第39話 初夏の結婚式
模擬戦が終わり、週一回の魔法学園の休みの日。
俺はヘリオトロープ公爵と共に父の私室に来ている。
父の私室のソファに俺、俺の右肩に紅がいつものように乗り、左隣にヘリオトロープ公爵が座る。
向かい側には国王である父グラナート、王太子である兄セヴィリアンが座る。
ここに来ている理由は魔法学園で起きたことの報告だ。
「ヴァル、フェニックス殿を連れて、俺やセヴィ、クラーレットを呼んだ理由を聞いてもいいか?」
父が苦笑しながら俺に問い掛ける。
俺からの話イコール俺では解決出来ない問題事と思っているようだ。
確かに、俺やヘリオトロープ公爵で解決出来ることは解決してから、報告書を作って渡したり、ヘリオトロープ公爵が報告してくれたりする。
それが俺が直に来て、伝説の召喚獣のフェニックスまで連れて、父の執務室ではなく内密に話したいということで私室に来ているのだから、苦笑するのは仕方ない。
俺は防音の結界を張ってから、父の顔を見た。
四十代くらいだが若々しく、精悍な顔つきをしていて、イケメンなオジサマだ。シュヴァインフルト伯爵までとはいかないが筋肉もあり、女顔で痩身の俺としては羨ましい。
兄のセヴィリアンも父に顔も身体付きも似ていて、とても羨ましい。
「魔法学園で起きたことで三点、報告があります」
少しだけ、ほんの僅かだけだが、目の前の二人に劣等感を感じながら、父を見る。
「え、三点もあるの? まだ、魔法学園に入学して三ヶ月くらいだよ? 一ヶ月に一回ペース?」
「それは私も聞きたいですよ。こちらは普通に学園生活を楽しんで、勉学に励んでいたのですから」
「……そうか。それで、どんな報告だい?」
「まず、一点目は先日、初めての模擬戦を行いました。その際に相手方がフォギー侯爵令息で、対決をしたのですが、その時に私が実は王女ではないかと聞かれました」
「は?」
父が何を言ってるんだという顔をした。横の兄も何とも言えない顔をして、ヘリオトロープ公爵は額に手を当てて、溜め息を吐いている。
「顔や痩せ型なのも相まって、私が王女ではないかという話があるようです。陛下が私を溺愛していて、他国に嫁がせないために、早々にヘリオトロープ公爵令嬢と婚約したのも、王子として育てて王女ではないと見せるため。と、フォギー侯爵の周りではそのような見解のようです。フォギー侯爵令息からは私を救うとまで言われました」
「何とも斜め上の熱烈なアプローチ……」
ヘリオトロープ公爵が盛大に溜め息を吐いている。
「……よく、耐えたね。ヴァル。辛かったね」
兄が労りの言葉を掛けてくれた。
実際は耐えられず、魔法をぶち込みましたが。
「顔は確かにシエナそっくりだが、痩せていても体付きを見たら男だと分かるだろうに……。しかも、王女? うちの子は皆男の子で、確かにヴァルは可愛いが、性別を偽ってまで隠すようなことをするか」
珍しく父が怒った。俺のことで怒ってくれて、愛されてるなと感じる。ちゃんと仕事はしないけど。
「そういうことで、フォギー侯爵周りは私が王女説が広まっているようなので、陛下方に報告した方が対策が打てるかと思い、報告しました」
「ありがとう。ヴァルも辛いことを報告させてしまったな。こちらでも情報を集め、対策を考えよう」
その情報集めはきっとヘリオトロープ公爵がするんだろうな。隣で、ヘリオトロープ公爵が小さく息を吐いている。
「お願いします。次の二点目ですが、既にタンジェリン学園長から報告が入っていると思いますが、フィエスタ魔法学園に平民の少女が編入して来ました」
「ああ、聞いてるよ。その編入生がどうした?」
父の言葉で、タンジェリン学園長はヒロインのことを伝えきれてないことを知った。報告書に書けば、他者にも漏れるのを恐れてのことだろう。
「タンジェリン学園長も報告書に書けば、他者に漏れることを恐れて報告出来ていないことがあります。彼女は聖属性持ちなのは報告されていると思います」
