第54話 三つの作戦会議

 ウィステリア、ディジェム、オフェリアの三人が無事に魔力の覚醒した。

 残るは俺なのだが、社交界デビューのパーティーと、そのパーティーで兄夫婦の襲撃、魔物の襲撃もあるので、終わらせてからだ。

 特に俺は魔力を覚醒後に暴走させないといけない訳なので。


「暴走させる意味って、何だろう……」


 魔法学園へ向かう馬車の中で、ぽつりと呟く。


「リ、リオン様。あの、そのことなのですが……」


 顔を真っ赤にさせながら、ウィステリアが俺に声を掛ける。

 朝、迎えに行ってから、ウィステリアは顔を真っ赤にさせて、俺と視線をなかなか合わせてくれない。

 昨日の俺があげた愛が重たかったのだろうか……。

 口付けだけで重いのなら、結婚後はその先が出来ない。

 一応、俺も健全な男なので、それは辛い。へこむ。立ち直れない。


「どうしたの、リア」


「あの、桔梗ちゃんから聞いたことなのですが、リオン様は今の状態に身体が慣れているから、更に魔力が高くなっても、身体が今以上の魔力を放出しないそうです。だから、暴走させて身体を高くなった魔力に慣らす必要があるみたいです……」


「成程、だから暴走がいる訳か……。教えてくれてありがとう、リア」


 にっこり微笑むと、ウィステリアは顔を真っ赤にして俯いた。

 その仕草は可愛いのだけど、俺がいけなかったのだろうか……。

 もしそうなら、本当にへこむ。


『リオン、少しいいか?』


 ウィステリアの横に座っていたフェンリル女王の桔梗が、俺に念話で声を掛けてきた。

 普段は用がある時以外は俺に話し掛けることはなく、ウィステリアを守るようにくっついている。

 ……彼女が雄だったら、色々と物を壊していたかもしれない。

 そうは言っても、俺と桔梗の仲は良好だ。


『どうした、桔梗?』


 桔梗はウィステリアの召喚獣なので、俺の名前をリオンの愛称で呼ぶことは許しているし、彼女も桔梗と俺が呼ぶことを許している。

 名前が花から取っているのが、ウィステリアらしくて、つい、口元が綻ぶ。


『リアは決して、リオンが嫌だからではないからな。今はその、恥ずかしいが前に出ているだけじゃ。そこは間違えるでないぞっ』


 必死に桔梗が念話でウィステリアのフォローをしている。その姿が何だか、ウィステリアに似ていて、更に笑みを浮かべる。


『もちろん、分かってるよ。少し、拗ねてただけだよ』


 念話で返答し、微笑みながら桔梗の頭を撫でる。

 それをウィステリアが見ていたようで、真っ赤になった。


「リア? 顔が真っ赤だけど、大丈夫?」


「だだだ大丈夫ですっ! その、微笑みが美し過ぎて、心臓が鷲掴みされただけなのでっ!」


 両手の平をぶんぶん振りながら、ウィステリアは藍色の目を俺に向けたり、逸らしたりと忙しい。


「え、心臓が鷲掴みって、俺、そんな綺麗な笑い方した?!」


 普通に笑っただけなのに、やっぱり仮面を検討した方がいいのだろうか……。


「あの、私がただ、リオン様の、その、今日、ゆ、夢を見て、とても、素敵だったので、今もリオン様がきらきら光って見えてるだけで、普段と変わってないはずですっ」


「そ、そう……。ちなみにどんな夢を見たのか聞いてもいい?」


「あの、何故か分からないのですが、見たことがないはずの、神としてのリオン様の神々しい姿を夢に見ました。それでリオン様が輝いて見えて……」


 神としての俺……ですか。

 目の前の俺を見て、顔を真っ赤にしたり、昨日のことを思い出して顔を真っ赤にした訳ではなく、ウィステリアは神としての俺を夢で見て、目の前の俺を通して思い出して顔を赤くしていると思うと、何だろう。何故、自分に嫉妬しないといけないのだろうか。

