第15話 優しいと弱いは紙一重
王城の城館の中でも端の、俺が普段暮らす南館に戻り、緑色の髪の男の子を部屋に招き入れる。
招き入れた後、ハイドレンジアに息子さんは俺の部屋にいることをシュヴァインフルト伯爵への言付けとしてお願いする。
ミモザが手際良くテーブルの上に二組のティーカップとソーサーを用意していく。
椅子に掛けてもらい、林檎のフレーバーティーを勧めると、緑色の髪の男の子はゆっくり恐る恐る飲み始めた。緊張しているようだ。
「君の名前、聞いてもいいかな?」
「あ、申し遅れましたっ。ウェルド・ルアン・シュヴァインフルト伯爵の長男、アルパイン・エピナール・シュヴァインフルトと申します。王国の太陽であらせられる、ヴァーミリオン第二王子殿下にご挨拶を申し上げます。先程は助けて頂いた上に、怪我を回復までして頂き、ありがとうございますっ」
勢い良く一礼して、アルパインは俺に告げた。
どおりで見たことがあると思った。彼は前世の乙女ゲームの攻略対象キャラだ。ゲームではヴァーミリオン王子の友人兼護衛。熱血みたいな性格で、幼少期にヴァーミリオン王子に助けられたことで友人となり、強くなって彼を守る護衛に名乗り出る、というキャラだった。
そして、昨年のお茶会で俺に挨拶してくれた子で、他の貴族の子供よりも好印象の子だった。
え、ヴァーミリオン王子に助けられたって、まさか、さっきの?
「ごめんね、あの攻撃、君なら避けられると思ったけど、間に入っちゃった」
「い、いえ、二人を煽るだけ煽っておきながら避ける気がなかったので……」
「どうして、避けられるのに避けようとしなかったの?」
「……あの二人は僕の父の弟達の子供で、同い年の従兄弟なのですが、あの二人の母親達が僕の母より爵位の高い家から嫁いで来たので、伯爵家でも態度が大きいのです。僕が反撃すると母にまで被害が出るので……」
何だそれ。伯爵家の直系より、傍系の方が力があるのはどうなの。しかも、結婚前は爵位が高くても、結婚後は傍系の嫁なんだから口出しするなよ……。マウント反対。というか、頑張れよ、王国騎士団総長。息子、優しい子じゃん。
「……それはとっても面倒臭いね」
「はい、面倒臭いです」
「シュヴァインフルト伯爵は何か対策とかは?」
「してくれているのですが、父や叔父達の前ではあの二人の母親達は僕の母に攻撃しないのです」
頭が痛い内容だな……王族として口を出すと泥沼に嵌るやつだ。
「さっきのあの二人が言った出来損ないというのは?」
「男爵家生まれの母なので、伯爵で、騎士団総長の父の血が流れているとしても、剣技は劣っているという意味で……」
「それは関係ないんじゃないかな。あの二人の言葉で言うと、シュヴァインフルト伯爵の甥で、君のお母様以上の爵位のお母様との子なのに、弱いのはどうなんだって思うけどなぁ……。血は全く関係ないよ。生まれ持ったものもあると思うけど、努力次第だよ」
そう、シュヴァインフルト伯爵から剣を教わっている俺から見たら、あの二人は弱い。子供の訓練用の剣をそこら辺に落ちていた木の枝で対応出来るくらいだ。構えも握りも甘過ぎだし、同年齢で、同じシュヴァインフルト伯爵から教わっているだろうに、あの程度で俺の護衛が務まると思い上がっているのが更に腹が立つ。
向き不向きがあるが、あの二人は性格も含めて決して護衛には向いていない。
「その点、君は僕から見たら強いと思うよ。一度、お手合わせを願いたいよ」
「お、恐れ多いです! あ、でも、機会があれば是非……」
アルパインは俺の言葉にびっくりしながらも頷いてくれた。近々、お手合わせ出来る機会を考えておこう。
しばらくすると、シュヴァインフルト伯爵がアルパインを迎えに来た。とっても恐縮そうにしていたので、本当に困っているのだなと感じた。
去っていくシュヴァインフルト親子の後ろ姿を見ながら、俺も溜め息を吐く。
「……よく聞く貴族の女性って、本当に面倒臭いなぁ。俺の周りの女性達は素敵で良かったよ」
ウィステリアちゃんもミモザもまともで、素敵だ。もちろん、母も。ツンデレだが。
