第45話 薬師と百合と牡丹と蓮

 シスルとドラジェ伯爵家の双子姉妹と別れ、俺はそのまま王族専用の個室で、調べ物をしていた。

 調べ物はもちろん、ピオニーの魔力過多症についてだ。

 詳しく調べると、魔力過多症はカーディナル王国では一万人に一人くらいの確率でいるそうだ。

 魔力は身体の中を循環する。

 循環する魔力を調節し、外へ出して魔法を放つのだが、魔力過多症は循環する魔力が上手く調節出来ず、少しの魔力しか放出されないまま、魔力が身体に溜まっていく症状だ。

 俺は魔力がかなり高いが、この魔力過多症にはなっていないように、高い魔力を持つ者全員がなる訳ではないらしく、原因は分かっていない。

 身体を循環するはずの魔力が身体に溜まっていくことが原因で、身体が重くなり、動けなくなる。

 前世の俺は呪いで身体が動けなくなった。

 この魔力過多症も、まるで、呪いだ。


「呪い……」


 小さく呟くと、同時に、扉を叩く音が聞こえた。

 応答すると、ハイドレンジアが入ってきた。


「我が君、ドラジェ伯爵令息が我が君にお会いしたいと来ていますが、如何致しますか?」


「ドラジェ伯爵令息? ピオニー嬢とリリー嬢の兄か。いいよ、通して」


 そう言うと、ハイドレンジアが一旦、個室から出る。

 そして、すぐハイドレンジアが扉を開けて、ピオニーとリリーの兄を中へ通す。

 紅梅色の髪、蜜柑色の目をした青年が入ってきた。


「パーティーや夜会ではご挨拶を何度か致しましたが、改めましてロータス・モーブ・ドラジェと申します。王国の太陽であらせられる、ヴァーミリオン第二王子殿下にご挨拶を申し上げます」


 左胸に右手を当てて、臣下の礼をして、双子姉妹の兄ロータスがにこやかに挨拶をする。

 魔法学園の制服を着たロータスのネクタイピンを見る。シトリンの小さな石が嵌められている。

 シスルと同じクラスのようだ。

 魔法学園の制服のネクタイピンにはクラスと同じ石が嵌められており、それでクラスの確認が出来る。

 俺のネクタイピンにはガーネットが嵌められている。


「こちらこそ、宜しく。私に会いたいということだが……」


 小さく微笑んで会釈で返し、ロータスをソファに座るように促す。


「はい。ヴァーミリオン殿下に折り入ってご相談がありまして」


「相談?」


「シスルと私の妹のリリーの婚約が白紙になったことについてです」


「ドラジェ伯爵令息は白紙には反対? それとも賛成?」


 ロータスが遠回しに言いそうな気がした上に、腹の探り合いをしそうだと感じ、面倒臭いので率直に聞いてみた。


「反対です」


「その理由は?」


「リリーとシスルがお互い想い合っていて、お似合いだからです。それに、シスルは私の幼馴染みで親友ですから。ですので、妹が大事な兄として、親友として、三年前に白紙になってしまった婚約を撤回出来ないかと殿下に相談したくて参りました」


 俺の意図が分かったのか、ロータスは素直に答えてくれた。


「私も白紙は反対なんだ。シスルとリリー嬢は先程見て感じたが、お似合いだと思う。婚約関係を修復するにはどうすればいいとドラジェ伯爵令息は考えている?」


「そうですね。父に直談判、でしょうか? フォッグ伯爵家はもうシスルしかいませんし、その伯爵家も爵位を返上してしまっているので、私の父しか三年前に白紙になってしまった婚約の撤回を国王陛下にお願い出来る者はいないかと思います。ただ、何となくですが、ヴァーミリオン殿下なら何か良い案をお持ちではないかと感じています」


 じっと期待に満ちた目でロータスが俺を見る。

 まぁ、あるにはあるが、ちょっと脅しに近い上に、俺が直接動く訳にはいかないので、シスルに頑張って貰わないといけない部分もあり、最後にする俺の一押し以外、他力本願のような内容の案ならある。


