかったのだろう。

 恥ずかしかったのだろうか。それとも、このプレゼントの石の色や鎖の色を見て察しろという、暗にメッセージを込めたのだろうか。

 俺としては前者であって欲しい。

 良かった。花葉が言ってくれて。

 言ってくれなかったら、すれ違うことになり兼ねない事案だった。危なかった。


「いいよ。誰にでも失敗はあるし。次は気を付けてね、ミモザ」


「はい。ヴァル様、本当にごめんなさい」


「母様、ありがとうございました。着けずにパーティーに出て、ウィスティに嫌われるところでした」


『いいのよ。私も似合っていると思っていたから、着けたヴァーミリオンを見るのは楽しみよ』


『あー、でも絶対ヴァーミリオンに寄って来る虫は多いだろうな。フェニックス、お前、絶対にヴァーミリオンを守れよ?』


 月白が背後から現れて、手からサークレットを奪い、勝手に俺の額に着け始めた。


『我は常に守っているが? 今まで危険なことは起きておらん』


 紅がギロリと月白を睨んでいる。俺も気を付けてはいるが、確かに紅が召喚獣になってから、全く命の危険ということは起きていない。

 毒を含めて、危険な時は先回りしてくれたり、言ってくれたりしてくれる。紅様々だ。


『今までは良くても、今からが面倒で、厄介なんだ。しっかり息子を守ってもらわないとな? 伝説の召喚獣さん?』


 月白が更に紅に言う。というか、煽っている。

 月白は生前、初代国王で、その召喚獣が紅だったはず。

 元々、仲が悪いのだろうか。それとも悪くなることがあったのだろうか。


『二人共、相変わらずねぇ……。ヴァーミリオンが不安がってるから、ちゃんと弁明しないと知らないわよ?』


 困った表情をして花葉が紅と月白に言う。


『『え?』』


 紅と月白が俺を不安げに見る。


「え? 俺は別に気にしてないです。ちょっと仲が悪いんだなと思っただけで」


『いや、仲が悪い訳ではなくてだな、俺とフェニックスは戦友というか、これが通常なんだ』


『通常ではあるが、常に我を煽ってくるのを適当にあしらってるだけだ』


 それはそれでどうなんだ。


「二人共、本当に俺のことは気にしないで。人それぞれ、召喚獣との接し方は違うだろうし」


『でも、父親と相棒が仲良しだったら、ヴァーミリオンも嬉しいよねー?』


 今まで傍観していた蘇芳が、更に紅と月白を煽る。

 まぁ、確かに嬉しいのは嬉しいが。だが、五百年前は召喚主と召喚獣だった訳なのだから、仲が悪いというのもおかしくないか。

 仲が悪いと、戦いの時に連携が取りにくいだろうし。

 そんな考えが顔に出ていたのか、それとも俺の思考が伝わったのか、紅と月白が同時に溜め息を吐いた。


『ヴァーミリオン。本当に俺とフェニックスはこういうやり取りが通常なんだ。だから、仲が悪いとかはないんだ。むしろ、良好で戦いの時はそれはもう良い連携で、さくっと攻城戦も制圧してたし、防衛戦もしっかり防衛してたから、不安がらなくてもいいから。な?』