 ただ、どちらも俺なので、モヤモヤをぶつけるところがない。

 そう思うと、面倒臭いな、俺。

 顔には出さないけど、ちょっと面白くない。

 なので、ちょっとウィステリアに意地悪をしたくなってしまった。


「夢で見た神としての俺を思い出して、赤くなるんじゃなくて、目の前の俺で赤くなるのは駄目なの? リア」


 ウィステリアの顔を両手で優しく挟み、俺と視線が合うように上げる。


「――っ?! だ、駄目じゃない、です……。いつも、赤くなってます……!」


 今も赤くなったまま、ウィステリアは俺を見る。目が少し潤んでいる。ちょっと意地悪し過ぎたかもしれない。


「なら良かった。俺に飽きたのかと思った」


 そう言いながら、ウィステリアを抱き締める。

 俺の腕の中で、びくりと身体が跳ねる。

 へこむぞ、マジで。


「……飽きたりなんてしません……。私の、愛しの、婚約者様ですから」


 おずおずとゆっくり俺の背中に、ウィステリアの腕が回る。

 ウィステリアの言葉と行動にホッとする自分がいる。どれだけ、小心者なんだと我ながら思う。


「俺も、いつも貴女が愛しくて堪らないよ。愛しの婚約者殿」


 ウィステリアにしか見せない、極上の微笑みを浮かべ、彼女の額に唇を落とした。 










 そして、魔法学園の授業が終わり、俺は王族専用の個室の執務用の机にぐったり上半身を倒していた。


「嫌だ……。何なんだよ、あのヒロイン……」


 魅了魔法を振り撒きながら、ヒロインは教室をうろついたり、俺の元に近付こうとしたり、今日のヒロインはいつも以上に異常だった。

 その度に、魅了魔法は俺が付与した魅了魔法無効の魔石で解除されているが。

 昨日までは大人しくしつつも、視線は俺に向いていた。

 それが今日は、転ぶ振りをして俺に抱き着こうとしてきて、それは萌黄の風のおかげで防げた。

 正直なところ、ヒロインの執念が怖い。

 乙女ゲームの攻略対象側は、こんなに恐怖を感じるものか?!

