第37話 模擬戦〜開始前
タンジェリン学園長に相談後、ゲームのヒロイン――チェルシー・ダフニーと遭遇してしまった。
その後、王族用の個室の隣にある側近達の控室に入ると、俺の顔を見るなり側近のハイドレンジアが血相を変えてやって来た。
「我が君! どうかなさいましたか?!」
「レン、大丈夫だ。かなり精神的に疲れて憂鬱になっただけだ。レンとミモザ、シャモアにも伝えたいことがあるから、ウィスティ達のところに集まっておいてもらえる? 出来れば、シスルも呼んでおいて欲しい。少し水を飲んでくる」
「はい、分かりました」
そう言って、ハイドレンジアはミモザとシャモアに声を掛けて、ウィステリア達がいる個室の方へ向かった。
個室と側近の控室の間にある軽食を用意する配膳室に行き、水を一気に飲み干す。
盛大に溜め息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
「……厄介過ぎるんだけど、あのヒロイン。魅了魔法だけでも頭を抱えているのに、会話が成り立たないのはどうかと思う」
『あれが演技ではないところが余計にな』
紅も溜め息を吐いている。
俺も紅も何処かでゆっくり休むか、ストレス発散した方がいい気がする。
「とりあえず、落ち着いたことだし、皆に報告しようか」
配膳室から出て、個室に入ると、全員がこちらを見た。
「お待たせ。ごめん、精神的に疲労困憊だったから水を飲んできた」
言いながら、俺はもう一度、個室に防音と状態異常無効の結界を張る。
「何があった? ヴァル、大丈夫か?」
皆を代表して、ディジェムが心配そうに俺に聞く。
「タンジェリン学園長と話をした後に、編入生と遭遇した」
俺の言葉に、ウィステリアが両手を口に当て、小さく息を飲む。
「タンジェリン学園長から聞いてきた内容を皆に報告しておいた方がいいと思って、待ってもらった訳なんだけど、ここにいる者以外には他言無用でお願いしたい」
「それはそのつもりだが、タンジェリン学園長に何を聞いてきたんだ?」
「ディルは気付いていると思うが、編入生は魅了魔法を使える」
「魅了魔法、ですって……?」
イェーナの目が大きく見開く。
「でしたら、あの編入生は聖属性持ちですの?」
「そういうことだね。さっきも編入生の自己紹介の時に前列二列目に座ってる生徒達は魅了魔法に掛かった。気付いた俺が解除したから、事無きを得たが」
「魅了魔法を使うのは禁じられているはずです、ヴァル様」
驚いた声でヴォルテールが言う。
「そう、禁じられている。これは貴族だろうが、平民だろうが世界中の者が知っていることだ。が、タンジェリン学園長から聞いたことだが、編入生は編入前に学園長とクレーブス先生との面接の時にも魅了魔法を使ってきたそうだ。学園長は魅了をすぐ解除し、面接をしていたのだが、他の平民と比べても常識の認識がズレていたため、俺達が入学してからこの三ヶ月の間、常識を教えていたらしい。それで、問題ないと判断されて編入してきた訳なのだが」
「無視して使ってきた、と」
ディジェムがげっそりした顔で呟いた。
「そう。それで、タンジェリン学園長と相談した結果、ガーネットクラスの教室に魅了無効、教室以外で生徒達が掛かった時のために魅了解除を付与した魔石を置くことになった。で、皆に渡した、俺が魔法付与したネックレスは常に身に着けておいて欲しい。特に、俺やディルは魅了に掛かると国際問題とかで何かと面倒だから、身に着けておいて欲しい」
「それは確かにな。タンジェリン学園長との話は分かった。それで、編入生と遭遇したヴァルから見て、編入生はどうだった?」
「俺に声を掛けながらすぐ魅了魔法を使ってきた。俺も自分で付与したブレスレットを持っているから効かなかったが、魅了魔法と共に庇護欲を擽るような声と態度を取ってくるから、意中の人とかいるのなら気を付けておいた方がいい」
俺には全く効かなかったが、魅了魔法がなくても貴族関係なく、お年頃の思春期の男子生徒ならぐらつくかもしれない。
