第8話 隠しキャラの隠しキャラ

『リオン、もどかしいというのは我にも分かるが、動くのは早計だぞ』


 ハイドレンジアを部屋から出して、休ませるようメイドに伝えてから少し経って、紅が忠告してくれる。


「そうなんだけど、あの状態を毎日見るのは辛いよ。ハイドレンジアの妹を早く助けないと……」


 言葉に出して、目を閉じて強く右手を握る。

 浮かぶのは前世の妹だ。彼女がハイドレンジアの妹と同じようなことになったら、兄だった俺ならどうしていただろうか。ハイドレンジアのような選択肢を取るのか、それとも違う選択肢を取るのか、想像するだけでも辛い。

 ゲームでは、ハイドレンジアと彼の妹はとある貴族に命を握られている。

 ゲームのハイドレンジアはとある貴族に騙され、妹を人質に取られていた。妹の命を盾にとある貴族は彼をヴァーミリオンの側仕えをさせ、ヴァーミリオンをとある貴族の傀儡になるよう仕込ませる。その間も時折、妹に会わせたりさせて飴を渡し、裏切らないようにさせていた。しかし、人質にされた四年後に彼の妹は殺されてしまう。妹を殺されたことを知らないハイドレンジアはとある貴族の言われるままヴァーミリオンを徐々にとある貴族の言いなりなるように仕向けていく。が、魔法学園でヒロインと出会ったヴァーミリオンは己を取り戻し、様々な出来事を解決していく。その時にある出来事の黒幕がそのとある貴族であることが判明し、捕らえることに成功する。とある貴族の邸宅や別邸などの捜索時に発見された女性の遺体がハイドレンジアの妹だと分かり、彼は涙し、それをヒロインが心を癒やす……という内容だ。

 正直、ハイドレンジアが報われない内容なので、隠し攻略対象キャラの彼の心をヒロインが本当に癒やして攻略出来てるのか、と前世の姉達の話を聞いた俺はそう思っていたので、この話が明らかになる十数年後まで先延ばしにしたくない。

 助けられるなら、ハイドレンジアの妹が生きている内に助けたい。とある貴族の傀儡にもちろん俺はなりたくないので、やはりタイムリミットは五日後の俺の教育の日までだ。


「……紅、少し聞きたいことがあるんだけど、その鳥の姿でも夜目って利く?」


 顎に手を当て、紅に尋ねる。


『フェニックスとしての姿でも、この鳥の姿でも問題なく夜目は利くぞ』


「じゃあ、念話は離れていても有効?」


『問題ない』


「姿は隠せられる? 例えば透明になったりとか」


『……問題ない。ついでに我がリオンを逆に喚び寄せることも可能だ。言っておくが、我だから出来る芸当だぞ』


 俺の言わんとすることが分かったのか、大きな溜め息を吐き、紅は答えてくれた。


「ごめんけど、今日、ハイドレンジアに付いて行ってもらえる? 予想というか、誰でも分かるだろうけど、今日初めて俺に会ったわけだから、絶対とある貴族に報告しに行くと思うんだ。俺が御し易いのか、御し難いのかとある貴族は知りたいだろうし。そこで会わせると思うんだよね、彼の妹に。その後、とある貴族が居なくなった後にハイドレンジアの妹を助けたい。その時に俺を喚んで欲しい」


『構わぬが、その間のリオンの護衛はどうする?』


「そこは頑張って自分の身を守るし、騎士の皆にも頑張ってもらうよ。あ、それか、俺も一緒に姿を隠せたり出来る?」


 俺が良いことを思いついたという顔をしていたのか、紅はまた溜め息を吐いた。


『……出来る。リオンと共に姿を隠した方が我の杞憂が一つ減る。その後、杞憂が一つ増えるが』


「ごめん。頑張って強くなるから、それまで待って」


 剣と魔法の教育を始めて一ヶ月。もちろん、すぐに上達するわけもなく、三歳児の身体なのでまだまだ発達途上。一朝一夕に成長するのは難しい。俺の成長に合わせたメニューをシュヴァインフルト伯爵もセレスティアル伯爵も考えて教えてくれて、「殿下は素晴らしい!」と二人は褒めてくれる。彼等は褒め上手だなと思う。

 それでも、俺の実力は新米騎士に遠く及ばない。


『まぁ、先程は早計だとは言ったが、我が共にいるのであれば、今動くのはアリか……』


 とっても大きな溜め息を吐いて、紅は呟く。


「苦労を掛けてごめんね、紅」


『いや、友人として、困っているリオンを助けるのは当たり前だ。問題ない。それに、リオンの成長を見るのは意外と楽しい』


 ……もうナニ、この素敵な召喚獣!

 俺の心をくすぐる、口説き文句がイケメン過ぎて、気持ちが爆上がりだ。好感度アップ! 意外と俺、ちょろい。


「じゃあ、早速、ハイドレンジアの跡をつけよう。もちろん、俺が寝てるって誤魔化すのをした後にね」






 夜になり、俺が寝てるという裏工作をした後、紅に姿を隠してもらって、ハイドレンジアの跡をつける。

 歩幅が三歳と十五歳で違うので、紅に少し大きくなってもらい、その背に乗ってついて行く。

 跡をつけて行くと、貴族の所有しているものと分かる大きな屋敷に辿り着く。

 人気が最小限のように見えるため、恐らく別邸なのだろうと思う。

 人気が最小限であるとはいえ、流石にハイドレンジアと共にとある貴族が待っているであろう部屋に入るのは危険と紅に止められたので、外から様子を窺う。

 ところどころしか声は聞こえないが、暗がりの部屋で顔がよく見えないが、とある貴族にハイドレンジアが報告をしているようだ。


「……第二王子は三歳にしては賢いと思いますが、単純そうで御し易いですよ」


 よりによって、俺の心を抉ってくるところが聞こえた。

 ……え、ハイドレンジア、俺のことそう思ってたの?


