第44話 双子の伯爵令嬢
一ヶ月が過ぎ、ヘリオトロープ公爵がグレイを連れて王城にやって来ることになった。
ハイドレンジア達、側近にはグレイの事情は説明している。
すると、ハイドレンジアとミモザが特にグレイのことを同情した。
セラドン侯爵にされたことを思い出したのかもしれない。
「我が君、グレイ殿はこのまま王城の南館に住むのでしょうか?」
「どうかな。グレイのお母さんがヘリオトロープ公爵の王都の邸宅の敷地内の別宅に住まわせてもらうみたいだから、そこから通ってもいいし、グレイに任せるつもりだよ」
「そうですか……」
「レン、気になる?」
「そうですね。私やミモザと同じような境遇の方がいらっしゃり、更に我が君が部下にされたと聞くと、ちゃんと我が君のお役に立てる者なのだろうかと気になります」
ハイドレンジアの目がぎらりと光る。
あ、そっちなのね。
『相変わらずの通常運転だな』
紅が苦笑いをしている。
しばらくハイドレンジア達と話していると、ヘリオトロープ公爵がグレイを連れてやって来た。
「殿下、お待たせ致しました」
「いえ、ありがとうございます。色々、グレイに教えて下さって」
「構いませんよ。殿下までとは言いませんが、彼も覚えるのが早くて、とても楽しかったですよ」
にっこりと満足気な顔で言うヘリオトロープ公爵の後ろで、げっそりとした顔をするグレイがいた。
うん、分かるよ、グレイ。その気持ち。
ヘリオトロープ公爵のことだ、一ヶ月で詰め込めるだけ詰め込んだな。
「そうですか……。グレイは魔法学園に通えそうですか?」
「大丈夫ですよ。今時点の魔法学園の授業までは教えましたから」
「分かりました。本当にありがとうございました。また、相談してもいいですか?」
「もちろん、いつでも構いませんよ。貴方は私の将来の義理の息子ですから」
穏やかに微笑み、ヘリオトロープ公爵が俺の頭を撫でた。ヴァイナスといい、ヘリオトロープ公爵家は頭を撫でるのが好きなのだろうか。
「まだ早いですが、ありがとうございます……」
ヘリオトロープ公爵は俺の頭をしばらく撫で、満足した顔で俺の部屋を出た。
されるままだった俺の髪を自分で整えようとすると、ミモザに止められ、鏡台まで連れて行かれた。
今度はミモザにされるままになったが、俺の髪は彼女に丁寧に整えられ、いつも通りの髪型に戻った。
「……ヴァル様、改めまして、今日から宜しくお願い致します」
グレイがぺこりとお辞儀をした。
「こちらこそ、改めて宜しく。大分、顔色も良くなって来たね。身体付きも」
一ヶ月前のグレイは顔も身体も痩せこけていたが、ヘリオトロープ公爵家で栄養のある物を食べたおかげか、大分肉が付いてきた。
頬もこけていたが肉が付いた。まだ少しだけ頬がこけているが、一年前から病になり、治療中だったが完治して、入学が遅くなったという病み上がり設定が通る状態に見える。
しかも、顔は整った容姿だ。流石、乙女ゲームのファンディスクの隠しキャラだ。
「こうしていられるのも、本当にヴァル様や宰相様ご一家のおかげです」
グレイが再度、お辞儀をする。
「グレイに紹介するよ。ハイドレンジアとミモザ、シスル。俺の側近、侍女、薬師だ」
「宜しく、お願い致します……」
ハイドレンジアの目がぎらりと光っていることに気付いたグレイが若干、及び腰になりつつもお辞儀をした。
「……レン。グレイを威嚇しない」
額に手を当て、溜め息を吐きながら、過激派の側近に声を掛ける。
「申し訳ございません、我が君。我が君のお役に立てるのか見定めたいと思い、見過ぎてしまいました。グレイ殿、失礼致しました」
「い、いえ。あの、ハイドレンジア様がそう思うのは仕方がないことです。ヴァル様に助けられたとはいえ、ヴァル様の大切な方に危害を加えようとしたのは俺ですし……」
「魅了魔法で操られていて、自分の意志ではないと我が君から伺っています。そこは我が君も咎めていらっしゃらないと思います。それより、貴方は我が君に対してどのくらいの忠誠心がありますか?」
ぎらついた目で、ハイドレンジアがグレイに言う。
