第27話 薬師と青い薔薇

 フォッグ伯爵家の館に着いた次の日、俺と紅、ヴァイナス、シュヴァインフルト伯爵、ハイドレンジアは伯爵領から式典があるカーマイン砦に行く、という振りをしてフォッグ伯爵家の館を馬車で出た。

 館から少し離れた場所に、シュヴァインフルト伯爵の部下達には馬車で待機してもらい、俺は姿を隠す魔法をヴァイナス達に掛ける。

 姿を隠す魔法を掛けた俺達は再び、フォッグ伯爵家の館へ戻る。

 その間も魔力感知をすることも忘れない。

 魔力感知で確認すると、今のところ周りには誰もいない。

 フォッグ伯爵夫人側にもこの魔力感知を使える人がいたらマズイのだが。


「殿下、この姿を隠す魔法はセレストから教えてもらった魔法ですか?」


 シュヴァインフルト伯爵が辺りを見渡しながら俺に尋ねる。


「いえ、フェニックスからです」


 俺の言葉に、紅が少し胸を張る。気付いたのは、俺とハイドレンジアだけだ。

 この姿を隠す魔法は三歳の時にハイドレンジアとミモザを助けた後に、便利だな、と思ったので、紅にお願いしたものだ。

 今思えば、これを使えば、お忍びで王都を見たり出来たなと思ったが、ゲームと同じ出来事を変えるために必死ですっかり忘れていた。この囮作戦が終わったら、魔法学園入学までに何回かはお忍びで王都に行ってみたい。


「フェニックス殿からですか。流石ですな、殿下」


 白い歯を見せてシュヴァインフルト伯爵は笑う。

 セレスティアル伯爵から教えてもらったと言えばどうなっていたのだろうか。気になるが、怖いからやめておこう。


「ところで、殿下。その魔力感知で動いていない反応というのはどの辺りからですか?」


「フォッグ伯爵家の館の後ろにある別館からです」


 シュヴァインフルト伯爵の問いに俺が答えると、彼は考える顔をする。


「別館は本館よりは小さいですが、その反応がある場所によっては時間が掛かりますな」


「出来れば、一日で終わらせたいですね」


 情報が手に入れば、それを精査して次に動かないといけない。手に入らなければ、その時間が無駄になってしまう。なので、タイムリミットは一日だ。

 シュヴァインフルト伯爵も俺と同じ考えのようで、同意してくれる。


「何にしても、行くしかないでしょうな」


 馬車で通った道を徒歩で戻る。

 馬車だとそんなに距離はないのだが、徒歩だと少し距離がある。少ない時間が更に減る。

 なので、ちょっとズルをしてみようと思う。


「シュヴァインフルト伯爵、少し、裏技をしてもいいですか?」


 ズル別名、裏技。

 王族がズルって言葉使うのはマズイかな、もとい、もし使ったら隣にいらっしゃる将来の義理の兄の目が怖いだろうなということで。

 ヘリオトロープ公爵にそっくりなら、言葉遣いに関してもきっと厳しいはず。


「裏技、ですか?」


「はい。時間が惜しいので」


「……ヴァーミリオン殿下、何をなさるのです?」


 ヴァイナスが怪訝な表情で、俺を見る。

 うん、何故かヘリオトロープ公爵が父にしている表情に似てて、辛い。俺、父みたいに仕事放棄してないよ。

 そう思いつつ、俺はヴァイナスとシュヴァインフルト伯爵に言う。


「シルフィードを喚んで、別館まで移動します」


 移動魔法でもいいけど、移動先の座標を移動する全員分考えないといけない。俺一人なら簡単なのだが、全員分だとちょっと面倒臭い。その点、萌黄は風に乗せて移動させるのが上手なので、彼女にお願いした方が早い。


「しかし、今ここで召喚獣を使うのは、狙えということになるのでは……」


「大丈夫です。この付近に魔力感知で反応する者はいません」


 それに、万が一、狙われるとしても、俺と深く繋がっている紅も萌黄も伯爵夫人に捕まることはない。


「時間が惜しいので、喚びます。シルフィード」


 少し強引に話を終わらせた俺が喚ぶと、目の前に小さな旋風が起こり、すぐ萌黄が現れる。いつもの俺の左肩に乗る小さなサイズではなく、大人サイズの次期風の精霊王然とした萌黄だ。


