第41話 恋の前奏曲

 乙女ゲームのヒロイン、チェルシー・ダフニーから魅了魔法を掛けられ、ウィステリアを暗殺するように命令されたアイスを正気に戻し、ちょっと無理矢理にではあるが、俺の部下にした。

 俺と同い年で、魔力が高いので、魔法学園に編入することになる彼は、名前や顔がヒロインにバレているので、名前を変えることを思い付いて、意図も言わずに言ったのだが、朝になって思い返すと、本当に無理矢理過ぎた。


「名前、無理矢理変えさせてごめんね、アイス」


「いえ、ヴァーミリオン王子がちゃんと後で説明して下さり、納得出来る内容でしたので、俺は気にしてません。むしろ、色々と俺のような平民にまで気に掛けて下さったことが、もう恐縮するばかりです」


「平民、というか、国民がいるから、国は成り立っているのだし、命は等しく一つだから。自業自得なら俺は助けないけど、アイスは被害者だから」


 そう言いながら、俺はアイスを見る。

 アイスの話だと、魅了魔法の影響なのか、魅了魔法に掛かっている間は最低限の量しか食べる気がなかったらしい。効果が切れた時はたくさん食べていたらしいが、すぐ捕まるので、栄養のある物を摂っている暇がなかったそうだ。

 顔も身体も痩せこけているので、栄養のある物を食べれば、顔つきも変わるのではということで、しっかり栄養のある物を摂ってもらうことにもなった。

 俺は名前しか頭になくて、ヴァイナスが年齢と比べて痩せていることに気付いてくれて、とても助かった。

 アイスはグレイ・ブリュトン・グリーシァンという名前で、ヘリオトロープ公爵の縁戚の子爵の三男ということになった。

 彼の母も人質に取られていたのを萌黄に助けに行ってもらい、魅了魔法に掛かっているか確認すると掛かっていなかった。

 掛かっていなかった理由が、アイス――グレイを苦しめるためと彼の母から聞き、ヒロインがゲームとかけ離れた性格だというのも分かった。

 出来れば、ヒロインを速攻で捕らえたいところだが、グレイと彼の母からの証言ではまだ薄い。

 決定的な証拠がない限り、捕らえるのは難しい。


「……魅了魔法は本当に厄介だな」


 夜の内にアイスと彼の母から聞いた内容を思い出し、溜め息を吐きながら呟く。


「ヴァーミリオン王子は、話に聞いていた方と違いますね」


 グレイが俺を見て、呟くように言う。


「ん? 話? 誰から聞いた?」


「あいつからです」


「チェルシー・ダフニーか?」


「はい。あいつの話だと、ヴァーミリオン王子は王城で孤立していて、ワガママな王子だと。寂しがり屋だから、自分がお救いして癒やして差し上げるとも言っていました。でも、俺から見たら、とても聡明で、お優しくて、宰相様ご一家からの信頼がとても厚い方と感じます。そのような方が孤立しているとは思えません。百聞は一見に如かずというのは本当ですね」


 グレイの前半の言葉に鳥肌が立った。

 王城で孤立したりしていたワガママ王子は俺ではなく、乙女ゲームの第二王子のことだ。

 それに、あのヒロインに癒やされたくもないし、救ってもらいたくもない。

 だが、気になることが増えた。


「その話、本当にチェルシー・ダフニー本人が言ったのか? 他の者ではなく?」


「はい。あいつが言っていました」


「そうか……」


 その言葉に、ある予想が浮かぶ。

 右肩に乗る、紅が念話で伝えてくる。


『あの小娘も、転生者かもしれぬな、リオン』


『そうだね。もしそうなら、本当に厄介だ……』


 ゲームではヒロインは聖属性持ちではあったが、魅了魔法はなかった。

 もし、ヒロインが転生者なら、俺やウィステリア、ディジェムと何が違うのだろうか。

 調べるしかないか。

 ヒロインについては考えても今すぐ答えが出ないので、俺はもう一つ気になることをグレイに聞いてみることにした。


「ところで、アイス……グレイ。君はご両親のどちらか精霊で、どちらか元貴族じゃない?」


「え……どうして分かったのですか?」


 中紅色の目を大きく見開いて、グレイが俺を見る。


「昨夜、君を見た時に違和感があってね。俺の召喚獣に二人精霊がいるんだけど、その二人の気配とグレイの気配が似ていたから、もしかしてと思って。元貴族というのは昨夜、ヘリオトロープ公爵達も言っていたように、立ち居振る舞いが平民よりは貴族寄りだったから」


