【Side 4】悪役令嬢の決意(ウィステリア視点)
どうして、リオン様はこんなに優しくて、素敵で、格好良いのでしょう。
婚約者になり、惚気も入っていると分かっています。
それでも、リオン様はどんな時でも本当に優しくて、素敵で、格好良いのです。
私は悪役令嬢なのに、こんなに優しくして頂いて良いのかと思うくらいに。
リオン様の婚約者になって四年が経ちました。
たくさんお会いして、リオン様とお話をするのが嬉しくて、楽しくて、私はすっかり忘れていました。
建国記念式典です。
前世の私がプレイした乙女ゲームで、ゲーム開始前に起きた悲しい出来事。
ゲームでは、私が推しているヴァーミリオン王子のご両親と私のお父様、他にもたくさんの方が一部の貴族に襲撃され、命を落としてしまいます。
この悲しい出来事で、ヴァーミリオン王子とセヴィリアン王子の関係はギクシャクになり、私のお兄様も辛い思いをたくさんすることになります。
そのことを知る私はどのように防げばいいのか……。
今まで、何もしていなかった私は、リオン様のご両親やお父様達を助けることが出来るのでしょうか。
何もしていなかった私は後悔し、どうすれば良いか悩みます。
リオン様にお伝え出来るところまで、お伝えしたら、助けることが出来るでしょうか。
お父様も建国記念式典が近付くにつれ、何か緊張をしていらっしゃるようでした。
やはり、一部の貴族の襲撃が起きるのでしょうか。
悩んでいたら、リオン様にお会いする時間が迫っていることに気付き、メイドのシャモアに急かされ、慌てて用意をしていきます。
王城内を走るのははしたないので、走れそうなところはこっそり走り、それ以外は早歩きで歩いた私は、なんとか約束の時間にリオン様の部屋に着きました。
リオン様は微笑んで、さり気なく椅子を引いていつの間にか私は座っていました。更に、苺のフレーバーティーも淹れて、そっと前に置いて下さいます。
「うぅ……スマート過ぎます……」
少しお話をして、私はリオン様に聞いてみました。
「あの、リオン様。今度の建国記念式典、リオン様が欠席なさるとかはありませんか?」
「今のところは出席だね。将来、王位継承権を放棄する予定だけど、八歳でも王族だしね」
不安な顔をしていたようで、リオン様が私に尋ねてきました。
「どうしたの? 何か、気になることでもある?」
「……嫌な予感がして。父も含めて、王城内の騎士の方や魔術師の方の様子がいつも以上に緊張なさっている感じがして……」
やはり、リオン様のご両親を襲撃しようと一部の貴族が考えているのでしょうか。
「国を挙げての式典だしね。今回は他国の王族とかは呼ばないけど、代わりに国中の貴族を呼ぶみたいだしね。色々、失敗や失礼なことは出来ないって騎士も魔術師も緊張してるんだろうね。ヘリオトロープ公爵もその総括をしてるからピリピリしてるんじゃないかな」
「リオン様は緊張されてますか?」
「俺? 俺は特に式典で何かを述べるとかはないから緊張はしてないね。式典中ずっと座っているだけみたいだし」
緊張されている様子はなく、リオン様は肩を竦めます。
リオン様の様子を見て、私の杞憂に終わってくれたらと願ってしまいます。
でも、きっと、一部の貴族による国王ご夫妻の襲撃は起きてしまいます。リオン様のご両親もお父様も命を落としてしまう……。
リオン様に伝えた方がいいのでしょうか。でも、どのように説明すればいいのか思いつきませんし、信じて下さるでしょうか。
悪役令嬢の私の言葉を。
