第36話 編入生

 カーディナル王国の至宝の光の剣クラウ・ソラス――蘇芳の使い手に成り行きでなった。

 俺とウィステリアはクラウ・ソラスがあった隠し部屋から出て、そのまま地下二階、地下三階とさくさく進み、クラウ・ソラスと会う時間もあったのに、ダンジョンの出入り口に戻ったのは一番だった。

 その後、アルパインとヴォルテールが二番だった。

 十五組、全員が戻り、課外授業は終わった。

 クラス全員それぞれ帰り、俺達も戻ろうとすると、クレーブス先生が俺に声を掛けてきた。


「すみません、ヴァーミリオン王子。少し宜しいでしょうか?」


「はい、構いませんが。どうしました、クレーブス先生」


「一応、ヴァーミリオン王子にはお伝えしておこうと思いまして。タンジェリン学園長からもお話があるかと思いますが、来月、編入生が一人、ガーネットクラスに入ります」


 クレーブス先生の言葉に、俺は頷く。

 ついにこの時が来たか。

 ただ、ゲームの内容と違い、一ヶ月遅い。

 ゲームでは入学して二ヶ月後だった。実際は更に一ヶ月遅い。何かあったのだろうか。


「そうですか。でも、何故私にこの話を?」


「魔法学園は貴族の子息子女が主な生徒です。ですが、平民と呼ばれる国民の方でも魔力が一定値より高いとフィエスタ魔法学園に通うことになる、というのは……」


「もちろん、存じてます。その編入生というのは平民なのですね?」


「そうです。しかも、稀な魔力を持っています。ヴァーミリオン王子にはお伝えしますが、聖属性です」


 ゲームのヒロインですよねー。

 満を持して、と言いたくないが、ついにお出ましか。

 俺とウィステリアの仲を裂こうとするかもしれない、お邪魔虫。邪魔をしなければ問題ないし、こちらも何もしないが。

 何もして来なければ、ちゃんとクラスメートとして接するが、貴族と平民では感覚が違う。

 貴族と同じような接し方をすると、恐らく、ヒロインは勘違いをする。

 その逆も然り。

 ゲームの攻略対象キャラ達が正にそれだ。

 平民のヒロインの接し方が貴族の仕来りにはない。

 平民の接し方が貴族にとっては珍しく、ヒロインは貴族の仕来りを知らないが故に無遠慮に近付くそれが、攻略対象キャラ達には新鮮に見えた結果だ。

 その結果がゲームのウィステリアちゃんを断罪するという話に進む。

 ウィステリアちゃんは貴族として、貴族には仕来りがあることをしっかりヒロインに何度も説明し、攻略対象キャラ達にも何度も苦言を呈した結果、第二王子から婚約破棄された上に悪役令嬢として断罪される。

 正直、婚約者がいるのに浮気をする奴の方が断罪されるべきだと今でも俺は思う。


「聖属性、ですか。確かに、珍しいですね」


 珍しいとか笑顔で言いつつ、俺は思う。

 俺も持ってるんだよ、聖属性。

 珍しいも何もない。色々と面倒なことになるから言わないが。


「ここまでは私からも言える内容ですが、続きはタンジェリン学園長にお聞き下さい。お忙しい方なので、もしかしたら、編入して来てからお話があるかもしれません。ですので、念の為、私からお伝えしました。御身を第一に考えて下さい。ヴァーミリオン王子は第二王子殿下ですが、私にとって貴方は私の大事な教え子ですから」


 クレーブス先生のこの言い方からすると、ゲームのヒロインは俺狙いなのだろうか。それとも何か別の何かがあるのだろうか。


「分かりました。詳しくはタンジェリン学園長にお聞きしますが気を付けます、クレーブス先生。教えて下さってありがとうございます」


 小さく微笑むと、クレーブス先生は安堵の表情を浮かべた。







 課外授業の初めてのダンジョン探索も終わり、三週間が経った。

 その間に、ディジェムもエルフェンバイン公国からフィエスタ魔法学園の寮に戻り、俺達と共に授業を受けている。

 結果としては、ドラゴンを無事に召喚獣に出来た。

 更にディジェムがドラゴンを召喚獣にしたと知り、焦った第二公子は準備が足らない状況で、王位簒奪を目論む羽目になり、あっさり公王と第一公子、ディジェムに捕えられ、第二公子としての地位を失った。第二公子の母である側室も、第二公子を捕えられたことで暴走し、王妃とディジェムを毒殺と暗殺をしようとして失敗して同じく捕えられた。

