第17話 嵐の前の静けさ
それから三年が経ち、俺は八歳になった。
ついにゲームでの最初の悲劇、国王夫妻襲撃事件がある年になった。
五歳から八歳まで、大きな出来事もなく、婚約者のウィステリアちゃんと親交を深め、何故か日に日にハードになっていくトップスリーによる教養、剣技、魔法の教育を受け、ハイドレンジアやミモザ、紅、萌黄とトップスリーからの情報を元に、捕える貴族を把握したり、追加がいないか確認し、逃がすことなく捕えるための騎士の配置等を考えたりする……そんな三年間を過ごした。
「前世では一般人だった俺としては、八歳の子供が考えることではないと思う。特に最後の情報の精査。作戦考えるの俺じゃなくて良くない??」
『詳しい内容を知る者はリオンと我しかいないと前も言ったはずだが……』
「そうだね、それはそうなんだけど。けど、八歳の頭では知恵熱が出てもおかしくない量だよ」
机に頬杖をつき、俺は呟く。実際は精神年齢は前世と合わせると二十七歳だけど、身体は八歳になる訳で。
「まぁ、そのおかげで、建国記念式典の貴族の席の配置も俺が決められるのは有り難いけど……」
裏では俺が考え、表向きはヘリオトロープ公爵が決めたことにしてもらっている。なので、しっかり拘束対象の貴族を固めますけどね。
ゲームの内容と同じく、俺が八歳になった今年、建国記念式典が開かれる。ゲームの内容通り、俺の両親である国王夫妻を襲撃を考えている貴族がちゃんといた。この出来事を食い止めないと今までの苦労が水の泡になる上に、ウィステリアちゃんを今後助ける一手が打てない。
ゲームでは最後、黒幕を追い詰めた時に黒幕の悪足掻きによってヒロインと攻略対象キャラ達は唆される。その悪足掻きがこの国王夫妻襲撃事件の黒幕である黒侯爵が真の黒幕はウィステリアちゃんと言うのだ。冤罪を掛けられ、ヒロインと王子の好感度次第で、悪役令嬢は国外追放か処刑が決まる。
ゆるゆるな捜査過ぎる。
普通、当時八歳の女の子が自分の父親を巻き込んで、国王夫妻の襲撃を考えるか? 動機は何? と言いたい。ヒロインも王子も悪足掻きに唆されるなよ、と思う。しかも、悪役令嬢はそのことを弁明する暇も無く、結果が決まってしまう。
正直、ゲームのシナリオとしては矛盾だらけだと前世でも思っていた。そのおかげで、八歳の俺でも突っ込めそうな部分があるから黒幕を追い詰めようと考えてはいる。
「それにしても、ゲームの時は誰が席の配置決めたんだろう。ヘリオトロープ公爵? 出来る公爵があんなガバガバな警備の状態にする?」
前世で姉達に見せてもらった資料集にも流石に載っていなかった。ゲームの時の真相は闇の中だが、配置図を見つめながら思う。
ゲームでの建国記念式典は玉座の間だった。玉座に国王が、その隣は王妃。その一段下に第一王子と第二王子……というのは資料集には載っていたがそれ以外は載っていなかった。ゲーム開始前なので、雰囲気を楽しむためのフレーバーテキストなモノなので詳しく書かれていない。
『ゲームでも、出来る公爵であればガバガバな警備にはしないだろう。自分も命を落としているのだからな』
「だよね。ということは、別の人か。ゲームでは玉座があるところから、一段下に第一王子と第二王子がいて二人共が無傷ってことは相手はピンポイントで狙って成功してるよね。相当な使い手じゃないかな。シュヴァインフルト伯爵もセレスティアル伯爵も大怪我負ってる訳だし」
『実際はどうなるかは分からぬが、ゲームでは二人以上の魔法の重ね掛けの攻撃だった可能性もある。多重結界は必要だと思うぞ』
紅の指摘を受け、少し悩む。多重結界は確かに必要だ。俺も日に日にハードになっていく魔法の教育の中で、七歳の時に教えて貰った。多重結界は対象を何層もの結界で覆い、守るための結界だ。
必要だから必死に覚えたけど、果たして、宮廷魔術師の中に出来る人がたくさんいるのだろうか。
