第14話 攻略対象キャラは爪を隠す
初めての俺の公式デビューのお茶会後、婚約者が決まり、俺とウィステリアちゃんは多くて週一回、少なくて月に二回くらいは会うようにと両親から言われた。大昔、結婚するまでほとんど婚約者とは会わずに城下で遊び呆け、庶子を作りまくった最低な王子がいたようで、それからは最低でも月一回は会うようにという王家のルールが出来たらしい。何だ、その最低王子。
俺としては毎日会いたいところだが、俺の婚約者になったということで、ウィステリアちゃんは勉強が増えたらしく大変そうで、申し訳なく思った。
かく言う俺も、ヘリオトロープ公爵が味方になったことで、シュヴァインフルト伯爵やセレスティアル伯爵にも話をしないといけなくなり、その結果、味方になってくれたが、それに並行して勉強内容のハードルが更にもう一段、二段と上がってしまった。結果、癒しが欲しくてたまらない。深刻なウィステリアちゃん不足が続くことになった。
しかし、これも推しの天使を守り、幸せにするため。癒しが欲しい、不足しているが頑張れる、そんな空焚き状態だ。
ウィステリアちゃんに会って、婚約者になってくれて、たくさん話すようになって一年。
最初は緊張気味だったウィステリアちゃんも俺に慣れてきてくれたのか、会うと嬉しそうに笑ったり、好きなことなど話してくれるようになった。
そんな俺とウィステリアちゃんは五歳になっていた。
この一年は特に目立った出来事もなく、俺はひたすら剣技に魔法に勉強と、国のトップスリーと一緒に国王である父に内緒で悪巧みの準備をしていた。
この国のトップスリーは本当に凄かった。俺と紅、ハイドレンジア、ミモザの四人で集めていた情報以上の内容を簡単に集めてくる。そして、出るわ出るわの隠れ反乱分子。個々は大した力はないのだが、集まると結構な力になる。油断が出来ない相手になるので、三年後に迫ってきた国王夫妻襲撃事件はかなり守りの力が重要だと痛感する。
「……思うんだけど、こういうのって、五歳の王子じゃなくて、大人の為政者がすることじゃないの……」
トップスリーからの今日の教育が終わり、自分の部屋の机に突っ伏しながら俺はぼやいた。
『仕方あるまい。三年後に迫ったあの内容を知るのはリオンと我のみだ』
俺の肩から机に降り立ち、紅が窘めてくれる。
今は俺の優秀な側仕えもメイドも外している。俺の側にいることも仕事だが、離れてしないといけない仕事もある。離れる時は必ず「お側を離れないといけないのが、誠に遺憾ではありますが……!」と二人は歯をぎりっとして、納得行かない顔をしながら離れていくのだ。それを毎回、この二年続けているあたり、俺は二人にちゃんと懐かれているなと自惚れてしまう。
「……そうだけど、こんなに多いと、もう嫌だ……。あ、三年後、一斉に捕える時はお膳立てした後、陛下に丸投げしよう。俺に権限ないし、こんなにも息子が頑張ったんだから、父親として頑張ってもらおう」
その時は八歳の王子が追い詰めたとして、侮ってくる者が多いに決まっているのだ。それなら虎の威を借る狐になればいい。
『リオンの力量なら、国王に丸投げしなくても潰せる気がするがな……』
「いやいや、紅、それ疲れるからやりたくないし、ウィステリアちゃんに嫌われたくない。怖がられるのは嫌だ」
『あの少女、貴族を潰すリオンの姿を見ても、素敵と言うと思うぞ』
「やめてー。やっと俺の二重人格高圧王子の姿が消えてきたところなのに……! 俺は穏やかな優しい王子のはずなんです!」
そう、ここ二年、俺は高圧な態度をしないようにしているのだ。と言っても、ホルテンシア兄妹を助けた時以外はしたことはないのだが。
「……まぁ、でも、二人だけやり兼ねない貴族はいるけどね。それ以外は陛下に丸投げ決定!」
と言いながら、俺はヘリオトロープ公爵から渡された書類に目を落とす。その書類の内容は知っているのだが、何度も読んでしまう。
「……この貴族だけは俺は許さない。完膚なきまでに叩き潰すよ」
そう言って、俺は最近覚えた空間収納魔法で、この書類を含めたヘリオトロープ公爵達からもらった書類を収納した。
ハイドレンジアが仕事を終わらせて、戻って来た。その顔は、満面の笑みだった。
「我が君、戻って参りました! やはり、我が君のお側がいいです。本当に……!」
