第34話 討伐〜初陣

 俺を含めて三人目の転生者が出て来て、驚きつつも嬉しくて、エルフェンバイン公国の第三公子、ディジェム・リヴァ・エルフェンバインと友人関係になって早三週間。

 魔王と呼ばれる公子は俺とウィステリアの前では、普通の年頃の青年だ。なので、魔王を演じる彼が逆に想像出来ない。

 そんなディジェムから、エルフェンバイン公国で起きる内乱を止めて欲しいと言われ、情報を集めている。

 王城の俺の部屋で、紅、萌黄、青藍と、ディジェムから聞いた情報とエルフェンバイン公国の情報を取りまとめる。


「……自分の国でもいっぱいいっぱいなのに、ディルに頼まれたとはいえ、他国のことに干渉するのはなぁ……」


 エルフェンバイン公国の内乱は今から半年後に起きるそうだ。

 内乱の内容は公国の公王と後継者である第一公子を第二公子が襲撃して、自分が公王になるためだそうだ。

 この話は乙女ゲームの二作目の内容に出てくるらしい。メイン攻略対象キャラの魔王と呼ばれるディジェム公子が二作目のヒロインと共に、父と兄を殺し、公王となった第二公子を討ち、ディジェム公子が公王になる、という話だそうだ。

 俺は二作目を知らないので、ウィステリアとディジェムから聞いた。

 今から約半年後に起きるその内乱の動機は、よくある王位簒奪だ。

 ディジェムの話だと、第一公子は出来る公子らしく、弟のディジェムに対しても好意的で、何より王妃の母から生まれた兄弟らしい。対して、第二公子は側室の子で、異母兄弟。言葉は悪いが、出来が悪いらしく、幼少の頃から第一公子と比べられて育ったそうだ。それが影響してか、第二公子の母親は王妃の座を狙って王妃を毒殺しようとしたり、暗殺しようとしたりしているらしい。

 第二公子も第一公子とディジェムを側妃同様、毒殺や暗殺を企てたりしているらしい。

 殺伐としていて、うちの親子関係、兄弟関係が良好なことにホッとしている自分がいる。


「出来が悪いと言われている割には、この公子、内乱が上手くいってゲームでは王位簒奪が出来てるよな」


『爪を隠していたのか、裏で手引きしている者がいるかだろうな』


「リアとディルの話だと、ゲームではヴァーミリオンの時と違って、黒幕はいなかったようだけど、この第二公子が爪を隠していたような感じには見えないな」


 前々からヘリオトロープ公爵から聞いていた情報では、本当にこの第二公子は出来が悪いようで、公務を配下に丸投げしたりしていたようだ。その配下も残念らしく、上手く公務が出来ていないことで、公王からの評価は低い。

 それと第一公子派の貴族と第二公子派の貴族間でも対立があるらしい。勢力は五分らしく、その数の多さに、第二公子を傀儡にする気満々なんだろうなと思う。

 第三公子のディジェムは公務をこなし、更には高い魔力で、盗賊等を討伐しているため、魔王と呼ばれ公国では一目置かれているが、この後継者争いに無関心を決めており、第三公子派の貴族も同じ姿勢を取っている。

 その第三公子がカーディナル王国のフィエスタ魔法学園に留学している時に、第二公子が公王と第一公子を殺し、公王になる。


「ディルがうちの国に留学をしている間に王位簒奪をしているなら、ディルを重要視しているってことになる。まぁ、魔力高いし、魔王と呼ばれているくらいだし。更に彼が怖れられたら牽制出来る?」


『どうでしょうか。逆に、第二公子が怯え過ぎて反撃する恐れもありますよ』


 青藍がそう言うと、俺はあることを閃いた。


「三人に聞くけど、エルフェンバイン公国の象徴の召喚獣はいる? うちの国では紅だけど」


『いますよー。エルフェンバイン公国はドラゴンです。国旗もドラゴンが描かれてますよ!』


 萌黄が手を挙げて、ふわふわと宙を浮かびながら、教えてくれた。

 ドラゴン! 魔王にドラゴンは見た目で鬼に金棒だな。


「もし、ドラゴンをディルが召喚獣に出来て、それを報告しに一旦国に戻ったら、第二公子はどうする?」


『第三公子に更に目を向けるでしょうね。動くでしょうし、国の象徴であれば、出来ることなら召喚獣にしようと考えるのでは?』


「俺と同じ方法で、ドラゴンと魂で契約すれば、自分の召喚獣には出来ないし、もし、内乱が起きる前に第二公子が動いてくれたら、抑えられるかもしれない。まぁ、ディルとドラゴンの気分次第だけど。半年待って相手が準備万端になるより、準備出来ていない時に潰すのが効果的だと思う」