「……あるにはある。良い案かは分からないが」


 小さく息を吐き、微笑むロータスから目を逸らしながら、呟くように言う。


「どのような案か、お伺いしても宜しいでしょうか? ヴァーミリオン殿下」


 笑顔で問い掛けるロータスに、内心、やっぱりどの世界でも妹想いのお兄ちゃんは怖いなと感じた瞬間だった。







 ドラジェ伯爵家の双子姉妹の兄ロータスと会話をした次の日。

 魔法学園登校前に、普段、俺や側近達が住む王城の南館のとある部屋にシスルを呼んだ。


「おはようございます。ヴァル様……何故、僕はヴァル様の研究室に呼ばれたのでしょうか……?」


「おはよう、シスル。朝早くにごめんね。ついでに、ここは作業部屋。研究室じゃないよ」


 挨拶しながら、本を片手に作業机に薬草を並べる。

 ここは王城の南館の俺個人の研究室という名前の部屋だ。俺としては研究をしてないし、作業しているだけなので、作業部屋と呼んでいる。

 この作業部屋は主に、ポーション等を作る時に使っている。

 王城の南館は王位継承権二位以下の王子王女が住む。

 現在、王位継承権を持つ二位以下の王子王女は俺しかいないので、この南館は実質、第二王子のものだった。なので、南館の部屋は俺の部屋、ハイドレンジア達の部屋、応接室、客室以外の部屋が有り余っているので、有効活用している。

 この作業部屋が正に、有効活用した結果だ。この部屋のおかげで俺のポーション作りは捗っている。

 もちろん、何よりポーションの作り方を教えてくれたシスルのおかげだ。


「シスルを呼んだのは、聞きたいことがあったからなんだ」


「聞きたいこと、ですか?」


 首を傾げながら、シスルは俺を見る。


「そう。シスルはリリー嬢のこと、どう思っている?」


 俺とシスルの関係なので、遠回しに聞くという面倒臭いことはせず、率直に尋ねる。


「えっ?! あ、あの、ヴァル様、それはどういう意味のことでしょうか……?」


「どういう意味だと、シスルは思う?」


 遠回しにするのが面倒臭いと思いつつも、敢えてシスルに遠回しに聞いてみる。彼の心情を知りたいからだ。


「……ヴァル様はリリーが僕の元婚約者というのはご存知だったのですね」


 真っ赤な顔で、俺から目を逸らしながらシスルは言う。


「君のことはフォッグ伯爵夫人の事件以降、俺の専属薬師になったから人となりを知ってるとはいえ、リリー嬢とは今回の模擬戦で同じチームになり、まともに言葉を交わしたのは初めてだからね。申し訳ないけど、念の為、調べさせて貰ったよ」


「それは、仕方のないことです。ヴァル様は王族で、寄ってくる者を見極めないと御身に関わりますから」


「ごめんね。人の私事なことは詮索するつもりは全くないんだけど、それでも今回はシスルとリリー嬢、ピオニー嬢のことは気になった」


 薬草を並び終え、シスルの方を向く。


「もう一度聞く。シスルは、リリー嬢をどう思っている?」


「……ヴァル様?」


「シスルは、リリー嬢との婚約関係が白紙になったことを撤回したい? それとも、婚約関係は白紙のまま、幼馴染みとしていたい?」


「……僕はリリーのことが、好きです。子供の頃から一緒に遊んだり、勉強したり、とても楽しかった。一歳しか違いませんが、どんどん可愛くなって、学園で見掛けると目で追ってしまうくらいです。出来るなら、婚約関係が白紙になったことを撤回して、また婚約者になりたいです。でも、伯母がした罪は消えません。親族として、伯母のことを許す訳にはいきませんし、かと言って伯母の犯した罪を忘れて自分だけ幸せになってはいけないと思います。こんな僕ではリリーを幸せになんて……」


