第20話 告げられる言葉と告げる言葉
建国記念式典で貴族の一部が国王夫妻を襲撃するも未遂に終わり、あっさり捕らえられた。その貴族達の処罰も決まり、再度、建国記念式典を行うことになった。
今がその当日。
俺はまた王子の正装を身に纏い、待機している。
側仕えのハイドレンジアは今回、新たに子爵の爵位を得たため、当主として出席することになった。
メイドのミモザもその妹で子爵令嬢として出席することになった。
そのため、俺の正装の準備後、二人も正装に着替えて先に式典に参列するために行ってしまった。
今回、俺は国王である父に、目立ったことはしないようにと言われた。警備等はシュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵の主導の元、しっかり行ってくれるという。
あの二人なら安心だ。
何せ、俺の剣と魔法の師匠なので。
ゲームでは油断もあったと思うが、二人以外の騎士達や宮廷魔術師達の力が弱かったと見ている。
というのも、俺が教わるようになってから、二人は騎士達や宮廷魔術師達を一から鍛え直したらしい。そのおかげで、騎士達や宮廷魔術師達の総合力が底上げされ、襲撃の際は誰も怪我はなかった。
それでも少し心配なので、こっそり多重結界を両親と兄の席、ヘリオトロープ公爵家族には張っておきたいと思っている。
「……紅、建国記念式典のやり直し、また襲撃があると思う?」
『流石にないと思うが、油断はしない方がいいだろう。我も姿を消してリオンの側で目を光らせておく』
「ありがとう、紅。今回は無事に終わって欲しいなぁ……」
本当に何事もなく終わって欲しい。
特に黒幕を捕らえ、裁いた後だから、これからの展開で予測がつかない部分もある。ゲームと同じなのか、そうではないのか。
今まで通り、情報を精査しつつ、なんちゃって聡明となんちゃって慧眼を使いつつ動くしかないか。
そう決めて、俺は今度こそ近衛騎士が迎えに来ると思っていたのに、またヘリオトロープ公爵が迎えに来たことに驚きつつ、玉座の間へ向かった。
建国記念式典も何事もなく無事に最後まで滞りなく終わった。
なんだか肩透かしを喰らった気分だが、素直に良かったと思えた。
何回も襲撃されると疲れるし、式典を何回もやり直すのは正直、税金の無駄だ。
襲撃した貴族から爵位を剥奪した時に得た彼等の財産、死罪になった家族から得た多額の罰金があるとはいえ、元々は領民の税金だ。
今回は他国の王族等を招くでもなく、国内の貴族のみの参加なので、国民に還元がない。
なので、無事に終わって本当に良かった。
「疲れた……。無事に終わって良かった」
そう、本当に疲れた。式典が終わった途端、貴族達、特に同年代の子を持つ貴族達が俺に押し寄せてきそうだった。なので、すぐ逃げました。
ただ残念なことに夜はパーティーがある。
流石にパーティーは逃げられないだろうなぁ。
しかし、パーティーには俺の婚約者として、ウィステリアちゃんと出席することになる。
それだけが救いだ。
夜まで時間があり、パーティーの準備まで時間があるので、ウィステリアちゃんが俺に会いに来るらしい。
俺は正装の上衣だけ脱いで、一息つく。
王城の城館の普段暮らす南館の応接室まで戻り、ウィステリアちゃんを待つ。
ハイドレンジアとミモザもパーティーにも出ないといけないので、それまで休んでもらっている。
ほとんどパーティーに出たことがないという二人は疲れているだろうと思うので。
ちなみに、紅と萌黄は南館の周囲を見回りに行くと言って出た。
俺とウィステリアちゃんの二人っきりにしてくれるらしい。だからといって、お互い八歳なので、やましいことはしませんが。
勝手知ったる南館なので、ウィステリアちゃんが来るまでティーセットや茶葉を用意しておく。
テーブルに準備し終わったところで、扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
応答すると、扉が開きウィステリアちゃんが入って来た。
「失礼します。リオン様、お久しぶりです」
笑ってくれているのだが、ウィステリアちゃんの様子がいつもと少し違う。
「リア? 大丈夫?」
さり気なく椅子に掛けてもらい、紅茶を淹れ、ティーカップをウィステリアちゃんに渡す。
「は、はい……。あの、リオン様。この前の建国記念式典の時のことなのですが……」
俺も椅子に腰掛け、俯いているウィステリアちゃんを見る。
「ん? この前の?」
何だろう? 確かに大立ち回りをしたけど、ウィステリアちゃんに何かしたか……?
