第47話 召喚獣の召喚

 二回目の模擬戦も終わり、一週間が経った。

 疲れもしっかり抜け、フィエスタ魔法学園の一年生は普段通りの授業に戻った。

 そして、一年生は模擬戦が終わったのに、またそわそわし始めている。

 理由は召喚獣の召喚の授業が始まるからだ。

 魔法学園でのメインイベントの一つが召喚獣で、この召喚獣の召喚の授業で、どんな召喚獣が召喚され、自分の召喚獣に出来るかで今後の受ける授業内容も変わってくる。

 模擬戦はもちろん、ダンジョン探索、公式戦、試験等に今後は召喚獣を喚ぶことが出来るようになる。

 騎士団や宮廷魔術師団を目指す者は、召喚獣に見合った戦い方等を学ぶ。

 その他の貴族はそれぞれの領地で、魔物や盗賊討伐、作物栽培等、領地経営に召喚獣を活かす方法を学ぶ。

 その召喚獣の授業、召喚獣が既に三体いる俺としては出なくてもいいんじゃないかと思っていたのだが、クレーブス先生に却下された。

 理由はまだまだ召喚獣を召喚出来るんじゃないか? と、目の前で伝説の召喚獣のフェニックスこと紅が見たいという、クレーブス先生の思惑が目を見て分かった。


「……召喚獣、これ以上増やしてどうするんだよ」


 夜になり、王城の南館の俺の部屋で、公務の書類仕事を終わらせ、紅と萌黄、青藍の前でぼやく。


『……まぁ、リオンの魔力なら、まだ余裕で召喚獣は増やせるが……』


「増やす理由がないんだよ」


『でも、マスターを元女神やその他の悪意から守る手はまだ欲しいところです』


「俺よりリアを守る手が欲しいね」


『偉大なヴァーミリオン様の召喚獣としては、まだ数が心許ないですね』


「大所帯より、少数精鋭の方が楽でやりやすいんだよ。それと、偉大って何だ」


 紅、萌黄、青藍は召喚獣の仲間が欲しいのか、俺に増やせと訴える。


「あのね、目立つのはあまりしたくないんだ。この前の模擬戦で目立っちゃったけど。これ以上、目立って、王位継承権争いに繋げたくない」


『我を召喚獣にした時点で、もう目立っている。今更だぞ、リオン』


「それはそうなんだけどね。紅達と出会えたことは有り難いけど、自分から増やすようなことはしたくない。何か、浮気みたいじゃないか」


『その気持ちは嬉しいが、我等は浮気とは思わぬぞ』


 紅が言うと、萌黄と青藍が大きく何度も頷く。


『むしろ、マスターの愛情が分かりますよね』


『そうですね。深く繋がっていると、ヴァーミリオン様の親愛が分かりますし、困った人や召喚獣を見過ごせない、何だかんだで懐に入れてしまうところが愛情深いですよね』


 何だろう、変な誉められ方をされて、滅茶苦茶こそばゆい。

 親愛って何?


「そんな聖人君子じゃないよ、俺は」


 溜め息を吐いて、紅茶を飲もうとすると、扉を叩く音がした。

 応答すると、グレイが入ってきた。


「グレイ?」


「ヴァル様、お休みのところすみません」


「構わないよ、何かあった?」


「あの、突然ですが、俺の両親がヴァル様に助けて下さった御礼を言いたいと言ってまして、呼んでもいいでしょうか?」


 困った顔で、グレイが聞く。


「呼ぶ? 今から?」


「はい。闇の精霊なので、夜なら何処でも移動出来るので、父が母を連れてこちらに伺いたいと……」


「気にしなくてもいいんだけど……って訳にはいかないか。いいよ。こちらに来てもらって構わないよ」


 俺がそう言うと、グレイは口を開いた。


「……父さん、いいよ」


 グレイの影が盛り上がり、大人二人分の大きさになった。

 影が、グレイの足元に戻ると、その場に長い黒紅色の髪を緩く結ぶ、紫紺色の目の男性と、肩まで切り揃えた小豆色の髪、中紅色の目の女性――グレイの母のカナリーさんが現れた。