『……よく捻り出したな、リオン。我は感激したぞ』


 紅に褒められ、少し照れ臭いが嬉しい。


「ディルに提案してみてだけどね。上手くいけば短期間で終わるはずだ」






 そして、次の日に王族用の個室でディジェムに提案してみると、かなりの乗り気で自分の側近に指示する準備を始めた。


「ドラゴンは頭になかったよ、ヴァル。よく考えついたな」


「上手く行けばいいけどね。俺と同じ方法で召喚獣にドラゴンがなってくれれば、俺とフェニックスみたいに一緒にいれるし楽しいと思うよ」


「でも、俺の思考だだ漏れなんだろ? 俺が推しのことを考えているのもバレるんだろ?」


「分かるのは確かにお互いの思考だけど、あまり気にならないな。特にフェニックスとは三歳からの付き合いだけど、イケメン過ぎて、将来ああなりたいと思うくらい。シルフィードも、青薔薇の精霊も家族みたいで気にならないよ」


 紅茶を飲みながら伝えると、右肩に乗る紅が嬉しそうだ。

 成り行きだったけど、今思えば、あのタイミングだったから三人共、俺の召喚獣になってくれたのかもしれない。


「召喚獣が三体は凄いな……。俺も大概、多い方だけど、ヴァルも魔力多過ぎるだろ。まぁ、でもドラゴンは転生者でゲーマーだった俺としては魅力的だ。フェニックスと一緒で憧れる召喚獣の一体だし。やってみるよ。ありがとな、ヴァル」


「逆鱗に触れないように気を付けて。出来れば、魔王の方ではなくて、今の地の方でドラゴンに接した方が良いと思う。特に魂の契約をするなら、召喚獣はその人の本質を見ると思うから」


『流石だな。ヴァルはよく見ている』


 紅が嬉しそうに言って、頷いている。


「そうだな。それは確かにな。事情も説明するつもりだが、魔王っぽくすると上から目線になるし、やられた側は嫌だよな」


「俺はディルの魔王の方はまだ見たことないけどね」


 俺はまだ見たことないけど、魔王と呼ばれるくらいだから、俺の二重人格高圧王子より凄いのだろうし、ドラゴンにそれをしたら、一触即発になりかねない。


「ところで、ウィスティ嬢は今日いないがどうした?」


「ああ、ウィスティは公爵領のお祭りの準備。公爵家主導だから手伝いに行ってるよ」


「そうか……。それは寂しいよな、ヴァル」


「そうだね。しかも、明日からしばらく会えないし」


 深い溜め息を吐く。またしばらく、深刻なウィステリア不足が起きる。この三週間は魔法学園でずっと一緒だったから、反動が酷いだろうな。


「何でだ?」


「……ここ数年、この国で増えてきた魔物と魔獣を俺の指揮で、討伐することが決まって、明日から発つ」


「そうか、この国でも魔物と魔獣が増えたって聞いていたが、ヴァルが指揮するのか」


「俺にはフェニックスがいるからね。国の象徴だから、士気も上がるだろうし、討伐出来たら、その付近の国民の王家の支持が上がる」


「面倒だな」


 腕を組んでディジェムが溜め息を吐く。

 二作目のメイン攻略対象キャラというだけあって、憂い顔が麗しい。一作目のメイン攻略対象キャラのヴァーミリオンとは違うタイプの見目麗しさで、何より女顔じゃないのが羨ましい。


「王族だから仕方がないよ。陛下の命令を王子が聞かないわけにはいかない」


「そうだけどなぁ。俺と違って、ヴァルは策を弄する方だろ? 軍師みたいな」


「そうでもないよ。戦うし、何より襲撃事件の時は俺が先導して魔法や剣を使って制圧したし」


 あっさり過ぎたけど。


「戦う軍師って格好良くない?」


 ニヤリと俺が笑うと、ディジェムが吹いた。

 気に入ったようだ。


「確かに。見た目でどうしても見てしまうが、強いんだった。また手合わせして欲しい」


 この三週間、昼休憩の時や休日の時に訓練場でディジェムと手合わせをしたりしている。アルパインやハイドレンジアが参戦したり、魔法の時はヴォルテールが参戦したりしている。

