第33話 魔王と呼ばれる公子
フィエスタ魔法学園の入学式も終わり、その後は特に何もないため、それぞれ生徒は自宅や寮へ帰る。
次の日から授業が始まる。
クラスも既に決まっており、掲示されている。
クラスは一学年三クラス、一クラス三十人くらいだ。
同学年の貴族の子息子女、多いな。
クラスはそれぞれ宝石の名前が付けられている。
一年生はアンバー、ガーネット、オニキス。二年生はスピネル、シトリン、ペリドット。三年生はサファイア、ルビー、オパールとなっている。
一年生の俺はガーネットクラスだ。他にも、ウィステリア、アルパイン、ヴォルテールも同じクラスだ。二年生のシスルはシトリンクラスだ。
クラスを宝石の名前にしたのは、学園長の異母妹のカーディナル王国の初代王妃が好きな宝石から付けたのだそうだ。
ウィステリアをヘリオトロープ公爵家へ送り届け、また明日も迎えに行くと約束すると、アザリアさんに「青春ですわ」と誂われ、王城に戻った俺はヘリオトロープ公爵からも「仲が良いのは良いことです」と微笑ましく見られた。
二人の顔にはいい玩具を見つけたと書いてあった。
この一日で精神をゴリゴリ削られた俺は部屋に戻るなり、事情を知っているハイドレンジアとミモザからは同情の表情を向けられ、このままではいけないと思い、どうにか落ち着かせる方法はないかと考え、上級ポーションを作り始めた。
結果、一時間後には上級ポーションが大量生産され、空間収納魔法で収納された。
とりあえず、俺の精神も落ち着き、明日の授業の準備をする。ちなみに、ハイドレンジア達も明日の準備をしに行っている。
次に精神をゴリゴリ削られた時は魔石に魔法付与しまくろうと考えている。付与するものは属性魔法攻撃上昇と属性魔法防御、物理攻撃上昇と物理攻撃低下、自動回復と速度上昇あたりがいいかもしれない。
ヘリオトロープ公爵にバレたら、困るだろうから先に伝えておくが。
『何だかんだでリオンは優しいな。困らせることは結局しないのだな』
「疲れとかに比例して物騒なことは考えるけど、流石にしないよ。俺が考える物騒なことを本当にしたらマズイし、止められるのは紅とリアくらいだ。そうならないように理性はしっかりあるつもりだよ」
『……それは言えるな。キレたリオンを止めるのは我でも骨が折れる。今までないが、容易に想像出来る』
「……何かごめん。精神鍛えないとなぁ……」
『充分鍛えている方だと思うぞ。リオンと同じ歳の者で今日のようなことになっていたら、既に怒っている。リオンは頑張っているぞ』
イケメン、ここにイケメンがやっぱりいる。
俺も紅みたいなイケメンになりたい。
次の日になり、ぐっすり寝て疲れも飛ばした俺は制服に着替えて、ハイドレンジアとミモザと共に馬車に乗って王城を出る。
フィエスタ魔法学園に行く途中にウィステリアとシャモアを迎えに行き、またアザリアさんに誂われそうになるのをさらりと躱し、ウィステリアとシャモアと合流して馬車に乗ってフィエスタ魔法学園に向かう。昨日の今日なので、同じことにはならないように対策して良かった。
フィエスタ魔法学園の王族専用の門から今日は入る。昨日の時点で、タンジェリン学園長には王族専用の門から入ることを伝えていたため、警備は厳重だ。当たり前だが生徒は誰もいない。
昨日の珍獣扱いにならなくて済み、俺の心は穏やかだ。
どのみち教室では珍獣扱いなのだから、登校の時くらいは穏やかでありたい。
馬車から降りると、ハイドレンジアとミモザ、シャモアは王族用の個室へ向かった。
ウィステリアはまだ王族ではないが、婚約者なので、同じ王族用の個室にいることを許可されている。いかがわしいことはしないし、学生の本分は勉強だし、王子がやらかす訳にはいかない。
俺とウィステリアは教室へ向かう。
その途中で、何度か生徒達とすれ違い、すれ違う度に悲鳴が聞こえる。
「……こうも悲鳴が聞こえると、歩く悲鳴製造機な気分だ……」
「黄色い悲鳴なので、傷付かないで下さい、ヴァル様。ヴァル様のお顔は綺麗過ぎて、声が出てしまうのです」
ウィステリアがさり気なく、慰めてくれる。