 不躾にならないくらいの短い時間、グレイの父親である闇の精霊を見る。

 漂う魔力の量が普通の精霊と違う。ということは彼は闇の精霊ではなく、闇の精霊王だ。

 萌黄は次期風の精霊王だが、彼女と同じ雰囲気を目の前のグレイの父親から感じる。

 グレイから闇の精霊とは聞いていたが、闇の精霊王かどうかちゃんと聞くんだった。失礼なことをしたかもしれない。


『お初にお目に掛かる、ヴァーミリオン王子』


「初めまして。ヴァーミリオン・エクリュ・カーディナルです。闇の精霊王殿にこちらに越させてしまう形になり申し訳ありません。私の方が伺うべきでした」


 非礼を認め、頭を下げてすぐ謝ると、闇の精霊王は何故か少したじろいだ。


『い、いや、気にしないで頂きたい。俺の妻と息子を小娘から解放してもらった。それだけで、貴方によって我が家族がどれだけ救われたか計り知れない。こちらが礼を言うこそすれ、非礼だとは思わない。むしろ、礼を伝えるのが遅くなったこちらの方に非がある』


「そう仰って頂けて、有り難いです。でも御礼は言わないで下さい。非礼とも思いません。闇の精霊王殿の奥方と御子息を助けたのは私の打算と下心ですから」


 グレイが子供の頃から魅了魔法で操られて腹が立ったのもあるが、彼からヒロインの情報等が欲しかったのと、魅了魔法に耐性があり、高い魔力と暗殺等の技量でウィステリアを守る手が欲しかったから助けたのが理由だ。

 助けた理由はあくまで俺の打算と下心だ。あくまで。


『それは息子から聞いたが、貴方はそう言ってこちらの罪悪感を消そうしてくれているのだと感じるのだが……』


「あくまで、私の打算と下心です」


 にっこりと笑顔で伝えると、闇の精霊王がまたたじろいだ。隣で静かに聞いていたグレイとカナリーさんが笑い出す。何も面白いことを言っていないが。


「ご無沙汰しております、ヴァーミリオン殿下。本当に殿下はお優しい方ですね。夫がたじろぐ姿を久々に見ました」


 カナリーさんが口元に手を当てて笑う。元子爵家の令嬢とあって優雅だ。


「改めまして、ヴァーミリオン殿下。私や息子を助けて下さってありがとうございます。更には、エクリュシオ子爵様のお母様を御紹介下さり、本当にありがとうございます」


 優雅なカーテシーをして、カナリーさんが俺に礼を言う。

 カナリーさんにはヘリオトロープ公爵邸ではなく、ハイドレンジアが治めるエクリュシオ子爵領に移動してもらった。

 元貴族とはいえ、現在平民のカナリーさんが貴族筆頭のヘリオトロープ公爵家のお客様としてずっと居るのは精神的に辛いと思ったからだ。

 元子爵家なので、教養はあるだろうし、グレイにも教えていたと聞いていたので、ハイドレンジアの代わりにエクリュシオ子爵領を運営しているアイリスさんの助けになるのではと、紹介してみたのだ。

 アイリスさんの方が少し年上だが、子を持つ母同士なのですぐ仲良くなり、しっかり補佐をしてくれているらしく、とても助かっているとお礼の手紙をもらった。


「いえ。流石にヘリオトロープ公爵家にずっと居るのは精神的に酷だと思っただけなので」


 俺でも恐らく精神的に辛い。

 ヘリオトロープ公爵夫人のアザリアさんからの言葉の剣は痛いと思う。強力な言葉の盾がないと太刀打ち出来ない。カナリーさんにはしていないと思うが。


「そうですね。流石、貴族筆頭ですね。緊張の連続でした……」


 でしょうね。一日しか泊まらなかった俺でも緊張していたのだから。

 そろそろ、本題に入ってもいいかなと感じ、俺は三人を見る。


「それで、こちらに来られたのは、御礼のためですか?」


『もちろん、それもあるのだが、俺を貴方の召喚獣にして欲しい』


「え……?」


 闇の精霊王による、突然の召喚獣になりたい宣言に俺は固まる。恐らく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていると思う。

 背後から、俺の召喚獣である紅と萌黄、青藍がニヤリと笑っている気配がする。


「すみませんが、何故その流れになるのでしょうか?」


『息子が小娘の魅了魔法によって命令され、貴方の婚約者の命を狙ったにも関わらず、息子を罰することなく魅了魔法も解除してくれた。更には状態異常無効の魔法付与をされたネックレスを授け、息子の安全を確保し、更に人質にされた妻を救ってくれたことで貴方に恩義を感じた。恩を報いるため、貴方の召喚獣になりたいと俺は思っている』


「先程も言いましたが、それは私の打算と下心なのですが……。それに、奥方や御子息がいるのに私が貴方の主になるのは……」


 気が引ける。とっても。特に俺の召喚獣になるということは深いところで繋がることになる訳で、奥さんのカナリーさんや息子のグレイの感情や想いより、俺の感情や思惑が分かってしまうのは申し訳ない。


