第10話 優秀な側仕えとメイド
優秀な兄妹を俺の有利な状態で脅して配下にした次の日。
身体は三歳だけど、精神は前世を入れたら二十二歳。召喚獣のフェニックス――紅以外には三歳を演じているせいか、今まで無意識に結構なストレスを抱えていたようで、そこへ昨日、三歳の仮面を勢い良く外してしまった反動なのか、俺は熱を出して倒れた。断じて、昨日の空の旅が原因ではないと言っておく。
俺の熱が元で、優秀な兄妹は慌てふためいたそうだ。
「……まぁ、身体は正直で、まだ三歳だから仕方がないな……」
「だからといって、私達兄妹のために無茶はなさらないで下さい、我が君」
昨日とは打って変わって、ハイドレンジアが心底心配している表情で俺を見た。
熱で倒れて気を失っている間に紅は念話で優秀なハイドレンジア、ミモザのホルテンシア兄妹に、俺の前世のことは言わずに、身体は三歳だが、精神は既に大人並みに成熟しているが家族を含め周囲に隠していること、伝説の召喚獣である紅を介して、様々な情報を収集し、精査しているという、昨日の俺が何故知っているのかをどう伝えようかと悩んでいたことを上手く補足してくれたらしい。
友人で召喚獣だけど、めちゃくちゃ優秀な秘書みたいな紅に俺は感謝しかない。もう惚れた。
「そうです! 兄もわたしも心臓が止まるかと思いました。兄妹揃って心から尊敬する主様を見つけたのに、すぐいなくなるということになりかねないので本当にご自愛下さい、ヴァーミリオン殿下」
二人の変わり様に驚いた。懐いてくれているというか、本当に忠誠を誓ってくれたようだ。
そして、先程から気になっていたことを言う。
「……二人共、もし、我が君とかヴァーミリオン殿下とか言いにくいようだったら、俺の愛称とか言いやすいので呼んでもらっても構わないよ……」
熱でぼうっとした状態で二人に告げると、驚きつつも嬉しそうに笑ってくれた。
「では、我が君とお呼びすることの方が多いかと思いますが、僭越ながらヴァル様と」
「わたしもヴァル様と」
ハイドレンジアとミモザがベッドの横で、臣下の礼を取りながら俺に言う。
そして、ハイドレンジアが俺の額から布を取り、たらいに浸し、布を絞り、もう一度額に乗せてくれる。冷たくて気持ち良い。
「ミモザ、水が温くなってる。新しく替えて来てくれるか?」
「分かりました、ハイドお兄様」
ミモザは俺に一礼した後、部屋を出てたらいの水を替えに行った。
ミモザを見送った後、ハイドレンジアがベッドに寝ている俺に向き直る。
「我が君。私からもお願いがございます。このような状態の我が君にお願いするのは申し訳ないことですが……」
「……構わないよ。何?」
熱のせいで潤んだ瞳で見つめ、問い返すとハイドレンジアは自分の胸に手を当て、こう言った。
「私のことも、レンとお呼び頂けないでしょうか?」
「……ハイドじゃなくて、いいの……?」
「はい。貴方様だけにはレンと呼んで頂きたいのです」
ハイドレンジアの綺麗な空色の目が、外から洩れる太陽の光で反射して、輝く。昨日とは違い、昏いどんよりとしたものではなく、明るく綺麗だった。俺が見たいと思っていた輝きだった。見られて良かった。
「……分かった。君のことレン、と呼ばせてもらうよ……」
そう言って、俺は限界だったのか、また意識を手放した。横で心配してくれる紅とハイドレンジアを感じながら。
昼過ぎまでぐっすり寝たおかげで、まだ身体の気怠さは残っているが、熱はすっかり下がっていた。
今日一日はベッド以外は駄目と、過保護と化した友人で召喚獣と側仕えとメイドによって阻止されたが、明日には動ける感じがする。
前世で寝たきりだった俺としては、今のヴァーミリオンの身体の回復力に感動している。
俺が寝ている間もハイドレンジアとミモザは甲斐甲斐しく世話をしてくれたようだ。しかも、ミモザは王妃である母に呼び出されたようで、俺付きのメイドになるに当たって、いくつか質問をされ、合格と言われたようだった。何を言われたのか気になるところだが、恥じらうように「お察し下さい」としか言ってもらえなかった。ツンデレ母は十一歳の少女に、どんな圧を与え、何を言って、あの状態のミモザにしたのか……。
察したのか、知っているのか、紅が『触れてやるな』と右羽根で俺の肩にポンと触れる。
とりあえず、気になるがその話は終わりにすることにして、俺のベッドの周りから離れない兄妹に、今後の俺の考えていることを伝える。
「さて、今後のことについて、俺の考えていることなんだけど……」
とりあえず、昨日の状態で話すと威圧的になってしまうし、ちゃんとした信頼関係を二人とは築きたいので、通常運転に戻して兄妹を見る。
「セラドン侯爵を後々、捕らえるために今は泳がせておこうと思うんだ」
「我が君、意図をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「俺のところに集まっている情報だけでは捕らえるには証拠が薄い。二人は俺のことを知ってるけど、見た目が三歳の俺が陛下に言っても説得力がね……。信頼出来る味方も紅と君達だけだし」
肩を竦めて現状を伝えると、ハイドレンジアは考える顔をする。
今の時点では決定打が見つからない分、先走って動いてしまうと、警戒されて相手に逃げられてしまう。相手には断罪するまで油断しておいて欲しい。
「確かに、現状では難しいですね……。私達兄妹も伯爵家の三男と長女で妾腹。貴族の中でも発言力、影響力はなく、我が君も素晴らしい主様ですが三歳。恥ずかしいですが、昨日の私のように我が君の本当のお姿を見抜けない者の方が多いかと存じます」