 ただ、ヒロインの執念が怖いだけか? 地の底の好感度が更に底に落ちる。


『リオン。とりあえず、リオンはあの編入生には近付くなよ』


「近付いてないよ。あちらが勝手に近付こうとしてるだけ。俺は近付く気もないのに、あれこれ理由をつけて近付こうとして来るんだよ」


 机から身を起こして、ミモザが淹れてくれた紅茶を飲みながら、溜め息を吐く。

 ベリー系のフレーバーティーのようで、甘みがあって精神的に疲れている今の俺にはちょうど良い。

 流石、長年の侍女のミモザだ。

 そこで、ハイドレンジアが扉を叩き、入ってきた。


「我が君。ウィステリア様、ディジェム公子方が来られました」


「ありがとう。通して」


「かしこまりました」


 微笑みながら頷き、ハイドレンジアはウィステリア達を呼びに行く。

 ウィステリア達が来るので、襟元を整える。

 紅茶を一口飲み、机に置いていた書類に目を落とす。


「この作戦、皆乗ってくれるかな……」


 特に、アルパインとヴォルテールには頑張ってもらわないといけない。

 ディジェムやオフェリアは暴れたそうにするのだろうなと思う。

 溜め息を吐いていると、ハイドレンジアがウィステリア達を連れて来た。


「我が君、お連れしました」


「ありがとう。皆、急に呼んでごめん」


 ハイドレンジアにお礼を言い、ソファに座ってもらうように、ウィステリア達を促す。

 ソファにウィステリア、ディジェム、オフェリア、アルパイン、ヴォルテール、イェーナ、グレイ、シスル、ピオニー、リリー、ロータス、アッシュが座る。

 俺はそのまま執務用の机の椅子に座ったままで、紅はいつものように右肩に乗り、ハイドレンジアは俺の後ろ、ミモザ、シャモアは扉の近くに立つ。

 こう見るとこんなに大人数がいても、個室は広く、窮屈ではないのが凄い。ソファも広いんだなと改めて思う。

 いつものように防音の結界を張る。


「ヴァル様、何かありましたか?」


 ヴォルテールが心配そうに俺を見る。


「それを今から話すよ、ヴォルテール」


「お話しして頂くのは分かりましたけれど、何故、ヴァル様の個室にフォギー侯爵令息がいますの? 先日、ヴァル様に喧嘩を売っていらしたのに。不敬にも」


 いきなりのイェーナの先制パンチに、彼女の婚約者になったアルパイン、ピオニー、リリーも頷き、アッシュが戸惑いの表情を浮かべる。

 ウィステリア、ディジェム、オフェリアは今朝簡単にだが話しているので、イェーナの話には乗らず、傍観している。

 ヴォルテール、グレイ、シスルは俺を見て、止めた方がいいのでは? と言いたげな顔をしている。

 一番、話を知っているロータスは胡散臭い笑顔を浮かべている。

 各人各様だな……。

 思わず、小さく息を吐く。


「イェーナ嬢。そのことも今から俺が話すことに関係がある。怒ってくれるのは、それを聞いてからでいいかな?」


「……ヴァル様がそう仰るなら、聞いてからに致しますわ」


 扇を広げ、少し不満げにイェーナは頷いてくれた。アッシュがホッとした表情を浮かべる。


「ありがとう。早速、ここに皆を呼んだ理由を話すよ」


 小さく笑みを浮かべて言うと、皆それぞれ居住まいを正した。


「約二ヶ月後にある、社交界デビューのパーティーで、王太子殿下夫妻を襲撃する情報が入った。皆にはそれを防ぐのを無理強いはしないけど、手伝って欲しい。どうかな?」


「俺は前に話した通り、ヴァルに協力する」


 ディジェムがそう言うと、ウィステリアとオフェリアが頷く。


「僕もアルパインもヴァル様の護衛ですからね。お手伝いするに決まってます」


 ヴォルテールが言うと、アルパインが頷く。俺の護衛なので、巻き込むのは申し訳ないが、手伝って欲しいのは確かだ。


「……ウィスティ様やディジェム公子、オフェリア様はご存知なのですね。ということは、ヴァル様は国を巻き込んでのことにするおつもりですの?」


「社交界デビューのパーティーにエルフェンバイン公国のディルとオフィ嬢を招待しているのにも関わらず、二人の前でうちの国の貴族が王太子殿下夫妻に手を出す訳だからね。王族としても他国の王族の前で、襲撃するなんて恥ずかしい上に、話が国外に遅かれ早かれ出る訳だし、他国の王族が巻き添えを食って怪我でもして国際問題になったら、どうするんだというのもあるから、大事にしてすぐ潰さないと示しがつかない」


 本当はオフェリアはアクア王国の王女で青の聖女だから、話が国外に出たら更に大事になる訳だし。

 まぁ、彼女はアクア王国を出奔して、ディジェムの側近の妹という体で、この国にいる訳だけど。


「それに、俺の兄夫婦に手を出す訳だから、弟としては許す気はない」


「……本音も建前も理由が怖いだろ」


 ディジェムが息を吐く。

 彼の場合も同じことがあったら、同じことをする気がするけど。

 何せ、ハーヴェストの母親の女神様が視た起きなかった未来では、元女神に殺された俺とウィステリアの仇を討とうとしてくれたくらいだ。同類だと思う。


「君も一緒だと思うけどね、ディル」


 図星を指されたと言いたげな顔で、ディジェムはそっぽを向く。その隣でオフェリアが笑う。


「そういう訳だけど、イェーナ嬢、シスル、グレイ、ピオニー嬢、リリー嬢、ロータスはどうする?」


「もちろん、わたくしも協力させて頂きますわ。ヴァル様とウィスティ様、お二人と交友させて頂いているのに、助けないという道理に外れた行為なんて出来ませんわ」


 扇を閉じて、イェーナはにっこりと好戦的に微笑む。


「俺も、もちろん協力させて下さい。ヴァル様に少しでもご恩をお返ししたいので」


 グレイも頷くと、俺の背後のハイドレンジアが小さく微笑む気配がした。

 現在、グレイに教養を含めた色々を教えているハイドレンジアとしては、彼の返答は及第点のようだ。過激な側近ばかりで、ちょっと怖い。


「僕もヴァル様に協力させて下さい。僕もご恩をお返ししたいです」


「私もリリーも協力させて下さい。私も助けて頂いたので、ヴァル殿下にご恩をお返ししたいです」


 ピオニーが言うと、リリーも頷く。


「妹のピオニーと友人のシスルをヴァーミリオン殿下には助けて頂きました。私も協力致します」


 胡散臭い笑顔をロータスはして、俺を見た。

 元から手伝っているどころか情報提供元なのに何を言っているんだと思うが、俺に協力していることや眷属神であることを隠しているので皆と同じようにどうするか聞いてみたら、こっそり助けてます、誉めて下さいと言いたげな顔を向けている。

