第29話 お忍びデートの準備

 ウィステリアに少しだけ会えたおかげで、俺はその日はゆっくり眠ることが出来た。

 気が付いたら、望み通り、丸一日寝ていた。

 疲れが大分溜まっていたのがよく分かった。許容量がオーバーしたようだ。

 大人と変わらない量の仕事を十二歳の子供がした訳なので、仕方がないと思う。

 俺は死んだように眠っていたようで、ハイドレンジア達は毒薬を飲まされたのではとか陰謀を心配し、医者を呼ぼうとしたらしく、紅、萌黄、青藍が疲れて眠っているだけと諭してくれて、事なきを得たらしい。

 俺のことが分かる召喚獣達がいて、本当に助かるし、安心だ。

 ゆっくり休めた俺は鏡を見ると、目の下の隈もなく、とっても健康な肌の色をしている。

 安心した俺は早速、ヘリオトロープ公爵の執務室がある中央棟に行く。






 中央棟に着くと、途中で合流した紅を右肩に乗せ、ヘリオトロープ公爵の執務室へ向かう。

 王国の宰相である彼はとても忙しい。

 偏に俺の父が仕事をしたがらないというのが原因だが、それ以外でも外務大臣や内務大臣、法務大臣、軍務大臣等の大臣との報告、相談があったり、騎士団総長、宮廷魔術師団長との報告、相談があったり、俺の教育もあったりと本当に忙しい。

 宰相がブラックな職種としか思えず、いつか過労死しそうで心配だ。

 なので、近々、仕事をしたがらない父には紅達を連れて、説教と仕置きをしようと画策している。

 それと、宰相補佐とか何か役目を作り、誰か信頼出来る公爵の部下の文官を宰相の下に置いて分業、というのもあっていいと思う。

 今度、兄に相談してみよう。

 そんな忙しいヘリオトロープ公爵に時間を少し取ってもらって、俺が処理した嘆願書を渡すのと、ウィステリアとのお忍びデートの話をしに来た訳だが、何故かヴァイナスがくっついて来た。

 そちらの妹君とのお忍びデートを画策している俺に対する兄センサーが作動したのか。

 言い難いじゃないか……! それでも俺は言いますけど!

