第30話 お忍びデート

 ウィステリアと一緒に王都へお忍びデートの準備も出来て、俺の部屋のバルコニーに愛しの婚約者と出る。

 不思議そうにしているウィステリアに俺は小さく笑う。


「ヴァル様、どうしてバルコニーに?」


「姿を消す魔法を使って、紅に乗って、王都の近くまで行こうと思って。王城の城門を通るとお忍びデートにならないからね」


 城門を通ると、忍んでないから、少しウキウキ感が減ってしまう。

 どうせなら、バレないように行くというのを味わってみたい。

 俺の言葉を聞いたウィステリアはポンと手を打つ。


「なるほど。よく分かりました」


 にっこりと笑って、ウィステリアの髪が風に揺れる。

 商家のお嬢様風の服装をしたウィステリアの髪の色は茶色だ。

 本当は亜麻色とかの金髪系の色合いにして欲しかったが、貴族に多い目立つ色ではあるので、王国の中で比較的に多い茶色になった。目の色はそのままの藍色だ。

 俺は結局、ウィステリアとミモザに言われるまま色々な色を試したが、どの色にしても、どの服装にしても、母似の顔が影響して目立つので、商家のお嬢様を守る護衛という格好になった。念の為、滑り止めが付いた黒い手袋を着け、腰には剣を佩いている。

 魔力で変えた俺の髪の色は黒色で、目も黒色だ。

 前世は日本人だったこともあり、黒色の髪と目はとても懐かしく、落ち着く。

 髪と目を黒色にしたことで、前世の姉と妹が言っていた、前世の俺は目元がヴァーミリオンに似ていると言っていた意味がやっと分かった。目元は確かに前世の俺だった。他のパーツは全然似ていないが。

 少し複雑な気持ちになりつつも、ウィステリアの笑顔を見た瞬間、そんな気持ちは何処かへ飛んだ。


「紅、お願いしてもいい?」


『もちろんだ、我がしっかり連れて行く。安心するといい』


 俺の右肩から離れ、フェニックスとして喚ぶ時の半分くらいの大きさになり、紅が優しく金色の目を細める。やっぱりイケメンだ。


「ありがとう、宜しくね」


 フェニックスの姿の紅の顔に触れ、頬を撫でる。ふわふわで気持ち良い。

 紅の背にウィステリアを先に乗せ、彼女の後ろに俺が乗る。落ちないように身体を密着させているが、やましいことはしません。


「レン、ミモザ。後は宜しく。夕方までには帰るから」


「はい、後のことはお任せ下さい。我が君、楽しんできて下さいませ」


「ウィステリア様、後でお話聞かせて下さいね。ヴァル様、お気を付けて行ってらっしゃいませ」


「お土産買ってくるから」


「行って参ります」


 俺とウィステリアがそう言うと、紅はバルコニーからふわりと浮上し、空へと上昇する。

 姿を消す魔法と風圧を緩くする魔法を紅ごと掛け、ウィステリアが落ちないように後ろから支えると、ガチガチに彼女は固まっていた。


「リア、空の旅は初めて?」


「はいっ、高所恐怖症はないですが、高くて少しドキドキします。リオン様は初めてですか?」


「いや、二回目だよ。一回目は三歳の時にレンとミモザを助けた時で夜だったけど」


 あの時は助けられるかの瀬戸際で、しかも夜だったので、景色を眺める暇はほとんどなかったが。


「空から見ると、王都は広いね。王都の広さは地図でしか見たことがなかったけど、一日では到底全部は行けないね。百聞は一見に如かずというけど、言葉の通りだな」


 王城から一本の道を下ると、王都カーディがある。

 碁盤の目のように建物が大小それぞれだが並び、周囲を正方形型のになるように高い壁がある。

 王都の中央に大きな噴水があり、噴水を中心に北が貴族以外の住民の居住区、西が飲食を含む様々な店がある商業区、東は公共の図書館や役所、教会等がある区、南が貴族の居住区になっている。東西南北それぞれに騎士達の詰所があり、王都の警備をしている。