 ……何処の萌黄だ。


「協力すると言ってくれて、ありがとう」


「ヴァル様、先程もお聞きしたように、パーティーで王太子殿下ご夫妻を襲撃するお話と、フォギー侯爵令息がどう関係するのです?」


 イェーナがじっとアッシュを見る。

 今までのことがあるので、イェーナの目がきつい。

 アッシュは戸惑いつつも、俺を見て、小さく頷く。


「……襲撃する首謀者がアッシュの父親だ。そのことを俺に伝えて来たのが彼だ」


「――何ですって?」


「もちろん、伝えてくれたアッシュには申し訳ないが、こちらを騙していないかどうかも調べた上で、彼は白だった。更にはアッシュの母親と姉が、フォギー侯爵に人質に取られていた。二人は助けたが、それを知らないフォギー侯爵は襲撃をやめる気配がないから、パーティーの時に捕らえる。アッシュも協力をしてくれるそうだ」


「だから、フォギー侯爵令息がいる訳ですのね。ですが、それと今までの不敬な行為は関係ありませんわよね?」


 じろりとイェーナがまだ敵意剥き出しにアッシュを見ている。

 俺のことで怒ってくれているのに他人事のように見てしまうが、彼女も過激だなぁ……。


「それも母親と姉を人質に取られていた上で、フォギー侯爵の命令で仕方なくしていたそうだ。その謝罪も受けたよ」


 苦笑して答えると、アッシュもイェーナの視線に気圧されつつも何度も頷く。


「……ヴァル様を女性と思っていない、ということでよろしくて?」


 ウィステリアの代わりなのか、イェーナがまだ強い視線を向ける。


「思ってませんよ! 本当に、あの意味の分からない命令してきた父のせいで、尊敬しているヴァーミリオン殿下に避けられて辛かったのですから!」


 若干、涙目になって答えるアッシュにイェーナを含めた全員が同情の目を向ける。


「……分かりましたわ。酷いことを言ってしまい、申し訳ございませんでしたわ、フォギー侯爵令息」


「分かってくれて、良かったです。シャトルーズ侯爵令嬢」


「……そういう訳で、襲撃を未遂にするために、作戦を考えた。襲撃してくるとしたら、パーティーの後半、ダンス後の歓談中だと予想している」


「まぁ、話に夢中で襲撃に気付くのが遅れるだろうし、取り押さえるのも遅れるしな」


 ディジェムが補足してくれて、俺も頷く。


「場所も敢えて王城ではなく、離宮に変えた。離宮は王城にも王都にも離れているからね。多少暴れても問題ない」


「え、暴れる前提なんですか……?」


 ヴォルテールがギョッとした顔をする。


「魔物を放つようだからね」


「えっ、魔物ですか?! それは父に聞いてません」


「調べてもらったら、フォギー侯爵達はそのつもりのようだ」


「それで作戦ですか……」


 シスルが考えるように呟く。


「そう。その魔物のどさくさに紛れて王太子殿下夫妻を襲撃、という訳ではなく、追討ちで放つようだから、両方圧倒して、フォギー侯爵達の戦意を失くすつもりだ」


「布陣はどのように?」


 ヴォルテールが問い掛けると、ハイドレンジアが動いて、ウィステリア達の前のテーブルに離宮のパーティー会場の地図を置く。


「王太子殿下夫妻に聞いたところ、パーティー会場の奥側にいる予定らしいから、襲撃は剣でも魔法でも俺が止める。第二撃の可能性もあるから、王太子殿下夫妻の周囲をディル、オフィ嬢、グレイ、シスル、ピオニー嬢、リリー嬢、ロータスで固めておいて欲しい。その後、俺がヘリオトロープ公爵とシュヴァインフルト伯爵の騎士団、セレスティアル伯爵の宮廷魔術師団と共に、フォギー侯爵達を追い詰めて捕らえる」