『息子から聞いたことだが、貴方の魂と契約する形になることに関して気が引けているのなら、問題ない。妻も息子も知って、理解している上で、俺は言っている。貴方は気にしなくてもいい』


 いや、気にしますが。

 ハイドレンジア達にはまだ伝えていないが、グレイは闇の精霊の子供だから、気付かれる前に敢えて俺の召喚獣は深いところで繋がっていると話した。

 俺の召喚獣になるということは、喚ぶことも増える訳で、折角、魅了魔法の苦しみから解放されて、家族として生活出来るのに、何故、わざわざ離れることが増える道を選ぼうとするのか。

 それを俺がとやかく言う資格はない。

 ただ、俺の覚悟がないだけだ。

 グレイ達家族は、闇の精霊王にお互いの感情や思惑がただ漏れになることをちゃんと理解した上で、俺に提案しているのだ。

 分かっているが、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「ヴァーミリオン殿下、どうか夫の主になって下さい。お互いの感情や思惑が伝わるのが気が引けていらっしゃるのは分かります。私や息子のことは気にしないで下さい」


「しかし……」


 言い淀むと、今まで静かに聞いていたグレイが俺に声を掛ける。


「あの、ヴァル様。本当に気にしないで下さい。俺の両親なのですが、その、いつも言葉で自分の感情や想いを伝えまくっているので、本当に問題ないんです。聞いてる息子の俺が胸焼けするくらいなんです」


 げっそりとした顔で、グレイが言うと、カナリーさんはにっこり微笑んで、人目を憚らず闇の精霊王の手を握る。闇の精霊王も満更でもない顔をしている。

 滅茶苦茶ラブラブじゃないか。俺の目指している夫婦像の一つだ。


「俺達家族はヴァル様に本当に恩義を感じています。俺としても、尊敬している父が、尊敬しているヴァル様の召喚獣になることがとても誇らしいんです。ですから、どうか、俺達家族の想いを汲んで頂けないでしょうか?」


 そこまで言われたら、俺は拒否は出来ない。グレイ達の想いを無下には出来ない。

 覚悟を決めるしかない。


「――分かりました。貴方の、闇の精霊王殿の主になります。これから宜しくお願いします」


 小さく微笑んで、俺は右手を闇の精霊王に差し出す。


『こちらこそ、これから宜しく頼む、我が主よ』


 ホッとしたような穏やかな笑みを浮かべて、闇の精霊王は俺の右手を握った。


「あの、ところで、名前はありますか?」


 ふと、俺は気になったことを聞くと、闇の精霊王は目を瞬かせた。


『特にないな。妻からは闇様と呼ばれるが……。決めてもらえないだろうか?』


「もし、宜しければ、その名前を私も呼ばせて下さい」


 何で、名前がないまま夫婦になってるんだ?

 あ、精霊王だし、恐れ多くて呼んではいけないとカナリーさんは思ったのだろうか。

 俺は恒例になった召喚獣の名付けを考える。

 やはり、召喚獣で精霊王なだけあって、黒紅色の髪も紫紺色の目もとても綺麗だ。

 そして、閃いた名前を伝える。


「紫紺(シコン)はどうですか? 闇の精霊王殿の目がとても綺麗な紫紺色なので」


 俺が伝えると、グレイ達家族が固まった。

 嫌なのだろうか……。


「とても、とても素敵な名前! ねぇ、闇様! ヴァーミリオン殿下は闇様の一番綺麗な、私が好きな瞳の色に気付いて下さったわ!」


『そうだな。君に言われて、俺が好きになれた色だ』


 おおぅ……。本当にラブラブじゃないか。

 グレイの言う通り、聞いてるこちらが確かに胸焼けする。


『ヴァーミリオン王子。良い名前を授けてくれてありがとう。その名で是非、呼んで欲しい。出来れば口調も砕けてくれて構わない。俺も貴方をヴァルと呼んでも良いだろうか?』


