第38話 模擬戦

 模擬戦の俺達の初戦は伯爵子息の男子生徒二人とコリンス伯爵令嬢との対決となった。

 俺とディジェムはそれぞれ、腰に訓練用の剣を佩いている。ウィステリアは訓練用の細剣だ。

 俺が使い手になった光の剣クラウ・ソラスは流石に装備するのはいけないし、訓練用の剣に擬態するとは言ったが、威力は訓練用の剣より強いので、大人しく王城の俺の部屋で待ってもらった。

 どうせ、俺の様子を見ているだろうし。

 アリーナの中央で、俺達チームと、伯爵子息の男子生徒二人とコリンス伯爵令嬢が向き合う。

 コリンス伯爵令嬢はウィステリアを敵意剥き出しで見ている。反対に、ウィステリアは特に怯えることもなく、冷静に周囲の様子を窺っている。


「二戦目、始め!」


 クレーブス先生の開始の合図の声が、拡声魔法で響いた。

 合図と同時に、ディジェムが男子生徒二人の方へ訓練用の剣を鞘から抜きながら駆ける。

 男子生徒二人も訓練用の剣を鞘から抜き、迎撃の態勢を取る。意外と動けている相手チームを見て、俺もディジェムも口元に笑みを同時に浮かべる。

 男子生徒二人の後ろで、コリンス伯爵令嬢が声を張り上げた。


「火球よ、敵を焼き尽くせ!」


 コリンス伯爵令嬢が放った火の球が、ウィステリアに向かって飛んでくる。

 詠唱だ。

 俺はずっと無詠唱なので、詠唱魔法にちょっと驚いた。

 魔法の師匠のセレスティアル伯爵もその息子のヴォルテールも……というか、俺の周りの人達は無詠唱なので、詠唱された魔法は新鮮だ。

 詠唱魔法はどうしても何の魔法が放たれるのか分かってしまうので対処しやすい。更には声が出ないと使えない。

 無詠唱は何の魔法が放たれるのか分からないし、声が出なくても使えるので、かなり有利だ。

 ただ、無詠唱は想像力が必要なので、想像力が乏しいと威力が落ちやすい。

 詠唱魔法の方は言葉で、威力を上げられるのでその点は有利だ。

 ちなみに、転生者の俺やウィステリア、ディジェムの共通の見解として、詠唱するのが恥ずかしいので、絶対に無詠唱というのがあったりする。中二病的なことを言うのが恥ずかしいお年頃になったというヤツだ。

