【Side 5】あたしの王子様(チェルシー視点)
気が付いた時には、あたしは乙女ゲームのヒロイン、チェルシー・ダフニーとして生きていた。
ここが乙女ゲームの世界だと気付いたのは五歳の時。
鏡で自分の顔を見た時だった。何度も見ているはずなのに、五歳の時に気が付いた。
家のお母さんが使っている鏡に興味があって覗いたら、ピンク色の髪の毛の、大きな茶色の目をした女の子が映っていた。
その顔を見たことがあって、見ているとお母さんがあたしの名前を呼んだ時に、前世を思い出した。
前世でハマりにハマってやり込んだ乙女ゲームの世界に生まれ変わって、しかもヒロインになっていてとても嬉しかった。
そこでふと気付く。あたしがヒロインだということは、乙女ゲームの攻略対象キャラや悪役令嬢もいるということになるのでは?
「ということは、あたしの推しのヴァーミリオン王子もいるということっ?!」
目を輝かせて鏡を見る。
あたしの隣に、推しのヴァーミリオン王子がいるのを想像する。
良い。とっても良い!
画面越しに見ていた、あの、綺麗なヴァーミリオン王子が、あたしにメロメロになってくれたら、あたしは幸せだ。
あたしはヒロインだ。
ヴァーミリオン王子のルートに入れば、ヴァーミリオン王子はあたしのモノだ。
まだ五歳のあたしは、乙女ゲームの舞台の魔法学園には入れない。
だから、あたしは考える。
「ヴァーミリオン王子に会うまでに、出来ることを確認しないとね」
六歳になったあたしはこの一年で、出来ることと出来ないことをとことん試してみた。
あたしは乙女ゲームの通り、聖属性持ちというのが分かった。
たまたま近所にある教会の、パーシモン教団の神官という人が教えてくれた。
しかも、あたしは魅了魔法というのが使えるらしい。
その神官は魅了魔法を使ってはいけないと教えてくれたが、どうして使ってはいけないかを詳しく聞く前に、あたしは使えるかどうかを試しにその神官に使ってみた。
だから、どうして魅了魔法を使ってはいけないのかをあたしは知らない。
魅了魔法を神官に使ったら、ぼうっとした顔で、あたしの顔を見て赤くした。
今までのような皆に優しい笑顔ではなく、あたしにだけ特別な笑顔をその神官は向けてくれるようになり、あたしだけにとても優しくなった。
これが魅了魔法なんだと分かった。
その後、すぐあたしの両親にも魅了魔法を掛けてみた。
お父さんもお母さんも今まで以上にとっても優しくなり、どんなワガママも聞いてくれるようになった。
それからあたしは誰にでも魅了魔法は効くのか試すようになった。
住んでいた村の人全員に、魅了魔法を掛けてみることにした。
あたしはまだ六歳で、魔力の量が少ないと優しい神官が教えてくれた。だから、毎日数人ずつ魅了魔法を使ってみることにした。
二週間で村の人全員が魅了魔法に掛かった。
魅了魔法が効かないという人はいなかった。
優しい神官が魅了魔法には重ね掛けというのがあるというのを教えてくれた。
あたしは早速、優しい神官に重ね掛けを試してみた。
今まで以上に、とっても優しくなった!