『お呼びですか? マスター』


 大人の余裕感を出して、萌黄はにっこりと笑う。

 俺の隣でヴァイナスが呆然としている。


「シルフィード、早速申し訳ないけど、伯爵家の別館に僕達を移動してもらえる?」


 萌黄も今の状況を昨日の夜に伝えて知っているので、伯爵家の別館だけで、場所が分かる。


『もちろんですわ。お任せ下さいませ』


 いつもの言葉遣いではなく、貴婦人風に喋って萌黄が頷く。紅から人前では次期風の精霊王としての高貴さや上品さが必要だと言われた萌黄が、ウィステリアにお願いして一ヶ月くらい通って言葉遣いを教わったらしい。

 確かに、貴族の中で上位の公爵家のご令嬢なら高貴さも上品さも申し分ない。

 俺としてはウィステリアに一ヶ月も会えて羨ましい。俺も会いたい。

 萌黄はにっこりと微笑み、右手を上げて風を操り、俺達を包む。


『では、参ります』


 そう言って、萌黄は風を操り、俺達を風に乗せて別館へと向かった。






『マスター、着きました』


 にっこりと笑う萌黄が俺を見る。『私出来ましたよ、褒めて下さい』と目が言っている。


「ありがとう、シルフィード」


 俺も微笑むと、萌黄も嬉しそうに笑う。

 いつもの小さなサイズならすぐ頭を撫でてあげられるのだが、今、萌黄は次期風の精霊王バージョンだ。

 俺の背がもう少し高かったら、次期風の精霊王バージョンでも頭を撫でてあげたいところだ。数年後に期待だ。

 萌黄を下がらせ、というか、姿を俺とハイドレンジアにしか見えないようにしてもらったのを確認する。

 辺りを見渡すと、俺の後ろに伯爵家の本館がある。目の前には別館の扉だ。

 萌黄は俺の意図を汲み、別館にすぐ入れる位置に移動してくれたようだ。

 魔力感知をしても、周囲には誰もいない。

 反応があるのは、この伯爵家に着いてから感知している動かない水の属性の反応だけだ。

 誰もいないなら、侵入は容易い。

 侵入はいけないけれど、確認して、監禁とか何かあったのなら、早く助けたい。


「魔力感知にも反応は昨日話した、一度も動かない反応……一人しかいません。いまな……行きましょう」


 危ない。今なら入り放題と言い掛けた。

 流石に王子の俺が言ってはいけないヤツだ。

 扉のノブに手を掛けると、するりと開いた。


「不用心ですね」


 ハイドレンジアが眉を寄せて呟く。

 嫌な予感しかしない。

 扉の鍵が開いているということは、中の人は何らかの理由で出られないか、野盗とかやって来ても構わないということが主に考えられる。

 別館には使用人もいないから余計に嫌な予感しかしない。

 俺は魔力感知で反応のある場所へ歩を早めた。その後ろをハイドレンジア、ヴァイナス、シュヴァインフルト伯爵が続く。

 魔力感知を頼りに進んでいくと、地下の階段に辿り着いた。

 地下、ということはいよいよ嫌な予感が的中するかもと不安になる。

 ゲームにない内容なだけに、助けることが出来なかったらと最悪な事態を考えてしまう。


『リオン、魔力の反応があるということはまだ生きている』


 俺の不安を感じ取った紅が念話で声を掛けてくれる。少し、落ち着いた気がする。

 紅の声に少し安堵し、俺は彼の身体を撫でる。

 地下へと続く階段を降り、大きな扉の前に着いた。

 地下はこの一室しかないようだ。

 俺は不安に思いつつ、扉を開けようとすると、シュヴァインフルト伯爵に止められ、彼の背へと移動させられる。俺の両隣をハイドレンジアとヴァイナスが立つ。

 シュヴァインフルト伯爵は剣の柄に手を当てながら扉を開けた。

 扉を開けたシュヴァインフルト伯爵の大きな背から先を覗き見ると、手足を鎖で繋がれた山吹色の髪の少年がベッドに横たわり、そのベッドの横の壁に同じく手を鎖で繋がれた藍色の長い髪の人だった。