 そんな詠唱魔法で放たれた火の球はウィステリア目掛けて飛んでくるのを、俺が無詠唱で出した水の玉で相殺する。

 ディジェムが訓練用の剣で、男子生徒二人を勢い良く薙ぎ倒した。

 ウィステリアが大きめの氷の塊を上空からコリンス伯爵令嬢にぶつけた。

 俺達の動きはほぼ同時で、あっという間に男子生徒二人とコリンス伯爵令嬢はクレーブス先生の隣にある脱落者席へ転移させられた。

 あっという間だったため、辺りがしんと静まり返る。

 一呼吸遅れて、クレーブス先生が俺達の勝ちを告げる。

 クレーブス先生の声で、ハッとした他の生徒達が俺達に拍手と歓声を上げる。


「……注目を浴びたよな、これ」


「私、力加減、間違えましたか……?」


「あちらの力量から見ても、なるべくしてなったと思うよ。俺達の連携良かったし」


 アリーナの中央から離れ、端にある控室のようなところに向かいながら、ディジェムの呟きにウィステリアが同調し、俺がフォローする。やっぱり良い連携だと思う。


「瞬殺だからさ、何というか、やってしまった感が否めない」


「うーん、俺の目から見ると、あの三人の力量ならあれが妥当だと思う。あれ以上に時間掛けると、逆に俺達の方が周りの反感を買うと思う」


「……弱い者いじめみたいな?」


「そう。更に言うと、時間掛け過ぎるとあの三人の精神をへし折っちゃうよ。そうなると本当に、悪役王子に悪役公子、悪役令嬢になるよ」


 特に今回の場合は本当にあっという間の方が、彼等の心の傷は小さいと思う。これからの模擬戦で、今回のことがトラウマになって動けないとなってしまうと申し訳ない。


「それはマズイな。魔王から悪役公子にジョブチェンジは困る。あ、でも、魔王なら時間掛けて精神をへし折るのは、それはそれでアリ……?」


「君の推しがそれでも良いと言うなら、俺は止めないけど」


 ディジェムが迷走し始めた。瞬殺がよっぽど衝撃だったのか。


「いや、止めてくれて助かる。推しに嫌われるのは嫌だ。まだ恋仲にもなってないのに……!」


 切実にディジェムが呟く。声音は心地良い低音の声なのに、絶望が混じっている。


「推しと今後、恋仲になるためにも、次の戦いに気持ちを切り替えようか、ディル」


 ディジェムの肩を叩き、俺は爽やかに微笑んだが、何故か彼は怯えて焦った様子で何度も縦に首を振った。理不尽だ。






 そんなこんなで、俺達の次のアルパイン、ヴォルテール、イェーナのチームが戦い、俺達のように瞬殺ではなかったが、その次くらいの速さで勝利していた。

 このまま行くと、決勝は俺達のチームとアルパイン達のチームだろうなと思う。大穴かもしれないとほんの少しだけ思っていた、ヒロインのチームはあっさり負けていたので。

 魅了魔法が俺達以外の生徒には今、効く状態なのだから、使うなら有効に使えばいいのにと思ってしまう。

 まぁ、世界的にも禁じられている魔法なので、本当は使ってはいけないのだが。

 それでも、使いどころを間違えているというか、思い当たらないのだろうなと思う。

 どうでもいいことなので、俺達の次の戦いに目を向ける。

 相手は侯爵子息と伯爵子息二人の男三人のチームだ。


「ヴァル、次はどうする?」


「同じで良いんじゃないかな。ウィスティを俺とディルが守りながら、相手と戦っている風に装うという形で。さっきはコリンス伯爵令嬢がウィスティを狙うというのが分かったから対策を取ったけど、今回は全員男だし」


「あの、そうしたいところなのですが、私よりもヴァル様をディル様と私でお守りした方がいいかと……」


「どうして?」


 ウィステリアの提案に俺は目をぱちくりしていると、ディジェムが思い出したように頭を掻いた。


「あー……ヴァル、前に話したろ? ヴァルにもいやらしい目を向けるヤツがいるって」


「……確かに聞いたな」


 それを聞いたのは確か、討伐戦前だ。


「それ、あいつら」


「……オッケー。俺があいつらを恐怖のどん底に落として瞬殺してくる」


 こめかみに恐らく青筋を立てながら、指をポキポキと鳴らす。

 ああいう類は時間を掛けるより、とっとと終わらせた方が良い。時間を掛けると、よりおかしくなる。迅速、かつ恐怖を味わってもらって夢から覚ましてあげるのがいいだろう。

 さて、どうするか。


「あ、ヤバイ。ウィスティ嬢、ヴァルを止めてもらえない?! 他の生徒達のトラウマになるっ」


 考えている俺を見て、ディジェムが慌てた様子でウィステリアに懇願している。


「そ、そうですね! ヴァル様っ」


 ウィステリアが俺の前に立ち、上目遣いで見上げてくる。可愛いなぁ。


「何? ウィスティ」


「この戦いは、私とディル様に任せて下さい。ヴァル様がわざわざ、心に傷を負わなくていいことです。私やディル様を頼って下さい」


「いやいや。別に心に傷は負ってないよ。むしろ、あちらに負わせるというか……。一応、下から炎の絨毯、上から隕石を同時にプレゼントしようと考えていたところだよ?」


「物騒! 本当にやりかねないから、ヴァル、マジで落ち着け。俺とウィスティ嬢で終わらせるから、ヴァルは次のアルパイン達との戦いの作戦を考えててくれ、な?」


 懇願にも似た焦った声で、ディジェムが言う。


「物騒って、人聞きが悪いな。ちょっと、懲らしめるだけじゃないか。許すまじ、セクハラ野郎共」


 その場にそぐわない爽やかな微笑みを浮かべ、俺は告げる。


「さっきの話が本当になるから、マジでやめてくれ。ヴァルが悪役王子にジョブチェンジしたら、魔王の俺よりも怖いし、敵に回したくないから」


「転生王子が悪役王子にジョブチェンジするだけじゃないか。どちらかというと魔王もこっち側だよ。俺の敵にはならないよ。それにああいう手合いは一度酷い目に合うか、同じ目に合わないと気付かないし、治らない。まぁ、死んでも治らないことが多いけど」