『日頃のリオンの行いが良いからだろう』
「いやいや、母親の愛情と教育、周りの環境だと思うよ。周りが太鼓持ちで母親の高飛車を放置するような環境だったら、アルパインの従兄弟と同じになるって。俺でも」
そこにアルパインの父親や伯父が入ったとしても、出来上がった環境に既に慣れてしまったら、何か起こらない限り改善のしようがない。本人達が気付かない限り無理だと思う。
『……リオンなら同じ環境でもああはならないだろう』
「紅の俺への評価高過ぎるって。でもありがとう。さて、どうするかな。明日、顔合わせだけど、多分、ついて来るんだろうな、アルパインの従兄弟。もしかしたら、その親も」
恐らく、ああいうのは国王の前でも平気で「異議あり」と言って、食って掛かるんだろうな。国王の決定にただの伯爵家の傍流の子供と親が口出し出来ることではないのに。当主であるシュヴァインフルト伯爵の顔に泥を塗っていることに子供もその親も気付くのか見物だ。
「もし、アルパインの従兄弟とその親が呼んでもないのに来たらどうする?」
『面白いことになるだろうな』
紅も同じ考えに行き着いているらしく、金色の目を細めている。紅も乗ってくれると悪巧みが捗る。
「シュヴァインフルト伯爵とヘリオトロープ公爵にちょっと持ち掛けてみようか」
あくまで俺主導ではなく、大人にお任せしよう。
そして次の日。
決まった俺の護衛との顔合わせの日。
顔合わせ前にシュヴァインフルト伯爵がやって来て、俺に昨日のお詫びを言う。
「殿下、昨日は恥ずかしいところをお見せ致しました。息子も助けて頂いて、本当にありがとうございます」
「何というか、シュヴァインフルト伯爵も大変ですね……。アルパインとは昨日、お話しましたか?」
「ええ……まさか、俺の見ていないところで、薬品や魔法道具を使って、息子と剣技の勝負をしていたとは思いませんでした。しかも、弟達の嫁が俺がいない時に俺の妻に嫌がらせをしているのも。少しそんな気はしていたので、弟達に注意してみたり、家令に気を付けさせていたのですが……」
「そうですか……。今日の顔合わせはアルパインだけですか? 昨日の二人は来ていないですよね?」
念の為、確認しておかないと、心の準備が必要だ。昨日は紅と「面白いよね」と言ったが、実際は疲れるから何も起きないで欲しいのが正直なところだ。流石に両親の前で五歳児を辞める訳にはいかないし、ストレスフリーで顔合わせを終わらせたい。
「来ないようにと伝えています。陛下の御前であのような者達を見せられません。我が甥ながら、護衛の役を譲れと陛下の決定を覆そうとするような者が殿下の護衛など務まりません。まだ子供だからでは済みません」
大きな溜め息を吐いて、シュヴァインフルト伯爵は腕を組んだ。
「……何も起きないことを祈るばかりですね」
気の利いた言葉が出ず、俺は呟いた後にハッとした。俺、フラグ、今踏んだ?
『盛大に踏んだと思うぞ、リオン』
念話で答えてくれた紅に、小さく溜め息を吐いた。事態の収拾は父にお任せします!
俺の護衛との顔合わせの場所は謁見の間ではなく、父の応接室ですることになった。
公式にすると何かと形式とか格式とか、他の貴族を招待しないといけない。そこで他の貴族が異議を唱えることもあり、非常に面倒臭い。顔合わせだけなので、非公式になった。その方が俺としても有り難い。三年後まで近付いた国王夫妻襲撃事件まであまり目立ちたくない。
そんな訳で、父の応接室は広く、そこに俺と右肩に紅、俺の両親、何故か兄、ヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵とその息子のアルパイン、セレスティアル伯爵と恐らくその息子がいる。
ヘリオトロープ公爵は宰相だから分かるとして、何故兄がいるのだろう。
不思議そうに兄を見ていると、目が合った。合った瞬間、嬉しそうに手を振ってくれる。俺も一応、振り返し、母を見ると「兄として気になるそうですわ」とすぐ返してくれた。
この時点で、少し疲労を感じた。部屋に戻ったら、紅のふわふわつやつやな背中を撫で回したい……!