 俺は何か危険がないか周囲を見渡す。

 地下には薬草や薬関係の本棚が並び、薬を調合するための器材が机に並んでいる。

 シュヴァインフルト伯爵も周囲に危険がないか確認をし、何もないことを頷いて俺に伝えてくれる。

 ベッドの方へ走り、山吹色の髪の少年の様子を見る。

 呼吸はしているが、顔色が悪い。医師ではないから分からないが、衰弱しているように見える。

 俺は回復魔法をゆっくり掛けてみる。

 衰弱している状態で、回復魔法を一気に掛けると、逆に身体に負担が掛かるのだと以前、セレスティアル伯爵から教わった。

 一旦、回復魔法を止め、少年の様子を見る。

 少し、顔色が良くなったように見える。

 ベッドに繋がっている鎖を手足から離すと、山吹色の髪の少年が目を開けた。

 若竹色の目が俺の目と合う。


「……女神、様ですか……?」


「いえ、違います」


 女顔、本当に嫌だ。

 この世界の女神様というのに会ったことがないので分からないが、間違えられる理由が分からない。


「……ここは女神様がいらっしゃる、天上の世界ではないのですか……?」


「あ、全然違います。普通にフォッグ伯爵家の別館です。君はフォッグ伯爵家の次期当主で間違いないですか?」


 尚も俺を女神様と間違えるので、冷めた声で尋ねると、山吹色の髪の少年は頷いた。


「はい、シスル・サルファー・フォッグと言います。あの、貴方様は……」


 少し、のんびりとした声で、身体を起こしながら、シスルが俺を見る。


「この方は、カーディナル王国の第二王子、ヴァーミリオン殿下です」


 ヴァイナスが告げると、シスルは若竹色の目を大きく見開く。


「え……申し訳ございません。女神様にもヴァーミリオン殿下にも失礼なことを……!」


 目に見えて、あわあわと慌て始めたシスルを見て、この女顔のせいで女神様と間違えられ、大人気ない態度を取った俺も気持ちを落ち着かせる。衰弱した身体に障るよね、ごめん。


「あ、いいよ。こちらこそ、大人気ない態度をしてごめん。ところで、どうして鎖に繋がれていたの?」


 俺の問い掛けに、シスルはハッとした顔になり、こちらを見た。


「あの、養母……伯母は、殿下に何もしていませんでしたか!? 殿下の召喚獣はご無事ですか?!」


 心底、心配した顔と声音で、シスルは俺を見る。

 今の言葉で、何かを知っていることが確定した。

 演技なのか、素なのか、会って数分の俺には分からない。


『リオン、安心しろ、白だ』


 紅がすぐ、俺の意図を汲み、教えてくれる。


「僕の召喚獣は無事だよ。今のところは僕も召喚獣も大丈夫。君はフォッグ伯爵夫人の何かを知っているようだけど、教えてくれる? 伯爵夫人を止めたい」


 俺の言葉に安堵の表情を浮かべ、シスルはこちらを見る。


「……その前に、彼女を、助けて頂けますか?」


 ベッドの横の壁に同じく手を鎖で繋がれた藍色の髪の人にシスルは顔を向けた後、俺の方に向き直り、こちらを見据える。


「この人は?」


「……伯母の召喚獣です。半年前、伯母が召喚獣の魔力を奪い、この地下に繋ぎました」


 シスルが悲しげにフォッグ伯爵夫人の召喚獣を見つめる。

 俺は壁の方へ近付き、フォッグ伯爵夫人の召喚獣の様子を見る。


『紅、伯爵夫人の召喚獣はまだ生きてる? 魔力感知に反応しないのだけど』


『先程、伯爵家の次期当主が言っていた通り、伯爵夫人に恐らく全ての魔力を奪われた。だから、魔力感知では反応しない。今のところは生命力で何とか生き長らえているといったところだ』