 俯くシスルを見て、俺は頭を掻きながら小さく息を吐く。


「……三年前、俺が言ったことを覚えてるか? シスル」


「え?」


「……罪を犯した親族のせいで、尻拭いをすることになる若く、優秀な人材を失う方が損失だと私は思う。罰するなら罪を犯した者だけでいい」


 三年前に俺が言った言葉をそのまま言うと、シスルは弾けるようにこちらを見た。


「今から言うことは、俺個人の意見だ。強要はしない。だが、シスルのことを友と思う、ただのヴァーミリオンとして言わせてもらう。君の伯母が犯した罪だ。親族だし、忘れろとは言わない。だが、罪を犯したのは伯母であって、シスルじゃない。実情を知らない者達は面白可笑しく平気で言うから耳に入るし、言われ続けるのも辛いということも分かる。だが、それに呑まれ、長いこれからのシスルの人生を暗くして欲しくない。シスルが自分からその道に行こうとするな。幸せを掴むことを諦めないで欲しい」


 少し、強く言ってしまった気はするが、シスルも幸せになって欲しい。

 何故か、俺の側近達との出会いは辛い思いをしている最中のことが多い。

 ハイドレンジアやミモザ、シスルにグレイ。

 どれも話を聞いていると幸せになって欲しいと思う。俺で助けられるなら、少しでも力になって助けたいと思う。

 だから、シスルも幸せを掴むことを諦めないで欲しい。


「ヴァル様……ありがとうございます。でも、僕、どうしたらいいですか? リリーが大事です。僕が幸せにしたいです。隣で彼女の笑顔を見たいです。笑顔を見るのは僕だけにしたいです」


 目を潤ませて、シスルが縋るように俺を見る。


「そこで、シスルに提案だ」


 優しく微笑んだつもりが、ニヤリと笑ってしまった。


「シスル。今の君は、君の伯母の暴挙を俺に告発し、さらなる被害を防いだという体で子爵の爵位を与えられたのは覚えてる?」


「はい。もちろんです。ヴァル様と国王陛下が助けて下さったことですから」


「功績を上げて、伯爵の爵位を取る気はある?」


 敢えて、軽い感じでさらっと言ってみたら、シスルが固まった。


「どう、やって……」


 震える声で、俺を見る。だが、何かに気付いたのか、意を決して、シスルは俺を見据えた。


「僕に出来ることでしたら、やります。それで、伯爵の爵位を頂けるなら。薬師の僕に尋ねたということは人を助けるため、ですよね? ヴァル様」


「そうだ。王城の薬師には恐らく出来ない。俺専属の薬師のシスルだから出来ることをしてもらおうと思う。俺の案を聞くか? シスル」


「はい。教えて下さい」


「ピオニー嬢を助ける方法を見つけ、それを陛下にお伝えすることだ」


 省略して伝えると、シスルが固まった。


「え、ピオニー……もしかして、魔力過多症のことですか?」


「そうだ。カーディナル王国でも一万人に一人、と言っても、国内の人数としてはそれなりに多い。各国でも。それも原因が未だに分からない。それを発見し、治せたら、ピオニー嬢もリリー嬢もお互いに対して、負い目を感じなくて済むだろう?」


 双子姉妹はお互いが大事に思っている分、自分だけが幸せになる訳にはいかないと片方は思い、自分が足を引っ張ってしまっていることで不幸にさせてしまっていると片方は思っている。

 前世の俺がそうだった。

 姉と妹には、思うように動けない身体のせいで、色々と負担を掛けてしまった。二人共、年頃なのに彼氏が出来ても、俺の方を優先しようとしたり、デートの回数を減らそうとしたりしていた。そこはしっかり、彼氏を優先しろと言ったが。それでも、お互いに負い目を感じていたと思う。本人達に聞けていないが。


