第43話 公子と推し
気配を感じ、目を開けると、ナイトテーブルに青藍が水差しを置いているところだった。
「……青藍?」
そっと声を掛けると、青藍が弾けるように俺の方を見た。
『ヴァーミリオン様! 大丈夫ですか?!』
「大丈夫。心配掛けてごめん」
『ヴァーミリオン様と深く繋がっていて、貴方に何が起きたのか分かるとはいえ、倒れられたら血の気が引きます。紅様に止められましたが、神界に乗り込むところでした』
「いや、ハーヴェストが可哀想だから、やめてあげて」
召喚獣が乗り込んで来たら、俺と双子として生まれるはずだった女神に申し訳ない。
「俺はどのくらい寝てた?」
『一度、起きられたとリアさんから聞きましたが、あれから三時間くらいしか経っていませんよ。リアさんもヴァーミリオン様が眠られたのを確認して、ミモザさんが用意した部屋で寝ています。他の側近の皆さんもリアさんの話を聞いて、安心したようでちゃんと休んでますよ』
「そうか。皆に本当に迷惑を掛けたね」
『仕方ありません。紅様が皆さんに説明された通り、疲れの蓄積もあると思いますが、出生の話を聞いて心労もあったと思います。あの話はヴァーミリオン様でなくても、心労はひどいと思いますよ』
苦笑して、青藍は水差しから水をコップに注いで、俺に渡してくれる。
深いところで繋がっているから、俺の事情を理解してくれているのは有り難い。
「ありがとう。心労は確かにあるよ。これからのことも聞いたから、余計にね」
コップを受け取り、お礼を言って、水を飲む。
これからしないといけないことを考えると、ストレスが半端ない。
『今日が魔法学園がお休みの日で良かったですね。もう少し、ゆっくり出来そうですね』
「そっか。休みだったな。色々あって忘れてた。ただ、午前は謝罪行脚かな。倒れて迷惑掛けたし」
『そうですね。心中、お察しします、ヴァーミリオン様。それと、紅様に声を掛けて頂けますか?』
「紅? どうしたの? 何かあった?」
いつもなら、すぐ側に居てくれるのに、今日はまだ彼に会えていない。
『少し、落ち込んでいらっしゃるように見えます。恐らく、ヴァーミリオン様が倒れたことに動揺されているのかと』
「紅も本当に優しいね。分かった。今から行ってみるよ」
ベッドから出て、服を着替える。
寝室を出て、隣の部屋へ向かう。
紅は俺の机の上に座っていた。彼に近付き、いつもするように背中を撫でる。
『……もう、大丈夫なのか、リオン』
静かに、紅が呟いた。深いところで繋がっているが、すぐ分かった。落ち込んでいる。
「うん。心配掛けてごめんね、紅。もう大丈夫。色々、フォローしてくれてありがとう。紅のおかげだよ」
『……我は、リオンの身に何が起きたのかすぐ分かったのに、対処が遅れてしまった。リオンが倒れるのを見て、頭が真っ白になってしまった。召喚獣としても、友人としても、失格だ』
かなり落ち込んでいる。こんな紅は初めて見た。
何だか、人間臭くて、そんな紅が見られて、不謹慎だが、嬉しくなった。
「何言ってるんだよ。逆の立場だったら、俺だって頭が真っ白になるよ。対処が遅れるのは仕方ない。目の前で大切な友人が倒れたら、誰だって固まるよ。そんなことで、召喚獣としても、友人としても失格だなんて言わないで。それなら、心配掛けた俺はどうなんだってなるよ。俺こそ失格だよ。失格って言われたら、俺から離れるつもりか?」
『……リオンは、頑張っている。三歳の頃から見て来たが、たくさん頑張って、助けられる命をたくさん助けている。成長を見ているのがとても楽しい。我は友として、リオンとずっと共にありたい』
「それなら、失格って思わないで。言わないで欲しいな。俺も紅とずっと共に居て欲しい。俺も共に居たい。紅のツッコミがないと調子が狂うんだよね。他の皆は俺のボケをなかなか拾ってくれないし」
『我は召喚獣で友人だが、リオンのツッコミ役ではないのだが……。ありがとう、リオン。我ながら、倒れたのがショックだったようだ。弱音を吐いた』
「俺も紅によく弱音を吐くから気にしないで。俺に吐いてくれて嬉しいよ。これからも遠慮なく吐いて」
お行儀が悪いが、机の上に座り、紅の背中を撫でる。前世からの羽根派の俺としては、ふわふわでこの毛並みが堪らない。
『……リオン。まだお主には言っていなかったが、実は我もクラウ・ソラスと同様に人型になれる。召喚獣としての我を真の意味で扱える者にしか出来ないのだが、今のリオンなら条件を達成したと思う』
「ええ? 人型になれるの? 紅、どれだけハイスペックなんだ」
凄いな、伝説の召喚獣!
