第11話 出会いは突然に

 かけがえのない友人で召喚獣フェニックス――紅、優秀な側仕えのハイドレンジア、優秀なメイドのミモザと立て続けに信頼出来る味方が出来て、早一年。

 四歳になった俺は国王である父や王妃である母、宰相のヘリオトロープ公爵から、そろそろ同年代の子供達と会う機会を作らないか、と俺に打診があった。

 前世でずっと寝たきりだったことで、友達はあまりいなかった俺としては少し腰が引けている。しかも、貴族で同年代となると、未知だ。何を話すのが正解か分からない。


「俺より少し歳が上の人は大体、俺のことを四歳の王子で見るから、相手の思惑を予測しながら、話が出来るけど、同年代は未知の生物としか言えない……」


 ちょっとした調べ物の休憩中、俺直属の側仕えのハイドレンジアが淹れてくれた紅茶を飲みながら俺は呟いた。


「……そのご年齢で、相手の思惑を予測しながら話が出来るのは我が君だけと思いますよ」


 出会いから一年経ち、俺の性格に慣れてきたのか、ハイドレンジアは苦笑する。


「非の打ち所がないヴァル様にも、苦手なモノがあったのですね、驚きました」


 クッキーの皿を食べやすい位置にさり気ない風に俺の手元に置き、俺直属のメイドのミモザが言う。

彼女も俺の性格に慣れてきたのか、素直に思ったことを言ってくる。


「苦手というか、今まで会ったことがあるのは皆、俺より年上ばかりだからね。逆に同年代はないから、距離を計り兼ねてるだけだよ。そして、話が合わなさすぎて場の雰囲気に俺だけ浮きそう」


 クッキーを齧り、俺は溜め息を吐く。


『それはあるな。精神が年齢相応ではないのだからな』


 友人で俺の召喚獣フェニックスこと紅もクッキーを齧り、俺に同意する。

 前世の年齢を入れると、この四人の中で紅に次いでの年齢なので否定出来ない。

 あれから一年が経ち、俺もホルテンシア兄妹もそれぞれ四歳、十六歳、十二歳になった。


「我が君は特に聡明でいらっしゃるから、逆に同年代の貴族の子息子女を制圧出来るのではないのでしょうか?」


「制圧だなんて物騒なこと言ってくれるけど、まだ目立つ気はないよ。子息子女からその親に話がすぐ行くからね。揉み消したとしても人の口には戸が立てられない。セラドン侯爵はもちろん、他の要注意な貴族には油断しておいてもらいたいし。膿は小出しではなく纏めて出したい」


「――目立って良いのであれば、制圧は容易いのですね。流石は我が君」


 俺の答えが満更でもなかったのか、笑顔でハイドレンジアが何度も頷いている。


「挙げ足取らないよ、レン。そんなことしたら、相手の子達にとって、俺のことはずっと恐怖でしかなくなるよ」


 幼少期のトラウマは年齢を経ても意外と消えず、とろ火で炎上が続いていたりする。俺の場合は前世からだが続いているトラウマもある。弱点になるから、例え子供だろうが貴族にはおくびにも見せないが。


『不安の芽は潰しておくのがいい。我も当日ついて行こう』


 この中で一番の年長者の紅が俺をさり気なくフォローしてくれる。紅のようにイケメンになりたい。今の俺はどう振り返ってみても、二重人格高圧王子だ。ゲームのヴァーミリオンとはかけ離れた性格になったが、今のままでは、俺の最推しウィステリアちゃんが怯えるに決まっている。







 そんなこんなで同年代の子供達と会う王妃主催のお茶会が開かれることになった。


「……すっかり忘れてた。主催は俺じゃなく、母上だった。ということは母上もいるんだ……」


 当日まですっかり忘れていた俺は、自分の部屋で王子としての礼服をハイドレンジアとミモザに手伝ってもらいながら着替える。ミモザも出席しているであろうセラドン侯爵に見つかってはマズイので、漆黒色の髪を魔法で緑色に変えている。髪の色を変えるだけで、雰囲気が変わることに内心驚く。


