第35話 課外授業〜ダンジョン探索

 俺の初陣でもある、オークの討伐戦は終わり、カーマイン砦に戻り、事後処理に追われていた。

 討伐戦から二日経つ。

 オークの数も多かったので、死体から瘴気が発生したため、紅にお願いして浄化の炎で死体ごと焼いて浄化してもらったり、浄化は聖属性になるのでバレるとマズイので俺もこっそり浄化したり、国王である父や宰相であるヘリオトロープ公爵に報告するための報告書を作成したり、討伐隊を労うための宴の準備をした。

 今回の討伐戦では怪我人はいたが、死者は出なかった。

 安堵した俺は、報告を聞いた時にその場で脱力してしまい、カーマイン砦の守備隊長を慌てさせることになってしまった。

 報告書には書いていないが、オークキングの言葉の「あの者」と「白きもの」は紅と萌黄、青藍とは共有している。

 心配症で小心者の俺は、討伐戦の間に何かあった時のために萌黄はウィステリアに、青藍は王城で待機させていた。

 討伐戦が終わったので、一度だけ二人を喚び、説明している。そして、再び、ウィステリアの元と王城に戻ってもらい、情報がもしあれば集めておいてもらうように伝えた。

 事後処理も大分終わり、宴の準備で忙しく廊下をを走り回る砦の使用人達を見張り台としても使う屋上から眺める。


「あの者と白きものって何だよ……」


 盛大に溜め息を吐き、呟く。


『我も長く生きてはいるが、聞いたことがないな』


「そうか。ゲームでも聞かなかった言葉だし、何の関連なのかが分からないから、召喚獣以外に共有しようがないよね」


 他に共有出来るとしたら、ディジェムくらいか。

 彼はエルフェンバイン公国の第三公子だから、もしかしたら、カーディナル王国にはない伝承等がエルフェンバイン公国にあるかもしれない。

 その彼も俺がフィエスタ魔法学園に戻った後、入れ替わりで一旦エルフェンバイン公国にドラゴンを召喚獣になってくれるか交渉するため戻ることになる。

 そうなると、共有するなら王城に戻ってすぐしかない。王城に戻ったらその足で転移魔法でフィエスタ魔法学園の寮に行くしかない。


「……剣、いつ買おう」


『滅茶苦茶、引きずっているな、リオン』


「長年の愛用の剣だし、あの剣、兄上から貰った剣だったからさ」


 屋上から空を見上げ、呟く。

 兄から剣を貰った時も、今日のように雲ひとつない青い空だった。

 八歳の時の国王夫妻襲撃未遂事件が終わって、しばらくしてから王城の俺が住む南館の小さな庭まで、兄はわざわざ助けてくれたお礼と言って持って来てくれた。

 貰ったものは一般的な、飾りも何もない、武器としての鋼の剣をだった。

 飾りが付いた剣だと俺が受け取らないと思ったらしく、自分の身はもちろん、大切な人を守れるようにと考えて用意してくれたらしい。

 そんな兄の想いが込められた剣だったので、七年折れることはなく、とても重宝していた。

 ほとんど訓練で使っていたから折れなかったと言われればそうなのだが、実戦でオークを百体以上斬ったのだから折れるのは分かる。

 それでも、折れて欲しくなかった。

 兄の想いが折られたような気がして、気持ちが落ち込む。


『セヴィリアンの想いが込められたというのは分かる。それでも、いつか折れる。剣はリオンの役に立ち、皆を守られたんだ。兄と剣に感謝すればいい』


 紅の金色の目が優しく細められ、羽根で俺の頭を撫でて慰めてくれる。

 子供扱いされている気分だが、実際、紅の方がかなりの年上なので何も言えない。


「そうだね。そろそろ引きずるのはやめるよ。ありがとう、紅」


『気にするな。リオンが落ち込むと、我も落ち込みそうになる。楽しそうに笑ってくれた方がいい』


「ありがとう。あのさ、もう一つ、落ち込んでた理由を言っていい?」


『何だ?』


「討伐戦の度に、剣が折れたら費用が嵩むよなって思ってたんだ」


『……そうだな。真剣に慰めた我は何だったのだ』


 紅が溜め息を吐いた。


「茶化したつもりはないんだけど、ごめん」


 茶化したつもりはないが、ちょっと気持ちを切り替えたかったので言ってしまった言葉だった。


「我が君、宴の準備が出来ました。広間へ行きましょう」


 ハイドレンジアが俺に声を掛ける。

 場所を言わずに来たのに、何で分かるんだと少し恐怖を感じながら頷く。


「分かった。ありがとう」


 紅を右肩に乗せ、ハイドレンジアと共にカーマイン砦の広間へ向かった。





 カーマイン砦の広間へ着くと、討伐隊が揃って俺を待っていた。

 正直なところ、待たずに宴を始めておいて欲しいのだが、そういう訳にも行かないのが辛いところだ。

 今後、田舎の領地に引き籠もった後は、領地で宴をする時は勝手に始めておいてもらおうと思う。無理なんだろうけど。

 セレスティアル伯爵と守備隊長の元へ、ハイドレンジアに案内される。

 セレスティアル伯爵達の元へ向かう俺の姿を、討伐隊達が目で追っていく。

 俺の動きを目で追っても、何も楽しくないって。


「殿下、宴の挨拶をお願いします」


 セレスティアル伯爵に言われ、出撃前に俺が号令を出した壇上に立つ。

 討伐隊達の視線が一気に俺に向かう。

 書類仕事中心の引き籠もり王子としては、何処か物陰に隠れたい。


「皆のお陰でオークは殲滅出来た。そして、誰一人欠けることなく砦に戻ることが出来て、嬉しく思う。皆の尽力に私から感謝を。この宴は遠慮なく楽しんで欲しい。だが、出来れば、羽目は外し過ぎないで貰えると有り難いな」