「ヴァル様もディル様も一度、落ち着いて下さい。それに、一つ言いますけど、悪役令嬢の私の方が悪役歴は長いので、ヒーロー側のお二人は黙ってて下さいません?」


 にこりと普段しない悪役令嬢風な笑みをウィステリアは浮かべる。

 美少女な顔のウィステリアなので、凄みがあってちょっと怖かった。


「「ごめんなさい」」


 大人しく俺とディジェムはウィステリアに謝った。ウィステリアも安心したようで頷いてくれた。

 ウィステリアのおかげで冷静を取り戻し、俺は二人にもう一度作戦を伝える。


「……気を取り直して、セクハラ野郎共の性癖は置いておいて。さっき決めた作戦通り、ウィスティを俺とディルが守りながら、相手と戦っている風に装うという形でいいと思う。なので、今回はさっきと違って、瞬殺せずに相手の出方を見て倒すのがいいかな」


 言わないでいるが、戦闘中にセクハラ野郎共がもし、俺にちょっかいを掛けてきたら返り討ちにするだけだ。


「そうだな。結局この作戦が一番安定なんだよな」


「じゃあ、これで行こうか。ウィスティもいける?」


「はい。ヴァル様、私は怯える振りをした方がいいですか?」


「そこまで露骨にしなくてもいいけど、魔法に気付いて、二呼吸くらい遅く反応する感じかな。その間に俺かディルがウィスティを守れば、作戦通りに俺達がウィスティを守ってる形に見えると思うよ」