 小さな子供に説明するように、月白が慌てて弁明する。

 そこまで気にしないでいいのに。

 それよりも、今から社交界デビューパーティーで、更には襲撃もあるのに俺の召喚獣達は余裕だな。皆、強いからだろうけど。


「分かりました。あの、とりあえず、この話は置きますよ。レン、準備はどう?」


 扉の近くに立ち、静かに俺と召喚獣や武器との会話をにこやかに見ていたハイドレンジアに声を掛ける。


「はい。先程、ヘリオトロープ公爵様から準備完了との伝言を頂きました。パーティー出席者も少しずつですが、集まってきているようです」


「そうか。ありがとう。ウィステリアが来たら、呼んでくれる?」


「かしこまりました。その間、少し休まれますか?」


「いや、ちょっと用事。服は汚さないし、すぐ終わるよ。レンとミモザは俺が戻るまでゆっくり休んでいて」


 ソファから立ち上がり、扉へ向かうと紅がいつものように右肩に乗り、蘇芳が俺の左側にやって来る。他の召喚獣達はのびのびとそれぞれ寛ぎ始めた。本当に皆、余裕だな。


「……分かりました。何かありましたら、すぐお呼び下さいね、我が君」


「ありがとう、レン」


 穏やかに微笑み、俺の部屋を出た。






 王城の南館の俺の部屋を出て、南館の庭に着いた。

 そこに、ロータスがひっそりと立っている。


「ロータス、何かあった?」


「ヴァーミリオン様、王城には魅了魔法防止や解除を付与した魔石は設置してありますか?」


「王城と離宮、どちらも設置してるよ」


「……安心しました」


 心底ホッとした表情でロータスは呟いた。


「その言い方だと、チェルシー・ダフニーが侵入したのか?」


「正に、数分後にしようとしているようです」


 ロータスの言葉に呻きそうになるのを押し止め、萌黄を呼んだ。


『マスター、お呼びですか?』


「萌黄、王城に侵入しようとしているチェルシー・ダフニーを王都の端に飛ばしてもらえる? 出来れば、そよ風くらいの風でいつの間にかって感じで」


『分かりました! お任せ下さい!』


 大人サイズではなく、十歳くらいの少女の姿の萌黄がにっこり微笑んで、両手をぱんっと叩いた。


『終わりました! 王都の一番端の、王城から一番遠いところに吹っ飛ばしました!』


 早っ! そして、吹っ飛ばすってどんな感じに?!


「ありがとう。助かったよ、萌黄」


 言及するのも頼んだ身として、どうかと思うので微笑んで、萌黄の頭を撫でると、嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。


『いつでも呼んで下さいね、マスター!』


 そう言って、萌黄は風と共に去って行った。


「……ロータス、他に困ったことは?」


「ありません。が……」


「が?」


「そのサークレットは反則です……!」


「は??」


 突然、ロータスが地面に崩れ落ちた。


「ヴァーミリオン様の最愛の婚約者様がデザインされた物なのは分かりますが、お美しくて……! 王子力上げ過ぎです……!」


 ロータスまで王子力を知ってるんだ……って、ピオニーとリリーか。


「……いや、別に、俺は王子力を上げたつもりも、上げるつもりもないんだが……」


 盛大に溜め息を吐き、緩く頭を振る。振る度に、ウィステリアがデザインしたサークレットの、こめかみのところの飾りがシャラシャラと音が鳴る。


「……すみません、私の権能を以てしても、ヴァーミリオン様の王子力には勝てませんでした……。では後ほど……」


「そんなことに権能使わなくても……」


 本当にそろそろ、仮面とか何か対策を考えた方がいいかもしれない。








 俺の部屋に戻って、一息ついた後にハイドレンジアからウィステリアが来たことが伝えられた。

 部屋に入ってきたウィステリアを見て、目を奪われ、息を飲む。


「ヴァル様、今日は宜しくお願い致します」


 花のように微笑み、ウィステリアがぺこりとお辞儀をする。

 今日の彼女のドレスは俺が要望したものだ。

 俺の髪の色の紅色でプリンセスラインを基調に、オフショルダー、オーバースカートで、胸元に目の色の金色と銀色の石を嵌めた首飾りもセットでプレゼントした。両腕は肘までのドレスと同じ色の手袋をしている。

