第9話 兄妹の選択と決意

「――君はどうしたい?」


 選択肢を告げる俺は、死神になったような気分で嫌になった。俺の本心は助けたいし、ミモザにも助けてと言って欲しい。

 十一歳の少女に冷酷な選択肢を与えている気がして、自分に嫌気が差す。

 ミモザは既に答えが決まっているのか、真っ直ぐに俺を見つめ、答えた。


「わたしを、兄を助けて下さい、ヴァーミリオン殿下。わたしのせいで兄が犯罪に手を染めるようなことをして欲しくないです」


 ミモザの答えに内心ほっとし、俺は紅に目を向けると、彼も頷く。


「分かった。改めて、君達兄妹を助けるよ。痛いだろうけど、拘束を外すよ」


 先程の窓の鍵を開ける要領で、ミモザの手足の拘束を解く。そして、足の拘束を元に、紅がミモザの形をした精巧な人形を魔法で作り、部屋の隅にあるベッドに寝かせる。これでしばらくは気付かれないだろう。紅の魔法、便利だなぁ。今度、教えてもらおう。

 紅はミモザの手から外した拘束を結界で包んだ後、空間収納魔法で収納した。紅曰く、とある貴族にこちらの追跡をされないための処置なのだそうだ。そして、この拘束は後々の断罪のための証拠にもなる。