「レン……」
額に手を当てたまま、もう一度溜め息を吐く。
気持ちは分からなくもないけど、過激にも程があるだろう。
グレイは中紅色の目を真っ直ぐと俺とハイドレンジアに向け、口を開いた。
「ヴァル様は、二度、俺と母を助けて下さいました。この命、ヴァル様のためになるのなら、どんなことでも厭いません。ヴァル様にならこの命、捧げてもいいと思っています」
……過激。グレイもハイドレンジア並に過激だった。
捧げられても困るよ、命。一つしかないから命。
命は大事にして欲しい。
グレイは優秀だし、俺の目に狂いはない、とまでは言わないけど、優秀な人材ゲット! と思っていたのに、蓋を開けたら過激だ。
ハイドレンジアでお腹いっぱいなんだよ、過激は。
過激じゃない、程良い忠誠心の人がいいです。例えるならレイヴン。
『……リオン、レイヴンもそうでもないぞ』
静かに紅がツッコミした。
え、そうなのか。
「……成程。合格です!」
グレイの言葉を聞いた、ハイドレンジアが力強く頷き、拳を握り、親指を立てて上に向けた。
「何が合格だ、何が」
盛大に溜め息を吐く。
ハリセン。今、無性にハリセンが欲しい。
今度、作ってみようか。
「我が君に対する忠誠心に決まっています」
ドヤ顔でハイドレンジアが俺を見る。
「勝手に忠誠心の話をしない。そういう話は当事者の俺が聞くものだろう。でも、グレイの忠誠は受け取った。君の覚悟は分かったけど、命は大事にして欲しい。折角、部下になったのに、いきなり命を捨てるようなことをされるのは嫌だな」
「そういうお言葉は三歳の頃から変わっていらっしゃらなくて、私はとても嬉しいです、我が君」
本当に嬉しそうにハイドレンジアが言う。
三つ子の魂、百までと言うからね。
「では、命を捨てない程度にヴァル様のために尽くします。どんな汚れ仕事も致しますので、仰って下さい」
ぐっと拳を握り、力強くグレイが言い放った。
「……いや、落ち着け。汚れ仕事させる予定も、汚れ仕事をするような出来事もないから。むしろ、汚れ仕事をする時は、人の手は借りずに自分でやる。俺としては、グレイは魅了魔法のせいで、今まで自分の意志も自由もほとんどなかったのだから、これからはお母さんと普通に幸せに過ごして欲しいと思ってるんだけどね」
「ヴァル様……! ありがとうございます。俺、本当に、一生を捧げますっ」
俺の言葉に感極まった様子で、グレイの中紅色の目が潤んだ。
俺の一生はウィステリアに捧げるつもりだし、グレイの一生を貰う訳にはいかない。
我ながら、重たい愛だなぁ。
とにかく、一生を捧げるのはグレイの愛しい人にお願いしたい。
「だから、落ち着け。一生を捧げないで。捧げるのは好きな、愛しい人にして。俺は忠誠心はともかく、一生を捧げられる程の人格者じゃない。グレイの場合、今まで自由や自分の意志も制限が掛かってたのを解除して、いきなり制限がなくなった訳だから、雛鳥の刷り込みのように俺に追従したくなってるだけだ。落ち着いて、周りをよく観て考えろ。自由になった、自分の意志で動くように」
「ヴァル様は、俺と同じ年齢なのに、しっかりとした考えや信念をお持ちですね。まるで、年上の、父のような雰囲気を感じます」
あー、うん。精神年齢は前世と合わせて三十代だからね。
半分というか、ほとんど正解だ。
おじさん臭いと言われたら、精神を抉られる。
俺は一つ咳き払いをし、目を逸らした。
「レンとミモザは知ってるけど、俺は三歳の時点で精神が成熟してたからね。年上のような雰囲気は合ってるかもね」
「それに加えて、ヴァル様は王族の威厳付きですからね。私もハイドお兄様も助けて頂いた時は、本当に年下なのかと思いましたよ」
ミモザの言葉に、ハイドレンジアが大きく頷いている。
「僕も、一歳しか変わらないのに、年下のヴァル様の方が、大人というか、王族の威厳も相まって年上のお兄さんにしか見えない時がありますよ」
今まで静かに聞いていたシスルまで頷いている。
まぁ、前世ではお兄さんでしたが。
「あと、お顔が美し過ぎます」