 側室も第二公子も度重なる公王、王妃、第一公子、第三公子のディジェムの暗殺と毒殺未遂で処刑されたそうだ。

 魔法学園に戻ってきたディジェムは、王族用の個室で召喚獣にしたドラゴンを俺とウィステリアに紹介する。

 ドラゴンももちろん本来は大きいが、紅と同じで小さなサイズになっている。そのサイズだと、何だか可愛い。


「という訳で、俺の召喚獣になったドラゴンだ」


 どういう訳? とツッコんでいいのか悩んだが、スルーして俺はドラゴンに挨拶をする。


「ヴァーミリオンです。宜しく、ドラゴン」


「ウィステリアです。宜しくお願い致します、ドラゴン様」


 小さく笑ってドラゴンに挨拶をすると、ウィステリアも続いて挨拶をした。

 エルフェンバイン公国の象徴の召喚獣ドラゴンは黒色の身体に、真紅の目をしている。ディジェムと同じ色だ。

 カーディナル王国の象徴のフェニックスこと紅も俺の髪と同じ紅色、金色の目なので、何か関係があるのだろうか。


「ヴァル、スルースキルもあるのか。ツッコミしてくれよ」


「スルーも何も、どう反応していいか分からないから、話を進めるしかないよ」


『フェニックス殿の契約者も面白いな。流石、ディル君の友人』


 ドラゴンが面白そうに笑う。想像していたより気さくな性格のようだ。


「ドラゴンには名前はある?」


 ディジェムとドラゴンに俺は問い掛けると、二人共が同時に首を振った。


「いや、ない。だから、名前を付けろと言われて、付けてみた。名前は黒曜(コクヨウ)にした」


 少し、恥ずかしそうにディジェムは告げた。

 ドラゴンこと黒曜は嬉しそうに胸を張っている。

 黒色だし、宝石から取ったのか。良い名前だな。


「良い名前だね。宝石からだよね。俺もその名前で呼んでもいい? もちろん、俺のこともヴァルって呼んで」


『いいよ。ディル君の友人だしね。僕もヴァル君と呼ばせてもらうよ。貴女はウィスティちゃんでいい?』


「はい。構いません、黒曜様」


『様は付けなくていいよ』


 笑顔で頷くウィステリアに黒曜が訂正する。

 紳士だ。有名な召喚獣はイケメンだったり、紳士だったりするのだろうか。


「そういえば、聞きそびれてたけど、フェニックスは名前あるのか?」


 ディジェムが思い出したように問い掛ける。


「名前がないって言ってたから、俺も付けたよ。フェニックスが紅。シルフィードが萌黄。青薔薇の精霊が青藍」


「ヴァルは色からか。そっちも良いな。俺もフェニックスのこと、紅って呼んでもいいか? もちろん、俺のこともディルで」


 俺の右肩に乗る紅にディジェムが目を輝かせて尋ねる。


『構わぬ。ディルはヴァルの友人で信頼が置けるからな』


 紅が頷くと、ディジェムは嬉しそうに笑った。


「ありがとう。さて、紹介も終わったことだし、報告だ。例の、オークキングがヴァルに言ってた『白きもの』はエルフェンバイン公国で調べてみたがその言葉は古いのも含めて、書物には出て来なかった」


『僕もフェニックス兄さんと同じくらい長く生きているけど、聞いたことはないね』


 エルフェンバイン公国でも、やはり情報はなかった。何処から調べてみるか、考え直しだ。

 だが、その前に。


「そうか。ディル、調べてくれてありがとう。また考えてみるよ。で、その前に。紅と黒曜はどういう関係? 兄さん? さっきはフェニックス殿って言ってたじゃないか」


『我とドラゴンは実の兄弟ではないが、長い付き合いだからな。何故か我を慕ってくれている』


『ごめん、さっきは格好付けて言ってみたんだ。フェニックス兄さんの方が僕より早く生まれたし、何だかんだやり合っても僕の方が負けるからね。物知りだし、格好良いから自然と兄さんと呼ぶようになったんだ。これからは紅兄さんと呼んでもいい?』


『……好きに呼ぶといい。我も黒曜と呼ぼう』


 少し照れ臭そうに紅が頷いた。黒曜も嬉しそうだ。

 それにしても、フェニックスとドラゴンでやり合ってもフェニックスの方が勝つんだ……。流石、世界最強の召喚獣。でも、格好良いのは分かる。


「紅が格好良いのは分かる」


『ヴァル君は話が分かるね。今度、とっておきの昔話を話すよ』


「それは是非とも宜しく」


 黒曜と謎の友情が芽生えた。


「あ、それともう一つ、俺も報告があったんだった」


「どうした? 俺がいない間に何かあったのか? ヴァル」


「何か、というか、まぁ、うん、あったよね、ウィスティ」


「そ、そうですね、ヴァル様……」


 ウィステリアとお互い視線を彷徨わせながら、頷き合う。


「勿体ぶるなよ。何があった?」


「あー……その、討伐戦で折れた剣の代わりに新しい剣を手に入れました。名前は光の剣クラウ・ソラス。カーディナル王国の至宝です」


 王族用の個室がしんと静まり返る。


「…………は? 有名だから、エルフェンバイン公国でも聞いたことがあるが、何でそうなった?」


 ディジェムがやっとの思いで聞き返してくれた。

 俺はことの経緯を話す。

 間に、ウィステリアも頷いてくれたことで、更に真実味が増す。


「……初代国王以来の使い手にヴァルがなったという訳か。というか、カーディナル王国の初代国王って何年前?」


「確か五百年くらい前だね」


「……五百年。それ、流石に国王とかには言ったのか?」


「念の為、先にウィスティのお父さんで宰相のヘリオトロープ公爵に言ったら、驚きのあまり卒倒しそうになった。だから、国王である父にはまだ言えてない」


 まぁ、そうなるよね。逆の立場なら俺もそうなる。

 ヘリオトロープ公爵も王族、というか準王族にあたるので、本物のクラウ・ソラスが行方不明という話は知っている。

 今まで王族が探していたそれがまさかの学園内のダンジョンの隠し部屋にあり、更に第二王子が使い手になったとなると、流石のヘリオトロープ公爵も卒倒しそうになるのも頷ける。