 今回はどんな物が売られているか興味があり、西の商業区を主に回る予定だ。

 そこで、ポーションの市場価格が分かれば、利益とかの計算がしやすくなる。

 あれから回復のポーションの作り方をシスルに教わり、中級までは難なく作れるようになった。上級は魔力の加減で失敗したり、薬草の在庫不足でなかなか作れていない。今回のお忍びデートで材料を見つけたら購入しようと思っている。

 ちなみに、作ったポーションは空間収納魔法で収納してある。空間収納魔法に入れると、中の時が止まり、品質は全く落ちない。それを知った俺は大量に作り、いつでも売ったり、使えるように空間収納魔法で収納している。

 空の旅が楽しいようで、ウィステリアがはしゃぐ。


「また、一緒に行きましょう、リオン様!」


『……まだ、王都にも着いておらぬぞ、リア』


 はしゃぐウィステリアに小さく息を吐きながら、紅が言う。

 西と東には街道へ続く大きな門がある。

 徐々に高度を下げて、王都の西側の商業区の壁沿いに近付く。

 姿を消しているおかげで、検問からも気付かれることもなく降り立った。

 俺が紅から先に降り、その後、ウィステリアの手を持ち、支えながら降ろす。

 俺達が降りたのを確認した紅がいつもの鳥のサイズになり、俺の右肩に乗る。

 俺は周りに誰もいないのを魔力感知で確認し、姿を消す魔法を解く。

 俺を知っている貴族に出くわした時に紅の姿を見て、ヴァーミリオンが変装しているとバレると面倒なので、彼だけは姿を消したままにしてくれている。

 姿を消す魔法を解くのと同時に、防音の結界を俺とウィステリアの周りだけ張る。念には念を、だ。


「それじゃあ、行きましょうか、お嬢様?」


 ウィステリアの右手をそっと持ち、口づけをして、にこやかに俺が笑うと、彼女の顔が真っ赤になった。可愛い。


「リ、リオン様……お嬢様って……」


「ほら、一応、設定では俺は商家のお嬢様の護衛だから。今だけは地位が逆転ですね、リアお嬢様。俺の名前も呼び捨てで宜しくお願いしますね?」


 いたずらっぽく笑うと、ウィステリアはますます顔が赤くなる。


「そう、ですけど、リオン様に護衛して頂くのも、呼び捨ても恐れ多いです……」


「駄目だよ。設定は置いても、リアは俺の婚約者なんだから、今後も俺が君を守るし、設定がなくても呼び捨てで構わないよ。恐れ多いと思うのはなしね」


「は、はい……。でも、リオン様を呼び捨てはまだ無理です。もう少し、勇気が出るまで待って下さい……」


 顔は相変わらずの真っ赤のままウィステリアは小さく微笑む。癒やされる。


「いつまでも待つよ。というわけで、しっかりお守りしますよ、お嬢様」


 そう言って、俺はウィステリアの右手を握って、まずは中央の噴水へ向かった。








 王都の中央に位置する大きな噴水の前に着き、止まる。

 王城の城下町でもある王都カーディは活気に満ちている。王都だからというのもあるが、人の流れが多い。噴水の周りにも人が多く、王都の住人はもちろん、旅人や冒険者、商人等が行き交っている。

 周りの様子を窺いながら、ウィステリアに声を掛ける。


「お嬢様、疲れてませんか?」


「大丈夫です……。その、ノリノリですね」


 ノリノリで護衛役を楽しんでいる俺を、ウィステリアは少し上目遣いで見上げてくる。

 第二王子の肩書きがないと、こんなに身軽なのかと痛感する。


「王都を見るのは初めてなのと、こういうお出掛けは前世も今世も含めて初めてだからかな」


 ウィステリアにしか聞こえない小声で俺は小さく笑う。

 前世では呪いの影響で身体が動かすのが辛くて、自分の部屋を出るのも誰かに手を借りないと無理だった。なので、お出掛けはもちろん、デートもしたことがない。それが出来る今の身体はとても楽しい。まぁ、前世では彼女もいませんでしたが。


