【Side 3】将来の義理の息子(ヘリオトロープ公爵視点)

 将来、義理の息子になる予定のヴァーミリオン殿下は何度も娘を救って下さった。

 聡明な八歳の殿下は将来どのような方になるのか、実は楽しみにしている。




 そのヴァーミリオン殿下に初めてお会いした時は生まれて数日が経った後だった。

 国王で従兄弟にあたるグラナートと王妃のシエナが私を呼んだ。

 私の妻も当時、妊娠中で殿下がお生まれになった二ヶ月後に娘が生まれる。

 お互い上に息子がいるにも関わらず、二人は所謂自慢をしてくる。

 ヴァーミリオン殿下と八歳違いの第一王子、セヴィリアン殿下の時も自慢をしてきたが、今回のヴァーミリオン殿下の時は更に輪を掛けて自慢してくる。

 私も上の子供が生まれた時に仕返しているので同じなのだが、今回も仕返してやろうと心に誓う。

 グラナートもシエナも私の幼馴染みではあるため、お互いの腹の中は何となく分かっている。

 宰相という職のせいか、グラナートの尻拭いをさせられることが多いが。

 ニヤニヤと笑う二人を尻目に、小さな赤子用のベッドで眠るヴァーミリオン殿下の顔を覗く。

 グラナートの「可愛いっ」と叫ぶ奇声など気にしていないのか、ヴァーミリオン殿下は眠っている。

 セヴィリアン殿下はグラナートの奇声に度々泣いていたが、ヴァーミリオン殿下は近くでグラナートが奇声を上げても何処吹く風だ。

 将来、大物になるのではと感じさせる。

 そんなヴァーミリオン殿下は私が近付くと、目をパチリと開けた。

 右が金色、左は銀色という珍しい目を見て、息を飲む。殿下の目は部屋の照明に反射して、とても綺麗に輝いている。

 こちらの様子が分かっていらっしゃるのか、そんな様子で私に手を振る。労って下さっているのだろうか。

 殿下の小さな手に人差し指を近付けると、ぎゅっと赤子の力で握って、にっこりと笑う。

 確かに、可愛い。愛くるしいと言うべきか。

 殿下が私の指を握って下さったのを見た、グラナートが負けじと殿下の手に指を近付けるが、殿下は握らなかった。分かっていらっしゃる。

 その様子を見ていたシエナも同じようにすると、ヴァーミリオン殿下はしっかり握った。殿下は本当に分かっていらっしゃる。





 それから何度かヴァーミリオン殿下にお会いしたが、少しいたずら好きな普通の子供のように感じた。

 聡明な子供だと感じたのは殿下が三歳になられた時だ。

 騎士団の総長のシュヴァインフルト伯爵には剣技を、宮廷魔術師団の師団長のセレスティアル伯爵には魔法を、私には歴史や算術等含めた教養を、殿下に教えて欲しいとグラナートからお願いされた。

 その顔合わせで、三歳の殿下はすらすらと挨拶をした。その挨拶がとても三歳がするようなものではなく、年上の私達に敬意を表した感謝の言葉を仰った。

 私達三人が固まってしまったのを今でも覚えている。

 殿下が聡明な方だと分かった私達は、つい、うっかり三歳には教えないレベルのものを教えていってしまった。

 理由は簡単である。殿下は教えたものをするする覚えていかれるからだ。

 教えたものをどんどん吸収されていく様を見るととても楽しく、教え甲斐があり、ついこちらも調子に乗って教えてしまった。

 結果、教養は私の直属の部下の文官並に、剣技もシュヴァインフルト伯爵――ウェルドの話だと騎士団の副団長か団長並に、魔法もセレスティアル伯爵――セレストの話だと宮廷魔術師団の団長並にまで八歳で達してしまった。

 正直な話、十五歳から通われる予定の魔法学園に行かなくても良いレベルにしてしまった。

 私達三人はやらかしたと思い、グラナートにもシエナにも秘密にしている。





 その後も、殿下の聡明さは素晴らしく、殿下と娘のウィステリアが四歳の時に開かれたシエナ主催のお茶会では娘を機転で助けて下さり、それをひけらかさずにいらしたり、後に王位継承権を放棄することを考えていらっしゃったり、八歳で大人顔負けの作戦を立て、今まで尻尾を掴めなかったセラドン侯爵をあっさり捕らえた。