 その度、参戦はしないがウィステリアも来てくれて、目を輝かせて見ているのを見ると、もしかしたら、前世のゲーマーの血が騒いでいるのかもしれない。


「もちろん。それで、俺が帰るまで、まだドラゴンのところに行かないだろうと踏んで、ディルにお願いがあるんだけど」


「何だ? 俺で出来ることなら聞くぞ」


「俺がいない間、ウィスティをお願い出来る? 貴族の男のいやらしい目が気になる」


「ああ……時々、不穏な気配や殺気を出すよな、ヴァルが。納得したわ。俺で良ければ、防波堤になるよ」


「ありがとう。助かるよ」


「だけど、言っておくが、あのいやらしい目、一部はヴァルに行ってるからな?」


 紅茶を飲もうとして、ピタリと止める。


「……何で?」


「あれじゃないか? 女顔で、確か、王妃様にそっくりなんだろ? 細身のヴァルを女装させたいとか思ってるんじゃないか? または想像しているとか」


 ぞわりと鳥肌が立つ。

 そして、三年前の思い出したくない女装を思い出す。母のために一度したとはいえ、もうしたくない。思い出したくない部類の、思い出の奥底に閉まっておいたのに。


「そういう奴を抹殺出来る方法ないかな……」


 物騒なことを思わず考える。


「物騒過ぎるだろ、落ち着け。しかも、今日に限ってウィスティ嬢がいないし。誰も止められないからマジで落ち着いてくれ」


「それはさておき。ディルにこれ、渡しておくよ」


 空間収納魔法からある物を取り出し、ディジェムに渡す。


「さておくのかよ。とりあえず、落ち着いて良かった。で、これは何だ?」


「俺の手作りネックレス。その石は魔石で、俺が魔法付与してるから。付与したのは物理と魔法結界、状態異常無効だよ」


「……いやいや。これ、この前の授業でクレーブス先生が言ってたよな? 物理結界と魔法結界は両立しないって」


「そうなんだけど、間に状態異常無効を入れたら両立出来たんだよね」


 紅茶を飲みながら、不思議だよねーと俺が言うと、ディジェムが溜め息を吐いた。


「間に状態異常無効を入れても、普通、両立しないだろ。まぁ、でも、俺も毒を混入されたり、媚薬を仕込まれたりしたことがあるから、状態異常無効は助かる。ありがとう」


「やっぱり王族あるあるなのかな。毒や媚薬」


「ヴァルもあるのか。お互い大変だな」


 お互い笑い合い、拳をぶつける。

 こういう身分を気にしない友人関係もいいなと思う。アルパインやヴォルテールともそうなりたいと思うが、なかなか難しい。








 そして、次の日。

 俺は父である国王に、魔物と魔獣の討伐を命じられ、王国の北のカーマイン砦に向かうことになった。

 討伐なので、騎士団と宮廷魔術師団から数部隊が編成され、指揮は俺がすることになる。

 しかも、初陣が一個隊の指揮ではなく、全体の指揮というのが、父の俺に対する期待が分かる。俺というより、紅に対する期待だと思うが。

 それ程、今回の魔物と魔獣は厄介なのだろうか。

 魔物と魔獣に関しては、カーマイン砦に到着後に報告があるそうだ。

 今回の討伐隊の中には宮廷魔術師団の師団長のセレスティアル伯爵が俺の下にいる。三年前の囮作戦の時にシュヴァインフルト伯爵が俺の護衛だったので、今回はセレスティアル伯爵が自分の番だと凄んだ結果らしい。

 あとはハイドレンジアが共に来ている。

 近々、結婚するのだし、俺としては死亡フラグを避けたいあまりに王城で待つようにと伝えたが、粘られ、俺が作り渡したネックレスを必ず身に着けることを条件に共に行くことになった。