 冗談じみた言葉を言うと、笑い声が何処かから漏れる。少しだけ安心した。

 本当に気の利いた言葉が思い付かない。こういう時、どんなことを言うのか知らないし、前世の挨拶風にすると演説みたいで嫌だし、俺なりの言葉でしか言えない。


「討伐戦、お疲れ様!」


 そのぐらいしか思い付かない俺は締めのつもりで言うと、察してくれた討伐隊達が砦が揺れるような雄叫びを上げた。

 そこからは討伐隊達はテーブルに並んでいる食べ物を食べたり、飲み物を飲み始めた。

 この宴は立食式になっている。座るところもあるが、今のところ誰も座っていない。

 俺は広間の隅で気配を消して、水を飲んでいると、声を掛けられた。


「ヴァーミリオン殿下。討伐戦、お疲れ様でした」


「レイヴン? 君も討伐隊に参加してたのか?」


 新人騎士のレイヴンがにこやかに会釈をする。

 彼とは魔法学園に通ってからも、時々手合わせをしている。


「はい。シュヴァインフルト総長から、殿下がこの度の討伐隊に参加されるとお聞きしましたので、志願しました」


「志願? わざわざ?」


「はい。殿下の指揮の下、戦いたかったので。殿下がどのように布陣を配置されるのか、どのような作戦で指揮をなさるのか知りたかったのです」


「そうか。私の指揮はどうだった?」


「とても戦いやすかったです。指示の伝達も早くて正確で、前衛を含めて、隊全員のことを考えていらっしゃっていて、異変があれば、ご自分が出られて、率先して戦われるお姿は誰も死なせないという想いが凄く感じられました」


 滅茶苦茶、俺の作戦を見られてる。段々、恥ずかしくなってきた。


「指揮官としては自分が出ることはあまり良くはないのは知っているけどね。自分だけ戦わずに見ているだけなのは性格上、無理だからね」


「いえ、逆に好感を持てました。私以外の他の騎士や宮廷魔術師達もそうだと思いますよ。この方の下で戦いたいと思うくらいに」


「ありがとう。そう言ってくれるのはとても嬉しいよ」


 照れ臭くなって、水を一口飲む。


「それで、殿下。不躾ではありますがお願いがございます」


「お願い?」


「はい。殿下が後々、王位継承権を放棄され、国所有の領地を拝領されるとシュヴァインフルト総長から私だけにですが伺いました。その時に、もし、私設騎士団を作られることがありましたら、私も志願しても宜しいでしょうか?」


 突然のことだが、嬉しい言葉でどう答えていいか悩んだ。


「それは嬉しい申し出だが、いいのか? 君は軍務大臣のデリュージュ侯爵のご子息だし、君の実力なら引く手数多だろう?」


「私は次男で、兄と比べると引く手数多ではありません。いずれ兄が爵位を継ぐと思いますが、私がずっと実家にいる訳にもいきません。それに、心からお仕えしたい方に私はお仕えしたいと思っていますから」


「それが、私だと?」


「はい。殿下にお仕えしたいです。今の私は、まだまだ力が及ばないところもあると思いますが、それでも貴方様にお仕えしたいです」


 レイヴンが左胸に手を当て、臣下の礼を取る。


「私設騎士団を作るのは全く頭になかったが、レイヴンが私に仕えたいと言ってくれたのはとても嬉しい。私で良ければ宜しく」


 断る理由もないし、レイヴンに微笑み掛ける。

 私設騎士団というのも良い案だなと思うので、頭の隅に留めておこうと思う。


「はい! 殿下、宜しくお願い致します」


 とても嬉しそうに笑って、レイヴンはお辞儀をした。

 それからレイヴンと話したり、セレスティアル伯爵と話したり、守備隊長や討伐隊に参加した他の騎士、宮廷魔術師達に話し掛けられたり、お礼を言われた。

 何故か、砦の侍女達に色仕掛けされそうになったところをハイドレンジアやセレスティアル伯爵、レイヴン、騎士や宮廷魔術師が鉄壁のガードを作り、あっさり撃退した。

 騎士や宮廷魔術師の中にも女性が何人かいるのだが、「我等の殿下に手を出そうとするとは」と侍女達に対して敵意剥き出しだった。

 いつの間に、俺は皆の殿下になったのだろう。

 そして、宴は終わった。




 次の日、とりあえず、砦でしないといけないことは全て終わり、カーマイン砦を後にした。

 早く王城に帰りたいので転移魔法を使いたいところだが、特にヘリオトロープ公爵に迷惑を掛けたくないので、こっそり馬達に回復魔法を掛けたり、身体強化の魔法を掛けたりして早く帰る作戦を俺の中で決行する。

 そのおかげで、予定の工程より一日早く王城に戻ることが出来て、ホッとしている自分がいる。

 昔は王城が広過ぎて、前世が一般人だった影響か全く慣れなかったが、今は王城の俺が住む南館に戻ると、我が家と感じている。ちなみに王城の他の場所、特に中央棟等は未だに慣れない。