「……何というか、ヴァルといると飽きないな」


「巻き込まれ体質では、と最近思うよ」


 嘆息すると、同情の目でディジェムが俺を見る。


「で、その、クラウ・ソラスは何処にあるんだ?」


「王城の俺の部屋にあるよ。呼ぼうか?」


 多分、この遣り取りも蘇芳は見てるんだろうな。

 ディジェムが大きく頷くと、俺は小さく息を吐いた。


「――クラウ・ソラス」


 クラウ・ソラスの名を呼ぶと、俺の前に光の粒子が集束し、剣の形に象っていく。

 俺の目の前に光の剣クラウ・ソラスが現れ、浮いたまま早く柄を握れと言わんばかりにずいっとこちらにやって来る。

 溜め息と共に柄を握り、ディジェムに見せる。


「はい。クラウ・ソラスだよ」


「格好良いな、カーディナル王国の至宝!」


 前世でゲームをたくさんしていたディジェムとしては、武器とか見るとテンション上がるよね。

 俺も当事者でなければ、テンションは上がっていたはずだ。


「この至宝、人型になるよ」


「凄いな。至宝。人型にってどうやって?」


「……俺達の話を聞いてたよな? クラウ・ソラス?」


『ちょっと、ヴァーミリオン! 私の名前を敢えて呼んでないだろう?! そういう遊び?! それなら私も乗っちゃうけどいいのかい!?』


「…………」


 無言でディジェムが俺を見る。

 うん、言いたいことは分かる。話と実際のギャップで胸焼けがするんだよね。


「いきなり、君を蘇芳って呼んでも誰もピンと来ないだろ。ウィスティと紅は事情を知ってるけど、ディルも黒曜も知らないだろう?」


 溜め息を吐きながら、俺は剣の姿で吠える蘇芳に言い聞かせる。


『む。確かに。じゃあ、早速、ヴァーミリオン、紹介宜しく!』


「という訳で、カーディナル王国の至宝の光の剣クラウ・ソラスです。名前は蘇芳です」


 こめかみに手を当てながら、俺はディジェムと黒曜に蘇芳を紹介した。

 すると、蘇芳は俺達と同じ年頃の人型の青年の姿になり、優雅にお辞儀をした。


『光の剣クラウ・ソラスこと蘇芳だ。宜しく、ディジェム。久しぶり、ドラゴン』


 あ、やっぱり知り合いか。紅を知ってるから、そうだろうかなとは思っていたが。


「よ、宜しく……」


 まだ胸焼けをしている顔のディジェムが挨拶をする。


『君、性格変わったね。クラウ・ソラス』


『二百年近く寝てると、自分の性格も忘れちゃってねー。威厳溢れる性格だと、ヴァーミリオンも使い手になってくれないかもしれないし、嫌だろうしと考えた結果、こうなった』