「……ということは父上もいるよね……」


 四歳で主催していたら、それこそセラドン侯爵を含む要注意な貴族に警戒される。

 今のところ、ハイドレンジアがしっかり安心させていることで、こちらの動きには気付かれていない。紅も時々、様子を窺っているようで『余裕しゃくしゃくだったぞ』と教えてくれる。

 今のところ、そちらは順調だった。にも関わらず、俺は母がいることをすっかり忘れていた。父のこともだが。

 それには理由があった。このお茶会、俺の同年代の貴族の子息子女が集められる。つまり、俺の前世からの最推しウィステリアちゃんも来るということだ。

 このお茶会、王妃である母には思惑があるようだ。俺の推測だが、所謂、俺の婚約者探しと側近選びを母は考えているようだった。お茶会で俺が時間をかけて話していたりした子息子女を後日、事細かな内容を調べた後、問題なければ俺の下に就けるということなのだと思う。というか、十中八九それだ。この一週間、母のやる気が凄かったのだ。

 なのに、ウィステリアちゃんのことで頭がいっぱいだった俺は母がいるという大事なことが抜けていた。

 四歳の王子を演じないといけないじゃないか……。明日熱が出たらストレスと思おう。


「珍しいですね。ヴァル様がお茶会の主催のことを忘れていらっしゃるなんて」


「……少し考えないといけないことがあって。頭から抜けていた」


 ミモザは目をぱちくりとさせながら言い、俺は大きな溜め息を吐いて答えた。

 俺の心の内を知っている紅だけが笑いながら、着替え終わった俺の右肩に乗る。


「……王妃陛下の御前ですから、普通の四歳を我が君が演じるのはお辛いことですよね」


 眉をハの字にして、ハイドレンジアは同情してくれる。そっちの理由ではないけど、俺の保身のためにもそのまま勘違いしてもらおう。

 その時、扉を叩く音が聞こえた。


「はい」


 ミモザが答え、扉を開け、外を確認する。ミモザは相手を確認し、少し驚いた様子でお辞儀をしながら、相手を部屋の中へ入れた。


「ヴァーミリオン殿下、そろそろお時間なので、お迎えに上がりました」


「ヘリオトロープ公爵! どうしてこちらに?」


 騎士が迎えに来たのかと思ったら、まさかのヘリオトロープ公爵が迎えに来てくれた。


「本日のお茶会、王妃陛下が主催なので、国王陛下が代わりに殿下をお迎えに行く予定だったのですが、王妃陛下の方に行ってしまわれまして。お茶会には私の娘も参加させて頂くので、妻と娘と共に向かうはずが、妻からヴァーミリオン殿下のお迎えに上がった方がいいと。殿下のご様子だと、こちらには誰もいらしてはいないようですね……」


 ヘリオトロープ公爵は「こちらに来て正解だった」と大きな溜め息と共に呟いた。

 父のことだ、母に会いたくて行ったのだろう。

 我が父ながら、困った人である。


「父が本当にご迷惑をお掛けしてごめんなさい」


「いいえ、これは殿下が謝ることではありません。奥方であるシエナにぞっこんのグラナートが悪いのです。公の場では素晴らしい国王なのに……。我が従兄弟ながら昔からシエナのことになるとこうなのです」


 こめかみを揉みながら、ヘリオトロープ公爵は大きく溜め息を吐いた。父の母方の従兄弟でもあるので、小さい頃から同い年の父の尻拭いをしているのだろうなと何となく察した。勉強も教えてくれて、尊敬しているヘリオトロープ公爵にいらない苦労を掛ける父に少しお灸を据えたい気分になった。


「それでも、ヘリオトロープ公爵にご迷惑をお掛けしているのですから、父にはお茶会後に僕がみっちり怒っておきますね」


 にっこりと笑って冗談を言ったつもりだったが、紅から『リオン、目が笑っていないぞ』と指摘された。





 ヘリオトロープ公爵の案内で、紅を右肩に乗せた俺は側仕えのハイドレンジアとメイドのミモザを伴ってお茶会の会場である王城の二番目に大きな庭園に着いた。この庭園は母が気に入っている庭園で、母好みの花が季節毎に咲く。今は春から夏のちょうど良い時期で、色とりどりの花が咲き誇っている。