 俺は中央棟にいる国王である父と宰相であるヘリオトロープ公爵に討伐戦の報告書を提出すると共に、簡単な報告を済ませた。

 帰り際に王妃である母と、王太子である兄もやって来て、俺の無事を確認しながら抱き着かれた。

 父と母、兄に抱き着かれて、ぐったりしたまま南館に戻ると、ミモザと青藍が待っていてくれた。


「ヴァル様、お帰りなさいませ! そして、お疲れ様でした!」


「ただいま、ミモザ」


「ハイドお兄様もお帰りなさい! お兄様、ヴァル様の勇姿は格好良かったですか?」


 いきなりミモザはハイドレンジアに尋ねた。隣に本人いるんですけど。


「そうだな。我が君はオークを百体以上は倒していらしたよ。とても格好良かった」


 素直に妹に答えるハイドレンジアを横目に見ていると、青藍がこちらにやって来た。


「お帰りなさいませ、ヴァーミリオン様、紅様」


「ただいま、青藍。変わりはない?」


「問題ありませんでしたよ。ただ、王城ではヴァーミリオン様の噂がもう広まっていましたよ」


 にこやかに青藍は微笑み、現状を知らせてくれた。


「俺の噂?」


「紅様と共にオークの半分を殲滅され、そのお姿がとても凛々しく美しい、正に軍神だとか、戦女神だとか」


 どっちだよ。

 男なのか、女なのか。男ですけど!


「オークを紅と半分倒したのは確かだけど、後半の軍神とか戦女神とかどっちだよ。噂は本当に適当だな」


 溜め息を吐き、頭を掻く。

 南館の俺の部屋に向かう間も王城の様子等を聞き、変わりがないかを確認した。

 ハイドレンジアも疲れているだろうから、ミモザと共に休んでいいことを伝え、帰ってもらった。

 ハイドレンジアとミモザが帰ったのを確認して、萌黄を呼び、俺と召喚獣だけになった。

 念の為、防音の結界も張り、萌黄と青藍に尋ねる。


「あの者や白きものについては何か分かった?」


『何も分からなかったです、マスター』


『私も同じくです。南館の書庫等を調べてみましたが特には。まだ他の王城内の書庫は調べきれていないので、様子を窺いながら調べようと思います』


「調べてくれてありがとう。何なんだろうな。特に白きもの」


 俺だけ完全に乙女ゲームではなくなった気がするけど、乙女ゲームの中にはなかった言葉で何を表しているのかが分からない。

 俺が知らないということは、ファンディスクや二作目にはある言葉なのだろうか。


「ディルのところに今から行ってくるよ」


 明日にはディジェムは一旦、エルフェンバイン公国に帰る。

 俺と入れ替わりだから、近況報告が出来ない。

 今は夕方だ。

 今なら突然行っても、大丈夫だと思う。準備で忙しいかもしれないけど。

 何となく、ディジェムには知らせておいた方がいい気がする。あとは、ウィステリアにも。


『分かりました。お気を付けて』


『我も行こう』


 青藍が頷くと、紅が俺の右肩に乗る。


『マスター、私が送りますよ!』


 萌黄が目を輝かせて、俺を見上げる。

 大人サイズではなく、いつもの手乗りサイズの萌黄を見て、ほっこりと癒やされる。


「分かった。ありがとう。ディルは魔法学園の寮にいる?」


『はい! 今は側近含めて誰もいないみたいですよ』


 風は何処でも吹くので、次期風の精霊王の萌黄はすぐ把握出来る。なので、ウィステリアの護衛に打って付けで、萌黄が俺の召喚獣になってくれてからは何かあった時に教えてくれるように言ってある。

 もちろん、彼女が今何をしているかとかは聞かないようにしている。

 婚約者とはいえ、プライバシーは必要で、俺は断じてストーカーになる気はない。

 逆にやられると病んでしまう。


「じゃあ、今なら丁度いいな。萌黄、魔法学園の寮の出入り口付近の目立たないところにお願い出来る?」


『お任せ下さい! マスター!』


 そう言うと、萌黄は風を操り、俺を風に乗せて移動させた。





 フィエスタ魔法学園の寮の出入り口付近に着き、萌黄に頭を撫でながらお礼を言うと、嬉しそうに笑って、王城に戻った。


「さぁ、ディルのところに行こうか」


 紅にそう言って、魔力感知を使いながらディジェムの部屋まで歩く。

 ディジェムの魔力は他の生徒と違い、青と紫が綺麗に混ざった青藤色のような色をしている。

 魔法の師匠のセレスティアル伯爵の話だと、持つ属性によって魔力感知の色が変わる。

 火は赤色、水は青色、風は緑色、地は茶色、光は黄色、闇は紫色、聖は白色、無は灰色になる。

 ディジェムの属性をちゃんと聞いていないので分からないが、魔力感知では青藤色なので、水の属性と闇の属性を持っているというのが分かる。俺のように属性を擬態していれば、答えが違ってくるが。

 ちなみにウィステリアの魔力は翡翠色で、彼女は光と水の属性だ。

 ゲームでもウィステリアちゃんは光と水だった。ゲームで悪役令嬢と呼ばれているのに、光属性を持っている。偏見だが、この時点でゲームのウィステリアちゃんは悪役じゃないだろうと言いたい。