「もちろん。紫紺、改めて宜しく」


 微笑みを浮かべると、紫紺はたじろぎながら笑ってくれた。

 紅達の思惑通り、俺は四体目の召喚獣を仲間にした。








「……で、召喚獣の授業が始まる前に、四体目の召喚獣をヴァルはゲットした訳なんだな」


 王族専用の個室で、紅茶を飲みつつディジェムが呟く。その隣には、彼の推しが座っている。

 グレイの詳しい話は言わずに、闇の精霊王こと紫紺を成り行きで召喚獣にしたことだけを伝えた。

 流石にグレイの個人的な事情は本人に聞いてから話すのが筋だと思ったので。


「そうだね……。だから、授業を欠席したいんだけどね……」


 俺も紅茶を飲みつつ、ぼやく。その俺の隣には推しで愛しの婚約者が目を輝かせて前に座る二人を見つめている。


「それは無理だろ。諦めろ。クレーブス先生が物凄い形相で探しに来るぞ。タンジェリン学園長から苦情が来るぞ」


 タンジェリン学園長にはしっかり事情を説明したら、味方になってくれる気がする。五百年前に生まれていたら、甥と伯母の関係になるはずだったので。

 王子として、話すことが増えて気付いたが、タンジェリン学園長は甥に対して甘い。

 五百年前に甥として生まれるはずだったと話す前と後ではかなり甘さが違う。話す前の時でも他の生徒達と比べても優しかったが、話した後からは優しいに付け加えて甘い。溺愛に近い。


「というか、短期間で二体ゲットすることになるんだな、ヴァル」


「……知らない振りをしようとしてたのに」


 大きな溜め息を吐きながら、心を落ち着かせようと、愛しの婚約者の顔を見る。彼女はきらきらと目を輝かせて、まだ前に座る二人を見つめている。


「……そんなことより。ディルこそ、俺とウィスティに牽制掛けずにそろそろ紹介して欲しいんだけど?」


 心を落ち着かせた俺は、にっこりとディジェムに笑って尋ねる。特にウィステリアが心待ちにしている。


「うぐっ……そ、そうだよな。ヴァルにはウィスティ嬢がいるし、牽制しなくても良かったんだった。悪い。つい癖で……」


 恥ずかしそうに、ディジェムが頬を掻く。


「……そろそろ、挨拶してもいい? ディジェ君」


 静かに、ティーカップをソーサーごとテーブルに置いて、ディジェムの推しが彼に聞く。


「……どうぞ、フェリア」


 ばつが悪そうにディジェムが自分の推しに頷く。


「初めまして、ヴァーミリオン王子、ヘリオトロープ公爵令嬢。今は出奔中ですが、アクア王国第一王女、オフェリア・エール・アクアと申します。フィエスタ魔法学園編入の提案と魔法付与されたネックレス、ありがとうございました。フィエスタ魔法学園ではディジェム公子の側近の妹ということで、オフェリア・エコー・デルファイアと名乗ります。髪と目の色も変える予定です。どうぞ宜しくお願い致します。それと、ディジェ君がいつもお世話になっています」


 にっこりと天色の髪、紺青色の目のオフェリアが微笑む。聖女で王女ということもあり、慈愛と気品に満ちた表情を浮かべている。どこかのヒロインと大違いだ。


「初めまして、ヴァーミリオン・エクリュ・カーディナルです。宜しく。こちらこそ、いつもディルにはお世話になってます」


「は、初めまして。ウィステリア・リラ・ヘリオトロープと申します。私も宜しくお願い致します。こちらこそ、いつもディル様にはお世話になってます」


 緊張した面持ちで、ウィステリアが微笑む。

 可愛い。誰も居なかったら、抱き締めているところだ。


「ディルのこと親友と思ってるから、貴女とも友人になれたらと思ってるよ。俺のことはヴァルと呼んでもらえると嬉しい」


「私のことも、どうぞ、ウィスティとお呼び下さい、オフェリア様。それと、私ともお友達になって下さい」


「お二人共、ありがとうございます。私のことも、オフィとお呼び下さい。お友達になりたいので、ヴァル君とウィスティちゃんとお呼びしてもいいですか?」


「もちろん」


 俺とウィステリアが頷くと、オフェリアは紺青色の目を嬉しそうに細めて微笑んだ。隣のディジェムも嬉しそうだ。

 その二人の様子に気付いた、婚約歴十一年の俺とウィステリアはちらりと目でお互いを見た。

 同じことを考えていると思う。


「それで、お二人はついに恋仲になられたのでしょうか?」


 ウィステリアが俺の代わりに聞いた。こういう恋バナ関係は彼女の方が鋭い。


「……よく気付いたな。気付かれないと思ったのに」


 照れながら、ディジェムが頷く。その隣でオフェリアが赤くなった。

 こう見ると、オフェリアも先程と違い、年齢相応の表情だ。


「まぁ、俺達の方が長いしね。二人揃って、呼び方違うし」


 俺とウィステリアは、お互いの特別な愛称は二人の時にしか呼び合わないように徹底している。

 召喚獣以外の他の誰かに特別な愛称を呼んで欲しくないし、聞かれたくないという思いがお互いにあるからだ。


「あの、オフィ様も私達と同じ転生者と伺いましたが、乙女ゲームはご存知ですか?」


「はい、もちろん。一作目、ファンディスク、二作目をプレイしてました」


「……ちなみに、推しは?」


 気になるのか、ぐいぐいウィステリアがオフェリアに問う。

 恐らく、ウィステリアなりの牽制なのかもしれない。一作目でメイン攻略対象キャラのヴァーミリオンの顔と声が人気になって、ファンディスクと二作目が作られ、発売したので。