「そう、ですよね……。申し訳ありません。父の様子を見ていて、何か起こるんじゃないかと不安になってしまって……」
「――大丈夫。何があっても、リアは俺が全力で守るから」
安心させるようにリオン様は微笑んで下さり、不安で震える私の手を握って下さいました。
震える私をリオン様は抱き締めて下さいます。
守って下さるという言葉に、安心してしまいます。
でも、私は悪役令嬢だから、誰も守って下さらない。
「ありがとうございます。でも、私よりリオン様は御身を大事にして下さい」
リオン様は本当に優しいです。
こんな素敵な方に悪役令嬢の私は釣り合いません。
襲撃がもし起きても、リオン様ならセヴィリアン王子との関係はギクシャクしないかもしれません。
ゲームのヴァーミリオン王子より、リオン様は聡明な方だから。
でも、怪我だけはして欲しくありません。
私はどうなっても構わないから、リオン様とお父様、国王ご夫妻は無事でいて欲しい。
色々な気持ちが混ざって、泣きそうになります。
「――それでも、俺は何があってもリアを全力で守るよ」
悪役令嬢だからと、リオン様の言葉を信じきれなかった私は、この後、とても後悔しました。
建国記念式典当日。
ヴァーミリオン王子の婚約者で、ヘリオトロープ公爵家の一員として、私も両親と兄と共に式典に参加しました。
王城の玉座の間で開かれる式典は国内の貴族の九割が集まり、とても人が多いです。
国王陛下、王妃陛下、セヴィリアン王子、ヴァーミリオン王子が入場し、式典は何も問題なく進みました。
そろそろ終わりそうな時、まだ習いたての魔力の流れを感じ、後ろの列を見ました。
国王陛下や王族の皆様が座っていらっしゃるところに向かって、炎に包まれた隕石のようなものが飛んでいるのが見えました。
「ヴァル様っ」
小さく息を飲んで、王族の皆様が座っていらっしゃるところを見つめるだけで、動けませんでした。
魔力の流れを感じたのに、私の身体は足が竦んで動きません。
隣でお兄様が私とお母様を守ろうとして下さいます。
その時、リオン様が立ち上がって、国王ご夫妻が座っていらっしゃる玉座から数段下まで駆け、魔力を込めて叫んでいました。
「フェニックスっ!」
紅い、リオン様と同じ色を纏った大きな綺麗な鳥が現れ、魔力で炎に包まれた隕石を消しました。
あの大きな綺麗な紅色の鳥が、伝説の召喚獣フェニックス様なのですね。
私が呆然と見つめるその間に、リオン様は国王ご夫妻とセヴィリアン王子、フェニックス様が現れて何が起きているのか理解が追い付かず固まる、貴族の皆さんに多重結界を張っていらっしゃいました。
その数秒後に二撃目が来たのをフェニックス様が止めます。
「セレスティアル伯! 陛下達の護衛を!」
三撃目を魔法で防ぎながら、リオン様は宮廷魔術師団の師団長のセレスティアル伯爵に指示を出しています。
「御意!」
セレスティアル伯爵はリオン様が国王ご夫妻達に張られた結界に更に結界を重ね、魔術師の皆さんに貴族皆さんの護衛を指示していきます。
「シュヴァインフルト伯! 後ろから三列の貴族全員捕縛!」
「承知しました! 騎士達、出番だ!」
四撃目もリオン様は防ぎ、騎士団の総長のシュヴァインフルト伯爵と騎士団の皆さんに指示を出している間に、更に五撃目が来て、フェニックス様が炎で防いでいきます。リオン様とフェニックス様の連携が凄いです。
貴族の皆さんも少しずつ状況を理解してきたようで、フェニックス様を見て「ヴァーミリオン殿下が伝説の召喚獣フェニックスを……!」や「陛下はご無事なのか」等の声が聞こえます。