「シスル様、分かります。ヴァル様のお顔はもう、女神様の最高傑作ですよねっ」
ミモザかシスルの言葉に同意して、首が外れるのではというくらい縦に動いている。
最高傑作はともかく、女神は双子の姉になる予定だったし、瓜二つだから反論出来ない。
知らなかった時は反論出来たのにな……。
小さく息を漏らすと、右肩に乗る紅が苦笑した。
『反論、しないのか? リオン』
『反論したら、俺はともかく、ヴェルを否定することになるだろ。出来ないよ』
『そういうところが年相応に見えなくて、大人に見えるのだろうな』
優しく金色の目を細め、紅は笑った。
それから次の日。
グレイは早速、フィエスタ魔法学園に編入することになった。
ヘリオトロープ公爵から一ヶ月仕込まれたこともあり、貴族の子息にしか見えない立ち居振る舞いになっており、俺は心の中で拍手を送る。
頑張ってるなと感じる。
これからは、グレイの貴族の作法等はハイドレンジアが教えることになった。
俺の側近を信頼してはいるのだが、過激派のハイドレンジアに教わるので、今以上にグレイが過激になるのではと不安になる。
不安に思いつつも、別のことで不安もあった。
グレイの家族をどん底に落とした張本人であるチェルシー・ダフニーだ。
彼女はグレイの正体がアイスであることに全く気付きもしていない様子だった。顔や身体の肉付きの変化のおかげなのだろうか。
……が、何で気付かない?!
幼馴染みで魅了魔法を何度も掛けていた相手だ。
例え、痩せこけていたのが大分肉付きが良くなったとはいえ、変わっていない部分の方が多いのだから、普通は気付かないか?
『あの者は第二王子のルートのことしか考えておらぬのだろうな』
紅が呆れた声で、念話で言う。
今は魔法も交えたカーディナル王国の歴史の授業中なのだが、ヘリオトロープ公爵に既に習っている内容だったので、それなりに話を聞きつつ、紅と念話で会話をしている。不真面目でクレーブス先生には申し訳ない。
『……ヴァーミリオン王子が可哀想だなって俺か。嫌だな、本当に。俺のルートはリアしか攻略出来ないのに』
『……確かにな。一筋縄ではいかないからな、現実のリオンのルート攻略は。上手く進めてるはずが、途中でバッドエンドになりそうだ』
『例えば?』
『好感度が上がったと思って、相手が邪魔になったと思いリアを手に掛けた瞬間、相手は即、息の根を止められるとか、リアを口説いた瞬間、地獄を味わうとかだろうな』
紅が即答した。
まぁ、否定は出来ない。ウィステリアを手に掛ける前に、相手のその手を斬り落とすくらいの芸当はあるつもりだし、口説いた瞬間、自分の持つ権力等フル活用で地獄のどん底に落とすくらいする自信はある。
王子の婚約者に手を出すのなら、その覚悟くらいしてもらわらないと。
『だから、リアしか攻略出来ないんだよ。学園での行動も含めて、俺を見たら分かると思うんだけどね。攻略出来るかどうか』
『それでも狙いたいと思う者はどの時代でもいるものだそ、リオン』
『紅、どこの世界でも、だよ』
溜め息を小さく吐き、クレーブス先生の話を聞く。
ちょうど、先代の国王の話をしている。
先代の国王は女王だ。俺の父の母。俺の祖母にあたる人だ。
実は、生まれて此の方、会ったことがない。
兄は何度も会ったことがあるそうだが、俺はない。
五歳の頃に一度、兄とヘリオトロープ公爵に聞いたことがあるのだが、祖母は両親が急死したことで十二歳くらいから女王として国を治めていたそうで、人生の殆どを国のために力を入れていたこともあり、自分のしたいことが出来なかったらしい。
今はその反動で祖父と共に世界を見て回っているそうだ。
祖母は兄のセヴィリアンが生まれてからしばらくして王位を父に譲り、その後は祖父と共に世界を旅している。
俺が生まれたことは両親が伝えているが、まだ帰って来ていない。
何処かで命を落としたとか、そのような話はないので世界旅行を満喫しているようだ。
孫の俺としては祖父母がどのような人なのか気にはなるが、世界旅行を満喫してもらいたいので、いつか会えるといいなくらいの気持ちでいる。
