第23話 囮と将来の話

 父の執務室に呼ばれ、召喚獣を狙う連中を捕まえる為、父から俺と紅、萌黄を囮にするという命令が言い渡された。


「承りました」


 予想通りだったので、それしか言わなかったら、父の目が潤み始めた。ちなみに、父の両隣にはヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵がいる。


「ヴァル。もしかして、父さんのこと怒ってる? まだ十二歳のヴァルに囮をお願いするから、嫌いになった?!」


 ……何を言い出すんだよ、この父は。


「予想していたので、それしか言わなかっただけですけど……」


 涙腺崩壊寸前の父に頭痛を覚えながら、俺は小さく息を吐く。

 俺と父だけなら別に良いのだけど、周りにヘリオトロープ公爵達がいるのに、王がそんなこと言って良いのだろうか。

 ちらりと父の両隣に立つヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵を見ると、苦笑いをしている。

 ……あ、ヘリオトロープ公爵以外の二人も父の性格、知ってるのか。


「予想?! 折角ヴァル達が捕まえてくれたのに、手掛かりが掴めないって予想してたの?」


「どう見ても、下っ端でしたので。蜥蜴の尻尾切りだと思ったので、リーダー格らしい人から何か掴めるとしても僅かだと思いました。それなら、良い格好の的の僕とフェニックス、シルフィードを囮にするだろうと」


 それよりも、すんなり王城の、王族が住まう所に侵入出来る警備を改善した方が良いと思う。

 まぁ、元々、第二王子の俺の警備体制は、王太子の兄や国王の父と比べると予算も低いのは知ってるけど、そこからどんどん制圧されたら、すぐ王の元に辿り着く。今後のことを思うと、もう少し、考えた方が良いと思う。

 俺の話を呆然と聞くと、父が再び、目を潤ませた。


「……うちの息子、賢い……。囮をお願いしてごめんよぉぉお」


 涙腺がついに決壊してしまった父は、凄い勢いで俺に抱き着こうとして、ヘリオトロープ公爵に首根っこを掴まれた。


「……グラナート。私の将来の義理の息子の殿下が困ってるからやめろ」


 困ってません。どちらかというと、引いてます。


「俺の息子ですぅー。クラーレットの息子ではありませぇーん!」


 子供か! と思いながら、俺は従兄弟同士のやり取りを見る。

 ……何だろう、親の子供っぽい言動を目の当たりにすると、心の中が冷めていくこの感覚何て言うんだろうか。


「あの、もう終わったのでしたら、戻っていいですか?」


 ずっと続きそうだったので、南館の俺の部屋に戻りたくなり、冷めた顔になっているだろう俺は聞いてみる。


「その、つれないところ、本当にシエナに似てて、俺は……」


 俺の右肩に乗っている紅が四分の一サイズのフェニックスの姿になり、父の前に立った。周囲に炎の玉が十個浮かんでいる。

 紅も限界だったようだ。


『話が終わりなら、我とヴァーミリオンは帰りたいのだが、まだそれは続くか?』


 紅の脅しで、父とヘリオトロープ公爵がビクッと身体を強張らせる。

 静かにやり取りを見ていたシュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵も、緊張した面持ちで父を見ている。どちらかというと、紅に対していらないことをするなよといった目だ。


「だ、大丈夫です……。すみませんでした……」


 土下座して、父が紅に謝った。王様を謝らせる伝説の召喚獣って凄いし、格好良い。そして、父、威厳は何処に行った。







 父の困った暴走で詳しい内容は後で俺の元に届くということで、南館の自室に戻る。

 先程の父とヘリオトロープ公爵のやり取りを見て、俺は子供が出来たら、ああはならないぞと心に誓った。


「紅、さっきはありがとう。そして、あんな父でごめん……」


 大きな溜め息を吐いて、机に突っ伏す。

 国王の時は格好良いのに、普段とのギャップで具合が悪くなりそうだ。


『気にするな。まぁ、リオンに子供が出来ても、ああはならないだろう』


「そう言ってもらえるとありがたいよ。それにしても、この召喚獣を捕まえて集める連中の話、ゲームにないんだけど、俺が黒幕だったセラドン侯爵の悪事を早く暴いたせい?」


『この世界はあくまで、ゲームの中ではなく、ゲームに似た世界で同じ出来事もあるが、そうではない出来事もある。あの黒幕が処刑されてもされてなくても起きる可能性はある』


「ということは、知恵を振り絞って、連中を捕らえないといけないよね」


 椅子の肘置きに頬付をついて、俺は空を見上げる。晴天だ。こんなに良い天気なら、ウィステリアと庭でのんびりとお茶飲みながら、話したい。

 この囮作戦が終わるまで、きっとしばらくウィステリアに会えないんだろうなぁ……。

 俺、乙女ゲームのメイン攻略対象キャラじゃなかったっけ。

 こういう陰謀ごとばかりじゃなくて、恋愛系の話が起きるんじゃないの?