全員が揃ったので、父がアルパインとセレスティアル伯爵の息子に俺の護衛を任じようとした時、やっぱり起きちゃった。
「陛下、ヴァーミリオン王子の護衛の変更を要求致しますっ!」
いきなり、応接室の扉を開け放ち、ふくよかな女性二人が子供二人を連れて現れた。その子供は昨日の二人組だ。二人共、変わるのは当然と言いたげな顔をしている。
来るのは予想してたけど、応接室の扉をしっかり守ろうよ、騎士さん。あ、シュヴァインフルト伯爵の親戚にあたるから、やりにくいのか。納得した。でも、頑張って欲しかった。
「……護衛の変更を要求とはどう意味でしょう?」
少し、圧力混じりの声でヘリオトロープ公爵が招かれざる四人に尋ねる。公爵に事前に伝えておいて良かった。
「このアルパインはシュヴァインフルト伯爵家の直系でありながら弱い、出来損ないなのですっ! 母親が男爵家の者なのですから、力量も高が知れています。それに比べてうちの子は、夫はシュヴァインフルト伯爵の弟、わたくしは子爵家。息子は直系ではありませんが、実力はありますわっ」
興奮しているのか、二人組の母親の片割れが唾を撒き散らしながら自慢気に話す。男爵も子爵もそう大差ないんじゃ……。
爵位は大体、公、侯、伯、子、男だ。間に辺境伯とか一代限りの騎士爵がある。順番からいって男爵も子爵もそう変わらない。
『予想通りの展開だな』
やだー、このモンスターペアレント! その言い方、俺も含めて両親も兄も嫌いな言い方だからね。王族を敵に回すよ。早く間違いに気付いて大人しくしないと、誰かがキレるよ。自業自得だから俺、助けないからね。
「親の爵位と力量は関係あると言いたいのですか?」
静かに冷たい声音で、ヘリオトロープ公爵が更に尋ねた。あ、前王弟の息子で、国王の従兄弟のヘリオトロープ公爵の方が先にキレた。
「そ、その通りですわ。うちの子達の方が、男爵家の娘から生まれた、そこの出来損ないより強いですわっ」
ヘリオトロープ公爵の声音に気圧されながらも、どちらの母親か区別つかないけど、どちらかの母親が言い返す。横では二人組も頷いている。
勝手にアルパインを出来損ない呼ばわりするのをそろそろやめて欲しいな。
「親の爵位と力量が関係あるなら、何故、貴女の夫ではなく、シュヴァインフルト伯爵の方が当主なのです? 同じ条件ですよね?」
「それは、お義兄様……シュヴァインフルト伯爵の方が強いからですわ」
支離滅裂になってる。親の爵位と力量が関係あるのなら、シュヴァインフルト伯爵とその兄弟は同じ条件となり、皆、当主になれる。なのに、伯爵が当主になってるということは親の爵位と力量は関係なく、他のものも加味されるということだ。今、この人達、認めちゃったよ。気付いてるかな。
「ということは親の爵位と力量は関係ありませんよね? それとはっきり言いますが、陛下の決定に伯爵家のただの傍流の子供と親が口出し出来ることなのですか? 貴女方の当主であるシュヴァインフルト伯爵の顔に泥を塗っていることも気付いてます? 招いてもいないのに、この場に乱入したのも陛下や王家に叛意ありと見做しますが、如何致しますか?」
ヘリオトロープ公爵の論破に俺はとってもすっきりしているが、もちろん、当事者の招かれざる四人は顔が青ざめている。助けを求めるようにシュヴァインフルト伯爵を四人は見る。
「……俺は弟達に注意するように伝え、弟達からも注意があったはずだ。それに、今日の顔合わせには招かれていないから来ないようにと伝えたはずだが、聞く気はないということだな。陛下の決定に異を唱えることが出来ると思っているとは思い上がりも甚だしい」
「ち、違いますわ、お義兄様っ! 陛下に対してわたくし達は叛意はありませんわ! わたくし達は正しいことをお伝えしたくて……!」
「騎士団総長として言うが、お前達の息子達より、アルパインの方が強い。更に言うとヴァーミリオン殿下の方がもっとお強い。陛下の決定に異を唱え、自分の意見を通そうとするような者が殿下の護衛など務まるか」
ちょっと、ちょっと待って。今さらっと俺のこと言ったよね。俺のことは引き合いに出さないでよ、騎士団総長! 俺の方にヘイトが集まったらどうするの!