 手足が自由になったミモザは自由を感じているのか、ずっと手首に触れていた。


「回復は後でするよ。とりあえず、ここから出て、ハイドレンジアを安心させよう」


 ミモザに声を掛け、俺は紅の背に乗る。すると、伝説の召喚獣の背に乗るのが、恐れ多いと感じているのか、ミモザが少し躊躇していた。


「君を助けるために来たんだ。フェニックスも承知の上だよ。彼の背に乗っても怒らないよ」


 安心させるように俺が微笑むと、ミモザは赤くしながら頷き、手を取り、紅の背に乗る。

 俺とミモザが乗ったのを確認し、紅は姿を隠す魔法を使う。そして、窓枠に足を掛け、空を舞う。




 低空で風を切って飛ぶ紅は迷うことなく、ハイドレンジアの後ろ姿を捉えた。

 俺は周囲に人やハイドレンジアを尾行している者はいないか確認する。

 紅に合図をすると、背後からハイドレンジアの両肩を掴み、姿を隠す魔法を彼にも掛け、そのまま浮上する。紅、ちょっとひどいよ。


「うわっ、何だ?!」


「ハイドレンジア、詳しくは後で話すから暴れないで」


 驚いて声を上げ、足をバタバタさせるハイドレンジアに俺は声を掛ける。


「ヴァ、ヴァーミリオン殿下……?!」


 更に俺の出現に驚いて、ハイドレンジアはまた声を上げる。


「詳しくは僕の部屋で!」


 有無を言わせないにっこり笑顔で俺は告げると、混乱しながらもハイドレンジアは口を噤んだ。混乱状態で、俺の後ろにいるミモザにも気付いていないようだった。





 初めての紅の背に乗っての空の旅もすぐ終わり、王城の俺の部屋のベランダ……というか、バルコニーにハイドレンジア、俺、ミモザの順で降り立つ。

 紅はいつもの大きさに戻り、俺の右肩に乗る。

 俺は感謝と労いを込めて、紅の背を撫でた。

 そして、まだ混乱中のハイドレンジアと、少し興奮しているように見えるミモザに声を掛けた。


「……さて、僕の部屋で説明しようか。ハイドレンジア、ミモザ」


 部屋の窓を開け、部屋の明かりを魔法で灯し、二人を中へ促す。部屋の中に入ったのを確認し、窓を閉め、紅がすかさず防音の結界を張ってくれた。


「……え、ミモザ……!」


 混乱からようやく落ち着いたと思ったハイドレンジアが、驚きの声を上げた。混乱に次ぐ混乱で申し訳ない。


「ハイドお兄様!」


 ミモザがハイドレンジアに抱き着き、彼も受け止め、もう離すまいという様子で抱き締めていた。

 この光景を見て、二人を助けられたと俺の心は満たされた気持ちになった。


「……ヴァーミリオン殿下、教えて下さい。どうして、このようなことを……?」


 落ち着きを取り戻したハイドレンジアは、真っ直ぐ俺を見据える。

 二人を部屋のソファに掛けさせ、俺は向かいのソファに座る。その時にミモザの手足の拘束の跡を回復魔法で元の綺麗な状態にする。すぐミモザがお礼の言葉を述べた。


「ハイドレンジアの質問の答えだけど、昼のあの様子で何かおかしいと気付かない方がおかしくない?」


 にっこりとハイドレンジアに向かって笑うが、彼から見たら俺は得体の知れない三歳の第二王子なんだろうなと思う。


「……何処まで、殿下はお知りなのでしょうか?」


 ごくりと唾を飲み、ハイドレンジアは恐る恐る俺に聞く。


「――全部かな。ああ、でも国王夫妻も第一王子、宰相達は知らないから、安心して」


 俺の化けの皮がだんだん剥がれかけているような気もするが、気にせず尚も笑顔で答える。俺は前世のゲームのおかげで内容を知っているが、両親も兄も公爵もこの時点では知る由もない。しかも知ることになるのは十数年後の兄だけだ。


「……昼の私のあの様子だけで、殿下はここまでお察しになられるのですか……。何というご慧眼……」


 眉間に手を当て、ハイドレンジアは呟く。


『だから、人を見る目がない。リオンのことを分かっていないと我は言っただろう』


 やっと気付いたか、と紅が吠える。念話だから、俺にしか聞こえないのをいいことに紅は先程からぼやいている。

 慧眼じゃないけどね。所謂、カンニングペーパーを持ってるズルだからとはおくびにも出さず、俺は笑顔を貼り付ける。


「……私が殿下の側仕えとして就かせて頂いた経緯も、私の後ろにいる者も、ですか?」


「――それを含めて全部」


 そう俺は答え、もう三歳の仮面を外すことにした。そして、反応を窺う。


「――私と、答え合わせをしようか? ハイドレンジア・デルフト・ホルテンシア」


 雰囲気を変えた俺にハイドレンジアとミモザは息を飲み、姿勢を正す。


「まず、私の側仕えとして君が来た経緯だが、君の背後にいる者が時間をかけて私を傀儡にし、将来、兄ではなく、私を玉座に就かせ、裏で私を操るため命じられて来たのだろう?」


 普段はしない、高圧的な余裕の笑みを浮かべて俺は足を組む。


「そして、君の背後にいる者。名をスレート・バレイ・セラドン侯爵。己の欲望のために君の妹のミモザを人質にし、君に私の側仕えを命じた者だ」


 とある貴族の名をハイドレンジアに告げると彼は目を見開いた。当たりだ。

 ヘリオトロープ公爵に感謝だ。この一ヶ月間の教育の時に教育とは別に休憩がてら、公爵なりに俺を心配してくれたようで、王家ではなく、俺に対しての要注意人物達をリストと共に教えてくれた。その中にセラドン侯爵が入っており、そこでゲームの内容の点と点が線で繋がった。ゲームでは名前が「黒侯爵」という表記のみで、フルネームがなかったのだ。

 おかげで教えてくれる前は、とある貴族って誰やねん状態で、休みの時に書庫で分厚い貴族名鑑から探さないといけないのかと途方に暮れていたところだった。

 ヘリオトロープ公爵のリストには、セラドン侯爵は「黒侯爵」という異名があるということも記されてあったので、更に感謝だった。


「……恐れ入りました。仰る通りです、ヴァーミリオン殿下」


 深く礼をし、ハイドレンジアは俺を真っ直ぐ見た。


「……殿下、私を捕らえて下さい」


「お兄様っ?!」


「――何故だ?」


「私は、殿下の仰る通り、妹のミモザを人質に取られ、貴方様をセラドン侯爵の命じるまま、セラドン侯爵の傀儡にしようとしました。これは、殿下、ひいては王家に対する裏切り行為です。ですので、私を捕らえて下さい。そして、自分勝手なお願いではございますが、どうか妹だけは何も影響がないようにして頂けないでしょうか……?」 