「あの、わたくしやアルパイン様達は?」


「ウィスティ、アルパイン、ヴォルテール、イェーナ嬢はいつもパーティーでするように俺と共に行動して欲しい。いつものように動かないと、あちらも怪しむ。イェーナ嬢の牽制、頼りにしてるよ」


「そういうことでしたら、お任せ下さいませ」


「アッシュも俺に取り入っている体で近くに。フォギー侯爵を油断させたい」


「分かりました。お任せ下さい」


 左胸に右手を当てて、アッシュがお辞儀をした。


「その後の魔物は俺とアルパイン、ヴォルテールで対応する。魔物が来るという混乱に乗じて逃げるついでに、王太子殿下夫妻と刺し違えても、という可能性も有り得るから、そのままディル達はお二人の周囲を固めておいて欲しい。ウィスティ、イェーナ嬢、アッシュも合流を」


「あの、私もヴァーミリオン殿下と魔物の対応をさせて下さい」


 アッシュが恐る恐る手を挙げる。


「元々、父が愚かなことを企てたのが原因です。魔物を王都や王城に行かせる訳にはいきません」


「一応、パーティーの参加者、招かれざる客が全員来たら離宮はこっそり結界を張る予定だから、王都や王城には行かせないつもりだが、アッシュがそれで納得するなら構わないよ」


「ありがとうございます」


「ディルとオフィ嬢は、今回は出番がほとんどないのはごめん」


「仕方ないさ。俺もフェリアもカーディナル王国の者じゃない。今回の襲撃の目撃者、第三者のつもりでいるさ。俺達に協力を仰いだのはそのつもりだろ?」


 肩を竦めて、ディジェムが苦笑する。


「分かってくれて助かるよ」


 穏やかに微笑むと、ディジェムもニヤリと笑い返した。


「アルパインとヴォルテールも無理をさせるけど、ごめん」


「無理ではありませんっ。むしろ、ヴァル様を侮る貴族の子息子女に、ヴァル様の凄さを見せつけることが出来ますからね。アルパインと共に、しっかり何処のどいつが不敬な輩か確認しておきます」


 ぐっと拳を握り、ヴォルテールが言うと、アルパインも何度も頷いた。

 俺の背後のハイドレンジアと扉の近くに立つミモザも、ヴォルテールに同意するように頷いている。

 この長年の付き合いになる側近達の過激発言に、顔には出さないが頭痛がする。有り難いことではあるが。


「そういう訳だから、当日は宜しく。あ、それと、パーティーには編入生も参加するみたいだから、俺が作ったアクセサリーを持っておいて」


「え、ヴァル様。どうして、あのチェルシー・ダフニーが参加しますの? 平民ですわよね?」


「俺に近付く気で、襲撃を考えている貴族の誰かに取り入って、参加するつもりのようだ」


「あの編入生、言葉は悪いですが馬鹿ですの? 襲撃を考えている貴族に取り入って、参加出来たとしても、襲撃犯としてその貴族が捕まれば、関係者として捕まるかもしれませんのに」


 イェーナが辛辣なことを言うと、俺以外の全員が頷いた。

 ヒロインが魅了魔法を使うと、最近伝えたアッシュまで頷いている。彼にも念の為、俺が付与した状態異常無効のネックレスを渡している。ピオニーとリリー、ロータスにも渡している。ロータスはいらないと思うが、渡さないと拗ねる気がしたので渡した。


「そこは知らないで通すだろうし、襲撃を考えている貴族と接触しているのは編入生ではなく、その編入生を聖属性持ちだから聖女として抱き込もうとしているパーシモン教団の神官だ。関係者として捕まっても、証拠不十分で事情聴取後に釈放になる」


 正確には抱き込もうとしている神官ではなく、魅了魔法に掛かった神官だが、流石に詳しく言うと、皆が変に構えてしまい、ヒロインと元女神に隙を与えてしまう可能性があるので言えない。


「……あの編入生が聖属性持ちだから聖女って、教団の神官様も見る目がない」


 ぼそりとリリーが呟くと、ディジェムとオフェリア、グレイが大きく頷いた。

 オフェリアは特に、青の聖女と言われているし、余計に大きく頷いている。


「そういうことだから、当日は状態異常無効を付与した魔石を離宮に設置するけど、一応、警戒しておいて。それと、念の為、俺の召喚獣もそれぞれ配置してフォローしてもらうから」