 本当に驚いたようで、グレイは俺をじっと見つめている。


「……本当に、凄いですね。誰も気付かなかったので、気付かれるとは思いませんでした。仰る通りです。俺の父が闇の精霊で、母は元貴族です。子爵家だったそうですが、母の父、俺の祖父の代の時に没落したそうです。なので、立ち居振る舞いとかは母から少しですが、教わりました」


「精霊と人間の子か……。魔力が高いのはそういうことか。グレイのお父さんは一緒に暮らしてる?」


「いえ。両親はお互い一緒に暮らしたかったようですが、やはり精霊と人間では周囲の住民に、何かしらの影響が出るようで難しいようです。闇の精霊と聞くと、怖いイメージとかがあるようで。時々、会いに来てはくれるのですが……」


「チェルシー・ダフニーには精霊だと気付かれなかった? グレイのお父さんは魅了魔法に気付かなかった? 魅了魔法には掛からなかった? ああ、ごめん。質問し過ぎた」


 グレイを取り巻く状況を把握したくて、ついたくさん質問してしまった。


「いえ、構いません。質問の答えですが、まず、あいつは父については精霊だとは全く気付いていませんでした。父は魅了魔法に気付いていたので、会いに来てくれた時に俺の魅了魔法を解除してくれていました。会う度に俺が魅了魔法に掛かってましたし、母を人質に取られていたので、あいつを殺そうとしてましたが、母に止められたので父は困ってました。父は精霊だからなのか魅了魔法には掛かりませんでした」


「そうか。ということは、グレイは精霊と人間の子だけど、精霊寄りではなく人間寄り?」


「父の話ではそうみたいです。魔力が高いだけと言ってました」


「グレイとお父さんの親子関係は良好?」


「そうですね。ずっと一緒、というわけではありませんが、仲は良いですし。困った時は助けてくれますし、話も聞いてくれます」


 頷いて、心から笑っているグレイを見て、安心した。


「それなら良かった。俺の召喚獣に精霊がいるから、関係が良好か気になって」


「おとぎ話でも悲恋や、子供が生まれると周りの人間に疎まれたりするという話も多いですからね」


 肩を竦めて、グレイは苦笑する。


「俺も、ヴァーミリオン王子に聞きたいことがあります」


「答えられることなら、答えるよ」


「ヴァーミリオン王子の魔力が、闇の精霊の俺の父より高いのは何故でしょうか? 全属性持ちなのも何故ですか?」


「魔力が高いのも、全属性持ちなのも何でだろうね。俺も知りたいところだよ」


 そういえば、属性の擬態を昨日はし忘れていた。

 気を抜き過ぎだ。

 俺も肩を竦めて、苦笑する。

 本当に知りたいことだ。

 紅に聞いたら、知っているだろうか。知っていたら、教えてくれるだろうか。


「グレイはよく俺が全属性持ちって分かったね」


「父の影響か、子供の頃から誰にも教わるでもなく、魔力感知が出来ました。今まで会った人の中で一番、ヴァーミリオン王子の魔力が高いです。あと、魂が綺麗な色なのも」


「それ、俺の召喚獣達も言うのだけど、魂が綺麗な色ってどんな色なんだ?」


「表現が難しいのですが、ヴァーミリオン王子の魂は柔らかいけれど、力強い、優しい、温かい光を発しているんです。色も虹色というのか、きらきらと光っていて、綺麗な色、としか表現しにくいです」