 念話で紅が教えてくれる。

 どうりで魔力感知に反応がないわけだ。


『助ける方法はある?』


『少しだけ、魔力を与えると良い。多過ぎると、あの伯爵夫人に気付かれる』


『分かった。もう一つ聞きたいのだけど、魔力を与えたら、萌黄みたいに俺の召喚獣になるとかないよね?』


 過去の反省を元に、先に紅に聞く。


『今の時点では問題ない。まだ伯爵夫人の召喚獣だからな。伯爵夫人かこの召喚獣どちらかが契約を放棄し、召喚獣がリオンを主にと望めば変わってくるが』


 紅の言葉に一つ疑問が浮かぶ。


『ん? 伯爵夫人は罪人の烙印を押されて、そのせいでこの召喚獣も幻獣界に戻れないんだよね? それって、召喚獣じゃなくなるとかではないの?』


『召喚獣は召喚獣だ。幻獣界に戻れなくても、魔力さえ補えればこの世界にいることは可能だ。それに今回は伯爵夫人の方が罪を犯し、罪人の烙印を押されている。この召喚獣は言わば巻き添えだ。ちなみに、召喚獣が罪を犯した場合は魔に墜ちる。魔獣や魔物になる上に、罪を犯す前と比べて知力が落ちる分、欲求に忠実になる』


 つまり、理性が飛ぶのか。

 召喚獣について、父やヘリオトロープ公爵やセレスティアル伯爵に、この内容は伝えておいた方がいいかもしれない。

 魔法学園で教えるようになるかは上に任せよう。

 俺は壁に繋がっている伯爵夫人の召喚獣の鎖を外す。

 身体を支えていた鎖がなくなり、倒れてくる召喚獣を抱き止めると、ふわりと薔薇の香りがした。

 抱き止めた召喚獣をそのまま床に寝かせる。

 そこで、少し俺は違和感を感じつつも、召喚獣にほんの少しだけ魔力を与える。

 後ろでは、シスルやシュヴァインフルト伯爵達が俺の行動を見ている。

 背後からの様々な視線を感じつつ、伯爵夫人の召喚獣の様子を窺う。

 少しだけ与えた魔力が身体に行き渡るのが、魔力の流れで見えた。

 前髪の隙間から、目が震えるのが見える。

 伯爵夫人の召喚獣の目が、ゆっくりと開き、こちらを見る。青色の綺麗な目だった。


『……私は、生きている……?』


 中性的な声で呟いてゆっくりと起き上がり、伯爵夫人の召喚獣が自分の手を呆然と見ている。


「精霊さん! 大丈夫ですか?」


 シスルが駆け寄って、伯爵夫人の召喚獣の手を握る。


『シスル、殿……?』


 呆然とシスルを伯爵夫人の召喚獣は見つめる。

 そして、俺の方を見る。


『あの、貴方様は……?』


「精霊さん、ヴァーミリオン殿下が僕と精霊さんを助けて下さったのです」


『ヴァーミリオン殿下……フェニックス様の主様の?!』


 驚いた声で、俺と右肩に乗る紅を見つめる。

 二人を自由にすることが出来た俺は、少し強引だけど、話を聞くことにした。


「シスル。君はフォッグ伯爵夫人の何かを知っているようだけど、教えてくれる? それと、伯爵夫人の召喚獣である貴方にも聞きたい」


「はい、ヴァーミリオン殿下。まず僕からですが、伯母は自分の召喚獣である精霊さんの魔力を全て、半年前から奪いました。それから、伯母の様子がおかしくなりました」


 ぽつりぽつりとシスルが説明する。

 要約すると、半年前、シスルの伯母で、養母でもあるフォッグ伯爵夫人が自分の召喚獣の魔力を全て奪った。奪った後、伯爵夫人は自分の召喚獣をこの地下に鎖で繋いだ。

 その時、伯爵夫人の隣にはシスルもいて、止めようとするが振り切られ、更に、幻獣界から罪人の烙印が押されたところも目の当たりにし、彼も口封じのため、同じ地下に鎖で繫がれてしまう。

 食事は毎日、一日分だけ渡されるが、成長期のシスルにはもちろん足らず、困っているところを伯爵夫人の召喚獣に助けられたりしていたそうだ。

 俺達が来るまでの半年間、シスルと伯爵夫人の召喚獣の元に何度かやって来る伯爵夫人は何度も召喚獣を捕らえ、その度に、魔力を奪い、魔力を奪われた召喚獣は死んでいったそうだ。死んだ召喚獣は光の粒となって、幻獣界へと還っていくそうだ。