「あの……私のこと信じて下さって、ありがとうございます……っ」
涙を流しながら、ウィステリアちゃんがお礼を俺に言う。
「リア?!」
泣いているウィステリアちゃんにびっくりして、俺は慌てて彼女の元に駆け寄る。
「どうしたの?」
「私、セラドン侯爵に、会ったことも、ないのに、名前を出されて、黒幕だと、言われて……」
しゃくり上げながら、ウィステリアちゃんは涙をぽろぽろと流す。
胸が締め付けられるような思いになり、俺はウィステリアちゃんを抱き締める。背中をゆっくりさする間も、彼女は続ける。
「でも、リオン様が、私のこと、信じてくれて、セラドン侯爵を、捕まえてくれて……。私、悪役令嬢だから、貴方に、私も捕らえられると思って……」
その、彼女の言葉に、俺の心臓が跳ねたように感じた。
「……え? リア?」
悪役令嬢、という言葉をまさかウィステリアちゃんの口から出るとは思わなかった。
そちらに気を取られて、何もしていない君を捕らえる訳がない。という言葉を言えずに固まった。
「……リオン様、私は前世の記憶を持つ転生者です。私を信じて下さってありがとうございます」
俺以外に転生者がいる。
しかも、ウィステリアちゃん。
涙をぽろぽろ流しながら、とても綺麗に微笑む彼女を呆然と見つめる。
俺は紅と萌黄が転生者だと知っているから、時々、ちょっとした愚痴のようなものが言えた。
でも、ウィステリアちゃんは?
この子は転生者と隠して、誰にも言えずにヘリオトロープ公爵令嬢として生きてきたと思う。
前世の記憶を持つ、悪役令嬢という言葉も言っていたから、前世のこの乙女ゲームの内容を知っているかもしれない。
いつか、悪役令嬢と言われ、謂れのないことで罪を着せられて、国外追放か処刑されてしまう。その張本人が第二王子である俺で。
俺の婚約者になることも、今まで話して知る彼女のことだから、かなり悩んだのだと思う。
それでも、俺の婚約者になってくれたということは、彼女も俺を信じてくれたのだと思う。
その信頼に対する俺の言葉は、もう決まっていた。
俺は静かに跪いて、微笑んだ。
「――リア、言い辛いことを言ってくれて、ありがとう。俺もね、君に伝えたいことがあるんだ」
膝の上で震えている手を握り、俺は続ける。
「俺もね、前世の記憶を持った転生者なんだ。君の運命を変えたくて。君に幸せになって欲しくて」
「え……」
「少し、言うのは恥ずかしいのだけれど、前世の俺と姉と妹の推しがウィステリアちゃんでね。よく姉弟で、どうすればゲームのウィステリアちゃんを幸せに出来るかとか、助けるルートはないかとか話していて。転生したら、まさかのヴァーミリオンで驚いたけど、俺がゲームの通りに動かなければ、ウィステリアちゃんを俺が幸せに出来るかなと思って、今まで動いた結果なんだけど、黒幕から君を守れて良かった」
「リオン様、あの……」
「改めて言いたいのだけど、将来、断罪されるかもしれないと不安だっただろうに、俺の婚約者になってくれてありがとう。どんなことからもリアを全力で俺が守るよ。絶対に幸せにする」
ゲームのウィステリアちゃんに言いたかった言葉をやっと言えたような気がした。後半の言葉は目の前のウィステリアに言ったつもりだ。
「……私、幸せになっても、いいのですか? 悪役令嬢だからと、断罪、されませんか?」
止まっていた涙をまた流させてしまい、ハンカチを取り出し、彼女の目尻に当てる。
「今の今まで、君と話していた俺の目にはリアは悪役令嬢じゃないよ。可愛くて素敵な俺の愛しの婚約者だよ。ついでに言うと、ゲームのウィステリアちゃんは推しだけど、今のリアは俺の大切な人だよ」
ウィステリアの頬を両手で挟み、にっこりと俺は微笑む。彼女にしか見せないと決めた、極上の笑みを浮かべたつもりだ。
大きなラピスラズリのような藍色の目を揺らす。
「リオン様、大好きです……!」
大粒の涙を流しながら、ウィステリアは言ってくれた。
「俺も大好きだよ。これからは前世のことも含めて、不安なことや愚痴とか色々なことを話そう」
俺の言葉に頷いたウィステリアは微笑んだ。
今まで見た彼女の笑顔の中で、一番綺麗な笑顔だった。
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