第13話 推しが婚約者になりまして

 お、推しが婚約者になってくれました。王妃である母が、国王である父と宰相のヘリオトロープ公爵に相談し、公爵が推しのウィステリアちゃんに確認すると承諾してくれたらしい……。

 ……一応、俺の思いも汲んで、拒否権があると伝えた上での打診だったので、まさかの承諾に驚いている。や、やったぁー!

 そして、顔合わせということで、俺とウィステリアちゃんだけでお茶会をするらしい。その際にはそれぞれの側仕えとメイドは別室で待機となり、部屋は二人だけになるそうで……。

 これ、幼いから出来るのであって、十代後半くらいで、最悪な王子だったら狼になるぞと思う。ゾッとするし、俺の忍耐が試されるヤツだ。まぁ、推しが嫌がることは絶対しませんが!

 そのお茶会当日である、今日。お茶会前に、ヘリオトロープ公爵が少し話をしたいと面会を求められた。側仕えやメイドなしでと先にお願いされており、王城で今、住んでいる区域の応接室に俺はいる。側仕えやメイドなしでと言われているので、ホルテンシア兄妹は隣の部屋で待機している。俺の右肩には紅がいつものように乗っている。紅がいるだけで心強い。流石に将来、義理の父親になるかもしれないヘリオトロープ公爵と相対出来るほどの経験値が前世を含めて俺にはない。


『娘の父親とは厄介だな』


「……厄介というか、必死なんだよ。ちゃんと娘を幸せにしてくれるのかとか。ほら、特にゲームの第二王子、最悪じゃん」


『ゲームの第二王子はワガママな馬鹿王子だが、お主は違うだろう。ゲームの第二王子とお主では魂が全く違う別物だ。そうでなかったら、我もお主の召喚獣になろうとは思わぬぞ』


 紅がとっても嬉しいことを言ってくれて、俺は泣きそうになる。この友人で優しい召喚獣に何かしてあげたいと思う程に。


「凄く嬉しいんだけど、何か俺が紅にしてあげられることはある?」


『お主からは既にしてもらっている。ずっと望んでいた友になってくれた。それだけで、我は満たされた』


「でも……」


 言い淀む俺を紅は止めた。


『ならば、もっと強くなれ。我を召喚獣として最大限使えるくらいに。リオンとは対等でありたい』


 イケメン……ここには本当に俺の目指すイケメンがいた。こんな格好良い大人の男になりたい。男でも惚れるこの魅力を俺も身に着けたい。しかも、声が本当に良い。


「うん。まだまだだけど、もっと頑張るよ」


 更にやる気が上がり、俺は色々な意味で強くなることを目指すと改めて心に誓った。

 ちょうどタイミング良く、扉を叩く音が聞こえた。

 応じると、ヘリオトロープ公爵が現れた。


「殿下、遅くなり申し訳ありません」


「いえ。ヘリオトロープ公爵こそ、お忙しい中ありがとうございます」


 にこやかに返し、俺はヘリオトロープ公爵に椅子を促す。


「あの、それでお話というのは……?」


 挨拶もそこそこに、俺は早速、用件を聞いてみた。何を聞かれるか分からないので、先手必勝だ。


「はい、以前の王妃陛下主催のお茶会の件です。私の娘を助けて頂いたお礼を申し上げたくて……」


「お礼でしたら、お茶会の時にお聞きしましたが……」


「いえ。あの時は娘の髪が木に引っ掛かったところを助けて頂いたことへのお礼です。本日、こちらに参りましたお礼はその後の、私の敵対貴族が、私の娘の評価を下げるために流そうとした噂を、殿下が対処して下さったことについてです」


「あれは……僕が根も葉もない噂で何もしていない令嬢の評価を下げようとする連中が許せなかったからしたまでで、お礼を言われるようなことではないです」


 あるとしたら、ちょっとした下心はありました。惚れた推しの子を助けたいという。あわよくば、好印象を俺に持ってくれないかなとか。なので、本当にお礼を言われるようなことではない。