これは、前世で聞くところのスパダリというヤツか?!
『我の前の契約者のカーディナル王国の初代国王はクラウ・ソラスと同じで、子供の姿が限界だった。リオンなら、我を大人の姿にすることは出来るだろう』
「そうなのか。でも、紅が人型になる理由って何かあるの? 今の姿、俺は好きだけど」
むしろ、羽根派の俺は紅のふわふわな羽根が触れないのは辛い。
『人型の我はリオンと少し似ている。場合によっては影武者のようなことも出来る』
「そうなんだ……。紅が影武者になる必要はないんじゃあ……」
『もしもの場合だ。我も人型は慣れぬから、あまりなりたくはない。リオンに羽根を撫でてもらうのが好きだからな』
「じゃあ、もしもの時だけで宜しく。でも、どんな姿の紅も紅だから、人型になっても俺は拒絶はしないけど、紅が嫌なら無理にならなくていいからね」
紅の背中を撫でる。ふわふわな羽根は柔らかく、ずっと撫でたいくらいだ。
『……ありがとう、リオン』
「こちらこそ、いつもありがとう」
撫でながら微笑むと、同時に、部屋の扉を開ける気配を感じ、振り返るとハイドレンジアとミモザが立っていた。
「我が君……」
「ヴァル様……」
机から下りて、ハイドレンジアとミモザに近付き、謝る。
「レン、ミモザ。ごめんね、心配掛けた」
すると、二人は結婚式の時のように抱き着いてきた。
「ヴァル様が倒れたお姿を見て、心臓が止まるかと思ったんですから!」
「そうです! 我が君、本当にお願いですから、ご無理をなさらないで下さい!」
「本当にごめん。今以上に体調管理をしっかりするよ」
そう告げると、二人は更に強く抱き着く。
「言質は取りましたよ、ヴァル様。次、倒れられたら、一週間休んで頂きますからね! 学園も公務もさせませんから! ベッドの上に居てもらいますからね!」
口を膨らませて、ミモザが言い放った。
それは、滅茶苦茶に暇なヤツじゃないか。
仕事漬け、とまではいかないが、何かしら書類仕事をしていた俺としては何も出来ないのは辛い。
せめて、ベッドの上で、本は読ませて欲しい。
「我が君、この場合、読書は構いませんが、読んでいる振りをして、公務をしていたとなった場合はすぐ本は没収しますので、悪しからず」
あまり表情を変えないようにしていたのに、長年の側近は俺の表情を読み、先手を取る。
「その時は気を付けるよ」
肩を竦めて、俺は頷いた。
それから、俺は両親、兄、ヘリオトロープ公爵家、シュヴァインフルト伯爵家、セレスティアル伯爵家、シャトルーズ侯爵家、タンジェリン学園長、クレーブス先生に迷惑を掛けてしまったので謝罪行脚を行い、午前を潰した。本来は一日掛かるのだが、これは萌黄にお願いして、風に乗せてもらい転移する方法で短縮した。
そして、王城の俺の部屋に戻り、待ってくれていたウィステリアに声を掛ける。
部屋にはハイドレンジアとミモザ、シャモアがいる。
「ウィスティ、待たせてごめんね」
「いえ。お帰りなさいませ、ヴァル様」
にこやかに俺を出迎えてくれるウィステリアに、顔には出さないが俺の心は荒れ模様だった。
俺に、お帰りって言ってくれた……!