 会場には既に俺と同年代の貴族の子息子女とその親、それらに就く側仕え達で溢れていた。

 人の海にしか見えず、顔には出していないが、正直回れ右をして帰りたい。引きこもりにこの大勢は辛い。

 ヘリオトロープ公爵は両親である国王夫妻の元へ案内をしてくれ、怪訝な表情をしている母に事情を説明してくれた。


「……なるほど。グラナート様、わたくしが頼んだヴァルを迎えに行くという大事な仕事を忘れて、こちらに来てわたくしの手伝いをしてくれたのですね。後で、締めさせて頂きますわ」


 扇を広げ、眉を吊り上げて母が他の貴族に聞こえないように父に凄む。


「い、いや、シエナ。これはその、誤解で……!」


 慌てて小声で周りに聞こえないように父が必死に弁解しようとする。


「ヘリオトロープ公爵、ありがとうございました。お茶会中にも言いますが、奥方殿にも気付いて下さり、とても助かりましたとお伝え下さい」


 父のことは母に任せ、俺はヘリオトロープ公爵に向き直り、改めてお礼を述べる。


「礼には及びません。本当に殿下は素晴らしい方ですね。しっかり周りが見えていらっしゃる。お話していると殿下のご年齢を忘れてしまいそうになります。それでは後程、お伺い致します」


 ヘリオトロープ公爵は一礼して、彼は奥方とウィステリアちゃんが待っている方へ向かった。


「……つくづく思うのですが、我が君のお父様は実はヘリオトロープ公爵ということは……」


「……レン、それはないよ。俺も何度も思ったけど違ったし、俺の髪の色も、目の色も公爵の家系にはないよ。あと、ちょうどさっき、防音の結界を最小で張ったからいいけど、誰かに聞かれたら不敬と言われるから気を付けてね」


 ヘリオトロープ公爵が去った後、念の為に防音の結界を張っておいて良かった。この魔法はセレスティアル伯爵から最近教わった。セレスティアル伯爵に教わってから、縮小最小限で張るという、応用技も紅からも教わり、消費魔力の節約を目指して練習中でもある。これをすることで、大きな魔力を使う魔法を何度も使えるようになる。目指せ、省エネ。


「申し訳ございません。我が君のことを忘れる国王陛下に腹が立ってしまい、つい口が滑ってしまいました。以後、気を付ける予定です」


 最近、俺の側仕えは俺のことに関して過激になった気がする。俺に何かあったら、国や王家も敵に回してでも反撃しそうだ。今も気を付ける予定と言ってるし。予定は未定だよ。


「ヴァル、グラナート様がごめんなさいね。そろそろ時間だから、こちらにいらっしゃい」


 物騒なことを言う側仕えを窘めていると、母が父の説教を終えたのか、声を掛けてきてくれる。

 ハイドレンジアとミモザと離れ、俺は父と母がいるお茶会会場の上座へ向かう。

 庭園に並べられたたくさんのテーブルの周りに貴族達がそれぞれ集まって、立ったまま談笑している。前世を含め、立食パーティーは初めての経験で、俺は緊張というより若干、引いている。派閥があるのは知っているが、それぞれ派閥ごとに固まって、初めて公の場に立つ俺の様子を窺っているのだ、貴族の子息子女の親が。それに倣って子息子女達も俺を見ている。

 母が貴族達を見渡し、拡声の魔法道具を使い、主催として開始の挨拶をしている。その中で値踏みされているのを肌で感じながら、俺は四歳の王子を演じる。

 そして、母から一言挨拶するように振られる。

 ……そうだよね、公式の第二王子のお披露目も兼ねてるからいるよね、そういうの。とりあえず、四歳の王子って何を言えばいいんだ? 俺がそのままで言うと、ヘリオトロープ公爵達トップスリーが慌てたようなマズイことになるのは目に見えている。普通に挨拶でいいか? 内心、ぐるぐる混乱しているが、四歳の王子を演じたまま母の拡声の魔法道具を借りて俺は口を開く。