 真摯な眼差しで、ハイドレンジアは懇願する。


「それでしたら、わたしも、わたしも兄と共に捕らえて下さい! わたしがセラドン侯爵に騙され、人質になってしまったことで、兄はこのような手段を取らざるを得なくなったのです。元凶はわたしです。兄を捕らえるのなら、わたしも捕らえて下さい!」


 三歳の仮面を取ってしまったから、顔には出せないけど、美しきかな兄妹愛。この兄妹は凄いな。ウィステリアちゃんの次に推せる。

 内心、そう思いながら、俺は元々決めていた結論を告げるため口を開く。横で紅がわくわくしているのが、手に取るように分かる。


「――二つ訂正するが、元凶はミモザではなく、セラドン侯爵だろう? あの者が己の欲を出さなければ、君達には何もなかっただろう?」


 足を組んだまま、膝の上に肘をつき、頬杖をする。


「そして、ハイドレンジア。君はいつから私の側仕えだ?」


「え、本日です」


 俺に気圧されているのか、ハイドレンジアは呆然と答える。


「――たったの今日で、君は私をセラドン侯爵の傀儡に出来るのか? 単純で御し易いと?」


 俺の言葉を聞いていた紅が念話で小さく吹いた。

 ……ちょっとした恨みが漏れてしまった。

 大人気なかった。でも、俺は大人じゃないし、三歳だし問題ないと内心で言い張ってみる。


「……いえ、そんな、恐れ多いです……」


「であれば、傀儡にしようとしていない。現に私を一日で傀儡に出来てはいないだろう?」


 俺の言葉の意図が分かったのか、ハイドレンジアとミモザの目が驚きで大きくなる。


「それに一つ伝えるが、君達兄妹を捕らえたとて、結局は蜥蜴の尻尾切りで、今の時点ではセラドン侯爵まで届かないぞ。届かないのに君達を捕らえるという無駄なことをして、若く、優秀な人材を失う方が損失だと私は思う」


 わざとらしく、俺は溜め息を吐き、続ける。


「そこで、君達に選択肢だ。君達兄妹を助けたいという私の独断でミモザを助け、ハイドレンジアの事情を暴いた。君達はどうしたい? 君達の訴えの通り、捕らえられ、裁きの沙汰を待つか。それとも、すぐではないがセラドン侯爵を捕らえ、断罪する為、私の配下になるか――君達はどうしたい?」


『……リオンは優しいな』


 時々笑うが静かに聞いていた紅が、小さく呟く。

 優しくないと思う。優しかったら、配下になれではなく、もっと他の選択肢を言うはずだ。

 しかも、俺の事情とかを一切話していない。俺に有利な条件で話を進めているところが特に優しくない。

 静かに聞いていた二人は同時に、同じ動作でソファから立ち上がり、すぐさま俺の足元に跪いた。


「「私達、兄妹はカーディナル王国の偉大なる太陽、ヴァーミリオン第二王子殿下に身命を賭して、忠誠を」」


 小さく息を吐いて、俺は頷いた。

 二人が命を失くす選択を取らなくて良かった。万が一、そちらの選択をした場合は父である国王に嘆願するつもりではいたが。

 とりあえず、ゲームとは違い、二人を救えて本当に良かった。

 その思いが漏れてしまい、三歳の仮面を外したままで二人に微笑んでしまった。


「――君達の忠誠、受け取った。これから、宜しく。ハイドレンジア、ミモザ」


 その場にいた紅曰く、


『三歳なのに醸し出す大人びた超絶スマイルが破壊力抜群で、二人はリオンの前世で言うところの尊死だったぞ』


 とのことだった。

 三歳の仮面はなるべく外さないと心に誓った瞬間だった。

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