「いや、それ、忘れてない」


 威厳溢れる性格ってどんなだよと思いつつ、俺はツッコミを入れた。


『ツッコミありがとう、ヴァーミリオン。私はこういう言葉の遣り取りがずっとしたかったんだよ!』


 と言いながら、俺に蘇芳が抱き着いてきた。

 されるままになりながら、俺は蘇芳の言葉を聞いて、少し同情してしまった。

 五百年近く一人? 一振りだと寂しいと思う。

 それなら、蘇芳にとって短いかもしれないが、俺が生きている限りは話し相手になっても良いかと思った。


『……ヴァル、優しいな』


 紅が同情の目を俺に向けて呟いた。

 その日の夜、俺は話し相手になっても良いかもと思ったことを後悔することになる。


「あ、もう一つ報告があった。来月、ついにヒロインが編入してくるよ」


 俺の言葉に、王族用の個室にいる全員に緊張が走る。


「ついにお出ましか。俺は正直、嫌な予感しかしないぞ」


 ディジェムがげんなりした顔になる。俺も似たような顔になっているだろうなと思う。

 俺の左隣に座るウィステリアは顔が青ざめている。彼女の左肩に触れ、抱き寄せて安心させるようにポンポンと優しく叩く。少しだけ、顔色が戻ったように見える。


「クレーブス先生には念の為、御身を第一に考えてくれって言われたよ」


「先生から言われるってどんだけだよ。ヒロインが平民だからか?」


「性格までは分からないが、警戒するに越したことはないね。ディルも気を付けて。俺も君も王族でそれぞれ、国の最高の地位だから」


「……そうだな。手の届く距離に最高の地位があれば、手を伸ばそうとするよな。貴族でもそうなんだし、平民からしたら、贅沢出来ると思うだろうし」


「その分、責任も重いんだけどね。当事者にならないとなかなか分からない部分なんだろうけど」


 今日何度目かの溜め息を吐きながら、俺はウィステリアとディジェムに念を押す。


「二人共、何があるか分からないから、ネックレスとブレスレットを念の為、常に着けておいてね。黒曜と蘇芳にもこれを渡しておくよ」


 空間収納魔法から俺が魔法付与したブレスレットを二人に渡す。

 いつもの物理と魔法結界、状態異常無効を付与したものだ。

 黒曜はともかく、蘇芳は武器で使い手が俺だからあまり必要ないかもしれないが、拗ねる気がするので予め作っておいた。


『ありがとう。君は器用だね、ヴァル君。ディル君とお揃いだ』


 ディジェムと同じ物を身に着けて嬉しいのか、早速、彼に着けてもらっている。

 何だか、ほっこりする。


『ヴァーミリオン、私にも作ってくれたのか?! ありがとうっ!』


 蘇芳は感動のあまり、更に抱き着いてくる。

 似たようなことをする俺の父と似たような愛情表現だが、何故かこっちは非常に重い。

 長い年月の間、一人? 一振りでいたことによる、拗らせた結果なのだろうか。


「あの、ヴァル様。もし、まだあれば、同じ物を一つ、友人にお渡ししてもいいですか?」


 今まで、静かに遣り取りを見ていたウィステリアが俺に声を掛ける。その俺の後ろには抱き着いたままの蘇芳がいる。


「ん? まだあるけど、どうしたの?」


「あの、子供の時から仲良くして下さってるイェーナ様にも渡しておきたくて。本当なら、私が付与して渡したかったのですが、ヴァル様のように上手くいかなくて……。ヴァル様が作った物なので、許可なくお渡しするのもいけないと思って」


「イェーナ……ああ、シャトルーズ侯爵令嬢か」


 イェーナ・リーフ・シャトルーズ侯爵令嬢。

 彼女の父は法務大臣で、ヘリオトロープ公爵の一派だ。

 ウィステリアが子供の時から仲良くしている友人の令嬢だ。

 侯爵令嬢ということもあり、洗練された立ち居振る舞いの黄色の髪、黄緑色の目をしたイェーナを俺もパーティー等で会ったことはある。

 イェーナはゲームにも出て来るキャラだ。ゲームでは悪役令嬢の取り巻きだったが、途中でヒロインの友人キャラになる。

 前世で姉と妹がプレイしていた時に見ていたが、彼女が何故、ウィステリアちゃんを裏切り、ヒロインの味方に付いたのかの話の前後がなく、いきなりの手の平返しで驚いたことを覚えている。

 実際は今までの様子を見るに、手の平を返すようなそんな性格ではなく、ウィステリアの性格を理解して、俺との仲を取り持とうとしてくれたり、俺やウィステリアに近付こうとする他の子息子女をアルパインやヴォルテールと共に牽制してくれるような令嬢だ。

 そんな令嬢になら、渡してもいいか。


「もちろん、いいよ。ゲームの彼女なら悩んだけど、実際の彼女なら構わないよ。俺から、パーティーでいつも他の子息子女を牽制してくれるお礼と伝えておいて。付与のことも教えていいけど、他言無用で」


 そう言って、空間収納魔法からネックレスを取り出し、ウィステリアに渡す。


「ありがとうございます。もちろん、お伝えします」


 にっこり微笑んで、ウィステリアは頷いた。








 そして、ついにその日は来た。

 教室でいつもの席に俺は座る。三人掛けの長い机に左はウィステリア、右はディジェムが座る。真ん中は言わずもがな俺だ。

 紅と黒曜もそれぞれ契約者の肩に乗っている。

 蘇芳は今は訓練用の剣に擬態してもらって、俺の腰に佩いている。

 装備は万全だ。

 俺達の前の席には左からヴォルテール、アルパイン、イェーナが座っている。

 ちなみに今から一週間前に、ウィステリアは俺が魔法付与したネックレスをイェーナに渡すと、彼女は俺の元へすぐにやって来てお礼と共に「家宝に致しますわ!」と目を輝かせていた。