 この討伐隊の目標は、カーマイン砦付近で増えている魔物と魔獣の殲滅だ。

 俺個人の目標は誰も死なせないこと。

 マズイと思ったら、俺が先頭に立って、本気で殲滅するつもりだ。本気を出した後、何を言われても、命が守れるなら後悔するつもりはない。


『暴れるなら、我も混ぜろよ、リオン』


「元々、紅にもお願いするつもりだったから、その時は宜しく」


 紅がいるから、初陣でも全く緊張はない。

 どちらかというと、騎士や宮廷魔術師の命が失われないようにすることの方が緊張する。


「我が君、お身体は大丈夫ですか? 馬車に乗られた方が……」


「平気だ。今回は馬車はいい。この辺りの地形を知っておきたい。心配してくれてありがとう」


 ハイドレンジアが心配そうに馬に乗る俺を見る。その彼も馬に乗っている。

 今回は三年前の囮作戦と違い、カーマイン砦での完成式典ではなく、討伐戦のために向かう。

 この辺りの地形はもちろん、場の雰囲気にも慣れた方が良い。俺の一言で、命が左右される。場に飲まれてしまったら、決断が一呼吸、二呼吸遅れる。

 そうなる訳にはいかない。

 尚も心配そうに、俺を見る側近に苦笑する。


「カーマイン砦に着いたら、ちゃんと休む。そんな顔をするな、レン」


「また、無理をなさるおつもりですよね、我が君」


「状況によってはね。マズイと思ったら、本気を出す」


 正直、今までほとんど本気を出したことがないから、どのくらい通用するかが分からないが、討伐隊の命が守れるなら構わない。

 討伐戦が終わった後、どういう評価になるかは分からないが。

 俺の考えが分かったのか、ハイドレンジアの表情は暗い。


「そうならないように、私も力を尽くします」


「それで大怪我したら許さないよ、レン」


 馬の腹を弱く叩き、前へ進む。後ろには討伐隊の騎士や宮廷魔術師が続く。






 カーマイン砦に到着し、少し一息ついた後、セレスティアル伯爵、ハイドレンジアと共に砦の守備隊長から状況を聞く。

 カーマイン砦付近で一年前から魔物と魔獣が現れるようになった。

 始めは現れる間隔が一ヶ月毎だった。それが半年前から三週間、二週間、一週間と短くなり、今は三日に一回の間隔で現れるようになった。

 現れた魔物はオークで、魔獣はいないという話だった。ちなみに、ヘリオトロープ公爵から学んだ内容では、魔物はゴブリンやオーク等、家畜、ペットとして飼う一般的な動物等が魔に堕ちた場合をいうようで、魔獣はそれ以外の生き物が魔に堕ちた場合をいうらしい。

 ゴブリンって、家畜やペットなのか? 分けるのがざっくり過ぎる。

 守備隊長の話だと、オークの繁殖力は凄いらしく、一気に増えるらしい。

 だから、殲滅なのかと納得する。

 そのオークの数は三日前は四百匹だそうで、討伐戦の時は五百匹くらいになっているだろうと報告を聞く。三日で百増えるってどんな計算だ。

 今回の討伐隊の人数は五十人。単純計算で一人当たり十匹なのだが、流石にそうはいかない。

 討伐隊の中には宮廷魔術師の支援専門や回復専門の治癒魔術師や衛生兵が大体十二人いる。

 それを除いて、ざっくり計算で一人当たり十二、三匹くらいか。

 今回の討伐隊の指揮は俺がするので、布陣を考えないといけない。

 守備隊長からの報告も終わり、大体の出現場所は分かったので、どのような隊形にして、オークを迎え撃つのかを考える。

 出現時期は明日なので、すぐ考えて、動けるようにしないといけない。

 とりあえず、ざっくりな案は浮かんだが、反対される未来しか見えない。


「殿下、何か案が浮かんだのですか?」


 セレスティアル伯爵がすぐ気付いて、聞いてくれる。

 その横で、ハイドレンジアが何故か悔しそうな顔をしている。セレスティアル伯爵の言葉を言いたかったのだろうな。


「……ええ、まぁ。前衛、中衛、後衛と三つに分け、前衛は最前線の状況把握とオークへ攻撃。中衛は前衛の支援と崩れた時の交替、前衛と後衛間の情報伝達。後衛は支援系の宮廷魔術師が防御陣を張り、治癒魔術師と衛生兵の待機とカーマイン砦を突破されないようにする。ここまではよくある案ですが」


 浮かんだのはその後のことだ。多分、これを言うと、ハイドレンジアがすぐ様、反対するだろうなと思う。


「そうですね。それで、我が君はもちろん後衛ですよね? 御身のことを考えると」


「…………」


 無言で視線を逸らすと、俺の側近はずいっと顔を近付けて来た。


「我・が・君?」


 小さく息を吐き、話を進めないと明日に支障を来すので、俺はハイドレンジアとセレスティアル伯爵、守備隊長に向けて告げる。


「……セレスティアル伯爵とハイドレンジアは中衛を。守備隊長は後衛。私は前衛で、フェニックスと共にオークを殲滅。それが今考えた案だ」


 すると、俺のことになると過激になるハイドレンジアの目が怖くなる。


『……ハイドレンジアからすれば、縦に振れないだろうな。リオンのことを考えれば。しかし、リオンの案は殲滅するには即している』


 静かに聞いていた紅が念話で俺に言う。

 俺も、これが一番だと思う。紅と共に前衛で攻撃した方が時間短縮することになるし、何より死者が出ないように出来る。前衛の状況もすぐ把握出来る上、状況が悪化した時にすぐカーマイン砦まで撤退させることが出来るし、殿は俺と紅がすれば更に負傷者は減る。