 父の暴走のせいで、ストレスが溜まった俺は変な方向の思考に陥る。


「……癒やしが欲しい……」


 切実に呟いた願いが叶ったのか、扉を叩く音が聞こえた。

 応答すると、扉を開けて入って来たのは俺の癒やしだった。


「失礼します。リオン様、今宜しいですか?」


「リア……?」


 まじまじと俺は部屋に入って来たウィステリアを凝視する。俺の願望が見せる幻か?

 今日は会う予定はなかったはず。


「あの、先程、兄からリオン様が襲われたと聞いて……ひょわっ」


 ウィステリアがここに来た理由を説明してくれるのを遮って、俺は彼女を抱き締めた。


「リ、リオン様っ?!」


 わたわたと慌てるウィステリアが可愛くて、俺の溜まったストレスがなくなっていくのが分かる。


「……癒やされる……」


「あの、リオン様っ!?」


 なくなっていくストレスのおかげで、理性が戻った俺はハッとする。


「ごめん! リア!」


 ウィステリアから離れ、俺は素直に謝る。

 婚約者とはいえ、許可のない接触はあまり宜しくない。

 やってしまった……と思いながら、俺はウィステリアの様子を見る。


「いえ……その、お疲れのようですけど、大丈夫ですか?」


 顔を赤くしながら、ウィステリアは心配そうに、彼女より少し背の高い俺を見上げる。

 その上目遣い、可愛いです! 癒やされます!

 ありがとう、俺の天使!


「大丈夫。本当にごめん」


 俺の心の中はピンクの嵐が吹きまくっているが、そんなことはおくびにも出さず、素直に謝る。


「本当ですか? 無理していませんか?」


 俺を心配してくれるウィステリアは更に上目遣いで見てくれる。

 もう、この天使のためなら、俺は頑張れる。


「本当に大丈夫。ところで、リアは今日はどうしてここに?」


「あ、はい、兄から先程、リオン様が襲われたと聞いて、心配になって」


「そうだったんだ。大丈夫、怪我もなく皆で取り押さえたよ」


 本気を出す必要もなく、あっさり捕まえられたから。と喉のところまで出掛かったのを止めて、俺はにっこりと笑う。


『リオンが本気出したら、色々マズいだろ』


 静かに聞いていた紅が念話で俺にだけツッコミを入れる。


「安心しました。良かったです。リオン様が襲われた理由をお聞きしてもいいですか?」


「リアのお兄さんから何処まで聞いてる?」


 ソファまで案内し、ウィステリアに座ってもらいながら、聞いてみる。


「最近、召喚獣を捕まえている人達がいるとだけしか……。私にはまだいませんから」


「そっか。俺が襲われたのは、正にそれ関連だね。紅と萌黄を狙って襲われた」


 まぁ、襲われても俺も紅も萌黄も痛くも痒くもないのだが。

 紅から聞いた、深いところで繋がっている召喚獣は魔力で打ち勝つことも、使役魔法で召喚獣にし直すことも出来ないということはどうやら知られていないようだ。


「紅さんと萌黄ちゃんが? それは大丈夫なことなのですか?」


 ウィステリアは心配そうな表情で聞いてくる。

 紅も萌黄も、ウィステリアは俺の婚約者で転生者の彼女の性格も知っているため、彼女には名前を呼ばれることを許しているし、彼女もリアと呼ぶことを許している。


「大丈夫だよ。狙われても、紅も萌黄も捕まえられないよ」


「どういうことですか?」


 大きな藍色の目をぱちぱちと瞬かせて、ウィステリアは対面のソファに座る俺に問い掛ける。


「紅から聞いたことだけど、紅も萌黄も魔力と使役魔法ではなく、俺の魂と契約していて深いところで繋がっているから捕まえられないよ。それに、紅も萌黄も強いからね。もし、魔力と使役魔法で萌黄を召喚獣にするとなると、多分、セレスティアル伯爵十人分の魔力はいるんじゃないかなぁ」