「いいえ。あの時、殿下が機転を利かせて下さらなかったら、娘は心にひどく傷を負うところでした。おかげで、今も娘は心に傷を負うことなく、穏やかに生活が出来ています。これも偏に殿下のおかげです。殿下が娘を守って下さったのです。本当にありがとうございます」


 ヘリオトロープ公爵は深くお辞儀をした。しばらく、頭を下げたままだったので、俺は慌てた。


「あの、公爵、頭を上げて下さい。本当にお礼を言われるようなことではなく、当然のことなので」


「……本当に、殿下は聡明でいらっしゃる。私がお教えする教養、シュヴァインフルト伯の剣技、セレスティアル伯の魔法等もすぐ吸収なさる。見ていると、その必死さに兄王子を差し置いて、王位を目指していらっしゃるのではと思うくらいです」


 いきなりぶっ込んできた。流石、王国の宰相。先程までの殊勝な態度と打って変わって、俺の真意を見極めると言いたげな藍色の目で言ってきた。


「僕の側仕えやメイドからも前に聞かれましたが、王位は全く目指してません。僕が教養や剣技、魔法を必死に学んでいるのは、守りたい人達がいるからです。その人達を守るには、王子としての権力という不透明な力ではなく、身に着けた教養や剣技、魔法の方が対抗し得るからです」


 四歳の王子だからと誤魔化すのではなく、正直に真摯な気持ちで公爵に答えた。ちゃんと伝えないと今後の協力を仰げない、そう感じたからだ。


「王子としての権力は不透明ですか?」


「第二王子としてはそうですね。第一王子の兄だったら、もうすぐ王太子になり、将来は国王になられるので権力としては不透明ではないと思います。でも、王位を目指す気がない、第二王子である僕にはその権力は不透明です。もちろん、王族なので貴族に対する権力としてはいくつか有効です。それでも僕の守りたい人達は守れないんです。守るには知識や知恵、剣技、魔法が必要なんです」


 静かに意志を湛えた目で、俺はヘリオトロープ公爵を真っ直ぐ見る。

 四年後に起きる国王夫妻襲撃事件。ゲームではそこで俺の両親、ウィステリアちゃんのお父さんである目の前にいるヘリオトロープ公爵、他にもたくさんの人達が犠牲に遭い、命を失くしてしまう。襲撃事件で生き長らえたが、シュヴァインフルト伯爵は大怪我を負って右目と右腕を失い、セレスティアル伯爵も大怪我を負い、左腕を失う。衝撃的な出来事で、王位を継いだ第一王子が必死に立て直すが、数年間、国は混乱する。その裏で、ホルテンシア兄妹の悲劇もあった。その後、魔法学園で起きた出来事を解決していくヒロインと第二王子達攻略対象キャラは突き止めた黒幕の黒侯爵の最後の足掻きに唆され、無関係のウィステリアちゃんを断罪してしまう。

 ホルテンシア兄妹の悲劇は紅のおかげで防げた。

 でも、紅だけでは守りが足りない。彼に頼りっぱなしは俺が嫌だ。

 国王夫妻襲撃事件では知恵と剣技、魔法が。ウィステリアちゃんの断罪では知識と知恵が重要で必要だ。だから、今のうちから身に着けたい。

 前世の姉達の話やゲームをプレイするところを見せてもらいながら、前世の俺が痛感したことだ。

 守りたい人達を守るには、第二王子という不透明な権力の上で胡座を掻くわけにはいかない。


「……なるほど。守りたい人達がいるから、ですか。不思議だったのです。どうして、ヴァーミリオン殿下はこんなにも必死に生き急いでいらっしゃるのかと。何か、思うところがあって、そのために準備なさっていたのですね。本当に聡明でいらっしゃる。その準備の人手は足りていますか?」


 優しい父親のような目に戻り、ヘリオトロープ公爵は尋ねた。


「全く足りてません。ただ、四歳の子供である僕が動いた方が警戒されなくて良いと思って、僕の友人と側仕え、メイドしかこのことを知りません。国王夫妻である両親や第一王子である兄、他の誰にも何も伝えてません。時期を見て、公爵やシュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵には協力を仰ごうと思っていました」