 それを何度も見せられ、シスルも伯爵夫人の召喚獣も辛かったようだ。

 俺でも半年間も何度も見せられたら、心が折れると思う。特に伯爵夫人の召喚獣は同胞だから、余計に辛かっただろう。


「……辛かったね。でも、どうして、伯爵夫人は召喚獣の魔力を奪い続けてる?」


『……私の主は、自分の夫が病死したことで、心が壊れました。私や他の召喚獣達の魔力を奪い、その魔力を集めて、自分の夫を生き返らせることを望んでいます。生き返らせた時に、自分も若いままでいたいと思い、奪った魔力で自分の容姿も若い頃のまま保たせています』


「……魔力で、人を生き返らせることが出来る?」


 出来ない。出来れば、皆、やっている。


『もちろん、出来ません。私も何度も主に言いましたが、聞く耳を持ちません。どうやら、主を唆した者がいるようなので、調べたりしていたのですが、逆に私の魔力を奪われ、シスル殿やシスル殿の父君、母君まで巻き込んでしまいました』


 項垂れ、伯爵夫人の召喚獣は息を吐く。

 そして、ゆっくりと俺をその青色の目で見据える。何かを決意した目だった。


『ヴァーミリオン殿下、私の主を、捕らえて頂けませんか? 主は、シスル殿の父君と母君を殺めています』


「待って下さい、フォッグ伯爵の弟は事故死では?」


 ヴァイナスが驚きの声で、伯爵夫人の召喚獣に問う。


『主が事故死と見せ掛けて、二人を殺めました。その時にやって来た王都の役人に大金を渡しています』


「人を殺したのに隠して、揉み消したということだね? 王都の役人というのも捕らえておけば、伯爵夫人を式典前に捕らえる理由にはなるね。でも、いいの? 貴方の主が裁かれるけど」


『私は何度も主を止めましたが、主は罪を犯し続けました。幻獣界から罪人の烙印を押されても止められない。同胞が消えていくのはもう、見たくありません。主が罪を犯し続けるのも見たくありません。止めるには、この国で罪人として裁いてもらうしかありません』


 伯爵夫人の召喚獣は決意した目で、俺に告げる。

 召喚獣の決意は分かった。そして、俺はシスルを見る。


「シスル、君はどう思ってる?」


「僕も、伯母を止めたいです。召喚獣達が死んでいくのも見たくありません。両親が殺されたというのもここに閉じ込められた時に伯母の口から聞きました。両親や死んでいった召喚獣の無念のためにも、伯母を捕らえて裁いて下さい」


「そうなると、陛下の裁量によるけど、フォッグ伯爵家は爵位を落とされるか、罪の内容によっては爵位は返上されてしまうかもしれない。それでもいいのかな?」


「構いません。伯母の暴挙に気付いた父が、殺される前に伯爵領の領民を周囲の領に逃しました。この領にいるのは伯母の息の掛かった者やならず者達です」


 シスルも決意した目で俺を見る。俺の後ろでは、シュヴァインフルト伯爵達が俺の言葉を待っている。

 王族は本当に嫌だな。しみじみ思う。


「……分かった。君達に、僕――私から選択肢だ。まず、シスル。爵位を落として、フォッグの名を継いでこの領地を治めるか、それとも平民になるか、私の専属の薬師になるか。君はどうしたい?」


「え……ヴァーミリオン殿下はご命令なさらないのですか? 王子のご命令なら従います」


 俺の言葉に驚いたのか、シスルは呆然と見上げる。


「王族はたった一言で、人の人生を左右させる。罰を与える時や有事の場合は命令を下さないといけないこともある。有事でなければ、選択肢を与えて選んでもらいたいと思う。責任から逃れたいのではなく、命令ばかりしていたら、人は誰も付いて来ないからね」


 だから、どうしても俺は慎重に考えて言いたい。

 死神のような内容でも、一つの言葉だけではなく、今出せる出来る限りの選択肢を告げて選んで欲しい。


「それに、罪を犯した親族のせいで、尻拭いをすることになる若く、優秀な人材を失う方が損失だと私は思う。罰するなら罪を犯した者だけでいい」


「……どうして、ヴァーミリオン殿下の専属の薬師と仰ったのですか?」


 震える声で、シスルが問う。

 簡単な答えだ。


「この地下、薬関係の本や器材ばかりある。ここは元々、君が使っていた場所かと思ったからかな。王族はよく薬を盛られる。私も小さい時から媚薬や毒薬等を盛られることが多くて、正直、辟易している。君の知識を私に貸して貰えたら嬉しい」