 小さな溜め息を吐きながら、俺はヘリオトロープ公爵の執務室の扉を叩く。

 中から、ヘリオトロープ公爵の許可の声が聞こえ、扉を開けて中に入る。後ろのヴァイナスも続く。


「ヘリオトロープ公爵、すみません。時間を取って頂いて」


 挨拶もそこそこに、俺はヘリオトロープ公爵に時間を作ってもらったお礼を言う。

 執務室の彼の机には大量の書類が両脇に何段も積まれており、話が終わったらすぐ兄の元に行って相談した方が良いのではと思った。うん、後で行こう。


「いえ、大丈夫ですよ。でも、珍しいですね。殿下とヴァイナスの組み合わせは」


「……こちらに行く途中で会いまして。何故か、同行して下さいました」


 苦笑いをして、俺はヘリオトロープ公爵に言う。

 少し、棘があったかもしれないが、気のせいです。


「王城の中央棟は警備も厳重とはいえ、殿下に何かあってはいけませんので」


 何かあっても紅という友人で最強の護衛が付いているので大丈夫です、と言いたい。俺の右肩で紅が少しだけ胸を張る。嬉しそうだ。

 ヴァイナスはきっと、何かあってはというのは建前で、俺の粗探しをしたいのが本音だと思う。

 囮作戦の時は、鳴りを潜めていたのに、王城に帰ったらまた再開か……と思うと、ちょっと憂鬱だ。

 囮作戦の時に少しだけ、打ち解けた気がしたのに。

 義理の父より、義理の兄の方の攻略が大変だなぁ、もう。

 とりあえず、取ってもらった時間が違うことで減るのは勿体ないので、すぐ俺は本題に入る。


「遅くなりましたが、嘆願書の決裁、渡しますね」


 そう言って、俺は持ってきた処理済みの嘆願書をヘリオトロープ公爵に渡す。


「殿下、ありがとうございます。エクリュシオ子爵から倒れられたと聞きましたが、もう大丈夫なのですか?」


「……すみません。囮作戦の溜まっていた疲れが一気に出たようで、丸一日寝てしまっただけです。身体はとても軽くて元気です」


 疲れているヘリオトロープ公爵に言うのは辛いところだが、ちゃんと言わないといらぬ心配を掛けてしまうので、素直に伝えた。


「そうですか。申し訳ございません、そのような状態の時に嘆願書をお願いして」


「いえ、嘆願書の処理はそんなに時間がかかりませんでしたし、このくらいなら問題ありません。まぁ、一番の問題は仕事をしたがらない父のせいなので。ですので、近々、フェニックス達、僕の召喚獣を連れて、説教とお仕置きを父にしようと思っていますので、良い時間を教えて下さい」


 にっこりと良い笑顔を浮かべているであろう俺を見て、ヘリオトロープ公爵も良い笑顔を浮かべた。

 お互いの気持ちが通じた気がした。


「分かりました。その時は是非私も同席させて下さい。いくらでも手をお貸しします」


「ありがとうございます。それと、もう一つお伝えというか、お願いしたいことがあります」


「何でしょうか?」


「来週、ウィスティと会う時に、お忍びで王都に一緒に出掛けたいので、許可が欲しいです。恥ずかしながら、一度も王都に行ったことがないと、この前の囮作戦の時に思い知りました。王位継承権を放棄するとはいえ、王族の僕が国内や王都の様子を知らないのはどうかと思いますし、今後、公務はもちろん、貴族達のパーティーで答えられずにいたら侮られます。婚約者のウィスティと一緒にお互いの知識も共有しておきたいので、お忍びで出掛けられないでしょうか。護衛は僕の召喚獣達が付いてくれます。何かあれば、シルフィードを通して公爵に伝えます」


 俺の特技、ああ言えばこう言うを使って、ヘリオトロープ公爵に聞く。

 本音はウィステリアとお忍びデートだが、建前はだらだら言い訳のように言ってしまったが今言ったことは本音でもある。


「フェニックス殿達が護衛として付いているなら、闇雲に騎士達を護衛に付けなくても安心ですね。それに、確かに、王族の殿下が王都や国内の様子を知らないのは不利ですね。貴族達に付け込まれます」


 ですよねー。それで侮られるのは本意ではないし、婚約者のウィステリアも恥を掻くことになる。

 それは嫌だし、そういう種は早々に潰しておきたい。

 でも、メインはウィステリアとお忍びデートです。


「しかし、それは殿下がしっかり対策されると思っていますので置いておきます。要するに、殿下は娘と出掛けたいのですね?」


 ヘリオトロープ公爵の、ウィステリアと同じ藍色の目が光った。

 誤魔化せないとは思っていたけど、誤魔化せなかったか。


「そうですね。こういう機会は僕にはほとんどありませんので。父と違って」


 こういう時はあっさり認めるしかない。恨みがましく、父を引き合いに出してもみる。


「……確かに、グラナートは殿下よりも幼い時から婚約者のシエナを連れ回して、お忍びで出掛けていましたね。誰にも告げず。探すのはいつも従兄弟の私でした」


 俺の恨みがましさに共鳴して、ヘリオトロープ公爵も恨みがましく両親の昔の話をする。

 本当に、うちの両親が申し訳ない。


「その点、殿下はちゃんと事前に言って下さいますし、お忍びで出掛ける時の対策も伝えて下さいます。娘のこともしっかり守って下さると思っていますので、とても安心です」


 ヘリオトロープ公爵が小さく笑う。

 お忍びで出掛けた結果、最悪な事態になっても困るので、対策は考えておくのが当たり前だと思う。

 まさか、父は考えていない? 一国の王が?

