第21話 兄と義兄

 色々大変だった建国記念式典も前にあったなぁと思えるくらい月日が経ち、俺は十二歳になっていた。精神年齢は三十一歳になり、既にオッサンだ。とセルフで精神にダメージを負う。そろそろ、精神年齢を数えないようにした方がいいかもしれない。

 成長期に入って来たようで、背が少し伸びたのだが、母似のこの顔は相変わらずの女顔で、髪色を変えて女装したらヴァーミリオンだと気付かれないんじゃあ……と不安に思っている。

 ゲームのヴァーミリオンは俺様ワガママ王子様だったので、目付きでこの女顔をカバーしていたのかもしれない。

 今更、目付きを変えられない小心者なので、このままだが。

 あの建国記念式典から、俺の環境は変わらずのことも多いが、変わったと言えば変わった。

 まず、ウィステリアと絶賛恋愛中だ。

 お互い転生者と分かってから、様々な話を共有している。

 お互いの前世の話や、この世界は決してゲームの中ではなく、ゲームに似た世界で同じ出来事もあるが、そうではない出来事もあること。

 俺の魂は元々、この世界のヴァーミリオンとして生まれるはずだったのが、誰かに魂を狙われて、この世界の女神によって助けられた俺の魂は一旦前世の日本に生まれ、呪いにかかって死んだこと。今はもう問題ないらしく、前世の記憶を持ったままヴァーミリオンとして転生したこと、他にもまだ分からない部分があることも共有している。

 俺の召喚獣のフェニックスこと紅や風の次期精霊王のシルフィードこと萌黄も紹介している。

 他に変わったことは兄が次期国王として王太子になったことくらいだろうか。

 二十歳になった兄との関係は良好で、相変わらず可愛いと言って、頭を撫でてくる。そろそろ、思春期に入る俺としてはやめて欲しいところだ。

 俺の王族としての公務が増え、パーティーで貴族からの側室の打診も増えて絶賛拒否中なのは、特に環境が変わったわけではないと思いたい。

 俺の側仕えのハイドレンジアと、メイドから侍女になったミモザは相変わらず、俺のことになると過激だ。

 ハイドレンジアは二十四歳、ミモザは二十歳になり、二人共、美形と美人で結婚適齢期なのだが、まだその様子はない。

 俺としては二人共幸せになって欲しいところだが、幸せは人それぞれだと思うので、結婚とかの話は言えずにいる。

 十二歳になり、あと三年でゲームの舞台であるフィエスタ魔法学園に俺とウィステリア、護衛のアルパイン、ヴォルテールが入学する。

 正直、ヘリオトロープ公爵から俺はフィエスタ魔法学園に入学しなくても良いくらい、教養と剣技、魔法は同年代の子と比べると圧倒しているそうだ。

 剣技に関しては騎士と訓練する時は、まだ腕力が敵わないので、身体強化の魔法を使わないと騎士と訓練出来ないのが玉に瑕だ。

 八歳の時にヘリオトロープ公爵にサクッと軽く告げられ、「ごめんね、てへぺろ」な報告にそんなことだろうと思って、脱力したことを今でも覚えている。

 フィエスタ魔法学園に入学しなくても良いのなら、したくないところだが、貴族の子息子女は義務なので、王族としてはそれを覆す訳にはいかない、というのは建前で、ウィステリアと学園生活を過ごすことに少し淡い期待を抱いているのが本音だ。

 そこで、ふと気付く。

 ゲームの舞台になるフィエスタ魔法学園には、ヒロインが入学してくる。

 確か、ゲームでは、平民で滅多に無い聖属性の魔力持ちなので、平民だが特別枠で二ヶ月遅れて入学してくる。

 前世の俺の目線で言うと、ゲームのヒロインは攻略対象キャラの痛いところを突いた後に、癒やす言葉を言って自分の仲間に引き込む。落として上げる手法で、正直、このヒロイン怖いと思っていた。