 その彼女の手首には、ブレスレットも着けている。もちろん、物理と魔法結界、状態異常無効を付与した魔石が嵌っている。

 パーティーや結婚式の為にドレスの種類を母から教えてもらったが、良かった。

 教えてもらうともらわないとでは、全然違う。

 似合わないものを贈ったりするのは、ウィステリアに嫌われるかもしれないし、恥をかかせてしまう。

 なので、ドレスの種類を王妃である母からしっかり聞いた上で、似合うかどうか妄想……ごほん、想像しながら作ってもらった。

 上から下まで、俺の独占欲丸出しの、暗に俺の婚約者だから手を出すなと言っているトータルコーディネートだ。

 我ながら、独占欲がひどい。


「こちらこそ、今日は宜しく。ウィスティ、とても綺麗だよ。似合っている。サークレット、贈ってくれてありがとう」


 王子様スマイルを向けて告げると、ウィステリアが真っ赤にして固まるが、すぐ立て直す。


「……ヴァル様、とても素敵です!」


 服装とサークレットを見るなり、目を輝かせて、ウィステリアは俺を見上げる。

 俺の服装は、白のシャツにウィステリアの目と同じ藍色のウエストコート、同じ色のブリーチ、膝丈までの濡羽色のブーツ、髪の色の薄紫色のコート、白の手袋を着ている。

 額にはウィステリアがデザインのサークレット、耳には藍色の宝石を嵌めた雫型のイヤリングを着けている。

 ……どちらも独占欲丸出しのコーディネートだ。


「サークレットも、とても素敵でお似合いです。すみません、私の髪や目の色、ヴァル様の髪の色の石を使ったので、その、独占欲出過ぎですよね……」


 真っ赤になってウィステリアが恥ずかしそうに俯いている。可愛い。


「それ、貴女の服装を見て言ってね。俺の方が独占欲丸出しだから」


 白の手袋を着けた手で、恥ずかしそうに俯いているウィステリアの顎を上げて、俺の方に向けて、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 俺の後ろで、ミモザとシャモアがニマニマと笑っている気配がする。