「……気付いていらっしゃったのですね」


「殆ど知られていないが、俺も寝たきりだった時期があってね。俺は魔力過多症ではないが、ピオニー嬢の身体が思うように動かない、辛い気持ちはよく分かる」


「ヴァル様はどうして、そこまで僕やリリーやピオニーのことを親身に思って下さるのですか?」


「簡単なことだ。シスルは俺の配下。リリー嬢はシスルの想い人。ピオニー嬢はリリー嬢の双子の姉。三人まとめて問題事を解消したら、しがらみなく三人共、俺のために本領発揮してくれるだろう?」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 特に模擬戦。魔力過多症を治したピオニーと、シスルとの婚約関係を修復したリリーがどのような動きをしてくれるのか興味がある。

 今後、田舎の領地で、俺の元で働いてくれるのかも聞きたい。

 純粋に助けたいという思いはあるが、そういう打算もある。


「……ヴァル様は本当にお優しいです。僕達が気負わないように、気を遣って下さっているのが凄く分かります。ハイドレンジア様がヴァル様に心酔なさっている気持ちが分かります」


「だから、前にグレイにも言ったが、俺はそんな人格者じゃない。打算と下心だらけのただの第二王子だ」


「その打算と下心で僕達、ヴァル様の配下の皆は命も心も救われていますから」


 若竹色の目を細め、優しい笑顔でシスルは俺に言った。

 少しだけ、何か解放されたような笑顔だ。

 問題が解消されたら、とても良い笑顔になりそうな、そんな笑顔だ。


「さぁ、シスル。俺の案、乗るか? どうする?」


「もちろん、乗ります。リリーも大事ですが、幼馴染みのピオニーも大事です。ピオニーを助けられたら、リリーもロータスも喜びます」


「じゃあ、まず薬を作ってみて、試してみようか」








 王城の俺の作業部屋で、シスルと魔力過多症を治す薬が作れないかと試行錯誤していたら、ハイドレンジアから声を掛けられ、一旦中止となった。

 フィエスタ魔法学園に登校するための準備をそれぞれして、馬車に乗る。

 ウィステリアを迎えにヘリオトロープ公爵家の邸宅に向かい、彼女を馬車に乗せる。


「リオン様、お疲れではないですか?」


「疲れてはないよ。朝早くに目が覚めたから眠いだけだよ」


 欠伸を噛み殺しながら、ウィステリアを見つめる。

 模擬戦まであと五日。

 シスルと、ピオニーの魔力過多症を治す薬を作れたら、試したい。

 五日以内に出来れば万々歳だが、そう簡単に上手くいかないのは分かっている。

 簡単に出来れば、魔力過多症で悩む人はいない。


「でしたら、魔法学園に着くまで眠りますか?」


「俺はリアと話したい」


 なんの躊躇いもなく即答すると、ウィステリアの顔が真っ赤になった。


「でも、授業中に寝てしまいます」


「居眠りはしないよ。リアが隣にいるから、ずっと見つめておけば眠くならない」


 その時は恐らく目がぎらついているはずだ。


「それは私が授業に集中出来ません。着くまで、私の膝枕で寝て下さい」


 上目遣いで、愛しの婚約者が甘い誘惑を持ち掛けてくる。天然な本人は気付いていない。

 いやいやいや、それは俺の理性が飛ぶので勘弁して下さい。

 ウィステリアの膝枕は結婚後の楽しみに取らせて欲しい。

 結婚後……あとどのくらいだ。最低でも三年は先だ。

 最低でも三年か、辛い……。膝枕が遠い。

 とりあえず、俺は自分で抉った精神を宥めながら、ウィステリアを見た。まだ、上目遣いをしている。可愛いなぁ、本当に。


「膝枕は……結婚後でお願いするよ。リアの肩を貸して?」


「えっ、あ、はい。え? 肩ですか?」


 少し混乱している向かい側に座るウィステリアの隣に移動し、彼女の右肩に頭を乗せる。

 ふわりと花の優しい香りが鼻に届く。


「そ、それ、膝枕より、難易度高くありませんか?!」