「それは聞いてるよ。他にもあるのか?」
「彼女は魅了魔法を使えます」
「何だって?」
「編入前にタンジェリン学園長と担任との面接の時、編入して私が所属するガーネットクラスで自己紹介の時から毎日、魅了魔法を使っています」
「お待ち下さい、殿下。毎日魅了魔法を使われて、殿下やエルフェンバイン公国から留学されてるディジェム公子、私の娘や他の生徒達は大丈夫なのですか?」
ヘリオトロープ公爵が驚いた声で、俺を見る。
父や兄も不安げに俺を見ている。
「それは大丈夫です。前に陛下方にお渡しした、魔法付与をしたアクセサリーを私を含め、ディジェム公子、ヘリオトロープ公爵令嬢、私の護衛達、シャトルーズ侯爵令嬢には渡して着けてもらっているので影響はありません。タンジェリン学園長に許可を取って、他の生徒達にも対策として魅了無効と魅了解除の魔石をガーネットクラスの教室に置いています」
「流石、殿下ですね。対策が早いですね。しかし、一部の聖属性持ちで魅了魔法を使える場合は使用を禁じられているはずです。何故、毎日使っているのです?」
「タンジェリン学園長の話だと、他の平民と比べても常識の認識がズレていたため、私達が入学してからこの三ヶ月の間、常識を教えていたらしいです。授業態度を見てみても、勉強が苦手のようで理解力が低いのではないかと」
俺の言葉に父や兄は考える顔をする。
まだ大事にはなっていないが、なる前に対策を取るのが良いと思う。
「ヴァルの機転で今のところは何もないが、何かあってはまずい。魅了魔法に気付いているのはヴァルとタンジェリン学園長以外にいるか?」
「ディジェム公子、ヘリオトロープ公爵令嬢、シャトルーズ侯爵令嬢、私の護衛と側近と侍女、薬師、ヘリオトロープ公爵令嬢の侍女、私の召喚獣達、ガーネットクラスの担任のクレーブス先生です」
「見事にヴァルの周りだね。ディジェム公子も知ってるのはヴァルが話したの?」
兄がにこやかに話し掛けてくれる。目は弟可愛いと言いたげで、手が俺の頭を撫でたいのかピクピク動いている。
「ディジェム公子とは仲良くなって、友人になりました。彼も魔力感知が使えるので、気付いたようです」
「そうか。ディジェム公子が留学している以上、問題になる前に対策を取るべきだな。ヴァル、何か案はあるか?」
「魅了魔法を感知出来る魔法道具はありますか? なければ、作れますか?」
「どうして、魔法道具が必要なのです?」
「魔力感知を使える者は少ないですし、その魔法道具があれば、もし、問題が起きた時に追及が出来ます。魔法道具がない時に追及しても、言い逃れはいくらでも出来ますし、追及側が魅了魔法に掛かってしまったらそれこそ追及が出来ません。なので、その魔法道具があれば、魅了魔法を掛けてくる前に魔力封じの腕輪を着けることが出来ます」
もう一つは俺がプレゼントと称して魔力封じの腕輪をヒロインに着けるという愚策もあるが、俺が嫌なので絶対言わない。
「魔力封じの腕輪で封じれば、確かに魅了魔法は防ぐことは出来るな。その魔法道具があれば、魔力感知が使えない者でも目に見えて確認が出来る。そのための魔法道具か」
「はい。実際、世界共通の常識のはずの魅了魔法を使ってはいけないと決められていることを守らないのです。今回の編入生以外にも今後そのような者が出て来ないとは限りません。今後の対策としてもその魔法道具はあってもいいかと思います」
「分かった。魅了魔法を感知出来る魔法道具があるか調べてみよう。なかった場合は作るしかない。それまではヴァル、大変だとは思うが、魅了魔法の被害がないようにタンジェリン学園長と対策を取って欲しい」
「分かりました。最後の三点目の報告をしてもいいですか?」
「そうか、三点あったよなぁ……。強烈な内容でないことを祈るが、何だ?」
父がやや疲れ顔で俺を見る。
多分、一番の強烈な内容だと思う。隣でヘリオトロープ公爵が自分を落ち着かせようと紅茶を一口飲んでいる。