 もちろん、悪い人でも光属性の人もいれば、良い人でも闇属性の人もいるので、一概に属性で判断してはいけないが。

 ディジェムがいるらしい部屋に辿り着き、扉を軽く叩く。すぐ応答の声が聞こえ、俺は扉を開ける。


「ディル、忙しい時にごめん。今いい?」


「ヴァル?! 討伐からいつ帰って来たんだ?」


 部屋のソファでのんびり寛いでいたらしいディジェムは、俺の姿を見て驚きながら跳ね起きた。


「さっきだよ。討伐も無事に終わって、報告した後にこっちに来た。君に報告しておこうと思って」


 そう言いながら、念の為、防音の結界を張る。


「報告? 何かあったのか?」


「うん。エルフェンバイン公国の公子としてではなく、友人としてというか、転生者仲間としてというか、表現が難しいところだけど」


 言い淀みながら、俺は討伐戦でのオークキングとの遣り取りをディジェムに報告した。

 だんだん、ディジェムの顔が険しくなった。


「という訳で、明日、ディルもエルフェンバイン公国に一旦戻るから、念の為、気を付けておいて欲しくて」


「ああ、それは分かった。分かったけど、六百体のオークをフェニックスと二人で半分殲滅って、どんだけだよ、ヴァル」


「ディルも余裕でしょ?」


「討伐隊と戦術込みでも、六百体はキツイって。俺の近衛と戦術込みでもせいぜい三百だよ。そうなるとドラゴンがいるだけで、うちの公国も大分楽になるよなぁ。公国を守る面でもドラゴンが召喚獣になってくれると本当に有り難いんだけどなぁ……」


「そこはディルが頑張らないと。それで、あの者や白きものって言葉聞いたことはある?」


 俺が聞き返すと、ディジェムは首を振った。


「ないな。ゲームでも今も聞いたことはないな。エルフェンバイン公国の城の書庫にあるか確認してみるし、ドラゴンが召喚獣になってくれたら聞いてみるよ」


「もし分かったら教えて欲しい」


「もちろん。あ、ヴァルが討伐の間、学園は特に何もなかったぞ。ウィスティ嬢は寂しそうだったけどな」


「ウィスティのこと、ありがとう。助かったよ。明日から甘やかしまくるよ。そのために予定より早めに終わらせたんだし」


 予定ではもう一週間、事後処理でカーマイン砦にいないといけなかった。

 それを寝る間を惜しんで終わらせた。

 終わらせないと、長い間、ウィステリアに会えない。深刻なウィステリア不足になる。


「ディル、俺なりに色々と案を考えてみたんだ。良かったら、公国に行く間、参考程度に読んでみて」


 十枚ちょっとの紙を空間収納魔法から取り出し、ディジェムに渡した。

 受け取ったディジェムは一枚目に少し目を通している。


「……これ、いつ考えたんだ?」


「砦から王城に戻るまでの馬車の中」


「……凄いな」


「ドラゴンが召喚獣にならなかった場合もあるし、念の為だよ。俺は心配症で小心者な性格だから」


 げんなりとした顔で、ディジェムは更に二枚目に目を通している。


「……俺からの情報や既に知ってる情報とかを纏めて、ここまで考えるのは正直なところ、ヴァルを敵に回したら怖過ぎる。ヴァルと会ったことないはずの第二公子の性格がしっかりバレてるし、やりそうな動きが事細かに載ってるし。預言者?」


「ただの転生者でカーディナル王国の第二王子です」


「いやそうだけど。これ、前世の攻略本みたいだ」


 三枚目、四枚目とぱらぱら読み、ディジェムは項垂れる。


「第二公子特化の攻略本は売れないと思うよ」


「真面目に返すな。真面目に」


「それと、これも渡しておくよ」


 空間収納魔法から三つ、俺が作ったネックレスを渡す。


「これは?」


「ディルが渡したのと同じ付与したネックレスだよ。ディルのご両親と第一公子に。第二公子を捕らえたにしろ、捕らえないにしろ、側室から狙われるだろうから、これなら毒とか暗殺とか多少は安心かと思って」


「ありがとう。助かる」


「出来れば、俺が作ったとは言わないで貰えると助かるよ」


「まぁ、そうだな。色々、厄介なことが起きるだろうし。学園内のダンジョンで手に入れたって言っておく」


 頷いて、ディジェムが懐に大切に仕舞う。


「ダンジョン?」


 聞いたことがない言葉を聞いたので、鸚鵡返しに答える。


「ああ。クレーブス先生が学園内に生徒用のダンジョンがあって、そのダンジョンに課外授業として近々行くって言ってたぞ」


「初耳だよ、それ。ダンジョンがあるなんて」


 ゲームやアニメでよくあるダンジョンがあるなんて。前世の姉と妹がプレイしていたロールプレイングゲームとかを思い出す。俺はプレイ出来なかったが、まさか実際に行けるとは。