 更には伝説の召喚獣フェニックス、風の精霊シルフィードを召喚獣にしている。召喚獣にしたというのは最近知ったが。

 もし、殿下の提案がなければ、私もグラナートとシエナ、他の重鎮は命を落としていたかもしれない。

 殿下は本当に素晴らしい。

 その殿下は私の娘と婚約しており、将来は私の義理の息子になる。

 それがとても待ち遠しい。

 殿下なら娘を泣かせるようなことはしないだろうし、むしろ、幸せ過ぎて娘が笑顔でずっと過ごせることになるだろうと踏んでいる。

 その話を妻にすると、気が早いと言われた。


「公爵? どうかしました?」


 ヴァーミリオン殿下が不思議そうにこちらを見た。

 物思いに耽てしまった。

 今はヴァーミリオン殿下の教養を教える時間だ。


「いえ、殿下。少し思い出していました」


「何をです?」


「ヴァーミリオン殿下の赤ちゃんの時から今に至るまでです」


「ああ……その、色々やらかしてますから……」


 頬を掻きながら、殿下は苦笑する。


「まあ、私もウェルドもセレストも殿下にやらかしてますから」


「え、何をですか?」


「実は殿下の勉強、剣技、魔法全て、私の部下並、騎士団の副団長または団長並、宮廷魔術師団の団長並まで、うっかり教え過ぎてしまいまして」


 右が金色、左は銀色という珍しい目の殿下が、驚いたようで珍しく目を見開く。


「……何となく、そんな気がしましたけど、やっぱりですか……。必要なことだったので、いいですけど……。今から目立たなければいいだけですし」


 苦笑しながら、殿下は溜め息を吐いた。

 既に先の建国記念式典で実力が目立ってしまっているので、今から目立たないようにするのは難しいと分かっていらっしゃると思っていたが、考えないようにしているのだろうか。

 それとも何かあるのか。

 気になり、殿下に聞いてみることにした。


「何か目立たないようにしないといけないことでもありますか?」


「え、ええ……まぁ、先の話になると思いますが、僕とウィスティに関することで……」


 小さく息を吐きながら、殿下は頬を掻く。

 言いにくそうにされている。


「後門の狼……というのか、後顧の憂いというのか分かりませんが、それは断ったので大丈夫ですけど、前門の虎になり得そうなことが後々あると思うので、公爵にご助力頂くかもしれません。すみません、今はここまでで」


 まだ今ははっきりと言えないと殿下は仰り、私に謝る。

 殿下の元まで集まる情報が足りないようで、確実になったら言うのだろうなと殿下のご様子から感じる。

 私のところまで来ない情報もあるが、それらを集めるのも必要で、どんな小さなことでも集めることで国や国王、王家を災厄から守ることができる。

 殿下も同じようになさっているのだろう。

 前門の虎と言い、殿下と私の娘に何か危機が迫っているのだろうか。私の元にはまだそのような情報はない。

 この方の目には、何が見えているのだろうかと不思議に思うのと、この方はそのためにまた無理をなさるのだろうなと感じる。


「……殿下は否定なさると思いますが、グラナートとシエナの良いところと悪いところを両方しっかり受け継いでいらっしゃいますよね。セヴィリアン殿下は二人の良いところだけ受け継いでいらっしゃいますが」


「それ、兄の方が絶対良いじゃないですか。羨ましい。母はともかく、父の悪いところが似てるというのは心外です」


 真顔で殿下は仰った。グラナートに似てると言われるのが嫌なようで、私は思わず大笑いをしてしまった。

 殿下は年齢相応の顔で頬を膨らませる。


「そうですか。でしたら、是非とも私に似て下さい」


「公爵、知ってます? もう既に僕の側仕えやメイドからは公爵が本当の父親ではないかと言われることが多いのですよ」


 いたずらっぽく殿下は笑う。


「それは嬉しいですね。殿下は将来、義理の息子になりますから、自慢の義理の息子と言いふらせますね」


 主に、ウェルドとセレストに。あの二人も、殿下を息子にしたがっていた。二人にとっても教え子なので、可愛いそうだ。私もそうだ。

 二人の悔しがる姿が目に浮かぶ。


「……貴方の息子になるのは、まだ、先ですよ」


 少し照れた顔を右下に俯き加減にして殿下は呟いた。そういう仕草は顔も似ていることもあって、シエナそっくりだ。

 私は笑顔を浮かべて、殿下を見る。






 この聡明な八歳の殿下は将来どのような方になるのか、本当に楽しみにしている。

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