父と兄も紅茶を飲んでいる。
「カーディナル王国の至宝、光の剣クラウ・ソラスを見つけました」
笑顔で言うと、父と兄が紅茶を吹いた。
「父上、兄上、お行儀が悪いですよ」
咄嗟に魔法の壁を作り、父と兄が吹いた紅茶の被害は免れた。
「え、え? 何でいきなり? 王家が何百年も掛けて探したのに、今見つかる? 何処にあった?」
「フィエスタ魔法学園のダンジョンの隠し部屋にありました。ね? フェニックス」
ずっと静かにしていた紅に声を掛ける。
『うむ。間違いない。我も共にいたからな』
俺以外にも聞こえるように答え、紅が頷く。
「フィエスタ魔法学園のダンジョンも探したけどなかったと昔の記録にあったけど、何故?」
困った表情で兄が俺を見る。
面倒事を起こしてる自覚があるから、兄のその顔がちょっとグサリと心に刺さる。
「ダンジョンの隠し部屋にあったのですが、クラウ・ソラスが招かないと行くことが出来ないそうです」
これは一晩中、蘇芳の話し相手をしていた時に教えてくれた。蘇芳としては、早く俺が魔法学園に入学して、ダンジョンに来ないかと待っていたらしい。
「行くことが出来ないって、クラウ・ソラスがヴァルを招いたということか?」
「はい。使い手になって欲しいと頼まれて、使い手になりました」
衝撃が強いだろうなと思ったので、あっさり言ってみたが、駄目だった。
「は? 使い手になった?!」
「クラウ・ソラスの使い手は初代国王以来だよ! ヴァル、凄いね!」
父は驚いて腰を抜かし、兄は満面の笑みで俺を褒めてくれた。兄が偉大過ぎる。
「嘘だろ……。俺の息子、賢いし、可愛いし、凄いとは思ってたけど、本当に凄過ぎじゃないか」
額に手を当て、父は天を仰ぐ。その目には光るものがあった。何故だ。
「で、ヴァル。今、光の剣クラウ・ソラスはあるのか?」
「呼びましょうか?」
「呼ぶ??」
「はい。クラウ・ソラス」
クラウ・ソラスの名を呼ぶと、俺の前に光の粒子が集束し、剣の形に象っていく。
俺の目の前に光の剣クラウ・ソラスが現れ、やっぱり浮いたまま早く柄を握れと言わんばかりにずいっとこちらにやって来る。
柄を握り、父と兄に見せる。
「これが、光の剣クラウ・ソラスです」
「本物だ……」
「意思を持つと聞いていたが、喋るのか?」
「はい。喋ります」
それもかなり。空気を読んで、魔法学園の休みの前の日に夜通し彼は喋ってます。
内容は様々だが、俺が生まれてからの感想が多かった。国王夫妻襲撃未遂の時の俺の動きが良かったとか、討伐戦の時に自分を使ってたら楽だったのにとか、他愛のない会話が多く、五百年近く一人? 一振りで寂しかったのだろう、とても嬉しそうに話すので無下に出来ない。
ただ、誰に影響されたのか、口調がとても軽い。
一応、一国の王の前で、軽い口調で喋るのか不安だ。
「クラウ・ソラス?」
『ヴァーミリオン、喋っていいのかい?』
「程々にお願い」
『初めまして。現国王陛下、王太子殿下、宰相閣下。私が光の剣クラウ・ソラスだ。ヴァーミリオンにはいつもお世話になってるよ』
明るい声だが、少し畏まった声音で蘇芳が挨拶する。言葉が少し変だが、ちょっと余所行きの感じで、少し安心した。
俺は慣れたが、いつもの話し方だと、初めて聞く人は胸焼けがひどいので。
「あ、いえ、初めまして。こちらこそ、息子がお世話になってます? ヴァル……」
何かを言おうとして、父がぐっと言葉を飲んで、こちらを見る。
父と兄、ヘリオトロープ公爵の様子が少しおかしい。そこでふと気付く。蘇芳から殺気を感じる。
「父上、大丈夫です。別に取って食べたりはしませんから」
『ヴァーミリオン、君も失礼だね。私が無闇やたらに襲うと思ってる?』
「……少し殺気を抑えてから、その言葉を言って欲しいな」
『え? 殺気出てた?』
「そうだね。お陰で父も兄も公爵も困ってる」
『あ、ごめん。私も人前、それも王族の前に出るのは久々で緊張してた。ちょっと待ってね』