 真っ赤になって、わたわたと焦るウィステリアを見て、小さく微笑む。


「俺としては、膝枕の方が難易度が高い。結婚前に膝枕して貰ったら、俺の理性が飛ぶよ」


 狼になっても俺は知らない。

 ウィステリアの右肩に頭を乗せたまま、目を閉じる。


「え、それは、け、結婚後にお願いします……」


 未だに顔を真っ赤にして、ウィステリアは呟いた。


「じゃあ、このまま肩を借りるね」


 目を閉じたまま、ウィステリアに伝える。


「はい……うぅ……」


 真っ赤になったまま、ウィステリアが小さく唸る。

 少し、誂い過ぎたかもしれない。


「ごめん、悪乗りした。本当に寝なくても大丈夫だから、リアと話をさせて」


 ウィステリアの肩から離れ、彼女の藍色の目をつい上目遣いで見る。


「うっ、ずるいです。リオン様の上目遣いはずるいです……。本当にカメラが欲しいです……」


「ああ、それは本当に同意する。俺もリアの姿を写真に収めたい。魔法道具の授業が始まったら、基礎をしっかり身に着けた後、作れるか試してみようかな」


「作る時は是非、私も呼んで下さい! 私も一緒に作りたいです」


 きらきらと目を輝かせて、ウィステリアが俺を見上げる。

 貴族の令嬢なら、相手に作らせて、それを欲しがるのに、ウィステリアはそれをしない。

 自分でまず作ろうとする。

 どうにも出来ない時は俺やヘリオトロープ公爵やヴァイナス、魔法学園ではクレーブス先生に教えを請う。

 そういうところも好きだなぁと感じるあたり末期だと思う。


「その時は一緒に作ろう。出来れば、結婚前だね。そうすれば記念写真が撮れるし」


 微笑むと、ウィステリアは顔をまた真っ赤になる。

 結婚式のことを思い浮かんでくれているなら、嬉しいなと感じながら、ウィステリアの手を握った。








 学園では模擬戦まで授業はないため、作戦会議や練習をする時間になっている。

 今週は一年生の模擬戦なのだが、二年生、三年生も授業がない。

 兄弟姉妹等もいるため、観に行きたいと思う者もいるようで、家族一丸となって練習……という貴族もいるそうだ。

 そのため、会議室や勉強用の個室、練習場は人が多い。

 しかも、生徒は皆、殺気立っている、というか、鬼気迫っている。

 理由は簡単だ。

 公式戦ではないのに、この模擬戦、何故かヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵という、王国トップスリーが見学することが決まったからだ。

 まだ一年なのだから、そこまで殺気立たなくてもと思うのだが、俺の教養と剣、魔法の師匠は人気者で、その三人の誰かの目に留まり、出世したいまたは顔を覚えてもらいたいと思う子息子女や親が多いようだ。

 更に、第二王子の俺がいるので、目に留まれば側近になれるかもと思う者もいるそうだ。

 俺の側室を未だに考えている者もいるようだ。残念ながら、俺はウィステリア一筋です。

 公式にまだ表明していないが、王位継承権を破棄する王子だぞ。

 側近になっても、田舎の領地でしか本領発揮出来ない。側室なんて養う状況でもないかもしれない。

 それでもと言う稀有な人が居れば、人柄や能力によるが側近としてスカウトも考える。側室は有り得ない。

 そんな訳で、模擬戦までまだ五日ある今日でもこの殺気立っている状態だ。

 当日はどうなっているのか、正直、不安だ。

 とりあえず、闘技場にはタンジェリン学園長に相談した結果、ヒロイン対策で状態異常無効、状態異常解除、認識阻害の魔法を付与した魔法石を既に設置している。

 闘技場でも魅了魔法はこれで使えないはずだ。

 そして、何処でも殺気立っている上に、模擬戦前に、あわよくば俺のお手付きを狙っている者もいるため、チームの作戦会議は王族専用の個室でピオニーとリリーと共に行っている。