とても良い気分だ。
これがあれば、ヴァーミリオン王子に会った時に、もし攻略に失敗しても、魅了魔法を使ったらいいのではないかとあたしは思い付く。
乙女ゲームをやり込んだあたしが失敗するなんてことはないけど。
ただ、あたしは村に住んでいて、ヴァーミリオン王子がいる王都にいない。
王都に行くのは、住むのはお金がたくさん必要らしい。
なので、村の人全員に魅了魔法を使いながらお願いをしたら、たくさん働いてくれて八歳になる、二年でしばらく王都で暮らせるくらいのお金を集めてくれて、毎月、王都に暮らせるくらいのお金もくれるようになった。
八歳になったあたしは、両親と一緒に王都に住むために、城下町に引っ越した。
隣に住んでいたアイスという男の子と仲良くなった。
顔はあたしの推しのヴァーミリオン王子と比べる程ではないけど、美形だ。
大きくなったら、イケメンになるんじゃないだろうか。
そんなことを考えていたら、村に住んでいた時の優しい神官が王都の教会に来ることになった。
魅了魔法をたくさん重ね掛けしたことで、あたしの側にいたいみたいだった。
神官が家に来るようになってから、神官がアイスの魔力が高いことを教えてくれた。
「魔力が高い人には魅了魔法って効くのかな?」
ふと気になった。
どうせここは乙女ゲームで、あたしはそのヒロインだ。
何をしても許される。
だって、あたしが主人公の世界で、魅了魔法もあるから、誰もあたしを罰したりしないもの。
だから、試してみる。
魔力が高い人に魅了魔法を掛けたら、どうなるのかをアイスに試すことにした。
結果は半分だった。
アイスに魅了魔法は効いたが、途中で切れてしまった。
更にはヒロインのあたしから逃げようとした。
あたしの世界から逃げるなんて、許せない!
優しい神官が魅了魔法が切れた時のことも考えて、近所の人達にも魅了魔法を掛けたらどうかと言ってくれた。
近所の人達に魅了魔法を掛けておけば、アイスが逃げてもすぐ捕まえてくれると。捕まえて、魅了魔法をまた掛けたらいいと言ってくれた。
優しい神官が教えてくれたことをすぐやってみる。
近所の人達は村の人達と同じですぐ魅了魔法に掛かり、あたしのお願いを聞いてくれるようになった。
それからあたしは何度もアイスに魅了魔法を掛けたり、優しい神官が言ってくれたアイスのお母さんを捕まえたり、王都でヴァーミリオン王子に会った時のために可愛く見えるようにお化粧や服を選んだりした。
あたしは十五歳になり、初めて魅了魔法を掛けた優しい神官以外にも、何人か神官に魅了魔法を掛けた。
あたしはこの世界でも珍しい聖属性の魔力を持っているから、魔法学園で勉強した方がいいと神官達から言われた。
あたしはすぐに行きたいと頷いた。
だって、フィエスタ魔法学園は乙女ゲームの舞台で、あたしの推しのヴァーミリオン王子も通うことになる学園だ。
王都に引っ越して来たのに、ヴァーミリオン王子にはまだ会うことが出来ていない。
ここはやはり乙女ゲームの世界なのだ。
だから、ゲームと同じ十五歳にならないと、ヴァーミリオン王子にも会えないのだ。
神官達の推薦によって、あたしはフィエスタ魔法学園に入学することになった。
「早く、ヴァーミリオン王子に会いたい。会って、あなたをお救いしたい」
一人で孤立しているお城から、婚約者なのに助けもしない悪役令嬢から、寂しがり屋なあなたの心をお救いして、癒やしたい。
乙女ゲームをやり込んだあたしには分かる。
ヴァーミリオン王子は本当は優しい。お城でワガママに見せているのは構って欲しいから。
お城の人達は分かっていない。
小さな時からヴァーミリオン王子は親が目の前で死んでしまったことが悲しくて、寂しくて、誰かに側にいて欲しかったんだ。
大丈夫だよ、側にいるよと言って欲しいんだ。
あたしならたくさん構ってあげられる。
だって、あたしはヒロインで、ヴァーミリオン王子のルートに入れば、あたしは聖女だ。
ヴァーミリオン王子の側にずっといてあげられる。
だから、ヴァーミリオン王子を助けようともしない婚約者の悪役令嬢はあたしが断罪してあげる。
「早く、ヴァーミリオン王子に会って、お救いしたい。だって、あたしは聖女だもの!」
