第32話 魔法学園入学式

 ついに、フィエスタ魔法学園の入学式当日になった。

 色々な意味で緊張していたのか、いつもより早く起きてしまった。

 外はまだ暗い。夜中のようだ。

 俺は寝ている紅を起こさないように起き上がり、ベッドから出て、近くのテーブルに置いてある水差しを手にして、コップに水を入れて飲む。


『おはようございます、ヴァーミリオン様。もう起きられたのですか?』


 俺の召喚獣の青薔薇の精霊――青藍がソファから立ち上がり、声を掛ける。


「おはよう、青藍。色々と不安要素が多いからね、今後に関して」


『ヴァーミリオン様の前世でいうところの、ゲームのヒロイン等、ですか?』


 青藍にも俺が転生者であることや前世のゲームの内容等、紅や萌黄が知っていることと同じことを話している。


「……四割そうだね。二ヶ月後に編入という形で、魔法学園にやって来る。この世界はゲームの中ではないけど、似たことが起きる世界だから、正直なところ、そのヒロインの攻略ルートによっては関わりたくない。まぁ、ルート関係なく、関わるつもりもないが」


 水を一口飲み、息を吐きながら、俺はソファに座る。

 青藍も対面のソファにもう一度、座り直す。


『ゲームでは無実のリアさんを断罪する相手ですからね。実際にそうならないように、私もしっかりリアさんをお守り致します。もちろん、ヴァーミリオン様も』


「ありがとう。紅も萌黄も青藍も、俺には勿体ないくらいの素晴らしい召喚獣だよ」


『私もこんなに優しくて強くて素晴らしい主は初めてですよ。ヴァーミリオン様は召喚獣だからと道具扱いなさいませんから』


「する訳ないよ。友人と思っているのに。むしろ、道具扱い出来る人達に聞いてみたい。言葉を交わせるのに、どうしてそんなことが出来るのか。青藍の元主もそうだったね。嫌なことを思い出させたね、ごめん」


 水をもう一口飲み、俺は頭を掻く。


『大丈夫ですよ。実はヴァーミリオン様の召喚獣になってから、とても心が満たされて、ずっと穏やかな気持ちなのです。私も自分のことながら酷いなと思うくらい、前の主のことはどうでも良いと思えています。前の主が罪を犯し、魔力を奪われた時は死にたいと思っていたのに。貴方の魔力や魂が優しいからでしょうね』


 青藍が青色の目を優しく細めて笑う。


「……俺は優しくないよ。今後、陛下のご命令で魔物や魔獣討伐で部隊を率いて、騎士や宮廷魔術師達に、死んでこいと命令するのだから。それが五割。残りの一割はその他の不安要素が起きないかの懸念だよ」


 息を吐く。

 たくさんの命を率いて、その内の数え切れない命を落とさせる命令を下さないといけない。

 前世で十九歳、今世で十五歳。足すといい大人だが、どの歳でもその命令を口にするのは重た過ぎる。

 俺の肩に、背中に、身体に、たくさんの命がのし掛かる。

 本当に嫌だな。

 この、父からの命令はまだ母、兄、ヘリオトロープ公爵、デリュージュ侯爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵しか知らない。

 俺の召喚獣以外はまだ知らない。

 俺のことになると過激な側近達は、命が失くなってもいいと言うくらいに自分を顧みないのが多い。

 俺のことを心配してくれるのは有り難いが、命まで失くせとは言っていないし、言いたくない。

 ウィステリアも知らない。彼女も知れば心配するだろうし、付いて行こうとする。

 だから、部隊編成して、出発前のギリギリのところまでは言わないでおこうと考えている。


『そういうところが優しいというのですよ、ヴァーミリオン様』


 深いところで繋がっているから、俺の考えていることが分かる青藍は穏やかに微笑む。

 外はカーテンから小さな光が漏れている。

 夜明けだ。


『そろそろ魔法学園へ行くための準備をしないといけませんね』


「そうだね。とりあえず、今日からリアの制服姿が見られるから、顔が緩まないようにしないと」


 だらしない顔を見せるわけにはいかない。


『リアさんのことになると通常運転に戻るから、本当にあの方は偉大ですね』


 青藍が苦笑いしている。


『諦めろ、青藍。それがリオンだ』


 起きていたらしい紅がいつもの定位置の俺の右肩に乗る。


「おはよう、紅」


『おはようございます、紅様』


『おはよう、リオン。青藍。リオン、今日はリアと初登校か?』


「そうだね。一応、魔法学園の生徒のほとんどが貴族だから、俺とリアが仲睦まじいところを見せないと、婚約者との仲がよろしくないようだから、うちの娘を側室に、とか言う貴族が出てくるしね。見世物じゃないんだけどなぁ」