緊張で殺気を出すなよ。ついでに俺も王族ですが。呆れ顔で蘇芳を見ていると、殺気が消えた。
消えたのを感じ、父と兄、ヘリオトロープ公爵が安堵の息を吐く。
『ごめんね、国王陛下、王太子殿下、宰相閣下。私も五百年振りに王様に会うから緊張してたみたい』
「いえ。あの、ヴァーミリオンを使い手にした理由をお聞きしても?」
『フェニックスも言ったと思うけど、ヴァーミリオンの魂は綺麗な色をしているからね。気に入ったし、生まれた時から目が離せなくなった。だから、彼が置かれている状況も本人より把握しているつもり。私の力でヴァーミリオンを守れるならいくらでも力を貸すし、守るよ』
蘇芳の言葉に引っ掛かる部分があるが、それは後で問い質そうと思う。
「そうですか。息子を宜しくお願いします。賢く、しっかりしてはいますが、優しい子なのでいつの間にか部下を増やして来るので、親としては心配で」
部下って……誰のことだ。って、ハイドレンジアやミモザ、シスルのことか。騎士だとレイヴンか。確かにいつの間にか増やしてる……。自覚がなかった。
『それは、まぁ、ヴァーミリオンの良さでもあるけど、親としては心配だよね。出来る限り注意してみるよ』
そんなこんなで、報告とクラウ・ソラスとの対面も終わり、俺と紅、蘇芳は父の私室を後にした。
父の私室を出てすぐ、兄に声を掛けられた。
「ヴァル、色々報告してくれてありがとう。大変だったね」
「いえ、私は別に大変だとは……」
その時その時は大変だと思うが、過ぎてしまえばなんてことはない。喉元過ぎれば熱さを忘れるというやつだ。
「でも、あんまり無理は駄目だ。ヴァルはどうしても、私や父上がすぐに動けないことを考えて、自分で動こうとするところがあるから心配だよ」
俺の頭を撫でながら、兄は心配そうに眉をハの字にして言う。十五歳で成人しているのだが、兄の中では俺はまだ小さな弟のようだ。
「私は王位継承権を放棄しますから。王族ではありますが、父上や兄上が背負う責任より軽い分、私が少しでも動きたいだけです。少しでも、父上や兄上のお手伝いをしたいだけです」
それで少しでも、二人が背負う責任が軽くなればいい。
王位継承権を放棄して、田舎の領地に引っ込んでも、王城の内ではなく、外から見える悪意に牽制を掛ければ、こちらに目が向くと思う。
目が向けば、ウィステリアにも危害が及ぶ可能性もあるので、守りは万全にするつもりだ。
万全にすれば、後はその悪意を叩き潰す。
そのための王位継承権の放棄と、田舎の領地でもある。
悪意がなければ、元々の目的ののんびり領地経営をする。
「それで無理して怪我したら、私も父上も、母上もウィスティちゃんも泣くよ?」
兄の目が潤んでいる。
俺より八歳上の二十三歳の昨年結婚したばかりの王太子の目が、潤んでいる。
本当に泣きそうだから困りものだ。
「怪我は今のところしてませんし、する前に引き上げます。フェニックスやクラウ・ソラス達もいますし、無理はしませんよ」
多分。
『多分と言わないところがリオンだよねー』
『言えば、止められるからな』
『外野は黙ろうね』
蘇芳と紅が誂ってくるが念話なので、俺も念話で返しつつ、兄にバレないように苦笑で留めておく。
「本当に無理はしないこと。いいね?」
「善処します」
そう言って、俺は微笑んだ。
前世で聞いたことがあるな。善処しますイコール頑張ります、努力しますといった意味で、決して了承したという意味ではないって。ツッコまれる前に笑顔で誤魔化すところが俺も悪いヤツだなと思う。
「本当にだよ? ヴァルは私のたった一人の弟なんだから」
頭をポンポンと叩いて、兄が微笑む。
兄の言葉と行動に、グサリと良心に刺さる。
「あ、そうそう。アテナが今度、ヴァルとお茶したいって言ってたから、時間がある時に声掛けてね。忘れたら怒られるから早めに宜しくね」