俺の庇護欲を擽るのはウィステリアしかいないので、あんなのには効かないが。
それを聞いた、ディジェム、アルパイン、ヴォルテール、シスルの男子生徒陣がげっそりとした顔をする。これを見ると、ディジェムにいるのは知っているが、それぞれ、誰か好きな人がいるのだろう。アオハルだな。
「その言い方だと、ヴァルは効かなかったんだな」
「は? 俺がウィスティ以外に靡くと?」
思いの外、低い声が出てしまい、ディジェムが慌てた。
「ちょっ、冗談だ。ヴァルがウィスティ嬢一筋なのは知ってるから、真に受けるなよ」
慌てるディジェムの横で、ウィステリアの顔が真っ赤になった。可愛いなぁ。
「編入生のその態度とは別に、ディルやレン、ミモザ、ヴォルテール、シャモア、イェーナ嬢には特に気を付けて欲しいことがある」
「気を付けるとは何でしょうか、我が君?」
「編入生と遭遇した時に、一言二言会話をしてみたが、話が通じない、成り立たないからイライラすると思う。イライラするだけ、時間と気力の無駄だから、会話を避けることを勧めるよ」
「一言二言で、そこまでイライラしますか?」
シスルが驚いた顔で、首を傾げる。
「俺に、魅了魔法を掛けながら自分を口説かないのかと編入生は聞いてきた。婚約者がいるのに口説く必要があるのか、意図は何かと俺が聞き返したら、糸が好きなのかと聞いてきた。そんなに口説かれたいなら他を当たれとは言ったが、よく分かってなさそうだった」
「「「「「は?」」」」」
ディジェム、ハイドレンジア、ミモザ、ヴォルテール、イェーナの五重奏が響いた。
「そんなことをヴァルに言ったのか? 命知らずだな」
「我が君に対して、いい度胸ですね」
「まず挨拶ではないのですか?」
「不敬ですね」
「言葉が悪いですが、馬鹿ですの?」
辛辣な言葉をディジェム、ハイドレンジア、ミモザ、ヴォルテール、イェーナがそれぞれ呟いた。
「……同じ女性として、魅了魔法を使わないと男性に声を掛けられないのなら、出直して来いと私も言いたいです」
ぼそりとウィステリアが呟いた。珍しく怒っている。
「ウィスティ?」
むっとした顔で、誰とも目を合わせずにウィステリアが膝の上で両手を握り締めている。
「……ヴァル様、ウィスティ様のご不満を聞いてあげて下さいませ」
イェーナが耳打ちして来た。
横ではディジェムとミモザがニヤニヤしている。
ディジェムとミモザに目を向けて小さく息を吐いて、ウィステリアの元に向かい、座っている彼女をお姫様抱っこで抱き上げる。
「えっ、ヴァル様っ?!」
「少し、控室借りる」
慌てるウィステリアを抱いたまま、ハイドレンジアに伝える。
「かしこまりました」
小さく微笑み、ハイドレンジアは一礼した。
個室を出て、配膳室を通り過ぎて側近の控室に入る。
念の為、鍵を閉めて、防音と除き見防止、状態異常無効の結界を張る。
控室のソファに座り、ウィステリアを俺の膝の上に座らせる。
やましいことをする気はないし、怒っているウィステリアの話を聞きたいだけだ。だから、断じてやましいことをする気はない。
「リア? 大丈夫?」
俺の膝の上に収まったウィステリアの顔を覗き込むように下から見つめる。
「……リオン様。ヒロインのチェルシーさんは可愛かったですか?」
「全然。何も感じなかった。前世の時から俺にとってはウィステリアちゃんとリアが一番可愛いし、あんなのに魅了もされないし、籠絡されないよ」
安心させるように微笑み、俺はウィステリアの顔を更に覗き込む。
「リアは何に怒ってる?」
「……チェルシーさんに怒ってます。私の大切なリオン様に魅了魔法なんか使って、私から奪おうとしているのが嫌で……。魅了魔法を防いでリオン様を守ることが出来ない私自身にも怒ってます……」
眉間に皺を作り、ウィステリアは俯く。