 今の俺は、そうはならないと思っているが、それでも油断禁物だ。

 そんな、俺にとっては怖いと感じているヒロインは、紅に調べてもらったがこの世界に実際にいる。

 いるんだ……と、俺は頭を抱える。

 絶対に、このヒロインと関わりたくない。

 関わってウィステリアを悲しませたくない。

 なので、極力、授業以外は接触しないように気を付けるつもりだ。

 三年後のことを考え、俺は溜め息を吐く。


『どうした、リオン』


 机に突っ伏した俺に気付き、紅がこちらを見る。


「三年後に入学する魔法学園で、ゲームのヒロインが入学してくるんだろうなと思うと憂鬱で」


『……ふむ。確かに、少し面倒なことになりそうだな』


 前に調べてもらったので、紅もヒロインに何か思うことがあるのかもしれない。


「何もないことを祈るばかりだよ」


 溜め息を吐いていると、扉を叩く音がした。

 応じると、兄が入って来た。


「ヴァル、今いいかい?」


 俺の紅色の髪より少しオレンジ色が混ざったような、父と母の髪の色が混ざったような紅緋色の髪、銀色の目、二十歳になり、背も高く、父寄りの男らしい美形の兄が笑顔で声を掛けてきた。

 母に似た女顔の俺としては、男らしい美形の兄の顔は格好良くてとても羨ましい。


「はい、大丈夫です」


 広げていた資料を慌てて整えながら、俺は椅子から立ち、応える。


「ん? その資料は魔法学園の?」


「はい。入学までまだまだ先なんですけど、どんなところかなと」


 特に地図はしっかり頭に入れたいので、読んでいたところ、ゲームのヒロインのことを思い出して憂鬱になっていた。


「気になるよね。私もそうだったなぁ」


 うんうんと頷きながら、兄はにこにこと俺の頭を撫でる。


「あ、あの、兄上。今日はどうされたのですか? ヘリオトロープ公爵令息を連れて」


 頭を撫でる兄を止めようとしつつ、彼の後ろに立ち、微笑ましい顔でこちらを見て、会釈をするヘリオトロープ公爵の息子と兄を交互に見る。

 彼はヘリオトロープ公爵の息子で、ウィステリアの兄のヴァイナス・アスター・ヘリオトロープ。

 髪の色はウィステリアと比べると濃い色の紫色で、目の色は父のヘリオトロープ公爵、ウィステリアと同じ藍色だ。

 王太子である兄の側近で、年齢は兄と同い年の二十歳だったはず。

 そして、ゲームの攻略対象キャラだ。

 ゲームでは最初は第一王子の側近だったのだが、途中で第一王子の第二王子を守って欲しいという願いで、第二王子の側近になる。魔法学園の既に卒業生であるが、王族の側近ということで、魔法学園でも第二王子に付き従っている。

 妹である悪役令嬢を溺愛していたが、ヒロインに対する悪役令嬢の振る舞いに違和感を覚え、ゲームの後半では悪役令嬢をヒロインや第二王子達と共に断罪する、というキャラだったはず。

 現在はウィステリアの話だと、兄妹仲はとても良く、問題ないと聞いている。

 ただ、婚約者である俺に対しては、何度もウィステリアを助けたことを聞いてはいるが、少し敵愾心のようなものがあるらしい。

 所謂、シスコンだ。

 俺も前世では姉と妹がいたので、例え良い人と聞いても、少しでもいいから何か粗がないか探したくなるものだと思うので、気持ちは分かる。

 微笑ましいような顔でこちらを見る裏で、きっと腹の中では粗を探しているであろうヴァイナスに少しだけ、親近感が湧く。

 だが、こちらも婚約者であるウィステリアとは結婚して、仲良く田舎の領地で領地経営をするという夢があるので、義理の兄になるヴァイナスとは良好な関係でいたいところだ。


「実は、さっき父上から聞いて、ヴァルにも伝えておこうと思ってね」


 ヴァイナスの視線を気にしながら、兄の話を聞く。


「何をですか?」


「最近、召喚獣を捕まえようとしている連中がいるらしいんだ。ヴァルはフェニックスとシルフィードがいるから、注意しておこうと思って」


 召喚獣を捕まえて何をしたいのか、まだ分からないらしく、気を付けるようにと父から言われたらしい兄は俺にも伝えに来てくれたらしい。

 確かに、俺には伝説の召喚獣と呼ばれる紅と次期風の精霊王の萌黄がいるので、捕まえようと考える者もいるだろうな。

 ヘリオトロープ公爵から教わる教養の中に、魔法学園の授業で召喚獣を召喚し、召喚獣より召喚した者の魔力が上回り、打ち勝てば使役することが出来ると教わった。

 ゲームでも第二王子は授業で召喚した獅子より魔力が上回り、打ち勝って召喚獣になっていた。

 俺の場合、打ち勝つも何も紅の場合は怪我を癒やして、会話した後に友達兼召喚獣になり、萌黄の場合は消えかかったところを俺の魔力を少し分け与えて、名前を付けたら次期風の精霊王になり、何故か召喚獣になった。