 溜め息を吐いて、もう一杯、水を飲む。

 正直、ラブラブなところをもとい、ウィステリアの真っ赤になる顔や可愛く笑う顔等をそこらの貴族に見せたくないというのが本音だ。


「まぁ、一緒に登校出来るのは嬉しいところだけどね」


 席も決まっていないようだから、隣同士にすれば俺の学園生活は幸せな日々になる。

 深刻なウィステリア不足もなくなるというものだ。






 そして、登校する時間になり、フィエスタ魔法学園の制服に袖を通す。

 側近のハイドレンジアと侍女のミモザがにこにこと笑顔で、俺の制服姿を見つめている。


「……凄く気になるんだけど、何でそんなに見てるんだ?」


「いえ、我が君がついに魔法学園の生徒になられるのかと思うと、感慨深くて……」


「あの小さかったヴァル様も、もう十五歳の成人で、魔法学園の制服を着て、更にはお顔も美しくて、素敵な王子様に仕えているのを誰かに自慢したいです」


「ただ、制服を着ただけで、そんなに感慨深げにされてもなぁ。これから三年間は毎日制服なんだし。中身はそのままだよ。それに、ミモザは城の侍女達に、自慢げな顔してるよね?」


 俺と一緒に側近として魔法学園に付いて行く二人は既に準備万端のようで、俺の後ろ姿を見てみたり、上から下まで見てみたりと顔が大忙しだ。


「顔はしてますが、話さないので自慢出来ないんです」


 自慢、したいんだ。

 まぁ、確かに俺の側近と侍女は優秀で、良い子達だから、彼等を自慢したいかと聞かれれば、自慢したい。

 夏頃にあるハイドレンジアとシャモアの結婚式で、俺は精神年齢がおじさんの歳なので、親戚のおじさん目線で感慨深くなるんだろうなと思う。

 泣かないように気を付けないと。

 歳を取ると、涙腺が緩くなるそうだし。


『身体年齢は十五歳だそ、リオン』


 俺の考えがだだ漏れだったようで、静かに、念話で紅がツッコミを入れる。


「とりあえず、ウィスティを迎えに行こうか」


 脱線している話を戻すため、提案する。


「制服姿のウィステリア様に早くお会いしたいですものね、ヴァル様」


 にまにまと笑うミモザに俺も笑顔でこう答えた。


「そうだね、正解」


 こういう時は素直に返した方が相手は返答に困る。所謂、開き直りだ。


「ぐっ……ヴァル様、開き直って、私を困らせるおつもりですね。そのいたずらっぽい笑顔も私のご褒美です。ありがとうございます!」


 上には上がいるというもので、ミモザもこう返してくる。

 十二年の付き合いだから、お互い慣れたものだ。

 個人的にはミモザの将来が不安だ。


「俺の笑顔なら何でもいいのか、ミモザ」


「今まで見たことはないですが、私の中でして欲しくない嫌な笑顔はもちろん、ありますよ?」


「ちなみに参考までにどんな笑顔?」


「いやらしい笑顔と下っ端がするような下品な笑顔等ですね。ヴァル様のお顔には似合いません」


 即答で答えるということは本当に嫌なんだろうな。


「確かに、今まで見たことはないですが、我が君がされるのは非常に嫌ですね」


「そんな笑顔、俺も嫌だよ。したくない」


 何かしら断罪されて、堕ちるところまで堕ちたらするかもしれないが、今のところその予定はないし、断罪されても自分なりの矜持で死んでもする気はないけど。


「じゃあ、そろそろ、本当に迎えに行こうか」








 フィエスタ魔法学園に通うため、王城から馬車で向かう。

 王都の中央にある噴水を起点に、南が貴族の居住区になっている。

 その中でも広い敷地を有し、大きな屋敷が建つ門の前で馬車が一度停まり、御者が俺が来たことを門前に立つ衛兵に声を掛けると、門が開く。大きな門を通過し、正面玄関で馬車は停まった。