「……本当によく見てるよな。感心するわ」


 ディジェムが呆れ混じりに呟く。


「よく見ておかないと、足を掬われる伏魔殿に住んでるんで。俺が住むところは平和だけど国王達がいる中央棟はね。ディルのところもでしょ?」


「そうだけど、ヴァルのところ程ではないな」


「王位継承争いしないための作戦だからね。三歳の頃からやってると癖が取れない。早くのんびり田舎の領地で平和に暮らしたいところだよ」


「その田舎の領地が、エルフェンバインの近くだったら、たくさん遊びに行けるから、エルフェンバイン近くの領地で宜しく。ついでに交易しようぜ」


「良いね。色々、交易品は考えてるから、領地の場所を国王に掛け合ってみる」


 そんな話をしていると、俺達の番になったようで、クレーブス先生が拡声魔法で呼ぶ。


「将来の話はまた今度にして、真面目に模擬戦しようか、ウィスティ、ディル」







 アリーナの中央に立ち、侯爵子息と伯爵子息二人のチームと、俺達は向き合う。

 相手三人は不躾に俺にいかがわしい視線を向けて来る。

 その視線を無視していると、俺の両隣のウィステリアとディジェムがハラハラした様子でこちらを見ている。二人共、俺がキレると思っているようだ。

 露骨な反応をすると相手が喜ぶだけなので、反応しないに限る。腹は確かに立つが。なので、俺は何処吹く風の顔を敢えてする。


「始め!」


 クレーブス先生の開始の合図の声が、拡声魔法で響いた。

 合図と同時に、俺とディジェムが訓練用の剣を鞘から抜く。

 今回は相手の出方を見て動く作戦なので、ウィステリアを守るように前に立ち、俺とディジェムは剣を抜いたまま様子を窺う。

 相手は侯爵子息が後方、伯爵子息二人が前方で構えている。


「風の刃よ、敵を切り裂け!」


 侯爵子息がウィステリアに向かって、詠唱魔法で風の刃を放つ。個人的な意見だが、詠唱魔法を聞く度にむず痒くなる。

 隣のディジェムに目で合図して、俺はウィステリアの方に向かう。


「きゃっ」


 今気付いたといった顔で、ウィステリアが小さく悲鳴を上げる。


「ウィスティ!」


 慌てた体で俺はウィステリアの前に立ち、対魔法の結界を張る。その数秒後に風の刃が結界に当たり、霧散する。


「ウィスティ、大丈夫?」


「は、はい、ありがとうございます。ヴァル様」


 焦った様子のまま小さく微笑み、ウィステリアは頷く。

 これ、演技だよね? 作戦通りとはいえ、上手いな。


「実は、前世で中学生の時、演劇部でした」


 こっそりと小声で、ウィステリアが小さく舌を出しながら言った。


「成程、どうりで上手いと思った」


「でも、普段はしてませんよ。むしろ、ヴァル様の方が演技がお上手ですからね?」


 前世で演劇してませんよね? とウィステリアは聞いてくる。


「まぁ、俺の前世はベッドとお友達だったから、演劇はしてないな」


 してるとしたら、家族に身体が辛くても辛くない顔をしていたくらいか。


「じゃあ、この調子で演技宜しく。ウィスティ」


 小さく微笑み、俺は伯爵子息二人を剣で相手しているディジェムの元に向かう。


「ディル、交代」


「オッケー、ヴァル」


 伯爵子息二人を剣で押し退け、ディジェムは後方へ飛ぶ。

 後方へ飛んだディジェムを伯爵子息二人が攻撃しようとしたところを俺がすかさず間に入って、剣で止める。交代したディジェムはウィステリアの方に向かってくる火の球を水の球で相殺する。

 ウィステリアとディジェムの様子を横目で確認し、俺は伯爵子息二人を見る。

 茶色の髪と金髪の二人はいやらしい目を俺に向けていて、鳥肌が立つのを感じる。俺は嫌な予感がしたので、防音の結界をアリーナの中央に張る。


「ヴァーミリオン王子、一つお聞きしたいのですが宜しいでしょうか?」


 防音の結界が張られたことに気付かず、伯爵子息二人の内、茶色の髪をした方が俺に声を掛けてきた。


「何だ?」


「実は王子ではなく、王女、ということはありませんよね?」


「……は?」


 思わず、素で返してしまった。

 質問が聞こえていたらしい、ウィステリアとディジェムがこちらを見て固まっている。


「だって、そうでしょう? ヴァーミリオン王子のお顔は王妃陛下そっくりの女性のように見えますし、筋肉もあまりないように見受けられます。王家の内情は存じませんが、国王陛下は二人のお子様、特にヴァーミリオン王子をとても溺愛なさっています。他国に嫁がせないために王子として育てているのでは、というのが侯爵様や我が父周辺の貴族の見解ですよ」


 茶髪の伯爵子息の言葉に同意するように、金髪の伯爵子息も頷く。


「王家の方々の肌は晒してはならないといいますし、ヴァーミリオン王子の肌を王城の使用人達は実際に見た者はほとんどいません。その細いお身体なら女性と言われても納得です。だから、早々にヘリオトロープ公爵令嬢と婚約されたのでしょう? そんなことなさらなくても、フォギー侯爵子息――アッシュ様と婚約なされば他国に嫁がなくてもいいのに」


 金髪の伯爵子息もそう言ってきた。

 憶測だけで、変な話が出来上がっている。

 俺が王女ねぇ……。ないわ。

 女顔と痩せ型のせいで、俺が王女という話になっているとは。

 色々、ツッコミだらけのその話を信じる貴族がいるのか。

 斜め上過ぎて、こちらもそんな噂に気付かなかったわ。

 伯爵子息二人の後ろに立つ侯爵子息――アッシュ・カント・フォギーはフォギー侯爵の息子か。

 フォギー侯爵はヘリオトロープ公爵と敵対している貴族の一人だ。


「ヴァーミリオン王子、気に病まなくてもいいのですよ。私が王子のお悩みを解決致します。貴方をお救いしますから」


 枯茶色の髪、樺色の目のフォギー侯爵子息が俺を恍惚とした表情を浮かべ、右手を胸に当て、左手をこちらへ差し延べる。

 ……気持ち悪い。

 やっぱり有無を言わさず、下から炎の絨毯、上から隕石を同時にプレゼントして、潰せば良かった。


「ヴァーミリオン殿下に対して不敬です! 言葉を慎みなさいっ」


 ウィステリアが怒りを顕にして、フォギー侯爵子息と伯爵子息二人に叫んだ。

 横で、ディジェムも怒りの表情を浮かべているが、俺を怒らせてどうなっても知らないぞと言いたげな顔も覗かせている。


「――私が王女か。斜め上過ぎて面白い話だな。年頃の女性が好きそうな小説だ。小説なら私が実は王女だったという虚構でも咎めないが、実話にされるのは非常に不愉快だ。勝手な憶測で私を怒らせたこと後悔するといい」