その間も攻撃は続き、リオン様とフェニックス様が防ぎつつ、シュヴァインフルト伯爵と騎士団の皆さんが、捕縛した貴族の皆さんのところへ近付いていきます。
私のお父様もリオン様の元に行かれて、加勢されたようですが、何か小声で話され、何故かリオン様は誤魔化すように笑っていらっしゃいます。
襲撃したのはやはりゲームと同じ、一部の貴族の皆さんのようで、リオン様は捕縛の魔法を放ち、無効化していきます。
魔法攻撃では無理だと判断した貴族が一人、剣を鞘から抜き、リオン様に向かって来ました。
リオン様は冷静に土魔法で躓かせ、蹴って足を払い転がしました。手から離れた剣を拾い、捕縛の魔法を放ち、無効化されました。
流れるような動きで、まるで踊っていらっしゃるようです。
シュヴァインフルト伯爵や騎士の皆さんの捕縛から逃げるように貴族数名の方がリオン様の元へ来ました。
すると、リオン様は不敵に笑って叫びました。
そのお顔はゲームの青年のヴァーミリオン王子でも見たことがあり、私のお気に入りのスチルと似ていたので、ここにスマホがあったらと不謹慎にも思い、更にドキリと胸が締め付けられます。
「シルフィード!」
風の精霊をリオン様は呼び出したようで、緑色の髪、萌黄色の目をした美しい大人の女性の姿が現れます。
私が知っている風の精霊ではないことに気付くと、お兄様が横で「風の精霊王の方か?」と呟きます。
風の精霊王も召喚獣として喚ぶリオン様を尊敬の眼差しで見つめてしまいます。
「面倒だから、捕まえて」
風の精霊王様もリオン様の声に応じて、風を起こし小さな竜巻をいくつも作って、それをリオン様を捕まえようとする貴族数名の方に放ち、あっさり捕縛しました。またお父様とリオン様は小声で話されていましたが、リオン様は誤魔化すように笑っていらっしゃいました
シュヴァインフルト伯爵の元に辿り着かれたリオン様は、捕縛された貴族の皆さんを見渡しています。
「陛下のお命を狙う今回の首謀者はどなたですか?」
リオン様の左側に立つ私のお父様が質問しました。
捕縛された貴族の皆さんはお互い目を見合わせますが、誰も言おうとしません。すると、リオン様はその場にそぐわない笑顔をされました。
「フェニックス、暴れ足りないようなら、もう少し暴れる?」
リオン様が右側に立つフェニックス様に声を掛けられると、暴れ足りないような好戦的な声が聞こえます。
怯えた貴族の皆さんが一人の貴族の方に目を向けました。
目を向けられた貴族の方は言葉が悪いのですが、太っていらしていて、捕縛されながらもふんぞり返っていました。自分が捕縛されるのはおかしい、と言いたそうな顔をされています。
「なるほど、セラドン侯爵でしたか」
お父様が何故か棒読みで話します。それに気付かず、リオン様とお父様にセラドン侯爵という方が訴えました。
「殿下、ヘリオトロープ公爵。私ではございません。他に黒幕がいるのです!」
「誰ですか? 捕縛した者達の中に貴方以上の爵位の者はいませんが」
お父様が理解出来ないと言いたげな顔で尋ねています。
「だから、黒幕なのです。私を裏で操っていたのです」
「それは誰です?」
「貴方のご息女ですよ、ヘリオトロープ公爵」
セラドン侯爵という方が私のことを突然言い出しました。
……え? どうして、そこで私なのですか?
私は、このセラドン侯爵という人を知りません。
なのに、何故、私のことを引き合いに出すのですか。
私が悪役令嬢だからですか?