アテナとは兄の嫁だ。名前はアテナ・カイエンヌ・カーディナル。義理の姉とはあまり会ったことがないが、兄と仲睦まじく、会うと兄と共に頭を撫でくり回され、可愛い可愛いと言われるので、正直、思春期の俺としては逃げたい。が、嫌いではない。前世の姉に似ていて、彼女を思い出すからかもしれない。
「義姉上が? はい、分かりました。近々、時間を作ります」
そう言うと、兄は嬉しそうに笑った。
父と兄、ヘリオトロープ公爵に報告が終わって、更に一週間。
ついにこの日が来た。
ハイドレンジアとシャモアの結婚式だ。
場所はハイドレンジアが国王である俺の父から拝領した元ホルテンシア伯爵領――現エクリュシオ子爵領の屋敷だ。エクリュシオ子爵領は当主のハイドレンジアが俺の側近をしているため、運営は彼とミモザのお母さんのアイリスさんが代理をしている。
結婚式に出席するのは俺、ミモザ、ヘリオトロープ公爵一家、アルパイン、ヴォルテール、シスル、イェーナ、アイリスさん、シャモアの実家のブリスフル子爵一家だ。
ブリスフル子爵家としては、子爵家同士の結婚式にまさかの第二王子とヘリオトロープ公爵一家が出席するので、そこらの貴族同士の結婚式より、緊張していると思う。
そこは申し訳ない。
何せ、有能な側近と侍女なので、第二王子も公爵家も手放したくないので。
ハイドレンジアとシャモアは更にディジェムを招待したかったようだが、流石に他国の公子なので、子爵が招待する訳にはいかないので断念となった。
そんな晴れの日に、ハイドレンジアが待つ控室に俺と紅、ミモザ、アイリスさんがいる。
「珍しく緊張してるね、レン」
にこやかに俺が笑うと、ガチガチに身体を強張らせているハイドレンジアが真っ青な顔をして頷いた。
「そうですね。こんなに緊張するのは我が君が助けて下さった時以来です……」
「あの時以来って、あの時は緊張する程でもないだろうに」
「何を仰いますか。三歳の我が君は大人顔負けの威圧感で、生きた心地がしなかったのですよ」
十二年後になって、側近の本音を聞いた。
そんなに怖かったんだ。ごめん。
「そんな俺と比べたら、シャモアは優しいのだから、緊張しなくても」
「我が君。ご存知ですか? というより、先に結婚式を挙げる側近からの助言です。妻の家族の男は、夫に対して滅茶苦茶、威圧感が半端ありません。特に父親は難関です。義理の父親の屍を越えないと愛しの妻に会えない、触れられないと思って下さい」
俺の言葉を遮って、血走った目で側近が力説した。
そうなると俺の場合は、ヘリオトロープ公爵なのだが、どちらかというと難関なのはヴァイナスの方かもしれない。公爵の方は「早く義理の息子になりません?」と聞いてくるので。
「分かった。肝に銘じておく。レンも頑張って屍を越えるんだ」
俺が応援すると、ハイドレンジアが力のない笑みを浮かべる。
「ハイドお兄様、力込め過ぎですよ。ヴァル様ならサクッと攻略されますよ。新婦のご家族くらい」
「……確かに。我が君ならサクッと攻略しそうだ」
「いつも思うが二人の俺の評価、高くないか?」
「我が君はご自身に対する評価が低過ぎなのです。私達の評価は標準です」
「そうですよ! 私やハイドお兄様、お母様を含めて沢山の人達の命を救っていらっしゃるのに、ヴァル様はご自身に対する評価が低いです!」
ハイドレンジアとミモザの兄妹が鼻息荒く、俺に訴える。
『確かに、ヴァルは自身を過小に評価し過ぎているところはある』
俺の右肩に乗って静かに聞いていた紅まで参戦してきた。
「君まで言うか、フェニックス……」
溜め息を吐きつつ、俺は額に手を当てる。
「こらこら、ハイドもミモザも殿下を困らせないの。ヴァーミリオン殿下、申し訳ございません。二人共、本当に殿下を尊敬しているようで、殿下のことになると過激発言ばかりしてまして……。帰ってくる度に殿下のお話をして下さるのですが、主人愛が本当に重過ぎまして」
ハイドレンジアとミモザのお母さんのアイリスさんが申し訳なさそうに俺に頭を下げる。