「下層に行く程、魔物が強くなるらしいが、冒険者が行くような程の難易度はないらしいぞ。あくまで、生徒の実戦や体験目的で作られたものってクレーブス先生が話してた」


「作られたものということは、タンジェリン学園長が作ったとかなのかな」


「まぁ、エルフだから、経緯は知ってるだろうな。気になるから、聞けたら聞いておいてくれ」


「聞ける程、仲良くないから難しいけど、いつかね」


 そう言って、ディジェムと少し話をして、俺は王城に戻った。






 次の日、俺は馬車でウィステリアを迎えに行く。

 ウィステリアの母のアザリアさんと兄のヴァイナスが俺の無事な姿を見て、安堵の表情を浮かべて、労ってくれた。

 シャモアも安堵の表情を浮かべ、一礼してくれた。

 ウィステリアは馬車に乗った途端、俺の隣に座り、身を乗り出した。


「リオン様。お怪我、お怪我はありませんか?!」


「全然。全く。怒られるかもしれないけど、紅も俺も本気をあまり出さずに終わったから」


 むしろ、無傷で終わりました。剣が折れたけど。


『引きずらないと言っていなかったか?』


 紅のツッコミに笑顔で誤魔化し、ウィステリアの方に身体を向けた。


「討伐隊は死者が出なかったし、とりあえず、カーマイン砦付近のオークは殲滅したから、しばらくは討伐に俺が行くことはないと思うよ」


 多分。今のところはヘリオトロープ公爵からも何も聞いてないし、大丈夫なはず。

 口にすると本当になりそうなので、続きは言わないようにする。


「そういう訳だから、今日から一緒に学園生活再開だよ、リア」


 にっこりと微笑むと、ウィステリアの顔が赤くなる。はぁ、可愛い。


「ところで、リア。俺がいない間、寂しそうだったとディルから聞いたけど、寂しかった?」


「え、あ、えと……はい……寂しかった、です……」


 顔を真っ赤にして、ウィステリアは呟くように言った。


「俺も寂しかったよ。で、今日からリアを甘やかしまくるから」


「滅茶苦茶笑顔ですね、リオン様」


 満面の笑みを浮かべて、というか隠しきれない笑顔で俺は言うと、ウィステリアが突っ込んだ。







 フィエスタ魔法学園に着き、教室に入ると、アルパインとヴォルテールがすぐにやって来た。


「ヴァル様、討伐戦お疲れ様でした! たくさん、魔物を倒したとお聞きしました。また剣を教えて下さいっ」


 アルパインが目を輝かせて、俺に言う。俺より背が高いのに、何故か低く感じるのは心象的なものなのだろうか。


「ヴァル様、お疲れ様でした。父から聞きました。剣や魔法を駆使してフェニックス様と半分を殲滅なさったと。どのような魔法を使ったのか教えて下さい」


 ヴォルテールも目を輝かせて、俺の方に身を乗り出してきた。父親のセレスティアル伯爵と同じで魔法大好きだな。


「二人共、ありがとう」


 それからクレーブス先生の授業が始まる。



 一日の授業も終わり、討伐でいなかった間の授業はウィステリア、アルパイン、ヴォルテールが纏めてくれたノートのおかげでよく分かった。 

 最後に課外授業の話になり、明日、ディジェムから聞いた、学園内にある生徒用のダンジョンに行くことになるそうだ。

 まだ一年なので、今の時点では行けるのは地下三階までで、今後の生徒の状況次第で行ける階が増えるらしい。

 そして朝になり、いつもの通りウィステリアを迎えに行く。


「ダンジョン、どのような感じなのでしょうか」


 馬車の中で、ウィステリアはわくわくした顔で話す。

 前世でゲームをしていたこともあり、ダンジョンがどのようなものなのか気になるのだろうな。可愛い。


『リオンはリアなら何でも可愛いのだろうな……』


 溜め息混じりに紅は呟く。


『可愛いものは可愛いんだよ』


『まぁ、気持ちは分からんこともないが……』


 少し呆れ気味で紅は息を吐いた。




 教室に着き、ウィステリアとアルパイン、ヴォルテールと今日課外授業で行くダンジョンの話をしていると、クレーブス先生が教室に入ってきた。


「おはようございます、皆さん。今日は課外授業で学園内にある生徒用のダンジョンに行きます」


 クレーブス先生の言葉に、期待に満ちた目で生徒達が先生を見つめている。

 ダンジョンに皆、行きたいんだな。かく言う俺もそうだけど、皆の目が凄い。


「ダンジョンには二人一組で入って頂きます。冒険者が行くような本当のダンジョンではありませんが、もちろん、ダンジョンなので罠や魔物がいるので気を付けて下さい。ダンジョンに入る前に、このブレスレットを皆さん着けて下さい。魔物の攻撃がある程度、当たったらダンジョンの出入り口に強制送還されるように魔法付与されたものです。あとはダンジョンの地図と自分の位置が表示出来るようになってます」


 クレーブス先生の説明を聞き、配られたブレスレットを皆それぞれ着ける。

 俺は着ける前に念の為、魔力感知で確認する。

 鑑定とまではいかないが、魔力感知である程度付与されたものが分かる。これも魔法の師匠のセレスティアル伯爵に教わったものだ。

 ブレスレットには指定場所への強制送還と、ダメージ蓄積を確認する魔法、それと地図の表示と自分の位置確認の魔法が付与されている。

 意外と便利なブレスレットだ。

 ウィステリアやアルパイン、ヴォルテールのブレスレットも念の為確認したが同じものが付与されていた。変なものは付与されていないようだ。

 安心した俺もブレスレットを着け、クレーブス先生の話の続きを聞く。


「次は二人一組で行くための組分けを発表します。タンジェリン学園長が入学時に確認した能力を総合して決めたものをお伝えします。今後は、皆さんの成績で分けていきますので、座学も実技も頑張って下さいね」


 そう言って、クレーブス先生は発表していく。

 結果はアルパインとヴォルテール、俺とウィステリアだった。

 個人的には良かった。多分、タンジェリン学園長の配慮なんだと思う。


「ヴァル様、一緒ですね。良かった」


「そうだね。正直、ウィスティで良かった」


 本当にウィステリアで良かった。他の生徒だったら、二人になった瞬間、面倒なことになる気がする。

 それに、ウィステリアと一緒に戦うのは初めてだ。

 どんな戦い方が得意かも分かれば、模擬戦等もあるようだし、今後のことも考えられる。


「今回はウィスティが戦ってみる? 俺はサポートするよ」


 わくわくした目のウィステリアに提案する。

 ウィステリアには楽しんでもらいたいので俺はフォローしようと思う。

 実戦どころか、俺は討伐戦を経験した訳だし。実際のところ、俺一人で過剰戦力だと思う。


「いいのですか?! 私もお父様やお母様、お兄様に剣や魔法を教わって、ヴァル様にも教わった魔法もありますし、試してみたいです」


 それぞれ手をグッと握り、嬉しそうにウィステリアは笑う。

 クレーブス先生によると、ダンジョンには同時に入るらしい。と言っても、入ると同時に魔法陣によってそれぞれ違うスタート地点に飛ばされ、ゴールを目指す。

 ゴールは地下三階の最奥。

 最奥にある魔法陣に立つとダンジョンの出入り口に戻る仕組みになっている。

 今回は競争ではなく、あくまでダンジョンとはどんなものかを知るためのものらしい。

 ダンジョンの雰囲気に慣れていき、今後、魔物を倒した数や目標までの到達時間等をお互い競い合うそうだ。その時は二人一組ではなく、パーティーという形で組んで競い合うらしい。

