第31話 新人騎士との手合わせ

 三年が経ち、俺とウィステリア、アルパイン、ヴォルテールは十五歳になった。

 カーディナル王国では十五歳が成人だ。

 十五歳から仕事に就く。中には冒険者になる者もいるが、貴族の子息子女はフィエスタ魔法学園に入学する。稀に平民も入学する。

 貴族の子息子女がフィエスタ魔法学園に入学する理由は魔力にある。

 魔力はこの世界に住む者ほとんどが多かれ少なかれ持っている。その中でも、貴族は元々の魔力が高く、十五歳を境に更に魔力が上がる者が多いからだ。

 その高い魔力を暴走させないために、制御の仕方や魔法の知識、召喚獣の召喚方法、魔法以外の剣技、教養等を学ぶために通うことになる。

 平民も貴族並の魔力を持って生まれる者がいる。

 所謂、貴族の庶子だ。貴族の血が混じると魔力が高くなる傾向があり、一定値より高いとフィエスタ魔法学園に通うことになる。

 そのフィエスタ魔法学園に通う際に、平民については学費が免除される。代わりに、卒業後は騎士団や宮廷魔術師団等に五年就くことが条件だ。

 五年後、続けるか続けないか決められるのだが、大体、続けることが多い。給料と待遇が良いからだ。更には優秀であれば出世出来るし、運が良ければ、国王や王太子を守る近衛騎士団に入ることも出来る。入るには色々な条件をクリアする必要があるが。

 ちなみに、第二王子の俺には近衛騎士はいない。

 側近のハイドレンジアや護衛のアルパインとヴォルテールが近衛騎士の代わりを務めてくれる。

 決して、財務大臣が予算を渋っているわけではなく、俺には召喚獣のフェニックスやシルフィード、稀な男性体の青薔薇の精霊がいる上に、俺の師匠は騎士団の総長のシュヴァインフルト伯爵と宮廷魔術師団の師団長のセレスティアル伯爵なので、二人からしごかれた俺だけで過剰戦力だと宰相のヘリオトロープ公爵が判断した結果だ。

 実際はセレスティアル伯爵より高い魔力や全属性持ち、俺の色々なやらかしを外に漏らさないため必要最小限の人数というのもある。

 その方が俺も楽なので、異論はない。


「いよいよ、明日からフィエスタ魔法学園へ入学ですね、我が君」


 にこやかにハイドレンジアが俺に決裁待ちの書類を渡しながら言う。

 今は午前。朝食が終わってすぐ、自分の部屋の机で書類仕事というのは、健全な十五歳なのだろうかと疑問に思う。おかげで、肌の色が健康的だが白い。

 ハイドレンジアも二十七歳になり、やっと結婚が決まった。相手は俺の婚約者のウィステリアの侍女のシャモアだ。結婚式は夏になる前に行うそうだ。

 俺とウィステリアが会う時に必ずシャモアと顔を合わせるので、話が合い、弾み、俺とウィステリアと同じく逢瀬を重ねていくうちに恋仲になったそうだ。

 家族のように思っているハイドレンジアの結婚が決まり、俺としてはとても嬉しい。

 後から聞いた話だと、ハイドレンジアはヴァーミリオン命なので結婚出来なくてもいいと思っていたそうだ。爵位も何処かから養子を取って、エクリュシオ子爵家が続けばいいと思っていたところ、シャモアに会い、意気投合したそうな。

 相手のシャモアもブリスフル子爵家の次女で二十五歳。貴族の結婚適齢期を過ぎているため、実家の父親から結婚を急かされていたが、彼女もウィステリア命なので結婚出来なくてもいいくらいの勢いだった。そんな時に同じ考えのハイドレンジアに会い、お互い主人命というところが意気投合し、結婚へ向かったのだから、似た者同士で良いのではと思う。