 自惚れだが、ウィステリアのそれが嬉しい。

 ゲームのヴァーミリオンと今の俺は、もちろん違うけど。


「……その、一作目はヴァル君のお兄様の、今の敬称で言いますが、セヴィリアン王太子が推しでした。が、ファンディスクと二作目で、ディジェ君が推しになりました……」


 顔を赤くして、両頬に手を当ててオフェリアが告げる。

 一作目で兄が推しだったが、ファンディスクと二作目でディジェムが推しに変わったと聞き、少し驚いた。

 兄とディジェムだと性格が違う。どんな推し変のエピソードがあったのか。一作目しか知らないので、ファンディスクと二作目を前世の姉と妹がプレイするのを見られなったのが悔やまれる。


「推しのディル様と結ばれて、とても素敵ですね」


「ありがとうございます。そう言うウィスティちゃんの推しは?」


「私は一作目の時からヴァル様が推しですっ」


 力強くウィステリアは告げた。俺も嬉しくて、婚約者の手をそっと握る。


「ウィスティちゃんも推しとラブラブですね」


「はい。ラブラブです」


 頷くウィステリアと俺が微笑み合うと、ディジェムとオフェリアの顔が真っ赤になった。

 婚約歴十一年を甘く見ないでもらいたい。


「……ディジェ君から聞いていたけど、これは危なかったわ。今のヴァル君がゲームのヴァーミリオン王子だったら、私の推しになるところだったわ……。しかも、ゲームより美しい。王子力、半端ないわ」


 何で、オフェリアまで王子力っていう謎の言葉を知ってるんだ……。ディジェムからか。


「あー、うん、それは俺も思う。俺も女だったら、ヴァルが推しになるところだった。強くて、綺麗で、格好良い、軍師で騎士みたいな王子はヤバイ」


「誉めても何も出ないよ」


 苦笑すると、ウィステリアが更にオフェリアに問い掛ける。


「あの、オフィ様は召喚獣はいらっしゃいますか?」


「はい。一応……」


「どんな召喚獣?」


 俺も気になったので尋ねる。


「……リヴァイアサンです」


 おぉ、リヴァイアサン!

 紅ことフェニックスや黒曜ことドラゴンのように、色々なゲームで有名な召喚獣だ。

 そういえば、リヴァイアサンはアクア王国の象徴だったはず。


「ちなみに、名前は?」


「藍玉(ランギョク)と言います。藍玉」


 そう言って、オフェリアはリヴァイアサンを喚ぶ。


『オフィ、どうしたの?』


 天色の輝く鱗、紺青色の目をした召喚獣リヴァイアサンが小さなサイズで現れる。


「前にディジェ君と話してた、私達と同じ転生者のヴァル君とウィスティちゃんに、貴女を紹介したくて」


 優しく微笑み、オフェリアがリヴァイアサンに告げる。


『ああ、貴方達がフェニックス様の主様と、婚約者ね。初めまして、私はリヴァイアサンよ。オフィから藍玉と呼ばれてるわ。遠慮なく、藍玉と呼んで。宜しくね』


 リヴァイアサン――藍玉が紺青色の目を優しく細めて、俺とウィステリアに名乗る。

 そこで、まじまじと見てしまい、オフェリアの髪と目の色と同じことに気付く。

 そして、リヴァイアサンは女性体のようだ。

 ディジェムからしたら、女性体で良かったかもしれない。彼の様子からして、嫉妬深いように見えるので、召喚獣でも男性体だった場合、面倒臭いことになっていたかもしれない。

 かく言う俺もそうなるかもしれない。

 召喚獣の召喚の授業が少し恐ろしくなった。








 次の日、召喚獣の召喚の授業になり、ガーネットクラスの生徒はぞろぞろと、魔法訓練場の隣にある召喚獣を喚ぶための召喚部屋に集まる。

 召喚部屋に入ると、かなりの広さがあった。

 召喚する召喚獣によっては大きさがあるので広くしているそうだ。例えば、フェニックスやドラゴン、リヴァイアサンだ。

 外の方が良いのかもしれないが、王族や爵位が高い貴族が召喚した召喚獣が弱かった場合、侮られる場合もあるのと、少しでも知られないために、部屋の中で召喚することになった。それでも人の口には戸が立てられない。クラスの誰かが流す場合もあるので、あまり意味がない気もするが、俺も別の意味で部屋の中の方が有り難い。