 ヘリオトロープ公爵家の王都の邸宅だ。

 本邸は王都の隣のヘリオトロープ公爵領にあり、普段はウィステリアは公爵領にいる。

 俺に会う時や社交シーズンはこの王都の邸宅に住む。

 これから三年間はウィステリアはこの邸宅に住む。

 ちなみに、忙しいヘリオトロープ公爵はこの邸宅に住んだり、忙しくても公爵領に戻り、奥さんに癒やされたりしているそうだ。

 本当に父が申し訳ない。

 今度、まとめてお休み貰えるようにしてあげたい。本当に。

 馬車から俺が降りると、玄関前でウィステリアとヴァイナス、二人の母親でヘリオトロープ公爵の奥さんのアザリアさん、公爵家の使用人達がずらりと並んでいた。

 俺の姿を見た使用人の、特に侍女やメイドから息を飲む声が聞こえた。悲鳴がないだけでも凄い。息を飲む声くらいなら許容範囲内だ。

 流石、ヘリオトロープ公爵家。使用人の教育が行き届いている。


『……モテモテだな、リオン』


『リア以外にモテたくありません』


 念話で右肩に乗っている紅が俺を誂う。

 侍女やメイドから視線は無視して、俺はウィステリア達が立つ玄関へ向かう。

 向かうと全員がお辞儀をする。

 書類仕事ばかりの引き籠もり王子なので、なかなかこの光景に慣れない。


「おはようございます。ヴァーミリオン殿下」


 ヘリオトロープ公爵夫人――アザリアさん。アザリア・エーリカ・ヘリオトロープが代表して、俺に挨拶する。

 にっこりと微笑む、アザリアさんは紅紫色の髪、浅葱色の目をした美女だ。親子というだけあって、ウィステリアと顔が似ている。

 俺の母もそうだが、本当に二人の子持ちなのかというくらい美人だ。

 ちなみに、母と同じく、アザリアさんは王国三大美人の一人だ。残りのもう一人は次のところで否が応でも会うことになる。


「おはようございます、ヘリオトロープ公爵夫人。ウィスティを迎えに来ました」


 俺も満面の笑みを浮かべ、アザリアさんに挨拶すると、彼女は扇を口元に当てる。


「殿下は本当にシエナ様のお顔にそっくりですわね。制服を着ていらっしゃると学園時代のシエナ様が戻ってきたようですわ」


 母と友人同士らしく、アザリアさんは懐かしむように俺を見て浅葱色の目を細める。


「先程、ヘリオトロープ公爵にも同じことを言われました。母に似ていると。父に似なくて良かったとも言われました」


「そうですわね。グラナート様に似ると周りの方々が大変ですもの」


「……公爵には本当に申し訳ないです。父にはしっかり私がお説教しますから」


 今回は公式ではないから言える言葉の裏で、ヘリオトロープ公爵が迷惑を被っていると言われると、息子の俺は謝るしかない。

 