 それはそれで楽しみだなと感じる。

 ガーネットクラスの生徒三十人全員が収まるくらいの大きな魔法陣に立つと、魔法陣が光り輝く。


「それでは今からダンジョンに行きますよ。皆さんの様子は出入り口で私と、後でこちらに来るタンジェリン学園長と一緒に確認していますので、安心してダンジョンの様子を学んで来て下さい」


 魔法陣が発動し、二人一組になった十五組がそれぞれのスタート地点に飛ばされた。





 スタート地点に着き、俺はウィステリアがいるか確認する。


「リア、大丈夫?」


「はい、私は大丈夫です。リオン様」


「良かった。紅も大丈夫? というか、紅も連れて来て良かったのかな」


『我も問題ない。良いのではないか? 駄目であれば、ダンジョンの魔法陣で弾かれるはずだ』


「そっか。それなら、早速行こうか」


 そう言って、ブレスレットで地図の表示をさせる。


「俺とリア、紅はこの位置にいるみたいだね」


 地図を一緒に見て、指で示す。

 ダンジョンの地下一階のちょうど左端だった。地下二階に行く魔法陣がある場所から一番遠い。

 遠いということは魔物や罠に遭遇する確率は高い。


「魔物は流石に一年生でも倒せるレベルだとは思うけど、気を引き締めておかないとだね。リア、思う存分、やっちゃっていいからね。俺がサポートするよ」


「はい! 頑張ります!」


 気合いの入った声で頷く、ウィステリアの目がきらきらと輝いている。

 スタート地点から早速、出発する。

 魔力感知を発動させて、一緒に進む。

 早速、魔物が近くにいる反応がある。


「リア、右前方に魔物が三体いるよ。もうすぐこっちに気付くよ」


「わ、もうですか? 分かりました!」


 ウィステリアは頷き、右前方を向き、構える。

 魔物が三体見えた。ゴブリンだ。

 三体共見えた瞬間にウィステリアは水の魔法で刃を作り、放った。

 放った水の刃はゴブリン三体を横に両断し、あっという間に絶命した。死体は光になって霧散した。 

 ダンジョンでは死体は光の粒子になって消え、しばらくするとまた復活する。前世のロールプレイングゲームとかと一緒だなと感じる。


「凄いよ、リア。この調子で進んでいこう。魔物が現れたら、すぐ教えるよ」


「はい! ありがとうございます、リオン様」


 一撃で倒せて嬉しそうにウィステリアが微笑む。

 怖がるかと思ったが、大丈夫のようだ。



 それからどんどんウィステリアは現れた魔物を倒していき、地下二階へ通じる魔法陣に辿り着いた。


「リア、魔力切れにはなってない?」


「はい。思っていたより、私も魔力があるようで全然疲れてないです」


『リアもリオンまでとはいかないが、魔力が高いからな。宮廷魔術師五人分くらいだろう。このまま実技やダンジョンで鍛錬すれば、卒業するまでにセレスティアル伯爵くらいの魔力量に達するだろう』


「まぁ、そうなのですね……。それなら、しっかり鍛錬しなくては! リオン様を支えるために頑張ります!」


 更に気合いが入ったようで、ウィステリアは両手で拳を作る。


「俺を支えるためって……。リア、抱き締めていい?」


 嬉しくて、可愛い愛しの婚約者を抱き締めたい衝動に駆られる。


「わわわ、リオン様は今は抱き締めないで下さい。ダンジョンの中ですし、私、汗を掻いてますし!」


「全然、気にならないよ。俺を支えるためって言ってくれて嬉しくて、全く気にならない」


「私は気になりますっ。お風呂! お風呂に入ってからにして下さいっ」


 ウィステリアの顔が真っ赤のまま叫ぶ。

 お風呂って、ヘリオトロープ公爵邸に戻ってからということになる。

 つまり、夜に来いって言ってるとこの子は分かっているのだろうか。その前に立ちはだかるヘリオトロープ公爵夫妻と兄、侍女がいるので確実に今は無理だ。結婚してからのお預けか。こうなることを見越しての発言なら、俺よりも軍師向きだよ、この子。