 俺が何を召喚するのかという好奇の目が、部屋の中だと少しでも減ってくれるので。


「ヴァル様、ドキドキしますね」


 隣でウィステリアが緊張した面持ちで呟く。


「そうだね。俺も召喚の魔法陣で召喚するのは初めてだな」


 目の前にある、大きな魔法陣をじっと見つめながら頷く。

 召喚部屋の床には大きな魔法陣が描かれている。

 魔力感知で確認すると、全属性の魔石を砕いた粉で魔法陣一文字一文字描かれている。

 広い魔法陣なので、全属性の魔石をどれだけ使ったのだろうか。

 特に無属性と聖属性の魔石は希少だ。その属性を持っている人も少ないので、もちろん付与される魔石も少ない。

 ……これ、全属性持ちってバレたら、魔石に付与しろとか面倒臭いことにならないだろうか。

 属性の擬態を教えてくれたセレスティアル伯爵様々だ。俺の魔法の師匠に感謝しかない。

 セレスティアル伯爵邸に足を向けて寝られない。


「これ、一発で皆、召喚出来るのか?」


 ディジェムが魔法陣をじっと見つめながら、呟く。隣で魔法学園に編入してきたオフェリアも不思議そうに魔法陣を眺めている。その彼女の髪の色は黒色、目の色は薔薇色に変装している。

 言われて、魔法陣の文字を俺も見る。


「いや、一発ではないみたいだ」


「ん? 魔法陣の文字、読めるのか?」


「少しだけだけど、セレスティアル伯爵から教わったよ」


「何て書いてあるんだ?」


「要約すると、魔力を使って喚んでも、来ない時は来ない。次回挑戦するようにって書いてあるよ」


 頭痛を感じながら、伝えた。


「え、要約?」


 不思議そうにディジェムが俺を見る。

 そう、要約すると、だ。

 実際の中身は言葉が悪い。

『たくさん魔力を使って喚んだって、来ねぇーもんは来ねぇーよ。次、やってみな。それでも駄目なら諦めろ、ばーか』と書いてある。

 誰が書いたんだと思うのだが、まさかタンジェリン学園長か?

 魔法学園が出来てからの学園長は彼女だ。知っている限り、そんな言葉遣いをするような人ではないと思うのだが。


「あら、わたくしではありませんわよ、ヴァル君」


 背後からタンジェリン学園長が俺に言う。


「……タンジェリン学園長。どうしてこちらに?」


「この召喚獣の授業をする時は、クラスの担任とわたくしが担当するようになっているのです。召喚した召喚獣が召喚者の魔力で打ち勝てなかった時に、送還しないといけませんから」


