第16話 精霊と宮廷魔術師団の息子
俺の剣の護衛として騎士団総長のシュヴァインフルト伯爵の息子アルパインが決まり、魔法の護衛として宮廷魔術師団の師団長のセレスティアル伯爵の息子が決まってから一週間。
未だにセレスティアル伯爵の息子と言葉が交わせていない。
というのも、目を合わせても、すぐ目を逸らされるので、会話が出来ていないのだ。
「……俺、彼に何か悪いことしたかなぁ……」
「私が見るに、我が君は何もなさっていないかと思いますが」
「ヴァル様、自己紹介はされたのですよね?」
「うん。顔合わせの時にちゃんとお互いの名前を言って、挨拶もしたよ。お茶会の時も」
そう、ちゃんと覚えている。彼の名はヴォルテール・フィルン・セレスティアル。俺と同い年で、宮廷魔術師団の師団長のセレスティアル伯爵の息子で、俺の魔法の護衛だ。父であるセレスティアル伯爵と同じ肩まで切り揃えてある髪の色は群青色で、目の色は緑色。伯爵そっくりなので、セレスティアル伯爵の血筋だとすぐ分かる。
そして、ゲームでの攻略対象キャラだ。ゲームでは彼は女たらしで、周りに女子生徒が多くいるのだが、自分にない第二王子の俺様キャラに憧れがあったというキャラだった。
が、実際のヴォルテールは一週間過ぎた今も、護衛はしてくれるのだが、目を合わせても逸らされ、会話も「はい」のみで続かない。俺が俺様キャラではないから憧れませんということなのだろうか。いや、憧れなくていいんだけど。
「正直、会話が出来ないと、何かあった時に対応が遅れる……。もしかして、極度の恥ずかしがり屋?」
極端だが、それしか思いつかない。
まだお互い五歳なので、本格的な護衛はなく、公式の行事や俺が中央棟に行く時くらいなので、今、二人は席を外している。護衛がない時は彼らもそれぞれ教養や剣技、魔法などを勉強している。
「どうでしょう……? 私やミモザ、あとアルパイン殿とは普通に会話をしていましたし」
「えぇ……俺だけ会話出来てないの?」
俺が愕然とすると、ミモザが慌てた。
「も、もしかしたら、アレですかね? ヴァル様がとってもお美しいお顔なので、緊張して喋れないとか!」
「それは違うと思うよ、ミモザ」
がっくり項垂れる俺に、ミモザが慌ててフォローをしてくれる。優しい……優しいけど、その優しさが今の俺にはグサグサと刺さる。
とりあえず、気分を変えたくなり、俺は紅を右肩に南館の庭に行くことにした。
南館の庭は他の庭と比べると小さい。というのも、二番目以降の王子王女が暮らすところだかららしい。カーディナル王国は一番目に生まれた王子王女が王位継承者になる。一番目に生まれた王子王女と同じくらいの庭や居住があると流石に二番目以降が変な気を起こす、という考えで南館の庭は小さい。前世の記憶がある俺からすると、それでも広い気がするので全く不満はない。広いと管理大変そうだなぁと庭師の人達の仕事を見ながら思う。
その南館も二番目以降が俺しかいないので、俺と俺に関係する人――ハイドレンジアとミモザしか住んでいない。なので、広過ぎる。
「元日本人としては、この広さ、まだ慣れないんだよね……」
庭の中でも大きいサイズの木に縋って座りながら俺は呟く。
「王族らしくないし」
『……十分、王族らしいと思うぞ、リオン』
十分過ぎる間を置いて、紅は俺に言う。
「えぇ……俺、王族らしくないよ」
『リオン、寝言は寝てから言うのだな。三歳の時から見ているが、しっかり王族の威厳を持ってるぞ』
「それは、二重人格高圧王子のことを言ってる?」
『それ以外もあるが、リオンはちゃんと王族としての自覚があり、弁えている。だから、五歳のお主でも他の者が慕っているだろう?』
紅の言葉に、ハイドレンジアとミモザ、アルパインを思い浮かべた。頷かざるを得ない。そして、振り出しに戻る。
「……じゃあ、何でヴォルテールとは会話が出来てないんだろ」
『ふむ。お主というより、あちらに問題があるようだがな』
何を知っているのか、紅は呟いた。聞きたいところだが、きっと教えてくれないだろう。ヴォルテールに問題があるのなら、向こうから動きがないと俺は口出し出来ない。俺と会話が交わせない理由をヴォルテール本人が教えてくれない限り。