「そうだなぁ……。学園生活には興味津々だけど、正直、面倒事が降ってきそうで嫌だな」


 溜め息を吐きつつ、俺はハイドレンジアにあることを聞いてみる。


「ところで、レン。陛下から話があったと思うけど、明日からの魔法学園にはもちろん付いて来るよね?」


「どういうことでしょうか? 私は陛下から何も伺っていませんが……」


 眉を寄せて、ハイドレンジアが聞き返す。


「やっぱり、話してないか。全く、陛下は。フィエスタ魔法学園に王族と伯爵以上の貴族は側近を連れて行けるそうだ。アルパインやヴォルテールは俺の護衛で側近だけど、生徒だ。更には二人共、伯爵家の子息。彼等も側近を連れて行くだろう。シスルは俺の一歳年上で、魔法学園の生徒。俺の最も信頼のおける側近はレンとミモザしかいないから、俺としては二人を連れて魔法学園に行きたいところだけど、どうする?」


 シスルはいいのだが、アルパインとヴォルテールは少し気になることがある。

 ゲームの舞台はフィエスタ魔法学園だ。アルパインもヴォルテールも攻略対象キャラだ。

 この世界は決してゲームの中ではなく、ゲームに似た世界で同じ出来事もあるが、そうではない出来事もある世界なだけだが、どんな性格かは知らないがヒロインがいる。ヒロインに攻略されてしまえば、俺の話より恋愛の方に重きを置くかもしれない。

 そうなると正直、二人の扱いに困ってしまう。

 そうならないと思いたいが、こればかりは俺も分からない。思春期は厄介だ。

 その点、ハイドレンジアとミモザはゲームの隠しキャラだが、二人を苦しめた黒幕のセラドン侯爵は早々に退場してもらったので、ヒロインから攻略されることはないと思う。


『むしろ、リオンが攻略したようなものだからな』


 俺の右肩に乗っている紅が思考を読んで、念話で突っ込む。確かにそうだが。


「もちろん、私は我が君に付いて行きます。私の場所は我が君の元ですので」


「俺の元って言うけど、本音はシャモアの場所だろ? もうすぐ新婚さん」


 俺がからかうように笑うと、ハイドレンジアの顔が真っ赤になる。


「なっ、わ、我が君。からかわないで下さい。先程の魔法学園の側近の件ですが、ミモザにも聞いたのですか?」


「まだだよ。もうすぐ戻ってくる頃だから、聞いてみるつもりだよ」


 書類にサインしつつ、俺は答える。

 十五歳になった途端、公務が更に増えた。十五歳になる前、十三歳頃から何故か俺の元にヘリオトロープ公爵が抱えきれなかった部分が回ってくるようになった。

 三年前に兄に相談したヘリオトロープ公爵の宰相の仕事の分業、宰相補佐の役職が出来て、仕事量は減ったそうだが、厄介な問題が二年前から増えた。

 カーディナル王国内に魔物、魔獣が増加した。

 今まで見ることがなかったのだが、遭遇の報告が増えた。

 まだ王都には発見の報せはないが、王都近隣は少しずつだが増えてきている。一番は国境付近での遭遇率が高い。

 他国から流れてきているのか、国内の何処かで増えてきているのか、まだ判断材料が少なく、元を潰せていない。

 その処理に追われているため、俺のところまで書類が回ることが増えたのだ。

 そして、十五歳になった俺は近々、魔物、魔獣の討伐部隊を指揮することになる。

 国王である父からの命令だ。

 フィエスタ魔法学園に通いつつ、魔物、魔獣の討伐の指揮をする。

 俺が部隊を率いる理由は王族の第二王子で、王国の象徴で伝説の召喚獣フェニックスを召喚出来るからだ。

 部隊の士気は上がるし、討伐出来たら、その地域の国民の王家への支持も上がる。出来なかったらどうするのだと思うが、伝説の召喚獣が魔物、魔獣程度で負けることはないと思われているのだろうなと感じる。

