第24話 囮作戦開始

 召喚獣を捕まえる連中を取り押さえるため、俺に囮役の白羽の矢が立ってから次の日。詳しい内容がヘリオトロープ公爵から知らされた。


「殿下、フェニックス殿、昨日は失礼しました」


「いえ、むしろ、父がすみません。本当に恥ずかしくて、一瞬、家出を考えました。もっとひどくなるので抑えましたけど」


 本当に一瞬、家出という言葉が過ぎったが、それをすると更にひどくなるからやめた。


「ちゃんと理性で抑えられる殿下は素晴らしいです。グラナートにも爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。そして、仕事詰めにしたい……」


 疲れが溜まっているのか、ヘリオトロープ公爵の本音がぼろぼろと出てくる。

 父、仕事、逃げてるんだ。

 父の決裁がいるものはしていると思うが、それ以外はヘリオトロープ公爵に丸投げして逃げているんだろうなというのが、彼の疲れ具合を見て、容易に知れた。


「本当に父がすみません」


 息子としては謝るしかない。


「いえ、いいんですよ。これでもセヴィリアン殿下が王太子になられてから、大分楽にはなったのですよ。ただ、それをいいことにグラナートが丸投げにすることが増えて、シエナの元から離れないのですよ。シエナも怒ること二割、許すこと八割で……」


「母まで、本当にすみません」


 息子としては以下略。

 仕事しないなら、王位を兄に譲れよ、本当に。

 そうすると、俺が王位継承権を放棄して、田舎の領地に引っ込むから、息子二人を溺愛している父は王位を兄に譲らないのだろうと思うけど。魔法学園卒業までは王城にいますけどね、俺。


「本当にヴァーミリオン殿下は悪くありませんし、むしろ、私と同じ被害者と思っていますから謝らないで下さい」


 にこりと力のない笑みを浮かべ、ヘリオトロープ公爵は言った。

 本当にあの父、紅と萌黄連れて説教しようかと考えてしまう。


「まぁ、あの従兄弟は置いておきますが、殿下にお願いする囮の件について、お話しても宜しいでしょうか?」


「はい、お願いします」


 俺は脱力しかかった居住まいを正し、ヘリオトロープ公爵を見る。


「殿下には公式の行事という形で、王都の北に位置するカーマイン砦完成の式典に国王の名代として出席して頂きます。そこで、完成を祝して守護の力を強めるというような具合にフェニックス殿を召喚して欲しいのです」


 カーマイン砦の完成。

 今はとりあえず平和だが、ここカーディナル王国の北に位置するグラファイト帝国という国が少し前から戦いの準備をしているという話が国王周りで話が出ている。

 両親や兄、ヘリオトロープ公爵達も俺には話さないが、萌黄からその話をしていることを聞いている。

 グラファイト帝国からの侵略に備えるために、カーマイン砦は建設された。

 その完成の式典に俺が参加し、そこで国旗にも描かれている伝説の召喚獣フェニックスを召喚したら、砦を守る騎士達も士気が上がる。

 ついでに召喚獣を捕まえる連中を抑えたら、一石二鳥ということだ。蜥蜴の尻尾切りにならなければ。


「なるほど……一石二鳥ですね。ただ、ちゃんと下っ端ではなく、幹部クラスが捕まればいいのですが」


 俺がそういうと、ヘリオトロープ公爵が目を丸くした。


「本当に、殿下は聡明でいらっしゃる。本当に自慢の将来の義理の息子ですね」


 うんうんと頷きながら、ヘリオトロープ公爵が俺を見る。将来って、まだまだ早いから。


「その式典に出席して、捕まえることは分かりました。いつ、そちらに向かうのですか?」


「カーマイン砦まではこの王都から馬車で約五日の行程です。式典は今日から二週間後です」


「ということは、今日か明日には出ないといけないですよね」


「準備は進めています。明日には出発頂くようになるかと」


「……急ですね。連中を焦らせるためでしょうけど。あと、カーマイン砦方面の貴族達も」


 急過ぎる。恐らく、召喚獣を捕まえる連中に分かるように情報を流し、準備させないためなのだろうが、急だ。貴族達に変な気を起こさせないためもあると思うが。

 式典には準備がいる。しかも、第二王子とはいえ、王族が行く訳なので、持っていくものも多くなる。主に衣装が。

 更には式典前にはその方面の貴族達との顔合わせや騎士達、住民達との交流がある。

 営業スマイルを貼り付けないとなぁ。


「殿下とする作戦は本当に楽です。私が一か二くらいを言うと、残りをすぐ理解して下さるので」


 にっこりと笑うヘリオトロープ公爵は俺にこんなことを言ってきた。


「……王位は狙いませんし、僕はウィスティとのんびりと領地経営をする予定なので安心して下さい。僕は平和がいいので。兄と争いたくありません」


 言外で、王位狙ってないよね? って疑ってくるのやめてくれないかな。


「分かっていますよ。その聡明なところが勿体ないなと思ってしまうだけです。実は、貴方が治めたらどうなるかと考えてしまう時があるのですよ」


「――有り得ない未来です。夢から早く覚めることをお勧めします」


 本当に夢から覚めることをお勧めする。俺はウィステリアと幸せになりたいだけなので。


「そうですね。寝言と思って下さい。話を戻しますが、式典に連れて行く者を選べますが、誰を選びますか?」


「僕以外だと、誰が砦に向かいますか?」


「そうですね……。ウェルドとセレストが殿下の護衛の役の取り合いをしてましたが、先程、ウェルドに軍配が上がりました」


 ヘリオトロープ公爵が少し遠い目をした。

 ……何やってるんだ、シュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵。


「……シュヴァインフルト伯爵なら、護衛の面で安心ですねー」


 それしか言えなかった。


「他には私も行きたいところですが、離れると仕事が滞るのが目に見えているので、代わりに息子のヴァイナスが殿下に付きます。他に殿下は誰か連れて行く者はいますか?」


「でしたら、ハイドレンジア……エクリュシオ子爵をお願いします」


 彼なら安心だ。剣の腕はもちろん、魔力も高い。俺の王子の正装を着るための手伝いも出来る。ハイドレンジアとミモザ以外の者になると、貞操の心配がある。ミモザ以外のメイドや侍女が本当に着替えとかを狙ってくる。

 これ、成人したら、増えるんじゃないか……?