 俺は冷たい笑みを浮かべ、フォギー侯爵子息と伯爵子息二人にイメージで言うところの炎の絨毯に見える魔法を放つ。本気で放つと地獄の火の海といったところだが、模擬戦なのでかなり手加減した結果、炎の絨毯になった。

 三人が逃げようとした瞬間を見計らって、氷の大剣を十二本作り、放つ。

 直撃した三人はクレーブス先生の隣にある脱落者席へ転移させられた。

 クレーブス先生が俺達の勝ちを告げると、他の生徒達が歓声を上げる。

 小さく息を吐き、俺はアリーナから足早に離れようとすると、ウィステリアとディジェムも付いて来てくれる。


「……俺が王女とか、笑えるな。斜め上過ぎて」


 アリーナから離れた後、俺はウィステリアとディジェムに苦笑しながら呟く。


「ん? ヴァル、怒ってないのか?」


「怒ってると言えば怒ってるけど、怒ってるのはフォギー侯爵子息達にだよ」


 こちらに真偽を確認せずに、その謎の憶測を信じて、俺を救うとか、何だそれ。

 その独り善がりな態度に腹が立っているだけだ。


「色々ツッコミどころ満載で、それ、信じるんだというのが俺の感想。早々にウィスティと婚約したのは父が他国に嫁がせないためというのが何というか……。それなら、普通にウィスティのお兄さんのヴァイナスと婚約させるだろう。俺が王女なら」


「確かに……ぶふっ」


 俺とヴァイナスが婚約している姿を想像したのか、ディジェムがお腹を抱えて笑う。


「さっきの話を聞いた時は衝撃過ぎて固まったよ。ヴァルに対してあの言い方は正直、友人として腹が立ったし、キレるんじゃないかと冷や冷やしたが、冷静に考えると、確かに年頃の女性が好きそうな小説だよな。誰か書いてくれないかな。読んでみたい」


「うちの侍女のミモザが好きそうだな。というか、筋肉もあまりないと言われてもちゃんと筋肉あるし、かといってそういう趣味はないから見せる訳にはいかない。うちの王城の使用人達が見た者がほとんどいないのは、お手付き狙いのメイド対策だからだし。側近のハイドレンジアは見たことあるし、男かどうかは生まれた時に家族も、ヘリオトロープ公爵やシュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵も母や乳母が俺のおむつを替えてるのを見たことあるらしいし、そういう人達に気になるなら聞けばいいのに」


「本当ですよっ。ヴァル様は筋肉がないのではなく、細マッチョなだけなのにっ」


 むっとした顔でウィステリアが声を上げた。


「……もしもし? ウィステリアさん?」


 むっとした顔も可愛いが、俺としてはその細マッチョ発言が気になる。何処で知ったんだ?


「ウィスティ嬢? その細マッチョ発言は何処情報?」


 ニヤニヤと笑いながら、ディジェムはウィステリアに聞く。


「この前、その、お姫様抱っこして下さった時に、引き締まった筋肉と胸板が……」


 だんだん、恥ずかしくなったようで、顔を赤くしたままウィステリアは萎んでいった。


「それに、ヴァル様は女性ではありませんっ。男性なのに、何なのですか、あの人達は!」


 萎んでいったと思ったら、今度は口を膨らませてウィステリアは声を上げる。口を膨らませてるの可愛いなぁと内心ほっこりする。


「本当にねぇー……。俺はその斜め上過ぎるのが気になるよ。しかも、あの侯爵子息の父親周りの貴族はそういう見解なんだってさ。フォギー侯爵はヘリオトロープ公爵と敵対している貴族の一人だし、あの辺の貴族は今後、要注意だな。陛下にも公爵にも伝えておこう」