昨日の精神をゴリゴリ削られている訳ではなく、ゲームのヴァーミリオンの気にしない態度を取るメンタルは少しだけ尊敬した。推しのウィステリアちゃんを断罪したのは許さないが。
「傷付いてないよ。ただ、ゲームのヴァーミリオンはメンタル凄いなと思って。それにこの悲鳴、ウィスティに対してのもあるから」
にっこりと笑いつつ言うと、ウィステリアの顔がじわじわと赤くなった。可愛いなぁ。
「あ、教室に着いたよ、ウィスティ」
赤くなったウィステリアの手を取り、ガーネットクラスの教室の扉を開ける。
扉を開けて入ると、アルパインとヴォルテールがこちらを見た。
「「ヴァル様、ウィステリア嬢、おはようございます」」
二人の二重奏で迎えられ、俺とウィステリアは少し安堵した。気心が知れる友人がいると、安心する。
「おはよう、アルパイン、ヴォルテール。昨日も言ったけど、三年間、宜しく」
「おはようございます、アルパイン様、ヴォルテール様。私も三年間、宜しくお願い致します」
「こちらこそ、宜しくお願い致します。ヴァル様もウィステリア嬢もしっかり俺が護衛させて頂きます」
水色の目を輝かせて、アルパインが言う。実際にはないのだが、尻尾がブンブン振っているように見える。
「僕もしっかりヴァル様とウィステリア嬢を護衛させて頂きます。特に、女性はお任せ下さい。絶対、ヴァル様とウィステリア嬢の仲を裂くようなことはさせませんから」
少しだけ、暗い笑顔を浮かべ、ヴォルテールが言う。
何だろう、ヴォルテールの発言を聞くと、どんな性格かはまだ分からないが、ヒロインから守ってくれるのではと期待してしまう。
「……二人共、程々にな」
苦笑しつつ、ヒロインの攻略ルートが俺だった時は宜しくと思ってしまう。
それ以外のルートなら、俺がウィステリアを守るだけだ。
「ヴァル様、席は何処にされますか?」
とりあえず、ウィステリアと隣同士が良いですという言葉をぐっと堪え、空いているところでと言うと、ハイドレンジア、ミモザに次ぐ過激な護衛のヴォルテールが教室の奥で、窓際の席を案内してくれる。
教室は教卓から一段ずつ階段状に後ろの席が上がっており、教卓からも後ろからも見やすくなっている。
その一番後ろの窓際の席をヴォルテールは案内してくれる。
「この席にヴァル様とウィステリア嬢がお掛け下さい。僕とアルパインはその前の席に座ります」
どうやら、ヴォルテールは俺とウィステリアが気兼ねなく過ごせる席を予め探してくれていたようだ。
めっちゃ良い奴だ、ヴォルテール! ありがとう!
机は三人掛けの席になっているが、一クラス三十人の教室にしては広く、席の数も余裕がある。
一つの机に二人だけでも問題ないようだ。
「ありがとう、ヴォルテール。他の生徒の視線を気にしなくて済むよ」
嬉しくて、うっかり微笑みかけそうなのを抑え、小さく笑うに留めた。
十年の付き合いだが、アルパインもヴォルテールもなかなか俺の笑顔に慣れてくれない。数日連続で一緒にいると慣れるのだが、数日離れると戻るという不思議な現象が起きたことで、俺が笑顔に気を付けるようにしている。
早速、席に座り、授業のための教科書や筆記用具を鞄から取り出す。ウィステリアも同じ動作をしている。
授業開始のチャイムが鳴り、教師がやって来た。
「皆さん、おはようございます。今日からこのガーネットクラスの担任をします、アガット・コレール・クレーブスです。宜しくお願いします」
小豆色の髪、飴色の目をしたグレーブス先生が穏やかに微笑む。
優しそうな先生だ。体育会系の先生ではなくて良かった。引き籠もりの俺としては多分、合わない。
授業前に生徒達の自己紹介をすることになり、席順に挨拶が始まる。
大体の生徒は名前と一言の挨拶をしていくのだが、時々、長い自慢をする生徒がいる。男女問わず。チラチラこちらを見ているあたり、俺へのアピールなのだろうなと分かるので、無視をする。
アルパイン、ヴォルテールの順番になり、二人共名前と一言挨拶をしている。
何故か、終わった後に二人共、俺に目を向け、「ちゃんと出来ました。褒めて下さい」と言いたげな目をする。
萌黄か!