「結婚式は白だし、やっぱりパーティーでしか俺の婚約者だよって見せつけられないから、困ったよね。結婚後は指輪も増えて、尚良いんだけど」


 俺がぼそりと呟くと、ウィステリアは顔を更に赤くなる。これ以上は流石に可哀想かも。俺としては可愛いのだけど、パーティー前だし。


「とりあえず、ウィスティ。そろそろ離宮へ行こうか」


 俺がそう言うと、合図のようにハイドレンジア達も動き出す。


「はい」


 頷いて、ウィステリアは俺の手を握って、南館の玄関へ向かう。

 ちらりとウィステリアを見ると、恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしている。

 いつもフィエスタ魔法学園に通う時に使っている馬車が南館の玄関に停まっており、ウィステリアの手を持って、先に彼女を乗せる。続いて、俺が乗る。

 ちなみに、紅はいつものように右肩に乗り、蘇芳は短剣に擬態して、俺の腰に佩いている。

 そろそろ緊張感を以て、離宮に向かわないとなと気を引き締める。

 俺とウィステリアが乗ると、馬車が動き始めた。












 離宮は王都から離れたところにある。

 国王を退位した王族が住んで、余生を過ごすためだったり、病気等で王位継承しない王族が療養するために造られた。

 現在は俺は会ったことはないが、祖父母が住む……はずだったところだ。

 祖父母は現在、世界旅行中だ。

 なので、離宮は祖父母が戻って来た時に、いつでも使えるように掃除をしているが、今は誰も使用していない。

 ちなみに余談だが、祖父母の護衛にはシュヴァインフルト伯爵の父と、セレスティアル伯爵の両親が就いている。

 全員、祖母が女王時代の騎士団総長、宮廷魔術師師団長、近衛騎士団長なので、護衛は安心なのだそうな。

 俺から見て離宮は王城と比べて、華美ではなく、どちらかというと落ち着いた印象の建物だ。余生を過ごすには確かに良いと思う。

 前世で見た、バロック調な離宮だ。

 俺は国所有の領地をもらうつもりなので、この離宮には住まないけど。

 ただ、参考までに、領地で俺とウィステリアが住む場所は、こういう雰囲気の落ち着いた建物が良い。彼女にももちろん、希望を聞いてだが。

 離宮の門を潜ると、目の前に大きな噴水があり、それをぐるりと回ると玄関がある。

 玄関の前に馬車が停まる。窓からちらりと覗くと、そわそわと俺やウィステリアと同い年の貴族の子息子女が玄関や噴水の周りで、パーティーに緊張しているのか立っている。

 馬車から先に俺が降りると、ざわめきと悲鳴が広がる。

 更に、ウィステリアをエスコートするように馬車から降ろすと、ざわめきと悲鳴が一層大きくなる。

 貴族の男共の視線がウィステリアに向いているのに気付き、牽制も込めて手の甲に口付けを落とす。

 貴族の令嬢達が悲鳴を上げるが、無視して玄関へと真っ赤にしてしまったウィステリアと共に進む。

 背後にはハイドレンジア、ミモザ、シャモアが続く。

 そこで、声を掛けてくるヤツがいた。


「あのっ、ヴァーミリオン王子!」


 声を聞いた途端、ウィステリアの手がびくりと震えた。

 愛しの婚約者の反応に、その反応をさせた人物に対して眉を寄せる。


「……私に何か?」


 貴族の子息子女が周りにいることもあり、ウィステリアを抱き寄せながら、仕方なく返事をして振り返る。

 五歩くらい先にチェルシー・ダフニーが笑顔で立っている。

 ドレスを着てはいるが、手袋なし、太腿が見えるくらいスカート丈が短く、胸の谷間を強調するような、彼女には似合わないものだ。

 俺としてはどうでもいいが。

 俺の礼装を見て、チェルシー・ダフニーが惚けた顔をしている。


「あ、あの、とても素敵ですね!」


 え、それだけでわざわざ呼び止めたのか?

 それとも、俺の礼装で言おうとしたことが飛んだのか?