結婚したら、毎日言ってくれると思うと、早く結婚したい。
結婚するまで諦めてたけど、結婚前に言ってくれて、とても嬉しい。感動……!
俺の心情に気付いたのか、ミモザがにやけている。今度、ヴォルテールとミモザの二人を誂ってやる。
「ただいま、ウィスティ。ディルがいる魔法学園の寮に行こうと思うのだけど、一緒に来てくれる? 伝えておくことがあるんだ」
未だ荒れ模様の心を顔には出さず、ウィステリアに聞く。
「分かりました。今からですか?」
「うん。一応、さっきディルに先触れも出したけど……レン、返事あった?」
「はい、先程ありました。いつ来ても大丈夫とのことでした」
「分かった。ウィスティ、今から一緒に来てくれる?」
「はい、行きます」
『我も行こう』
頷くウィステリアに微笑むと、紅が俺の右肩に乗る。
「もちろんだよ、紅。レン、ミモザ。後は宜しく。何かあったら萌黄に伝えて」
「はい、分かりました。我が君、ウィステリア様、フェニックス殿、お気を付けて」
ハイドレンジアが言うと、ミモザとシャモアが微笑んで、お辞儀をする。
俺も微笑み、ウィステリアと右肩に乗る紅と共に、転移魔法でディジェムの部屋へ転移した。
流石にいきなりディジェムの部屋の中に転移はどうかと思うので、彼の部屋の前に転移した。
「リオン様、転移魔法はどなたから教わったのですか?」
辺りを見渡しながら、ウィステリアは目を輝かす。
「セレスティアル伯爵だね」
「凄いですよね、セレスティアル伯爵。流石、リオン様の魔法のお師匠様ですよね」
「そうだね……」
三歳からの魔法の勉強と修行を思い出し、遠い目をした。
見た目がクールなイケメンなおじ様なので、きっとスマートな魔法の勉強と、ウィステリアは思っているに違いない。
凄い人なのは間違いないが、するすると覚えるからと、ついうっかり全属性の究極魔法まで十歳の子供に教えるような人だぞ、俺の魔法の師匠は。
『知らぬが何とやらというヤツだな』
紅が念話で俺にだけ聞こえるように呟いた。
俺も同意して頷いた。
「とりあえず、ディルに声を掛けよう」
扉を叩くと、すぐ中から応答の声が聞こえた。
「ディル、心配掛けてごめん。黒曜もごめん」
中に入って、すぐディジェムと彼の頭に乗るドラゴンの黒曜に謝った。
「ヴァル、もう大丈夫なのか?」
ウィステリアが中に入ったのを確認して、防音の結界を張る。
「大丈夫。本当に心配掛けてごめん。時期を見て、本当のことを二人には話すけど、とりあえず今は疲労ということにしておいて欲しい」
『ヴァル君が無事なら僕はいいよ。紅兄さんも安心してるみたいだし』
黒曜が俺の右肩に乗る紅を見て、微笑む。
「……また何かに巻き込まれたのか?」
ディジェムにソファを促され、俺とウィステリアは座る。
予め淹れておいたのか、紅茶を差し出しながらディジェムもソファに座り、俺に言う。察しがいいな。
「そうだね。俺と一緒にウィスティとディルも巻き込まれてるらしいけど。詳しくは俺もまだ知らない」
溜め息と共に俺は肩を竦めて話す。
また時期を見て、俺と双子として生まれるはずだった女神ハーヴェストが教えてくれるはずだ。
「俺とウィスティ嬢も巻き込まれてるのか?」
「俺程ではないと思うけど、詳しくは教えてもらってないけどそうらしいよ」
また溜め息を吐いて苦笑すると、ディジェムが何とも言えない顔をした。
「とりあえず、今日ここに来た本題を話そうか。報告が遅れたけど、ハイドレンジアとシャモアの結婚式の夜にウィスティが狙われた。未遂に終わったけど」
そう告げると、ディジェムが身を乗り出した。
「は? 未遂に終わって安心したけど、ウィスティ嬢が狙われた? 誰に?」
「ヴァル様、私が狙われたと父と兄に聞いていますが、誰が狙ったのかを私は知らないです。教えて下さいますか?」
「もちろん。それを二人に伝えておいた方がいいと思って、この場を作ったのだから」