 手順が違うので、父も兄も心配するよね……。


「そうだったんですね。分かりました、気を付けます。ありがとうございます、兄上」


 小さく笑い、俺は兄にお辞儀をした。


「そういえば、兄上の召喚獣は何の召喚獣なんですか?」


 ふと、気になって聞いてみた。


「私はイフリートだよ」


 おおっ、前世でゲームの召喚獣でよく聞く名前だ! もちろん、フェニックスもですが。

 前世のゲームのイメージがあり、やっぱり角と牙が生えたムキムキマッチョな赤毛のお兄ちゃんなのだろうか……。


「ヘリオトロープ公爵令息は召喚獣は何ですか?」


「……私はフェンリルです」


 おぉ……何となく、ヴァイナスのイメージと合っててそれっぽい。

 ということは、二人共、魔力が高いということが分かる。


「お二人の召喚獣に今度、会わせて下さいね」


 にっこりと笑うと、兄がはうあっと声を上げた。

 横ではヴァイナスがぷるぷる震えだしている。

 しまった、少し興奮したせいで、笑顔の加減を間違えた。

 最近は笑顔の配分を気を付けていたのだが、年甲斐もなく興奮したせいで、笑顔がにっこりし過ぎた。笑うだけで、何でこちらが気を付けないといけないのだろうと思うが。







 兄と将来の義理の兄が帰ってしばらくして、紅がぼそりと呟いた。


『……リオンはイフリートの方が良いのか?』


「フェニックスの方が格好良くて好きだけど。ちなみに前世から。紅い羽根と尾が良いよね」


 角と牙とムキムキマッチョのことが気になった俺の思考を感じたのか、紅がしょんぼりしていた。

 ちなみに、俺は前世の時から角や牙より、羽根派だ。前世の姉と妹がロールプレイングゲームをしていた時は必ず、フェニックスを装備してもらうようにお願いしていたくらいだ。


『そ、そうか。それを早く言ってくれ』


 元気を取り戻した紅が俺の肩をばんばん叩いた。嬉しかったようだ。


「それにしても、召喚獣を捕まえてどうするんだろう。蒐集家か何かかな? 誰かの召喚獣になったのを魔力で打ち勝って、使役魔法で召喚獣にし直すってことかな?」


 蒐集家なら、確かに俺は格好の的だ。伝説の召喚獣がいるので。

 もし、自分の召喚獣にし直すなら、宮廷魔術師団の師団長セレスティアル伯爵並に魔力がないと難しい気がするが、そんなに人数がいるだろうか。そんなに魔力があるなら、自分で召喚獣にすると思うが。

 それとも何か別の目的があるのだろうか。


『それは捕らえてみないと分からないな。だが、我や萌黄は捕まえようと思っても出来ないぞ』


「え? 何で?」


『我も萌黄もリオンの魂と契約しているからな。他の召喚獣と違い、深いところで繋がっている。だから常に我や萌黄は共にいる。他の召喚獣は喚ぶ度に一回目程ではないが魔力がいる』


「そうなんだ。あ、じゃあ、深いところで繋がっているなら、俺も魔力を常に使っているんじゃないの?」


『逆だ。全く使わない。これは魔法学園で習うものかは知らぬが、召喚獣を召喚する時に魔力がいるのは、要はこの場に具現化し、存在するための力として使うためだ。なので、使役魔法で使役しているから、召喚する時は毎回魔力がいる。我や萌黄はリオンの魂と深く繋がっているから、既にこの場に存在している。具現化する必要がない。故に魔力は不要だ』


「そうなんだ……。俺、知らずにしてたってことだよね」


 いつの間にか、省エネで召喚獣と一緒にいたことに驚きつつ、もう一つ疑問が浮かぶ。


「じゃあ、何で、皆、俺と同じようにしないんだろう?」


『信頼関係が必要な上に、お互いの思考が漏れることが多いからな。どちらかが気位が高いと嫌悪感が強くなり難しいだろう』


「そうなんだ。三歳の時からだから、全く嫌悪感はないよ」


『だから、我も萌黄もリオンを気に入っている』


 紅が嬉しそうに、俺の右肩に乗った。


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