早く推しのヴァーミリオン王子に会えることが楽しみすぎて、あたしは笑った。
それからあたしは、入学前に学園長や担任のクレーブス先生の面接をすることになった、
魅了魔法を掛けた神官達からは念の為、学園長や担任のクレーブス先生にも魅了魔法を掛けた方がいいと言われた。
確かに、魅了魔法を先生達に掛けておいた方が悪役令嬢を断罪する時に使えるかもしれないと思った。
先生や大人の言葉は、あたし達生徒にはとっても効くし、信じやすいものね。
だから掛けてみたけど、魅了魔法が掛かったようには見えなかったし、魅了魔法を掛けることはいけないことだと言われた。
魔法学園でのルールや一般常識を知った方が貴族の子供達にいじめられなくて済むからとか言われて、勉強させられることになり入学が遅くなった。
あたしは早く入学したかったのに、ヴァーミリオン王子に会いたいのに、三ヶ月も遅れることになってしまった。
勉強しなくても、あたしはヒロインだから、関係ないのに、何で必要なのか意味が分からなかった。
三ヶ月が経ち、うるさいから魅了魔法を使わずに、大人しくしていたら入学を学園長から認められた。
編入ということになり、あたしはついにヴァーミリオン王子がいるガーネットクラスに行くことになった。
ガーネットクラスの教室に入り、クラスの人達を見た。
教室の一番後ろの高いところに、あたしの推しの王子様がいた。
ゲームで画面越しに何度も見たのに、あたしの推しの王子様はゲームの時以上に美しかった。
ゲームでもあったキラキラな効果は、この世界でもあるのね。
紅いきれいな髪に、金色と銀色のオッドアイ……って、ゲームでは両目とも銀色だったのに。
でも、イイ! 魅力的で素敵!
ゲームでもする、少し不機嫌そうに眉を寄せるところも、ゲーム以上にかっこよくて、きれいで美しい! 素敵!
やっぱり、あなたはあたしの王子様だ!
「初めまして〜。チェルシー・ダフニーですぅ〜。これからよろしくお願いしまぁーす!」
クレーブス先生に言われて、あたしは自己紹介をした。
自己紹介しながら、推しに会えたのが嬉しくて、あたしはいつもより魔力を多めにして魅了魔法を掛けた。
あたしの前にいる二列の貴族の生徒達が魅了魔法に掛かったみたいで、あたしの顔を見て赤くなっていく。
神官達から貴族の子供は魔力が高いって聞いてたけど、簡単に魅了魔法に掛かるのね。
安心した。
これなら、ヴァーミリオン王子にも魅了魔法を掛けられる。
でも、何故か掛かったはずの魅了魔法は解けてしまい、あたしの前にいる二列の貴族の生徒達は元に戻ってしまった。
その時、あたしは気付いた。
ヴァーミリオン王子の隣に我が物顔で座っている悪役令嬢がきっとあたしの邪魔をしたのだ。
やっぱり、悪役令嬢はヒロインのあたしの邪魔をするのね。
ヴァーミリオン王子はあたしのよ。
攻略に失敗したら魅了魔法を掛けるけど、あたしの力で攻略するんだから!
魅了魔法を王族に掛けるなんてって言われるかもしれないけど、あたしは乙女ゲームのヒロイン。
この世界のヒロイン。
世界はあたしがヴァーミリオン王子と結ばれて、幸せになるためにあるのだもの。
だから、今のうちよ、悪役令嬢。
ヴァーミリオン王子の隣はあたしの場所よ。
編入初日のつまらない授業が終わり、あたしは早速、ヴァーミリオン王子に声を掛けようと思ったら、いなくなっていた。
何処に行ったのかと教室の中を探したり、ガーネットクラスの人に聞いてみたが、あたしが平民というのが気に食わないみたいで誰も教えてはくれなかった。
ヒロインのあたしに誰も教えないなんて!
だから、あたしは学園内を探し回ることにした。
魔法学園は広かった。
ゲームをやり込んだおかげで、大体の場所は覚えているけど、実際に走り回ると疲れた。
でも、走り回ったおかげで、ヴァーミリオン王子を見つけた。
「ヴァーミリオン王子! 探してたんですよぉ!」
肩で息をしながら、口をふくらませた。
かわいい女の子のしぐさだ。
これは城下町の、魅了魔法を掛けた近所のきれーなお姉さん達から教えてもらった。
ヴァーミリオン王子だって、思春期の男の子なんだから効くはずだ。
あれ? あんまり効いてないみたい。
好感度がまだゼロだから?