 性格をちゃんと知らないから分からないが。

 ただ、褒めてきたので、一応、こちらも返さないといけない。貴族のルールって、本当に面倒臭いし、嫌だ。


「……そちらは服装をもう少し考えた方がいいと思う」


 それだけ言って、俺はウィステリアを連れて、離宮へと入った。

 パーティーまで王族専用にしている個室でウィステリアと共に入り、ソファに座る。

 ハイドレンジア、ミモザ、シャモアは現在の状況確認のため、離れている。


「リア、疲れていない? ヒロインが出て来て、震えていたけど大丈夫?」


 ミモザが淹れてくれた紅茶をティーカップに淹れ、ウィステリアに差し出す。


「大丈夫です。ありがとうございます。少しびっくりしただけです。リオン様こそ、チェルシーさんの対応をして疲れていませんか?」


 俺からティーカップを受け取り、ウィステリアが問い掛ける。


「全然。むしろ、臨戦態勢かな。パーティー中は精神的な戦い、魔物襲撃後は身体的な戦いがあるからね。七年前のようにあっさり終わるのか見物だね」


 兄夫婦を襲撃するという怒りで、少し好戦的な気分だが、一応、冷静に相手を潰すつもりだ。

 フォギー侯爵達は襲撃の理由を何と言うだろう。

 セラドン侯爵のように、ウィステリアを引き合いに出したら、俺の堪忍袋とか色々マズイが。

 俺を止めるのは紅達に任せます。


『……リオン、頼むから、キレる前に我に言えよ』


『十秒前でいいかな?』


『……もう少し、増やしてくれ』


 念話で紅が訴え掛ける。これでも譲歩している。

 ウィステリアのことになると、瞬間湯沸かし器になるのは分かっている。十秒でも俺にとって長い方だ。


「あの、リオン様。程々になさって下さいね?」


「そのつもりだけど、相手次第かな?」


 紅茶を飲みながら言うと、ウィステリアが苦笑し、紅が溜め息を吐き、蘇芳が声を出して笑った。






 そして、社交界デビューパーティーが始まる。

 この王国の成人年齢である十五歳の貴族の子息子女がパーティー会場に集まる。

 成人年齢の侯爵位の子息子女が呼ばれ、パーティー会場に入る。

 今年の成人年齢の貴族に、公爵位の者はウィステリアだけで、王族は俺。

 婚約しているので、俺とウィステリアが同時に名を呼ばれ、パーティー会場に入場する。

 入場すると、先程の玄関周りのざわめき以上に、大きなざわめきと悲鳴が広がる。

 パーティー会場の奥に王妃である母、王太子である兄、王太子妃の義姉が王族用の椅子に座り、俺とウィステリア……いや、俺を凝視している。

 三人共、目がマジで怖い。

 兄夫婦の近くに、同じ成人年齢のディジェムとオフェリアがエルフェンバイン公国からの賓客として招待されたという形で、こちらを見ている。

 そして、二人も俺、というか、サークレットを見て、顔を赤くして目を見開いている。

 更にその近くに、タンジェリン学園長もいて、こちらを見て、感慨深げに微笑んでいる。

 流石、俺の伯母になるはずだった人だ。一番、まともな反応だ。

 ちなみに、チェルシー・ダフニーは俺を見て、こちらに来ようとするが、流石に面倒事を起こす訳にもいかないと思った神官達によって、動かないように両脇を抱えられている。

 最悪、魅了魔法をしてきても、離宮の中の至るところに魅了魔法解除、魅了魔法無効を付与した魔石を設置しているから問題はない。


「……リオン様、いつものパーティー以上に悲鳴が凄いのですが……」


 俺の腕に絡ませて歩くウィステリアが小声で話す。

 君がデザインしてくれたサークレットが似合い過ぎたのが原因です。とは口が裂けても言えない。

 もしかしたら、お互いの独占欲の強い礼装とドレスかもしれないし。いや、両方か?


「俺達、いつものパーティーよりちょっと着飾っているからね。驚いているんだろうね。それに、リアがとても綺麗だし」


 ウィステリアにしか見えないように微笑むと、すぐ赤くなった。本当に慣れてー!


「リオン様も素敵です。リオン様がいつも私にドレスを贈って下さる理由が分かりました。周りの方の反応を見ると、確かにドヤ顔をしたくなります。私も今度からアクセサリーとか贈らせて下さいね? まだ着けて頂きたい、アクセサリーがあるんです。私のデザインの」


 小声でウィステリアがそう言うと、不意打ちを喰らった俺は少し耳が熱を持った。

 ここで照れると、周囲の貴族の子息子女が更にどよめいてしまう。ラブラブなところを見せつけられて良いのだが、一応、今から襲撃もあるので、緊張感がなくなってしまう。

 ということで、荒れ模様の心を落ち着かせるために、いつもの魔力感知で確認する。

 今のところ、大きな動きはない。

 パーティーは始まったばかりだし、いきなりは流石にないようだ。

 今年成人の貴族の子息子女が全員集まったようなので、兄が父の代わりに挨拶をする。

 兄の挨拶が終わると、爵位の順に、王妃と王太子夫妻への挨拶が始まる。

 爵位の順だと、俺とウィステリアが一番高いので、二人で母と兄夫婦の元へ向かう。

 母と兄夫婦の前で、ウィステリアと同時に礼をする。


「ヴァル、ウィステリア嬢、成人おめでとう」


 そう言って、母がにこやかに微笑む。


「ありがとうございます、母上、兄上、義姉上」


 穏やかに微笑むと、母と兄夫婦が小さく咳払いする。


「ありがとうございます。王妃陛下、王太子殿下、王太子妃殿下」


 ウィステリアも微笑むと、三人がほっこりした顔をする。

 この違いは何なんだ。納得がいかない。


「それにしても、ヴァル。そのサークレットは……」


 母が俺のサークレットを見ている。


「ああ、ウィスティがデザインして、贈ってくれた物です。嬉しくて着けましたが、似合いませんでしたか?」


 似合っているのは知っているが、敢えて聞いてみた。隣で、ウィステリアが嬉しそうにしている。


「似合い過ぎていて、今から大変な気がするよ。特に今日は今からヴァルが説教する訳だし」


 兄が苦笑しながら、言う。

 説教って、俺はするつもりはない。どちらかというと、二回目の断罪タイムというか、何というか。


「説教するつもりはありませんが、とりあえず、兄上達に手を出そうしている者には後悔させるつもりです。長く話す訳にもいけませんし、これで私とウィスティは離れますね。失礼します」


 もう一度、二人で同時に礼をして、母と兄夫婦のところから離れる。

 その後、ディジェム、オフェリアが挨拶をした。 

 イェーナやアッシュを含む侯爵位の貴族の子息子女が挨拶していく。

 会場の隅でウィステリアと周囲を見ていると、姿を見えないようにしていた紅が俺の右肩に戻って来た。


『紅、今のところはどう?』


『動きはないが、固まり始めたぞ』


 ちらりと見ると、フォギー侯爵を含めた兄夫婦を襲撃するつもりの貴族達が、出入り口付近の窓際にぞろぞろ集まり始めている。何かあっても、いつでも逃げられるようにしているのだろう。