「だから、リアも楽しんでくれると嬉しいな」


 俺が微笑むとウィステリアの顔がまた赤くなった。


「うっ……普段の色と違う、リオン様のその笑顔は反則です……。私も、楽しみますから」


 恥ずかしそうに俯くウィステリアが可愛すぎて、俺のにやけが止まらない。お忍びデート最高。


「そろそろ、商業区の方を覗いてみましょうか?」


 ウィステリアの手を取り、西の方へと歩く。


「お嬢様、何処か行きたいところはあります?」


「あ、あの、アクセサリー屋に行ってみたい、です」


 少し俺に乗ってくれようとしているようで、ウィステリアは行きたいところを言ってくれた。

 西区に着き、大通りを歩く。

 碁盤の目のように整えられているおかげで、とても分かりやすい。事前に頭に王都の地図を叩き込んだおかげで、評判の良いアクセサリー屋の看板をすぐ見つけることが出来た。何事も予習復習は大事だな。


「ここ、評判の良いアクセサリー屋みたいだよ」


「そうなのですね。どんな物があるのか気になります」


 小声でウィステリアに伝えると、きらきらと目を輝かせて彼女は言う。


「入ってみようか」


 周りを確認しながら、俺はアクセサリー屋の扉を開き、中に入る。その後をウィステリアが続く。

 中に入ると、広い店内に落ち着いた薄茶色の棚、ガラスの陳列棚が所狭しと並び、色とりどりの宝石が散りばめられたアクセサリーが広がる。

 ネックレス、イヤリング、指輪、ブレスレット、ブローチ等様々な種類のアクセサリーが種類、色ごとに棚に丁寧に並べられている。ここの店主は恐らく几帳面なのだろうなと窺わせる。

 ウィステリアは様々な種類のアクセサリーに驚いて、ペンダントが並ぶ棚へゆっくり向かう。俺も設定上は護衛役なので、彼女の斜め後ろに立ち、周囲を確認する。

 店内には俺とウィステリア以外にはお客さんはいないようで、とても静かだ。会計をする場所と、ペンダント等それぞれのアクセサリーごとに店員が立っている。商品の説明や商品を試着する等のためだろう。

 その店員達がこちらをじっと見てくる。

 ウィステリアは流石、公爵令嬢。

 店員達の視線に全く動じずに、ネックレスの陳列棚をじっと見つめている。どちらかというと、ネックレスに目が行っていて気付いていないのだろうな。そんなところも可愛い。

 顔が緩みそうになるのをぐっと抑え、何かあっても、対処出来るように神経と耳を研ぎ澄ませつつ、ウィステリアの様子を見る。

 ウィステリアはじっと俺の髪の紅色に近い赤色系の宝石が嵌め込まれたネックレスを見つめている。

 俺の髪の色のネックレスを身に着けたいと思ってくれているのだろうか。

 もしそれなら、俺もウィステリアの髪の色か目の色の宝石が嵌められたアクセサリーを着けたいと思うじゃないか。

 健気な婚約者に、顔には全く出さないが、内心、荒れ模様だ。

 そう思いつつ、ウィステリアの動向を見ていると、一人の男性店員がこちらに近付いているのに気付き、彼女が俺の背中に隠れるように立つ。


「いらっしゃいませ。何か、お探しでしょうか?」


「――主はこちらの店舗に、どのような物があるか気になって見ていらっしゃるだけなので、購入する時にこちらから声を掛けさせて下さい」


 有無を言わさない圧力の笑みを俺は浮かべる。

 べったり買うまでくっついて来るついでに、ウィステリアの名前等を聞くつもりの下心見え見えの営業スマイルを相手がしている。

 こういう時は、王族で良かったと思う。

 貴族の腹の探り合いの日常なので、このくらいあしらうのは余裕だ。この男性店員は俺やウィステリアを子供と思って甘く見ているのだと分かる。

 俺の圧力の笑みにたじろいだ男性店員は「ごゆっくり」と愛想笑いを浮かべて離れていった。


「……あの、リオン様。大丈夫でしたか?」


 俺にしか聞こえない小声でウィステリアが心配そうに見上げてくる。


「大丈夫ですよ、お嬢様」


 このくらい余裕です。ヘリオトロープ公爵にしごかれたおかげで、へっちゃらです。と言い掛けたが、知らなくてもいいことなので、俺は小さく笑う。


「ところで、何か気になる物はありましたか?」


「ええ。こちらの色のネックレスが気になって……」


 白い、綺麗な指先をウィステリアは差し示す。

 ウィステリアの指の先には、俺の髪と同じ色の、人差し指の第一関節くらいの大きさの宝石が中央に嵌め込まれ、周りを同じ色の小さな宝石が囲った花の形をしたネックレスだった。ウィステリアくらいの年頃の女性が好きそうなデザインだ。

