第4話 子供の振りして説得(語彙力低めで)

 レベル上げのため、することを考える。

 このゲームは剣はもちろん、魔法もあるようで、更に召喚獣というものもあるらしい。

 ……恋愛せずに剣と魔法に明け暮れたい。

 あ、でもウィステリアちゃんなら恋愛したい。

 めっちゃ可愛いんだろうなぁ……きゃあー!

 ……いかんいかん、ベッドでジタバタして脳内で妄想を繰り広げる前に、目標を思い出せ、俺。

 まずは剣と魔法を覚えて、身に付ける。

 あとは勉強。ウィステリアちゃんを助け、守るためには勉強して教養を高めておいた方がいい。前世の姉達がプレイしてたゲームでは、お貴族様達がああ言えばこう言うことばっかりしていたし。あんな奴ら面倒臭いから論破して黙らせるに越したことはない。

 というか、ゲームのヴァーミリオンはワガママ俺様系王子でお馬鹿な言動があったように思う。前世の妹は「そこがこの王子の持ち味なのよ。ウィステリアちゃんのことは許さんけど」と言っていた。

 そう「ウィステリアちゃんのことは許さんけど」ここが大事。前世の姉弟の合言葉だ。

 そして、俺はゲームでのヴァーミリオンのその持ち味を消したい。

 剣と魔法と勉強。この三つはウィステリアちゃんを助け、守ることに対して最重要項目。


「よし。父上と母上に話してみよう」


 ベッドから下りて、一歩二歩歩いて止まる。


 ……何て言おう……。

 今の俺、三歳じゃん。しかも、さっき頭打って気を失ったうっかり王子じゃん!

 両親が心配して、もう少し大きくなってからねって言われるやつじゃん。

 時間は有限だから、早く動きたい。けど、三歳っぽく説得出来るか、俺?!

 第二王子の特技ワガママを使って、床に寝転んでジタバタしてみるか……?

 いやいや、本当の三歳ならともかく中身が前世では十九歳……あ、今の三歳を足すと二十二歳の男が恥も外聞も捨てて出来るか? いや出来ない!

 どうする??


「……語彙力低めで説得するか?」


 そこで、はたと思い出した。

 そういえば、俺には兄がいた。兄に相談して両親の説得に協力してもらおう。先程の兄を見て、前世の姉達のおかげもあり、何となく兄の攻略法が分かった気がする。兄のセヴィリアンは弟に弱い。