セラドン侯爵に油断してもらうため、定期的に嘘の報告をしに行ってもらっているハイドレンジアはいつもお疲れな顔で戻ってくる。相手のご機嫌を取らないといけない上に、囚えられている妹の心配している兄の演技をしないといけない。その妹が既に救出されていることに気付かないセラドン侯爵もどうかと思う。
「レン、お疲れ様。どうだった?」
「相変わらずですね。全く疑っている様子はありませんでした。ミモザのことを聞いても、体調を崩しているが、ちゃんと医者に診せていると言っておけば、動くと思ってるあたり馬鹿にしているのが見えて、腹立たしいですね」
「……レンとミモザを助けられて良かったって本当に思うよ」
「そこは本当に我が君のご慧眼に感謝しかありません。このままだったらと思うとゾッとします」
本当にゲームでは最悪なことになっていた。ミモザは殺され、ハイドレンジアは悪事に手を染めることになった。
そこは助けられて本当に良かったと思う。そのおかげで、頼もしい仲間になってくれた。ちょっと過保護だけど。
「ヴァル様、戻りました!」
ティーセットとポット、お菓子をワゴンに乗せて、ミモザが戻って来た。
「お帰り。お疲れ様、ミモザ」
ミモザは俺から離れて仕事をして戻って来る時は必ず、紅茶とお菓子のセットを一緒に持って来る。
俺や紅、ハイドレンジアと休憩して、お菓子を食べて話がしたいそうだ。詳しくは教えてくれないが、離れている時に相当気を遣うからのようだ。いつも「ヴァル様が微笑んで下さるだけで、私は元気になるんです」と言われると、何も聞けない。
「ヴァル様、先程、お話と噂好きの中央棟のメイドさんが言っていたのですが、ヴァル様専用の護衛が就くのですか?」
「初耳だね。何故、そんな話が?」
「あ、初耳なんですね。じゃあ、さっき決まった話なんですかね? 私がヴァル様付きなので、本当なのかと聞いてきたので、分かりません、殿下に直接お聞き下さいとだけお伝えして逃げてきました」
情報を漏らさず、更に会話することが難しい俺に聞けと逃げてくるとは流石ミモザ。
それより、中央棟にそんな噂好きのメイドを置くのはどうなのかと疑問に思う。
中央棟とは王城の中の城館にある、文字通りの中央に位置する建物で、主に父である国王や宰相のヘリオトロープ公爵、大臣達が政治等、重要なことを決める場所だ。王族である俺の護衛の話も重要であるのだが、それを平気で漏らすメイドを置くのはどうなのだろうかと思う。もしかしたら、何処かの貴族の息が掛かったメイドでわざと泳がせているのかもしれないが。
一番は関わらないのがいいので、ミモザにナイス判断と言いたい。
「そういえば、昨年のお茶会で、すぐ我が君の護衛が決まるものと思っていたのですが、なかなかお話がありませんでしたね」
「ああ、それね、ヘリオトロープ公爵の話によると、レンの魔力が一介の宮廷魔術師並にあるから、急がなくても良いってなって、その分、俺の護衛に相応しいか精査と吟味に時間が掛かってるみたいだよ。王妃陛下が大分口を出してるみたいで、母上のお眼鏡に適わないと難しいらしい」
兄の護衛は通常の期間で決まり、時間が掛からなかったようだが、俺の護衛は難航しているとヘリオトロープ公爵は言っていた。母が口を出すのは珍しいようで、公爵やシュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵は不思議に思っているらしい。俺も不思議なのだが。
「そうだったのですか。ですが、おかしいですね。私の魔力量は我が君とフェニックス殿、ミモザしか知らないはずですが」
「宮廷魔術師団の師団長のセレスティアル伯爵は分かるみたいだよ。昨年のお茶会の後にすぐ俺に言ってきたよ。バレないようにしたいから黙っていて欲しいとは伝えたけど」
実際はセレスティアル伯爵には届かないが、結構な魔力量がハイドレンジアにはあるそうだ。セレスティアル伯爵曰く、一介の宮廷魔術師というより、団長や副団長並らしい。セレスティアル伯爵が側仕えでは勿体ないから宮廷魔術師団に来ないかとハイドレンジアを誘ったそうだが、断られたとも言っていた。
「そうでしたか。早く護衛が決まると良いですね」
「あれ? てっきりレンのことだから、側仕えも護衛も私が致しますとか言うかと思ったのに」