セレスティアル伯爵に相談して、多重結界を使える人を点在させる必要が出てきた。両親や兄はもちろん、襲撃事件に加担していない貴族を守る必要がある。
『リオン、もちろん我も力を貸す。それと召喚獣としての我の力も発揮出来るようにな』
「うっ。そこなんだよね。出し惜しみはいけないのは分かってるんだけど、紅の召喚獣としての力も使ったら、今回、加担していない貴族も目の色変えるよね……」
両親を助けるために出し惜しみはいけないが、この襲撃事件が終わった後のことも考えてしまう。紅の召喚獣としての力を使うと、自ずと俺は王位継承争いに巻き込まれる。
『いっそのこと、襲撃事件が解決したら、王位継承しないと宣言したらどうですか、マスター』
静かに今までの話を聞いていた風の精霊――萌黄が提案する。彼女にも俺の事情は話してあり、情報を得る手助けをしてくれている。
「なるほど。少しは収まるかもしれないね」
『わたしもお手伝い致します。わたしの召喚獣としての力も使って下さいね』
「ありがとう。萌黄」
お礼を言うと、萌黄も嬉しそうに微笑んだ。
国王夫妻襲撃がある建国記念式典まで、一週間と迫っていた。
最後の調整をヘリオトロープ公爵やシュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵としている。トップスリーが味方だと本当に助かる。
「つくづく思うのですが、殿下は本当に八歳ですか?」
「……八歳です」
式典の時の貴族達の配置図を見せて、騎士や宮廷魔術師達を置く位置を説明していたら、ヘリオトロープ公爵から言われた。
「八歳が考える作戦ではないですよ、これは。殿下、うちの騎士団に入りませんか?」
「……ウェルド。殿下は我が宮廷魔術師団に入られる。殿下の魔力量、素質を考えると宮廷魔術師団しかない。勝手に話を進めるな」
シュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵が睨み合っている。
いやいやいや、宮廷魔術師団に入るとか聞いてない。デマを流さないで欲しい。
「セレスト、それはお前の願望だろ。殿下を巻き込むな」
「はい、ウェルドもセレストも黙りましょうね。殿下は私の義理の息子になるのですから、まずは私を通して頂かないと」
めちゃくちゃ鼻高な顔でヘリオトロープ公爵が二人を煽っている。
まさかのヘリオトロープ公爵の参戦に、シュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵が悔しそうに拳を握る。いや、通すも何も、先に俺の実父の国王だろ。
「あの……まだ続きがあるのですが、話してもいいですか?」
三歳からトップスリーの教育を受けているおかげもあってか、この三人のこういったやり取りはよく起きる。大体は個人の教育なのだが、時々三人が一緒に教育することもあった。お互い、何処まで教えているのかの確認らしい。そういう時にこういったやり取りが起きるので、俺が止めないとずっと続く。なので、呆れた声で止める。
早く色々と詰めたい上に俺には時間がない。この話が終わったらウィステリアちゃんとの逢瀬が待っているのだ。
トップスリーとの最後の調整を終え、俺は王城の城館の中でも端の、普段暮らす南館の応接室でウィステリアちゃんを待った。
イケメンだけど、おじさん三人より、天使で可愛い愛しの婚約者の方が良いに決まっている。比べようもない。
扉を叩く音が聞こえ、応じるとウィステリアちゃんが勢い良く入って来た。
「リオン様、お待たせして申し訳ありません」
急いで来たらしいウィステリアちゃんが息を切らせて謝る。
「リア、そんなに待ってないから、焦らなくても大丈夫だよ」
安心させるように微笑んで、俺はウィステリアちゃんを椅子に掛けてもらい、用意しておいた苺のフレーバーティーを淹れる。ウィステリアちゃんに渡すと「うぅ……スマート過ぎます……」と飲みながら呟く声が聞こえた。