そう言って、紅茶が入ったティーカップに口を付ける。ディジェムの好みなのか、葡萄のフレーバーティーだった。
「まず、ウィスティを狙った実行犯は俺が捕らえて、部下にした。名前はグレイ。来月から魔法学園に編入してくるよ。一年前から病になり、治療中だったけど、完治して入学が遅くなったという体で編入する」
「ん? グレイ? それ、グレイ・ブリュトン・グリーシァンという名前か?」
「そうだけど、もう情報流れた?」
「いや、多分、俺とウィスティ嬢は知ってると思う」
ディジェムがちらりとウィステリアを見た。
「まさか……」
俺もちらりとウィステリアを見る。彼女の目が輝いている。
「ファンディスクですっ」
やっぱりか……。
俺が知らなくて、ウィステリアとディジェムが知ってるということはそういうことだろうと思った。
「ファンディスクでは隠しキャラで、ヒロインの選択で、ヒロイン側か悪役令嬢側かに付くキャラです。暗殺者という設定です。その方をまさか、ご存知ないとはいえ、ヴァル様が捕らえて部下にする……攻略するとは思いませんでした」
ウィステリアが目を輝かせて、俺を見る。
何だろう、ハイドレンジアやミモザといい、グレイといい、俺は隠しキャラに縁があるのだろうか。
「……そんなつもりはなかったんだけどな。捕らえて、理由を聞いたら、有能だったから部下にしただけだけど」
「いや、それであっさり捕らえるところが凄いわ。ゲームでのグレイはディジェムまでとはいかないが強いキャラだぞ」
ディジェムの言葉を聞いて、内心焦る。
クラウ・ソラスを使ったとはいえ、一撃だったんだけど……。
表情を変えずに、話を戻すことにした。
「そのグレイからの情報で、彼を実行犯と仕立てた者も分かった。ウィスティを狙うように言ったのはチェルシー・ダフニーだ」
「は?」
「え……?」
ウィステリアとディジェムが目を見開いた。
まぁ、驚くよね……。
「ついでに言うと、グレイはヒロインの幼馴染みだった。子供の頃から実験と称してヒロインに魅了魔法を掛けられていた。グレイはとある事情で魔力が高かった。魔力が高い者に、どのくらい魅了魔法が効くのかを確認するのが実験の理由だそうだ」
「子供の頃から、実験だと? 意志も自由もないじゃないか。それは罪に問えないのか?」
「俺も罪に問いたいところだけど、グレイの証言だけでは、まだ証拠が薄いからヒロインを捕らえるまでにはいかない。そこは俺も陛下やヘリオトロープ公爵に提案していることがあるから、それが上手くいけば証拠にはなるけど、まだ先だね」
また溜め息を吐き、紅茶を一口飲む。
「グレイはヒロインに母親を人質に取られていた上に、魅了魔法の耐性があるようで時々、魅了魔法の効果が切れていたらしく、何度も掛けられていたそうだ」
「グレイ様のお母様を人質にしただけで、罪に問えそうなのに……」
「ヒロインの自宅周囲の住民は皆、魅了魔法を掛けられている。グレイやグレイの母親がヒロインに捕まっていたと憲兵達に訴えても、周囲の住民がヒロインの味方だから、否定されて退けられる」
「儘なりませんね……」
ウィステリアが小さく息を吐く。
「そういう訳で、グレイはヒロインに対してかなりの嫌悪感があるし、何よりヒロインのことを知っているから提案して部下にした。ただ、貴族寄りの平民なのと、魅了魔法の影響で栄養失調気味だったから、ヘリオトロープ公爵とヴァイナスが一ヶ月で仕込む、という理由で編入が遅くなる。ウィスティはグレイにまだ会ってなかったんだね」
「グレイ様がヘリオトロープ公爵邸にいるというのは聞いていたのですが、お兄様がまだ会わせられないと言われて……」
ヴァイナスのことだ。きっと、痩せているグレイを見たら、優しいウィステリアが彼の身を案じるだろうと思ったのだろう。
「そういう訳で、グレイからの情報を基に調べている最中だけど、ヒロインの動向が少し分かった」
「動向? どういうことだ?」