 そう言うと、全員が頷いた。







 ウィステリア達との作戦会議が終わり、王城に戻った俺は今度は、父の執務室で、両親、兄夫婦、ヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵、デリュージュ侯爵、ヴァイナスと作戦会議をすることになった。

 ウィステリア達に話した作戦を伝えると、父達は何とも言えない顔になった。


「相変わらず、ヴァーミリオン殿下の作戦は隙がないですね……。隙があれば、私達に任せて下さいと言えたのに」


 溜め息混じりにヘリオトロープ公爵が呟く。


「フェニックス達、召喚獣もいますからね。磐石な状態で構えないと、命取りになりますから。前にも言いましたが、大切な兄夫婦に手を出そうとしている連中に本当に腹が立ってますので。なので、私の家族に手を出したらどうなるか、身を以て知ってもらおうと思って、考えました」


 にっこりと笑うと、父が溜め息を吐き、母が頷いた。


「そういうところ、本当にシエナそっくりだな」


「ヴァル、よく言いましたわ。流石、わたくしの子ですわ」


 母が満足気な笑みを浮かべた。笑みが俺に似ている。及第点を貰えたようだ。


「この作戦にもう一つ付け加えたいことがあるのですが、父上、いいですか?」


「何だ?」


「パーティー後半、それも兄上と義姉上を襲撃後に父上は遅れて来て頂いてもいいですか?」


「どういうことだ?」


 父が首を傾げて、俺を見る。母達もこちらを見る。


「今回、父上の許可を頂いて、パーティー会場を離宮にしました。ただ、恐らくですが、襲撃を考えている貴族達は父上のお命も狙っていると思います。なので、王城で父上が急ぎの用件で対応していると分かれば、そちらにも襲撃すると思います。そこも突き、潰せば相手の戦意を完全に喪失出来ます」


 俺が襲撃を考えている貴族だったら、同時に国王も王太子も潰した方が混乱に乗じて、第二王子を国王に出来るし、単純で御し易いのなら傀儡にすぐ出来る。父と兄を同時に失ったショックに付け込めばいいのだから。


『……本当に単純で御し易いという言葉を根に持ってるな、リオン』


 俺の思考が分かる右肩に乗っている紅が、念話で呆れた声で呟く。

 ショックだったのだから仕方がない。


「つまり、囮になれということか?」


「申し訳ありませんが、そうです。もちろん、私の召喚獣が二人、護衛につきます」


「ん? 二人? ヴァル、そんなに召喚獣がいるのか?」


「はい。先日の召喚獣の召喚の授業で一人、その夜にもう一人、別件でもう一人召喚獣になりました」


 小さく微笑むと、父が目を瞬かせた。


「どんな召喚獣だ?」


「聖の精霊王と光の精霊王、闇の精霊王です」


「はぁっ?!」


 父が声を上げて、驚愕した。母達も目を大きく見開いている。

 やっぱり驚くよね……。

 その三人は初代国王と王妃、その息子ですと言ったら、更に驚くだろうな。言えないけど。

 ただ、月白の髪の色で、王族の色だとバレる可能性があるので、その時だけ髪の色を変えてもらうように伝えている。


「父上のところに来た襲撃犯を聖の精霊王と光の精霊王で捕らえ、その後、聖の精霊王達と一緒に、離宮のパーティー会場に来て頂ければ、相手は否応なしに戦意を喪失出来るかと思います。闇の精霊王はパーティー会場にいてもらいます」


 そう言うと、ヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵が考える顔になる。


「でしたら、念の為、私とデリュージュ侯で陛下を護衛しましょう。うっかり陛下が暴走するのも困るので」


 にっこりとヘリオトロープ公爵が告げると、デリュージュ侯爵も同意するように頷いている。


「え、暴走? 何それ、俺、信用されてない?」


 父の一言に、執務室が静まり返る。

 どの口が言ってるんだと言いたげな顔をヘリオトロープ公爵、デリュージュ侯爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵、兄、ヴァイナスがしている。