実家でも俺の話ばかりなんだ……。
確かに、重過ぎる。
俺が助けた二人なので、責任持ってその重過ぎる主人愛を頑張って受け止めるつもりですけど。
「あー……それは重々承知してます。二人に助けられている部分もありますし、重過ぎるのも、私も似たようなものなので……」
頬を掻きながら、俺は苦笑する。
俺の場合、主にウィステリアに対する愛が重過ぎると思う。
何かのきっかけで、病んでしまったら何をしでかすか自分でも分からないので、自制しているつもりだ。
主従揃って、愛が重過ぎる。
「それはともかく。聞きたかったのだけど、折角の家族の控室に俺も居ていいのか……?」
「何を仰ってますか。我が君が私達にずっと仰って下さってることですよ。私やミモザを家族のように思っていると。私もミモザも我が君のことを恐れ多いことではありますが、家族のように思っています。なので、我が君もフェニックス殿も家族の控室にいらっしゃっていいのです。居て下さい」
左胸に右手を当て、ハイドレンジアがきらきらと空色の目を輝かせながら俺に告げる。
十二年前、初めて会った時に見た昏いどんよりとした目ではなく、綺麗な空色の目が、窓の外から洩れる太陽の光で反射して、輝く。今も変わらず、明るく綺麗だった。俺が見たいと思っていた輝きだった。また、見られて良かった。これからも見たいと思った。
あの時、必死で、初めて、助けることが出来た二人の命だ。
三歳の俺ではどうにもならなかったことを紅の協力のおかげで二人を助けられた。
それからは精神年齢が高過ぎて、身体と精神がちぐはぐな俺を恐れることもなく慕ってくれて、仕えてくれて、側に居てくれて、家族のように感じていた。
彼等も、同じように家族のように思ってくれた。
それが、とても嬉しかった。
「我が君……?! えっ、泣かないで下さいっ!」
「えっ、わっ、ごめん。家族と思ってくれて嬉しくて、泣くつもりはなかったんだけど、あれ……止まらない」
ハイドレンジアの言葉で、俺が涙を流していたことに気付いた。
「わぁー! ヴァル様、ハンカチっ。こちらを使って下さい! 袖で拭くようなやんちゃな拭き方は駄目ですよ!」
ミモザがぽろぽろ泣く俺に慌てた様子で、ハンカチを渡してくれた。
「ありがとう、ミモザ。全然止まらない……」
堰を切ったように止まらない涙に驚きつつ、ハンカチを目に押し当てる。
「泣いているヴァル様を初めて見ましたけど、涙もお綺麗ですね。あと、泣き方も」
「……恥ずかしいのだけど、赤ちゃんの時を除いて、初めて泣いた、と思う」
思えば、思い当たらない。泣きそうになったことは多々あるが、涙は出なかった。
それがまさかの本当に側近の結婚式が始まる前に泣くとは。涙腺はやっぱり歳を取ると緩むんだな。
『身体は十五歳だぞ、リオン……』
呆れた声で、紅が念話で俺だけにツッコミを入れる。
「「えっ」」
ハイドレンジアとミモザが固まる。
「我慢し過ぎですよ! ヴァル様はいつも頑張り過ぎて、ご自分がお辛いと思っても我慢するから、泣くタイミングがなくなってしまうんです。我慢する前に泣いて下さい!」
「辛いと思う前に解決しようと考えるから、我慢も何も……」
やっと止まった涙をハンカチで拭き、俺が言おうとすると、ミモザに抱き着かれた。
「それが、駄目、なんですっ! 王家の皆さんを怒りたいですね! 私とハイドお兄様の大切な主君で、家族のヴァル様に対する愛情の注ぎ方が下手過ぎます。ヴァル様は特に三歳の時から精神年齢が高かったのにそれに気付かず、賢いのを良いことにちゃんと精神年齢相応の愛情を注がなかったのですから!」
「それなら、甘えに行かなかった俺も悪いと思うけど……」
「十二年、見てきましたけど、ヴァル様は甘え方をご存知ないでしょう?!」
……返す言葉もない。