「ヒロインはウィスティの命を狙った。ということは、ヒロインはヴァーミリオン王子のルートに入ろうとしている、ということかな。それと、ウィスティも聞いていたけど、ハイドレンジアとシャモアの結婚式の帰りにイェーナ嬢の前に現れ、『何故、友人にならないのか』と聞いてきたそうだ。グレイのことも踏まえて、やっぱり、ヒロインは転生者だと思う」
隣に座るウィステリアが口に両手を当てる。震えている。
「更にグレイの話だと、俺は、『王城で孤立していて、ワガママな王子だと。寂しがり屋だから、自分がお救いして癒やして差し上げる』とヒロインは言っていたそうだ。今の俺は孤立もワガママ王子でも、寂しがり屋でもないんだけどね。ヒロインに救われたくも、癒やされたくもない」
震えているウィステリアの背中をぽんぽんと優しく叩く。
「成程。確かに、ヴァーミリオン王子のルートだな。前世の妹の話だと、ヒロインが王子に言う言葉だな」
「そうだな」
ディジェムの言葉に俺は頷く。
前世の姉と妹がプレイした時に、ヒロインがヴァーミリオン王子に言っていた言葉だ。
『貴方が王城で孤立してしまった理由は私には分からないし、皆さんが言うワガママな王子かもしれません。でも、私から見たら、貴方が寂しがり屋だから誰かの側にいたくてワガママを言ってしまうのだと思います。寂しがり屋な貴方をお城からお救いします。貴方の心を癒やしたい』
とか何とかゲームで言っていた。
前世で見た時、正直、嫌悪感で鳥肌が立った。
ゲームのヴァーミリオン王子が孤立してしまった理由はセラドン侯爵の策略で疑心暗鬼になったせいで、ワガママになったのはヴァーミリオン王子の兄で国王のセヴィリアンが両親を目の前で死なせてしまった負い目で、弟を猫かわいがりな態度でいた結果だ。寂しがり屋は孤立したせいだ。
周りが原因ではあるが、解決する方法はいくらでもある。
根本から解決しないで、ワガママなまま救うも何も、癒やすも何もないだろう。
それを恐らく、ヒロインは俺にしようとしてくる。鳥肌が立つ。
「そこで、ディルに協力をお願いしたいんだ」
「何だ?」
「ヒロインはヴァーミリオン王子のルートに入るつもりでいる。恐らく、ルートの通りにしようとすると思うし、魅了魔法も使ってくる。その魅了魔法でウィスティの命を狙ってくると思う。もちろん、俺もウィスティを守るけど、守る手はいくらでも欲しい。協力してもらえないだろうか?」
静かに、ディジェムの真紅の目を見る。
ディジェムはニヤリと笑った。
「何、言ってるんだよ。俺は模擬戦の時に言ったぞ? ヴァルを助けられるところは今後も助けるってさ。ヴァルもウィスティ嬢も友達なんだから、協力するに決まってるだろ?」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
ディジェムに俺とウィステリアが笑顔でお礼を述べると、彼は顔が一気に真っ赤になった。
「ちょっ、二人の笑顔の破壊力が半端ないっ! 俺の心臓を止める気か?! 特にヴァル!」
「俺?? ウィスティじゃなくて?」
「倒れる前と比べて、王子力上がってないか?」
「何で、その王子力という言葉をディルも知ってるんだ……」
何回目かの溜め息を吐き、額に手を当てる。
「昨日、昼休憩の時にミモザ嬢とシャモア嬢が話しているのを聞いたんだ。それで王子力というのを知ったよ」
「俺も夜中に一度起きた時にウィスティから聞いたけど、倒れる前とそんなに違う?」
「ああ。何というか、美しさというか、醸し出す雰囲気が神々しいというか、周囲に光が自然とあるというか……」
「何だそれ……」
治ったはずの頭痛がまたし始めた。
これでまた倒れて、神界に行くことになったら、ハーヴェストに問い質そうと思う。多分、今回は倒れないと思うが。
「……ところでさ、ヴァル、ウィスティ嬢。俺も相談があるんだが、聞いてくれるか?」
「もちろん。俺で力になれるならいくらでも」
「私ももちろんです、ディル様」