 盛大に溜め息を吐く。模擬戦が終わったら、紅のふわふわな羽を撫でたい。正直疲れた。


「模擬戦、楽しかったのに、面倒臭いことが起きたし、セクハラ野郎共は本当にセクハラ妄想野郎共だったし」


「そうだな。ヴァルを助けられるところは今後も助けるよ。でもさ、今からメインイベントがあるじゃないか。アルパイン達との決勝戦。正直、俺はこれを楽しみにしてたし」


 ディジェムが慰めるように俺の肩をポンと叩く。


「ありがとう。まぁ、そうだね。楽しみだったし、気合入れ直そう。ウィスティも気持ち切り替えよう。大丈夫?」


「大丈夫です! いつも見ているだけでしたので、アルパイン様とヴォルテール様、イェーナ様と戦うのは初めてですから楽しみです!」


 両手をぐっと拳を作り、ウィステリアは目を輝かせる。


「そうだね。とりあえず、見せられる範囲での本気出そうかなぁ」


「ヴァルも出してなかったのか。俺も出してなかったから、見せられる範囲の本気出そうか」


「剣と魔法、どっち?」


「そりゃあ、もちろん、両方。ヴァルもだろ?」


 ニヤリとディジェムは笑った。ちょっと魔王っぽかった。






 そんな訳で、決勝戦。

 第二王子と第三公子、公爵令嬢の爵位高いチームと、第二王子の剣と魔法の護衛と公爵令嬢の友人チームの戦いとなった。

 予想通りのチームが相手で、安堵している。

 これ以上、イレギュラーなことは起こらないで欲しいのが本音だ。


「ディル、君は誰を狙う?」


「とりあえず、アルパインかな?」


「分かった。ウィスティはイェーナ嬢?」


「はい。イェーナ様、槍を使われるので、わくわくしてます」


「イェーナ嬢は槍使いか。分かった。俺はヴォルテールか。ということは魔法対決かな?」


 決勝戦の準備のため、アリーナの整備があり、待機しながら俺達は作戦会議をする。

 アリーナの整備が入ったのは、俺がちょっとだけ力を入れ過ぎてしまった炎の絨毯の魔法のせいで、地面が抉れてしまった結果だったりする。本気ではないとはいえ申し訳ない。


「なかなか良い分かれ方だよな。誰かが相手を倒してもすぐフォローに入れるし」


「そうだね。俺達の連携、凄く良いからね」


「初めてにしては連携がやりやすかったのは、やっぱり転生者同士だからか?」


「どうかな? それは何ともだけど、またこの三人で一緒に戦ってみたいね。今度はダンジョンで」


「良いですね。その時は是非ともお願い致します」


 ペコリとウィステリアは深々とお辞儀をした。


「「こちらこそ、宜しく」」


 俺とディジェムは微笑んで、ウィステリアに頷いた。

 アリーナの整備が終わり、クレーブス先生が拡声魔法で呼ぶ。

 アリーナの中央に俺達が向かうと、アルパイン達もやって来る。

 三人共、楽しみで仕方ないと言いたげな笑顔で俺達を見ている。

 クレーブス先生と脱落者の席に飛ばされた、俺達以外の生徒達もこちらを興奮した目で見ている。

 ちなみに、ヒロイン達は更に上の観客席で魅了魔法に掛かった男子生徒を侍らせながら、こちらを見ている。


「ヴァル様、ディル様、胸をお借りします! ウィステリア様も宜しくお願いします!」


 律儀にアルパインがお辞儀をする。


「いつも思うけどさ、忠犬……いや、ワンコ系だよな、アルパイン。ゲームとちょっと違うのは、ヴァルの影響か?」


「まぁ、子供の時からシナリオ無視で動いてたから、それは否定出来ない。でも、こっちのアルパインの方が、ゲームより生き生きしているから俺はこっちの方がいいな」


 ゲームのアルパインはちょっと暑苦しい、頭が固い感じの体育会系熱血キャラだった。俺の性格とは合わないだろうなと思っているので、今のワンコ系なアルパインの方が俺は良い。


「ヴァル様、先程の魔法、素敵でした! あの、炎と氷の共演、僕好みの魔法で教えて欲しいです」


 魔法に目がないヴォルテールが目を輝かせて、俺を見つめてくる。


「ヴォルテールは魔法オタクで、完全にゲームとキャラがかけ離れているよな。何でああなった?」


「いや、俺に言われても……。初めて会った時からああだったから、俺も分からない」


 ゲームのヴォルテールは女たらしで、常に女子生徒を口説き、侍らせていた。こちらも俺が苦手なタイプだったので、今の魔法オタクで可愛いもの、綺麗なものが好きなヴォルテールの方が会話が出来る。