 語彙力低めで、物理的にも精神的にも上目遣い作戦。これなら、今の俺でも精神的ダメージも低いはず。


「よし、兄上のところに行ってみよう」


 自分の部屋から出て、部屋の外で待機していたメイドや騎士に兄の部屋へ行くことを伝えた。メイドや騎士も付いてきてくれるようだ。






 広い王城は迷いそうだったが、兄の部屋までは身体が覚えていた。前世を思い出す前から、ヴァーミリオンは兄の部屋へよく行っていたようだ。

 途中、出会うメイドや騎士、文官達は心配そうに「殿下、もう動いて大丈夫ですか?!」と聞いてくるくらい皆、好意的なことに驚く。

 俺から見たゲームのヴァーミリオンはワガママ過ぎて、ちょっと孤立してたように感じたからだ。

 このまま、ワガママを言わずにいれば、メイドや騎士、文官達と仲良くすれば、今後、何かと有利なのではと考えてしまう。

 そんなことを考えていたら、兄の部屋に着いた。

 扉をコンコンとノックすると、中から「どうぞ」と兄の声が聞こえた。


「失礼します。あの、セヴィ兄上、今いいですか?」


 ドアから顔を覗かせて、兄に声を掛けると、兄の目が輝いた。


「いいに決まってるよ、ヴァル! おいでおいで!」


 読書をしていたらしい兄は勢い良く立ち上がった。その拍子に椅子が音を立てて倒れた。

 兄の輝いた目に若干引きつつ(顔には出さない)、とてとてと兄の方へ歩いていく。


「ヴァル、もう動いて大丈夫なのかい?」


「はい、大丈夫です。あ、あの兄上、お願いがあるのですが、聞いてくれますか……?」


 恐る恐る兄の顔色を窺う。その時に上目遣いも忘れない。


「うぐっ。ど、どんなお願いだい、ヴァル」


 兄の顔が一気に赤くなり、よろめきそうになりながら一歩下がった。あと一押しな気がする。


「剣と魔法と勉強を習いたいのですが、父上と母上に言う時に一緒についてきてくれますか?」


 上目遣いにプラスして兄の服の袖をぎゅっと掴む。


「……む、無邪気だけどあざといヴァルも可愛くて良い……」


 ぽそりと呟く兄を見て、大丈夫か、第一王子と心の中で半眼になりながら、三歳の無邪気なヴァーミリオンくんを演じる。


「あ、あの、兄上?」


 小首を傾げてみると、兄はハッとした顔で俺を見た。


「あ、ああ……! もちろん、いいよ。僕も一緒にお願いしてみよう。今ならお二人共お話出来ると思うから、今から行ってみようか?」


 にっこりと笑って、兄は俺の前に手を出してくる。


「はい……!」


 俺もにっこり笑って、兄の手を握ると、「はぅあ!」と声が聞こえ、不思議そうな顔(内心では引いた顔)で兄を見つめる。


「な、な、何でもないよ。それじゃあ行こうか、ヴァル」





 兄と共に国王である父の執務室へ向かう。

 向かう途中、通りすがりのメイドや騎士、文官達が微笑ましそうにこちらを見て、会釈をしてくれる。時々、会釈をしてくれたメイド達ににっこり笑ってみると、何故か「天使……! ここは天国……!」とか謎の言葉を発して崩れ落ちたり、騎士や文官にも「殿下が王女様だったら……! いや、王子様でも……! 王妃様に似ていらっしゃるのだから王国三大美人に一人追加しても……!」と言いながら壁を叩いていた。何だコレ。

 少し変なこともあったが、父の執務室へ着くと、兄が扉を叩く。中から入室を許可する声が聞こえ、兄が扉を開ける。


「父上、今よろしいですか?」


「セヴィにヴァル。二人揃ってどうした?」


 父が銀色の目を丸くして、兄と俺を見る。

 執務室で書類の確認をしていたらしい父は先程の心配そうに声を掛けてくれた時とは違い、国王然とした佇まいだった。


「あの、父上にお願いが……」


 兄の横で、気圧されそうになった俺は恐る恐るといった風に父に向かって口を開いた。

 すると、父の顔が崩れた。


「ヴァ……ヴァルが……父さんにお願い……だとっ!」


 カッと目を開いたと思ったら、父の目から光るものが溢れた。その様子に俺の内心はドン引きした。

 そして、何処から聞きつけたのか、執務室から隣に繋がるもう一つ部屋の扉が勢い良く開かれ、母がやって来た。


「聞き捨てなりませんわ、ヴァル。母であるわたくしを差し置いて、父であるグラナート様にお願いするだなんて」


 扇をばさっと開き、口元を隠して母が言い放つ。

 王国の三大美人の一人らしい(先程、壁を叩いていた騎士と文官が言っていた)、母がどういうわけか烈火の如く怒っている。

 美人が怒ると迫力がある。しかも、よく分からないが、俺は何処かで母の虎の尾を踏んでしまったようだ。

 どうにか母の怒りを鎮めないと、話が進まない。

 こんなに怒っている母を鎮めるなんて、三歳の子供に難しくないか……?


「は、母上、ごめんなさい。父上と母上にもお願いがあって、先に父上に声を掛けてしまいました」


 苦肉の策として、しょぼんとした顔で俺は上目遣いで母に正直に謝ってみた。


「……ぐっ、そ、そう。わたくしにもお願いがあったのですね。それなら問題なくってよ!」


 顔を赤くしながら、母は扇で口元を隠し、目線を俺から外し、怒りを鎮めた。

 ……えぇー……。母、チョロくない?

 そして、やっぱりツンとデレの配分がおかしくない?

 母が場の空気を戻そうと、一つ咳払いをした。


「それで、グラナート様とわたくしに何のお願いですの? ヴァル」


 金の目を少し細め、優しげな笑みを俺に向けて母が聞いてきた。

 俺は意を決して三歳の必死の説得の体で、今世の両親を見た。

 これが通らないと、ウィステリアちゃんを助けることも守ることも出来ず、先へ進めない。

 今世の両親も助けたい。


「剣と魔法と勉強を習いたいです!」


 ぐっと両手で拳を作り、両親を見上げる。

 両親と兄は俺の言葉を聞いて、目を大きく見開いた。いや、兄には先程言いましたけど。

 両親と兄は何も言わず、沈黙だけが漂う。

 大体、五分くらいだと思うが、体感ではそれ以上に感じた。

 え、何かマズイことでもあるのだろうか?

 それとも、前世を思い出す前のうっかり王子が前にやらかしたのか……物心付いた時から遡っても記憶がないな。じゃあ、何だ?

 ハラハラしていたら、父が口を開いた。


「つ……」


「つ?」


「ついに、我が息子のヴァルが、言ってくれたぞ! シエナっ!」


 父が俺を勢い良く抱き上げ、母の元へ俺を連れて行く。母も嬉しそうに父と俺を迎え、俺をそっと抱き寄せてきた。母からふわりと優しい花の香りが鼻に届く。あと、胸。これは、三歳児には凶器だった。息が苦しいです。


「ええ、そうですわね。来年、はたまた再来年になるのではと思っていましたけれど、早かったですわ。安心しました」


 どういうことなのか分からないが、とりあえず良いということなのだろうか……。

 逸る気持ちで両親に聞いてみた。


「あの、習えますか……?」


「ゴホン……もちろんだ」


 ちょっとうるっとした目で両親を見つめたせいか、両親は咳払いをしつつにっこりと笑い返してくれた。


「ありがとうございます!」


 満面の笑みで両親に抱き着くと、両親の口から兄と同じ「はぅあっ」と声が漏れ、静かに見ていた兄は何故か先程のメイドのように崩れ落ちていた。



 このよく分からない現象が何なのか判明したのは一ヶ月後、俺についた側仕えからの一言だった。

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