「珍しいね。リアがそんなに慌てて来るなんて」
「建国記念式典の準備でリオン様がお忙しいと父からお聞きして、お疲れだと思うので早くお休み頂きたくて……」
もじもじしながら、ウィステリアちゃんが答える。はぁ〜……優しい。癒やされる。ウィステリアちゃんに頑張れって言われたら、どんなに辛くても頑張れる。
「ありがとう。心配掛けちゃったね。でも、リアと話したら、疲れが吹き飛ぶよ。まだ頑張れそう」
「駄目ですよ! 疲れてる時はしっかりお休み下さい。リオン様が知らない間にも疲れは溜まるものです。無理して、倒れられたら、私、私……」
うるうると目を潤ませてウィステリアちゃんはギュッとドレスの裾を握る。俺のせいで、推しが泣くのは嫌だ。
「ご、ごめん! リアとのお話が終わったら、ちゃんと休むよ。だから、泣かないで」
俺は慌てて、ウィステリアちゃんに近付き、ハンカチを潤んだ目に当てる。
「分かりました。絶対、お休み下さいね、リオン様」
「うん。ちゃんと休むよ」
……ちょっとだけ、ちょっとだけ、俺は将来、ウィステリアちゃんの尻に敷かれる未来図が見えた気がした。推しに弱い時点でそうなるだろうと思ったけど、それでも格好良いところを見せたい。でも、それも悪くないかもしれないと思う俺もいて複雑な気持ちになった。
俺の言葉で安心してくれたのか、ウィステリアちゃんは少しだけ笑ってくれた。
「あの、リオン様。今度の建国記念式典、リオン様が欠席なさるとかはありませんか?」
「今のところは出席だね。将来、王位継承権を放棄する予定だけど、八歳でも王族だしね」
俺が出席しないと今までの準備が水の泡になってしまう。不安げにしているウィステリアちゃんが気になり、尋ねてみた。
「どうしたの? 何か、気になることでもある?」
「……嫌な予感がして。父も含めて、王城内の騎士の方や魔術師の方の様子がいつも以上に緊張なさっている感じがして……」
まぁ、ちょっと無理難題を俺が吹っ掛けてしまったのが原因だけど、流石にそれはウィステリアちゃんにも言えない。心配を更に掛けてしまう。
「国を挙げての式典だしね。今回は他国の王族とかは呼ばないけど、代わりに国中の貴族を呼ぶみたいだしね。色々、失敗や失礼なことは出来ないって騎士も魔術師も緊張してるんだろうね。ヘリオトロープ公爵もその総括をしてるからピリピリしてるんじゃないかな」
実際は俺が仕掛ける作戦でピリピリしてるんだけど、洩らせない。ごめんね、ウィステリアちゃん。
「リオン様は緊張されてますか?」
「俺? 俺は特に式典で何かを述べるとかはないから緊張はしてないね。式典中ずっと座っているだけみたいだし」
「そう、ですよね……。申し訳ありません。父の様子を見ていて、何か起こるんじゃないかと不安になってしまって……」
何かは起こるんだよね。凄いな、ウィステリアちゃん。心配だから、彼女の守りも固めないとなと思う。
「――大丈夫。何があっても、リアは俺が全力で守るから」
安心させるように俺は微笑んで、ウィステリアちゃんの手を握る。不安なのか、彼女の白い細い手は震えている。どうしても、安心させたい気持ちが強くなり、彼女を抱き締めた。柔らかな薄紫色の髪から、花の良い香りが鼻に届く。
「ありがとうございます。でも、私よりリオン様は御身を大事にして下さい」
震える声で俺に言う彼女は何かに耐えているようだった。その気高さがゲームでのウィステリアちゃんと重なる。小さくても、この子はウィステリアちゃんなんだなと感じる。だから、全力で推せるし守りたい。この子を幸せにしたい。この子と幸せになりたい。
「――それでも、俺は何があってもリアを全力で守るよ」
そのために、俺は準備してきた。
まずは最初の悲劇を止めるために。
ひいては将来の君を守るために。
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