 グレイの説明に同意するように、泊まらせてもらっている部屋にいる紅、萌黄、青藍が頷いている。


「だから、貴方の部下になりたいと思ったのです。現に、今まで辛かったのに、貴方の部下になったことで、心が洗われるというのか、穏やかな気持ちになります」


 前に、青藍も同じようなことを言っていた。


『精霊と人間の子で、人間寄りとはいえ、そういうところは、精霊の感覚に近いな』


 紅がグレイにも聞こえるように念話で話してくれる。


「父にも言われました。人間寄りとはいえ、その感覚は大事にするようにと」


「俺自身は自分の魂とか分からないから、何と言えばいいのか」


 俺の魂が綺麗、綺麗と言われると、どうしていいのか分からなくなる。

 悪巧みはするし、ウィステリアや心を許した人達に危害を加えるような相手には攻撃するし、綺麗ではないと思うのだが、そういう基準ではないのだろうか。うーん、分からない。


「どうか、そのままでいて下さい。それと、貴方の部下になりましたので、俺も貴方をしっかりお守り出来るように、これから頑張ります。宜しくお願い致します」


「ありがとう、これから宜しく。あ、皆の前ではグレイと呼ぶけど、事情を知っている人の前ではアイスと呼ばせてもらうよ。昨日はああ言ったけど、やっぱり名前は親から貰う初めてのプレゼントだからね。俺のことも愛称で呼んでもらって構わないから」


「では、俺も皆さんと同じで、ヴァル様と呼ばせて下さい。あ、言い忘れていましたが、俺が見た中で一番魂の色が汚いのはあいつです。なので、ヴァル様、本当に気を付けて下さい」


 ゲームではヒロインなのに、実際は魂の色が汚いのか……。聖属性も持っているのに。何とも言えなくなった。








 ヘリオトロープ公爵邸でのお泊まりは一泊で終わり、王城に帰ることになった。

 ヘリオトロープ公爵からは二泊でも三泊でもと言われたのだが、俺が一泊にしてもらった。俺の忍耐がもたないので。同じ屋根の下にいるのにお年頃の男子にお預けは厳しい。

 グレイも一緒に王城へ連れて行こうと思ったのだが、ヘリオトロープ公爵とヴァイナスから、一ヶ月、時間が欲しいと言われた。その一ヶ月で貴族としてのマナーや常識、教養を詰め込むつもりのようだ。

 ヴァイナスは栄養を摂らせるつもりらしい。確かに俺と同い年なのに身体がとても痩せていて、心配になる。

 グレイの母もヘリオトロープ公爵邸に滞在させてもらうことになり、一ヶ月後にグレイは王城の俺が住む南館に来てもらい、王都のヘリオトロープ公爵の邸宅に母親も来てもらう予定だ。

 ここなら、万が一、ヒロインがグレイの母親を襲ってくることもないはずだ。念の為、結界を張るかどうかヘリオトロープ公爵と相談しようと思っている。

 そしてヘリオトロープ公爵邸を出る前に、グレイとグレイの母親にいつもの状態異常無効の魔法付与したネックレスを渡した。

 何かあった時のための対策だ。

 それからヘリオトロープ公爵邸を出て、王城の俺が住む南館に着き、自分の部屋に入ると、自然と息を吐いていた。

 ヘリオトロープ公爵邸でずっと緊張していたようだ。

 ハイドレンジアとミモザはしばらくゆっくり休むように伝えているので、南館には俺と召喚獣だけだ。

 ソファで一息つき、青藍が淹れてくれた紅茶を飲む。

 少し休憩をしていると、しばらくして扉を叩く音が聞こえた。

 応答すると、ヴォルテールが入って来た。


「ヴァル様、お疲れのところすみません。少し、いいでしょうか?」


「構わないよ。どうしたの?」


 ヴォルテールを対面のソファに座らせて、紅茶をティーカップに淹れて渡す。


「あの、誰にも言わないで欲しい相談なのですが……」


 顔を真っ赤にして、ヴォルテールが俺に言う。

 俺は急かさないように静かに頷いて、ヴォルテールが続きを言うのを待つ。

 ヴォルテールは震える手で、渇いた喉を潤すように紅茶が入ったティーカップに口を付ける。


「そ、その、ミモザ嬢は将来を誓った相手がいらっしゃいますか?!」


「……ん? ミモザ?」


 突然のことで面喰らうが、顔には出さず、極めて冷静な顔で、少し考える。


「俺は聞いたことがないが……。いきなり、どうした?」


「そ、その、昨日のハイドレンジア殿とシャモア嬢の結婚式がとても素敵で、ミモザ嬢のドレス姿もとても綺麗で……。婚約者がいらっしゃるヴァル様なので言いますけど、僕の初恋なんです、ミモザ嬢が。そのミモザ嬢が他の人と、け、結婚、なんてことになったら嫌だなと思って……。そう考えたら、ぐるぐる考え込んでしまって。でも相談出来る相手はヴァル様とアルパインとシスル先輩ですけど、アルパインとシスル先輩はもしかしたらライバルかもしれないですし、ヴァル様はウィステリア嬢一筋なので、ヴァル様なら相談に乗ってくれるかもと思って来ましたっ!」