また俺とウィステリアで笑顔で言うと、ディジェムが赤くなった。
「このカップルの破壊力が凄い……。と、とにかく、相談はその、俺の推しについてなんだが……」
「君の推し、もう大使館には来たのか?」
「一応な。ただ、カーディナル王国を観光したいみたいなんだが、ヒロインのことがあるから、大使館の中に居てもらってるんだ」
「ヒロインに出くわしたら、何かいけないことがあるのか?」
ディジェムが頭を掻いて、言い淀んだ。
「ああ。ウィスティ嬢と同じ、二作目の悪役令嬢なんだ。もし、ヒロインが二作目もプレイしたことがあれば顔を知っているだろうし、魅了魔法を掛けられるのは困る」
「二作目の悪役令嬢がディルの推しか」
それを聞いて、更にディジェムに親近感が湧く。
俺の推しは一作目の悪役令嬢なので。
「ディル様の推しの悪役令嬢はアクア王国のオフェリア様ですか?!」
「アクア王国? オフェリア王女? 青の聖女がディルの推し?」
ウィステリアが目を輝かせて、ディジェムを見ている。
俺は二作目を知らないが、第二王子としての知識はある。
アクア王国はカーディナル王国の隣のエルフェンバイン公国の更に隣にある国だ。
アクアという名前の如く、水が豊かな王国だ。
その国の第一王女は青の聖女という異名で呼ばれる癒やしに特化した王女だ。
「オフェリア王女は行方不明と聞いたことがあるけど」
「アクア王国から逃げてきたんだ。彼女も転生者なんだ。俺達と同い年の十五歳。ゲームでは十八歳になった時に婚約者から婚約破棄され、冤罪を掛けられ、断罪されるんだが、それが今の時点で起きそうだったらしくて、断罪を恐れて、逃げてきた。それをたまたまエルフェンバインとアクア王国の国境沿いで盗賊の警戒中に、その盗賊に襲われていたところを助けたんだ」
「その時に、推しだ、となった訳だね」
「そうだな……。理由を聞いたら冤罪になる前に逃げてきたって言うから、変装させて匿ってる。匿ってるのは問題ないんだが、流石に二作目を知っているかもしれないヒロインに見つかったら、ウィスティ嬢と共に悪役令嬢に仕立てられて、二人共、断罪ってなったら俺が異名通りの魔王になり兼ねない。ただ、観光くらいはさせてやりたいなと思って……。ヴァル、何か良い案はないか?」
ぽつぽつと呟くように話す、ディジェムにいつもの明るさがなく、真剣に悩んでいるのが伝わる。
「そうだなぁ。変装させているなら、ヒロインの魅了魔法対策で、俺が付与した魔石のネックレスを渡すからそれを着けてもらったらいいんじゃないかな?」
「……いいのか?」
「構わないよ。オフェリア王女は悪用するような人ではないのだろう?」
俺が微笑んで言うと、ディジェムは安堵の息を洩らしながら頷いた。
「それと、聞きたいのだけど、オフェリア王女の属性は聖属性?」
「ああ。そうだが……」
「属性の擬態はしてる?」
「属性の擬態? 何だ、それは」
「俺の魔法の師匠のセレスティアル伯爵から俺も教わったものだけど、魔力感知だと属性が分かってしまう。俺も魔力感知で判断してるし。魔力感知をヒロインは使えないようだけど、他の厄介事に巻き込まれないためにも、もししていないならした方がいい。特に聖属性は稀だからね。俺も擬態してる」
説明すると、ディジェムは考える顔を一瞬するが、すぐ俺を見た。
「ヴァル、それ、教えてくれないか? 不要な厄介事は避けたい」
「もちろん。すぐ出来ると思うよ。それと、もう一つ提案なんだけど、もし、オフェリア王女が良ければ、魔法学園に編入したらどうかな?」
「え……?」
「変装してて、属性も擬態出来てるなら問題ないんじゃないかなと思って。俺やウィスティ、ディルがフォローすれば問題ないだろうし。それに、ディルの近くに居てもらった方が、君の気が散らなくていいだろう? 観光もディルも一緒に出来るし、学園の中でも一緒に居られるし」
「なっ……!」
俺の提案を聞いて、ディジェムが顔を赤くする。