「……ヴァル殿下、とっても女性に人気者。凄いですね」


 リリーがにんまりと笑って言う。

 ピオニーの話だと、リリーは人見知りらしく、慣れるまで無表情なことが多いらしい。

 表情が動くということは、俺に慣れてくれたということだろうか。


「それは本気で言ってるのかな? リリー嬢」


 俺もにんまりと笑って返す。


「……まさか。ヴァル殿下は乗って下さるので、つい誂うように言いました。ごめんなさい」


「リリー……聞いてるこっちはひやひやする。ヴァル殿下は王族だから、失礼なこと言ったら、伯爵家なんてあっさり潰される……」


「失礼なことを言っただけで、潰してたらこの国の貴族がごっそり減るよ。まぁ、その方が国や国民の為になるなら吝かではないが」


「……その時は、ドラジェ伯爵家はヴァル殿下に全力で媚びを売りますので、よしなにお願い致します」


 リリーが再び悪い笑みを浮かべる。

 聞いているピオニーが溜め息を吐く。

 媚びって……。


「ヴァル殿下も悪乗りしないで下さい。頭の回転が速い方とは思ってましたが、まさかリリーの話に乗って下さるような方とは思いませんでした」


「こちらも乗ってくれる人がなかなか居なくて、つい乗ってしまった。すまない。他の貴族とあまり話さないようにしているからね。ほとんどの貴族と話が合わないというのはあるが、俺の性格を知れば平気で近付いてもいいんだと思う者も出て来る。正直、対応が面倒臭い。一線を引いた方が周りを見やすい」


 ソファの肘掛けに肘を置いて頬杖を突いて、息を吐く。


「ああ、でも、ピオニー嬢もリリー嬢もシスルの関係者だから、気にしなくていいよ。それに、二人を勧誘したいというのもあるからね」


「勧誘、ですか?」


 ピオニーが不思議そうに小首を傾げる。


「そう。まだ公式に表明していないが、俺は将来王位継承権を破棄して、婚約者のウィステリアと田舎の領地へ行くことになっている。王族であることに変わりはないが、その時に配下として来てくれる人を勧誘しているところだよ」


「……私達を配下として、勧誘して下さるのですか? 何故か、お聞きしてもいいですか?」


「前回の模擬戦を見た時に二人の息の合う戦い方に目を奪われた。二人のような人が俺の配下なら面白いだろうなというのが勧誘する理由だよ。けど、同じチームの男子生徒が足を引っ張っていて、本気で戦えていないように見えた。俺が同じチームなら、まだマシだったと思ったからかな」


「ちなみにヴァル殿下はどういう戦い方をお考えですか?」


 ピオニーが黄丹色の目でじっとこちらを見る。リリーもこちらを興味津々に蜜柑色の目で見ている。


「前回の模擬戦では男子生徒が前衛、ピオニー嬢が中衛、リリー嬢が後衛だった。俺なら逆にするかな。例えば、前衛を俺かリリー嬢。中衛もどちらか。後衛はピオニー嬢とか」


「どうして、そのようにお考えに?」


「リリー嬢が攻撃担当、ピオニー嬢が支援担当だから、かな? 前回の模擬戦の二人の役割を見ていたらそう感じた。けど、あの男子生徒は見た目で判断するのだろう。周りの状況判断もせず、指示をして、それが自分の力だと誇示したい。そんな思惑が見て取れた。だから、思うように行かず、アルパイン達に負けた。それだけなら良いが、君達を責めたのだろう? そして、クレーブス先生に彼が怒られたのは知ってるよ」


「よく、見ていらっしゃいますね」


「前回の模擬戦後に君達に声を掛けようと思っていたんだよ。配下として勧誘しようと思って。そうしたら、君達が責められていた。王子の俺が口出しすると何かと拗れるからね。傍観するしかなかったけど、今回、同じチームになれて良かったと思ってる」