ミモザもそう思ったのか、不思議そうにハイドレンジアを見ていた。
「確かに本心はそうですが、セラドン侯爵に報告に行く時等、お側を離れる時が幾らかあります。その時はフェニックス殿がいらっしゃるので護衛は問題ありませんが、それでも我が君をお守りする護衛の手は幾らか欲しいと思っています。欲を言うと、私やミモザ並の我が君に対する忠誠心は欲しいところですね」
大きくミモザが頷いている。何だか、ちょっとこの兄妹の俺への忠誠心が怖い。有り難いことだけど。
『生まれたばかりの雛のような懐き方だな。中身が過激だが』
他人事のように紅は呟いた。マイルドに包んでるけど、頭痛がした。
「ヴァル様にやましいことを考えていないメイドも欲しいところですね!」
ミモザもとんでもない爆弾を放り込んできた。個人的にメイドはミモザだけで十分です。口には出さなかったが、顔には出ていたようで、ミモザは嬉しそうに笑っていた。
ミモザの話から数日後、両親から俺の護衛が決まったことを伝えられ、明日、顔合わせをするとのことだった。誰が、護衛になったのか気になったので両親に聞いてみたのだが、明日のお楽しみにと二人共に笑顔で言われた。両親の笑顔を見て、嫌な予感しかしない。
両親との話が終わり、城館の中央棟から城館の中でも端の、俺が普段暮らす南館に戻る。
中庭を突っ切った方が近道なので、中庭を歩いていると、王城内の様子を見に行っていた紅が右肩に乗る。時々、このように俺に危険がないか確認してくれている。このイケメン、素敵過ぎる。
『話は終わったのか?』
「うん、両親の笑顔が嫌な予感しかしない。あと、父の笑顔を見ていたら何故か殴りたくなった」
殴らないけど、何故かイラッとした。五歳の振りしているとはいえ、「父上、気持ち悪いです」と本当に言おうかどうか悩んだくらいだ。
「紅の方はどうだった? 何か気になることはあった?」
先程の父の笑顔を思い出したくないので、話題を変えるため紅に聞いてみた。
『今のところはリオンに危害を加えるような気配はなかった。どちらかというと、好意的な気配ばかりだった』
紅は人の意図、思惑等を気配で察知することが出来る。なので、こうして時々、王城内で俺に危害を加えるような者はいないかを確認してくれている。他にも魂や魂の色を見たり出来る。そのおかげで俺を見つけて、友人で召喚獣になってくれた。ちなみに、このような能力は伝説の召喚獣フェニックスだから出来るのだという。他の召喚獣は出来ないと以前教えてくれた。
「好意的ねぇ……過剰な好意じゃなければいいよ。妄想で膨らませるだけ膨らませて、それを現実と勘違いして、強要するようなのじゃなければ」
妄想は自由だけど、それを相手に強要するのはちょっと違うと俺は思う。五歳の子供の俺にも平気で妄想を押し付けてくるメイドが稀にいる。大体、自分の中で妄想が爆発して、妄想の中で成長した俺がそのメイドを迎えに来るとか、結婚の約束したとか。それを妄想で収めず、爆発して俺にも押し付けてくる。現実を見ていない血走った目で来られると非常に怖い。普通の五歳ならトラウマレベルだ。
俺もウィステリアちゃんのこととかを妄想するけど、それを彼女に強要しないし、むしろ二人で将来の人生設計とかを話したりして、キャッキャウフフした方が楽しい。
『そのような過剰な好意なら、我が近付けさせぬ』
紅の男前イケメン発言にときめきながら、中庭から南館に着いた時、子供同士の言い合いの声が聞こえた。
「何で、お前がヴァーミリオン王子の護衛になれるんだよ、出来損ない!」
「本家のくせに僕ら分家に負ける弱い出来損ないのくせに!」
ちょうど良く生け垣があったので、隠れつつ紅と様子を窺うと緑色の髪の男の子が、薄緑色の髪の男の子と山葵色の髪の男の子に寄ってたかって殴られたり蹴られたりしていた。
三人共、俺とあまり変わらない年頃のようだ。俺の護衛と言ってたから、緑色の髪の男の子が明日顔合わせをする子なのだろう。しかも、見たことがある子だ。
どちらかというと、二対一で責めて、暴行する方が弱いと思うんだけどなぁ。見た感じ、緑色の髪の男の子は本気を出していない。
「……こう言っちゃいけないのだろうけど、何でほとんどの貴族って自分の方が偉いとか強いとか言って抑えつけようとするわけ?」