「……リオン様に守られるのではなく、私もリオン様を守りたいんです。でも、魅了魔法を防いだり、無効にする魔法が出来ないんです。もっと、勉強と準備をしておけば良かった。前世の知識を元に、ヒロインが魅了魔法を使うかもしれないことに予測を立てて気付ければ良かった。リオン様はたくさん調べて、先を読んで、対策しているのに」
自分の膝の上で両手を強く握り締め、ウィステリアは尚も俯く。
俺のことを考えてくれているのが、とても嬉しくて、膝の上に座るウィステリアをつい抱き締める。
「リアは十分、俺を守ってくれてるよ。俺の心を守ってくれてるから、魅了になんかに掛からない。貴女が俺に笑ってくれるだけで、こんなに頑張れる。俺のやり方は、正直なところ、褒められることではないよ。リアのお父さんにもお兄さんにも生き急いでるって言われてるぐらいだし」
子供の頃から言われて、成人した十五歳になってもヘリオトロープ公爵とヴァイナスに言われている。
ウィステリアを置いて死ぬ気かと言外で言われている。
そんなつもりはないが、俺のやり方はそのように見えるらしい。
対策も確かに考えていたが、まさかヒロインが魅了魔法を使えるとは思っていなかった。想定外だった。
「でも、それでも、リオン様を守りたいんです。リオン様の弱点になりたくないんです」
「弱点って、誰かに言われた?」
「直接には言われていません。貴族のパーティーで何度か陰口で言われました」
ウィステリアの言葉に、俺の心が不穏に染まる。
誰に言われたのか、後で萌黄に調べて貰おうと考えるが、今はウィステリアを落ち着かせることが何においても最優先だ。
「それなら、今から一緒に頑張ろう? ちょうど俺達は魔法学園の生徒だ。この三年間で学べることは全て学んで、お互いの弱点と言われないように二人で切磋琢磨しない?」
どのみち、俺の弱点はウィステリアなのは変わらない。安全なところに閉じ込めてしまいたいくらいだが、それはウィステリアの意思を無視しているし、本意ではない。
ウィステリアが望むことをしてあげたいし、支えたい。
「今からでも間に合うよ。卒業したら結婚して、田舎の領地に引っ込む訳だし、どの領地を下賜されるかも決まってないけど、領地の状況によっては魔物や魔獣が出たりするかもしれない。お互いが支え合わないといけなくなることもあるかもしれない。その時に、君に俺を守って貰わないといけない状況があるかもしれない。この三年間で学べることは全て学んで、一緒に頑張らない?」
「リオン様はどうして、私にいつも欲しい言葉を下さるんですか。私もリオン様に差し上げたいのに」
涙を零しながら、ウィステリアは呟く。
「簡単だよ。リアが大好きで、愛しくて仕方ないから、君に笑って欲しいからだよ。リアからも俺は欲しいものを貰ってるよ」
親指の腹でウィステリアの涙を拭い、俺は頬を両手で包み、彼女にしか見せないと決めている極上の笑みを浮かべる。
「だから、笑って欲しいな、リア」
「……私は、私は、リオン様を幸せに出来ていますか?」
「もちろん。リアが俺に笑ってくれるだけで幸せだし、荒んだ心が癒やされるんだよ。俺を癒やしてくれるのはリアだけだ。君がいないと俺は生きていけない。リアは?」
微笑みながら、俺は本音をポロポロ零しまくる。
……我ながら、重い愛の告白をしているなと思う。
正直、ここまで本音を言ってしまうと、相手はドン引きすると思うのだが、ウィステリアはどう思っているだろう。
ウィステリアの藍色の綺麗な目をじっと見ていると、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
「私は……私も幸せです。悪役令嬢なのに、こうしてリオン様の隣に居させて貰えて、微笑みかけて下さって。時々、夢ではないかと思うくらいに幸せです。私も、リオン様がいないと生きていけないです……」
真っ赤な顔でウィステリアは俺に囁いてくれた。
彼女のその言葉で、俺はあのヒロインの魅了魔法を無効化して、大切な婚約者を断罪から絶対に守ることを改めて心に決めた。