 壮大ないたずらがバレてしまったような、ばつの悪い気持ちになりながら、俺は答えた。白状した気分になって、悪いことをしているのはセラドン侯爵達なのに、俺が悪いことをしたような感覚になる。


「そうでしたか。では、陛下達には内緒で私も殿下のお手伝いをさせて頂けませんか? もちろん、シュヴァインフルト伯にもセレスティアル伯にも一口噛んで頂いて」


 いたずらを思い付いたと言いたげな藍色の目でウインクして、俺を見た。本当に、俺の父親は実はこの人ではないかと疑いたくなった。本当の本当に父は国王のグラナートだけど。





 どういうわけか、ウィステリアちゃんに会う前に、お父さんのヘリオトロープ公爵が味方になった! てってれーと効果音が出そうだ。

 俺は「殿下は凄いけど、これとそれとは違う! 娘はやらん!」的なことを言うのかなと思っていたが、結局、「殿下のような方なら、娘を無下にすることはないと思っています。娘をどうか宜しくお願い致します」と言われたので、これは承諾してくれたってこと?? というか、俺の最推しウィステリアちゃんを無下にすることなんてしない。有り得ない。

 改めて、推しのウィステリアちゃんのことを考えていると幸せだぁ〜と感じる。王位継承権を放棄して早く何処かの田舎でのんびりウィステリアちゃんと暮らしたい。いや、それかウィステリアちゃんと紅とで冒険者になるのもアリかもしれない。

 ヘリオトロープ公爵の勉強の日に冒険者という職業の人もいると聞いたし、転生者としてはちょっと憧れる。ウィステリアちゃんは公爵家のお嬢様だから、冒険者はしたくないかもしれないが……。

 ウィステリアちゃんが来るのを引き続き、応接室で紅と待っていると、扉を叩く音が聞こえた。


「はい、どうぞ」


 俺が応じると扉が開き、ウィステリアちゃんのみが入ってくる。

 今日のウィステリアちゃんは、ハーフアップを三編みにし、残りの髪は結わずに流している。三編みのところどころに花が散りばめられていて、花の妖精かと思うくらいだ。ドレスもお茶会の時と似たワンピース風で、今日は俺の紅色の髪に近い薄い薔薇色を纏っている。ああ、可愛い。


「ヘリオトロープ公爵の長女、ウィステリア・リラ・ヘリオトロープです。王国の太陽であらせられる、ヴァーミリオン第二王子殿下にご挨拶を申し上げます。先日の王妃陛下のお茶会では色々と助けて下さり、ありがとうございました。ヴァーミリオン殿下のおかげで、穏やかな気持ちでお茶会を過ごせました」


 にっこりと微笑む推しを見て、助けられて良かったと思いつつ、俺は別のことに驚く。

 ウィステリアちゃんも四歳だよね? 俺のなんちゃって聡明より、ウィステリアちゃんの方が聡明じゃない?? ウィステリアちゃん素敵ー! とはおくびにも出さず、俺も笑顔で応じる、椅子へ促し、掛けてもらう。


「こちらこそ、この婚約のお話を受けてくれてありがとう。受けてもらっておいて、聞くのはいけないかもしれないけど、本当に僕の婚約者で良かった?」


「はい、もちろんです。お聞きしていたお話と違って、お茶会の時の殿下はとてもお優しく、紳士で素敵な方だと思いましたので」


 恥じらうように顔を少し赤くして、ウィステリアちゃんは頷いた。嬉しいの前に少し気になる言葉があった。お聞きしていたお話って何? どんな話が独り歩きしてるの?? ワガママとか、単純で御し易いとか? そんなことを考えていると紅にも伝わったのか、念話で『単純で御し易いを根に持ち過ぎだろう』とツッコミを入れる。