 俺の色を持ちたいと思ってくれたようで、素直に嬉しい。


「購入しましょう。他にはありますか?」


「あの、リオン様は何かありますか……?」


「私ですか? そうですね……」


 小声でウィステリアが尋ねてくる。

 俺はネックレスの陳列棚ではなく、イヤリングが並べられている陳列棚の方に目を向けるとウィステリアが俺の手を取って、イヤリングの陳列棚まで移動する。

 ウィステリアがわくわくした目で、俺が何を選ぶのか見ている。

 周りを警戒しながら、陳列棚を見ると、ウィステリアが選んだネックレスと同じ花の形の宝石のイヤリングがあった。色は金色と銀色だ。金色と銀色で一対ではなくて、金色二つで一対、銀色二つで一対だ。

 俺の目も、本当に面倒だ。目も顔も生まれ持ったものなので仕方がないことだが。

 これを金色と銀色それぞれ買って、ウィステリアにプレゼントしたら、独占欲丸出しに見えるだろうか……。

 そして、もう一つ。藍色のシンプルな雫型のデザインのイヤリングを見つける。これなら、男の俺でも大丈夫な気がする。


「どれにするのですか? もう決めたのですか?」


 ウィステリアが目を輝かせて聞いてくる。


「そうですね、決めましたよ。お嬢様は他には気になる物はありましたか?」


「あ……えと、もう一つだけ」


 そう言って、俺の手を取って、ウィステリアはまたネックレスの陳列棚に行く。

 先程の赤色のネックレスのところではなく、今度は薄紫色の雫型の宝石が嵌め込まれたネックレスのところに立つ。

 ウィステリアの髪と同じ色だ。


「こちらを、リオン様にプレゼントしてもいいですか?」


 耳元で内緒話をするように、ウィステリアが俺に囁く。

 不意打ちに、俺の顔から耳まで赤くなったのが分かった。

 可愛いなぁ、好き。


「……ありがとう」


 小声でお礼を言った俺は、照れて俯いた。

 顔が熱い。

 何とか平静を取り戻し、俺は自分が選んだイヤリングとネックレス、ウィステリアが選んだネックレスを彼女と共に会計に立つ女性店員に伝える。

 商品を包んでもらっている間に会計を済ませる。

 ちなみに俺が支払ったお金は、八歳の時の国王夫妻襲撃未遂の時に首謀者達を捕らえた報奨金だ。

 報奨金は俺がいらないと言うと、シュヴァインフルト伯爵やセレスティアル伯爵、その部下の騎士達や宮廷魔術師達にも渡せないとなるので受け取ったものだ。

 出掛けることもなく、使い道がなかったのでお金はずっと空間収納魔法の中に収納されていた。

 四年寝かせて、やっと使う時が来た。

 この世界のお金は銅貨、銀貨、金貨、白金貨で、銅貨十枚が銀貨一枚。銀貨百枚が金貨一枚。金貨百枚が白金貨一枚になる。

 お金を支払った俺はウィステリアと商品を包み終わるのを待っている間に、次に行くところを彼女と話す。


「ポーションとかの素材が売っているところに行きませんか?」


 ウィステリアが小声で提案してくれる。

 俺がシスルとポーションを作っていて、上級ポーションで必要な素材を集めていることを覚えてくれていたようだ。


「いいのですか? 他にも行きたいところはないのですか、お嬢様」


 会計のところで話しているので、店員にも聞こえていることを気を付けながらウィステリアに問う。


「貴方が行きたいところにも興味があるの。私も行ってみたい、な……」


 頑張って、商家のお嬢様風に言おうとしているウィステリアが可愛い過ぎて、心のシャッターを押しまくる。

 魔法道具で作ってくれないかな。録音の魔法道具はあるのだし。


「では、次は素材屋へ行きましょう」


 ウィステリアに小さく笑うと、何故か商品を包んでくれた女性店員の顔が赤くなった。俺はそちらには笑ってませんが?