 ハイドレンジアもこの案が妥当というのは分かっているが、第二王子の俺のことを案じているから言ってくれている。それも分かるが、こちらも引けない。


「ハイドレンジア。私のことを心配してくれているのは嬉しい。だが、時間がない」


「……分かっています。今の状況で、フェニックス殿もいらっしゃり、討伐隊の最大限を出すなら、我が君の案が妥当というのは。ですが……」


 俺が困るのが分かったハイドレンジアは言い淀んだ。


「殿下、私からご提案があるのですが」


「何です? セレスティアル伯爵」


「殿下が始めから前衛にいらっしゃると、他の騎士や宮廷魔術師が武功を立てることが出来ません。途中から前衛に出て頂けないでしょうか?」


 ……ああ、そうだった。

 騎士や宮廷魔術師の武功が必要だった。

 速攻で殲滅しか頭になかった。彼等の出世や生活を考えれば、戦いの中での武功がいる。

 それを王子の俺が取り上げるようなことはいけない。


「そうでした。危うく、彼等を軽んじるところでした。ありがとうございます、セレスティアル伯爵」


「こちらこそ、聞いて下さり、ありがとうございます」


 胸に手を当て、俺にお辞儀をしてセレスティアル伯爵は微笑む。ヘリオトロープ公爵もだが、四十代のイケオジというのだろうか。セレスティアル伯爵の大人びた微笑みが滅茶苦茶渋い。こういう風に俺も歳を重ねたい。


「では、少し変えます。私は中衛で、前衛の支援と崩れた時の交替、前衛と後衛間の情報伝達をします。セレスティアル伯爵とハイドレンジアも中衛で。万が一のことが起きたら、私はフェニックスと共に前衛に向かいます。その後の指揮をセレスティアル伯爵にお願いします。ハイドレンジアは前衛で私が戦う間の補佐を中衛でして欲しい。それと、中衛付近や背後から魔物が現れた時の対応出来るように警戒も」


「かしこまりました。殿下」


「仰せのままに、我が君」


 この案はハイドレンジアも納得してくれたようだ。


「あと、もう一つ。これは私がもし、前衛に向かうことになった時は、セレスティアル伯爵。前衛にいる騎士や宮廷魔術師達を中衛まで下げさせて下さい。怪我をしている場合はもちろん、後衛まで。殿は私とフェニックスがします」


「分かりました。殿を殿下がされる理由をお伺いしても?」


 守備隊長が首を捻っていることに気付き、理由を知っているセレスティアル伯爵が敢えて問い掛ける。


「殿をするのはあくまで、何かが起こり、前衛に私が向かう時の場合です。私にはフェニックスがいます。彼等の背後をフェニックスがいてくれたら、焦らずに中衛まで下げられるでしょう?」


 それに、俺は魔力がたくさんあり、全属性持ちだ。少しは彼等が中衛まで行けるように時間稼ぎは出来る。

 俺の言葉に、守備隊長が納得した顔をする。


「それでは、もう少し細かく決めましょうか」


 守備隊長も分かったようなので、俺は話を進めた。







 そして、次の日。

 カーマイン砦で作戦の最終調整をしていると、砦の偵察兵から報告があった。


「我が君、オークが現れました。数は六百だそうです」


「……予想より増えた」


 一人当たり十五、六匹か。繁殖力凄いな、本当に。


「如何致しますか?」


「如何も何も、すぐ出陣だ。レンはちゃんと俺が作ったネックレスを着けるように。そうじゃないと、砦で留守番だから」


 椅子から立ち上がり、ハイドレンジアに言うと、ネックレスをちゃんと着けているか慌てて確認する。

 すぐ動けるように、予め騎士の服装を着ていて良かった。騎士と言っても、甲冑は逆に重たくて思うように動けないので、式典で着るような服装だ。他の騎士と違うのはマントを羽織っているくらいだ。