ショックで泣きそうになっていると、隣でお母様とお兄様が私の肩を強く抱き締めて下さいます。
離れていても分かるくらい、お父様が怒りに満ちています。
それだけで、お父様もお母様もお兄様も私を信じて下さっていることが分かりました。
「――僕の婚約者が、何故、国王と王妃である僕の両親を襲う必要があるのです?」
いつもより、低い声でリオン様がセラドン侯爵に問い掛けます。
リオン様が怒っていらっしゃるのが分かりました。
「それはもちろん、王位の簒奪です。殿下を王にするため……」
「それは貴方でしょう。貴方が僕にしようとしたことですよね? 三歳の時に僕に就いた側仕えを使って、僕を傀儡にしようとしましたよね? 僕の側仕えはたった一人の妹を人質に取られ、従わざるを得なくなった」
セラドン侯爵の言葉に被せるようにリオン様が言うと、侯爵は図星を指されたようで一瞬怯んだ顔をしました。
この侯爵はそのようなことをリオン様にしたのですか。
私は自分のことより、リオン様に対して侯爵がした行為に怒りを覚えました。
「もちろん、証拠ならありますよ? ハイドレンジア」
リオン様が呼ぶと、婚約者になってから何度もお会いしたことがあるリオン様の側仕えのハイドレンジア様が近くにやって来ます。
「はい、ヴァル様」
リオン様に片膝を立て、臣下の礼をハイドレンジア様がすると、セラドン侯爵の顔色が悪くなっていきます。
「彼から聞いていますよね? 僕の普段の様子を。そして、妹には会わせず、彼女の命を盾に言う通りにさせてましたよね? 途中で会わせることが出来なくなったと思いますが」
「ヴァル様の仰る通り、セラドン侯爵に妹を人質に取られ、第二王子であるヴァーミリオン王子を侯爵の傀儡にするため、側仕えになって傀儡として教育するように命じてきました。すぐヴァル様が助けて下さらなかったら、私は罪を犯すところでした」
ハイドレンジア様の告白に周りの貴族皆さんがざわつきます。
リオン様の言葉に、私は前世でプレイした乙女ゲームの内容を思い出します。
ハイドレンジア様は乙女ゲームの隠しキャラでした。
ゲームではハイドレンジア様の妹さんが黒幕に人質にされ、ヴァーミリオン王子を黒幕の傀儡にしようとしますが、ヒロインや他の攻略対象キャラのおかげで、ヴァーミリオン王子は己を取り戻し、更に黒幕からハイドレンジア様を救う。けれど、妹さんは既に殺されていて、嘆くハイドレンジア様をヒロインが癒やすという話だったはずです。
リオン様は傀儡にされることに気付き、更にハイドレンジア様を助けられたということでしょうか。
「ど、どういうことですか? 私はホルテンシアのことなど知りませんぞ」
「おかしいですね、どうしてハイドレンジアの家名を知っているのです? 僕は名前しか言っていませんよ」
冷静にリオン様は追及されると、セラドン侯爵の顔が赤くなりました。
「あと、侯爵が彼に彼の妹に会わせられなかったのは僕が彼女を助けたからですよ。ミモザ」
「はい、ヴァル様。貴方様のおかげで、兄とわたしは命を失わずに済みました」
騎士の格好をしたミモザ様がやって来ました。
ミモザ様を見て、セラドン侯爵の顔色が悪くなります。
ミモザ様はハイドレンジア様の妹さんで、何度もお会いしたことがあります。リオン様のメイドと以前紹介されました。
リオン様の話から総合すると、ゲーム内で黒幕に人質にされたのはミモザ様になります。
リオン様は乙女ゲームの隠しキャラを助けて、殺されるはずだった隠しキャラの妹さんを助けたことになります。
悪役令嬢を、私を、リオン様は助けて下さるでしょうか。
祈るように、両手を組み、セラドン侯爵に対峙されるリオン様の横顔を見つめます。
「他にも証拠はありますし、貴方を叩くとたくさん埃が出るようなので、それは陛下に任せましょう。でも、その前に、本題に戻りますが、僕の婚約者が、何故、国王と王妃である両親を襲う必要があるのです?」
「ですから、殿下の王位の簒奪ですよ、殿下を王にするために……」
リオン様は握っていらした剣をそのままセラドン侯爵の頬すれすれに投げつけました。近くの大きな柱に刺さり、剣が揺れます。
「……一つ言うが、八歳の女の子が国王陛下夫妻の襲撃を考えるか?」