『リオンの祖父母も国王の親だけはあるな。自由だな』
『その分、苦労したみたいだからね。祖母が色々、準備してくれたから父は今、楽をしてるしね』
なので、俺としては楽をしてる分、ちゃんと仕事しろと思うのだけどね。
再び、小さく溜め息を吐くと、授業がちょうど終わった。
そこで、二回目の模擬戦の話をクレーブス先生がする。
三ヶ月に一度ある模擬戦は、チームを作って剣と魔法を使って戦う。
前回は入学して初めてなので、どのようなものなのかを知るためにクラスの中で行ったが、今回からは学年の中で行われる。
今回も模擬戦は三人チームで、トーナメント形式で行われる。
前回はクラスのみだったので、半日で終わったが、学年での模擬戦なので一日かかるそうだ。
チーム分けは今回もくじ引きだ。
出来れば、ヒロインとフォギー侯爵の息子とその手下と同じにならなければ、俺は誰でもいいです。
本音はウィステリアと一緒がいいが、今回は無理なんだろうなと思っている。
クレーブス先生からも俺だけに言われたのだが、前回の模擬戦で、俺とウィステリア、ディジェムが圧倒してしまったため、今回は分かれることになっている。
ただ、クラスの生徒達が底上げされて強くなったり、今後の魔法学園の行事であるクラス代表を決めて行われる公式戦の時は組めるそうだ。
なので、今回の俺の目標は結婚後の田舎の領地で一緒に働いてくれる人をスカウトするために見定めること。
何人かは目星は付いているが、性格が分からないので、それも見極めたい。
一緒に働くなら、やはりお互い話しやすい方が働きやすい。王城で公務を始めて思ったが、職場の雰囲気は大事だ。雰囲気によって、モチベーションも違ってくる。
「……今回は流石にヴァル様とディル様と一緒のチームではないですよね……」
クレーブス先生の説明を聞いたウィステリアが、眉をハの字にして小さく呟く。
「くじ引きだし、流石に今回も同じではないだろうし、クレーブス先生からも前回、俺達、他のチームを圧倒しちゃったから別々にしますって言われたしね……」
特に秘密にしてくれとクレーブス先生から言われていないので、ウィステリアに伝える。
「そうですよね……。次回の模擬戦やダンジョンの時は一緒だといいですね」
にこやかにウィステリアは微笑んで、俺を見上げる。本当に可愛いなぁ。
「そうだね。その時は一緒に戦おう」
俺も微笑むと、ウィステリアが頷いた。
その間も、廊下側の前列の席に座るヒロインがこちらを睨んでいたが、反応すると面倒臭いので敢えて気付かない振りをする。
前回の模擬戦はどんなものかというのもあり、くじ引きで決まったチームですぐ開始だったが、今回の模擬戦は学年の中でトーナメント戦を行うので、くじ引きで決まったチームで作戦会議や練習がある。
模擬戦の日は一週間後だ。
順番でくじを引いていき、ウィステリアの番になり、引いたくじに書かれている数字をクレーブス先生に見せている。
そのくじを見たクレーブス先生が黒板にウィステリアの名前を書いていく。
次は俺の番なので、クレーブス先生が立つ教壇へ向かう。
歩く度に、両脇の席から小さく悲鳴が聞こえる。
……やっぱり、俺は歩く悲鳴製造機なのだろうか。
小さく溜め息を吐きつつ、くじを引き、クレーブス先生に見せるように渡す。
俺のくじを見たクレーブス先生がぎょっとした顔を一瞬だけしたのを見逃さなかった。
その理由を俺はすぐ知った。
黒板に俺の名前が書かれたチームは女子生徒二人の名前があったからだ。
教室にどよめきが起こる。
クレーブス先生としては、婚約者もいる第二王子なので、いらぬトラブルを避けたかったのだろう。
「クレーブス先生、大丈夫ですよ。学園の行事で授業なのですし、こればかりは運もありますから」
「そう言って頂けると、とても有り難いです」
俺が小声で伝えると、クレーブス先生も小声で言って苦笑した。
俺が席に戻ると、ディジェムがくじを引きに行く。
ディジェムがくじを引き、クレーブス先生に渡し、黒板に名前を書いていく。