 このマントと俺が着ている服は魔法付与されたものらしく、丈夫で軽く、ある程度のダメージは通さないらしい。

 その服とマントに、更に防汚、自己修復を俺がこっそり付与していたりする。一応王族なので、肌が見えるのはいけないかなと思った俺なりの配慮だ。

 俺とハイドレンジアが砦の広間に着いた時には、討伐隊が揃っていた。


「セレスティアル伯爵、準備はどうです?」


 先に待っていたセレスティアル伯爵に聞くと彼は頷き、口を開いた。


「準備は整っています。後は殿下が号令を掛けて頂ければ」


 号令、掛けないといけないのか。

 格好良い気の利いた、討伐隊の士気が上がるような号令が思い付かない。

 内心、気圧されながら、小さく息を吐く。

 本当に、乙女ゲームの要素、何処に行った。ゲームの世界ではないが。

 討伐隊の皆が俺を期待に満ちた目で見つめている。


「今回の目標はオークの殲滅だ。オークの数は六百と多いが焦らず、それぞれ自分の役目を全うして欲しい。今回の討伐で初陣の者やそうでない者もいると思う。誰一人欠けることなく砦に戻ろう。私も全力を以てオークを殲滅しよう。皆、力を貸して欲しい」


 格好良い言葉が全く思い浮かばないし、正解が分からないので俺は思ったことをそのまま伝えることにした。

 俺の言葉を聞いてくれた討伐隊は一瞬沈黙したが、直ぐ様、砦が揺れるような雄叫びを上げた。


『良い号令だったぞ、リオン。我も力を貸そう』


 イケメンの紅がその金色の目を細めて褒めてくれる。


『ありがとう。格好良い言葉が思い付かなかったからね。沈黙した時は心が折れるかと思ったよ』


 念話で返し、討伐隊と共に砦を出る。

 作戦通り、砦を背に前衛、中衛、後衛と討伐隊はそれぞれの持ち場につく。

 俺はハイドレンジアとセレスティアル伯爵と共に中衛に立つ。

 前衛は扇状に布陣し、中衛は前衛の状況が分かるように少し小高い丘の上に、後衛はカーマイン砦に近い位置に支援系の宮廷魔術師が防御陣を張り、治癒魔術師と衛生兵を待機させている。

 オークはまだ離れたところにいるため、肉眼では確認出来ていない。

 六百匹もいるなら、そろそろ見えてもいいと思うのだが。

 その時、偵察兵がセレスティアル伯爵の元にやって来て話をして、離れた。


「殿下。オークが現れました」


 セレスティアル伯爵の言葉を聞き、前衛の遥か前を見据えた。

 前衛の先に黒い影の群れを確認した。

 オークの群れがまるで動いて迫ってくる黒い海のように見えた。


「分かりました」


 俺は頷き、拡声魔法を前衛、中衛、後衛に聞こえるように展開する。


「オークが現れた。前衛、それぞれ武器を持て」


 俺の言葉を聞き、前衛にいる討伐隊達がそれぞれの武器を構える。

 オーク達も前衛の討伐隊が見えたようで、唸り声を上げている。

 俺達を捕食の対象にしたようで、涎を垂らしながらオーク達は近付いて来た。

 前衛の攻撃範囲内に入ったのを確認し、俺は拡声魔法で叫ぶ。


「これより、オークを殲滅する! 前衛、攻撃開始!」


「おおーっ!!」


 雄叫びを上げ、前衛の討伐隊達が攻撃を開始した。

 それに合わせて、後衛にいる支援系の宮廷魔術師達が前衛の騎士や攻撃系の宮廷魔術師に攻撃力や防御力を上げる魔法を掛けていく。

 俺やセレスティアル伯爵も中衛から後方にいるオークを攻撃魔法を放ち、倒していく。ハイドレンジアはその隣で、左右からオークの襲撃がないか、状況を確認しながら後衛や前衛に情報伝達をしてくれている。紅は上空からオークの様子を確認して、俺に伝えてくれる。



 ニ時間くらいが経った頃だろうか。

 オーク達の数も三分の一くらいを倒し、残りが三分の二くらいになった。

 が、数が多いこともあり、こちらが少しずつ押され始めてきた。


「……なかなか倒れなくなってきましたね、我が君」


 ハイドレンジアが周囲を警戒しつつ、俺を見る。

 オークと戦う前衛を見据え、俺は違和感を覚える。


「セレスティアル伯爵、あのオーク達はオークですか?」


 哲学のような問いになってしまったが、先程からオークに討伐隊の攻撃がなかなか通らなくなっている。

 最初はしっかり攻撃が通り、倒せていた。それがこの三十分前くらいから、倒れていくオークの数があまり増えない。討伐隊に疲れが出てきたと言うのは分かる。だが、それでも違和感が拭いきれない。