 実際、俺も趣味の一つでアクセサリー作りをしたりしているので、デザイン面でヴォルテールの意見を聞いたりすることもあったりする。


「ヴァル様、ディジェム様、ウィスティ様。わたくしの槍を是非とも受けて下さいませ。お三人に何処まで通用するのか知りたいですわ」


 訓練用の槍を手に持ち、柄の部分を地面に当てて、イェーナが目を輝かせている。

 意外とお転婆なお嬢さんのようだ。


「イェーナ嬢も、お転婆なお嬢さんだよな。ゲームの時は悪役令嬢の取り巻きからのヒロインの友人キャラに変わる理由が謎だけど。目の前のイェーナ嬢はあのヒロインの友人にはならないだろうけどさ」


「それは俺も聞きたい。ウィスティ、何か知ってる?」


「多分、私が取り巻きとしてではなく、友人として接したからかと。取り巻きって寂しいじゃないですか。友人の方が楽しいですし。お陰で相談とかも色々聞いて下さって、嬉しいです」


「結果、俺達の接し方が原因なのかな。俺としては良かったよ」


 ウィステリアとディジェムと小声で話しながら、うきうきした目でアルパイン達がこちらを見ている。


「アルパイン、ヴォルテール、イェーナ嬢。決勝戦、楽しみだね。お互い、最善を尽くそう」


「はい!」


 アルパインが代表して返事をすると、ヴォルテールとイェーナが笑顔でお辞儀してくれた。


「皆さん、決勝戦です。初めての模擬戦ですが、悔いの残らないように、全力を尽くして下さい。今回負けてしまった皆さんは決勝まで残った皆さんの戦い方を参考にしたり、応用したり、次に勝てるように工夫してみて下さい」


 拡声魔法で、クレーブス先生が俺達に声を掛け、その後、脱落した生徒達にも声を掛けている。

 フォローの仕方が流石先生だなと感心してしまう。


「それでは、決勝戦、始め!」


 クレーブス先生の開始の合図の声が、拡声魔法で響いた。

 クレーブス先生の合図と共に、それぞれの武器を構え、ディジェムはアルパインへ、ウィステリアはイェーナの方へ向かった。

 アルパインとイェーナも、ディジェムとウィステリア狙いだったようで、二人の方へ走る。

 残った俺とヴォルテールはお互い向き合い、早速、魔法で牽制し合う。

 ヴォルテールが炎の魔法を放てば、俺は水の魔法で相殺したり、俺が風の魔法を放てば、ヴォルテールは土の魔法で相殺したりと派手に戦っている。

 ディジェムとアルパインも剣戟を繰り広げている。

 魔王っぽい笑みを浮かべて剣を振るうディジェムはアルパインを翻弄している。

 その隣で、イェーナが訓練用の槍で突きを高速で攻撃している。それを訓練用の細剣でウィステリアが受け流したり、往なしている。まるで、舞踊をしているように滑らかで、華麗で、内心、俺は惚れ直した。将来、田舎の領地でウィステリアと魔物や魔獣退治を一緒にしたら楽しいだろうなと妄想が膨らむ。

 俺も無様な姿は見せられないと思い直し、少し本気を出そうと魔力を両手に溜める。

 俺もヴォルテールも無詠唱なので、俺が放つまで、彼は何の属性の魔法が放たれるのか分からない。

 無詠唱は想像力が必要なので、想像力が乏しいと威力が落ちやすい。更に、魔法に使う魔力の量によっても変わる。


「ヴォルテール。少し趣向を変えてみるよ」


 にっこりと笑って、俺は魔力を溜めていた右手と左手でそれぞれ別々の魔法を放つ。

 右手から炎の魔法で鳥、左手から風の魔法で子供を出した。

 イメージはもちろん、俺の召喚獣の紅と萌黄だ。二人共、喚べば来てくれるが、今日は近くにいない。ヒロインとヘリオトロープ公爵の敵対貴族対策だ。姿を変えて少し大きめな鳥だったり、消したりしているが、何かのきっかけで常に俺と一緒にいることを気付かれると困るので、念の為少し離れたところにいて、こちらの様子を見ている。紅がいなくて少し寂しいのは、側にずっといてくれたからだろうなと思う。