 ちなみに、これはまだハイドレンジア達にも言わないように言われている。

 知っているのは、国王、王妃、王太子、宰相、軍務大臣、騎士団総長、宮廷魔術師師団長だけだ。


「そういえば、我が君。明日の入学式は我が君の入学の挨拶があるのですよね?」


「……あ、そういえば。忘れてた」


 重要なことがあり過ぎて、忘れてた。

 適当に挨拶する訳にもいかないので、考えておいた方がいいだろうな。


「明日の入学式には側近も参列は出来るのですよね?」


「出来ると思うよ」


 そう俺が答えると、ハイドレンジアの目が光った。


「それでは明日は我が君の勇姿をしっかり目に焼き付けさせて頂きますね」


 にっこりとハイドレンジアは微笑んだ。

 その後、ミモザが戻ってきて、魔法学園での側近の話をすると、すぐ付いて行くと答えた。








 午前の書類仕事が終わり、昼食後の腹ごなしをするために、ハイドレンジアとミモザを連れて騎士団の訓練場に向かった。

 もちろん、右肩には紅がいる。

 十五歳になり、俺も背がかなり伸びた。

 だが、シュヴァインフルト伯爵のしごきで鍛えられているのに、ムキムキになってくれない。所謂、長身痩躯というやつだ。筋肉もそれなりに付いているはずなのだが、細身に見える。

 青年の域に入っているのに、顔も相変わらずの母似の女顔だ。少し少年っぽさが抜けてきたが、微笑むと崩れる人が相変わらず多い。むしろ、多くなった。

 愛しの婚約者曰く、ゲームの時以上に王子力が増しているそうだ。何だろう、王子力って。

 睨むとゲームのヴァーミリオンっぽいらしいが、ずっと睨むのは目が疲れるし、ゲームのヴァーミリオンは好きではないので睨まないようにしている。

 なので、騎士団の新人からこの顔と細身のせいで第二王子のお遊びと侮られるので、大人げないとは思うが完膚なきまでに叩きのめしている。

 実力行使というやつだ。

 俺を知っている古参の騎士達も新人を止める素振りをするが、自分達も昔にやられた身なので本気で止めようとしない。むしろ、やられて後悔しろという顔をしている。

 今日も騎士団に入団したばかりの騎士が数人いるらしく、古参の騎士達が俺を見つけるなり、笑顔になり始めた。前に入団した者やその前に入団した者はその時のことを思い出したのか青ざめている。

 相変わらずの騎士達に俺は溜め息を吐きながら、シュヴァインフルト伯爵に声を掛ける。


「シュヴァインフルト伯爵、今回の新人はどうですか」


「今回の新人は骨のある者が一人いますよ、殿下。殿下が気に入るような者かと」


 小声で話すと、シュヴァインフルト伯爵も同じ音量で話してくれた。

 俺が気に入るような者というのは何だろうか。

 そんなに俺は好みは激しくないと思うが。


『……リオンも我に似て、好みは激しいぞ』


 念話で紅が突っ込む。いやいや、結構俺の好みは分かりやすいと思いますけど?!


「そうですか。私を侮るような者ばかりでなければいいですが」


 そう呟くと、ハイドレンジアとミモザがうんうんと頷いている。

 二人はいつも俺に付いて来てくれるので、訓練場で起きる恒例行事を知っている。

 俺に対する侮りが酷い時にはキレた二人も参戦して、共に叩きのめしているため、二人についても古参の騎士達は一目置いている。

 そして、二人の前で俺のことを悪く言ったりすると古参の騎士だろうが、爵位だろうが関係なく叩きのめしている。有り難いが、俺のことになると過激な二人だ。

 まぁ、俺も二人のことを悪く言う騎士、貴族関係なく、完膚なきまでに叩きのめしているので二人のことは言えないのだが。

 ちなみに、シュヴァインフルト伯爵は俺のことを悪く言った者は即訓練を五倍増しにしているので、彼も人のことは言えない。俺のことを愛弟子と思ってくれているようで嬉しいが、皆酷くないか。