 いつもと違う混乱っぷりで、呆気に取られつつ、ヴォルテールの早口で話す、彼の言葉を整理する。


「ヴォルテールの話を整理すると、要は、ミモザがヴォルテールの初恋の人で、彼女のドレス姿が綺麗で、ハイドレンジアとシャモアの結婚式がとても素敵だったから、それに触発されて告白しようか迷っているということかな?」


「そ、そうです。告白しようにも、もし、将来を誓った人がいらっしゃるなら、身を引こうと思いますし、そういうものこそ、調査は必要と思いますので……」


「まぁ、好きな相手に想い人がいて、知らずに告白したら、しばらく立ち直れないだろうね」


「ヴァル様はご存知ですか? ミモザ嬢の想い人」


 真剣な、けれど、答えを聞きたくないと言いたげな目で、ヴォルテールは俺を見つめる。


「俺は聞いたことがないけど、他の人には聞いたのか?」


「い、いえ、その、聞くと、藪から蛇というか、僕が聞いたことで、アルパイン達にも火が点いたら嫌ですし……」


「牽制は大変だからね。それは分かる」


 十年の付き合いだが、ヴォルテールが考えることはよく分かる。

 俺は早々にウィステリアと婚約者になったが、婚約者じゃなかったら、目の前のヴォルテールと同じことになっていたと思う。


「あ、あの、ヴァル様は四歳でウィステリア嬢と婚約されましたけど、最初は政略としての婚約ですよね? ウィステリア嬢とはどのように恋仲になったのですか? 参考までにお聞きしたいです」


「どうって、初めから俺はウィスティのことが好きだったからなぁ」


 むしろ、生まれる前からです。前世の時からです。俺の最推しです。


「で、でも、今のヴァル様とウィステリア嬢は完全に恋仲ですよね?! どうやってなったのですかっ?!」


「八歳の時に告白した。告白したら、ウィスティも応じてくれた」


 八歳の、建国記念式典の後にウィステリアに告白したことを思い出した。

 幸せにすると、若干、告白を通り越して、プロポーズをしたような気もするが、ちゃんと好きと伝えたし、彼女も応えてくれた。

 照れる訳にはいかないので、しれっと言ってみたら、ヴォルテールが今までに見たことのない、驚きの表情を浮かべている。


「は、八歳?! ヴァル様、大人過ぎる……」


「大人って……」


 まぁ、確かに八歳の時点で、前世と合わせたら精神年齢が二十七歳だったから、大人と言えばそうかもしれないが。


「ヴァル様、僕はどうすればいいのでしょうか……」


「どうするも何も、ヴォルテールはどうしたいの?

 ミモザと恋仲になりたい? それとも恋を胸に秘めて、このままの、俺の護衛と侍女の関係を続ける? これは俺が決めることじゃない。君が決めることだよ」


 俺の言葉を聞き、ヴォルテールは俯いて、悩んでいる。

 でも、答えは出ていると思う。

 相談というのは、大体、既にこうしたいと決めていて、誰かの一押しが欲しいから、相談する。

 俺の魔法の護衛は、五歳の時から周りをよく見ていて、直情型の剣の護衛をフォローしながら、護衛してくれる。

 それが如実に表れるのが、パーティーの時だ。

 俺に言い寄ろうとしてくる貴族令嬢がこちらに届く前に、間に入って牽制してくれる。

 途中でアルパインも気付いて、牽制してくれるようになり、良いコンビネーションを見せてくれて、とても有り難く思っている。

 貴族はある程度の年齢になると政略的な意味の婚約が増える。

 アルパインもヴォルテールも伯爵家で、二人の父親は騎士団の総長と宮廷魔術師の師団長で、俺の剣と魔法の師匠だ。将来有望なのに、婚約者がいると俺に言い寄ろうとする貴族令嬢の牽制がなかなか出来ないからと婚約の話が来るのに誰とも婚約しなかった。