「夫から聞いています。殿下も大変でしょうに」


「大変だからと放置する訳にもいきません。公爵が倒れられたら本当に困ります。出来ることは全てするべきと思っています」


「殿下は本当に素晴らしい方ですわ。娘を宜しくお願い致します」


 アザリアさんが優しく微笑んで言ってくれた。あまり俺と会うことがない彼女からしたら、娘婿はどんな奴だと気になるのは当然だ。とりあえず、今のところ合格なのだろう。


「殿下、遅くなりましたが、三年前に頂いた手作りのネックレス、ありがとうございます。今も大切に着けておりますわ」


 扇で顔を隠し、俺にしか聞こえないくらいの小声でアザリアさんが言ってくれた。こちらは本音のようだ。


「気に入って頂けて、私も嬉しいです。素人の手作りで申し訳ありませんが、どうしても手ずから作りたくて」


 俺も小声で話すと、ウィステリアそっくりの微笑みでアザリアさんは綻んだ。


「ウィスティのこと、本当に宜しくお願い致します。あの子は本当に優しくて、優し過ぎて、他人のことも我がことのように考えてしまうところがありますから」


「ええ、存じてます。どんなことがあっても私が必ず守ります。彼女なしでは私は生きられませんから」


 本当の気持ちなので、嘘偽りなくアザリアさんに伝える。母として心配なのが物凄く伝わったから、少しでも払拭したかった。


「まぁ、熱々ですわね、殿下。こちらが黒焦げになってしまいますわ」


「そうですか。それなら、しっかり周りを牽制出来ますね」


 お互い、にっこりと微笑み合う。ヘリオトロープ公爵の奥さんというだけあって、似た者夫婦だ。

 公爵家に嫁ぐというのは、このくらい出来ないといけないのだろうか。


「ウィスティ、気を付けて行ってらっしゃい。学園生活は色々なことを経験する良い場だと思うわ。殿下としっかり経験をしていらっしゃい」


 娘想いの母の顔を覗かせ、アザリアさんはウィステリアの両手を握る。


「はい、お母様。行って参ります」


 静かに、アザリアさんと俺の会話を聞いていたウィステリアが真っ赤な顔をして、笑顔で頷いた。

 可愛い。ゲームで見ていた推しの制服姿が、リアルに見られて、俺の心はとても満たされる。

 俺の婚約者は超絶可愛い。

 そんな風に思っているのはおくびにも出さず、王子様スマイルで親子の会話を見つめる。


「ウィスティ、殿下から離れてはいけないよ。殿下の隣が一番安全だから」


 ウィステリアと同じく静かにしていたヴァイナスが彼女に告げた。

 まぁ、確かに一番安全ですけどね。でも、何かズレてる気がする。


「はい、お兄様。ヴァル様のお側を離れません」


 ウィステリアも大きく頷いた。

 この兄妹、何となく天然な気配がする。

 参考に出来る兄妹像がハイドレンジアとミモザしかいないから分からないが、ちょっと心配になった。


「ヴァーミリオン殿下、改めまして、妹を宜しくお願い致します。お気を付けて」


「はい、お任せ下さい。ウィスティ、行こうか」


 微笑みを浮かべ、ヴァイナスに頷き、ウィステリアに手を差し伸べる。


「はい、ヴァル様」


 ウィステリアが嬉しそうに微笑み、俺の手を取る。

 二人で、アザリアさんとヴァイナスにお辞儀をして、馬車へ向かう。

 俺達の後をウィステリアの侍女のシャモアが付いて来る。


「遅くなったけど、おはよう、リア」


「おはようございます、リオン様」


 俺が小声で言うと、ウィステリアも小声で返してくれた。


「シャモアもおはよう」


 ウィステリアの斜め後ろを付き従う、菖蒲色の髪、緑色の目のシャモアに挨拶する。


「おはようございます、ヴァル様」


 会釈して、シャモアは微笑む。

 何年も何度も顔を合わせているウィステリアの侍女も俺の愛称を呼ぶことを許している。

 将来、ウィステリアと結婚後はシャモアも彼女の侍女として付く。

 ミモザとも仲が良いし、二人はもうすぐ義姉妹になるから愛称で呼んでもらった方が俺の気持ち的にも楽だ。


「レンも馬車で待ってるよ」


 笑顔で言うと、シャモアの顔がゆっくり赤くなり、更に馬車の前で待つハイドレンジアも赤くなっていた。


「ラブラブだな」


「本当に」


 俺とウィステリアが呟き、二人で笑い合う。

 少しだけ、俺達も仲睦まじくしたいと思いつつ馬車に乗った。






 王都の中央にある噴水を起点に、東は公共の図書館や役所、教会等がある区にフィエスタ魔法学園はある。

 フィエスタ魔法学園は主に貴族の高い魔力を暴走させないために、制御の仕方や魔法の知識、召喚獣の召喚方法、魔法以外の剣技、教養等を学ぶ。

 授業の中に剣技や魔法を使った模擬戦もあるため、闘技場や訓練場が設置されており、校内はとても広い。

 模擬戦では騎士団や宮廷魔術師団、高位の貴族にスカウトされたり、仕官出来るように観覧可能になっている。

 公式の試合になると、王都の住人達も観覧可能で、かなりの賑わいになるらしい。

 らしいというのは、俺は一度も観に行ったことがないため、ヘリオトロープ公爵から聞いただけだからだ。

 座学もあるので、校舎も広い。王国内の貴族が入学するわけなので、寮も食堂も完備されている。

 王族ももちろん入学するので、王族用の個室がある。個室があるのは公務もあり、書類仕事が出来るためだ。あとは、急を要するようなことがあった時に、他の生徒に要らぬ心配や憶測が広まらないためだ。

