第25話 道中、馬車にて
カーマイン砦出発前日にセレスティアル伯爵から告げられた俺の属性を聞いて、何で規格外。と思いつつ、彼から教えられた通り、火の属性に擬態したまま、馬車に揺られて数時間。
長閑な街道を進んでいる。
王都からカーマイン砦まで馬車で約五日の道程なので、まだまだ遠い。
馬車から見る王都はほとんど初めてで、新鮮だった。何せ、三歳の時にハイドレンジアとミモザを助けた紅に乗って空の旅以外、王城からは出たことがない。活気に満ちている王都に心が躍り、カーマイン砦での用事が済んで、王都に戻ったら、お忍びで出掛けてみようと思ったくらいだ。
王都を出た後も街道を見たりしていたが、風景が変わらず少し飽きてしまった。
それでも馬車の窓から、外を見つめているのは理由がある。
俺以外の搭乗者による静かなる戦いのせいだ。
「我が君、お飲み物でも飲まれますか?」
「ヴァーミリオン殿下、ウィスティが作ったクッキーでも如何ですか?」
「……両方頂きます」
苦笑いを浮かべ、俺は答えた。
俺に対するハイドレンジアの世話好きは知っているし慣れているが、何でヴァイナスまで参戦してるんだ? この前まで、滅茶苦茶俺の粗探ししてたじゃないか! その心変わりは何?!
これを王都を出た辺りからずっとされるので、俺の精神は疲労困憊だ。
唯一の癒やしが、愛しの婚約者ウィステリアが作ってくれたクッキーと右肩に乗っている紅だ。
ウィステリアの甘さ控えめのクッキーが本当に美味しい。俺の好みを知ってくれてる。本当好き。
紅のふわふわでつやつやな羽根を撫でる。これも好きだ。
『……リオン、大丈夫か?』
無意識に撫で続ける俺の精神状態を心配したのか、されるがままになってくれている紅が声を掛ける。
『癒やしが欲しい。紅の羽根がなかったら、やばかった。砦に着く前に廃人になってたかもしれない』
お互い、念話で会話をしながら、俺は荒れ模様な心を落ち着かせようとする。
『……大変だな。我がいて良かったな。ところで、魔力感知、しているか?』
慰めつつも、嬉しげに言っていた紅が俺を見る。
『一応、王城を出てからずっとしてるけど、付いて来てるね。外のシュヴァインフルト伯爵に声掛けた方がいいかもね』
シュヴァインフルト伯爵も気付いていると思うが、王城を出てからずっと少し距離を置いて付いて来ている連中がいる。後ろに四人、左右に二人ずつ。ずっと、付かず離れず一定距離を空けて付いて来ている。
それもあって、俺の精神状態は荒れ模様だ。
内と外で、俺の精神抉るのやめてくれないかな。
それとも、それが狙いか? と疑心暗鬼になりそうな程疲れている。もちろん、たまたま重なっただけなのだが。
「レン、休憩はいつくらいになる?」
静かに笑顔でヴァイナスと睨み合っているハイドレンジアに声を掛けた。
「もうそろそろだと思いますよ、我が君」
勢い良く俺を見て、先程とは違う、満面の笑みでハイドレンジアは答えた。
「そう。じゃあ、シュヴァインフルト伯爵に休憩と同時に王城からずっと付いて来ている連中を捕まえていいよと伝えてくれる?」
「「……え?」」
二重奏で二人は俺を見た。仲が良いな。
「護衛として来ている訳だし、僕を気にして動けないのは分かるけど、弟子のことを信頼して欲しいなというのも一緒に伝えてくれる?」
「……分かりました、我が君」
そう言って、ハイドレンジアは召喚獣の地の精霊ノームを喚ぶ。土色の髪をした手のひらサイズの少年が現れる。紅曰く、省エネサイズらしい。俺を見つけて、笑顔で手を振ってくれる。ハイドレンジアそっくりの懐きっぷりだ。
ハイドレンジアはノームに俺の言葉を伝えると、馬車の窓を開けて、ノームをシュヴァインフルト伯爵の元へ行かせた。
地の精霊ノームはこのような伝言役を担ってくれる。戦闘でも防御壁等の防御系に特化した力があるらしい。主に、戦闘で召喚獣を召喚することが多く、防御系としてノームを召喚していたらしく、うちの王国の騎士団や宮廷魔術師団でノームと契約している騎士や宮廷魔術師は伝言役というのは考えていなかったらしい。
今までの戦闘での伝言役は、普通に人の伝令役を使って伝えていたらしい。
伝言役が倒されたら終わりだ。