そして、俺の膝に座る愛しい婚約者の額に極上の笑みと共に唇を落とした。
チェルシーがフィエスタ魔法学園に編入して来てから、一週間が経った。
禁じられている魅了魔法を平気で使ってくる彼女は、この一週間、めげずに魅了魔法を掛けまくっている。
対策として、タンジェリン学園長から許可をもらい、ガーネットクラスの教室の四隅に、俺が魔法付与した魔石を置いている。
付与した魔法は教室内での魅了無効、教室以外で生徒達が掛かった時のために魅了解除、魔石自体を気付かれないように認識阻害だ。
ちなみに、認識阻害は俺や紅達召喚獣、蘇芳には認識出来るようにしている。
そして、俺と親しく、近い人達。
ウィステリア、ディジェム、黒曜、ハイドレンジア、ミモザ、シャモア、アルパイン、ヴォルテール、イェーナ、タンジェリン学園長、クレーブス先生には常に俺が魔法付与したネックレスやブレスレットを身に着けておいて欲しいことを伝えている。
そのおかげで、今のところ俺の周りで魅了魔法に掛かったという被害はない。
ガーネットクラスの他の生徒達も教室の外で魅了魔法に掛かるのだが、教室に入ると魅了が解除されるので大きな被害はない。
動向を探っていると、チェルシーは的を絞っているようで、ガーネットクラスの生徒以外には魅了魔法を掛けていないことに気付いた。
ヒロインが転生者なのかは知らないが、ガーネットクラスには乙女ゲームに登場するキャラがいる。
攻略対象キャラのアルパイン、ヴォルテール、ゲーム途中からヒロインの親友キャラになるイェーナ、攻略対象ではないが担任として出て来るクレーブス先生、隠し攻略対象キャラのハイドレンジア、ファンディスクと二作目に出るディジェム、悪役令嬢のウィステリア、そして、メイン攻略対象キャラのヴァーミリオン。
爵位等の位を見ると、他のクラスと比べても明らかにガーネットクラスは高い。
贅沢の度合いから考えても狙い目なのだろうか。
そんなことを考えていると、右隣に座るディジェムが声を掛けてきた。
「なぁ、ヴァル。あいつのちらちらとこちらを見てくるアピールはどっちにしてると思う?」
机に頬杖をつき、彼は心底嫌そうにしている。
「……俺やディルじゃなくて、俺達の右斜め前の列、その前の列に座っている生徒にしてるんじゃない?」
「そうだな。そういうことにしよう、うん。にしても露骨だよな」
「王族は視線に敏感だからねぇ……。暗殺とかもあるし。逆に暗殺しちゃう?」
「してもいいけど、バレないか?」
「大丈夫。俺の日頃の行い良いから、第二王子の権限で揉み消すよ」
次の授業で使う教科書に目を通しながら、俺はディジェムに提案する。
「……ヴァル様もディル様も、世間話風に物騒なことを言わないで下さい……」
静かに聞いていた左隣に座るウィステリアが小さく息を吐く。
「冗談だよ、ウィスティ」
にっこりと俺が笑うと、ディジェムも頷く。
「冗談を言うような声音ではなかったので」
「流石に俺やディル、ウィスティ達の高位貴族にまだ実害も出てないから今は何もしないよ。してきたら、暗殺なんてリスクがあることをするより、正式に捕えて牢獄行きにさせるけど」
溜め息を吐きながら、教科書のページをめくる。
教科書には属性の種類が載っていて、開いたページは聖属性だった。
そういえば、俺も持っている聖属性だが、使ったのは討伐戦後に浄化している紅の後ろで倒したオークをこっそり浄化した時だけだなとふと思う。
「今のところ、鬱陶しいだけだな。ちらちらとこちらを見ながら魅了魔法を掛けてくるから、イライラしてるだけだ。というか、ヴァルが付与した魔石で無効化されてるって気付かないか? 普通」
「この一週間、授業態度を見ると、勉強が苦手なんだろうね。王族や高位貴族のように子供の時から魔法を教わる訳ではないから、魔力感知とかも出来ないのかもね」
「魔力感知も高位貴族でも出来るのは僅かだろ。世界共通の常識で、平民のほとんどは生活魔法が主だしな。男爵、子爵でもそこまで強い魔法を使えない。この国のセレスティアル伯爵は伯爵なのに凄いよな。宮廷魔術師師団長」