 申し訳なくて、何となく、ヴォルテールはミモザにほのかな想いを抱いているように感じて、俺の命を狙ってくる連中と戦う時はアルパインとハイドレンジア、ヴォルテールとミモザで分けることが多かった。

 俺がある意味、けし掛けていた、かもしれない。

 そうなると、俺が一押しするべきだろうな。


「俺はどちらを選んでも、ヴォルテールの答えを尊重する。でも、君の中には答えがもう出てると思う。俺はそれを応援するよ」


 俺の言葉に俯いていたヴォルテールは顔を上げ、緑色の目がいつもより輝きを増す。


「ありがとうございます、ヴァル様。僕、告白してみます。もし、もし振られたら、慰めて下さい」


「ああ。その時は、慰めと一緒に新しい魔法を考えよう」


 微笑むと、ヴォルテールは大きく頷いた。


「ミモザは今、エクリュシオ子爵領の別邸にいるよ。萌黄に送ってもらおうか?」


「え、あ、そうなんですね……。お、お願いしてもいいですか!?」


「萌黄、お願いしてもいい?」


『もちろんですよ! マスター。わたしにお任せ下さい! ヴォルテールさん、行きましょう!』


 萌黄が目を輝かせて、頷いた。

 やはり精霊でも女の子だからなのか、こういう恋バナは好きなようだ。

 勢いは大事で、こういう時はちょっと強引かもしれないが、ヴォルテールを萌黄に任せた。

 萌黄とも深いところで繋がっているので、俺の意図を把握した彼女はとても良い笑顔でヴォルテールと共に転移した。




 それからしばらくして、萌黄がヴォルテールを王城に連れて帰って来た。

 ヴォルテールはとても良い、嬉しそうな笑顔だった。

 成功したようだ。

 お祝いの言葉を伝えると、とても嬉しそうに笑って、彼は王都にあるセレスティアル伯爵邸へと帰って行った。

 ちなみに余談だが、後日、帰って来たミモザにヴォルテールのことを聞くと、彼女も二年前くらいから気になっていたようだった。

 ただ、ミモザの方が俺やアルパイン、ヴォルテールより八歳年上で、貴族の令嬢としては年齢的にも行き遅れているから気にしていたそうだ。

 気にしなくてもいいだろうにと思うのだが、女性としては気にするようで、躊躇っていたようだ。

 俺としては喜ばしいことなので、心からお祝いの言葉を伝えると、ミモザはとても綺麗な、輝く笑顔を浮かべていた。







 そして、次の日。

 俺は何故かウィステリアと共に、フィエスタ魔法学園の王族専用の個室で、イェーナの相談に乗ることになった。


「ヴァル様、ウィスティ様。わたくしの話を聞いて下さいまし」


 扇子を広げ、顔の、目以外の部分を隠して、イェーナが呟くように言う。顔のほとんどは隠れて見えないが、扇子を持つ手まで赤くなっている。


「うん、どうした? イェーナ嬢」


 こんな状態を、俺は昨日見たことがある。

 既視感有りまくりだ。


「アルパイン様はどなたか将来を誓った方や想い人はいらっしゃいますか?!」


 ああ……やっぱり、そうですか。

 ウィステリアと顔を合わせつつ、俺は小さく、誰にも気付かないように息を吐く。


「俺は聞いたことがないな。ウィスティは?」


「私も聞いたことがないです。イェーナ様、いきなりどうされたのです?」


「実は、ハイドレンジア様とシャモア様の結婚式の帰りに、何故か編入生のチェルシー・ダフニーさんが現れまして……」


 扇子で顔を隠しつつも、イェーナの顔は赤から青になっていた。


「怪我はなかった? 何もされなかった?」


 グレイから聞いたヒロインの性格を知った俺は身を乗り出して、イェーナに声を掛ける。

 ウィステリアも心配そうに彼女を見つめる。


「わたくしは大丈夫です。ただ、突然、チェルシーさんが『何故、自分の友人にならないのか』と聞いてきまして、何のことなのか分からなくて困ったところをアルパイン様が助けて下さいまして……」