 俺の問いに、セレスティアル伯爵がオーク達を見る。


「中衛なので、あくまで推測ですが、今戦っているオーク達は変異体かもしれません」


「変異体?」


「ええ。時々、魔物や魔獣で通常とは違う個体が出てくる時があります。オークで言うとオークジェネラルやオークキングと言われる個体です。オークのリーダーのようなモノです。そして、その変異体は魔法が使えたり、通常より攻撃力や防御力が高く、倒しにくいことが知られています」


 セレスティアル伯爵の説明で腑に落ちた。

 始めは通っていた攻撃が効かないあの硬さは変異体の可能性がある。

 怪我人はいるが、まだ死者が出たという情報は入っていない。

 俺と紅が前衛に行く時かもしれない。


「前衛に私とフェニックスが出ます。セレスティアル伯爵、ハイドレンジア。後の指揮を任せます。フェニックスの攻撃が彼等に当たらないように前衛の討伐隊達を中衛へ退かせて下さい」


「お任せ下さい。殿下、ご武運を」


「我が君、お気を付けて」


「レン、心配だからと前衛には来るなよ」


 有無を言わせない声でハイドレンジアに言う。

 気を付けるつもりだが、本気を出す時に、うっかり巻き添えは困る。

 図星だったようで、ハイドレンジアが苦い顔をする。


「……分かりました」


 しっかり頷いたのを確認し、俺は紅を呼ぶ。


「フェニックス」


 上空にいた紅がフェニックスの姿になり、俺の元に降りてくる。


「前衛に行く。残りのオークを殲滅するよ、紅」


『心得た。我に乗れ、リオン』


 紅の背に乗り、前衛に向かうと同時にセレスティアル伯爵が前衛の討伐隊達に中衛へ退くように命令する。

 前衛に着くと、討伐隊のおかげで残り半分くらいにオークは減っていた。

 それでも残り三百だ。多いな。

 俺は飛んでいる紅の背から飛び降り、火の魔法を放ちながらオークを倒し、腰に佩いた剣を鞘から抜き、勢いそのままに下にいたオークを縦に両断する。着地と同時に、隣にいたオークを横に一閃し、首と胴体を切り離す。他のオークが攻撃してきたので、後ろへ跳躍し避ける。