「……黒髪、黒目のリオン様の笑顔の破壊力……」


 俺にしか聞こえない声で、ウィステリアが呟いた。

 商品を受け取り、そのまま空間収納魔法で収納し、ウィステリアの手を取って、アクセサリー屋を後にした。






 それから素材屋で上級ポーション用の薬草や材料をたくさん買った。ついでに魔法付与が出来るビー玉くらいの大きさの透明の魔石を二十個と留め金やアクセサリー用のチェーンも買った。

 お互いの家族、ハイドレンジア達、召喚獣達、教養と剣と魔法の師匠達用に俺が魔法付与してアクセサリーを作ろうと思ったからだ。付与するものは物理と魔法結界、状態異常無効だ。

 紅達にはあまり必要はないかもしれないが、念には念をだ。

 とりあえず、それをお土産にしようと思っている。

 ウィステリアはお互いの家族やハイドレンジア達、俺の召喚獣達のお菓子を買った。

 楽しいお忍びデートはあっという間に夕方になった。

 俺とウィステリアはまた紅の背に乗り、王城の南館の俺の部屋のバルコニーに戻り、部屋の中に入る。

 何事もなく終わって良かった。こういう時は大体、トラブルが起きて、デートどころではなくなるからだ。本当に女神様のご褒美かもしれない。会ったことはないが。

 俺とウィステリアの髪と目の色を元に戻し、ソファに座ってもらう。


「黒髪黒目のリオン様も良いですけど、やっぱり、リオン様は紅色の髪と金と銀の目が素敵です」


 ウィステリアはにっこりと微笑む。窓から見える夕焼けと相まって、とても綺麗だ。


「茶色の髪のリアも良いけど、リアの薄紫色の髪と藍色の目が俺は好きだよ。というわけで、はい、プレゼント」


 空間収納魔法から赤色のリボンで結んだ箱を二つ取り出し、ウィステリアに渡す。

 受け取ったウィステリアは目を何度も瞬かせ、俺を見上げる。


「開けてもいいですか?」


「もちろん」


 ウィステリアはリボンを外し、一つ目の箱を開ける。

 アクセサリー屋でウィステリアが見ていた、俺の髪の色と同じ色の宝石が花の形になったネックレスだ。


「これ……リオン様、どうして……」


「俺の髪の色と同じ色のを欲しそうにしてくれてたから。あと、俺の独占欲」


 いたずらっぽく俺は笑うと、ウィステリアは嬉しそうに顔を赤くしたまま、ネックレスを見つめる。

 アクセサリー屋でウィステリアが見ていたネックレスで、購入するのかと思っていたが彼女はしなかった。俺の色を纏いたかったようだが、婚約者とはいえお互い子供なので気を遣って諦めようとしていたようだ。

 そして、もう一つの箱をウィステリアが開けると驚いて、両手を口に当てる。


「俺の独占欲丸出しでごめんね。どうしてもリアに俺の色をあげたくて」


 俺が見つけた、金と銀のそれぞれ一対の花の形の宝石のイヤリングだ。


「ありがとうございます! とても、とても嬉しいです……! ずっと身に着けます!」


 ぎゅっと箱を抱き締めて、ウィステリアは目を潤ませて笑顔を咲かせる。

 こんなに喜んでくれるとは思わず、俺もとても嬉しい。


「良かった。俺も実はリアの目と同じ色のイヤリングを買ったんだ」


 そう言って、空間収納魔法から箱を一つ取り出し、ウィステリアに開けて見せる。

 俺が見つけた、ウィステリアの目と同じ色の藍色の雫型のイヤリングだ。


「え、いつの間に……」


「これなら俺が着けても、似合うかなと思って」


「でしたら、あの、私が買ったネックレスも着けて下さい」


 ウィステリアも覚えたての空間収納魔法から長細い箱を取り出し、俺に渡す。ちなみに、彼女に空間収納魔法を教えたのは俺だ。


「開けてもいい?」


「もちろんです!」


 箱を開けると、ウィステリアが不意打ちで俺にプレゼントしていいかと囁いた、薄紫色の雫型の宝石が嵌め込まれたネックレスだ。


「ありがとう、俺もずっと身に着けるよ」


 自分でも分かるくらい嬉しさが滲み出た極上の笑顔をウィステリアに向けると、彼女の顔が真っ赤になった。





 そして、次の日からお忍びデートの時に素材屋で購入したビー玉くらいの大きさの透明の魔石二十個に、セレスティアル伯爵から教わった物理と魔法結界、状態異常無効を付与し、留め金やアクセサリー用のチェーンでネックレスとブレスレットを作った。