ディジェムがちらりと俺を見る。
俺の剣と魔法の師匠達は伯爵なので、上に公爵と侯爵がいるのに剣と魔法のトップということに、ディジェムが不思議がるのは分かる。
俺達が座る机の周囲だけ防音の結界を張り、俺もディジェムを見る。
「あー……。ディルだから言うけど、一応、内緒で宜しく。シュヴァインフルト伯爵もセレスティアル伯爵も今までの功績で言うと、本当は公爵や侯爵になっても良いんだけど、辞退してるんだよ。伯爵位の方が何かと動きやすいからね。上の爵位と違って」
実際のところ、それは建前で、剣と魔法の師匠達の本音はこれ以上、仕事が増えるのが嫌だったりする。
ヘリオトロープ公爵が良い例だ。
宰相で、更に王弟の息子の公爵は従兄弟の国王の尻拭いをさせられている。その被害がこれ以上増えるのは師匠達も勘弁したいのだろう。俺もそうだ。
この話は流石に俺の中では親友に位置するディジェムでも、王国トップ付近の恥ずかしい話なので彼等の名誉のためにも言えない。
「成程なぁ。まぁ、それはそうだよな。その方が何かと動けるもんなぁ。うちの公国でも参考にしようかな」
建前の方ならどうぞ遠慮なく、と言いたいところだ。
何となく俺の考えていることが分かるのか、ウィステリアが苦笑している。
「話は変わって。明日、模擬戦があるんだよな?」
「そうらしいね。どんな組み合わせになるんだろうね。俺としてはストレスのない組み合わせなら良いんだけど」
小さく息を吐いて、俺は呟く。
模擬戦は三ヶ月に一度行われ、チームを作って剣と魔法を使って戦う。
今回は入学して初めてなので、クラスの中で行うが、次回からは学年の中で行われる。
今回の模擬戦は三人チームで、トーナメント形式で行われる。
クレーブス先生曰く、くじ引きで決まるそうなのだが、正直なところ本当に女神様がいるのなら、ストレスのないチーム分けにして欲しい。特にヒロインと同じチームだけにはなりたくない。
「個人的には、ヴァルと一緒のチームで戦ってみたいし、ヴァルとは別のチームで戦ってもみたい」
「まぁ、気持ちは分かるけど、三人の戦力次第だなぁ。補助系二人と俺とかになったらディルと相対するのはきついなぁ」
補助系二人と俺の三人というチームになっても、ディジェムと良いところまでやれなくはないけど、目立ちたくないので。
模擬戦でも騎士団や宮廷魔術師団、高位の貴族にスカウトされたり、仕官出来るように観覧可能になっている。ということは、それなりに高位の貴族の誰かはいるということだ。
それが俺に好意的な国王派やヘリオトロープ公爵派ならいいが、国王やヘリオトロープ公爵に裏で対立関係にあたる貴族なら厄介だ。
タンジェリン学園長は公爵で中立派なので、どの派閥も拒まない。
この一週間、ヒロインのやらかしのせいで、タンジェリン学園長と会話をする機会が増えて知ったが、長く生きていることもあって顔が広い。今の貴族達は元生徒なので当然なのだが。
なので、俺が名前と簡単な経緯しか知らない貴族達とも遣り取りをしているので、国内の貴族がスカウトしに来ることが多いらしい。
その時に王族もいれば、模擬戦等の様子を見て、対立するかどうするか考える貴族もいるそうで。
将来、王位継承権を放棄するとはいえ、王家に対して不信感を抱かせるのは宜しくない。
「……補助系二人でもヴァルならいけると思う」
「補助の中身次第だね。魅了魔法しか使えない聖属性持ちがチームにいたら確実にこっちが負けるから」
正直なところ、ヒロインが同じチームになった場合、チームとしての機能は低下するし、魅了魔法を敵味方関係なく使うだろうから連携は不可能。もう一人次第だが、それでもディジェムと相対した場合はこちらが不利で、負ける。
この一週間のヒロインの授業態度を見ると、魅了魔法しか使えないようだった。生活魔法も使えなさそうな気がしてならない。