戦闘もそうだが、情報は大事だ。
どんな時もその情報で相手を撹乱したり、動きをある程度抑え込んだり操作が出来る。
その点、ノームは召喚獣で、物理的な攻撃は効かないし、召喚した者の魔力さえ高ければ、魔法攻撃もある程度防げる。
ハイドレンジアとミモザの兄妹は魔力が高いので、打ってつけだ。
ミモザを連れて行かずに、王城に残したのも、何かあった時にノームを使っての伝令のためだ。
ノームは地の精霊だけあって、お互いの場所が分かれば、空以外の大地が続くところは何処でも伝令が可能らしい。まだ試したことはないが。
それを今まで王国の騎士団や宮廷魔術師団は戦闘でもしたことがないと聞き、驚いた俺は今回、試しにハイドレンジアとやってみることにした。
実用出来たら、色々と幅が広がる。
そして、風の精霊でも伝令が出来れば、国同士で空を利用して伝えることが出来る。まぁ、今のところ他国に知り合いはいないが。
「我が君、シュヴァインフルト伯爵にお伝えしました。今から早速動くそうです」
俺が思考の中にいると、ハイドレンジアが声を掛けた。
「今から? 休憩と同時って伝えたよね?」
「今から動いて、休憩の時に我が君にお伝えするとのことでした」
移動しながら出来るんだ。流石、騎士団総長。
あ、でも、尋問どうするんだ?
「ちなみに、尋問は馬上でされるそうです」
顔に出ていたらしく、俺の疑問をすぐハイドレンジアが解消してくれた。
出来るんだ、馬上で尋問。初めて知った。騎士団総長、凄いな。
その間も、魔力感知で察知していた連中が一箇所にまとめられていく。
そして、捕らえられたようで、まとめられたまま馬車に付いて行くように動いている。
あっという間だった。シュヴァインフルト伯爵、凄い。
「……捕らえたみたいだね」
ハイドレンジアが淹れてくれた紅茶を飲みながら呟くと、ヴァイナスが驚いた顔で俺を見た。
「ヴァーミリオン殿下は外の状況がお分かりになるのですか?」
「セレスティアル伯爵から魔力感知を教わって、それで状況把握をしています」
「……それは、四年前のセラドン侯爵達の襲撃事件の時にも使われましたか?」
「そうですね。そのおかげで、両親や兄、ヘリオトロープ公爵達を守れました」
俺の言葉に、ヴァイナスが大きく目を見開く。
「……ヴァーミリオン殿下は、何処まで先を見ていらっしゃるのですか?」
ヘリオトロープ公爵そっくりの顔で、ヴァイナスが俺に問う。
親子だから、声も少し似てて、公爵に尋問されている気分になる。嫌だ。
「魔力感知のことですか?」
敢えて、知らないふりをして聞き返すと、にっこりとヴァイナスに笑われた。公爵の尋問する時のように目は笑っていない。父親そっくりだ。
「そちらも気になるところですが、私がお聞きしたいのはヴァーミリオン殿下は何処まで先を分かっていらっしゃるのかということです」
「先は全く分かりませんよ。集めた情報であれこれ考えて、予測して動いているだけです」
本当のところ、知っているのはゲームであった出来事や前世の姉と妹が持っていた設定資料集の内容だけで、それ以外は全く分からない。
後悔は全くしていないが、大分、ゲームと変えてしまい、ゲームの出来事と今後の出来事がどう繋がってくるか分からないので、情報を集めて、精査して、ハイドレンジアやミモザ、紅、萌黄にお願いして、こっそり動いているだけだ。
更にヴァイナスが口を開こうとした時、馬車が止まり、外から扉を叩く音がした。
俺が頷くのを確認したハイドレンジアが扉を開くと、シュヴァインフルト伯爵が顔を覗かせた。
「シュヴァインフルト伯爵、お疲れ様でした。僕のことを信頼して下さり、ありがとうございます」
にっこりと俺は笑うと、シュヴァインフルト伯爵は歯を見せて笑い返した。
「殿下のような弟子は安心なのですがね。第二王子殿下になると、殿下より周りの面々が怖いので、どうするべきか悩んでいたところだったので、あの一言は助かりました」
あぁ、両親や兄、ヘリオトロープ公爵のことだよね……。シュヴァインフルト伯爵より目上の位だから悩むよね。
「それなら、良かったです。何かあっても、責任者は僕ですし、両親や兄についてはシュヴァインフルト伯爵にお咎めがいかないようにしっかり抑えますから」