『……あの者は人を見る目がないな。リオンのことを分かっていない』


 紅がすぐフォローしてくれる。感謝を込めて、紅の頭を撫でる。ふわふわだ。

 暗がりな部屋で表情も本心なのかも分からないが、とある貴族にそう報告しているのが聞こえる。

 少し精神的ダメージを受けつつ、ハイドレンジアの妹が連れて来られるのを待つ。

 今、この場で三歳の俺が彼等の前に現れても証拠も説得力もない上に失敗すると警戒されて、今後の動きが見えなくなってしまうので、あくまでとある貴族を押さえるのではなく、ハイドレンジアの妹を助けるのを優先する。彼女が何処に閉じ込められているのかを確認後、とある貴族が去った後に彼女を助ける。その後、ハイドレンジアの元へ連れて行く。

 この流れをしっかり頭に入れ直して、感情的に動かないように、自分を律する。つい、カッとなってが一番、俺もハイドレンジアも彼の妹も危ないことになる。

 考えている間に、とある貴族の笑い声が聞こえた。えらくご満悦だ。ハイドレンジアの報告に満足したのだろう。そして、彼に人質にしている妹らしき少女を見せている。

 手足には逃げられないように拘束をされているようだったが、見える範囲では怪我はないように俺には見えた。ただ、ハイドレンジアと同様に疲れているように見え、兄に気付かれないようにと気丈に笑みを浮かべている。

 その姿が俺の心を抉る。


『……気持ちは分かるが、今はその時ではないぞ、リオン』


「……もちろん。でも時期を見て、絶対あの貴族を捕らえる。ありがとう、紅」


 察して窘めてくれる紅に感謝し、俺は部屋にいる暗がりで顔を隠す、とある貴族を見据える。

 今は放置しないといけないのが悔しいが、ゲームの内容を手掛かりに言い訳が出来ないくらいの証拠を揃えたら捕らえる。そして、国王の面前で断罪しよう。そう胸に刻む。

 俺の暗い気持ちはそのままに、ハイドレンジアの妹はとある貴族の部下に再び連れられ、部屋を後にする。


「……紅」


『行こう』


 紅の背に乗り、外から部下に連れられて行くハイドレンジアの妹を追う。

 屋敷の奥の小部屋にハイドレンジアの妹は入れられ、部下が外から鍵を閉め、去っていく。

 周りに気配がないか確認後、俺は窓の鍵を魔法で開ける。セレスティアル伯爵に前以って教えてもらっておいて良かった。何故か伯爵は「王族は誘拐される場合もあるから、特に殿下には先に教えておきます」と言っていた。虫の知らせだろうか。

 魔法で開けた窓から入り、俺は小さな光の球を浮かべる。


「だ、誰ですかっ?!」


 悲鳴に近い声でハイドレンジアの妹は俺を警戒する。彼女はハイドレンジアと同じ漆黒色の髪、彼よりは深い、とても綺麗な青色をしていた。


「驚かせてごめんね。僕はヴァーミリオン・エクリュ・カーディナル」


 敢えてフルネームで告げ、ハイドレンジアの妹に安心させるように微笑む。


「え、ヴァーミリオン、第二王子殿下……?」


「そうだよ。それと、彼は僕の友人で召喚獣のフェニックス」


「えっ、もうそのお歳で召喚獣を? しかも世界最強の召喚獣……」


 青い目を大きく見開き、ハイドレンジアの妹は俺と紅を交互に見る。


「うん。君はハイドレンジアの妹だよね?」


 安心させるように笑って、俺はハイドレンジアの妹を見る。屋敷の外から見た通り、手足には逃げられないように拘束をされているが、見える範囲では怪我はないように見える。ただ、手足には拘束を取ろうとしたような跡が残っていた。


「あっ、申し遅れました。わたしはハイドレンジアの妹で、ホルテンシア伯爵の長女、ミモザ・モリエール・ホルテンシアと申します。王国の太陽であらせられる、ヴァーミリオン第二王子殿下にご挨拶を申し上げます」


 すらすらと流れるように挨拶をするハイドレンジアの妹――ミモザが膝を折って片足を後ろに引き、身を低くしてお辞儀した。

 不謹慎だけど、拘束されていてもミモザのカーテシーは拘束されているのを忘れるくらいとても優雅だった。


「挨拶してくれてありがとう」


「あの、恐れながら、殿下は何故こちらに……?」


「僕はフェニックスと一緒に君を助けに来たんだ」


 俺の言葉を聞いて、ミモザは初めて青い目が揺れる。気丈にしているミモザの十一歳らしい少女の表情が一瞬だけ見えた。


「……兄が、殿下にお願いしたのでしょうか……?」


「いいや、ハイドレンジアは知らないよ。これは僕の独断。君とハイドレンジアを助けに来たんだ」


 助けたいという俺の独断でここまで来たが、この兄妹にまだ「助けて」という言葉を言われていない。

 なので、俺はミモザに選択肢を告げる。


「君達兄妹を助けたいという僕の独断でここまで来たけど、君はどうしたい? このままこの屋敷に閉じ込められ拘束されたままか。それとも僕に助けを求めて、ここから出て、君の兄の元へ戻るか――君はどうしたい?」

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