乙女ゲームの時は生活魔法も使えていたし、平民とはいえ弱いながらも火や水の攻撃魔法も使えていたし、ゲーム終盤では魔法学園で勉強したおかげで、攻略対象キャラのルート次第だが、その攻略対象キャラの属性の魔法をほとんど使えていた。
入学したてとはいえ、魅了魔法だけというのはどうかと思う。俺が教える気は一切ないが。
そして、魔力量も少ないようだ。
乙女ゲームでヒロインは始めは新人宮廷魔術師くらいの魔力量だが、終盤の時点でセレスティアル伯爵並みの魔力量になっていて、ゲームのヴァーミリオンの魔力量を余裕で超えていた。
大丈夫なのか、ヒロイン。
俺には関係ないが、ついそう思った。
それでよく魅了魔法を使うよな。
「辛辣だな。まぁ、そうだけどさ」
「逆に、俺とディルが同じチームなら、遣り合えるのはアルパインとヴォルテールが同じチームだった場合だと思う」
「あー、うん、そうだな。差に開きあるよな、このクラス」
「何言ってるんだよ、これからだよ。性格は置いといて、原石は結構いるよ。あとは伸びるのかは本人の努力次第だね。性格と場合によっては将来、俺が陛下に下賜される領地に来ない? ってスカウトしたいのはいるよ。長子だと厳しいかもしれないけど」
「……よく見てるな。もうクラスの生徒達の力量を把握し始めてるし。ヴァルを敵に回すと本当に怖い」
防音の結界を張ってることもあり、今までの会話を聞かれていないことを良いことに俺もディジェムも言いたい放題だ。
そして、俺達の目の前に座るアルパイン、ヴォルテール、イェーナが俺達の会話を聞こうとしているのか、耳をピクピクさせている。
三人共ごめん。聞こえないようにしてます。
俺の隣で聞いているウィステリアは、俺がスカウトしたいのは誰のことを言ってるのかと言いたげにキョロキョロと周りの生徒達を見ている。
「ウィスティに危害を加えるとか、うちの国に侵略とかをエルフェンバインが考えてない限り敵には回らないよ。どちらかというと共同戦線は有り得るけど」
今のところ、まだ大人しくしているグラファイト帝国に動きがあった場合は恐らく、俺とディジェムの共同戦線だと思っている。
お互い、フェニックスとドラゴンという伝説の召喚獣と契約している。
「その時は、ヴァルの戦略を当てにしてるから。とりあえずは明日の模擬戦のチームがどうなるのか知りたいな、俺は」
「それはクラスの皆が思っていることだと思うよ」
そして、次の日。初めての模擬戦当日。
くじ引きは当日の朝に行われた。
結果は俺、ウィステリア、ディジェムのチーム。アルパイン、ヴォルテール、イェーナのチームとなった。トーナメント方式なので、大穴がいなければ決勝に残るのは確実そうだ。
俺としてはとても理想的な結果だったのだが、逆に一生分の運を使ったのでは……と思ってしまう。
「……一生分の運を使ったんじゃないかな、これ」
「私もそう思ってしまう結果ですね……」
「いや、そこは女神様のおかげって思おうぜ。俺達、頑張ってるんだからさ」
俺の呟きに、ウィステリアが同調し、ディジェムが慰める。良い連携だ。
「まぁ、強運な結果だったけどさ。というか、ゲームでは俺とヴァルとヒロインのチームだったはずだが……」
ディジェムが頭を掻きながら、苦笑している。
「ファンディスクだっけ? 俺はこのイベント知らないから、今朝、ウィスティから聞いて血の気が引いたよ。やっぱり一生分の運を使ったんじゃ……」
俺は溜め息を吐く。
今朝、登校中の馬車でウィステリアからファンディスクでこの初めての模擬戦のイベントが追加され、ヴァーミリオンとディジェム、ヒロインのチームになると聞いた。
その話を聞いた時は、どうにか脱走出来ないかとか、ヒロインを失格にさせる方法はないかとか色々考えたが、くじ引きまで良い案が浮かばなかった。
ちなみに、ヒロインは男爵と子爵の男子生徒の組み合わせになった。教室の外なので、早速、魅了魔法を使っている。
場所は模擬戦が行われる闘技場に既に移動している。