 主に、いつも仕事を押し付けられている面々だ。

 母、義姉はスルー、俺は笑顔で誤魔化している。

 子供の頃から見て来た、俺なりの処世術だ。

 面倒臭いことには首を突っ込まずに、笑って誤魔化しておけ、だ。


「グラナート、今気付いたのか。君の頭はやはり残念だったのか……。残念だ」


 溜め息と共に、ヘリオトロープ公爵が毒を吐いた。一番、父から迷惑を被っている人なので、誰も咎めもしない。


「残念って言った人が残念なんですぅー」


「そんな口調で言うから、残念なんだろ。本当に、セヴィリアン王太子殿下やヴァーミリオン殿下の爪の垢を煎じて飲ませたい」


「あの、陛下、閣下。そろそろその辺にされないと、フェニックス殿が……」


 セレスティアル伯爵が溜め息混じりに、父とヘリオトロープ公爵を止めに入る。

 セレスティアル伯爵は、この前のことを覚えていたのだろう。

 セレスティアル伯爵の言葉に、思い出したらしい父とヘリオトロープ公爵がピタリと動きを止め、俺の右肩に乗る紅をちらりと見る。


「殿下、フェニックス殿は怒ってますか……?」


 恐る恐る、ヘリオトロープ公爵が俺に聞く。

 聞かれた俺はちらりと紅を見る。


「怒る十秒前だったようですよ?」


 にっこり笑顔で伝えると、父とヘリオトロープ公爵がホッとした表情を浮かべた。

 実際は怒ってもいないのだが、毎回されても困るので、そう言ってみた。


『公爵も恨み辛みが積もっているな。毎回思うが』


『まぁ、父の一番の被害者だからね』


 念話で会話をし、小さく溜め息を吐く。


「そういう訳ですので、父上。すみませんが、王城の方の侵入者の対処をお願いします」


「……分かった。出来れば、ヴァルの晴れ姿を見たかったのになぁ……」


「最後見られるではありませんか、グラナート様」


 母が扇を広げて、笑顔で言う。自分は最初から見られるのでドヤ顔だ。


「最初から見たかった……。セヴィとアテナちゃんを狙うのも腹が立つから、襲撃を考えた貴族達を潰してやる」


 父が物騒なことを言っている。そして、やっぱり、この物騒な発言はカーディナル王家の血筋なんだなと思う。

 兄も言うのだろうか。少し、気になった。


「ヴァーミリオン殿下、魔物を討伐の際は、息子のレイヴンも一緒に連れて下さい」


 デリュージュ侯爵はフルネームがフロスティ・ヒース・デリュージュという。顔もだが、金髪、薔薇色の目も息子のレイヴンと似ている。

 初めて会った時、軍務大臣だから、シュヴァインフルト伯爵と同じ筋肉質かと思ったが、普通の体型でホッとした覚えがある。


「構いませんが、シュヴァインフルト伯爵、いいですか?」


 将来は俺の部下になってくれる予定だが、今は一応、シュヴァインフルト伯爵の部下なので聞いてみる。


「ええ、問題ありません。彼も大分強くなりましたから」


 ニッと白い歯を見せて、シュヴァインフルト伯爵は頷いた。


「分かりました。シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵。捕らえる時に騎士達や魔術師達の指示をお願いします。お二人は母上の護衛もお願いします」