本当にうちの両親と兄が申し訳ない。俺のことになると本当に理性が飛ぶようなので、正直、対応に困っている。
その被害者はヘリオトロープ公爵がほとんどで、シュヴァインフルト伯爵やセレスティアル伯爵も時々被っている。
今回はヘリオトロープ公爵も両親と兄側に回っているのは、きっとストレス発散のためだと思う。
息子のヴァイナスの前では言えないが、時々、ヘリオトロープ公爵はこういう大人気ないことをする。
「それで、捕らえた連中から何か情報は出ましたか?」
「これと言って新しいものはありませんでしたが、一つだけ気になることを言っておりましたな。頼まれたのは女、だそうです」
「女。女性ですか……。王城から付いて来たこの連中や先日の僕を襲った連中がもし、同じ人物から依頼されているなら、その女性は貴族でしょうね」
それしか思い付かない。
捕らえた連中もそれなりに魔法や剣を使いこなせていた。冒険者にしろ、ゴロツキにしろ、依頼料とかが馬鹿にならない。
もし、平民の女性なら、そのお金で大分裕福な生活が出来る。依頼が失敗したら、懐が痛い。
万が一、失敗した冒険者やゴロツキが報復に来ても、貴族の女性なら権力等でやり返せる。
情報を流したとはいえ、俺の動向が分かるとなると、王城に出入り出来るある程度、位の高い貴族になる。
ヘリオトロープ公爵は貴族に情報を流したと、王城を出る前に言っていた。
だから、その女性は貴族だと思う。
「そして、その貴族の女性は今向かっているカーマイン砦付近の領の貴族でしょうね」
「何故、付近の領の貴族だとお思いに?」
ヴァイナスが考える顔で、俺に問う。
犯人かもしれないのが、貴族の女性というのが信じられないような声音だ。
「向かっているカーマイン砦付近の領に僕達は式典まで滞在します。恐らく、僕の召喚獣達を狙うため、相手は待ち構えていると思います。正面から応戦している背後から、八人とはいえ、こちらに接近すれば少数の僕達はどうします?」
俺はヴァイナスに聞き返す。
「そちらに数を割かないといけませんね……」
「その間に、僕に接近して、どうやって僕の召喚獣を奪うのか分かりませんが、狙って来るでしょう。僕を狙いやすいことを考えると貴族しかいません。今回は街には寄らず、直接、滞在する貴族の館に行くのですから」
俺が言うと、ヴァイナスはハッとした顔をした。
「――となると、犯人の候補として上がるのが、滞在先のフォッグ伯爵領、ということですか?」
「可能性は大いにあります。なので、警戒した方が良いでしょう。これからの道程でも恐らく、僕達を狙う連中も増えてくるでしょう。囲まれて、僕が召喚獣を喚ばざるを得ない状況を作ると思います。それでも僕が喚ばなければ、あとは完成式典の時しかありません。僕としては、滞在中に証拠を見つけて、完成式典の時に取り押さえるのが理想です。それまでは召喚獣を喚ばないつもりです」
まぁ、ずっと紅は肩に乗ってるし、萌黄も普通に呼べば来るのだけど。召喚獣として喚ばないだけなので。
「そうなると、殿下の護衛計画も変更しないといけませんな。式典の時に、敢えて殿下の周辺の護衛を緩くして誘き寄せる、あたりですかな」
シュヴァインフルト伯爵が顎を触りながら、考えながら告げる。
「そうですね。あとは道すがら、話を擦り合わせて行きましょう。滞在先に着くまでまだ四日あります」
言いながら、内心、げっそりする。
あと四日も馬車に揺られながら、滞在後の行動を考えないといけないのか。
『紅……癒やしが欲しい……』
紅の羽根を撫でながら、俺は念話で嘆く。
『リオン、とっとと終わらせるしかない。これを終わらせたら、ウィステリアが待っているはずだ』
嘆く俺に、友人の召喚獣は慰めてくれる。
これからのことを考えると、溜め息しか出ない。
この召喚獣を捕まえる連中の事件を終わらせないと、ウィステリアに危害を加えられたり、人質にされるかも知れないと考えると彼女に会えない。
王城を立って数時間。
俺は深刻なウィステリア不足になっていた。
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