俺、ウィステリア、ディジェムという組み合わせを見たヴォルテールがぎょっとした表情を浮かべる。
「ヴァル様のチーム、過剰戦力過ぎはしませんか……?」
「うん。だから、アルパインとヴォルテール、イェーナ嬢のチームが決勝まで勝ち上がってくると思ってるよ」
にっこりと笑うと、ヴォルテールが目を輝かせる。
「決勝でヴァル様の胸をお借りしますね。次はヴァル様と同じチームに僕もなりたいです」
「俺の剣と魔法の護衛チームなら、いつもしているように連携しやすいしね。次は一緒だといいな」
そう言うと、ヴォルテールは大きく頷いて、作戦会議をしにアルパインとイェーナの元へ走っていった。
「相変わらず、懐かれてるな。ヴァルの護衛に」
「五歳の頃からの付き合いだけど、変わらず懐いてくれるのは有り難いよ」
ヴォルテールの場合は初めは俺の女顔が影響して緊張等もあり、俺が話し掛けても「はい」しか言わず、意思疎通が出来ずにいた。
萌黄のおかげで話せるようになり、更に俺のことに関してハイドレンジアのような過激派になったが。
「ディルの方はそういう側近はいないの?」
「俺のところは魔王っぽくしてるから、部下はどちらかというと舎弟みたいな感じだな。素の性格を知っているのは俺の乳兄弟の側近くらいかな。今度、俺の推しと共にカーディナル王国のエルフェンバイン公国大使館に来る予定だ」
「内乱は防いだのに、大使館に来るんだ」
「第二公子派の残党貴族がまだいて、やらかす可能性が高くてさ」
「何とも面倒だね」
俺の言葉に頷きながら、ディジェムは溜め息を吐く。
「まぁ、あちらのことは公王と第一公子に任せるさ。それはさておき、今からの模擬戦どう動く? 何か作戦はあるか?」
「うーん、あるにはあるけど、決勝まで行くことを踏まえて考えてはいるよ。作戦なくても行けそうな気はするけど、聞く?」
俺の問いに、ウィステリアとディジェムが頷く。
「作戦があった方が連携含めて、何かと動きやすいだろ?」
「そうだけどね。考えている作戦は、準決勝まではウィスティを俺とディルが守りながら、相手と戦っている風に装う。決勝は恐らく、大穴がいなければアルパイン、ヴォルテール、イェーナ嬢だと思うから、準決勝まで俺達を見ている彼等はウィスティを狙うと思う。狙われて焦る振りをして俺とディルがウィスティを気にしている隙をついて来るから、それを防いで、ウィスティが魔法で反撃というのはどうかな?」
この作戦は剣も魔法も得意な俺とディジェムがいるから出来る内容だったりする。
見た目でどうしても判断されやすいが、ウィステリアは公爵令嬢なので魔力量は多いし、生まれ持った属性は水と光属性で複数持ちだ。その他の属性魔法も水と光と比べて威力は落ちるが、たくさん使える。
剣も自分の護身以外の剣技も修めている。なので、意外と強い。前世でゲーム大好きだったと聞いていたし、俺と田舎の領地で無双すると約束したから頑張ったのだろうと思う。健気で可愛い。
「ウィスティ嬢で意表を突くってことだよな? 決勝がアルパイン達でなくても通用する作戦だな」
「そう。意外と皆知らないみたいだけど、ウィスティは魔法は強いし、剣もしっかり習ってるからね。この作戦をするならウィスティが要になるけど、やれそう?」
「はい! 頑張りますっ」
ウィステリアに問い掛けると、彼女は両手をぐっと握り、きらきらと目を輝かせて頷いてくれる。
「何かあっても、俺とディルでフォローするから」
俺とディジェムが頷くと、ウィステリアは嬉しそうに笑ってくれた。
そして、模擬戦が始まった。
模擬戦のルールはダンジョン探索の時と同じようにブレスレットをそれぞれ着けて戦い、一定のダメージを負わせてチームが全滅するか、制限時間を超えた時点で残った人数が多い方が勝ち。
トーナメント方式で勝ち負けを決めていく。
ブレスレットにはダメージ蓄積を確認する魔法、一定のダメージ蓄積で指定場所――クレーブス先生の隣の脱落者席と呼ばれるところに強制送還される魔法が付与されている。