『……天然だと思うぞ、リオン』


 紅が静かに教えてくれる。

 そうですよねー。天然の恐ろしさよ。


「はぁ。お預けか。残念。じゃあ、続きは結婚してからだね。それまでは別の方法で甘やかすから」


「な、何をする気ですか?」


「リアが嫌がるようなことはしないよ。それは俺の本意ではないし、嫌われたくないし」


 するとしたら、リアにしか見せない笑顔を見せたり、言葉で褒めちぎったり、手や髪に触れるとかになるかなぁ。

 ああ、早く卒業して、結婚したい。

 いや、学園生活も楽しいこともあるだろうし、早く卒業はしたくない思いもある。

 面倒臭いな、俺。


「とりあえず、先に進もうか」


 これ以上、悶々とするのもあまり宜しくないので、気を取り直してウィステリアに提案する。


「そ、そうですね。まだ先は長いのですし」


 ウィステリアも頷き、二人で魔法陣に立つと、魔法陣が発動する。

 光り輝き、魔法陣によって移動した感覚がする。

 周囲を見ると、地下一階とは違う空気を感じる。

 それと、ずっと発動している魔力感知が何か違う魔力の反応を示すが、その方向を見ても何もない。

 隣にウィステリアがいることを確認し、周囲をざっと見る。

 地下一階と違い、広い空間ではなく、一つの部屋のような場所に俺とウィステリア、紅がいる。

 違和感がする。これは地下二階ではないようだ。

 ブレスレットの地図を表示させるが、四角形の一つの部屋の端に俺とウィステリアがいると示している。


「地下二階じゃないな」


「えっ、違うのですか?」


「うん。空気が澄んでる。さっきの地下一階は魔物がいることもあって、空気が淀んでたけど、ここは澄んでる。それに、ブレスレットの地図も地下二階のような感じの表示じゃない」


 そう言って、俺はウィステリアにブレスレットの地図を見せる。


「確かに……。では、ここは何処でしょうか?」


「よくある隠し部屋かなぁ。その割には空気が澄み過ぎて違和感しかないけど」


『凄いね、君。ここが隠し部屋だと理解するまでが早い』


 男性の声が聞こえ、ウィステリアを背中に隠して構え、辺りを見渡す。

 人の気配はない。魔力感知で先程反応した魔力がある方向を向く。

 先程は何もなかったのに、そこには剣があった。


「……剣? クラウ・ソラス?」


 見覚えがある。王城の宝物庫にあった剣と似ていた。

 名前は光の剣、クラウ・ソラス。

 カーディナル王国の初代国王が使ったと言われる剣で、カーディナル王国の至宝だ。

 飾るための豪華なものではなく、武器として戦えるように落ち着いた飾りが鍔にあり、鍔の中央には俺の髪と同じ紅色の宝石が嵌め込まれてあり、柄は蘇芳色で、柄頭にも同じ紅色の宝石が嵌め込まれている。鞘は艶のある漆黒色で先端に鍔と同じように紅色の宝石が嵌め込まれている。刀身は鞘に収まっているから分からない。

 王城の宝物庫にあるクラウ・ソラスはレプリカだ。

 どういう訳か、初代国王が亡くなったと同時にクラウ・ソラスは行方不明になった。

 慌てた二代目国王が、初代国王の友人の鍛冶師にお願いして、レプリカを作り、宝物庫に置いた。

 それから何代もの国王が本物のクラウ・ソラスを探すが見つからず、今も探していると聞いている。

 この話は王家に連なる者しか伝わっておらず、カーディナル王国の貴族達は宝物庫には本物が置いてあると思っているそうだ。

 ちなみに、クラウ・ソラスは意志があり、自ら使い手を選ぶと言われているが、記録によれば今のところ初代国王以外の使い手はいないらしい。

 そんな剣が目の前にある。

 本物かは知らないが。

 そういえば、タンジェリン学園長は初代国王を知っている。ということは、クラウ・ソラスも知っているということであり、本物なら意志があるらしいし、タンジェリン学園長に頼んでダンジョンに住み着いているのかもしれない。


『私を知っているんだね、ヴァーミリオン。話が早くて助かる』


 クラウ・ソラスらしい剣が喜々とした声を上げる。


「いや、助かるとか言われても。本物のクラウ・ソラス? レプリカではなく?」


『レプリカと一緒にしないで欲しいな。まぁ、あれは私が初代国王の友人の鍛冶師にお願いして作ってもらった物で確かに私と似てるけど、似ていないところがあるし』


「ああ、その紅い宝石と鍔の飾りが少し違うしね」


 クラウ・ソラスらしい剣の言葉に俺も頷く。


『え。よく気付いたね』


「気付くも何も宝石の色が宝物庫と違うし、飾りはレプリカの方が少し豪華ではないし。初代国王の友人の鍛冶師の人も本物の方が美しいと言わせたかったんだろうね。それにしても、王家に連なる者しか伝わっていない内容では、レプリカを作ったのは二代目国王と言われていたけど、実際はクラウ・ソラスが頼んだんだな……」


 ということは、目の前にある剣が本物の光の剣クラウ・ソラス。驚いた。


『……君、あまり驚いてないね』


「いや、これでも驚いてる。顔に出ないだけで」


 周りの大人や貴族達のおかげです。


「本物かぁー」


『棒読み過ぎる』


「それで、どうして俺達をここに?」


 一日ダンジョンにいるとはいえ、時間が勿体ないし、本題に入る。


『ヴァーミリオン、この前の討伐で剣を折ったでしょ? 君、私の使い手にならない?』


 あっさりした声で、クラウ・ソラスが聞いてきた。

 その声があっさり過ぎて、正直、厄介事を背負いそうで怖い。

 剣が折れて、新しい剣を探そうとは思っていたのは確かだが、何か裏を感じる。

 そして、何故、俺の名前や事情を知っているのだろうか。


「なるならないの前に、何故、俺の名前や事情を知っている?」


『慎重だね。ますます使い手になって欲しいね。私は最後の使い手の初代国王が亡くなってから、このダンジョンの隠し部屋で寝たり起きたりを繰り返していてね。起きている時は時折、ダンジョンの外をここから見てたりして、新しい使い手を探していたんだ。君の名前や事情を知っているのは、ここで、生まれた時から君を見ていたんだ』