 紅の話だと、セレスティアル伯爵の魔力は普通の宮廷魔術師十人分くらいの魔力があるらしい。その伯爵十人分となると、宮廷魔術師百人は必要だ。

 萌黄だけで、そのくらいなのだから、紅は何人いるんだろう。


「……ちょっと待って下さい。紅さんと萌黄ちゃんを召喚獣にしているリオン様はどのくらいの魔力をお持ちなんですか?!」


「さぁ……? 調べてないから分からないな」


 そうなるよねぇ……。俺、世間一般で知られる召喚獣の使役方法とは違うやり方で二人を召喚獣にしたから知らないんだよね、俺の魔力。

 とりあえず、八歳の時の国王夫妻襲撃未遂事件の時はたくさん魔力を使ったが、ちょっと疲れたなくらいで、魔力切れを起こさなかった。


『リオンの魔力はセレスティアル伯爵百人分くらいだ。今の年齢でそのくらいだから、三年後の魔法学園ではそれ以上になるぞ。流石、我が主にして我が友』


 自慢げに紅が俺とウィステリアに教えてくれた。


「……え? いやいやいや、それは聞いてないし、ゲームのヴァーミリオンはそこそこ高かったけど、そこまでなかったよ?!」


『我と契約出来るくらいだからな、ゲームの、ヴァーミリオンは知らないが、元々のリオンの魂にはその素養があったのだろう。更にはあの伯爵からのしごきもあったから、そこまで上がったのだろう』


「リオン様、凄いですね! 私、リオン様が怪我をされるのは凄く嫌ですけど、魔法で無双し圧倒するリオン様も見てみたいです! スマホ、この世界にスマホがあれば、リオン様のその雄姿もカメラに収められるのに!」


 目を輝かせて、ウィステリアは言う。

 前世では乙女ゲームはもちろん、色々なゲームをしていたと言っていたから、その血が騒いだのか、ウィステリアは少し興奮気味だ。

 惚れた弱みか、そんなウィステリアにお願いされたら、魔法で無双も面白いかもとか思ってしまう。どうにか理性で抑えているが。


「今はしないからね。無双すると、色々面倒なことになりそうだし。貴族とか」


 今からのことと、俺に擦り寄ろうとしている貴族のことを考えると凄く頭痛がする。


「……確かにそうですね。すみません、つい興奮してしまって」


「なので、王位継承権を放棄して、田舎の領地に引っ込んだら、魔法で無双しようと思う」


「リオン様! 素敵です!」


 惚れた弱み。本当に惚れた弱みだなぁ。

 魔法で無双という言葉に転生者は弱いのだと思う。前世の日本には魔法はないから、憧れる。


『我も、リオンと無双するのは悪くないな』


 わくわくしているらしい紅が将来のことに思いを馳せている。いや、伝説の召喚獣も一緒に無双したら、世界が滅ぶことになりますが。


「そういうことだから、リア。魔法学園を無事に卒業したら、一緒に田舎の領地に引っ込んで領地経営と魔法で無双ね。で、話を戻すのだけど」


「はい、何でしょう?」


「俺も紅も萌黄も大丈夫だというわけで、陛下から囮をすることになった。あ、それとさっきの俺と紅、萌黄が深いところで繋がっていることは二人だけの秘密ね」


「待って下さい。先程の話は秘密にするのは分かりました。何故、リオン様が囮をするのですか?」


「伝説の召喚獣を召喚獣にしているから、俺は良い格好の的だからだよ」


 自分で言うと、何だか切ない。俺、そんなに狙いやすいのだろうか。


「でも、リオン様はまだ……」


 そう。まだ十二歳で、公式行事は仕方ないが、成人する十五歳まで公務は免除されている。なのに、何故囮をしないといけないのか、とウィステリアは言いたげだ。


「何かあっても紅も萌黄もいるし、さっき知った事実だけど、魔力高いみたいだから、大体圧倒出来るみたいだから、大丈夫だよ。それに、陛下のご命令だから、王子の俺が拒否は出来ない」


 俺がそう言うと、ウィステリアは小さく頷いた。

 彼女を見ると、早く、王位継承権を放棄して、田舎の領地に引っ込みたいと本当に思う。

 心配させてしまうのが、本当に申し訳ない。


「召喚獣を捕まえる連中を制圧するまで会えないと思っていたから、今日はリアに会えて本当に嬉しかったよ」


「私も、リオン様に会えて、本当に嬉しかったです。今の私は、リオン様と比べるとまだまだですが、絶対にリオン様の隣で貴方を支える者になります。それまで待っていて下さい。私も一緒に魔法で無双出来るようになりますわ!」


 ふんと可愛い鼻息で、ウィステリアは言った。

 俺の魔力がとても高いと判明しても、怖がることもなく、隣に立って、一緒に魔法で無双してくれると言ってくれる彼女がとても頼もしくて、嬉しい。

 だから、彼女が愛しくてたまらない。

 この子を守るためなら、悪魔でも邪神でも何でも倒す、そう心の中で誓った。

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