ちなみに、模擬戦も王都の人達が観戦することが出来る公式戦も、このブレスレットを着けないと参加出来ない。闘技場に入ることも出来ないようになっている。闘技場内でブレスレットを外すと闘技場外へ弾かれる。
タンジェリン学園長の話だと、昔、ブレスレットを着けないで参加して、一定のダメージを与えられても脱落者席に強制送還されない生徒がいて、他の生徒達から大顰蹙を買ったそうで、ブレスレットを着けないと参加出来ないように付与したそうな。
早速、模擬戦が開始し、一戦目が始まった。
俺とウィステリア、ディジェムのチームは次の二戦目が初戦だ。
アルパイン、ヴォルテール、イェーナのチームはその次だ。
ヒロインはその後の四戦目だ。
それぞれ、生徒達は観覧席や模擬戦を行うアリーナの近くで観るのが殆どなのだが、ヒロインは観覧席の上の方で魅了魔法で虜にした同じチームの男爵と子爵の男子生徒、他のチームの男子生徒を侍らせており、全く授業に集中する気はないようだ。
ヒロインの様子に気付いたディジェムがとても嫌そうな顔をしている。
「ヴァルの魔法付与したネックレスがなかったら、俺もあっちの仲間入りになってたかもと思うと、ヴァルの方に足を向けて寝られない」
「いや、ディルくらいの魔力量と魔法なら余裕で防げると思うよ」
「俺は推しと恋仲になりたいだけで、ヒロインなんてどうでもいいんだ。それを魅了魔法に掛かったらと思うと……」
右手で拳を作り、ディジェムはぶるぶる震わせている。
「ディル、頑張れ……」
ぽんと肩を叩き、ディジェムを応援する。
「恋仲になるために、マジで協力してくれ」
「もちろん」
「あの、その前に、真面目に模擬戦に参加して下さい、お二人共」
俺とディジェムの会話を聞いていたウィステリアが静かにツッコミを入れた。本当に良い連携だ。
そんなこんなで、二戦目である、俺達の初戦がスタートした。
アリーナに立ち、反対側に立つ相手を見る。
相手は伯爵位の男子生徒二人と女子生徒の三人組だ。一人は見覚えがある。
あちらも俺達と同じ男子二人、女子一人の組み合わせで、恐らく女子を守りながら男子二人が戦う感じだろうな。
「ヴァル、どうする?」
「作戦はさっき言った通り、俺とディルで相手の男子生徒達を倒すのが普通なんだけど、多分、あの女子生徒が魔法でウィスティを狙うと思う」
「根拠は?」
「あの女子生徒、パーティーの度にウィスティにちょっかいを掛けててね。俺やイェーナ嬢でがっちりガードしてたんだよね。名前はパリス・ドーン・コリンス伯爵令嬢」
冷ややかな笑みを浮かべる俺を見て、ディジェムは咳払いをした。
余談だが、あの伯爵令嬢は俺の冷たく扱うリストの上位に入っている。現在、ヒロインの名前が下位から上位へと上昇しており、コリンス伯爵令嬢と接戦だ。
「成程。じゃあ、最初に狙うのはその伯爵令嬢?」
「それはそれで、俺とディルが顰蹙を買うと思うんだよね。ついでに言うと、ああいう令嬢は最初に狙ったことで、やっぱり自分を最初に倒すのは痛い思いさせないためなんだとか気があるんだとか思うからね。なので、ウィスティを魔法で狙ってくるのを一人が結界で防ぐ。もう一人が男子生徒二人を速攻で倒して、最後に伯爵令嬢……が無難かな」
「あの、最後のコリンス伯爵令嬢を倒すのは、私が魔法で倒してもいいですか?」
静かに作戦を聞いていたウィステリアが小さく手を挙げて、訴える。
「いいんじゃないか? 俺は賛成。ヴァルは?」
「もちろん、俺も賛成。ディルはどっちを選ぶ?」
「あー、身体を動かしたいから男子生徒二人を倒していい?」
「分かった。俺はウィスティを狙う伯爵令嬢の魔法を防ぎつつ、ディルのサポートをするよ」
「よし、決まり。初戦、ちゃちゃっと終わらせようぜ」
ディジェムは余裕の笑みを浮かべ、前を見据えた。
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