 ちなみに伯爵以上の側近達の待機所もあるが、ハイドレンジアとミモザには王族用の個室に待機してもらおうと思っている。俺の側近とはいえ、子爵だからとか言ってくる貴族やその側近もいるので。

 王城では俺の側近として活躍している上に、ヘリオトロープ公爵等トップスリーが目を掛けてくれているので、ハイドレンジアやミモザは一目置かれているが、彼等を知らない貴族やその側近達は爵位で判断してくる。

 俺の自慢の側近と侍女はそれに屈しない、むしろ、返り討ちにしそうなので、要らぬ面倒事が起きないための俺なりの保険だ。

 馬車に揺られながら、俺はウィステリアを見た。


「リア、緊張してる?」


「はい、ついにゲームの舞台のフィエスタ魔法学園に入学ですから……」


 緊張した面持ちで、ウィステリアは頷く。


「それに、ヒロインが来ますし、悪役令嬢としては怖いです」


 ぎゅっと手を握り、ウィステリアは呟く。

 悪役令嬢としては、三年後にヒロインに断罪されるから怖いよね。不安だろうな。

 少しでも、その不安を払拭したい俺は、馬車の向かいに座るウィステリアの隣に移動する。


「大丈夫。俺はリアを裏切らないし、君を断罪させない。絶対守るよ。それにヒロインは二ヶ月後に入学だから、それまでに準備は出来るよ」


 ウィステリアの手を握り、安心させるように微笑む。


「準備、ですか?」


「そう、準備。例えば、俺とリアの間に入らせないようにするとか、常にラブラブっぷりを見せつけておくとかね。後はあまりしたくないけど、生徒の貴族達を味方に付けるとか。一番はヒロインを近付けさせないのがいいかも」


「近付けさせないというのは、どうやるのですか?」


「見えない壁を作るとか? あとは授業以外の時間は王族用の個室にいるとか。俺も大概、引き籠もりだから、人が多いところは好きじゃないしね。それに、リアを独り占めしたいし」


 ウィステリアの手の甲に口が触れると、彼女の顔が一気に赤くなった。


「少しだけでも、不安はなくなった?」


 赤くなったウィステリアの顔を覗き込み、俺は微笑む。


「うぅ、はい……」


 真っ赤なウィステリアが可愛くて、更に笑みが深くなる。


「俺は君を断罪することも、裏切ることもないから。これだけは覚えていて。俺はどんなことがあってもリアの味方だよ」


「リオン様、ありがとうございます。リオン様が味方してくれるだけで、心強いです。私もリオン様を独り占め、したいです」


 俺の手を逆に握り返し、真っ赤になった顔で言ってくれた。更に、俺の指に口が触れる。

 ウィステリアの可愛い反撃に、俺の笑顔が止まらない。可愛いなぁ、本当に。

 馬車もちょうど停まり、魔法学園に着いたようだ。

 魔法学園には正門と王族専用の門がある。

 今日は入学式なので、俺達が乗る馬車は正門から入る。

 ゲームのヴァーミリオンは常に正門から入っていたようだが、俺は明日からは王族専用の門から入るつもりだ。どんな性格か知らないが、ヒロイン対策の一つだ。

 馬車を停める場所に着き、俺が先に馬車から降りると、通りがかりの貴族の生徒達から悲鳴が聞こえた。

 俺はその声を無視して、後から降りるウィステリアのエスコートをすると、更に悲鳴が上がる。


「……珍獣か何かか、俺達」


 ウィステリアにしか聞こえない小声で俺がげんなりしていると、彼女が小さく笑う。


「リオン様に滅多にお目にかかれないという点では珍獣に近いと思いますよ」


「引き籠もり王子だからね。遭遇率がレアなのは理解するけど」


「どちらかと言うと、レアではなくウルトラレアだと思います」


 ちらりと目を向けると、俺とウィステリアの周りに五メートルくらい離れて輪が出来ていて、見物人がわんさかいた。


「ヴァーミリオン王子に入学早々お目にかかれるなんて、わたくし達ついてますわ!」


「ヴァーミリオン王子もヘリオトロープ公爵令嬢もお美しい……」


 女子生徒と男子生徒が話す声が聞こえる。

 何と言うか、ゲームでもありそうな下りだなと思いつつ、小さく溜め息を吐く。

 ゲームではヴァーミリオンとウィステリアは別々に登校しているので、この下りはなかった。俺はウィステリアと別々に登校する理由がないので、むしろ一緒に登校する理由の方があるので、今後も一緒に登校しますけど。


