第2話 いつもの日常

 この町で最も高い山の頂上、昔の家から歩いてすぐの割には絶品の景色をくれる。緑の草原と壮大な青空を取り囲み二人だけの空間を作るように大樹が見守っている。ここで感じたのは、右も左も分からないようなフワフワとした妙な感覚であった。しかし、この後起こることと、この風景だけは脳裏にしっかりと刻まれたものだった。彼女と出会った場所。そう忘れるはずがなかった。


 「そうかこれは夢か……」


 そのことに気づくと同時に、小学生であろう。茶髪を腰あたりまで伸び、きれいな前髪で顔が隠れている少女がこちらに向かって歩いてくる。ここで日が暮れるまで彼女の遊びに付き合ったけ?彼女はどんな顔をしていたっけ?そもそも彼女はなぜあそこにいたのだろうか?と、思考していると……。


 「久しぶりだね」


 ソプラノくらいの高さの可愛らしい声に疑問を持つ。そして、改めて確信する。ここから全てがのだと…………。


 「なんで、いつも会っているじゃないか」


 意味深い笑みの彼女を見つめていると、心が安らぐ。そして、彼女はそんな彼を。「なぜだろう、今ここで彼女を逃がしたら……」と、自分でも理解のできない焦燥感に駆られて彼女を追いかける。


「懐かしい、君を追いかけるのは確かに久しぶりなきがするよ」


 湊は自分でも不思議なことを言っている感覚はあったが、そこに疑問を持たなかった。なぜなら…………。


 「ピンポーン」


 「今の音は、インターホン?てことはまずい。」


 ここで一旦思考が途切れる。そして、思い人を待たせていることに気づく。だから、湊は本来出来ないようなことに挑戦して成功させる。気合で覚醒を促すという荒業に。すると、1つだけポツンと立つ木の下で、笑顔で手を振る彼女に笑顔で応答する夢とは裏腹に、景色が段々薄れていく。気づけば、完全にブラックアウトする視界と同時に現実に戻される。


 白と黄色を中心とした二階建ての一軒家、パン屋さんのような見た目で、レンガの使われた屋根がオシャレさを際立たせる。さらにその家に並ぶように、テニスコートの入りそうな庭が広がる。そこは草の所々生えた土、芝生と砂利の三種類を屋根に使われていたものと同じレンガの仕切りで三等分に分けられていた。そして、家と庭に接するように二車線の国道が歩道に挟まれて勢いよくはしっている。その中を高校指定の革靴でコツンコツンと優雅に歩く少女はインターホンをスルッと押す。高校一年生にしては幼く見える童顔で低めの身長をキッチリ整えた身だしなみでカバーしているように見える。おっと、みんなが気になっている顔と名前だが、顔はしっかりと整っていて、白く透き通るような肌に飲み込まれてしまいそうな綺麗な茶色い瞳孔はリスを想起させるほど愛らしい仕上がりに。さらに、馬のしっぽのように美しい茶髪をポニーテールにしてまとめることで、大人っぽさを匂わせる。その少女もとい、美少女の名は朝舟 珠希あさふな たまきである。一方で、インターホンの音を聞きつけた家の住人はドタバタと音を立てながら急いで戸を開ける。


 「ごめんなさい……もう少し待って」


「ふふっ、1か月達成、連続記録更新ですね。それに、今日はいつもよりも3回分多かったですね」


 かわいい彼女が毎朝迎えに来てくれて、一緒に登校するという最高のシチュエーションを完全に台無しにしている少年は健夜 湊すこや みなとである。ルックスも体格も中の上か、上の下くらいであろう彼の髪型をしっかりとオシャレしているため、上の中には入れるくらいにはかっこいい。普通はこのように毎日待たされては、彼女の恋も冷めてもおかしくはないであろう。しかし、彼女はそれ楽しんでいるように……否、かのように思える。


 「ごめん、お待たせ、次からは気おつけるよ」


 「いえいえ、そうお気遣いなさらずに、私もここまでくると逆に楽しくなりますわ」


 二人は歩きながら会話を続ける。そして、普通ならポニーテールを犬のように揺らしながら、満面の笑みで優しく包み込むように答える珠希に普通はかわいいと頬を緩めていただろう。しかし、湊は内心「やばい~これ笑顔で怒っているパティーン。逆に一番怖いや~~つ」と、穏やかではないものの、まだ心に余裕のある。チャレンジャー精神旺盛な湊は汚名返上を試み、苦肉の策に出る。


 「いや~~今日珍しく君に初めて出会ったときの夢を見てたから、幸せすぎて、いつもよりも深く寝ちゃった。」


 僕たちのなら、この話ならいけると確信した湊は「よし、このまま好きですアピールを続ければいける……」と余裕シャキシャキの様子で、しまいにはテヘペロの下出しとアヘ顔を加える。悪気はなかったですよアピールを湊なりに全力で伝える。対する珠希の答えは。


 「急に何の話ですか」


 髪を逆立てて、くの字になているポニーテールに湊は「物理的におかしい、どうなっているのだ」とツッコミを入れるのではなく、「どこに地雷が埋まっていた?先ほどまでの笑顔を隠せないほどになるなんて……これはいつものお説教パターンだ」と本気で焦っていた。このような状況になったら、取るべき行動は一般人ならみんな同じ。


 「大変申し訳ございませんでした」


 そう、素直に謝るほかない。部活で鍛えた渾身の最敬礼。両足のかかとをピッタリとくっつけて足を計90度で開き、まっすぐ綺麗に直立しているももに隙間なくピタリとくっつけた指をキープしたまま重ねる。さらに、近くを歩いていることを忘れてふいに勢いよく礼を放ったため、ダイレクトアタックを決めそうになりそうなところを間一髪、珠希はバドミントンで鍛えられたフットワークと反射神経で交わす。このとき、珠希の避けたことで発生した風に柑橘系のいい匂いが混ざっており、湊が内心ガッツポーズを決めていることを珠希は知らない。


 「もうこのくだり、今月で何度目だと思っているのですか……ぷっふ~~~~~」


 未だ最敬礼の姿勢を続ける湊には全く理解できない現象が起きた。先ほどまで不機嫌な顔をしていたはずの珠希からの謎のツボに入って呼吸ができないときのような音のない大爆笑。「何がツボだったのか全く理解が追い付かない。もしかして珠希は情緒不安定なのか。いや、それはそれでいい。」思い人に対して失礼な考え方をしているが無理もない。逆に、彼女に対する好感度のマイナス変動が起きていないことの方が不思議なくらいだ。


「そういえば、今日は健夜さんのクラスに転校生が来るらしいですよ、確か、女の子だったはずです」


「マジで、かわいい子だといいな~」


 湊の中では、このくらい大丈夫だ問題ないというつもりで言ったのかもしれないが、普通の女子と話しているときもこの手の会話は相手に不快感を与える。だって考えてみてほしい。女子と話しているのにかわいい子を望むような発言は今話している君では物足りないまたは、君はかわいいに分類されていないといっているようなものだ。しかも、今回の場合は非常にまずく、これを彼女の前でしたに等しい。つまり、珠希の心は穏やかでないどころか、文字通りポニーテールを逆立てて、怒髪冠を衝く勢いであった。


「ふふふっ、やはりお説教が必要なようですね」


「大変申し訳ございませんでした」


 二度目の最敬礼は流石に通用しなかった。


 


 


















 

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