とりあえず、小さく笑っておくと、二人共が嬉しそうに机の下でお互いの拳を小さくぶつけ合っている。
ウィステリアの順番になり、俺の隣に座る彼女が立ち上がる。
「ウィステリア・リラ・ヘリオトロープと申します。皆様、どうぞ、宜しくお願い致します」
緊張しつつも、にこやかにウィステリアが挨拶をする。
周囲の男女問わず生徒達が惚けた顔をして、ウィステリアを見つめている。正直、俺の婚約者だから見るなと叫びたくなるが、あまりにも心が狭いし、王子としても狭量過ぎるのでぐっと抑える。独占欲強過ぎるだろ、俺。
ウィステリアのカーテシーも洗練されていて優雅で、流石、貴族筆頭のヘリオトロープ公爵家と思う。身内贔屓もあるかもしれないが、今まで自己紹介をしていた貴族令嬢と比べてもウィステリアのカーテシーの方が綺麗だ。
それに何より可愛いし、可愛い。
『語彙が死んでるぞ、リオン』
俺の右肩に乗り、俺とウィステリア、アルパイン、ヴォルテールにしか見えないようにしている紅がツッコミを入れる。
紅のおかげで、平静を取り戻す。
ウィステリアの次は俺なので、静かに立ち上がり、口を開く。
「ヴァーミリオン・エクリュ・カーディナルです。宜しくお願いします」
たったそれだけの挨拶に留めたのだが、多分、微笑んでしまったせいか、俺が座る席の列と周囲の席の男女問わず生徒が椅子から崩れ落ちた。
『凄いな、リオンの笑顔は』
『ちょっと微笑んだだけでこれって……。もう、俺、仮面を付けた方が良くないか?』
椅子に座り直し、溜め息を吐く。
隣を見ると、ウィステリアがにっこりと微笑んでくれた。癒やされる。
「ヴァル様、素敵でした」
小声で俺に感想を言ってくれて、俺の荒みそうな心が落ち着く。
「ウィスティも綺麗だったよ」
ウィステリアに感想を伝えると、嬉しそうに笑った。
俺の後の生徒達の自己紹介も終わり、授業が始まる。
最初の授業はクレーブス先生が魔法の基礎知識を教えてくれる。
俺はセレスティアル伯爵から習ったことなので、復習を兼ねて先生の話を聞き、ノートに書いていく。
一応、このフィエスタ魔法学園はテストがある。
そこは日本と一緒なのね。と思いつつ、聞いていると、クレーブス先生の話が深い。セレスティアル伯爵並の知識で驚く。
授業終了のチャイムが鳴り、もっと話したかったのか、クレーブス先生が物足りない顔をしている。
魔法の研究とか好きそうだ。他の生徒はどうか分からないが、時間があれば俺は色々聞いてみたい。
「次の授業は休憩後に剣技の授業があります。時間になりましたら、訓練場に集合して下さいね」
そう言うと、クレーブス先生は次の授業の準備のため、教室を出た。
次の授業まで休憩時間が三十分ある。
何をしようか。
先に訓練場まで行ってもいいし、教室でのんびりしてもいいが、どちらも他の生徒達が押し寄せて来そうな気配がする。こちらをチラチラ見ている生徒達がいる。時間まで王族用の個室に避難するべきか、他の生徒達と親睦を深めるべきか、悩む。
筆記用具や教科書を整えていると、一人、こちらに近付く生徒がいた。
「ヴァーミリオン王子、少しお話しても宜しいですか?」
問われて、声がする方に顔を向けると、黒色の髪、真紅の目のイケメン男子生徒が立っていた。
彼は確か、先程の自己紹介で俺の後に挨拶をしていた生徒だ。
名前はディジェム・リヴァ・エルフェンバイン。
ん? エルフェンバイン? エルフェンバイン公国の第三公子の名前じゃないか。
エルフェンバイン公国はここカーディナル王国の隣国で西に位置する。険しい山が多く、荒廃した大地が続くため、死の国とも呼ばれているが、それは昔の話で実際は、荒廃した大地は現在では潤い、緑豊かだったりする。情報があまり広まらず、古い情報だけがそのまま残っている。