 魔法で出した二人は、少し実際の二人と違うところがあるので、俺としてはもっと工夫しないとなぁと反省しきりだ。実際の二人はもっと格好良いし、可愛いし。


「なっ! ヴァル様ずるいです! 僕の弱いところ突くとは……! あとで、やり方教えて下さいっ」


「……君もブレないね。俺に勝ったら、いくらでも教えるよ」


「その言葉、しっかり聞きましたからね!」


 ヴォルテールが負けじと炎の鳥と風の子供ではなく、俺に向かって氷の先が尖った柱を放つ。時間差で風の刃を放ってくる。

 流石、俺の魔法の師匠の息子だ。実戦で時間差の魔法攻撃はとても役立つ。

 そして、炎の鳥と風の子供でもなく、俺に攻撃しようとするところも、冷静さはあるようだ。

 ヴォルテールが放った、氷の魔法は炎の鳥が、風の魔法は風の子供が相殺した。

 一応、俺の魔法なので、鳥も子供も攻撃してくれる。


「え、それ、動くんですか?」


「こけ威しと思った? 魔法だよ。セレスティアル伯に教わっていない、俺のオリジナルだよ。セレスティアル伯にバレたら教えろって言われるんだろうなぁ」


「父なら言うと思いますね。僕もそうですし。僕の魔法は消されたのに、ヴァル様の魔法は残ってるって、攻略大変じゃないですかっ!」


「攻略方法は意外と簡単だよ。さぁ、頑張れ」


 若干、悪役っぽいなと思いつつ、炎の鳥は炎、風の子供は風、俺は土の魔法を同時にヴォルテールに放つ。

 ヴォルテールは対魔法の結界を張り、俺の攻撃を凌いだ。

 その間に、ディジェムがアルパインを、ウィステリアがイェーナを脱落者席へ転移させていた。

 二人共、勝ったようだ。


「ヴァル様の攻撃を防いでる間に、アルパインもイェーナ嬢も脱落してるし……。やっぱり過剰戦力過ぎますって……」


 口を膨らませて、ヴォルテールが不満を洩らす。


「そこは次回のくじ運に賭けようね。ヴォルテールもそろそろ脱落する?」


「しませんっ。ヴァル様に勝たないとその魔法教えて下さらないじゃないですかっ」


「じゃあ、駄目押しだよ」


 水の魔法で青藍に似た水の中性的な顔の青年を作る。こちらもやっぱり実際の青藍と少し違う部分がある。青藍の方がもっと綺麗だ。


「要改良だな」


「駄目押しが過ぎますって! ヴァル様の魔法、あとで本当に教えて下さいね!」


「はい、ヴォルテール、頑張って。4連撃の魔法行くよ」


 先程と同じように、炎の鳥は炎、風の子供は風、水の青年は水、俺は土の魔法を順にヴォルテールに放つ。

 我ながら、容赦ないなと思いつつ、ヴォルテールの様子を見る。


「少し手加減して下さいっ」


 叫びながら、ヴォルテールは結界を張るが、防ぎれず、彼も脱落者席へ転移した。

 言わないが、これでも手加減してるんだよ、ヴォルテール。

 クレーブス先生が俺達の勝ちを告げると、他の生徒達が歓声を上げる。

 ウィステリアとディジェムが俺の元へ来る。


「ヴァル、言っていいか?」


「ん? 何? ディル」


「……あれで、見せられる範囲の本気か?」


「そうだね。ディルもでしょ?」


 横目で見ていたが、ディルの剣は力強く且つ速い攻撃だった。速いと力が弱くなるし、力強くする遅くなるのだが、ディルにはそれがなくどちらも優れていて、たくさん鍛練をしていた結果なのだろうなと思う。あの剣技に魔法を加えたら、かなりの威力になるし、向かうところ敵なしだ。


「まぁな。でも、あれは規格外だと思うぞ、俺は」


「あれは本当に本気じゃないって」


 実はあの魔法まだまだ発展途中で、紅と萌黄、青藍とで試行錯誤中だったりする。

 その際に、青藍そっくりの魔法に剣を持たせて戦わせてみたり、風の子供は大人にしたりとか色々試していたりする。

 ただ、弱点は俺が精神的に疲労があると上手くいかないことが多い。

 決勝がアルパイン達だったから上手くいったといえる。フォギー侯爵子息達の戦いが決勝だったら上手くいかなかったと思う。

 次、使う時までに改良していこうと思っている。

 次はストレスフリーで戦いたいところだ。






 そんなわけで、初めての模擬戦は俺とウィステリア、ディジェムのチームが優勝した。

 模擬戦後、クレーブス先生とタンジェリン学園長がやって来て、俺の魔法を根掘り葉掘り聞こうとしたところをその魔法で追い返される話は、また別の話である。

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