またどよめきが起こった。
ディジェムの名前が書かれたチームを見ると、彼のくじ運の良さに驚嘆する。
残りの生徒もくじを引き終わり、クラス全員のチーム分けが終わった。
ウィステリアはヴォルテール、グレイのチーム、ディジェムはアルパイン、イェーナのチームになった。
どちらも安定と言えば、安定している。
「ヴァル……くじ運、悪い方か?」
申し訳なさそうに右隣に座るディジェムが俺に聞く。
「……ヴァル様、一緒のチームになりたかったです」
潤んだ目で、ウィステリアが呟くように言う。可愛い。本当に可愛い。
「いや、俺としてはくじ運悪くないと思うんだけど。俺が入ったチーム、ちょうど、将来スカウトしたいと思ってる生徒二人なんだけどね。性格含めて、実力を確かめるのにちょうどいいよ」
とディジェムに言いつつ、浮気を疑われるのは不本意なので、ウィステリアの顔を見つめて言っておくことにする。
「だからと言って、浮気とかする気は一切ないからね。もちろん、側室を持つ気もない。ウィスティが嫌なら、俺は今回の模擬戦、辞退するよ?」
「あ、いえ、私はヴァル様が浮気をなさるとは一切思っていません。私のこと愛して下さってますし、ヴァル様のこと信じてますから……。むしろ、ヴァル様の戦うお姿を見たいので、辞退して欲しくないです……」
顔を真っ赤にして、少し視線を逸らしてウィステリアは口に手を当てて呟く。
可愛いなぁ。本当に可愛いという言葉しか出ない。語彙が死滅する。
二人きりなら抱き締めていたところだ。
「いいなぁ。俺も推しとラブラブになりたいな」
「編入してきたら頑張れ、ディル。相談ならいくらでも乗るよ」
「助かる、恋の先輩……! それはそうと、ヴァル。あの二人をスカウトするつもりなのか?」
「前回の模擬戦でも良いところまで行ってたからね。準決勝でアルパイン達に当たって負けてしまってたけど。性格も問題なく、実力を伸ばせられれば、良い連携を更にすると思うよ。俺が入ったチームの女子生徒二人は双子だし」
前回の模擬戦の時は双子の女子生徒の動きから目が離せなかった。とても良い連携をしていた。
阿吽の呼吸と言ってもいいくらい、息が合っていた。双子だから、お互いの間や次の手を把握しているのか興味津々だった。
同じチームのもう一人の男子生徒が足を引っ張らなければ、アルパイン達は準決勝で負けていたかもしれない。
しかも、双子ということで、今は親近感がある。
俺もまさかの双子で生まれる予定だったので。
そういう意味でも、双子というものに興味がある。
「確かに、良い連携をしてたからなぁ。しかも、軍師ヴァルが加わるんだろ? 鬼に金棒じゃないか。この一週間の作戦会議や練習期間で双子がどう化けるのかと考えると、正直、怖い」
「これは、私のチームもヴァル様のようにしっかり作戦と練習をしないと、すぐ負けてしまうかもしれません……」
「俺のところもだよ、ウィスティ嬢。しっかり作戦と練習をしないとだな」
「心外だな。俺、何にもまだ作戦も考えていないのに。軍師ヴァルって何だよ」
溜め息混じりに言うと、ディジェムがげっそりとした顔で、俺を見た。
「エルフェンバインの内乱騒動の時に渡された、第二公子特化の攻略本を忘れたとは言わせないぞ。あれを読んで、俺と側近はヴァルを敵に回さないと思ったくらいだぞ」
「俺の情報網フル活用で作ったものだからね。あれは頑張って作ったよ」
萌黄とヘリオトロープ公爵の勉強のおかげだ。
二人がいなかったら、あそこまで第二公子特化の攻略本みたいなものは出来なかった。
「まぁ、とにかく、俺もヴァルもウィスティ嬢もお互い決勝に行けるといいな。どちらに当たっても負けないからな」
そう言って、ディジェムはニヤリと笑った。
そして、模擬戦が始まるまでの一週間は授業はなく、作戦会議と練習等に割り当てられる。
初日は大体顔合わせをし、お互いの得意なものや苦手なもの等の話をして終わり、二日目から作戦会議や練習を始めるらしい。
俺は同じチームになった双子姉妹の女子生徒と顔合わせをすることになったのだが、何故か場所は王族専用の個室になった。