北に位置するグラファイト帝国とお互い隣同士なので、何か起きた時にお互い助けられるようにと同盟を組んでいるし、二国間の交易も盛んで友好国でもある。
第三公子は噂でしか聞いたことがないが、高い魔力を有し、黒髪と真紅の瞳、傲岸不遜な態度が影響して、彼は魔王と呼ばれている。
その第三公子がカーディナル王国のフィエスタ魔法学園に留学して来ると、そういえばヘリオトロープ公爵が言っていた気がする。
ウィステリアとの学園生活のことで頭がいっぱいで忘れてた。
第二王子として、駄目じゃないか……。
内心、落ち込みつつ、失礼になってもいけないので、すぐに立ち上がり、公子の方を向く。
「もちろん、構いませんが……。ここで宜しいですか?」
「あー……いえ、出来れば、何処か内密でお話出来るところがいいのですが」
「でしたら、王族用の個室はどうですか? そちらなら、内密のお話も出来るかと思いますが」
丁寧な言葉遣いで、内心、魔王っぽくないなと思いつつ、俺は提案してみる。蛇足で不謹慎だが、声が程良い低さで耳に心地良い。
「そちらでお願いしても宜しいですか?」
「分かりました。では、行きましょうか?」
身を乗り出して言う、ディジェム公子に鬼気迫るものを感じつつも、案内しようとすると、彼は何故か止めた。
「出来れば、ヘリオトロープ公爵令嬢も宜しいですか?」
「あ、はい。私も構いませんが……」
突然、話を振られ、驚きつつもウィステリアも立ち上がる。
アルパインとヴォルテールがこちらを見るが、大丈夫だと目配せする。
そして、俺とウィステリア、ディジェム公子の三人で王族用の個室に向かう。
王族用の個室に着き、中にいるハイドレンジア達に声を掛けて、部屋の外で警戒してもらうように伝え、ウィステリアとディジェム公子を招き入れる。
内密な話と言っていたので、二人が中に入り、扉が閉まったのを確認して、防音の結界を張る。
ソファに掛けてもらい、ミモザが用意してくれた紅茶をウィステリアとディジェム公子に渡す。
「それで、ディジェム公子。私達に話というのは?」
紅茶で喉を潤すように一口飲んだディジェム公子が俺と隣に座るウィステリアに鋭い真紅の目を向け、口を開く。
「単刀直入に聞く。二人は転生者か?」
いきなりだな、おい。
ディジェム公子の真意が分からないので、俺は表情を変えず、彼の様子を窺う。
表情は固く、俺とウィステリアの回答を待っている。素直に答えても良いのか、悩む。
お互い王族なので、俺の一言で二国間に亀裂が生じても困る。
折角の友好国で同盟国でもある。
王国の北のグラファイト帝国が三年くらい前から怪しい動きをしていることもあり、エルフェンバイン公国とここで亀裂が生じて、帝国側に付かれると正直、不利になる。前世のゲームやアニメで思ったけど、帝国って名前が付く国って、どうしてこう世界征服的なことをしたがるのだろうか。
『リオン。この公子になら素直に答えても問題ない。後で、我も姿を現そう』
悩んでいると、俺やウィステリアには見えるが、姿を消したままの紅が念話で声を掛けてくれた。
紅の一押しで、俺はディジェム公子を見た。
俺の言葉を緊張して待っている様子だ。
「そうですね。私も彼女も転生者です」
頷くと、ディジェム公子は満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり……! 良かった。俺も転生者だ。二人が、特にヴァーミリオン王子がゲームと違って滅茶苦茶、賢そうな王子だし、二人共、形だけの婚約者に見えなかったから、違和感がしてたんだ。聞いて良かった!」
ディジェム公子の言葉を聞いて、俺とウィステリアは固まる。
「……え、ディジェム公子も転生者、ですか?」
驚きのあまり、俺はやっとの思いでそれだけ言えた。