「仰せのままに」


 セレスティアル伯爵が頷き、一礼する。


「ヴァイナスは兄上と義姉上の護衛をお願いします。私の友人達も周りを固めてます」


「分かりました。しっかりお守りします」


 大きく頷いて、ヴァイナスは俺に穏やかに微笑む。ウィステリアと似た笑みだったので、内心、ほっこりする。

 そして、俺の作戦をもう少し詰めて、父達との作戦会議は終了した。








 俺の部屋に戻り、ソファの背もたれにでぐったりと身体を預ける。


「……疲れた」


 二つ連続の作戦会議は疲れる。ただ、もう一つある。

 ハイドレンジア、ミモザ、召喚獣達との作戦会議だ。

 そこにグレイも呼んでいる。


「お疲れ様です、我が君」


「本当にね……。襲撃を考えている貴族達には怒りしかないよ」


 盛大に溜め息を吐き、ミモザが淹れてくれた紅茶を飲む。


「さてと、作戦会議、始めようか。その前に、グレイは俺のこと、紫紺から何処まで聞いた?」


「えっ、あの、俺の伯父だったかもしれない、ということですか? それとも、女神様の双子の弟になるはずだったということですか? 最近、父から聞きました」


 首を傾げて、グレイが答えた。

 全部聞いてるやん……仲良し家族だな、本当に。


「全部、聞いてるね……。ということは、聖の精霊王と光の精霊王のことも聞いてる?」


「はい、その、父方の祖父母で、カーディナル王国の初代国王と王妃、ですよね?」


 俺のことを聞いているなら、月白達のことも聞いてるよね、そりゃあ……。


「正解。ということで、今から喚ぶよ。父様、母様」


「えぇっ?!」


『何だ? ヴァーミリオン』


 俺の頭を撫でながら、月白が現れる。


『なぁに? ヴァーミリオン』


 月白と同じく花葉も俺の頭を撫でながら現れる。

 グレイが固まっている。

 通常運転なので、慣れてしまったのでそのまま話を進めることにした。


「お二人の孫のグレイこと、アイスです」


 俺がグレイを紹介すると、月白と花葉の俺の頭を撫でる手が止まった。

 そして、グレイに近付く。

 グレイは尚も固まったまま、二人を呆然と見上げている。


『あの子の子供の頃にそっくりね。初めまして』


『確かに、子供の頃にそっくりだな。初めまして』


 それぞれ笑みを浮かべて、月白と花葉はグレイの頭を俺と同じく撫でる。


「は、初めまして……アイス・レド、です……」


 グレイは照れているようで、顔を赤くしている。

 俺と同い年なので、照れというか、恥ずかしい年頃の男子という気持ちが分かる。

 ただ、五百年後に子供として生まれるはずだった俺と、三男の孫のグレイがまさかいるとは思わなかったという月白と花葉の戸惑いがあるのも二人を見ていると感じる。


『ところで、息子は何処だ?』


「あ、紫紺ならお二人の後ろに……」


 俺がそう言うと、月白と花葉が振り返り、紫紺が目を逸らす。


『紫紺、俺達は怒っていないから、後でちゃんとお前の最愛と子供を紹介しろ。いいな?』


『あ、はい……』


 不器用な父親らしい言葉を月白は言うと、紫紺が驚いた表情をしつつも頷いた。

 過去に何かあったのだろうと思うが、俺には分からない。

 とりあえず、話を進めても良さそうなので、口を開く。


「それじゃあ、作戦会議しようか。正直なところ、召喚獣の皆は俺と深いところで繋がっているから、意図は通じていると思うし、レンやミモザ、グレイはウィステリア達と作戦会議をしているからほとんどないのだけど、皆にはウィステリア達や国王陛下達に伝えていないことで、ちょっと動いて欲しいんだ」


「ヴァル様、どういうことですか?」


 ミモザが首を傾げて、俺を見る。


「俺が動いている間、チェルシー・ダフニーの動きを見ておいて欲しいのと、元女神の動きがないかも確認して欲しいんだ。あとは、ウィステリアの護衛も」


「あの女が来るのなら、確かに見張っておいた方がいいですね。分かりました、見ておきます」


 グレイが言うと、ハイドレンジアとミモザも頷いてくれた。


「紫紺にはもう一つお願いがあるんだけど、いいかな?」


『何ですか、兄上』


「気付かれないように、チェルシー・ダフニーの会話をこの魔導具に録音してもらえる?」


 空間収納魔法から、赤ちゃんの握り拳くらいの大きさの魔石を五個渡す。


『分かりました。大丈夫です』


「身の危険や何かあったら、すぐその場から離れてね。無理はしなくていいから」


『気を付けます』


 頷く紫紺に五個の魔石を渡す。


「父様と母様は国王陛下達を守りつつ、王城に襲撃する貴族達を捕らえた後、離宮に連れて来て欲しいです。それと、魔物を倒している様子をパーティー会場内に見えるように出来ますか?」


『私が出来るわ、ヴァーミリオン』


「お願いします」


『襲撃した貴族以外に牽制のためね。任せて』


 にっこり微笑んで、花葉が拳を握り、親指を立てて上に向けた。

 ざっくりになったが、三つ目の作戦会議は終わり、夕食やお風呂を終わらせた俺はベッドに入るとすぐ眠りについた。

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