ハイドレンジアの言葉に紅がうんうんと頷いている。いつの間に、仲良くなって……と思いつつ、話を続ける。
「なので、とりあえず、セラドン侯爵は泳がせておこうと思う。俺の知る限り、君達兄妹のように罪のない人達の被害はしばらく出ないはず。そこで更に被害を防ぐために――紅」
『何だ?』
俺の右肩に乗る友人に問い掛ける。普段は俺にしか聞こえない念話も敢えて、彼はハイドレンジアとミモザにも今だけ聞こえるようにしてくれた。
「昨日のセラドン侯爵の別邸に置いてきたミモザそっくりの人形はどのくらい保つ?」
『あのままであれば、一年は余裕で保つ』
「分かった、ありがとう。レン、ミモザ。これを踏まえて君達に、特にレンにだけど相談がある」
「何でしょう、我が君」
「君にこのままセラドン侯爵に命じられた側仕えの振りをして欲しいんだ。そして、セラドン侯爵にする報告はちゃんと第二王子は侯爵の傀儡になりつつあるとか、満足する内容を伝えて、安心させておいて、侯爵の動向を逆に俺に流して欲しい。俺もこのまま三歳の振りをする。バレたら君の命の危険もある内容だから相談だけど、どうかな、やれそうかな?」
「忠誠を誓う我が君からのお願いなのですから、断る理由はございません。この命、貴方様のためになるのなら、どんなことでも厭いません」
片膝を折り、ハイドレンジアは真っ直ぐ俺を見つめて告げた。その横で同じようにミモザもこちらを見つめてくる。
「ありがとう。でも、君達は俺の大切な側仕えだから、覚悟は分かったけど、命は大事にして欲しい。先程、俺に言ったように二人もすぐいなくなるのは嫌だな」
「私達には勿体ないお言葉です、我が君。セラドン侯爵に従う振りだけでも嫌ですが、油断して泳いでもらうために我が君からの御命令、しっかり務めさせて頂きます」
「ありがとう、レン。それと、ミモザは王城内の噂を集めて欲しい。噂の中に時々、真実があってね、あると調べるきっかけにもなる」
特にメイドの噂話は情報網が凄い。広まるのは早いし、時々、真実が混ざっている。この前も、俺が好きな食べ物の一つがバレ、落ち着くまで、何処かの貴族の息がかかっている色々なメイド達から毎日貰うことになった。その中には媚薬のようなモノも混入していたこともあった。三歳の子供に何やってるんだと思う。これを毎日やられ、好きな食べ物が嫌いになりそうになったくらいだ。うっかりメイドに漏らす貴族の多いこと。ちなみに、俺の好きな食べ物がバレたのは両親、兄が頻繁に食べさせたのが原因だったりする。
「分かりました、ヴァル様」
「それと、君達には伝えておきたい。セラドン侯爵を泳がせる期間は今から五年。そろそろ準備のために陛下や宰相などの要職達が話し合いを始める頃だと思うんだけど、五年後に行われる予定の王国の建国記念式典まで。その日が俺の考えている侯爵の断罪の日だ。失敗すると、国王陛下、王妃陛下、宰相などの要職の人達の命が一気に犠牲になる」
「あの、ヴァル様。侯爵は何故、そのようなことをなさると思われたのですか?」
ミモザが不思議そうに俺に尋ねる。
ゲームの内容を知らない彼女からしたら、俺の言葉は確かに突拍子もないことを言っている。
「紅の協力で得られた情報には侯爵は王になりたいようなんだ。ここからは俺の憶測も入るけど、王になるためには陛下は侯爵からすると御し難い。御し易い誰かが王になって、その王を裏から傀儡にすればいい。侯爵から見て、その障害となるのが今の国王陛下、王妃陛下、宰相などの要職達。一気に集まるようにさせるには、どうすればいいと思う? ミモザ」
「えっと、何か大きな催し、ですか? それが、五年後の建国記念式典ということですか?」
「今のところはね。他は王族の結婚式とかあるけどね。けど、兄も俺も結婚の予定はしばらくないから、考えられる大きな催しはその建国記念式典しかないんだ」
「少ない情報で、そこまでヴァル様は辿り着かれるのですね。流石ヴァル様! 素晴らしい主様です!」
両手を胸の前で組んで、目を輝かせてミモザは崇拝するように俺を見る。
ゲームの内容をそれらしく言っているだけなので、すごく罪悪感……。
俺は咳払いをしつつ、結論を言う。
「ということで、セラドン侯爵を泳がせるこの五年の間に準備をしっかりしておきたいんだ。協力してくれるかな?」
「もちろんです、我が君」
「ヴァル様、わたしに出来ることなら何でも仰って下さい」
大きく頷き、二人は俺を見る。
「ありがとう。では改めて、レンは侯爵に命じられた側仕えの振りをして、侯爵に満足させる嘘の報告をしつつ、俺に動向を伝える。その時に何か証拠になりそうなものがあったら、危険がない時だけ確保。危ない時は俺に報告。ミモザは王城に勤めるメイドや家令、騎士、文官等の使用人の人達の噂話を集めて欲しい。深入りは禁物だよ」
「「お任せ下さい」」
神妙な面持ちで二人は頷いた。
「俺は五年後は八歳だから、それまでは年齢相応の動きをしつつ、剣と魔法、勉強など侯爵を圧倒出来るように鍛錬と、侯爵を捕らえるための根回しの準備と決定的な証拠集め、かな?」
『我ももちろん、力を貸そう。いつでも言うのだぞ』
「紅、ありがとう。そういうことで、皆、宜しくね」
方針が決まり、俺達は動き出す。
この一年後、俺は一生忘れない出会いを果たす。
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