俺の隣でウィステリアが頷いている。
魔王と呼ばれる彼が、俺の目の前では普通の十五歳らしい姿なので、未だに本当に魔王と呼ばれているのか不思議に思う。まだ魔王なディジェムを見たことがないのもあるが。
「特に、今、俺の周りは青春真っ盛りな護衛ばかりでね。触発されて君もそうなったら良いんじゃないかと思って。推しと恋仲になりたいんだろう?」
『僕もヴァル君の提案に賛成だね。ディル君も早くオフィちゃんと恋仲になったらいいよ』
ディジェムの頭に乗っている黒曜が賛同するように頷いている。
「そうだけど、学園の許可とかいるだろ……。俺がちゃんとお願いしないと」
「そこは俺に任せて。タンジェリン学園長に上手く相談するよ。伝えないといけないことがあるし」
多分、出来そうな気がする。何となくだが。
「……悪い。こっちもオフェリアに聞いてみて、もし、魔法学園に行きたいって言ったら、お願いしてもいいか?」
「もちろん。あ、魔法学園に編入するしないは別でこれは渡しておくよ」
空間収納魔法から、いつもの物理と魔法結界、状態異常無効を付与したネックレスをディジェムに渡す。
「ありがとう、ヴァル」
それから、その日のうちにディジェムはオフェリア王女に魔法学園の編入をしないかと聞いたらしい。
オフェリア王女は嬉しそうに了承してくれたようで、俺はディジェムを通して、属性の擬態の仕方を伝えた。
聖属性を持つオフェリア王女は水属性も持っているようで、今は水属性に擬態しているそうだ。
そして、次の日。
魔法学園の昼休憩の時に、俺はディジェムとの約束通り、タンジェリン学園長に相談しに向かった。
「ヴァル君が先触れもなしに来るとは思いませんでしたわ」
「突然ですみません。ローズ学園長に相談事がありましたから」
「あら、わたくしに? 何でしょうか? 編入生絡みですか?」
「ではありませんね、一応」
必ずしも遠からず、ではあるけど。
「ディジェム公子の友人を魔法学園に編入させたいのですが、許可を頂けないでしょうか?」
「理由をお伺いしても?」
「ディジェム公子の友人は、冤罪で処断されそうになったそうで、捕らえられる前に何とか逃げてきたそうです。その後、盗賊に襲われているところをディジェム公子に助けられたそうですが」
「成程。それは大変ではありますけれど、どうして魔法学園の編入と関係があるのです?」
「その友人が魔力が高いからです。魔法学園で学ぶ必要があると私は感じました」
敢えて名前を伝えていないが、タンジェリン学園長は色々情報を知っているだろうから、誰なのか考える顔をしている。
「お名前をお伺いしても宜しいでしょうか、ヴァル君」
「はい。アクア王国のオフェリア王女です。編入時には偽名を使われるかとは思いますが」
「オフェリア王女、ですって? アクア王国の青の聖女? 処断って、一度お会いしましたが、悪いことをなさるような方ではありませんわ」
「ええ、ですから、冤罪なのです。私も聞いた時は驚きました」
まだ、彼女には会ったことないけどね。
ディジェムや黒曜が騙されているように見えないから、問題ないと思う。俺も自国を知るために、他国も調べることをヘリオトロープ公爵から子供の頃から教わっているが、オフェリア王女の悪い話は聞かない。どちらかというと、その婚約者が最低だったが。
「確かに、魔力も高い上に、聖属性を持っていらっしゃるから、魔法学園で魔力の制御も含めて、お教えする必要はありますわ。ヴァル君が言いたいのはそういうことですのね。分かりました。編入を認めますわ」
「ありがとうございます。本当はディジェム公子がローズ学園長に直接お願いしたいと言っていましたが、私が出しゃばらせてもらいました」
「あら、どうしてです?」
「もう一つ、貴女にはお伝えした方がいいかと思いまして」
何と言えばいいか、少し悩む。
正直に言った方が良いと思うが、信じてくれるだろうか。
「何でしょうか、ヴァル君」