「初めまして。ヴァーミリオンです。皆さんに会えて、嬉しく思います。これから宜しくお願いします」


 少し緊張してる風を装いつつ、俺は念のため誤魔化すために微笑みを浮かべる。

 無難なことを言ってみたが、大丈夫だっただろうか。ここぞと思ったので、極上とはいかないが、微笑んで誤魔化してみたが……。ハイドレンジアからはこの一年、「我が君の極上の微笑み等の笑顔は常人には耐えられません。見てしまうと、我が君の笑顔が美しすぎて女神様の元に行ってしまうくらいの衝撃なので、ここぞという時にしか使わないで下さい。私もミモザもまだ免疫が出来ていません」と言われ、そんな馬鹿なと思いつつ、普段はちょっとしか笑わないようにしている。無意識で笑ってしまうことがあるが、ほとんどの被害者はホルテンシア兄妹なので問題ないと思う。紅は召喚獣と人間で違うのか、そこまでの衝撃はないらしい。俺の予測では紅がイケメンだからではないかと踏んでいる。

 ハイドレンジアの指摘が合っていたようで、ほとんどの貴族の子息子女、親、側仕えが崩れ落ちている。横では俺の両親が耐えており、懸命に母が「しばらく歓談を」と伝えている。流石、ゲームのメイン攻略対象キャラ。四歳でもこの威力なのかと呆然とする。

 ちなみに、俺の側仕えとメイドはドヤ顔で貴族達を眺めていた。そんな顔してたら、色々セラドン侯爵達のような要注意人物に変な情報が渡るから気を付けて欲しいと俺はヒヤヒヤした。ほとんどの貴族はそれどころではないだろうが。

 とりあえず、俺の役目は終わったので、両親の席に近いテーブルへ向かうと、ハイドレンジアとミモザが近付いてくる。


「俺の挨拶、大丈夫だった? 無難な言葉しか使わないようにしたけど」


「お疲れ様でした、我が君。問題ないかと思います。最後の笑みは流石です。計算でされましたよね?」


「バレた? まさか他の貴族達にもバレたかな」


「見たところ、大丈夫だと思いますよ、ヴァル様」


 きょろきょろと周りを窺いながら、ミモザは答える。


「なら良かった。じゃあ、俺はこっそりここを離れるからフォロー宜しく。人の多さに少し疲れたから気分を変えてくる。すぐ戻るから」


 二人に伝えると、笑顔で頷いてくれた。俺は安心して、右肩に乗る紅と共にこっそり会場の庭園から抜けた。周囲には綺麗な生け垣がたくさんあり、迷路のようで隠れやすい。逆に警備は大変そうに感じる。シュヴァインフルト伯爵率いる騎士団やセレスティアル伯爵率いる宮廷魔術師団が、生け垣を等間隔でしっかり警備している。ここには国王夫妻、国内の、俺と同年代の子供がいる貴族達が集まっているので、何かあれば大事になってしまうからだ。

 ちなみに、今回のお茶会はセラドン侯爵の中では襲撃しなくても良いと考えているらしい。というのも、ハイドレンジアを通して、偽情報の俺を知ってはいるが、侯爵はまだ俺と会ったことがない。ハイドレンジアの話だと、俺が本当に自分の傀儡になっているのか分からず動きようがないので、襲撃はしないらしい。確実に傀儡になったと確信したら動くということだろう。

 会場の喧騒から離れると、すぐさま静寂が訪れる。


「静かな方がいいね……。あそこ、人が多すぎ」


『確かにな。あの多さは鬱陶しい』


 お茶会の会場である庭園の隅っこまで歩き、会場の方角を見つめる。俺は今後、第二王子としてあの中にいないといけないのかと思うと気が重い。

 大きな溜め息を吐くと、背後の生け垣から葉が擦れる大きな音が聞こえ、両親や公爵達を狙う刺客かと俺と紅は警戒する。

 葉が擦れる音ばかりで、なかなか現れない。刺客ではないかもしれないと思い、俺は生け垣の先を覗く。

 ――そこには天使がいた。

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