 そんなことを思っていると、シュヴァインフルト伯爵が入団したばかりの新人騎士五人とその他の騎士達を呼ぶ。始まったという顔をする騎士達が何人かいる。自分には関係ないことが起きるから、楽しそうだな。

 俺とシュヴァインフルト伯爵の前に集まった騎士達は綺麗に整列する。

 全員揃ったのを確認し、シュヴァインフルト伯爵が頷く。


「よし、揃ったな。今日はヴァーミリオン殿下がいらっしゃっている。殿下も訓練に参加なさるから、まぁ、頑張れよ」


 後で何が起きるか分かっているシュヴァインフルト伯爵は投げ遣りに騎士達に告げる。

 後ろの方で古参の騎士達が笑顔だ。

 すると、やはり、新人騎士の一人が口を開いた。


「シュヴァインフルト総長。何故、騎士団の訓練にヴァーミリオン王子が参加なさるのでしょうか?」


 新人なら気になる内容なのか、シュヴァインフルト伯爵に質問する。

 毎年聞く質問だから、この後の展開が手に取るように分かる古参の騎士達は更に笑みを深めている。

 楽しそうだな、本当に。

 一つ前や更にその前に入団した騎士達は青ざめている。一つ前も、その前も特に酷かったから、ハイドレンジアとミモザも参戦したせいで余計に怯えが酷い。

 それで騎士が務まるのか疑問だ。逆に怖い思いをしたから、それより怖いものはない、となるのか分からないが。


「殿下は俺が剣を教えた弟子だ。時々、時間が空いた時にこうして訓練に参加される。不服か?」


 腕を組んで、片眉だけ上げてシュヴァインフルト伯爵が新人騎士の一人に聞き返す。

 第二王子の俺の前で不服なんて言ったら、不敬と思われるし、出世の道が閉ざされると思ったらしい新人騎士が首を振る。


「い、いえっ。気になって聞いただけで、不服ではありませんっ」


 シュヴァインフルト伯爵の一睨みが効いたらしいその新人騎士は黙った。

 すると、他の新人騎士一人が更に質問する。


「時間が空いた時に訓練に参加されるということですが、誉れ高い騎士団の訓練に王子は付いて来られるのでしょうか?」


 高飛車な物言いの新人騎士が、シュヴァインフルト伯爵と俺にニヤニヤ笑いながら言う。新人騎士の内、三人が頷いている。

 俺の後ろのハイドレンジアとミモザが殺気を出した。二人はわざとらしく言った、「誉れ高い騎士団」という言葉が頭に来たようだ。

 それに気付いた古参の騎士達は一歩、二歩と音もなく静かに下がった。


「おい、ヴァーミリオン王子に対して、失礼が過ぎるぞ」


 新人騎士の一人、金髪の青年騎士がハイドレンジアとミモザの殺気に気付いたようで、いつでも動けるように訓練用の剣の柄を握ったまま、高飛車な新人騎士に向かって言う。

 この新人騎士が、シュヴァインフルト伯爵が言っていた骨のある者だろうか。この新人騎士だけは先程から他の四人の新人騎士に同調していなかった。

 少し、面白そうだなと思ってしまうあたり、シュヴァインフルト伯爵の思惑に乗せられたなと思う。


「そんなに言うなら、殿下に勝つ自信があるということだな。殿下と試合形式で模擬戦をやってみるか? 殿下、如何です?」


「私は構いませんよ。何なら全員、同時に相手にしましょうか? 勝っても負けても不敬とは言いませんので」


 わざと挑発じみた言葉を言うと、新人騎士四人が乗った。