それなら、魅了魔法はどうかな? 効くかな?
本当はちゃんと攻略したいけど、不安になった。
試しに、魅了魔法を掛けてみる。
「……私に何か?」
きれいな顔は赤くなったり、動くことはなく、静かにヴァーミリオン王子があたしに声を掛けてくれた。
画面越しに見ていた時よりも近くに、きれいで、美しい、女の人も負けるくらいのヴァーミリオン王子の顔が目の前にあった。
まつ毛が長くて、すごくきれい。素敵だ。
声もゲームと同じで、声変わりが終わった頃くらいの程良い、少年と青年の間くらいの低さで、とても耳に残るきれいな声だ。
ゲームの時以上の美しさに惚れ惚れしてしまう。
ただ、魅了魔法は効いていないようだった。
魅了魔法に掛かった人は皆、あたしの顔を見て、赤くするのだ。
魔力が高いアイスでも、赤くなったのに。
だから、魅了魔法が効いていないヴァーミリオン王子に驚いてしまう。
「あっ、いえ、あの、ヴァーミリオン王子はわたしのことを口説かないのですかぁ?」
首を傾げながら、聞いてみた。
好感度がまだゼロなのは分かっているけど、それでも推しのヴァーミリオン王子にあたしを口説いて欲しかった。
「どうして、婚約者がいるのに、私が君を口説く必要がある? その意図は?」
少し不機嫌に眉を寄せて、ヴァーミリオン王子はあたしに言った。
まさか、ゲームでよく見るしぐさが見られるなんて!
好感度が高くなると見られなくなる、ある意味レアなしぐさだ。
好感度が上がると、ヴァーミリオン王子の笑顔がとてもきれいで、素敵になる。
「え? いと? 糸ですか? ヴァーミリオン王子は糸がお好きなのですか?」
更に首を傾げながら、あたしは聞き返す。
いとって何だろう?
やっぱり王子様はすごい。
難しい言葉を知ってるのね。
かっこいい!
「申し訳ないが、私は君を口説く気は一切ない。口説かれたいなら、私以外の者に当たってくれ」
冷たく言って、ヴァーミリオン王子は足早にあたしから離れて行った。
待って、行かないで!
見えない壁が突然現れて、あたしからヴァーミリオン王子を遠ざけていく。
「えっ、あの、ヴァーミリオン王子っ?! 話が違う!」
本当に話が違う!
イベントがゲームとは違う。
ゲームではまだもう少し、ヴァーミリオン王子と話せたはずなのに。
好感度がゼロなのがいけなかったのかも。
教室で話し掛けられなかったのがいけなかった。
そしたら、今ももう少し話せたはずなのに。
魅了魔法が効かなかったのもいけなかった。
もしかしたら、ヴァーミリオン王子の美しさに、緊張して魅了魔法が上手く出来なかったのかもしれない。
「次こそはヴァーミリオン王子との好感度を上げないと!」
それから何度もヴァーミリオン王子に近付こうとするが、悪役令嬢の取り巻きとヴァーミリオン王子の護衛に邪魔された。
悪役令嬢の取り巻きが、あたしの友人にならないのも腹が立つ。
何度も邪魔されたので腹が立って、魅了魔法を掛けるが上手くいかない。
更に腹が立って、家に帰って、神官や両親に当たってしまう。
何度も魅了魔法を重ね掛けしたおかげで、当たっても全く怒られない。
でも、あたしのイライラは止まらない。
邪魔ばかりされて、ヴァーミリオン王子との好感度はまだゼロのままだと思うと焦る。