 顔に出ていたのか、ヘリオトロープ公爵が溜め息を吐く。父、マジか。


「私は問題ありません。殿下もしっかりなさっていますし、フェニックス殿達もいらっしゃいます。ですが、気を付けて下さい」


「もちろんです。何かあってもウィスティはしっかり守ります」


 第二王子としては、国民なのだろうけど、俺の最優先はウィステリアだ。ウィステリア本人は国民と言うとは思うが、俺は天秤に掛けた時、ウィステリアを選ぶと思う。

 そうならないようにするけど、それでも、ウィステリアを選ぶと思う。だから、俺は王には向いていない。


「出来れば、殿下の御身を優先して頂きたいのですが……」


「それは無理な話ですね」


 ウィステリアなしでは俺は生きられない。

 俺の性格を知るヘリオトロープ公爵は苦笑した。






 ヘリオトロープ公爵からお忍びデートを了承され、俺はその足で兄の部屋がある王城の東館へ向かう。

 お忍びデートに思いを馳せて、スキップしたい気持ちだったが、横には無言で付いて来るヴァイナスがいる。スキップ出来ない。

 無言が怖いんですけど、そんなに妹の婚約者の粗探ししたいのか?!

 前世では俺もお兄ちゃんだったけど、妹を持つ世の中のお兄ちゃん怖い!

 内心、びくびくしつつもポーカーフェイスで東館へ歩いていると、ヴァイナスが口を開いた。


「……殿下は何故、そんなに必死で動いていらっしゃるのですか?」


「……はい?」


 ちょっと待って。脈絡がなさ過ぎて、分からない。


「殿下は、他の王族の方と違い、何かがあると察知されたようにすぐ動いて、生き急いでいらっしゃるように見えます。何故、そんなに必死で動いていらっしゃるのですか?」


 ヴァイナスが何のことで言っているか分からないが、きっと国王夫妻襲撃未遂事件や囮作戦の時のことを言っているのだろうと判断して、俺は返答する。


「……生き急いではいないつもりですが、全ての命は無理ですが、目の前に家族や無辜の命が失われるかもしれない情報があれば、動いて防ぎたい、守りたい、ただそれだけです。王族だから動かないは僕の中にはない。特に僕は国王になる訳ではありませんし、他の王族――両親や兄が動けないなら、三人より身軽な僕が動いて守ればいい、そう思っています」


 ゲームのシナリオを知らなかったら、ハイドレンジアとミモザの兄妹、両親、ヘリオトロープ公爵達を守れなかった。

 シスルも青藍も魔力感知で、動いていない魔力反応に気付かなかったら、二人は助けられなかった。

 小心者の俺は全ての命を守るとか大それたことは思っていない。

 俺の最優先はウィステリアだが、それでも、守れるかもしれない命があるなら全力で守りたい。矛盾しているかもしれないが、そう思っている。


「……殿下が、王になられないのが、本当に勿体ないですね。貴方の治められる国を見てみたいです」


 東館に入ったところで、言葉は悪いがヴァイナスがぶっ込んだ。

 俺はギョッとしつつ、周りに誰もいないか確認する。防音の結界をこっそり俺とヴァイナスの周りに張る。魔力感知で確認したが、幸いにも誰も周りにいなかった。

 王太子である兄の居住の東館で、兄の側近のヴァイナスがこんなこと言って、誰かに聞かれたら、俺とヘリオトロープ公爵家ごとハメられるかもしれない。

 しかも、聞いたことがある言葉をこの人も言っちゃったよ。

 本当に親子だな! ヘリオトロープ公爵も八年前にも、この前も言ったよ。


「……貴方の父君にも前に同じようなことを聞かれ、同じようなことを僕も貴方に返しますが、有り得ない未来です。夢から早く覚めることをお勧めします」


「……そうですね。父も言ったと思いますが、寝言と思って下さい」


 うん、その言葉も聞いたよ、本当に。

 少し精神的な疲労を感じつつ、俺は小さく息を吐いた。


「……殿下のような方が私の義理の弟になるのは、嬉しいですね。殿下とは良い関係を築けそうです」


 にっこりヴァイナスは嬉しそうに笑う。ウィステリアに似た笑顔だ。やっぱり兄妹だな。和む。

 でも、ちょっと待って。

 何処をどう見て、この人は俺と良い関係築けると思ったの?!

 今までのことを思い出しても、良い関係築けそうな場面なかったよ?!

 まさか、ヴァイナスもツンデレか!

 それなら分からない。気付かなかったわ!