 金髪の新人騎士だけは首を振っている。


『ふむ。あの金髪の騎士だけはリオンの強さに気付いたようだ。シュヴァインフルト伯爵が言っていた、骨のある者だろうな』


『誉れ高い騎士団とか言うなら、相手の強さくらい気付けよと思うんだけど。同時に相手をするって俺が言って、それに乗る時点で誉れ高いも何もないと思うけどなぁー』


 念話で紅と会話しながら、冷めた目で新人騎士達を見つめる。

 騎士道精神って知ってるかと聞いてみたい。

 まぁ、戦場では同時に相手にしないといけないこともあるから、あながち違うとは言い切れないが。


「そこの四人は殿下と試合形式で模擬戦をやるということでいいな? デリュージュ、お前はどうする?」


 シュヴァインフルト伯爵が金髪の新人騎士に向かって聞いた。

 デリュージュというと、軍務大臣のデリュージュ侯爵の血縁者かな。ちなみに、軍務大臣のデリュージュ侯爵はヘリオトロープ公爵の一派で、俺にとても友好的な貴族の一人だ。

 公務をするようになってから、書類仕事の関係で会話をすることが増え、国の軍事に関する色々な状況を教えてくれたり、何か軍事に関する案がないかと俺に聞いてきたりする。

 その大臣の顔と似ているところがあるので、息子かなと思いつつ見ていると、金髪の新人騎士は口を開いた。


「……私はヴァーミリオン王子には及ばないと思いますので、辞退させて下さい」


 今までの新人騎士と違い、お辞儀をしながら彼は辞退した。

 古参の騎士達からどよめきが聞こえる。

 今までにないパターンだ。


『良い判断だな。よく見ている』


 紅が感心しながら、呟く。彼のお眼鏡に適ったようだ。

 でも、そういう人と俺は戦ってみたいと思うんだけど。他の四人と戦うより。

 シュヴァインフルト伯爵が無言で俺を見ている。


「私はどちらでも構いませんよ。戦いたいと思ったら、声を掛けてくれれば、いくらでも相手になりますよ」


 にっこりと微笑みながら、少し殺気を出してみたら、古参の騎士達がビクッと震えた。

 新人騎士四人は気付いていないが、金髪の新人騎士は剣の柄を強く握っている。


『シュヴァインフルト伯爵は良い新人を手にしたな。更に鍛えたらあの者は伸びるぞ』


 俺の右肩で紅が更に感心している。

 そういう人材が増えれば、国は更に良くなる。

 特に、今は魔物や魔獣が多くなって来ている。少しでも、戦力が増えればその分、流す涙も減る。


「では、ヴァーミリオン殿下と新人騎士四人で模擬戦を始めるぞ」


 シュヴァインフルト伯爵がそう言うと、他の騎士達は見学する気満々で、訓練場の端に素早く移動する。

 皆、どのくらい新人騎士達が俺の攻撃に耐えられるか話をしている。賭けをしたら即、シュヴァインフルト伯爵から訓練三倍になるため話のみだ。前にしていたのがバレたらしい。

 俺はシュヴァインフルト伯爵から訓練用の剣を受け取り、左手で柄を握る。

 右肩に乗っていた紅がハイドレンジアの元へ飛ぶ。

 乗っていても問題はないのだが、前に紅を狙おうとした騎士がいて、俺よりも先に、紅の正体を知っているシュヴァインフルト伯爵、ハイドレンジア、ミモザに再起不能寸前までボコボコにされるということがあった。要らぬ犠牲を防ぐため、紅にはハイドレンジア達の元にいてもらうようになった。