静かに、いつもより低い声でリオン様がセラドン侯爵を睨みつけます。
「わ、私はこの目で見たのです、殿下、信じて下さい」
「初めて会った狸と、何年も何度も言葉を交わした婚約者。どちらを信じる? 婚約者に決まっているだろう! ついでに言うが、彼女には風の精霊を護衛につけていた。何かあれば報告するようにと。国王陛下夫妻を襲うことや王位の簒奪を考える素振りも動きも全くなかった」
リオン様の言葉にセラドン侯爵は言い返そうとするが、言葉が出ないようでした。
私は、リオン様の言葉に涙を流しました。
リオン様は私を信じて下さいました。私の心を守って下さいました。
私はリオン様を信じきれなかったのに、リオン様は私を信じて下さいました。
「その点、貴方は何故国王陛下夫妻の襲撃を考えた? 十代前に王家から嫁いできた王女の血がセラドン侯爵家に流れているため、自分も王族に連なる者と思ったのか?」
続けてリオン様が追及すると、図星だった様子でセラドン侯爵がリオン様を見ます。
「国王陛下夫妻を襲撃の時に、兄や僕の次に王位継承権を持つヘリオトロープ公爵も巻き添えにして、ヘリオトロープ公爵令嬢に罪を着せる。僕の婚約者としての地位から落とし、自分の娘を僕の婚約者にした後、今度は兄の命を奪う。その間に僕を傀儡にしておけば、自分が王のようなものですよね。圧政を敷いても表向きは僕が王になっているので自分は無害ですからね」
リオン様が告げると、セラドン侯爵は自分の思惑が知られてしまったと、真っ青になって震えていました。更にリオン様は追及します。
「それと、セラドン侯爵。外務大臣という地位を利用して、カーディナル王国の同盟国、友好国、対立国から大量の武器と魔法道具を集めてますよね? 今回のために、バールリン商会という架空の商会を通して」
「なっ、何故そ……!」
途中で気付いたセラドン侯爵は慌てて口を噤みましたが、遅かったようです。
「こちらも取引関係の書類等ありますので、あとで陛下に提出しておきますね」
書類を空間収納魔法から取り出してリオン様が見せると、セラドン侯爵の顔を青ざめます。
そして、ずっと手を激しく動かしていたようで、セラドン侯爵の拘束が緩くなり、力任せに拘束の縄を引き千切り、立ち上がりました。
リオン様が先程投げつけた剣を刺さっていた柱からセラドン侯爵は引き抜き、リオン様に向かっていきました。
リオン様は炎の剣を魔法で十本作り、その内の一本を握り、残りの九本をセラドン侯爵に放ちます。
炎の剣はセラドン侯爵の周りを囲むと、侯爵は止まり、周囲の炎の剣を消そうと振り回しますが消えず、その隙に、リオン様はセラドン侯爵との間合いを詰め、持っている剣を弾き、そのまま首に剣を向けました。
リオン様の剣技がとても私と同じ八歳の動きでありませんでした。
王子となると、このように強くならないといけないのでしょうか。
「往生際が悪いですよ、セラドン侯爵」
リオン様がにっこり笑われると、フェニックス様がセラドン侯爵に近付きました。すると、怯えて観念したセラドン侯爵は床に膝をついたのでした。
シュヴァインフルト伯爵もやって来て、セラドン侯爵を再度拘束しました。
「セラドン侯爵とこの件に関わった貴族達を連行しろ」
シュヴァインフルト伯爵が騎士の皆さんに命じて、王城の地下牢へ連行していきました。
連行されていく貴族の皆さんの後ろ姿を見て、魔法で出した炎の剣を消して、息を吐いていらっしゃるリオン様を私は見つめました。
リオン様は私の潔白を信じて、助けて下さいました。
お礼を今すぐにでも言いたい。
でも、たくさん魔力を使われたリオン様にはすぐ休んで欲しい。
自分本位な気持ちを抑えていると、フェニックス様が頭をリオン様に近付けていらっしゃるところでした。
「ありがとう、おかげで助かったよ」
リオン様のほっとした声を聞いて、私はぐっと涙を乱暴にハンカチで拭きました。
建国記念式典は一部の貴族の方々による、国王ご夫妻の襲撃がヴァーミリオン王子のご活躍で未遂に終わりました。
途中で終わってしまった建国記念式典は一ヶ月後に再度行われることが決まりました。