『リアと登校するのが夢だったからな』


 静かに紅が言う。


『推しと登校することが前世を思い出してからの夢だったから仕方がないだろ』


 念話で紅にそう言い返すと、紅も念願叶って良かったなと返してくる。

 内心は顔が崩れるくらいニヤけたい。俺のなけなしのプライドで抑えますが。


「我が君、学園長が入学式前に挨拶されたいと言われています。向かいますか?」


 ハイドレンジアが俺に告げる。

 内心、女子、男子の生徒の声が聞こえ過ぎて、珍獣気分なので、早くこの場から去りたいのが本音だ。


「そうだな。向かおうか」


 ウィステリアと共にハイドレンジア、ミモザ、シャモアを連れて、学園長がいる学園長室に向かう。

 学園内の地図はしっかり頭に入れているので、学園長室も最短距離で行く。


「ヴァル様、道が分かるのですか?」


「学園内の地図はしっかり頭に入れてるよ。何かあった時に対応出来るように」


 ウィステリアが不思議そうに問い掛けてくるのを返すと、尊敬の眼差しで俺を見上げてくる。


「ヴァル様、凄いです。恥ずかしながら、私はまだちゃんと覚えてなくて……」


「じゃあ、後で試験形式で地図を覚えてみる?」


 俺の提案に、ウィステリアは目を輝かせた。


「とても、学生らしいです。ご学友の方とそういう風に教え合ったりすると両親や兄から聞きました。ずっと憧れていたのです」


 前世でもしたことがあるだろうに、ウィステリアはとても嬉しそうだ。

 ちなみに、俺の前世は寝たきりだったので、経験したことがない。なので、とてもわくわくしていたりする。

 学園生活、輝いているなぁ。眩しいや。アオハルかよ。


『……リオン、枯れてるぞ』


 紅が静かにツッコミを入れてくれた。

 そうこうしている内に、学園長室に辿り着いた。

 このフィエスタ魔法学園の学園長はロザリオ・アネメニ・タンジェリンという。

 五歳の時にヘリオトロープ公爵の教養で知った内容だけだが、初代国王とは親友同士で、異母妹が初代国王の妻なので、一代限りの公爵の位を持っている。

 どれだけ長生きなんだと思ったら、学園長はエルフらしい。

 エルフと聞いて、子供心にゲームやアニメでよく見る種族で胸が躍ったのは言うまでもない。

 とりあえず、今までの人生で召喚獣を除く人間以外の種族は見たことがないので、興味がある。

 ちなみに、エルフと言えば、美形揃いなので、うちの王国三大美人の最後の一人はもちろん、学園長である。

 ゲームではタンジェリン学園長という名前しか出て来ないので、顔もフルネームも知らない。どんな人なのだろうか。

 学園長室の扉をハイドレンジアが叩くと、中から応答の声が聞こえた。

 ハイドレンジアが開けて、俺、ウィステリア、ミモザ、シャモア、ハイドレンジアと続く。

 ハイドレンジアとミモザ、シャモアは俺とウィステリアの後ろに控えるように立つ。


「初めまして、タンジェリン学園長。ヴァーミリオン・エクリュ・カーディナルと申します」


「初めまして、ウィステリア・リラ・ヘリオトロープと申します」


 俺と一緒にウィステリアも会釈をする。


「こちらこそ初めまして。ヴァーミリオン殿下、ヘリオトロープ公爵令嬢。ロザリオ・アネメニ・タンジェリンと申しますわ」


 牡丹色の長い髪を緩く後ろに束ね、撫子色の目をした魔術師のローブを羽織った女性も会釈をする。

 エルフと言えばやはり、特徴的な尖った耳だが、もちろん耳が尖っている。

 顔には出さないが感動とは別に、俺は何となくだが、彼女に違和感を感じている。不快とかではなく、多分、隠したいのだろうなという感じの違和感だ。

 それをすぐ暴くのは失礼だし、ウィステリア達もいるので今は必要はないと思い、話を続ける。


「今日から三年間、ご指導ご鞭撻の程、お願い申し上げます」


 にっこりと笑顔で俺は言うと、タンジェリン学園長は目をぱちくりさせた。


「……驚きましたわ。シエナちゃんに顔はそっくりなのに、グラナート君にもシエナちゃんにも性格が似ていませんわ。セヴィリアン君はグラナート君の顔と良いところだけが似ていたけれど、殿下は違いますわね」