「成程」


「それにしても、驚きましたわ。あの魔法陣の文字を作成者の口調のまま、ちゃんと正確に読むなんて。貴方の魔法の師匠は流石ですわ」


 にこにこ笑うタンジェリン学園長の視線と、真意を問うディジェムの視線から逃れるように目を逸らす。


『あの魔法陣の作成者は、貴方の父親になるはずだった初代国王ですわ。ヴァル君』


 いきなりタンジェリン学園長が念話を飛ばしてきた。

 念話出来るんだ。流石、エルフ。


『そうですか……。初代国王の口調、悪かったのですか、ローズ伯母上』


 俺も念話で聞いてみた。流石に声に出して聞いてしまうと、初代国王像が崩れる気がする。


『そうですわね。まぁ、元々、グラファイト帝国の当時の皇帝の庶子で、諸事情で平民同然で暮らしてた人でしたから』


 にっこりと綺麗な微笑みを浮かべ、タンジェリン学園長が告げる。


「色々、話したいこと、聞きたいこともありますし、それはまた今度にしましょう」


 そう言って、タンジェリン学園長はクレーブス先生のところへ歩いていった。


「……とりあえず、一発で召喚獣は喚べないというのが分かって良かったよ」


 ディジェムが何故か同情するような目で、俺を見ながら言う。その顔、やらかすと思ってるな。


「同情するような目で俺を見てるけど、多分、君もオフィ嬢も今回、召喚出来ると思うよ」


 ディジェムが驚いた顔をして、こちらを見る。


「あの魔法陣の文字、続きがあって要約すると、強い魔力を持つ者または既に強い召喚獣を召喚した者はまた喚べると書いてあるんだよね」


「じゃあ、俺とフェリア、ヴァルは確定、と?」


「そうだね。多分、ウィスティも喚べると思うよ」


「それは、私達と同じだからと?」


 オフェリアが小声で俺に問う。


「そう」


 俺達と同じイコール転生者とオフェリアは言いたいようで、その通りだと頷く。流石に同じ空間にヒロインがいるので、転生者という言葉は使いたくない。気付かないと思うが。


「だから、安心して喚んで。ウィスティ」


 緊張しているウィステリアに微笑みながら、手を握る。


「はい、ヴァル様」


 少し緊張が解れたのか、ウィステリアも俺に微笑む。


「恋愛上級者は凄いよな……」


 ディジェムとオフェリアが顔を赤くしながら頷き合っている。


「恋愛上級者ではないけど、十一年も婚約しているとね」


「十一年……ほぼ夫婦じゃん」


 ディジェムがご尤もな意見をし、げっそりとした表情を浮かべた。


「俺としては早く結婚したいんだけどねー。流石に卒業しないと体裁が……」


 溜め息を吐きながら憂うように言うと、ウィステリアが結婚という二文字を聞いて顔が真っ赤になる。


「それをさらっと言えるヴァルは純粋に凄いわ」


 少し照れた顔のディジェムと、何かを想像したのかオフェリアが顔を赤くする。

 本当に、婚約歴十一年を甘く見ないでもらいたい。自分で言うのもどうかと思うが、前世を入れたら拗らせが凄いんだぞ。


「それはどうも。あ、授業始まるみたいだよ」


 クレーブス先生とタンジェリン学園長がガーネットクラスの全員の前に立ち、召喚獣の召喚の授業が始まる。

 アルパイン、ヴォルテール、イェーナ、グレイ、ピオニー、リリーが俺達に近付く。

 俺達の会話に気を遣って、離れてくれていたようだ。

 召喚獣の召喚に関しての説明をクレーブス先生とタンジェリン学園長がする。

 魔力を溜めて放出して、少し待つと召喚獣が応じて現れることがあるらしい。

 現れない場合はまた次回の授業でするそうだ。

 それと、召喚した召喚獣が召喚者の魔力で打ち勝てなかった時に、タンジェリン学園長やクレーブス先生が送還する。

 その他の注意事項等を伝え、召喚獣の召喚が始まる。

 一人ずつ召喚していくが、今のところ強い召喚獣は召喚されていないし、召喚者の魔力で打ち勝てなかったという生徒はいない。

 召喚出来なかった生徒は何人かいる。

 初めての召喚獣で喜ぶ生徒もいれば、思ってたのと違うと嘆く生徒もいる。

 フェニックスのような召喚獣を喚びたかったのだろうなと思う。

 どんどん生徒が召喚していき、俺の護衛達の順番になった。

 アルパインはスレイプニル、ヴォルテールはケット・シー、イェーナはユニコーン、グレイはハティ、ピオニーはウンディーネ、リリーはサラマンダーを召喚し、それぞれ打ち勝った。