リオン様のご活躍は、伝説の召喚獣フェニックス様を召喚されたことも相まって、次の日には国内に広まりました。
リオン様の凄いところが色々な方々に知られてしまい、私は少しだけ複雑です。
凄いところを知って欲しい思いと、知られたくない独占欲のような思いがあり、複雑です。
建国記念式典から私はリオン様にお会い出来ない日々が続きました。
建国記念式典の事後処理はお父様の話だと、大変そうでした。
今回の襲撃に参加した貴族の方々の聞き取りに、主犯であるセラドン侯爵やハイドレンジア様とミモザ様のご実家のホルテンシア伯爵家の方々の主要な貴族の処罰、リオン様やハイドレンジア様達の被害に遭った内容の確認等しないといけないことがたくさんあったそうです。
リオン様も事後処理に追われていらしたようでした。
事後処理もようやく終わると、いつの間にか一ヶ月が経っており、建国記念式典のやり直しの日になっていました。
その建国記念式典も何事もなく無事に終わり、その夜にはパーティーがあり、リオン様と私も出席することになりました。
そのパーティーまで少し時間があるので、リオン様にお会いしたいことをお伝えすると、すぐ了承のお返事がありました。
私は身だしなみを整えて、リオン様が普段住む王城の城館の南館の応接室まで向かいました。
応接室の扉を叩くとすぐに応答するリオン様のお声が聞こえます。
「失礼します。リオン様、お久しぶりです」
お会いするのは嬉しいのに、今からお話することをリオン様が信じて下さるか不安で、ちゃんと笑えているか分かりません。
「リア? 大丈夫?」
さり気ないエスコートで、私は椅子に掛けて、紅茶を淹れて下さったリオン様からティーカップを受け取ります。
「は、はい……。あの、リオン様。この前の建国記念式典の時のことなのですが……」
リオン様も椅子に腰掛け、俯く私を不思議そうに見ます。
「ん? この前の?」
不思議そうに首を傾げていらっしゃるリオン様に、私は意を決してお礼を言おうとして、泣いてしまいました。
「あの……私のこと信じて下さって、ありがとうございます……っ」
「リア?!」
泣いている私にびっくりされて、リオン様が慌てて駆け寄って下さいます。
「どうしたの?」
「私、セラドン侯爵に、会ったことも、ないのに、名前を出されて、黒幕だと、言われて……」
しゃくり上げながら、私は止まらなくて、涙をぽろぽろと流します。
涙が止まらない私をリオン様が抱き締めて、背中をゆっくりさすって下さいます。
その間も、私は続けます。
「でも、リオン様が、私のこと、信じてくれて、セラドン侯爵を、捕まえてくれて……。私、悪役令嬢だから、貴方に、私も捕らえられると思って……」
本当に怖かった。私は悪役令嬢だから、何もしていないのに、セラドン侯爵の口車に乗せられて、ゲームのウィステリアのように、リオン様に追及されて捕らえられるのではないかと、セラドン侯爵達の処罰が決まるまで、不安でいっぱいでした。
お会い出来ない一ヶ月の間もリオン様は私を気遣うお手紙や綺麗なお花を何度も送って下さっても、怖くて信じきれませんでした。
リオン様もゲームのヴァーミリオン王子のように、私を悪役令嬢だと断罪する方に変わってしまうのではないかと不安でした。
でも、今日、お会いして、リオン様は変わらず、優しくて、素敵な方のままでした。
私のことを信じて、助けて下さったこのお方に、今なら、私の秘密を言える。そんな気がしました。
「……え? リア?」
リオン様は私を抱き締めたまま、何かに驚いて私の背中をさする手が止まりました。
「……リオン様、私は前世の記憶を持つ転生者です。私を信じて下さってありがとうございます」
涙をぽろぽろ流しながら、勇気を出してリオン様に告げて私は深愛を込めて笑います。
呆然と私を見つめていらしたリオン様が静かに跪いて、微笑みました。
「――リア、言い辛いことを言ってくれて、ありがとう。俺もね、君に伝えたいことがあるんだ」
緊張で膝の上で震えている私の手を握り、リオン様は続ける。
「俺もね、前世の記憶を持った転生者なんだ。君の運命を変えたくて。君に幸せになって欲しくて」
「え……」
リオン様の言葉に私は固まります。
リオン様も、転生者?