「先日、とある事情で女神様にお会いして、その時にあることを聞きました。私は、本当は初代国王夫妻の子供として生まれる予定だったそうです」
「何ですって?」
「初代王妃のお腹にいた時に、毒と呪いを代わりに引き受けて生まれる前に死んだそうですが」
俺の言葉に、タンジェリン学園長の撫子色の目が揺れた。
「あの時の、あの子のお腹にいた子が、ヴァル君だなんて……。それは二人に似てるはずだわ。生まれる前だったけれど、二人の子供の中で一番似てると思った子だったのよ。あの子――異母妹のお腹の子が生まれる前に光の精霊王と聖の精霊王からの守護と祝福を与えられたのをわたくしは、私は見ましたわ。それと同じ守護と祝福がヴァル君にあったのは分かりましたけど、まさか、お腹の子だったなんて……」
目に涙を溜めて、タンジェリン学園長は呟く。
「すみません、私も知ったのはつい最近でしたので、ローズ学園長が初代国王夫妻に私が似てると言われた意味が分からなくて、やっと分かりましたけど、お伝えしていいのか悩みました」
そう言いながら、タンジェリン学園長にハンカチを差し出す。
「教えて下さってありがとうございます。知れて良かったですわ。生まれる前に死んでしまった子の魂がずっと気掛かりでした。異母妹の代わりに毒と呪いを引き受けて、生まれずに死んでしまった子は、報われたのだろうかと。新たに生まれることは出来たのだろうかと」
ハンカチを受け取り、タンジェリン学園長は目に当てる。
「その時の記憶は私にはありませんが、少なくとも、生まれてから十五年経ちますが、とても充実してますよ」
何より、前世の時よりも身体は丈夫だし、寝たきりではない。前世でも姉と妹のおかげで幸せだったし、今も家族や友人も増え、婚約者もいる。更に幸せと感じている。
「……実は、異母妹にお願いされ、生まれたら名前を私が付ける予定でしたわ。男の子と聞いていたので、名前もヴァーミリオンにするつもりでした」
「偶然なのに、凄いですね」
何となく、ハーヴェストの計らいのような気がした。
「ですから、余計に同じ名前のヴァル君の活躍がとても楽しみでしたわ」
タンジェリン学園長の言葉を聞いて、俺は小さく笑みを浮かべる。
「今日からは、更に楽しみになりましたわ。伯母として」
「伯母……ですか」
タンジェリン学園長が嬉しそうに微笑む顔を見て、流石、エルフ、綺麗な微笑みだなと思いつつ、伯母という言葉に内心、動揺する。
五百年前に生まれていたら、この人、俺の伯母にあたる人になってたのか。
「ヴァル君は今は違うと言いたげですけれど、関係ありませんわ。初代国王夫妻の血が今も貴方には流れていますし」
「それなら、私の父や兄にも初代国王夫妻の血が流れていると思いますが」
「そうですわね。でも、ヴァル君の魂は異母妹のお腹の中にいた子の魂なら、更に私の伯母度が上がりません?」
にっこりとタンジェリン学園長が無邪気に微笑む。
「伯母度って何ですか……」
「伯母度は伯母度ですわ。ヴァル君、今日からは遠慮なく私のことは伯母様って呼んで下さいな」
「いえ、ちゃんとタンジェリン学園長またはローズ学園長と呼びます。他の生徒が驚きますので」
俺がそう言うと、きっと私的な時は伯母様と呼べと言うんだろうな。この前と同じで。
「相変わらず、ヴァル君は義理堅いですわね。私は自慢したいのに。仕方ありませんわ。可愛い甥っ子のために諦めましょう。私的な時は伯母様と呼んで下さいな」
「……はぁ、分かりました。私的な時は伯母様と呼ばせて頂きます。ローズ伯母上」
少しだけ、言うんじゃなかったと思った。本当に少しだけ。
「本当に話して下さってありがとうございます。ヴァル君。楽しみが増えましたわ」
嬉しそうに微笑むタンジェリン学園長を見て、言って良かったかもしれないと思い直し、少しだけ俺も嬉しくなった。
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