確かに、甘え方が分からない。父の母に対する甘え方は絶対に違うと思うが、子供の甘え方を知らない。前世でも、子供の時から、殆どがベッドの上だったので、両親にあまり甘えたことがない。特に、後々、呪いだと分かったが、当時は原因不明の病だと医者から言われたので、申し訳なくて甘えられなかった。唯一何とかなっていたのは姉と妹が居てくれたからだと思う。
現世では兄が居てくれた。
あの、俺の頭を撫でたりしてくれたのは、俺を甘えさせようとしてくれたのかもしれない。恥ずかしいが強くて、分からなかったが。
「ヴァル様、ご家族が大事なのは分かります。私も、お兄様とお母様、ヴァル様が大事です。でも、大事にし過ぎて硝子に触れるような触り方はよくないです。赤ちゃんは別ですが、家族は意外と強く触っても壊れませんよ? 遠慮なく、甘えてもいいと思いますよ?」
ミモザに抱き着かれたままの俺は、彼女の言葉を聞き、何かがストンと落ちたように感じた。
そうなのかもしれない。家族を大事にし過ぎて、恐る恐る触ろうとしていたのかもしれない。
「我が君は子供の時から大人でしたからね……。今からでも、私とミモザで甘やかすか……?」
「私はもう、今ヴァル様を甘やかしてますよ、ハイドお兄様」
「成程。確かに」
一つ頷いて、ハイドレンジアまで俺をミモザごと抱き締めた。
俺より少し背の高いハイドレンジアの空色の目が近い。俺より背が低いミモザの温もりが近い。
十二年、ここまで近くで二人を見たり、温もりを感じたことがなく、変な気持ちで、そわそわする。でも、温かい気持ちになる。
「我が君。兄君のセヴィリアン王太子殿下は今までも頑張って甘やかそうとされていましたが、ご結婚されて、なかなか我が君の元へ来て甘やかすのが難しいと思いますので、僭越ながら私達がこれからは甘やかします」
兄がするように頭をポンポンと撫でながら、俺をミモザごと抱き締めたままハイドレンジアが言う。
「いや、そこは君も結婚したのだから、シャモアを甘やかしてあげて、レン……。今日が君の結婚式なのに、俺に言うべき言葉じゃないよ……」
顔が赤くなっているのを感じつつ、俺は小さく息を吐く。
嬉しいけど、何か違う。シャモアに申し訳なくなってしまった。
抱き締めてくれる二人から離れようとすると、するりと手を離してくれた。
「でも、ありがとう。レン、ミモザ」
心から笑みを浮かべて、ハイドレンジアとミモザにお礼を言うと、二人も笑ってくれたが、俺の笑みに耐え切れず、崩れた。
「たがを外したヴァル様の笑顔の破壊力が限界突破しちゃった。私、もしかして、開いてはいけない女神様のご自宅の出入り口を開けちゃった……?」
両頬に両手を当て、顔を真っ赤にして、ミモザが焦っている。
そんなに俺の笑顔がマズかったのか。
「いや、それなら、私も素直に家族と言ってしまったし、甘やかす発言をしたから、女神様のご自宅に侵入したのも同然……」
ハイドレンジアも顔を赤くしながら、額に手を当てている。
流石、俺専属の側近と侍女歴、十二年。俺の笑顔の耐性があるおかげで二人の立ち直りが早い。
ただ、何故そこで女神様が出てくるのかが謎だ。
「とにかく、私とハイドお兄様で、ヴァル様をどんどん甘やかしましょう! お母様もご協力お願いします!」
「いや、そこで、アイリス夫人を巻き込まない!」
「いえ、わたくしは特に問題ありません、ヴァーミリオン殿下。今の遣り取りも含めて、今までもヴァーミリオン殿下のお話を子供達から聞いてきましたが、確かに甘やかした方がいいかと思いますし、何より子供達が殿下を家族と言っているのです。それなら、わたくしにとっても殿下は家族です。なので、わたくしも僭越ながら、甘やかします」
凄く貴族風なのに、中身はミモザだった。
お母さんそっくりなんだな、というか、この母にしてこの子ありなのかもしれない。
「……何か、家族が増えた……」
おかしいな。結婚式を挙げるのはハイドレンジアなのに、何故か俺にも家族が増えた。
でも、何故か嬉しく思っている自分がいるので、良かったのかもしれない。良くない気もするが。