模擬戦も本当ならヴァーミリオン王子とあたし、ディジェム公子になるはずだったのに。
かっこよく戦うヴァーミリオン王子を近くで見られるはずだったのに。
ヴァーミリオン王子の戦う姿は、ゲームで見ていた以上にとてもかっこよかった。
なのに、好感度がゼロのせいで、本当はいるべきあたしの場所は悪役令嬢がいた。
それが一番、ムカつく。
ゲームの悪役令嬢はヴァーミリオン王子を救おうとしなかった。
子供の時から側にいたはずなのに、悪役令嬢はヴァーミリオン王子の寂しさに気付かなかった。
ヴァーミリオン王子のワガママをしつこく注意するだけで、寄り添ったりしなかった。
だから、あたしは悪役令嬢を絶対断罪してやる。
ヴァーミリオン王子の隣はあたしの場所だ。
そう思い、あたしはアイスに悪役令嬢の暗殺をお願いした。
アイスは魔力が高いし、もし見つかったとしても魅了魔法に掛かっているから、あたしがお願いしたとは言わない。
そう約束とお願いをしたもの。
殺したとしても、犯人はアイスで、あたしではない。証拠がないもの。
ヴァーミリオン王子と比べる程ではないけど、アイスも美形だし、魔力が高いから色々使えるかもと思ったけど、魅了魔法を重ね掛けしても、切れたらあいつすぐ逃げるし、そろそろ面倒くさくなってきた。
失敗したら、アイスのお母さんと一緒に捨ててもちょうどいいかもしれない。
無事に暗殺出来たら、褒めて、側に置いてみようと思うけど。
そして、アイスは暗殺に失敗したようで、帰っては来なかった。
残念だわ。
アイスのお母さんもついでにいなくなったけど、あたしは気にしなかった。
それから、ついに召喚獣の召喚イベントが始まった。
ゲームでも、一年生の中ではメインイベントの一つ。
あたしの召喚獣はもう決まっている。
ユニコーンだ。
清らかな心を持つ乙女が召喚する召喚獣。
あたしは聖女になるのだから、ユニコーンに決まっているのだ。
だから、緊張も何もない。
クラスの人達が次々召喚していくけど、しょぼいのばかりだ。
貴族は魔力が高いって言うけど、やっぱり大したことはないのね。
あたしが召喚したら、皆びっくりするでしょうね。
だって、ユニコーンよ?
清らかな心を持つ乙女に従う、聖女にふさわしい召喚獣。
皆の驚く顔が目に浮かぶ。
ヴァーミリオン王子もきっと驚いて、あたしのことが気になるに違いない。
ついに、あたしの順番になる。
あたしは自信満々で魔法陣の中央に立った。
魔力を放出する。
魔法陣があたしの聖属性の魔力に反応して光った。
光は他の貴族の生徒達にはなかった白色で、特別な色なんだと期待に胸がふくらむ。
光が消えると、魔法陣に召喚獣が現れた。
皆、じっと魔法陣を見ている。
「え……」
魔法陣の召喚獣を見て、誰かが声を出した。
あたしもそれを見て、声が出なくなる。
違う、何で……? どうして……?
ユニコーンじゃない。
どうして、ユニコーンじゃないの……?
どうして、どうして、スライムなの……!?
違う、違う、違う、ちがう、ちがう、ちがう……!!
これはあたしの召喚獣じゃないっ!!
震えが止まらない。
違う、あたしはヒロインで、スライムなんか低級な魔物が召喚獣なんて、ありえない!