『自分の親がしているから、それが正しい、自分もしていいと思うのだろう。一年前のお茶会で見たが、貴族の親も子も、思惑も魂の色も大体同じな者が多かった。身内贔屓と聞こえるかもしれないが、リオンの魂の色が一番綺麗だった』
そんなことを言われたら、見過ごせなくなってしまう。紅に言われなくても助けるつもりだったけど、紅にいい顔をしたくなるじゃないか。ただ、今助けても、別のところでやるだろうし、意味がない気もする。しかも、こういうタイプの貴族は親も子も、王子の俺には媚を売り、長いものに巻かれようとする。俺が苦手なタイプだ。
一番は緑色の髪の男の子が反撃するのが効果的だ。その反撃の仕方によって更に効果が上がる。
さぁ、どうしようか。
「出来損ないなんだから、僕らにヴァーミリオン王子の護衛の役を譲れ!」
えぇー……例え緑色の髪の男の子が譲ったとして、この二人が俺のところに来ても拒否して返品するぞ。
げんなりした気分でいると、初めて緑色の髪の男の子が口を開いた。
「僕を出来損ないって決めつけて、父上に見えないところで薬品や魔法道具を使って、正々堂々戦わないような卑怯者がヴァーミリオン王子の護衛が務まるわけがない!」
緑色の髪の男の子が言い返した。よく言った! と思いつつ、正々堂々でない戦いとかもあるので対処出来るように今後なって欲しい。護衛になってくれるなら。
そんなことを思っていると、言い返されて怒った二人組が持っていた子供の訓練用の剣を鞘から抜いた。刃が研がれていない、訓練用とはいえ、当たると痛い。
やっぱり怒ると、暴力に訴えるよね。こういうタイプ。
溜め息を吐きつつ、少し太めの枝が落ちていないか探す。見つけたのでそれを握り、生け垣から出ると、ちょうど二人組が同時に子供の訓練用の剣を振り下ろしていた。緑色の髪の男の子は丸腰のようで避けようか迷っている顔をしていた。
避けられるなら、避けんかーい! と心の中でツッコミながら、俺は緑色の髪の男の子の前に出て、拾った木の枝で二人組の剣をそれぞれ止めて、力任せに相手側へ横に振り、その勢いで相手の手から剣を離す。二人組は尻餅をつく。
「……非常時以外で、王城で剣を抜くのは良いことなのかな? 君達」
嘆息混じりで嗜めるように俺は言ってみるけど、聞かないんだろうなぁ……。
非常時以外で、王城で剣を抜くのは叛意があると見做される。もちろん、騎士の訓練場は別だ。しかも、ここ、俺が住んでる南館なので、俺に対して叛意があると言っているようなものなんだけど、気付くかな。
二人組は突然乱入してきた俺に腹立ち、顔を上げた瞬間固まる。長いものに巻かれるんだろうなぁ。
「ヴァ、ヴァーミリオン王子……!」
慌てて二人組は一礼をする。
「君達、非常時以外で、王城で剣を抜くのは良いことなのかな?」
もう一度言うと、二人組は質問の意味が分かったのか、顔がみるみる内に青ざめていく。
「……監督不行き届きですよ、シュヴァインフルト伯爵」
二人組の背後の生け垣に隠れていた緑色の髪の、男が羨む筋肉を持つ、俺の剣の師匠に溜め息混じりに言う。自分の足元に木の枝を落とし、半眼でシュヴァインフルト伯爵を見ると、見つかっちゃったというお茶目な顔を一瞬したのを見逃さなかった。この人、最初からいたな。
俺が言う人物の名前を聞いた二人組は更に顔が青ざめる。力で黙らせる時は使い時を考えようね。
「ヴァーミリオン殿下、申し訳ありません。この二人には帰って注意致します」
「そうして下さい」
そう言うと、シュヴァインフルト伯爵は二人組の首根っこを掴み、連れて行ってしまった。
え、俺の後ろの恐らく貴方の息子さんはいいんですか。と、思いつつ、俺は緑色の髪の男の子に向き直る。
殴られたり蹴られたりしていたため、ところどころ痣があったり、血が滲んでいる。
俺はしゃがんで、緑色の髪の男の子の土を払い、痣や傷を回復魔法で癒やす。
「あ、ありがとうございます、ヴァーミリオン王子」
「大事にならなくて良かった。とりあえず、僕の部屋においで」
手を差し出すと、緑色の髪の男の子は恐る恐る俺の手を握る。手には剣だこがたくさんある。
ほら、やっぱり、君の方があの二人組より強い。
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