 正直なところ、紅を狙っても、彼に当たるより先に訓練用の剣が消し炭になるので問題ないのだが、伝説の召喚獣の逆鱗に触れるのを虞れての行動なのだろう。


『利き手の右手はあの新人騎士に残しているのか、リオン』


『まぁ、念のため、かな』


 離れても念話が出来るのだが、違和感が半端ない。物理的な距離があるからだろうか。

 訓練用の剣を俺が左手で持っているのに気付いた古参の騎士達が、「殿下、手加減が過ぎます……」と呟いている。

 幸い、新人騎士達には聞こえていないようで、あちらはニヤニヤと俺に余裕で勝つと言った顔をしている。

 シュヴァインフルト伯爵が新人騎士達の様子に気付き、小さく嘆息する。これは彼らに対する伯爵のしごきが倍増するな。

 俺の剣の師匠は相手を侮る態度をする者が好きではない。

 その点、俺も相手を侮る態度を取っているのだが、いつも侮られる側の反撃なのでお咎めなしにしてくれている。


「それでは、試合形式での模擬戦を始める。剣を構え」


 シュヴァインフルト伯爵の言葉に、新人騎士達がそれぞれ訓練用の剣を構え、開始の言葉を待つ。

 新人騎士達の肩に無駄に力が入っているなと思いつつ、俺も緩く剣の先を上げて、シュヴァインフルト伯爵の言葉を待つ。


「始め!」


 シュヴァインフルト伯爵の言葉と同時に、新人騎士達が二手に分かれる。俺の背後に回る気なのだろう。

 そうなるより先に、俺は目の前の新人騎士二人に向けて、剣を横に振るう。剣で防ごうとするが、握りが甘かったようで、二人の剣が飛んだ。

 飛んだ訓練用の剣の一つを右手でキャッチし、二人の首に剣を当てる。


「二人共、握りが甘い」


 二人共、両手を挙げた。降参のようだ。


「そんな、あっさり……」


 俺の背後に回ろうとした新人騎士二人が驚いている。驚く前に、そのまま俺の背後に回って攻撃すれば隙をつけることが出来るのに。

 俺は残りの二人の方に向き直り、右手の剣をそのまま下に捨て、左手の剣を握ったまま、新人騎士の一人に攻撃を仕掛けてみる。

 俺が上から下へ縦に一撃入れてみると、相手は剣を横にして防いだ。が、脇ががら空きだったので、俺は一撃入れた流れで、反対に下から上へもう一撃入れると相手は尻餅をついた。

 剣を向けると、新人騎士が小さく悲鳴を上げた。

 何だか、悪役になった気分だ。


「そちらは脇ががら空き」


 戦意喪失している様子なので、もう一人の方を見ると、警戒して間合いを取っていた。

 見ると、高飛車な物言いをしていた新人騎士だ。

 相手の攻撃を待っていると、間合いを取るだけで、何も仕掛けてこないので、一歩前へ踏み込み、斜めに上から下へ攻撃すると手から剣が落ち、尻餅をついた。


「握りも甘いし、脇ががら空き、重心が後ろ過ぎて腰が引けて構えになってない。それが、君が言う誉れ高い騎士か?」


 冷ややかな目で俺が言うと、高飛車な物言いをしていた新人騎士が怯えの表情を向ける。何だか、本当に悪役になった気分だ。


「……シュヴァインフルト伯爵。この四人はしっかり基礎から鍛え直してあげて下さい。使えるくらいまで。このままでは彼の言う誉れ高い騎士団の足手まといですし、実戦では命取りですよ」