 小さく微笑み、ピオニーとリリーを見る。


「ちなみに、前衛をリリー嬢にと考えたのは大人しそうな外見とは裏腹に、好戦的な戦い方と火の属性が得意魔法だったから。ピオニー嬢はその逆で勝ち気そうに見える外見とは裏腹に、冷静にリリー嬢を支援する戦い方と水の属性が得意魔法だったから、後衛の方が伸びるんじゃないかと考えたのがこの戦い方」


「本当によく見ていらっしゃいますね。私達の性格や属性を言い当てたのは、家族以外だとシスル様とヴァル殿下だけです」


 驚いた顔でピオニーが俺を見る。


「……ヴァル殿下、まだ他にも戦い方はあります?」


「あるね。例えば、敢えて二人の戦い方を逆にして、相手に看破したと思わせて途中で元の戦い方に戻すとかね。その時は俺がピオニー嬢のフォローをすればいいかな。もちろん、まだ考えているのがあるよ」


 考えていた戦い方を一つ説明すると、リリーが目を輝かせて、身を乗り出す。

 やっぱり、彼女は好戦的だ。


「……色々、楽しそう。今回の模擬戦、楽しみだね、ピオニー」


「そうね、リリー」


 ピオニーも楽しそうな笑みを浮かべている。

 早く、彼女の魔力過多症を治すことが出来れば、と思った。

 シスルに頑張ってもらうしかない。







 夜になり、王城の南館の作業部屋で俺とシスルは唸っていた。


「ヴァル様……僕が知る限りの方法で薬を作ってみましたが、治せそうにないです……」


 たくさん薬を作ったシスルはぐったりと机にもたれ掛かり、上目遣いで俺を見上げる。


「うーん……何がいけないのか……」


 顎に手を当て、シスルから借りた薬の本のページをめくる。

 ページには状態異常を治療する薬の精製方法が載っている。

 魔力過多症なので、状態異常を治療すればいいと思っていたから、シスルも俺もその関連の薬を作っていた。

 どうやらそうではないみたいだ。

 というのも、魔力過多症が治せる薬かどうかを紅に見てもらっているのだが、どれも否だった。

 魔力は身体の中を循環する。

 身体の中を循環する魔力を調節し、外へ魔法として放つ。

 魔力過多症は循環する魔力が上手く調節出来ず、少しの魔力しか放出されないまま、魔力が身体に溜まっていく症状だ。

 身体を循環するはずの魔力が身体に溜まっていくことが原因で、身体が重くなり、動けなくなる。

 まるで、呪いだ、と昨日も思った。

 前世の俺と似たような状態だったから、何となく思った。


「呪い……」


 俺が呟くと、シスルがはっとした顔をして、もたれていた机から起き上がった。


「ヴァル様、今、呪いと仰いましたか?!」


「あ、ああ、言ったけど……」


 勢い良く俺を見るシスルに少したじろぐ。


「もしかしたら、精製する際に使う蒸留水を聖水に変えてみるとかはどうですか!?」


「ん? それはどういう……成程。魔力過多症が一種の呪いだった場合、ただの蒸留水では効果がないということか」


「はいっ」


「……けど、聖水をどうやって手に入れる? 教会で手に入れようにも、高いし、使用用途の記述が必要なはずだよ」


 王都にある教会で聖水を手に入れることは出来る。が、この教会、パーシモン教団という世界で唯一の教団が所有している。

 千年前から、この世界を創ったとされる女神を主神に、世界のほとんどの者が崇めている。ほとんどというのはもちろん少数派な宗教もあったりするからだ。

 ちなみに、カーディナル王国もほとんどの者が崇めている。俺も表向きはその信者となっているらしい。

 というのも、教会に行ったことがないので、よく分からない。

 パーシモン教団の創設当初は女神は平等に、世界に住む人達を見ているという教えを基に、平民も貴族も分け隔てなく教えを説いていたそうだ。

 よくある話だが、現在は神官達の汚職とか裏金とか色々あり、今も世界のほとんどの者が崇めているが落ち目ではある。それ故に献金が少なくなった結果、昔は平民でも買えるくらいの金額で容易く手に入っていた聖水が、現在は使用用途の記述が必要な上に金額がとてもお高い。