 イェーナの言葉に、俺はまた小さく吐いた。

 乙女ゲームでは、イェーナは悪役令嬢のウィステリアちゃんの取り巻きだった。

 その取り巻きだった彼女は乙女ゲームでは理由が明確になっていないが、ウィステリアちゃんを裏切り、ヒロインの方に付き、友人キャラになった。

 それをヒロインがイェーナに「友人にならないのか」と聞いてきたということは、ゲームの内容を知っているのは間違いない。

 やはり、ヒロインも転生者のようだ。

 俺と同じ転生者のウィステリアとディジェムには言っておいた方がいいだろうな。

 ヒロインのことはとりあえず、後回しにして、イェーナの話の続きを聞く。


「それで、編入生はそのまま帰った?」


「はい。アルパイン様が上手く言い返して下さいまして、その、とても格好良かったのです……。特に、結婚式の後ですし、服装も素敵な御召し物で、学園ではいつも席もお隣りで、とてもお優しい方なのも存じてます。そんな方がわたくしを助けに格好良く現れて……。わたくしには婚約者がまだいないので、もし、アルパイン様も想い人や将来を誓った方がいらっしゃらないのでしたら、父にお伝えして、婚約のお話をしたいと思いまして……」


 青からまた真っ赤な顔に戻り、イェーナは俺とウィステリアにぽつぽつと話す。

 凄いな、イェーナ。

 男性の方からアプローチではなく、女性の方からアプローチというのは凄いな。

 男性もだが、女性でもとても勇気がいることだ。

 この世界は頭の固い連中が、前世の時以上に多くいると感じる。特に貴族。

 中には柔軟で、臨機応変に対応する人もいるが、女性は男性の三歩後ろに立ち、男性の意見を聞くものと考えている者が多い。

 貴族の当主は男女関係なく、病気等の例外を除いて長子がなるのだが、それでも女性の意見は当主であっても同じ家の中でなかなか通りにくい。

 何処の世界でも似ているのだなと思う。

 そんな中で、しっかり意見を当主である父親に言えるイェーナは凄いなと思う。

 彼女の父のシャトルーズ侯爵は法務大臣で仕事振りは厳格なのだが、臨機応変な対応をする人で、頭は固くない。

 イェーナは父親似かなと思う時がある。


「そうなのですね。イェーナ様はアルパイン様に恋をしているのですね! とても素敵です!」


「お、お二人だから、こうして相談していますが、は、恥ずかしいのですのよ、本当は」


 顔を赤くし、イェーナは扇子で隠すが、手も耳も真っ赤になっている。


「ヴァル様とウィスティ様は、恋の先輩ですもの。仲睦まじいお姿をずっと見て参りましたが、わたくしもお二人のようになりたいとずっと思っていたのです。アルパイン様と、お二人のようになりたいです」


「イェーナ様、とても素敵です。アルパイン様にはどのように告白されるのですか? 場所は決めてますか?」


 ウィステリアもイェーナの恋の行方が気になるのか、ぐいぐいと聞いている。


「えっ、告白するのですか?! 婚約のお話をするだけでは駄目なのですか?!」


 イェーナが驚いた顔で声を上げた。

 俺とウィステリアは顔を見合わせた。


「……まぁ、伝わりにくいと思うよ。特にアルパインはちゃんと説明しないとイェーナ嬢の想いに気付かないと思う。戦闘になると勘はいいが、恋になるとね……」


 俺が説明すると、イェーナが更に真っ赤になった。


「えっ、婚約のお話を伝えたら、分かるものではありませんの?」


「イェーナ嬢。一つだけ教えると、恋に疎いアルパインは女性の機微には気付かない。十年一緒にいるけど、パーティーでの女性のアプローチに気付かないくらいだ。恋以外は色々と気付いてくれるんだが……。それがアルパインの良いところではあるけどね」


 あまりこういうことは先入観を与えてしまうので、言わない方がいいのかもしれないが、アルパインとイェーナはお似合いのように感じるから、彼女には頑張って欲しいと思うので、敢えて伝える。