「王子って厄介な役だよ……。友達はなかなか出来ない上に、知らないおじさん達の傀儡にされそうになったり、誘惑されそうになったり、殺されかけたり、誘拐されそうになったり……。もう少し大きくなったら、国家転覆を狙ってるとか言われて、冤罪で捕まるんだろうなぁ……」
ウィステリアちゃんのためにはそんなことを仕掛けてくる前に潰しますが。国家転覆なんて面倒臭いので、その前に王位継承権を返上して、田舎に引き籠もりますが。そんなこと知らない貴族達は気にせず、せっせと機会を狙ってる。
だんだん、気持ちが沈んできたので、気持ちを変えるために、自分が腰掛けている木を見上げる。
葉から漏れる太陽の光を見ていると、黒いモノが俺の顔に落ちてきた。
「うわっ」
受け止める前に顔に当たり、俺は驚いて顔から剥がす。剥がした黒いモノを見ると、決して黒くはなく、緑色の髪で白いワンピースを着た、動物のリスくらいの大きさの女の子だった。気を失っている。
『ほぅ、風の精霊シルフィードか』
「えっ、この子、精霊? 初めて見た」
俺の手の中で気を失っている女の子、風の精霊をまじまじと見る。
「何で、風の精霊が王城に?」
『風は何処でも吹く。故に何処にでもいる。この風の精霊も何かに誘われて風と共に来たか、恐らく使役され召喚されたかのどちらかだろうが、これは後者だな』
「使役され召喚って、この子、気を失っているけど」
『召喚した相手の魔力が弱過ぎたか、この精霊が弱過ぎたかのどちらかだな。まぁ、大体前者が多いが』
「召喚した相手の魔力が弱過ぎたら、この精霊はどうなるの?」
『大体は元いた場所に戻る。だが、この精霊の場合は消える』
消える。つまり、この世から消えてしまうことになる。それが、目の前で起きてしまう。
考えるより先に、俺は紅に聞いていた。
「助ける方法は?」
『魔力を少し渡せばいい。リオンくらいの魔力なら少しで十分に生きられる』
「分かった。少しだね」
俺は回復魔法を掛ける要領で、風の精霊に魔力を少し渡す。少し渡したはずだった。
俺の魔力を受け取った風の精霊は光り輝いた。
その光り輝く風の精霊を見て、紅が呟いた。
『ふむ。やってしまったな、リオン』
「はい?!」
やってしまったって何?! 俺、何やっちゃった?
『リオンの魔力でこの風の精霊、かなり上位の精霊になったぞ』
「えっ、俺、本当に少ししか魔力渡してないよ」
『リオンの魔力と波長が合ったのだろう』
「え、それ、俺のせい……?」
『いや、リオンではない。どちらかというと風の精霊達がやらかしたな』
……よく分からない。ちんぷんかんぷんだ。俺じゃなくて、風の精霊達がやらかしたの意味が分からない。
「どういう意味?」
『風の精霊達がこの風の精霊をリオンの元に連れて来たようだ。お主の魔力なら助けられると思ったようだ』
他の風の精霊達が見えるようで、紅は状況を確認しながら、俺にも説明してくれる。
「仲間思いだね」
『だが、この風の精霊とリオンの魔力の波長が合ったようで、少しの魔力で強くなり、上位の風の精霊になったみたいだな』
「……俺、そのつもりなかったよ?! この場合はどうなるの?」
『この風の精霊が起きてから次第だな』
風の精霊が起きたら、何を言うのだろうか。
風の精霊の周りに風が巻き起こり、閉じられていた目が開き、ぼうっとした顔で俺を見た。風の精霊の萌黄色の綺麗な目が俺の目と合った。瞬間、風の精霊は俺の手の平から跳ね起き、俺の顔に突撃してきた。
『助けて頂いて、ありがとうございます! マスター!』
え、マスター……? 怪訝な表情をしているであろう俺は紅を見た。分かりやすく翻訳をお願いします。
『……魔力を渡したことで、リオンの精霊になったようだな。所謂、我と同じで召喚獣だな』
うん、分かりやすかったです。分かりやすかった分、泣きそうです。俺の心を察した紅が綺麗な羽根で、頭を撫でてくれる。
『マスター、わたし、何かいけないことしましたか……?』
うるうると萌黄色の目を潤ませ、風の精霊は俺を見上げる。
「……してはいないんだけど、俺がマスターでいいの? 助けただけだよ」