 とりあえず、俺はヴァイナスとはヘリオトロープ公爵と接するような通常運転で接することを決めた。

 そうしないと開けてはいけない扉を開けてしまいそうになると思ったからだ。

 ヴァイナスの爆弾発言に戦々恐々としつつ、俺は兄のセヴィリアン王太子の部屋で、ヘリオトロープ公爵の宰相の仕事量を減らすため、宰相補佐とか何か役目を作り、誰か信頼出来る公爵の部下の文官を宰相の下に置いて分業、というのはどうかと提案してみた。

 兄も同じようなことを思っていたようで、母と父に相談すると言ってくれた。

 安心した俺はヴァイナスを兄に託し、南館に戻った。







 それから一週間後。

 ウィステリアとお忍びデートの日になった。

 俺の部屋にウィステリアもやって来て、嬉しそうにしている。可愛い。

 早速、王都へお忍びデート、といきたいところだが、俺の髪の色は目立つのでどのように忍ぶのかをウィステリアはもちろん、ハイドレンジア、ミモザと話していた。

 ハイドレンジアのみに伝えるつもりだったのだが、ミモザにもバレてしまい、彼女はウキウキしている。

 ちなみに、紅、萌黄、青藍も俺達の様子を微笑ましく見ている。


「……今思えば、俺の髪、本当に目立つよね」


「仕方ありません。我が君の髪の色は王族の色なのですから」


 どういう仕組みかは知らないが、俺の髪の色の紅色や、父や兄の髪の色の紅緋色は王族の者しか継げないらしい。

 外戚の王族、ヘリオトロープ公爵家も王弟だったヘリオトロープ公爵の父親は髪の色が紅緋色だったが、母親の紫色の髪の色を息子であるヘリオトロープ公爵は受け継いだらしい。

 ということは、気が早いが俺とウィステリアの子供は、俺の髪の色は受け継がれないということだ。

 まぁ、息子でも娘でも俺に似ず、ウィステリアに似るのだから何も問題ない。


「ウィスティ、俺の髪の色は何色がいいと思う? あと、目の色も」


 魔力で変えるので、何色にでも出来る。

 髪の色もだが、俺の場合、目の色も変えないといけない。

 右目が金色、左目が銀色という王族の髪の色より更にややこしいオッドアイなので、俺を知っている貴族に王都で会えば、即アウトだ。


「あの、どの色もヴァル様はお似合いだと思いますが……」


「が?」


「一つだけ、お願いが……。あの、でも、これは次回でもいいので」


 潤んだ目で俺を見るウィステリアに、いつもは可愛いと感じるのに、何故か今は嫌な予感しかしない。


「……とりあえず、どんなお願いか聞いてもいいかな?」


「ヴァ、ヴァル様の女装姿が見たいです……」


 頬を赤らめ、恥ずかしそうに、ウィステリアは俺に言った。

 俺の背筋に雷が走る感覚がした。


「い、今しか、今しかないと思うのです……! ヴァル様は男性で、これから成長されて、ハイドレンジア様のように大人の男性になって行かれます。今なら、どちらでもイケると思うのです。今しか、ヴァル様の女装姿は見られないと思うのです……!」


 顔を真っ赤にして、ウィステリアは俺に訴える。

 訴えられても、俺の心は拒否しか答えがない。

 可愛い愛しの婚約者のお願いに申し訳ないが、こればっかりは聞けない。女装は嫌だ。


「分かります、ウィステリア様。私もヴァル様の女装姿は今しかないと思います。特にヴァル様はシュヴァインフルト伯爵に剣技を教わっていらっしゃいますから、成長されたら筋肉が付いてしまいます。今ならまだ女装は間に合います。ヴァル様、一度、女装してみませんか?!」


 ミモザまで何言ってるの?!

 それと、年相応に筋肉は付いてますが!?