「た、確かに、パーティーのアルパイン様はご令嬢方のアプローチに全く気付いていませんでしたわ。わたくしはてっきり、ヴァル様の周囲の警戒をしていたから、気付いていてもそれどころではないのかと思ってましたわ」


 それもあると思うけど、本当に気付いてなかったから、俺は何とも言えない顔をする。


「そんな訳だが、イェーナ嬢はどうする?」


「……ヴァル様、わたくしの考えが甘かったですわ。わたくしの想いをアルパイン様に直接伝えるしかないというのも、よく分かりましたわ。わたくし、アルパイン様に告白してみますわ!」


 ぐっと拳を握り、イェーナはそう宣言した。

 その宣言に、俺とウィステリアは思わず、拍手を送っていた。


「イェーナ様、頑張って下さい。私も応援しています。恋仲になったら、是非とも、恋のお話をたくさんしましょう!」


 目を輝かせて、ウィステリアがイェーナに言う。

 やっぱり女の子だなぁ。恋バナしたいよね。

 前世の姉と妹もよくしてたなぁ、恋バナ。

 何故か、俺の部屋で。


「是非とも、お願い致しますわ! その時にはヴァル様もいらして頂いても大丈夫ですから」


 にっこりとイェーナが伝えると、ウィステリアも嬉しそうに頷く。

 何でだよ。女の子同士の、キラキラした恋バナに何で俺もいていいの?

 今の状況も、相談だと言われたから居るけど、女の子二人の恋バナに、男の俺がいたら、俺が居たたまれない。むしろ、俺が居たら駄目だろ。

 女顔だからか?!


「……忙しくなかったらね」


 溜め息混じりに頷くと、二人は嬉しそうだった。

 だから、何でだ。

 それから、イェーナはアルパインにすぐ告白しに向かった。

 意を決して、イェーナはアルパインに告白した。

 そして、イェーナの告白に顔を真っ赤にしたアルパインは満更でもないようで承諾し、晴れて恋仲になった。

 恋仲になったイェーナは、その日に父であるシャトルーズ侯爵にアルパインとのことを伝え、シュヴァインフルト伯爵に婚約の打診をしたそうだ。

 シュヴァインフルト伯爵も特に断る理由もなかったので、了承したそうだ。


「……アオハルだなぁ。アルパインもヴォルテールも青春真っ盛りだなぁ」


 周りに春色を出す侍女と護衛達に、俺は呟く。

 魔法学園の二階にある、王族専用の個室の窓から、頬杖をしながら一階を覗く。

 アルパインとイェーナが腕を組んで、中庭を歩いている。

 ヴォルテールとミモザは王族専用の個室に続いている控室で逢瀬を楽しんでいる。

 青春してるなぁ。


「さて。こちらは真面目に仕事かな。ね、紅?」


 机に置かれた書類の山を見て、溜め息を吐く。

 王城から送られてきた、ヘリオトロープ公爵からの書類だ。

 グレイや彼の母親のヘリオトロープ公爵邸での報告やヒロインの過去についての報告、あとは俺の父が溜めた仕事だ。


『リオンは真面目に仕事し過ぎだ』


「真面目に仕事してくれない父親がいるからね。本気出したら、凄い国王なんだけど、どういう訳かしてくれないんだよね」


 溜め息を吐きながら、書類に目を向ける。

 一枚目を手に取り、目を通していると不意に気配を感じ、椅子から立ち上がり、机に立て掛けていたクラウ・ソラスの柄を握り、いつでも鞘から抜けるように触れる。


『リオン? どうしたの、突然』


 蘇芳が不思議そうな声で、俺に聞いてくる。


「紅、蘇芳。変な気配を感じないか?」


 個室の周囲を見渡し、何か変化がないか確認する。


『……この気配が分かるとは、リオンは敏感だな。成長したな』


 嬉しそうに紅は言うが、俺としてはそれどころではない。

 先程から感じる気配が尋常ではない。

 人間や紅達のような召喚獣、魔物、魔獣でもないその気配に、警戒心を強める。


『ふふ。驚かそうと思ったのに、わたしの気配に気付く貴方に、わたしの方が驚いたわ。ヴァーミリオン』


 濡羽色の髪をした女性が突然、俺の目の前に現れ、綺麗な微笑みを浮かべていた。

 

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