『はい、マスターがいいです! 消え掛けていたわたしを助けて下さいました! わたしは貴方にマスターになって欲しいです!』
拒否をする理由が思い浮かばず、助けたのは俺なので、責任を取るしかないと感じ、諦めることにした。
「そっか。俺の名前はヴァーミリオン。今日から宜しくね。あ、名前とかは君にはある?」
『ないです! マスター、付けて下さると嬉しいです!』
そう言われ、悩む。何か特徴的なものはないかと風の精霊を見つめる。起きた時から思っていた目の色に、目が行く。綺麗な萌黄色だ。
「君の目、とても綺麗だから、萌黄(モエギ)はどう?」
名前を言うと、風の精霊は目を輝かせた。
『萌黄! 素敵です! その名前にします! ありがとうございます、マスター!』
嬉しそうに風の精霊――萌黄は俺の周りを飛び回った。
「これから、宜しくね。萌黄」
『今度は、リオンがやらかしたぞ』
紅が溜め息を吐きながら、呟いた。
「へっ!? な、何をやらかした??」
『リオンが風の精霊に名前を付けたことで、この精霊、次期風の精霊王に決まったぞ』
「はい?? 名前を付けただけで、次期風の精霊王になるものなの……?」
『ただの風の精霊なら問題ないが、この風の精霊は魔力を渡したことで強くなり、上位の風の精霊になった。その上で名前が付くと次期風の精霊王になる』
「それ、早く教えて欲しかった……」
がっくり項垂れると、紅は珍しく申し訳なさそうに謝る。
『すまぬ。知っていると思っていた』
「いや、俺も疑問に思わなかったのがいけなかったよ。今度から気を付けるよ」
『我も気を付けよう』
そんな訳で、新たな召喚獣、風の精霊シルフィード――萌黄が仲間に加わった。てってれー。
部屋に戻ると、俺の左肩に座っている萌黄を見て、ハイドレンジアとミモザが固まった。
起きた出来事を伝えると、ハイドレンジアとミモザは「流石です!」と目を輝かせた。
……何だろう、最近、俺の側仕えやメイドから肯定的なことしか言われないから、自分は間違ってないんじゃ……と錯覚してしまう。やらかしたから、今回は駄目なヤツなんだけど。
萌黄にもハイドレンジアやミモザ、もちろん紅を紹介した。
すると萌黄は「伝説のフェニックス様! わたしを弟子にして下さいっ」という一言を放ち、満更でもなさそうな紅をあっさり落とした。この手際、少し見習いたいと思ってしまった。ヴォルテールともこんな感じで会話出来ないかなぁ……。
「あ、ヴァル様。そういえば、後でアルパイン様とヴォルテール様が来られるそうですよ」
「ん? 何か今から護衛するようなことあったっけ?」
ミモザの言葉を聞いて、今日の予定を思い浮かべるが、特に護衛が必要なものはなく、むしろ、部屋で明日のトップスリーの勉強の予習か、個人的な調べ物くらいだ。完全なる引き籠もりだ。
「恐らく、我が君との交流ではないでしょうか。護衛をするなら、護衛対象の人となりを知りたいでしょうし」
「護衛される側も護衛してくれる人の人となりを知りたいところだよ。特にヴォルテール。彼がどんな人か全く分からない……」
アルパインは最近、ないはずの尻尾が見える時がある。お礼を行ったりすると、ぶんぶん振っている錯覚が見える。忠犬の子犬という感じだ。
ヴォルテールは会話が出来ていないので本当にどんな人か分からない。護衛としてついても、何を考えているのか分からない表情で、じっと俺の動きを見ているので、非常に怖い。
どうにかこのヴォルテールとの状況を打開したい。
そう考えていると、アルパインとヴォルテールが俺の部屋にやって来た。
扉を叩く音が聞こえ、俺が応答する。
「ヴァーミリオン殿下、失礼致します」
そう言って、アルパインとヴォルテールが俺の部屋に入って来た。
アルパインはにこにこしているのだが、ヴォルテールは無表情だった。俺を見るまでは。
俺と合った目を少し逸らし、左肩を見た瞬間、大きく緑色の目を見開いた。
「……そ」
「そ?」
珍しく俺に向かって話し掛けてくれたので、ついそのまま返してしまった。
「その精霊は何ですか、殿下! 右肩の紅い鳥も美しいのに、左肩には可愛いものを乗せて、殿下はどれだけ僕の心を擽るのですかぁっ!」