 父やシュヴァインフルト伯爵みたいな筋肉ムキムキではないが、それなりに付いてると言いたい。


「……その話、賛成ですわ!」


 バンッと勢い良く扉を開けて、一人参戦してきた。


「……母上……」


「ウィステリア嬢、ミモザ嬢。よく言ってくれましたわ。わたくしもその話、賛成ですわ」


 母がもう一度言った。大事なことなので二回言ったのか、母。大事じゃない、やめてくれ。


「――ヴァルを産んだ時、あまりにも可愛らしくて、女の子用のドレスを発注しようとしたところをクラーレットに止められましたわ」


 突然、俺の生まれた時のことを母は話し始めた。

 とりあえず、ヘリオトロープ公爵に感謝したい。

 今も来てくれないかな、マジで。召喚したい。


「その後も、何度も画策しましたが、何度もクラーレットに止められましたわ。わたくしは同志が欲しかったのです。ヴァルはわたくしに似て、綺麗な顔をしています。その顔なら、ドレスも映えますわ」


 顔を赤らめ、うっとりとした母は息子の俺から見ても魅惑的だ。

 だが、それとこれとは別の話で、俺を女装させる話を進めないでくれないか。

 ハイドレンジアに助けを求めようとするが、彼は「私は空気」と小声で念じていた。

 主人を助けろよ。

 羞恥の危機の俺は、何か策がないかフル回転で考える。

 焦る俺は何も浮かばない。

 なので、苦肉の策を使うしかない。


「……母上。僕を女装させるつもりでしたら、僕にも考えがあります。誰にも探せない場所へ家出します」


 にっこり告げると、母の手から扇が落ちた。


「そ、そんなに嫌ですの?」


「嫌ですよ。僕は男ですよ?!」


 震えながら、母が俺に近付く。


「一目、一目でいいからわたくしに見せて、ヴァル」


 ぎゅっと俺の手を握り、母が訴える。

 母の目が血走っていて怖い。

 後ろで流石のウィステリアとミモザも引いている。


「……母上のお顔に僕が似ているなら、わざわざ僕が女装しなくても鏡を見てはどうでしょうか?」


 俺の顔は母似なので、鏡を見て、想像したら良いのではと思う。それでも収まらないから俺に言っているのだろうけど、こちらも女装は避けたい。


「それでは抱き締められないですわっ。セヴィはもう王太子になってしまいましたし、あの子には婚約者もいて、もうすぐ結婚しますのよ。ヴァルにも婚約者のウィステリア嬢がいますが、まだ可愛らしい子供なのに、小さな時から無茶ばかりして大人の話に首を突っ込んで、母の元に甘えにも来てくれない。貴方に時間が出来たとわたくしの侍女から聞いてもグラナート様が邪魔をして来るし、わたくしはヴァルとお話や遊んだりしたいのですっ」


 母の俺への溜め込んだ想いが爆発したようで、珍しく一気に捲し立てる。

 そんなことを言われると、息子の俺はどうしようもない。折れるべきか。女装は嫌だけど。

 母の爆発で、若干、俺の方が分が悪くなっている気がする。


「……………………………………分かりました。今日はウィスティとの約束があるので、来週でいいですか? 母上」


 かなり葛藤して、俺は折れるしかなかった。

 子供、特に息子は母親に弱いと言うが、正にそれだった。

 それに、俺は三歳の時からノンストップで両親の死等の未来を変えることに必死だったのは確かなので、小さな時から母の元に甘えに行ったことがない。精神年齢的にも恥ずかしいというのもあり、余計に行けていない。

 母が寂しい思いをしたのであれば、折れるしかない。女装は嫌だが、苦渋の選択だ。


「ヴァル、よろしいの……?」


「母上が寂しい思いをなさっていたのでしたら、折れるしかありません。ウィスティやハイドレンジア、ミモザ、召喚獣達は良いですが、父上の同席は拒否することと、一度だけしかしないこと、あらゆる結界を張ることについては許して下さい」


 女装をするにあたり、俺は最後の足掻きを試みる。


「それはもちろん、許しますわ。わたくしはヴァルの女装は一度だけで十分ですもの。ヴァルの女装を例えグラナート様でも他の者達にも見せたくないですわ」


 とりあえず、機嫌を直した母は満足に頷いた。

 そして、来週、女装をするという傍から見ると変な約束をして、母は俺の部屋から出た。


「……我が君、お疲れ様です」


「本当にね。今からお忍びで楽しく出掛けるのに。ウィスティの髪の色はどうする?」


 本当に疲れた俺は、今日のウィステリアとのお忍びデートの方に気持ちを切り替えるべく、ウィステリアの髪の色の話をする。

 そこからしばらく話が盛り上がり、俺とウィステリアがお忍びデートに出掛けたのは昼前だった。

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