貴族の生徒達も驚いている。
「嘘よ……こんな……話が違う! こんなのあたしの召喚獣じゃないっ! あたしの召喚獣はユニコーンのはずなのにっ!」
あたしは目の前のスライムが信じられなくて、叫ぶ。
あたしが、召喚した召喚獣は緑色のスライムだった。
きっと、間違いだ。
神様があたしと悪役令嬢の取り巻きの召喚獣を間違えてしまったんだ。
だから、次に召喚する召喚獣はきっとユニコーンだ。
「ダフニーさん、次の生徒が召喚出来ないので、離れて下さい」
クレーブス先生が魔法陣からあたしを押して、出すとスライムが付いてくる。
「何で、付いてくるのよ!」
スライムが許せなくて、にらんだ。
こんな召喚獣、あたしはいらない。
あたしがヴァーミリオン王子の側にいるために必要な召喚獣は、スライムじゃない。
ユニコーンみたいに、強い召喚獣なのに。
納得が出来なくて、あたしは召喚獣を召喚する部屋から、一人出る。
出る時に、何人かの貴族のご令嬢達があたしを見て笑った。
ムカつく。腹が立つ。
眼中にない貴族のご令嬢達に笑われた。
許せない。
次の召喚の時は絶対、強い召喚獣を喚んでやる。
そう思ってると、声がどこかから聞こえた。
『お困りのようね? わたくしが助けてあげましょうか?』
どこかから女の人の声が聞こえた。
「誰?!」
『わたくしは女神よ。女神ミスト』
女神と名乗るミストという女の人は、白っぽい色の髪をなびかせて、黒っぽい色の目を細くして優しく微笑んだ。
「女神? 女神があたしに何の用よ!」
『あなたの召喚獣、次の時は凄く強い召喚獣をわたくしが喚んであげるわ。わたくしは女神だから、あなたを助けてあげる』
優しい、お母さんのような笑顔で、ミストという女神はあたしに優しい声で言ってくれる。
「あたしを、助けてくれるの? どうして?」
『あなた、ヴァーミリオン王子が好きなんでしょう?』
「え? どうして、それを」
『わたくしも、ヴァーミリオン王子が好きなの。同じ好き同士のあなたを助けてあげたくなったの』
ミストという女神は恋する女の子のようなきらきらした目で、あたしを見る。
「あんたもヴァーミリオン王子が好きなら、普通はライバルになるんじゃないの?」
『本当ならね。でもわたくしは妹である別の女神に騙されて、ほとんどの力を奪われて、他の人には見えないの。聖属性を持つあなたにしか見えない。ヴァーミリオン王子にも触れられないし、彼にはわたくしは見えない……。だから、ヴァーミリオン王子のことが好きなあなたのことを応援してあげたいの』
だから、気にしないでとミストという女神は優しく言う。
なんて、なんて、良い女神なのだろう。
神官達から聞いた女神は怖いと思っていたけど、こんなに優しいなんて。
でも、気になることがあった。
「でも、あんた……ミスト様にはあたしを助けるメリットはあるの?」
『あるわ。そうでないと言ってないわ。あなたにお願いがあるの』
「何のお願い?」
『しばらくの間だけ、あなたの中に入らせて欲しいの。さっき言ったでしょう? 妹の女神に騙されて、力をほとんど奪われてしまって、ヴァーミリオン王子に触れられないって』
悲しげにミストという女神は笑った。
「だから、あたしの中で触りたいって言うの?」
『ダメ、かしら?』
「いいわよ。あたしが結局触るから、あまり意味がないような気がするけど。でも感じるんでしょ? 好きな人に触って、嬉しいという気持ちは分かるもの」
まだ、あたしもヴァーミリオン王子に触ったことはないけど。
でも触ったら、きっと嬉しい。幸せな気持ちになるはず。
ミストという女神はあたしの言葉に、一瞬だけ暗い笑顔をしたように見えて、びっくりして瞬きをしたけど、よく見るととても嬉しそうな、恋する女の子の笑顔だった。
気のせいだったみたい。
『ありがとう。早速、あなたの中に入ってもいいかしら?』
「いいけど、どうやって……」
入るの、と聞く前に、ミスト様はあたしの中に入ってきたことが分かった。
一瞬だけ、嫌な、気持ち悪い感じが身体中を駆け回ったが、すぐにその感じは消え、多幸感? を感じた。
何かに解放された感じで、今なら何でも出来そうな、そんな感じ。
「……これで、ヴァーミリオン王子はわたくしのものよ」
多幸感を感じている間に、そんな呟きがあたしの耳に聞こえた。
それが、ミスト様の声なのか、あたしの声なのか、ふわふわした多幸感を感じているあたしには分からなかった。
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