 クラウ・ソラスの告白に、俺はぎょっとした。


「え、ずっと俺を見ていたって……ストーカー……?」


『こらこら、やめろ。そんなんじゃない。私だって、ここ二百年くらいは寝ていたんだよ。もう少し寝ているはずが、君が生まれた時に強制的に目が覚めた。分からなくて外を探っていたら、君を見つけた。君の魂の輝きに圧倒されて、目が離せなくなって、ずっと見ていたんだ。だから、事情も知っている。君が転生者というのも、そちらの婚約者のお嬢さんも転生者というのも』


 クラウ・ソラスは静かに告げる。


『それと、まさかの初代国王の召喚獣のフェニックスが紅と名付けられて、友人として君の側にいるのが腹ただしくてね。君を最初に見つけたのは私なのに!』


 え、そこ、嫉妬するところ?


『早い者勝ちだ、クラウ・ソラス。残念だったな』


 勝ち誇ったように今まで静かにしていた紅が胸を張る。面倒になるから煽るなよ。


『私も、君に使い手になってもらって、名前を付けて欲しい! 私なら、君が本気で振るっても折れないよ! ついでに、光の剣と言われているから、魔物や魔獣を浄化なんて朝飯前だよ! むしろ、弱いのだったら、斬る前に近付いただけであっさり浄化するよ! 君とは相性が合う気がするから、初代国王でも無理だった私の本領を君なら発揮出来ると思うんだ。どう? 使い手にならない?』


 ……伝説の剣が自分で押し売りしてくる。押し売りされると価値が下がるような気がするのは俺だけだろうか。

 カーディナル王国の至宝だよ、至宝。

 子供ながらに、クラウ・ソラスの話を聞いた時は伝説の剣、凄いと思っていたのに、実際とのギャップで胸焼けがする。


「……ちなみに、本領を発揮って何?」


『私を人型にすること、かな? 初代国王は声は今みたいに聞こえてたんだけど、人型までは出来なかった。出来ても、五歳の子供くらいの大きさだった。君なら大人の私で人型に出来ると思う』


「人型にするメリットは?」


『私自身の魔力と君の魔力を使って、限定されるけど大切な人のみを守ることが出来る、かな? 剣だから、あらゆる剣なら使いこなせるし、従えらせるよ』


 大切な人のみを守るというのは、確かに俺にとってメリットがある。

 俺の場合は何に替えてもウィステリアだ。

 ウィステリアがいないと、俺は確実に生きていけない。

 流石、俺をずっと見ていただけはある。

 俺の強みで弱点をよく知ってる。


「……クラウ・ソラスの使い手になるデメリットは?」


『ない、と言いたいところだけど、あるとしたら、私の話し相手になることかな? 初代国王の時もそうだったけど、作られてからずっと暇でね。寝たり起きたりしてたけど、話し相手が欲しくて仕方がなくて。ずっと話し掛けるから初代国王にはよく怒られたよ。だからそれがデメリットだと思うよ。あ、もちろん、時と場合はちゃんと空気を読むよ。身体的なデメリットはない。使い手になれば、離れたところに私を置いていても、喚べば召喚獣のように君の元に現れるし、普通の剣の格好に擬態も出来るよ?』


 ……便利だな、クラウ・ソラス。

 子供の時に読んだカーディナル王国の歴史の本にもあったが、使い手になりたがった者が多いのはよく分かる。


『どう? 私の使い手になってくれる? 私の名前を付けてくれる?』


 人懐っこい男の声で、クラウ・ソラスは俺に尋ねる。


『リオン、話し掛けられるのは面倒臭いが、クラウ・ソラスはかなり役に立つぞ。我も初代国王の召喚獣だった時に見ていたが、役立っていた』


『良いこと言うじゃん、フェニックス!』


「……分かった。俺で良ければ使い手になるよ。剣を探していたのは確かだし」


『本当か?! ヴァーミリオン、ありがとう! あ、私もリオンと呼んでもいい?』


「いいよ。それで、使い手ってどうやってなるんだ?」


『私の柄を握って、鞘から抜いて、魔力を通してくれる? それで私の使い手になれる』


 クラウ・ソラスに言われたとおりに、壁に立て掛けてある剣の柄を握る。

 初めて握るのに、今まで使っていたかのように手に馴染む。相性が良いというのはこういうことなのだろうか。

 柄を握り、鞘から抜く。すんなり軽く抜け、銀色の刀身が露わになる。

 魔力を通すと銀色の刀身が明るい薄い赤――鴇色になる。


「これでいいか?」


『ありがとう! 凄く私と魔力が馴染むね。やっぱり、君とは相性が良いみたいだね。ほら、もう人型になれるよ』


 クラウ・ソラスが輝き、俺の目の前に蘇芳色の髪、銀色の目の俺と変わらない年頃の美しい顔立ちの青年が立っていた。

 女顔じゃないのか。少しだけ、悔しい。


『凄い! ほんの少しの魔力でここまでの姿に出来るなんて、リオン、君、凄いよ!』


 ぴょんぴょん俺の周りを飛び跳ね、クラウ・ソラスが嬉しそうに言う。


『改めて、ヴァーミリオン。これから宜しく』


「こちらこそ、宜しく。名前は蘇芳(スオウ)でどうかな?」


 そのまま人型のクラウ・ソラスの髪の色からだが、俺としては気に入っているのだが。


『蘇芳! 良いね! ありがとう』


 クラウ・ソラス――蘇芳は嬉しそうに微笑んだ。

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