私の運命を変えたい? 幸せになって欲しい?
私が……幸せになっていいのですか?
「少し、言うのは恥ずかしいのだけれど、前世の俺と姉と妹の推しがウィステリアちゃんでね。よく姉弟で、どうすればゲームのウィステリアちゃんを幸せに出来るかとか、助けるルートはないかとか話していて。転生したら、まさかのヴァーミリオンで驚いたけど、俺がゲームの通りに動かなければ、ウィステリアちゃんを俺が幸せに出来るかなと思って、今まで動いた結果なんだけど、黒幕から君を守れて良かった」
「リオン様、あの……」
にっこりと笑って告げられるリオン様に、私は混乱して、上手く言葉が出てきません。
「改めて言いたいのだけど、将来、断罪されるかもしれないと不安だっただろうに、俺の婚約者になってくれてありがとう。どんなことからもリアを全力で俺が守るよ。絶対に幸せにする」
この方は、初めてお会いするずっと前から、私を信じて下さっていたのだと、思い知りました。
リオン様は今まで必死に、私を助けるために努力して下さったのだと握って下さる剣だこだらけの、でも綺麗な手の温もりから感じました。
「……私、幸せになっても、いいのですか? 悪役令嬢だからと、断罪、されませんか?」
止まっていた涙がまた流れてしまい、リオン様がハンカチを取り出し、私の目尻に当てて下さいます。
「今の今まで、君と話していた俺の目にはリアは悪役令嬢じゃないよ。可愛くて素敵な俺の愛しの婚約者だよ。ついでに言うと、ゲームのウィステリアちゃんは推しだけど、今のリアは俺の大切な人だよ」
私の頬を両手で挟み、にっこりとリオン様は極上の笑みを私だけに向けて下さいます。
ゲームでも見たことがない素敵な笑顔と、綺麗な金色の右目と銀色の左目のオッドアイのリオン様を直視して、私の顔が熱くなってきた気がします。
リオン様は私のことを悪役令嬢ではないと信じて下さって、更には私を大切な人と言って下さいました。
私もその信頼に応えたい。
「リオン様、大好きです……!」
大粒の涙を流しながら、私は告白しました。
ゲームのヴァーミリオン王子は確かに私の推しです。でも、目の前のヴァーミリオン王子――リオン様は私の愛しい素敵な格好良い婚約者様です。
この方ならどんなことがあっても私のことを信じて下さるし、私もリオン様のことを信じられます。
「俺も大好きだよ。これからは前世のことも含めて、不安なことや愚痴とか色々なことを話そう」
とても優しい声音で、蕩けるような笑顔でリオン様はこれからのことを言って下さいました。
リオン様は私の欲しい言葉をいつも下さいます。
それなのに信じきれなかった私は後悔しました。
リオン様の信頼に応えられるように、これからは私もリオン様をお守り出来るように、二人で幸せになれるように努力する。
そうリオン様の笑顔を見て、心に誓いました。
――例え、これからゲームのヒロインに会うことになっても、私はリオン様を諦めません。
リオン様を信じます。
それが、悪役令嬢としての私なりの矜持です。
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