早口で捲し立てられ、俺は思わず、翻訳して欲しいという思いでハイドレンジアの方へ顔を向ける。何が起きたのか分からない。理解が追いつかないでいると、更にヴォルテールは叫ぶ。
「ただでさえ、殿下はお美しくて、もうご尊顔を拝するだけで、この命が潰えてしまいそうになると言うのに……! 右に美しいもの、左は可愛いものだなんて、殿下はどれだけ本当に僕の心を弄ぶのですかっ!」
も、弄ぶ? 全くしてないつもりなんだけど、どういうこと? ヴォルテールの言い方からすると、嫌われてないということかな? よく分からない。
「ヴォ、ヴォルテール? あの、僕のことが嫌いとかじゃないの?」
緑色の目をカッと見開いているヴォルテールに恐る恐る俺は聞いてみた。
「ま、まさかっ! そんなことがあるはずがありません!」
頭をぶんぶん振って、ヴォルテールは否定する。風が起きそうな速さでぶんぶん振ってる。
「じゃあ、今まで会話出来なかったり、目を逸していたのは……?」
「あ、あれはその……お恥ずかしながら、ヴァーミリオン殿下のお顔がお美し過ぎて、緊張して喋れなかったのと、お美し過ぎるお顔を直視出来なかったためです。ご不安にさせてしまい、申し訳ございません」
言葉の中身は過激だったが、ミモザが言っていた通りだった。俺の顔はともかく、緊張していたようだ。理由が分かって安心したが、何とも言えない気持ちになる。
「今からは話し掛けても会話してくれる? 正直、会話がないと辛いのだけど」
この一週間のコミュニケーションが取れなかったストレスで、俺はわざとヴォルテールに顔を近付けて聞いてみる。
『……大人気ないぞ、リオン』
念話で紅が窘めてくる。俺は精神年齢は大人だが、実際は五歳で大人ではないので、大人気なくないと言い張る。
「そ、それは、はい。もちろん、こ、光栄です。ちゃんとお話しますっ」
「じゃあ、改めて宜しくね、ヴォルテール」
俺がにっこり笑ってしまったことで、ヴォルテールは意識を飛ばしてしまった。
俺の護衛の前に、俺の顔に慣れるのから始めた方が良いかもしれない。そう思った日だった。
色々強烈な性格だった俺の魔法の護衛、ヴォルテール・フィルン・セレスティアルととりあえず仲良くなり、会話も成り立つようになった。
会話をしていくと、彼はどうやら、俺の所謂ファンだった。お茶会で俺の挨拶を聞き、ヘリオトロープ公爵に敵対する貴族が、ウィステリアちゃんの評価を下げようとした時に俺が食い止めた一連の流れをたまたま近くで見ていたようで、ファンになったらしい。そして、美しいもの、可愛いものが好きなようで、俺は正にドンピシャだったこともあり、緊張して喋れなかった上に直視出来なかったそうだ。
そう聞くと、俺も色々心当たりがあり、むしろ、俺もウィステリアちゃんに対して似たようなものだったから、気持ちは分かる。ただ、俺が対象だとちょっとどうしたらいいか分からない。
「良かったですね、ヴァル様。ヴォルテール様とお話出来て」
「良かった……のかな? まぁ、嫌で護衛してるとかじゃなくて良かったよ」
良かったとは思うが、ゲームの時のヴォルテールと、今のヴォルテールがかけ離れていて、よく分からない。彼の生まれてから五年間に何があったのだろうか。
「我が君をお嫌いになる方はいないと思いますが」
自信満々で、ハイドレンジアが答えた。
「レン、その自信は何処から来るんだよ……。人間誰しも好き嫌いはあるものだよ」
「何を仰いますか。我が君こそ、女神様の最高傑作です! 五歳にしてご聡明で、そのご尊顔。私やミモザ、アルパイン殿等困っている者に手を差し延べるお優しいお姿……。これで誰が我が君をお嫌いになるというのですか!」
拳を握り、力説するハイドレンジアに、俺は顔には出さないが気圧された。何か、女神様や最高傑作という単語まで出て来て、非常に困った。
うちの側仕えの俺への評価が極端に高くて、どう反応するのが最適解なのか分からない。変に答えてしまうと火が点きかねない。
「あ、ありがとう」
とりあえず、お礼を言うだけに俺はとどめた。
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