 そう言うと、シスルは若竹色の目を大きな見開いた。

 あと、実はしたいこともある。


「シスル、改めて言う。君はどうしたい?」


「前当主の伯父には申し訳ないのですが、伯母の暴挙を知った前から、僕は伯爵家を継ぐつもりは元々ありませんでした。薬師になりたかった。僕の薬で誰かを助けたかった。ヴァーミリオン殿下。僕の知識で宜しければ、いくらでも使って下さい。貴方の、専属の薬師にならせて下さい」


 臣下の礼を取り、シスルは俺を見上げた。


「これから宜しく、シスル」


「はい!」


 俺は小さく微笑んで頷き、伯爵夫人の召喚獣の方へ身体を向ける。


「フォッグ伯爵夫人の召喚獣。貴方は薔薇の精霊か?」


『はい、仰る通り、青薔薇の精霊です』


「……女性体に擬態しているのは力を隠すため?」


 先程感じた違和感をそのまま伝えると、シュヴァインフルト伯爵達が驚きの声を上げている。

 倒れた時に受け止めた肩が少し筋肉質だったので、違和感があったからだ。


『……仰る通り、男性体です。薔薇の精霊の男性体は稀で、女性体より力も魔力も強いので隠しています。主の前でも女性体に擬態しています。まさか、気付かれるとは思いませんでした』


「そうか……。貴方はこれからどうしたい? このままフォッグ伯爵夫人の召喚獣として命を落とすか、伯爵夫人との契約を放棄してこの世界で生きるか、それとも私の召喚獣になるか。貴方はどうしたい?」


 俺の告げた選択肢に、シュヴァインフルト伯爵とヴァイナスが真意を問うようにこちらを見る。紅とハイドレンジアは分かったような顔で頷いている。

 俺のすることが分かったようで、何だか恥ずかしいな。


『どうして、私にまで選択肢を与えて下さるのです? 私は罪を犯した召喚獣ですよ』


「罪を犯したのは伯爵夫人であって、召喚獣である貴方ではない。召喚獣は喚ぶまでこの世界に、召喚した者に手を出せない。止めることも出来ない。魔力を奪われても、貴方は主を止めようとし、シスルを助けた。そんな優しい貴方を見殺しには出来ない」


『しかし、私は……それでも、主を止められなかった。私の命も残り僅かですが、私諸共、裁いて頂けませんか』


「と、貴方は言うが――ヴァイナス」


「は、はい、殿下」


 いきなり話を振られるとは思っていなかったヴァイナスがビクリと肩を震わせる。


「この国、この世界で召喚獣を罰する法律はあるか?」


「――少なくともこの国にはありませんね。他の国も聞く限り、ないと思います」


 ヴァイナスの言葉に満足して、俺は頷いて青薔薇の精霊を見る。


「青薔薇の精霊、この世界には召喚獣を罰する法律はない。尤も、貴方は伯爵夫人のせいで、魔力を奪われ、もう幻獣界にも戻れない。むしろ、被害者だと思う。己のことしか考えていない者のせいで、魔力を奪われ、故郷には戻れない。貴方が割りを食うのは見ていられない」


 青薔薇の精霊の青色の目が揺れる。

 何だか、初めの頃のハイドレンジアに似ている。

 彼も頑なだったなぁ。今は俺のことになると過激だが。


『私は……生きてもいいのでしょうか……』


「少なくとも、私もシスルも生きて欲しいと思っているよ」


 俺の言葉に、シスルも大きく頷いている。


「もう一度、聞く。青薔薇の精霊、貴方はどうしたい?」


『ローシェンナ・シュネー・フォッグとの契約を破棄して、ヴァーミリオン様、貴方の召喚獣に』


 頭を垂れ、青薔薇の精霊は跪いた。

 こうして、俺は専属の薬師と新たに召喚獣を得た。





 三日後。

 かき集めた証拠と、王城にいるヘリオトロープ公爵に青薔薇の精霊から聞いた王都の役人のことを伝え、捕らえることに成功した。

 そして、ローシェンナ・シュネー・フォッグ伯爵夫人を殺人と召喚獣を捕らえ、魔力を奪い、死なせた罪で捕らえた。

 こうして、俺の囮作戦は終了し、カーマイン砦完成式典も何事もなく終わった。

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