 そういうところはウィステリアに似ていて、類は友を呼ぶというのはこのことかと思う。

 そんなことを思っていると、念の為、常に発動している魔力感知に、地の属性のクレーブス先生以外の魔力反応が一つ、先生の後を付いている。

 色は白色。聖属性だ。

 ゲームのヒロインだ。

 ただ、少し気になる魔力反応だ。

 白色の魔力に何か黒いものと桃色のものがちらついている。

 今まで見たことがなく、三年前の召喚獣の理を破ったフォッグ伯爵夫人の事件の時とも違う魔力反応だ。

 これは面倒事だと直感が言っている。


『……紅。ヒロインに会いたくないんだけど』


『我も同意だ。この魔力反応、面倒事しか思い付かぬぞ』


 紅と同時に溜め息を吐くと、ディジェムと黒曜も溜め息を吐いていた。

 似たようなことを思っているのだろうな。

 左隣のウィステリアは膝の上で、手が白くなるくらい強く握り締めていることに俺は気付いた。

 俺は常に着けている手袋を外し、そっと彼女の女性らしい小さな手に触れる。強く握り締めているせいで冷たい。

 俺が触れたことに驚いたウィステリアがこちらに顔を向ける。

 悪役令嬢として断罪されるのが怖いと怯えた表情をウィステリアは浮かべている。

 俺は安心させるように微笑むと、ウィステリアの顔が少し綻んだ。

 そして、教室の扉が開かれ、クレーブス先生が入って来た。その後ろをピンクの髪をツインテールにした、茶色の目の、少女が入って来た。

 少女が入って来たことで、クラスの他の生徒達がざわめく。

 クレーブス先生が口を開くと、生徒達も静かになる。


「皆さん、おはようございます。今日から新たに生徒が増えました。皆さん、仲良くして頂けると助かります。さあ、自己紹介を」


「初めまして〜。チェルシー・ダフニーですぅ〜。これからよろしくお願いしまぁーす!」


 間延びした、鼻にかかった声で、ゲームのヒロイン――チェルシーが挨拶をした。

 その時だった。

 チェルシーを中心に魔力の波がゆっくりと襲ってきた。

 俺の魔力感知がすぐさま反応し、俺は気付かない振りを装い、過剰な反応をしないように周囲の様子を見る。

 チェルシーの魔力の波に当たった生徒達の顔が呆けた顔になり、彼女を見つめて頬を赤くしていく。

 ――魅了魔法か。


『リオン、マズイぞ。あの小娘、魅了魔法を使っているぞ』


 警戒した声で、紅が念話で俺に言う。

 魅了魔法は読んで字の如く、人を魅了させる魔法だ。

 魔力が高ければ高い程に効果は上がる。一度ではなく、時間をおいて何度も何度も重ね掛けすると人を意のままに操ることができ、掛けられた本人は自分の意志で動いていると勘違いするため、容疑者がなかなか判別出来ないと子供の頃、セレスティアル伯爵から教わった。