 それ、今まで言われたことありませんが。

 流石、エルフ。国王、王妃、王太子を君付け、ちゃん付けだ。関係が良好ならいいか。


「そうですか。似ているとよく言われますが、初めて言われたことばかりですね」


「……ヴァーミリオン殿下は顔には出さないタイプですのね。王、というより、裏で支える宰相や軍師タイプですわね」


 納得するように、タンジェリン学園長は一人で頷いている。

 まぁ、そのように徹しているので、言われても不快ではないけれど。


「そうですね。兄を支えたいと幼い時から思っていましたから。そう見えているのでしたら、安心しました」


 俺が笑みを浮かべると、タンジェリン学園長も笑みを浮かべる。


「今日から三年間、ヴァーミリオン殿下の活躍がとても楽しみですわ」


 腹の探り合いみたいで嫌だな、本当に。

 挨拶も済み、俺達はタンジェリン学園長室から退室し、入学式が始まるまで王族専用の個室に待機することにした。

 個室に入るなり、俺は防音の結界を張る。

 全員が入り、扉が閉まったのを確認した後、盛大に溜め息を吐いた。

 アザリアさんといい、タンジェリン学園長といい、公爵位の人達による俺への精神攻撃やめてくれないかな。この数時間で俺の精神、ゴリゴリ削られている。


「我が君、お疲れ様です」


 ハイドレンジアが苦笑と共に、紅茶を差し出してくれた。横ではミモザとシャモアがウィステリアに紅茶とお菓子を渡している。


「……本当にね。公爵夫人といい、タンジェリン学園長といい、俺、何かしたかな……」


 何もしていないはず。ちゃんと挨拶しただけだ。


「僭越ながら、あの遣り取りを拝見して思いましたが、奥様にも学園長にもヴァル様は誤魔化すのではなく、受け答えをしっかりされていらっしゃったので、好印象のように見受けられます。何かしたというより、その受け答えで気難しいと思われがちな公爵位の女性側がヴァル様をお気に召したようです」


 シャモアが説明すると、ミモザもうんうんと頷いている。


「……普通に挨拶して、話しただけなのに?」


 女心が全く分からない。お気に召されるのはウィステリアだけでいいです。


「そうですね。少なくとも、公爵家の使用人達は好感度爆上がりです。お嬢様を大切に思っていらっしゃるのが端々に感じ取れて、奥様に対しても気を遣っていらっしゃるのが特に使用人達の心を掴みました。ヘリオトロープ公爵家を牛耳る日は近いです」


 緑色の目を光らせてぐっと拳を握り、シャモアは言う。

 その言葉に俺は脱力する。


「ヘリオトロープ公爵家を牛耳るつもりはないから。俺は結婚後、ウィスティと田舎の領地に引っ込んで、のんびり楽しく領地経営したいから、あんな殺伐とした会話はしたくない」


 子供の時から俺のことを知ってるウィステリアやハイドレンジア、ミモザ、シャモアだから素直に言えるが、流石にここまで他の人には自分の思いを言えない。

 ただ、のんびり領地経営はずっと言っていることなのに、あまり皆信じてくれない。何故だ。


『今まで色々動いていたからな。のんびり領地経営と言いつつ、王城のことで呼ばれて、駆り出されると思っているのだろう』


 紅の言葉に俺は溜め息を吐く。

 紅茶を飲みつつ、心を落ち着かせる。


「でも、普段のヴァル様も好きですが、王子様然としたヴァル様も格好良くて好きです」


 いきなり、愛しの婚約者が爆弾を投下した。

 ミモザがにんまり笑って、新たな火種で投下されて不意打ちを食らった俺に、追撃をしようとする。


「ヴァル様、良かったですね。ウィステリア様はどんなヴァル様でもお好きのようですよ」


 そんなこと言われると、俺は何も言えない。

 惚れた弱みだ。

 そんな姿も時々見せたくなるじゃないか。


『……難儀だな、リオン』


 俺の性格がね。

 そう思いながら、俺は紅茶を飲み干した。




 そして、入学式が始まり、中盤頃に俺の入学の挨拶をした。

 挨拶自体は難なく終わり、俺の微笑を見た生徒達が崩れるアクシデントが途中あったが、とりあえず入学式は無事に終わった。

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