 そのことも含めて、ハイドレンジアは俺の安全と自分の安全を考えて行動してくれる。自分も安全なところにいないと俺が安全なところまで動かないのをよく知ってくれているので。


「分かりました。それでは殿下、明日から宜しくお願い致します」








 カーマイン砦へ行くための準備も終わり、一息ついた夜。扉を叩く音が聞こえた。

 応答すると、セレスティアル伯爵が入って来た。


「セレスティアル伯爵? どうしました?」


「明日、殿下がカーマイン砦に向かわれる前に、お伝えしておきたいことがあります」


 セレスティアル伯爵が真剣な面持ちで、俺を見る。


「何でしょう?」


 セレスティアル伯爵に椅子を勧めて、掛けてもらいながら、俺も椅子に座る。


「明日、王城を出てから、殿下には属性を擬態して頂きたいのです」


「属性の擬態?」


「人にはそれぞれ、生まれ持った属性があります。このことは初めて殿下に魔法をお教えした時にお伝えしたと思います」


「はい。覚えてます」


 人にはそれぞれ、生まれ持った属性があり、その属性の魔法が使える。属性の数は八つ。火、水、風、地、光、闇、聖、無だ。

 中には二つや三つ属性を持っている者もいる。

 宮廷魔術師を目指す者はその生まれ持った属性プラス他の属性の魔法がある程度使えることが条件の一つにある。

 聖属性や無属性は稀で、今のところ持っている者がいるという情報はない。俺はゲームのおかげで、一人知っている。ゲームのヒロインが聖属性だ。まだ知られるのは先のことだし、何故知っているのか説明するのが面倒なので、誰にも言う気はないが。

 その属性の擬態とは何なのか、俺は分からず、セレスティアル伯爵を見つめる。


「実は陛下にも、ヘリオトロープ公爵にもお伝えしていないのですが、殿下は全属性を持っていらっしゃるようなのです」


 ……は?

 いやいやいや、知らないぞ、それ。

 ゲームのヴァーミリオンは髪の色と同じ火の属性だったはず。俺もそうだと思ってたんだけど?!


「……僕の属性は、火の属性ではないのですか?」


「殿下が三歳の時から色々な魔法をお教えしましたが、どの属性も最大限で使えていらっしゃいます。通常は自分の属性の反対の属性は、同じ魔力で放出しても弱くなります。火の属性の者が水の属性の魔法を放つと威力が弱まるのですが、殿下はそれがありません」


 マジか。昨日といい、今日といい、何で衝撃なことが判明するんだろうか。前世の言うところの厄年なのだろうか。

 そこで、ふと思ったことを聞いてみる。


「……ん? あの、セレスティアル伯爵。僕が全属性を持っていることは分かりました。全属性というのは聖属性もですか……?」


「そうですね」


 あっさり頷かれた。


「ソウデスカ。セレスティアル伯爵は僕が全属性を持っているということは、いつ分かったのですか?」


「殿下が三歳の時から色々な魔法をお教えする中で、最初に私が思っていた属性の反対の属性の魔法をお教えしても躓くことなく、どんどん覚えて行かれるのを不思議に思いました。ちょっと試しに全属性の魔法をお教えしたら、あっさり使えて覚えていかれるのでこれは全属性を持っていらっしゃるなと四分の三くらいは思いました。それが殿下が八歳の時ですね」


 ……ちょっと試しに、で教えるんかい。


「そして、私以外の国内の魔術師で到達出来てない究極魔法を十歳の時にお教えした時にさらっと使えたので、そこで確信しました」


 ん?? 究極魔法……?

 いつ教わった……?

 十歳の時、二年前を思い出そうとする。覚えるまでに時間が掛かった魔法がある。あれのことか?


「殿下はお生まれになってから、王城からほとんど出ていらっしゃいません。なので、特に問題はなかったのですが、王城から、王都から出られるのであれば、問題です」


「何故です?」


「王都を離れると、王都の貴族以上に厄介な貴族が多いのですよ。その中には宮廷魔術師団には入らず、または入れず、在野に散らばる魔術師もおります。私のように殿下の属性のことを気付く者もいるかもしれない。それを厄介な貴族に教えたら……」


「――面倒ですね」


「はい。ですので、殿下にはいずれかの属性に擬態して頂きたいのです。フェニックス殿もいますし、火の属性が一番いいでしょう。やり方は簡単ですので、今からすぐお教え致します」


 セレスティアル伯爵のその言い方に少し疑問を感じ、俺は聞いてみる。


「ところで、セレスティアル伯爵は何属性持ってます?」


「聖と無以外の六つですね。普段も含めて、公では風属性に擬態しています」


 身近にいるよ、凄い人。

 俺の魔法の師匠がセレスティアル伯爵で良かったと思った瞬間だった。





 そして、次の日。

 両親と兄、ヘリオトロープ公爵、セレスティアル伯爵、ミモザ、アルパイン、ヴォルテールの身近な面々に見送られて、王国の北のカーマイン砦へ出発する。

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