 更に、魅了魔法は人の意思や自由を奪うものなので、使うことを禁じられている。

 そして、その魅了魔法は何故か聖属性の者の一部が使える。

 ちなみに、聖属性持ちの俺は使えないが、あのヒロインは使えるようだ。

 面倒なことこの上ない。


『そうだね。こちらに来る前に俺が無効化する。あの程度の魔力の魅了魔法なら無効化出来る。ただ、毎回されると厄介だな』


 俺が公務でいない時にされたら、無効化が出来ない。

 ウィステリアやディジェム、側近のアルパイン、ヴォルテールとイェーナは俺が渡したネックレスで無効化出来るが、クラスの他の生徒達は魅了魔法に掛かる。

 タンジェリン学園長に相談した方が良いか。


『リオン、相手が厄介なら私が短剣に変身して、夜に暗殺しようか?』


 蘇芳が念話で物騒なことを言ってきた。

 光の剣なのに、闇討ちを自分の使い手に持ち掛けるなよ。

 しかも、使い手にさせるのではなく、自分がするのか。


『目的が分からないし、今は何もしなくていいよ、蘇芳。心配してくれてありがとう。とりあえず、魅了魔法を無効化しよう』


 俺が無効化したとバレたら相手に警戒されるので、誰が掛けたか分からないように、廊下側から掛けたように遠隔で無効化の魔法を発動させる。

 魔法の師匠がセレスティアル伯爵で良かった。

 色々と幅の広い魔法を教えてくれたおかげで本当に助かっている。宮廷魔術師師団長様々だ。

 少し手こずるかと思ったが、あっさり魅了魔法を無効化出来た。

 魔力を弱めにして魅了魔法を使ったのだろうか。

 生徒達の動きを知るための小手調べなのだろうか。

 相手の情報が分からないため、相手の今後の出方を色々対策するしかない。

 魅了魔法を無効化したため、魅了魔法に掛かった生徒達も正気に戻る。

 魅了魔法を解除され、驚いた表情をチェルシーは浮かべ、きょろきょろと辺りを見ている。そんな彼女をクレーブス先生が席を案内する。

 場所は廊下側の一番前の席だ。

 俺達の座る窓側の一番後ろの席とは反対側だった。

 クレーブス先生の配慮なのだろう。こちらを心配そうに見ているので、安心させるように俺は笑う。

 安堵した様子のクレーブス先生は何事もなかったように、授業を始めた。




 午前の授業が終わり、昼休憩になった。

 俺は用心の為、ウィステリア、ディジェム、アルパイン、ヴォルテール、イェーナに昼食を王族用の個室で摂らないかと提案すると、全員承諾してくれた。

 何だかんだで、王族用の個室は広く、俺含めて六人入っても、まだ余裕がある。

 念の為、王族用の個室に防音と状態異常無効の結界を張り、ウィステリア達に中に入ってもらう。


「皆は先に昼食を摂っておいてくれる? 俺はタンジェリン学園長に話をしてくるから」


「ああ、例のことか?」


 流石、ディジェム。魅了魔法に気付いているようだ。


「うん、ヒロインのこと、タンジェリン学園長に色々聞いてくる。その間、皆を宜しく」


 小声でディジェムに伝えると、頷いた。


「ヴァーミリオン殿下。ウィスティ様のことはわたくしにお任せ下さいませ。編入生をウィスティ様には近付けさせませんわ」


 何故か、イェーナが鼻息荒くヒロインに敵意を剥き出しにしている。


「シャトルーズ侯爵令嬢、ウィスティに対して、編入生が何かして来たのか?」


「直接的にはしておりませんが、あの編入生、授業中にウィスティ様を何度も睨んでおいででしたわ。わたくしの大切なご友人のウィスティ様に対して、あのような態度を取るとはいい度胸ですわ」


 扇を広げ、貴族の令嬢らしく優雅に微笑むが、目は笑っていない。

 女性の戦いは、男の俺からすると気付かないことが多い。気を遣っていても、気付けないことがある。

 流石、ゲームのヒロイン。

 俺の大切なウィステリアに対していい度胸をしている。


「――成程。編入生の牽制、シャトルーズ侯爵令嬢に任せてもいいかな?」


「お任せ下さいませ、ヴァーミリオン殿下。それと、ずっとお伝えしたかったのですが、もし宜しければ、わたくしのことはイェーナとお呼び下さいませ」


「分かった、イェーナ嬢。俺もヴァルでいいよ」


「かしこまりました、ヴァル様。ヴァル様がいらっしゃらない時はウィスティ様をしっかりお守り致します」


 恭しく臣下の礼を取り、イェーナは優雅に微笑んだ。その後ろで、ウィステリアが何故かきらきらと目を輝かせている。


「とりあえず、タンジェリン学園長のところに行ってくる」


 そう言って、俺は王族用の個室から出て、タンジェリン学園長の部屋へ足早に向かう。




 学園長室に着き、扉を叩く。

 中から応答する声が聞こえ、俺は扉を開ける。


「失礼します、タンジェリン学園長」


「いらっしゃいませ、ヴァーミリオン殿下。そろそろ来られると思いましたわ」


 花のように微笑み、タンジェリン学園長はソファに掛けるように俺を促す。


「殿下のお話の前に、先にお伝え出来なくて申し訳ございません。殿下がどのように対応されるか、様子を窺っておりました」


 俺に謝罪をして、タンジェリン学園長は深く一礼する。

 そして、タンジェリン学園長は防音の結界を張った。

 ここからは俺以外には聞かれたくない内容なのだろう。


「後でタンジェリン学園長から話があるとクレーブス先生からは伺っていましたが、話がなかったのはそういうことでしたか。ということは、編入生が魅了魔法を使えるというのもご存知だったということですね?」


「編入前に一度、念の為、平民の方は面接をするのですが、その時にわたくしとアガット――クレーブス先生に魅了魔法を掛けて来ました。弱い魔力の魅了魔法だったので、すぐわたくしが解除しました。本来ならそこで、殿下にお伝えして、対策等をお話するべきでしたが、申し訳ないのですが、殿下を試させて頂きました」


 少し言いにくそうに、タンジェリン学園長は俺を見る。


「結果はどうでしたか?」


「及第点どころか、満点ですわ。無効化の魔法を敢えて廊下側から遠隔で発動させ、誰が掛けたか分からないようにしているところは素晴らしいですわ。編入生の子から怪しまれないため、ですわね?」


「そうですね。魅了魔法を使う目的が分かりませんので。目的が分かれば、対策も楽になりますし、もし何かを企んでいるのなら防ぐことも出来ると思うので」


 俺の言葉に満足したのか、タンジェリン学園長は静かに微笑んだ。


「やはり殿下はシエナちゃんに顔はそっくりなのに、グラナート君にもシエナちゃんにも性格が似ていませんわ。わたくしの親友の初代国王と妹の初代王妃にそっくりですわ」


 懐かしむようにタンジェリン学園長は尚も微笑む。


「似ていないとは入学の日に言われましたが、初代国王夫妻にそっくりというのは初耳なのですが」


 しかも、既に亡くなっている人達と似ていると言われても、どう反応したらいいか分からない。


「殿下、編入生の子について一つ報告させて下さい。本当は入学式から二ヶ月後に編入させる予定でした」


「一ヶ月遅れた理由はなんですか?」


「……識字は出来るのですが、他の、平民の方と比べても常識の認識がずれていたので、教えていました。一応、問題ないだろうと判断したのですが」


 言葉を選ぶように、何かをオブラートに包むようにタンジェリン学園長は告げた。


「早速、魅了魔法を掛けて来ましたね」


 まだ会ったばかりでよく性格も分からないが、あのヒロインは常識の認識がずれてるだけではない気がするけどね。


「それで、タンジェリン学園長。今後の学園生活を平穏に過ごしたいので、一つ相談があります」


「何でしょうか、殿下」


「ガーネットクラスの教室に魅了無効の魔法を付与した魔石を置かせて下さい。私がいる時はすぐ魔法で解除が出来ますが、いない時にされると他の生徒達に被害が出ます。戻ってきた時に彼女の魅了で授業が滞るのも嫌ですし、魅了魔法を使って生徒が言い寄られるのを見るのも嫌ですし、エルフェンバイン公国からの留学生のディジェム公子にも被害が出ると国際問題にもなり兼ねないので対策を取らせて下さい」