「パーティーや夜会でご挨拶は何度か致しましたが、改めまして、ドラジェ伯爵の長女、ピオニー・ソナタ・ドラジェと申します。王国の太陽であらせられる、ヴァーミリオン第二王子殿下にご挨拶を申し上げます」
紅梅色の髪、黄丹色の目の双子の姉、ピオニーが制服のスカートの裾を摘み、カーテシーをして、俺に挨拶をする。
「……同じく、ドラジェ伯爵の次女、リリー・ソナタ・ドラジェと申します。王国の太陽であらせられる、ヴァーミリオン第二王子殿下にご挨拶を申し上げます」
珊瑚色の髪、蜜柑色の目の双子の妹、リリーがピオニーと同じ動作をして俺に挨拶をする。
双子とあって、顔も似ている。髪や目の色はほんの少し違うが顔立ちはよく似ている。
俺とハーヴェストは双子で生まれる予定だったが、背も同じ、顔が瓜二つだが性別が違うので区別がつくが、ピオニーとリリーは性別が同じなので、よく見ないと間違われるだろうなと思う。
俺の場合は魔力感知のおかげで、どちらがピオニーでリリーなのか区別がつく。
ピオニーは浅葱色で、水の属性と風の属性の複数持ちで、リリーは天鵞絨色で、火の属性と風の属性の複数持ちだ。
擬態をしない限り、どちらがどちらなのかは間違えずに済む。魔力感知を教えてくれたセレスティアル伯爵様々だ。
「こちらこそ、改めて宜しく。二人ともドラジェ伯爵令嬢だから、名前を呼んでもいいかな? 俺のことはヴァルと呼んでもらっていいから」
俺の問い掛けに、二人共頷き、ピオニーが代表して口を開いた。
「私達は名前で構いません。ヴァーミリオン殿下のことはヴァル殿下と私達はお呼びしても宜しいですか?」
ヴァル殿下は何だか新鮮だ。
なので、俺も頷いた。
「構わないよ。早速だけど、この個室にした理由を聞いてもいいかな?」
そう言いながら、俺は念の為、防音の結界を張り、二人にソファに座ってもらうように促し、俺も座る。
「……ヴァル殿下の専属薬師のシスル様にお会い出来ないでしょうか」
リリーが躊躇いがちに尋ねる。
「シスル? 構わないけど……確か、リリー嬢はシスルの婚約者だったね」
チーム分けが決まり、双子の姉妹と組むことになったので、念の為、分かる範囲でドラジェ伯爵家のことを調べた。
特に、二人に関しては悪い話も噂もなく、叩けば埃が出ることもなかった。
ドラジェ伯爵家は国王とヘリオトロープ公爵の一派でもなく、敵対する一派でもない、所謂、中立派だ。
シスルのフォッグ伯爵家も元々中立派だ。隣同士の領地ということもあり、中立派同士だし、伯爵同士も仲が良いこともあり、婚約関係を結んでいた。
その婚約者がシスルとリリーだ。
が、シスルの伯母にあたるフォッグ伯爵夫人の事件により、伯爵位を返上したことで、婚約も白紙になってしまった。
「……はい。元、婚約者ですが。ヴァル殿下はご存知だったのですね……」
リリーは静かに頷いた。
そして、俺を見た。
「……ヴァル殿下、三年前にシスル様を助けて下さり、ありがとうございます」
「偶然だったけど、助けられて良かったよ。いきなり聞くのは失礼かと思うけど、リリー嬢はシスルのことをどう思ってる?」
「……お慕い、しています。だから、白紙になったことが、辛いです……」
ぎゅっと膝の上で手を強くリリーは握り、俯く。
「そうだね。慕っているのに白紙になってしまったら、辛いね」
俺も頷き、リリーを見る。
ウィステリアとの婚約が白紙になったら、俺はどうするだろうか。
王子の身分を捨てて、ウィステリアを攫いそうな気がする。我ながら、本当にやり兼ねない。
そんなことを考えつつ、リリーの隣に座るピオニーを見る。
調べた時に知ったが、彼女は身体が弱いことを理由に婚約者はいないらしい。
「リリー嬢がシスルに会いたい理由は分かったけど、ピオニー嬢は何故、シスルに会いたいんだ?」
「私達には兄がいるのですが、私とリリー、兄もシスル様と幼馴染みなのです。私はシスル様がリリーのことをどう思っていらっしゃるのか知りたいです。出来れば、リリーを大事にして欲しいと思っています」