 有名どころの召喚獣が出て、他の生徒達がざわめいている。

 そして、ヒロインの順番になり、俺とウィステリア、ディジェム、オフェリアに緊張が走る。

 というのも、ゲームのヒロインは先程イェーナが召喚したユニコーンが召喚獣だった。

 それをイェーナが召喚したので、どうなるのか予測がつかない。

 そんなことを俺達が思っているとは知らないヒロインは、自信に満ちた表情で魔法陣の中央に立つ。

 ヒロインは魔力を放出する。

 俺の魔力感知が反応するが、弱い魔力だった。

 これでどんな召喚獣が召喚されるのだろうか。

 魔法陣がヒロインの魔力に反応する。

 その魔力は聖属性なので、魔法陣が聖属性の白色に輝くが、先程のアルパイン達と比べても光が弱い。光の強弱は魔力量によるものなのだろうか。

 光が消えると、魔法陣に召喚獣が現れる。

 俺もウィステリア、ディジェム、オフェリアも気になり、まじまじと魔法陣の中の召喚獣を見て、固まる。


「え……」


 オフェリアが小さく声を出し、言葉を失う。

 ヒロインは自信に満ちた表情だったのが、見る見る顔色が悪くなっていく。

 他の生徒達もざわめいている。声音はアルパイン達の時と違い、戸惑いと蔑みが混じっている。


「嘘よ……こんな……話が違う! こんなのあたしの召喚獣じゃないっ! あたしの召喚獣はユニコーンのはずなのにっ!」


 金切り声でヒロインが叫んでいる。


「なぁ、ヴァル」


「何だい、ディル」


「あの召喚獣は、聖属性か?」


 呆然とディジェムが俺に聞く。


「君も魔力感知を使ってるだろうから答えは出てると思うけど、答え合わせすると聖属性じゃないし、特別でもなんでもないよ」


「一応、水、属性だよな?」


「まぁ、そうだね。スライムだし」


「スライム、だよな……」


「スライムだね。普通の」


 そう、ヒロインが召喚した召喚獣は緑色のスライムだった。

 俺も驚いて、聖属性の特別なスライムなのかと思い、魔力感知で属性を調べてみたが聖属性ではなく、水属性だった。よく見る普通の緑色のスライムだった。

 納得がいかず叫ぶヒロインをクレーブス先生は魔法陣から離すと、スライムも健気に付いていく。

 気を取り直してタンジェリン学園長がウィステリアの名前を呼ぶ。

 名を呼ばれ、ウィステリアがびくりと肩を震わす。そっと彼女の手を握る。


「ウィスティ、大丈夫だよ。君なら凄いのを喚べるよ。ヒロインの後で嫌だろうけど、応援してるよ」


 ヒロインの後なので、変に期待値が高くなってしまっている上に、初めての召喚なので緊張で手が冷たくなっている。

 安心させるように微笑むと、ウィステリアも安堵の表情を浮かべる。


「はい。ヴァル様、頑張ります。いつもありがとうございます」


 少し落ち着いたのか、ウィステリアも微笑み、魔法陣へと向かった。

 魔法陣に着くと、ウィステリアは魔力を放出させる。

 彼女の水と光の属性の魔力が魔法陣と反応して、翡翠色に輝く。

 魔力に反応して、魔法陣が強く輝き、光が収まると、魔法陣には大きな狼がいた。

 ただの狼ではない。フェンリルだ。

 しかも、ただのフェンリルではなく、女性体、つまり雌で、高い魔力を持っている強い個体のようだ。多分、フェンリル女王だと思う。聞いてみないと分からないが。

 他の生徒達はフェンリルに驚きの声を上げ、ざわめいている。声音は驚きと羨望だ。

 後は魔力で打ち勝つのだが、現れたフェンリルはすぐウィステリアに頭を下げた。

 ウィステリアはホッとした表情を浮かべ、すぐフェンリルの頭を撫でた。

 もふもふのようで、堪能したいといった表情を浮かべている。可愛い。カメラがあればこの瞬間も収められるのに。

 フェンリルはすぐウィステリアと契約したようで、一旦、姿を消した。

 魔法陣から離れ、俺達の場所にウィステリアは戻ってくる。


「ヴァル様、召喚出来ました!」


 嬉しそうに綻ばせ、ウィステリアは俺に言う。

 可愛い。本当に可愛い。


「おめでとう、ウィスティ。先程の彼女はフェンリル女王?」


「はい。よく分かりましたね。ヴァル様のように深いところで契約したいから、後で喚んで欲しいって言ってました」


「そっか。良かったね。召喚出来て俺も安心したよ」


 微笑み合うと、アルパイン等俺の護衛達が顔を赤くしている。

 そして、オフェリアがカーバンクル、ディジェムがグラニを召喚した。

 最後に何故か俺が残った。


「満を持してだな、ヴァル」


「何で俺が最後なのか意味が分からないけどね」


 召喚獣が多いからというのもあるけど、恐らく、クレーブス先生とタンジェリン学園長の思惑なんだろうなと思う。

 クレーブス先生が俺の名前を呼ぶと、他の生徒達が静かになる。

 期待に満ちた目で見る生徒や顔を赤らめる生徒の視線を感じる。

 魔法陣の上に立とうとすると、タンジェリン学園長が小さく声を掛ける。


「ヴァル君、とんでもない召喚獣が出たとしても驚きませんから」


 それ、フラグになってません?

 喉のところまで出そうになり、ぐっと飲み込む。

 言ったらそれこそフラグだ。

 なので、俺は笑うに留めた。

 魔法陣の上に立ち、魔力を込めようとすると、不意に何かを感じる。

 嫌な何かではなく、妙に懐かしい何かだった。

 それにつられてしまったのか、うっかり光の属性の魔力を込めて放出してしまった。

 光属性を表す、黄色の光が、今までの生徒達の光より強く輝き、しばらく光り続ける。

 ウィステリア達や他の生徒達、クレーブス先生やタンジェリン学園長が光を遮るように手で目を覆っている間、俺は目の前に現れた召喚獣を静かに凝視していた。


『ヴァーミリオン、貴方に会いたかった』


 慈愛に満ちた笑みで、召喚獣は俺を見つめていた。

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