「もちろんですわ。わたくしも殿下にそのことを相談しようと思っていました。ガーネットクラスの教室に魔石を置くのは問題ありませんわ。ですが、その他の場所で魅了魔法を使われたらどうするのです?」


「その魔石に魅了魔法無効と、教室に入ってきた瞬間に魅了が解除される魔法を付与すればいいかと」


 俺のその言葉に、タンジェリン学園長がニヤリと笑う。


「流石ですわ、殿下。クラーレット君が気に入っているのも頷けますわ」


 俺の両親、兄を知ってるなら、ヘリオトロープ公爵も知ってるよね、そりゃあ。

 この人も話の組み立て方とか見ると、ヘリオトロープ公爵寄りだし。


「それと、タンジェリン学園長とクレーブス先生にこちらをお渡しします」


 そう言って、俺は空間収納魔法からネックレスを二つ渡す。いつものあれを付与したネックレスだ。


「あら、こちらは?」


「私が付与したネックレスです。付与したものは物理と魔法結界、状態異常無効です」


「あら? 物理と魔法結界は両立しないはずでは?」


「物理と魔法結界の間に状態異常無効を入れたら両立出来ま……」


「出来ないはずですわよ?!」


 タンジェリン学園長が食い気味に突っ込んだ。


「それが出来たので、もし良かったら研究、確認用にもう一つお渡ししましょうか?」


「それは、ありがとうございます。でも、何故、わたくしとクレーブス先生に?」


「タンジェリン学園長はこの学園の長です。魅了に掛かってしまったら、編入生の思いのままの学則が出来てしまう可能性もあります。クレーブス先生はガーネットクラスの担任ですから、編入生優位なことや理不尽なことをされても、生徒達は抗えない可能性もありますので」


「成程。殿下はもうそこまで考えていらしたのですね。本当に素晴らしいですわ。殿下、わたくしのこと、是非ともローズとお呼び下さいませ」


 いや、何で? 今までの遣り取りでいきなり愛称で呼ぶ話になるんだ?