「……確かに、思ったより硬いな」


 周囲を見渡し、前衛の討伐隊達が無事に退いたか確認する。ちゃんとセレスティアル伯爵の命令通り、離れたようだ。


「――紅」


 俺の呼び掛けに反応して、オークを攻撃していた紅がこちらへ来る。


『どうした、リオン』


「このオーク達はセレスティアル伯爵が言う変異体だと思う?」


『いくらかはそうだろう。空から見たが、あのオークの群れの奥にオークキングがいるようだ』


「うわ、最悪だな。俺の初陣なんだから、もう少し手加減して欲しいな」


 そう呟きながら、俺は身体強化魔法を自分に掛ける。


『我もいるのだ。あのくらいは問題ないだろう? リオン』


 不敵な笑みを浮かべ、紅はオーク達を見据える。

 紅の言葉に俺も不敵に笑う。


「そうだけどね。じゃあ、紅。半分ずつ倒そうか」


『任せよ』


 そう言うと紅は飛翔し、炎の魔法を展開して、向かって俺の右側のオーク達を攻撃しに行った。

 俺は向かって左側のオーク達に風と氷、炎の魔法を三方向に放つ。同時に取り逃したオークを剣で斬り倒していく。

 身体強化魔法のおかげで、さくさく斬れる。

 剣と魔法を駆使して進んでいき、俺と紅は三十分くらいでオークの数を六十匹まで減らすことが出来た。

 深いところで繋がっているので分かることなのだが、紅はまだ本気を出していない。凄いな、伝説の召喚獣。

 かく言う俺は魔力はまだまだ余裕だが、少し疲労感はある。

 俺の倍くらいの背丈のオーク達を見据えると、相手は一歩、二歩と後退していく。流石に俺と紅を脅威と感じたようだ。

 すると、オーク達の群れの奥から、更に大きいオークが現れた。

 俺の三倍くらいの背のオークが、目の前に立つ。

 うわ、大きい。


「オークキング?」


『リオン。確かにオークキングだが、あれは魔に堕ちた召喚獣だ』


「……え? 前にシスルと青藍を助けた時に言ってた、魔に堕ちた召喚獣? あのオークキング、召喚した者を殺したってこと?」


『そうだ。よく見てみろ、黒い蔓のようなものが首に巻かれているだろう。あれが召喚獣の罪人の烙印だ』


 紅に言われて、初めてオークキングの首を見る。

 禍々しい黒いの蔓のようなものが首に巻かれていた。


『アノ者ノ言ウトオリ、来タカ。フェニックス様ト契約セシ者。オ前ヲ殺シテ、ソノ魔力ヲ奪ウ』


 不明瞭な声で、オークキングが俺に敵意を向ける。その顔は凶暴そのものだった。

 魔に堕ちた召喚獣は知力が落ちて、欲望に忠実と紅が三年前に言っていたが、本当のようだ。

 そして、気になる言葉がある。


「あの者?」


 そのあの者というのは、俺を知っているようだが、思い当たる者がいない。というより、王子という肩書きのせいで俺は知らないが相手は知っているという者が多過ぎて、オークキングの言葉だけでは誰なのか特定出来ない。情報が欲しいところだ。


『ソノ魔力サエアレバ、フェニックス様ヲ従ワセテ、魔力モ俺ノモノダ』


 オークキングの言葉を聞いた俺は氷の剣を数本作り、足に向けて放つ。

 氷の剣が刺さったオークキングは悲鳴を上げる。


「……悪いが、俺の魔力もフェニックスの魔力もお前には到底御すことなど出来ない。まぁ、奪えるのなら奪ってみろ」


『……リオン。我の魔力を奪うつもりのオークキングに怒るのは嬉しいが、無理なのは分かっているだろう。だが、暴れるのは程々にな』


 紅の声に、少し落ち着きを取り戻す。

 家族や友人のことになると沸点が低いのは認める。

 ただどうしても許すことが出来なかった。

 息を吐いて、頭を掻く。


「紅、残りのオーク、お願い出来る? 俺はオークキングを倒す」


『任せよ。オークキングはリオンに任せるぞ』


「分かった」


 俺が頷くのを見届けて、紅は残りのオークを倒しに向かった。


「それで、聞きたいのだが、あの者って誰だ?」


『オ前ニハ関係ナイ。大人シク魔力ヲ俺ニヨコセ!』


 オークキングが俺に殴りかかってきたのを後ろへ跳躍して避ける。

 話したくないのなら、圧倒して口を割らせようじゃないか。


「寄越す訳ないだろ」


 氷と炎の剣をそれぞれ五本ずつ作り、オークキング目掛けて放つ。それと同時に跳躍して剣を振り下ろした。

 身体強化魔法のおかげで、オークキングを縦に両断した。

 着地して、多分、冷めている目になっているだろう目で、倒れたオークキングを見下ろす。


「死ぬ前に答えてもらおうか。あの者とは誰だ?」


『今、オ前ハ知ラナクテイイ。イズレ、分カル。俺ヲ止メテクレテ、感謝スル……』


 オークキングの言葉を聞いて、一つ問い掛けてみる。


「後悔しているのか?」


『……主ヲ、殺ス気ハナカッタ。助ケルツモリガ殺シテシマッタ』


「そうか」


『フェニックス様ト契約セシ者、白キモノニ気ヲ付ケロ。俺ガ言エルノハ、ソレダケダ』


「白きもの? どういうことだ?」


『ヤット、ヤット主ニ会エル……』


 更に問い掛けるが、オークキングは絶命した。先程までの凶暴な顔ではなく、穏やかな顔をしていた。


『リオン、終わったか?』


「そうだね。色々、謎と助言だけ残して、死んだよ。少しだけ、後味が悪い」


 息を吐いて、血を飛ばして腰に佩いた鞘に戻そうとすると、ぽきりと剣が折れた。


「……剣が、折れた」


『まぁ、百以上のオークを斬ったからな。逆によくもった方だと思うぞ』


「一般的な鋼の剣だけど、長年愛用していたのに……」


 肩を落とすと、フェニックスの姿の紅が羽根で俺の頭を慰めるように撫でてくれる。ふわふわだ。


『リオンの力にも魔力にも耐える剣を我と共に探そう。だから、落ち込むな』


 そう言って、紅はいつもの赤い鳥の姿に戻り、俺の右肩に乗る。

 一度、死んだオークキングの方に目を向けて、俺は踵を返し、中衛で待つハイドレンジアとセレスティアル伯爵の元へ向かった。

 中衛の元へ向かう最中、待機していた討伐隊の騎士や宮廷魔術師達から歓声が上がる。

 剣が折れたり、少しだけ後味が悪かったり、気持ちが落ち込んでいたが、彼等の歓声で少しずつ気持ちが上昇していく。

 ハイドレンジアやセレスティアル伯爵からの報告で死者が出ていないことを願うばかりだ。

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