どうして俺は、俺とウィステリアだけが転生者と思ったのか。二人もいるなら、他にもいると考えなかったのかと頭の中で混乱する。
「ああ。あ、敬語使わなくていいぞ。俺も二人の前では使わないから」
「どうして、わざわざ俺達に転生者と?」
「前世で俺の妹がこの乙女ゲームが好きで、よくゲームを見せてくれたり、話を聞いていたんだ。妹の推しは顔はヴァーミリオン、性格はヴァイナスだったから、王子の顔はよく覚えているよ。まぁ、実際はゲーム以上の美しさでびっくりしたけど。ワガママ俺様系王子でもなかったから、もしかして転生者かと思ってさ」
「俺の性格上、ワガママ俺様系王子を演じるのは無理なんで。でも、待って。前世の俺の姉と妹もこの乙女ゲームをしていたけど、ディジェム公子って攻略対象キャラでいた……?」
緊張がなくなり、少しぐったりしつつ、俺は目の前のディジェム公子に聞く。
「ファンディスクです……」
「ん? ウィスティ?」
「この乙女ゲーム、ヴァーミリオン王子の顔と声のおかげで人気があって、ファンディスクが発売されたのです。そのファンディスクにディジェム公子が出ていらっしゃいます。更にディジェム公子が人気になって、メイン攻略対象キャラとして、二作目も出てます。ちなみに二作目の舞台はカーディナル王国の西にあるアクア王国です」
ウィステリアがいつも以上に饒舌に話している。
それに驚きながら、俺の前世の情報が古いことを知る。ファンディスクも二作目も知らないということはその前に死んだのだろうなと感じる。確認する術はもうないが、前世の姉と妹はプレイしたのだろうか。
あと、ヴァーミリオンの顔と声は人気って、性格は駄目だったのか。気持ちは分かるが。哀れだな、ゲームのヴァーミリオン。
「そのファンディスクと二作目で出るディジェムに転生してしまったのが俺だよ。ファンディスクでこのフィエスタ魔法学園に留学してたし、まぁ、ゲームの辻褄は合うんだけど、それとは別に二人に聞きたい。何で、二人がラブラブなんだ?」
ディジェム公子の問いに、俺とウィステリアはお互い視線を交わす。
「俺の推しがウィスティだったので」
「私の推しがヴァル様だったので」
「羨ましいっ! というか、ここの国の国王夫妻と宰相生きてるよな?! 何で?!」
「俺と召喚獣のフェニックスが襲撃事件を止めました」
情報だけで想像していた俺の中のディジェム公子の魔王像が、どんどん音を立てて崩れていく。
情報では冷静で、気に入らない相手は叩き潰すというような公子と聞いていたけど、目の前の彼は全く当てはまらない。頭が切れるのは確かだが。
「その時、八歳だよな?! 俺も公国で噂を知って驚いたけどさ。というか、ヴァーミリオン王子の召喚獣は獅子だろ。何でフェニックス!?」
疑問がたくさん出てきたようなので、俺は多少省略しつつ、推しのウィステリアをゲームの断罪から助けたかったこと、両親とウィステリアの父親の襲撃事件を防ぎたかったから三歳の頃から剣技と魔法、教養を学び始めたこと。その際にフェニックスを召喚獣にしたこと。
この世界は決してゲームの中ではなく、ゲームに似た世界で同じ出来事もあるが、そうではない出来事もあること。
俺の魂は元々、この世界のヴァーミリオンとして生まれるはずだったのが、誰かに魂を狙われて、この世界の女神によって助けられた俺の魂は一旦前世の日本に生まれ、呪いにかかって死んだこと。今はもう問題ないらしく、前世の記憶を持ったままヴァーミリオンとして転生したこと、他にもまだ分からない部分があることも、知る限りの情報をディジェム公子に伝えた。
「……ちょっと待った。それは誰からの情報だ?」
「俺の召喚獣のフェニックスからだよ。呼ぼうか?」
「え、呼べるのか?」
「まぁ、ずっと俺の肩に乗ってるんだけど……」
「その、右肩に乗ってる赤い鳥がフェニックスって言うなよ」