「そう思ってくれたのは嬉しいな。でも、僕はもう少し大きくなったら、王位継承権を放棄するつもりだけど、ヘリオトロープ公爵令嬢は問題ない?」


 今までのことを見るに、ウィステリアちゃんならそんなことを考えていないだろうが、保険を掛けてみる。貴族のご令嬢はどういうわけか権力大好きなのが多いので。


「放棄、ですか? 私は問題ありません。でも、驚きました。殿下が王位を継ぐのかと思っていましたので」


「……僕が?」


「先日のお茶会で殿下は私や両親を助けて下さいました。その機転が凄くて、宰相の父が意図を汲むまで時間が掛かっていましたので。殿下が王位を継がれたら、とても素敵で豊かな国になるだろうなと感じました……」


 ウィステリアちゃんからめちゃくちゃ褒められ、俺は珍しく固まった。嬉しくて言葉が出ない。推しにこんなにも褒められるとは思わなかったので、ちょっと泣きそう。泣かないけど。


「ありがとう。でも、僕より兄の方が豊かな国にしてくれると思うよ。僕はそれを陰からお支えしたいんだ。ヘリオトロープ公爵令嬢は王妃になりたいと思ってる?」


「いえ。全く。私は先日のお茶会の通り、父に敵対する貴族が私の評価を下げようとしていたことにも気付かない、殿下や父がなさったことで気付くくらいの鈍感なので、私には王妃には向かないと思いますし、なりたくありません。なれません」


「なら良かった。僕も王になりたくないから、そこは問題ないね。それで、王位継承権を放棄したら国所有の田舎の領地を頂いて、領地経営をしつつ、のんびり暮らしたいんだ」


「のんびり! とても素敵です!」


 目を輝かせてウィステリアちゃんが両手を祈るように組んで、立ち上がった。


「あ、申し訳ありません。お恥ずかしいところを」


「大丈夫。僕と貴女しかいないから気にしないで」


 推しの興奮する姿が見られて、俺は心の画像フォルダに保存しまくる。くっ、ここにスマホがあったなら、寝る前に見返せるのに……!


「……実は、私、殿下からのお話がなかったら、どなたとも婚約をせずに、ヘリオトロープの領地で静かにのんびり暮らすつもりだったのです。その、貴族の方がとても怖くて。先日のお茶会も怖くて、殿下とお会いしたところで隠れていたのです。でも、殿下は怖くなくて、同じお歳なのに、お兄様みたいな方だなと。なので、婚約をお受けしました……」


 恥じらうように顔を赤く染め、ウィステリアちゃんは心の内を少しだけ話してくれたような気がした。ちょっと核心に触れてて、俺は違う意味でドキドキですが!

 隠してたと思ってた精神年齢、実は隠せてない?


「そうだったんだ。その、凄く褒めてくれてありがとう。あ、ヘリオトロープ公爵令嬢のこと、名前で呼んでもいい? 僕のことはリオンと呼んで欲しいな」


「えっ、あの、ヴァル様ではないのですか?」


「家族や僕付きの側仕えやメイドはそう呼んでるけど、婚約者になる貴女には特別な愛称で呼んで欲しくて……」


 だんだん恥ずかしくなってきた。顔が赤くなってるのが自分でも分かる。


「リオン、様……。でしたら、私もリアとお呼び下さい。家族はウィスティと呼んでるので、リオン様にはリアと呼んで頂けると嬉しいです」


 ウィステリアちゃんも特別な愛称を呼ばせてくれるようで嬉しい。でも小心者の俺は今後のことを見据えて、保険を掛ける。


「リアだね。分かった。これから宜しくね。あ、でもこのお互いの愛称、二人の時だけで呼ばない? 他の令嬢にリオンと呼ばれたくない。リア、貴女にだけ呼んで欲しい。人前では僕もウィスティと呼ばせてもらうよ」


「私も、リオン様にだけリアと呼んで欲しいです。なので、私も人前ではヴァル様とお呼びしますね」


「僕のワガママを聞いてくれてありがとう。改めて、これから宜しくね」


 零れるような笑顔の天使で推しのウィステリアちゃんに、俺も微笑み返す。

 心新たに、絶対にウィステリアちゃんを守って幸せにすると誓った瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る