「み、認めませんわ……! そこの出来損ないよりわたくし達の子供の方が弱いだなんて……!」
いや、いい加減認めて、諦めて帰ってくれませんかね。顔合わせが進まない。
悔しそうに拳を握りながら、どちらの母親か知らないけど母親が叫び、アルパインを睨んでいる。
もう、面倒臭くなってきた。対戦させて、ぐぅの音も出ないようにさせた方が早い気がする。
「それなら、対戦したらどうですか?」
俺が思っていた同じことを兄が提案した。表情は最初から変わっていないが、面倒臭いと俺と同じことを思っているのが分かる雰囲気を醸し出している。多分、乱入者四人以外は同じ思いだろう。
「そうだな。その方が早いだろう。ヴァーミリオンはどうだ?」
今まで黙っていた父が尋ねる。顔には出ていないが、雰囲気は以下略。
「僕は陛下に従います」
にっこり微笑んで俺は答えた。何となく、俺の笑顔が今必要な気がしたからだ。国王の決定に異を唱えませんよ。そちらの四人と違って。
場所は王城内の騎士達が訓練する訓練場に変わる。訓練場で訓練していた騎士達も、王族と宰相、騎士団総長親子に宮廷魔術師団師団長親子の登場にびっくりだろう。本当に申し訳ない。俺のせいじゃないけど、謝りたくなった。
王族の前なので、流石にズルは出来ないはず……させるつもりはないけど、俺はアルパインの元に近付く。
「君なら、大丈夫だよ。君のお母様のことなら王家も守るから、安心して本気出してね、アルパイン」
「ヴァーミリオン王子……ありがとうございます。僕は貴方の護衛になりたいです。貴方の剣と盾になれるよう、本気で倒して参ります」
強い意志を表すようにアルパインの水色の目が光る。勝てると思うけど、本当に頑張って欲しい。あの二人が俺の護衛になるのは非常に勘弁して欲しい。もし、なったら、俺のことになると過激になる優秀な側仕えが抹殺しそうだ。
祈る程のことではないけど、アルパインと二人組の対戦が始まり、結果はあっさり二人組は彼に負けた。ものの数秒の呆気ない幕切れに、二人組の母親達が抗議したので、呆れながらも二戦目が始まるが、こちらも数秒で終わった。
流石に諦めるかと思ったが、何度も母親達が抗議するので、ついに母が怒り「見苦しい」の一言で終わらせた。
結果、アルパインは無事に俺の剣に対する護衛に決まり、セレスティアル伯爵の息子は魔法に対する護衛として決まった。
そして、アルパインの従兄弟二人とその母親達は俺の父である国王の決定に口出ししたこと、当主であるシュヴァインフルト伯爵が咎めたにも関わらず聞く耳を持たなかってことで伯爵の顔に泥を塗ったこと、招いてもいないのに、顔合わせの場に勝手に乱入したことで、国王や王家、伯爵に対する不敬罪を指摘され、あの家族は平民に落とされた。シュヴァインフルト伯爵や奥さん、アルパイン、伯爵の弟達は被害者と認められ、何もお咎めなしになった。
流石にトップの人達の前でやり過ぎだ、あの人達。
シュヴァインフルト伯爵家の騒動で、どっと疲れた俺は数日間、部屋で紅の背中を撫で回していた。紅も疲れたようで、俺のされるがままになっている。
「ヴァーミリオン殿下、今度、僕とお手合わせして下さい」
力を隠す必要がなくなったアルパインが笑顔でお願いしてくる。何故だろう、ぶんぶんと尻尾を振っているように見える。疲れかな。
それでも、アルパインが笑顔を見せてくれて、少し疲れが飛んだ気がした。
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