 今までの中で一番弱い新人騎士だったので、正直腹が立ってしまった。

 特に今は魔物や魔獣が多く、近々、討伐の命が国王から下される。

 俺は討伐部隊を率いて戦わないといけないし、騎士団や宮廷魔術師団も数個隊編成して出撃する。

 すぐには部隊に入らないと思うが、あんな実力で戦いに出られると周りまで命を落とす。

 なので、少し怒りを込めて、シュヴァインフルト伯爵に伝えると、彼は顎に手を当てながら笑う。その表情で、俺と同じ思いだと分かる。


「そうですな。三歳の時から、俺の剣に食らいついていた殿下にとっては拍子抜けだったでしょうな」


 シュヴァインフルト伯爵の言葉に、新人騎士達が驚きの目でこちらを見る。

 そんな新人騎士達を無視して、俺に近付く金髪の新人騎士の気配を感じ、彼を見た。


「ヴァーミリオン王子、先程の辞退の言葉、撤回させて下さい。今から、貴方に挑ませて下さい」


 訓練用の剣の柄を握り、俺を真っ直ぐ見て金髪の新人騎士が告げる。


「分かりました。いつでもどうぞ」


 笑顔で俺が頷くと、古参の騎士達が慌てて、訓練場の真ん中で呆然と座っている新人騎士四人の首根っこ等を掴んで、離れて行く。

 俺が負かした結果とはいえ、真ん中に呆然と座って邪魔だなと思っていたので助かった。恐らく、ハイドレンジアが指示したのだろうな。出来る側近がいて本当に助かる。

 金髪の新人騎士が構えるのを見て、俺は持っていた訓練用の剣の柄を右手で持ち直す。

 すると、金髪の新人騎士の顔が苦い顔をした。

 先程の模擬戦は本気じゃなかったのか、と言いたげだ。

 あれで本気な訳がないじゃないか。

 そんな意味を込めて笑うと、金髪の新人騎士は更に苦い顔をした。


「ヴァーミリオン王子、胸をお借りします」


 長く息を吐きながら、金髪の新人騎士が仕掛けてきた。

 上段から振り下ろす剣を俺は受け止め、振り払うように右へずらし、訓練用の剣で突きを繰り出す。

 金髪の新人騎士が慌てて後退して、剣で受け止める。

 この動きだけで、彼はしっかり鍛錬しているのだと分かる。

 だんだん楽しくなってきた。

 今度は俺が金髪の新人騎士に攻撃を仕掛けてみる。俺は下から上へ剣を振り上げると、金髪の新人騎士は剣で受け止めたのを、更に斜めに袈裟斬り、左から右へ横斬り、突きと連続で追撃してみる。

 金髪の新人騎士は俺の攻撃を必死に受け止める。

 これだけで、彼は前の新人やその一つ前の新人達よりも鍛錬してきたのが分かる。

 アルパインと良い線行っているかもしれない。

 俺は更に攻撃をしようと、右から左へ横斬り、上から下へ縦斬り、下から斜め上へ袈裟斬りと連続で先程より速く繰り出す。

 金髪の新人騎士が必死について行こうとするが失敗して、俺の攻撃で剣が落ち、尻餅をついた。


「……参りました。ヴァーミリオン王子、お強いですね。流石、シュヴァインフルト総長のお弟子様です」


 金髪の新人騎士は肩で息をしながら降参のポーズをして、爽やかな笑顔をする。そこで、初めて目の色が薔薇色だと気付く。金髪にしか目が行かなかったことに、我ながら驚きつつ、俺も口を開く。


「貴方も強いね。シュヴァインフルト伯爵の元で鍛錬すれば追いつかれる。私もうかうかとしていられないな。ところで、貴方の名前を聞いてもいいかな?」


 俺が問うと、金髪の新人騎士も名乗っていなかったことに気付き、忘れていたというような顔をする。


「も、申し遅れました。私は軍務大臣、フロスティ・ヒース・デリュージュの次男のレイヴン・フロス・デリュージュと申します」


「デリュージュ候にはいつも世話になっている。そうか、彼のご子息だったか」


 顔が少し似ているから親戚関係だとは思っていたが、息子か。


「いえ、父もヴァーミリオン王子のことを、その、私や兄に自慢気に話して下さいまして……」


 言いにくそうにレイヴンが呟く。

 息子達に俺の何を話したんだ、デリュージュ侯爵。


「そ、そうか。それはまた今度教えて欲しい。次の時もまた手合わせしてくれると嬉しい」


 俺は小さく笑って気さくな爽やか青年風に言ったつもりだったが、レイヴンが何故か崩れた。

 ……本当に、この女顔をどうにか出来ないか。

 明日のフィエスタ魔法学園の入学式が不安になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る