 ネックレスは俺の両親、兄、ヘリオトロープ公爵と奥さん、ヴァイナス、ウィステリアの侍女のシャモア、俺の側近のハイドレンジア達、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵に。ブレスレットは俺の召喚獣の紅達とウィステリアに渡した。ちなみに、俺用のブレスレットも作った。

 素人の腕で作ったネックレスとブレスレットだが、我ながら上手く出来た気がする。

 ちなみに、このアクセサリー作りは前世で動けない身体で出来た趣味の一つだ。


「殿下、私の妻の分まで作って下さりありがとうございます。妻がとても喜んでいました。殿下は器用な方だとは思っていましたが、素敵なネックレスを手作りして下さるなんて、とても驚きました」


 ヘリオトロープ公爵がわざわざ部屋まで来て、お礼を言ってくれた。


「いえいえ。趣味の一つなので気にしないで下さい。あ、ちなみにそのネックレスの石は魔石で、僕が物理と魔法結界、状態異常無効を付与してますので、公務とかの時に着けて頂くと安心です、僕が」


 にっこりと笑顔で言うと、ヘリオトロープ公爵が盛大に溜め息を吐いた。


「……殿下。これはもう、魔法道具として売ってもいいくらいのものですよ」


「え、ただの趣味で作った、身内にしか渡さない素人のアクセサリーですよ?」


「アクセサリーというより、魔石に付与したものが凄いものなので、売ったらかなりの高値になります。それと、魔石に付与する時は物理と魔法の結界は両立しないものと付与術師に聞いたことがあるのですが……」


「はい、そうです。なので、物理と魔法の結界の付与の間に状態異常無効の付与を入れたら、両立しました」


「……何でですか。そんな話、聞いたことがありませんよ……」


 ヘリオトロープ公爵がこめかみに手を当てる。

 俺も聞きたい。本当に何で出来たのだろうね。


「とりあえず、殿下。確認ですが、このネックレスはお身内の方にしか渡していないですね?」


「僕の家族とヘリオトロープ公爵のご家族、ウィスティの侍女のシャモア、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵、僕の側近のハイドレンジア達、僕の召喚獣達に渡しました。もちろん、ウィスティにも」


「その方達なら問題ありませんね。殿下、他の人には渡さないで下さい。殿下の付与された物はグラナート以上に厄介な物です。これがセラドン侯爵のような者の手に渡れば、騎士や宮廷魔術師では手に負えません」


 酷い言われようだ。俺はただ、身内と思っている人達に何かあってはいけないからと思って作っただけなのに。本当に心外だ。


「渡しませんよ。身内と思っている人達だから、付与したアクセサリーを渡したので。他の人達に渡すつもりはないです」


 今後、何かあった時に防げたらと思い、作った。

 何もないことを祈るばかりだが、国王含めて上層は何かしら厄介なことが起きやすい。

 上が崩れると下にも影響する。混乱は様々な不幸が起きる。


「それなら安心しました。本当にくれぐれも気を付けて下さいね。陛下には折を見て、私から伝えておきます」


「お願いします。僕が言うと、突然泣き始めるので」


「……それは本当にお察しします。それでは殿下、失礼します」


 ヘリオトロープ公爵から同情の笑みを向けられ、俺も苦笑するしかなかった。

 ヘリオトロープ公爵が部屋から出た後、俺は溜め息を吐いた。

 付与していない魔石は残り一個ある。これは予備だ。もう一人、誰かが増えた時のためだ。足りなければ、また魔石を購入すればいいだけなのだが。


「……念の為に付与して作ったけど、魔法学園入学前も後も何も起きないでいてくれると有り難いんだけどなぁ……」


 三年後、俺の呟いた願いは叶わず、魔法付与したアクセサリーは本領発揮することをこの時の俺はまだ知らなかった。

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