『事前に、シュヴァインフルト伯爵やセレスティアル伯爵に伝えておいたけど、俺の考えていた通りにその場所に集まるよね、フォギー侯爵達』


 特に誘導した訳ではないのに、フォギー侯爵達は作戦を考えていた時に、ここに集まるだろうなというところに集まってきている。

 なので、シュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵にその近くに、騎士と宮廷魔術師達を待機してもらうように伝えている。


『そこが一番、隠れやすく、リオンの兄夫婦を狙いやすいからな。ひねりはないが』


 紅が辛辣なことを念話で言ってくる。

 ひねりを入れるとリスクは大きくなる。確実にとなると、安定なところから狙うのがいいと思う。

 そんなことを考えていると、アルパイン達も挨拶が終わったようで、こちらにやって来た。

 いつものパーティーのように、アルパイン、ヴォルテール、イェーナと談笑するように振る舞い、アッシュも合流する。

 他のグレイ、ピオニー、リリー、シスル、ロータスが兄夫婦付近に近寄る。

 貴族の子息子女達の挨拶も終わり、会場内に音楽が流れ始める。四分の三拍子の優美な音楽、円舞曲だ。


「ダンスですね、ヴァル様」


「ダンスだね、ウィスティ」


 貴族の子息子女達も含めて、会場内にいる貴族達がこちらを見ている。

 爵位が高い者が先に踊らないと、誰も踊れない。

 今回は社交界デビューのパーティーなので、俺とウィステリアが最初だ。


「という訳で、私と踊って頂けませんか? ウィステリア嬢?」


 恭しく左胸に手を当てて、ウィステリアに一礼する。


「喜んで。ヴァーミリオン殿下」


 花のように微笑み、ウィステリアがカーテシーをする。綺麗だし、可愛い。

 その微笑みを誰にも見せたくない。

 ウィステリアに左手を差し出すと、彼女も右手を添えてくれる。

 そっと手を握り、会場中央に立ち、音楽に合わせて踊る。

 それから、ディジェム、オフェリアが踊りだし、爵位の高い順に中央で踊り始める。

 円舞曲の名の通り、ターンする度にウィステリアのドレスが丸く広がり、俺がこっそりドレスに入れてもらった金と銀の小さな石がシャンデリアの光にきらきらと輝く。


「リア、とても美しくて、綺麗だよ」


 耳元で囁くと、ウィステリアが綺麗な笑みを浮かべる。


「リオン様も、とても素敵で格好良いです」


 ウィステリアも囁き返してくれて、少し顔が熱を持つ。

 パーティーから早く帰って、ウィステリアを俺の部屋に閉じ込めたい衝動に駆られる。

 今から襲撃があるから、無理だけどっ!

 というか、結婚前にそんな不埒なことはしないけど!

 こんな幸せな気分を壊すように、魔力感知が魔力の反応を感知した。

 すぐさま、目線をグレイとロータスに送る。

 二人は頷き、シスル、ピオニー、リリーに声を掛けて、兄夫婦に近寄る。

 タンジェリン学園長も、そっと母を守るように近付き、話し掛けてくれている。

 ディジェムとオフェリアも踊りながら、兄夫婦の付近で止まる。お互い礼をして、自然に見えるように兄夫婦に近付いていく。

 アルパイン、ヴォルテール、イェーナ、アッシュも俺の動きに気付き、兄夫婦とディジェム達より少し離れたところに談笑しながら寄る。

 俺とウィステリアはダンスを終え、兄夫婦が立つテーブル付近の飲み物が置いてあるところに二人で近付く。

 ハイドレンジア、ミモザ、シャモア、俺の召喚獣達は既に待機している。


「ウィスティ、俺が結界で防いだら、アルパイン達のところに。萌黄、桔梗と一緒にウィスティの護衛を」


 小声で伝えると、ウィステリアが神妙な表情で頷く。


「はい、ヴァル様」


『分かりました、マスター』


『リオン、任せるが良い。思う存分、襲撃する貴族達を震え上がらせると良い』


 俺とウィステリアにしか見えないように姿を隠している萌黄と桔梗が大きく頷く。


「そのつもりだよ、桔梗。紅、準備はいい?」


『いつでも良いぞ、リオン』


 萌黄と桔梗のように、俺とウィステリアにしか見えないようにしている紅が不敵な声で告げる。


「それじゃあ、始めようか」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る