 俺の頭の上に疑問符が浮かんでいると感じたのか、タンジェリン学園長は小さく声を出して笑う。


「ふふ。特に意図はありませんわ。ただ、殿下のことが気に入ってしまっただけですわ。下心とかそういったものはなく、友人になりたいと思っただけですわ」


「そ、そうですか。では、ローズ学園長と……」


 何かトラップに掛かっていないか不安になる。

 こちらは前世合わせても三十代。あちらは五百年くらいだ。どう頑張っても、経験の量が違う。


「殿下は義理堅いのですね。殿下なら友人としてローズと呼んで下さっても構いませんのに」


「誂わないで下さい。生徒と学園長なのですから、立場が違います」


 今の言葉から、どうせ、パーティーなら王子と公爵なのだから呼び捨てになるよねと聞いてくるんだろうな。

 引き下がらないだろうから、そういうつもりでそっちに持って行ったのだが、それもタンジェリン学園長は予想していると思う。


「でしたら、パーティーの時はローズと呼んで下さるのですよね?」


 にっこりとタンジェリン学園長は笑う。完全に俺で遊んでいる。

 ほらー。そういうところだよ、タンジェリン学園長。


「そうですね、そうします。ローズ学園長」


 で、きっと二人の時はローズと呼べと言うんだろうな。


「殿下、二人の時は学園でもローズで構いませんわ」


 そう来るのは分かっていたので、俺の答えはこれしかない。


「私の大事な婚約者に浮気と思われるのは嫌なので、彼女にもそう呼ぶことを許して下さるなら、学園でも呼ばせて頂きます」


「殿下は本当に素敵ですわ。殿下に愛されているウィステリアちゃんも羨ましいですわ。殿下のことヴァル君とお呼びしてもいいですか?」


「どうぞ。それでは、相談したいことも出来ましたし、私はこれで失礼します」


「ありがとうございます。何か相談がありましたら、遠慮なくいらして下さいませ。相談でなくても、ヴァル君なら世間話でも何でも構いませんわ」


「分かりました。まだ聞きたいことがありますが、急ぎではないのでまた今度伺います、ローズ学園長」 


 ソファから立ち上がり、俺は微笑み、一礼してから学園長室の扉を閉める。

 閉めながら、タンジェリン学園長が「本当に初代国王夫妻に似すぎ」と呟くのが聞こえた。

 似すぎと言われても、ご先祖の二人を知らないので対応に困る。

 とりあえず相談も終わり、対策を考えながら歩いていると、常時発動している魔力感知が反応し、こちらにヒロインが近付いていることを教えてくれる。

 面倒だ。俺に魅了魔法を使ってくるのだろう。

 逃げてもいいが、さて、どうするか。


『リオン、逃げるか?』


 静かに俺とタンジェリン学園長の遣り取りを見ていた紅が溜め息混じりに尋ねる。

 実はタンジェリン学園長との話の間、紅は姿を消してずっと俺の右肩に乗り、話を聞いていた。今度、初代国王の話を紅に聞くのもいいかもしれない。


「うーん、相手の動向を知るのも必要だろうけど、正直、魅了魔法があるなら関わりたくない」


 本音だ。

 面倒事に関わるより、ウィステリアと一緒にいた方が充実しているに決まっている。

 だが、何のために禁じられている魅了魔法を使っているのかを知れば、対策も立てやすい。

 俺も自分で作った魔法付与したブレスレットを着けているから、魅了は無効化出来る。

 紅もいる。


「紅、一度接触してみる。もし、俺の魔法付与したブレスレットが効かなかったら、解除をお願い出来る?」


『分かった。まぁ、問題ないと思うが、様子がおかしかったらすぐ解除しよう』


「ありがとう」


 歩く速度を緩めて、近付きやすいようにすると、魔力感知でどんどんヒロインが近付いて来るのが分かる。俺を見つけて走ってきたな。

 ドスドスと物凄い走る音を立てながら、ヒロイン――チェルシーがやって来た。

 前世の時は気にならなかったが、平民と貴族の立ち居振る舞いってこんなにも差があるのかと感じる。

 そして、走る音ってこんな音だっけ?


「ヴァーミリオン王子! 探してたんですよぉ!」


 肩で息をしながら、チェルシーが口を膨らます。

 いや、探すも何も、まだ一度も会話をしたことがないというか、今が初めてなのだし、まずは挨拶ではないだろうか。

 そして、興味もない女性が口を膨らませても、何も感じない。むしろ、不快だ。

 しかも、口を膨らませながら、しっかり魅了魔法掛けてくるあたり、手慣れている。

 ということは今までも魅了魔法を掛けていたということだろう。

 今後のために被害とかも調べた方がいいかもしれない。

 今のところ、俺が作った魔法付与したブレスレットはしっかり働いている。


「……私に何か?」


 ほぼ無表情で返すと、チェルシーは驚く。

 魅了魔法に掛かった人の態度ではないから驚いたのだろう。


「あっ、いえ、あの、ヴァーミリオン王子はわたしのことを口説かないのですかぁ?」


 チェルシーが首を傾げながら、聞いてくる。

 魅了魔法に掛かったら、こいつを口説くのか。

 あ、しまった。こいつと思ってしまった。

 王子としてはマズイ対応だ。


『リオン、思っただけだから問題ない。罵詈雑言を並べても誰も分からぬ』


 紅が静かにフォローしてくれる。

 もう本当に紅がいてくれるおかげで、目の前のことに冷静に対応出来る。


「どうして、婚約者がいるのに、私が君を口説く必要がある? その意図は?」


「え? いと? 糸ですか? ヴァーミリオン王子は糸がお好きなのですか?」


 更に首を傾げながら、チェルシーが聞き返す。

 あ、駄目だ。これは話が通じないというか、俺の苦手なタイプだ。


「申し訳ないが、私は君を口説く気は一切ない。口説かれたいなら、私以外の者に当たってくれ」


 冷たく言い放ち、俺は足早にチェルシーから離れる。付いて来られても困るので、こっそり見えない壁を魔法で作る。一応、十分後には消えるように設定しておく。


「えっ、あの、ヴァーミリオン王子っ?! 話が違う!」


 見えない壁に阻まれ、チェルシーが叫んでいる。

 叫び声が聞こえなくなった後、俺は盛大に溜め息を吐いた。


「何だ、あれ。話が通じないんだけど……」


 ゲームの時はあんなヒロインだったろうか。

 前世で姉と妹がプレイしていた時もウィステリアちゃんにしか目が行っていなかったから、ほとんどヒロインの言動は覚えていないが、もう少し賢かった気がする。


『我もあのような奇怪な人間は初めて見たぞ』


「タンジェリン学園長が言葉を選んで、オブラートに包んでいた理由がよく分かった。常識の認識がズレてるという言葉は的を得てるよ。あんなのにリアを断罪なんてさせるか」


 申し訳ないが、あんなの呼ばわりさせてもらう。


「皆にちゃんと忠告しておかないといけないな。ディルやレン、ミモザ、ヴォルテール、シャモア、イェーナは多分、話すとイライラする部類になる」


 そうなると、ウィステリア、アルパイン、黒曜は器が大きいのかもしれない。


『イライラするだけ、時間と気力の無駄になるとも伝えた方がいいと我は思うぞ』


『私も同意するよー。アレは特殊過ぎるね。相手を怒らせて、自分のペースにする感じだね。考えてしてるというより、無自覚でやってる感じだ』


 光の剣クラウ・ソラスにまで、アレ呼ばわりされている。


「これからの学園生活が憂鬱になってきた」


 考えると溜め息しか出ないから、ウィステリアに会いたい。俺の癒やしの緩衝材だ。

 ウィステリアに癒やされたい俺は、更に足早に王族用の個室へと向かうのだった。

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