妹想いの姉だなと、ついハーヴェストを思い出して顔が綻ぶ。
「成程。二人の気持ちは分かった。シスルには用事がなければ、後で来てもらうように伝えておくよ」
そう言って、俺の斜め後ろに控えているハイドレンジアに目配せすると彼は頷いて、すぐシスルを呼びに行った。
「ありがとうございます。ヴァル殿下」
微笑みを浮かべ、リリーがお辞儀をした。
隣でピオニーも同じようにお辞儀をした。
「ところで、ピオニー嬢、聞きたいことがあるのだけど、いいかな?」
「はい。何でしょうか、ヴァル殿下」
「身体が弱いと聞いたことがあるんだが、身体が弱いのは魔力が高いせい?」
俺の問い掛けに、ピオニーが黄丹色の目を見開く。
「そうです。魔力過多症というものだそうです。魔力が定期的に高くなって、身体が重たくなり、動けなくなります」
「そうか。治す方法がまだ見つかってないんだったな」
ピオニーの話を聞き、どうにか治せないかと考える。
前世で呪いで、身体が重く動けず、ずっとベッドの上で生活していたから、ピオニーの気持ちは分かる。
身体を動かしたいのに思うように動けないのは辛い。家族に迷惑を掛けてしまうのも申し訳なくて本当に辛い。
「模擬戦で戦うのは辛くないか?」
「定期的に魔力が高くなるのを抑える薬を飲んだりすれば、なんとか動けます」
「魔力を抑える薬に頼り過ぎるのはあまり宜しくないな……。俺も何か良い方法がないか調べてみよう」
「ヴァル殿下にそこまでご迷惑をお掛けすることは出来ません」
「殆ど知られていないが、俺も寝たきりだった時期があってね。身体が思うように動けない、辛い気持ちは分かる」
寝たきりだったのは今世ではなく、前世だが。
ピオニーの黄丹色の目が揺れる。
「……もし、何か方法が見つかれば、教えて頂けませんか? 私は姉を助けたいです」
リリーがピオニーの腕を抱き締め、俺を見た。
「もちろん。分かればすぐ伝える」
俺が頷くと、双子の姉妹はほっとした表情を浮かべた。
扉を叩く音が聞こえ、応答すると、ハイドレンジアが戻ってきた。後ろにはシスルが立っている。
「……シスル、様」
呆然とした声で、リリーが目を見開いている。
「リリー! ピオニー!」
シスルが慌てた声で、双子の姉妹の元に駆ける。
「ヴァル様、あの、二人が何かしたとかではないですよね……?」
恐る恐るといった声で、シスルが俺を見る。
「模擬戦で同じチームになったから作戦会議だ。シスルに会いたいと言ったから、レンを君のところに向かわせたのに。二人は何もしていないのに、俺が罰するような横暴をすると思ってるのか?」
心外だと言った顔をしてシスルを見ると、彼は慌てて首をぶんぶん横に振った。
「いいえ! そんなことは全く思ってないです。ヴァル様がお優しいのは重々承知です。すみません、こちらに入った時の空気が重かったので、何かあったのかと……」
「……シスル様、ヴァル殿下とピオニーの魔力過多症の話をしてた。ヴァル殿下も治療法がないか調べて下さるって言って下さった」
「そうだったんだ……。ヴァル様、僕からもお願い致します。僕も何か出来ることがあるなら、何でも致します!」
「分かった。その時は宜しく」
俺が頷くと、シスルはほっとした表情を浮かべる。この表情を見るだけで、シスルはこの双子の姉妹を大事に思っているのが分かる。
更に、リリーを見る時の表情は完全に恋のそれだ。
リリーもシスルを見る顔は恋する乙女だ。
お似合いだから、どうにか白紙になってしまった婚約関係を修復させたいと思う。
そう思っていると、ピオニーと目が合う。
彼女の顔がニヤリと笑みを浮かべる。
同じ考えをしているようなので、俺もニヤリと笑い、頷き合った。
模擬戦まであと六日。
出来るなら、双子の姉妹の問題事を全て片付けて、模擬戦を全力で挑んだ時、彼女達が何処まで伸びて、何処まで動けるのか見てみたいと思っている自分がいた。
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