ジトッとした目で俺を見て、紅を指差す。
ん? まだ俺とウィステリアにしか見えないようにしていたはずだけど。
『ほぅ。我が見えるか。ヴァルとウィスティにしか見えないようにしていたが、強い魔力を持っているのは確かのようだな』
紅が驚きつつも、面白いものを見つけたと言いたげな声で、ディジェム公子にも聞こえるようにする。
そして、ここで紅が姿を消す魔法を解除し、俺の肩に乗ってる時と同じサイズでフェニックスに戻る。
「んな?! え、うっそ、フェニックス?!」
『如何にも。我がフェニックスだ。魔王と呼ばれる公子よ』
「そうそう。そういうディジェム公子も魔王と呼ばれてるのに、全然噂と違うんだけど」
「……噂通りにはしてる。ゲームでも魔王と呼ばれていたし、ゲームのディジェム風には普段は装っているさ。今は二人が俺と同じ転生者で嬉しくて、俺の側近以外には見せない、地の性格が出てるだけ」
照れ臭そうにディジェム公子は頭を掻く。
そうだよね、転生者がいると嬉しいよなぁ。俺もウィステリアが転生者と知った時は驚きと嬉しさがあった。
そこで、俺は気になったことを聞いてみる。
「転生者と思って俺達に声を掛けた以外に、もしかして他にも理由がある?」
「凄いな。よく分かったな。そういう頭の回転が早いとこ、軍師っぽいよな。俺の軍師になって欲しいわ」
「国を跨いで軍師になるつもりはないから。俺はウィスティとのんびり田舎の領地で領地経営する予定だから。まぁ、でも、君の国は友好国で同盟国だから、何か有事の時は真っ先に助けに行くよ。それが君が俺達に声を掛けた理由?」
「それもあるんだけど、それとは別に俺の推しが今、訳あって公国にいるんだ。彼女に振り向いて欲しいんだけど、なかなか手強くて、色々アドバイスが欲しい。この国に来て驚いたのが二人のラブラブっぷりだったから、どうやってそうなったのか知りたくてさ」
ウィステリアが横で赤くなっている。ラブラブと言われて嬉しそうだ。
「……手強いのに、留学して大丈夫なのか?」
「彼女から行けって言われたんだよ。ついでに俺の国がちょっと内乱が起きそうだから、彼女ももうすぐカーディナル王国のエルフェンバイン公国大使館に来る予定だけどさ」
「内乱って……王国の第二王子の俺に言っていい情報か?」
「まぁ、いずれ流れる情報だしな。恋のアドバイスもだが、内乱を止めるためにヴァーミリオン王子の知恵を借りたい。襲撃事件を防いだくらいだ。そういう作戦を考えるの得意だろ?」
「……ある程度、情報がないことには動けないし、考えられない。そういう謀は俺には向いてないよ」
溜め息混じりに言うと、ディジェム公子が肩を竦める。
「情報があれば、考えてくれるってことだろ? それならいくらでも俺の知る限りのことは教える。それで国が守れるならいい」
ディジェム公子の言葉で、国を内乱から救いたいという意志が見て取れた。
それなら、俺も少しでも力になりたい。
先程、真っ先に助けると言ってしまったし。
「――分かった。俺で良ければ力になるよ」
「ありがとう、ヴァーミリオン王子。あ、俺のことはディルと呼んで欲しい。友達になろう」
そう言って、ディジェムが手を差し出す。
「分かったよ、ディル。俺のこともヴァルと呼んで欲しい。こちらこそ友達になるのは嬉しい」
俺も差し出された手を握り、力を込める。
「宜しくな、ヴァル。ヘリオトロープ公爵令嬢も同じ転生者だし、俺のこと、ディルと呼んで貰えると有り難い」
「でしたら、私のこともウィスティと呼んで下さい。ディル様」
「分かった。宜しくな、ウィスティ嬢」
ニッと笑みを浮かべ、ディジェムは紅茶を飲み干した。
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