そして、ハイドレンジアとシャモアの結婚式が始まった。
始まる前に泣いた俺は流石に赤くなった目で出席する訳にはいかないので、回復魔法で治し、ミモザに問題ないか確認してもらってから出席した。
結婚式は何事もなく進み、最後、参列者の前にハイドレンジアとシャモアの二人が現れるのを屋敷の中庭で待機している。
二人を待っている間、中庭の隅で気配を消して俺は召喚獣の紅、萌黄、青藍を喚ぶ。
『どうした、リオン』
念話で紅が聞いてくる。
『レンとシャモアにちょっとお祝いをしたいんだ』
俺も誰にも聞こえないように念話で答える。
『ほう。お祝いか。どんなだ?』
『青藍に事前に空色の薔薇と緑色の薔薇の花びらを用意しておいて貰ったんだけど、それを萌黄の風で二人の周りに舞わせたいんだ』
『ヴァーミリオン様、薔薇の準備は万全です』
『風はお任せ下さい、マスター』
『我は何をすればいい?』
『紅は空から熱くない火の花をたくさん出せる?』
『問題ない。それを一緒に降らせるというわけだな、リオン』
紅がニヤリと笑うと、俺はその言葉に頷く。
『任せろ。我もハイドレンジアとシャモアは気に入っているからな。一肌脱ごう』
『ありがとう。じゃあ、皆。宜しくね』
俺と紅達の話がちょうど終わったその時、ハイドレンジアとシャモアが出て来た。
お祝いの歓声と拍手と共に二人が歩いてくる。
その時だった。
穏やかで爽やかな風が吹き、空色の薔薇と緑色の薔薇、それぞれの花びらがひらひら舞い上がる。
空からは熱くない紅い火の花びらがはらりはらりと降ってくる。
晴れやかな空に赤と緑と青が鮮やかに舞う。
参列者から驚きと大きな歓声が聞こえる。
ウィステリアやヘリオトロープ公爵一家、アルパイン達も驚いて、俺を見て笑顔になる。
ハイドレンジアとシャモアも驚いてはいるが、笑顔が咲いている。
喜んでくれているようだ。
空色の薔薇はハイドレンジアの瞳の色で、緑色の薔薇はシャモアの瞳の色だ。紅い火の花は第二王子とフェニックスからのお祝いのつもりだ。
ハイドレンジアとシャモアは参列者一人ひとりにお礼を順番に述べている。
参列者の後方にいる俺に、こちらにやって来た婚約者のウィステリアが手を握ってくれた。
「先程の、リオン様ですよね?」
「そうだね。俺のサプライズ、二人は喜んでくれたかな? リア」
「もちろんですよ。とても綺麗で、素敵でした。ハイドレンジア様もシャモアも素敵な笑顔でしたもの」
きらきらとした笑顔で、ウィステリアは答えてくれる。
やっぱり、女性は結婚式に憧れがあるよね。
「……俺とリアの結婚式の時はもっと素敵なことを一緒にしようね」
「はい、リオン様」
嬉しそうにウィステリアが笑ってくれて、つられて俺も微笑む。
「我が君」
「ウィスティお嬢様」
順番になったのか、ハイドレンジアとシャモアが俺達のところにやって来た。
「改めて、結婚おめでとう。レン、シャモア」
「おめでとうございます。ハイドレンジア様、シャモア」
「ありがとうございます。先程のは我が君ですよね?」
「俺と、俺の召喚獣達からのささやかだけど結婚のお祝いだよ。気に入ってくれたら嬉しい」
「ありがとうございます。とても、素敵でした! あの薔薇は私とハイド様の目の色ですよね? 紅い火の花びらもヴァル様とフェニックス様からのお祝いだと、すぐ分かりました」
「試作品で花束に出来なくて、数が少なかったから、あの方法しか浮かばなくて。数が増えたら、改めてプレゼントするよ、シャモア」
「ありがとうございます、ヴァル様」
嬉しそうに微笑んで、シャモアはお辞儀をする。
「本当におめでとう。二人共」
もう一度、お祝いの言葉を告げて微笑むと、ハイドレンジアもシャモアも幸せそうに微笑んだ。
初夏の、暑い夏が始まる前の穏やかで爽やかな、とても綺麗な微笑みだった。
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