 平等にと謳っていたのに、聖水や治療等をぼったくるので正直、その教団の主神である女神ハーヴェストが身内にいる俺としては、彼女の名前を汚すそんな教団、潰れてしまえと思っている。


「う……そう、ですよね……」


 シスルが机にもう一度項垂れる。

 俺は顎に手を当てたまま、少し悩む。少し、気になることを紅に尋ねる。


「……紅」


『どうした?』


「聖属性持ちなら、聖水の精製はアリ?」


『……バレなければ良いのではないか?』


 俺と紅の会話を聞いたシスルがぎょっとした表情をして、こちらを見る。


「ヴァル様、流石に聖属性持ちの編入生にお願いするのは、御身が危険です!」


 ヒロインが聖属性持ちで魅了魔法を使うという話をしておいたことで、シスルが慌てる。

 ヒロインの毒牙に掛かると思ったようだ。

 優しい薬師だ。


「編入生のところには行かないよ。そんなことしなくても簡単に手に入る」


「え……?」


 軽く笑う俺をぽかんとした表情でシスルが見る。


「他言無用だけど、俺も聖属性持ち」


 いたずらっぽい笑みを浮かべ、俺は口元に人差し指を当てる。


「えっ……」


「ちなみに、全属性持ちなんだけど、知ってるのは両親、兄、レン、ミモザ、ヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵。ウィステリアとディジェム達にはまだ話せてないから、言わないようにね」


「凄い方とは常々思ってましたが、ヴァル様、凄過ぎます……」


「聖属性持ちというか、全属性持ちと知ったのは、君を助けることにもなった囮作戦出発前夜に知ったけどねー……」


 遠い目で言って、乾いた声で笑う。


「そういう訳で、聖水が作れるみたいなんだけど、蒸留水に聖属性を含めた魔力を当てればいいのかな?」


『蒸留水に聖属性の魔力を当てるだけでは聖水にはならない。付与すればいい』


「蒸留水に、付与? つまり、魔石に付与するような感じ?」


『試してみるといい』


 そう言って、紅は俺の右肩に乗る。

 俺は硝子のコップに入れていた蒸留水に手を添える。

 魔石に付与するような感じで、ゆっくり聖属性の魔力を込める。

 しばらくしてコップから手を離す。

 じっと見ても、魔力感知で確認しても、蒸留水は蒸留水だった。聖属性が付与されていない。


「……上手くいかないな」


 眉を寄せ、じっとコップの中の蒸留水を見つめる。

 聖属性の付与の仕方がよく分からない。

 どういうやり方が良いのだろうと考えていると、ふと、乙女ゲームのヒロインを思い出す。

 ゲームのヒロインは聖属性を使う時は両手を組んで祈っていた。

 あまり祈るような姿を見せたくないが、背に腹は代えられない。

 両手を組んで祈ろうとして、ふと思い留まる。

 別に、両手を組まなくても、普通に祈ればよくないか……?

 そう思い至ったので、コップに手を添える。

 祈って待つより、自分や側近達でどうにかしたいと動く方なので、祈ることがよく分からないが、ピオニーの、魔力過多症を治すための聖水になって欲しいと聖属性の魔力を込めて願う。

 すると、先程と違い、魔力がすうっと蒸留水に溶け込むのを感じた。

 コップから手を離し、魔力感知で確認する。

 聖属性の反応がした。


「聖水になった……?」


 あまり確信が持てずにいると、紅が口を開いた。


『そうだな。聖水になった』


「ヴァル様、凄いです!」


 感激したように目を輝かせて、シスルが見つめる。


「……これで、ようやくスタート地点だ。シスル、もう一度、作ってみようか」 


「はい!」







 そして、俺とシスル、紅は徹夜して、魔力過多症を治すポーションが完成した。

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