第4話 「甘い酒より苦い酒が良い」

−S駅前は待ち合わせ場所になりやすい。


待ち合わせの目的は人それぞれだが、そこにいる人達の年齢層は幅広く、学生や年配の社会人もいてみなスマホを片手に誰かを待つ。そんな雑踏の中にいる“俺”もまたその1人だ。Kを待っているのだ。


昨日のKからの電話通り、飲みに行くことになった“俺”はどこか落ち着かない。“Tの話題”という餌につられ、別にただ飲みに来ただけにも関わらず、何を着ようか考えている“俺”はまさにKの手のひらの上なのだろう。それが、気にくわないのだ。自身の行動が結果的に後手に回る様な感覚が、本当にTによく似ている。Tを待つ様な感覚になるのが、どこか嬉しくも悔しくもあった。


そんな中、Kが改札から出てくるのが見える。こちらは気付いているが向こうはまだ見つけれていないらしく周りをキョロキョロしている。この仕草は、女性共通して愛らしいと思うのは“俺”だけだろうか、と思いながら、Kからの電話に出る。


「もしもし、Kちゃん斜め後ろ向いて、んで右手あげて振ってる紺の服の奴が俺やわ。」

後ろを向いたKがスマホを耳に当てながら笑顔を見せる。どうにもこちらに気付いたらしい。

「やっほー、おひさ!んじゃ何食べに行く?」

「おう!おひさ、せやなあ日本帰って来たばっかやからなあ、餃子とか食いたいわ。」

「いいね!私もビール飲みたいとこやった!」

本当に酒の口が合って助かる、そして餃子専門の居酒屋に向かった。


−「「かんぱーい!」」

飲みの最初の生ビール、これが何よりも美味しい。

「んで?Tの話ってなんなん。」

「え、早速すぎるって!(笑)もうちょっと後でにしよーよ」

「いやその話題持ち込んで来たんKちゃんやろ、それ早く片してゆっくり飲みたいねん。」

「しゃーないなあ、いや実はさ、Tがそろそろ帰ってくるってさ」

「・・・、ビザか。」

「そゆこと!んで、また会おー、みたいな話してんけど“俺”はもうTと会わへんの?」

「まあもう二度と会わん約束したからな。全くないな。」

「もうほんま、2人とも頑固やなあ(笑)Tも同じこと言うてたで。やからちょっと去年の夏に“俺”と飲みに行ったって話してみてん、どう思うんやろって」

「余計なことすんな(笑)まあ別に何とも思ってなかったやろ」

「うん・・と言うより、Kが思ってるより簡単に“俺”は心開かへんで、って言われたわ(笑)」

「まあ、Tの仰る通り、と言うとこかな(笑)」

「え!何で?!やっぱ私のこと嫌い?!」

「いやそうではないけども、嫌いなら一緒に飲みには行かんわ(笑)んで、“やっぱ”ってどゆことやねん」

「Tに、“俺”に気に入られてる気がせんって話してんよ!そしたら、Kと飲みに行ってくれてるなら“俺”は別に嫌いになってへんよ、って言われたわ、同じこと言うやん(笑)」


意見が合うのは“俺”にとってはもう気分が悪く感じるものだ。そしてKは続けてこう言うのだ、

「やっぱあんたは私の地元の子らと波長が合うんよ、やから“俺”と仲良くなるのにTに“俺”について聞いてん。そしたら、あの子めっちゃ楽しそうにKについて話すねん、あんたは全然嫌われてへんよ」


もう、その言葉で十分だった。今となって、Tに一言謝りたいという気持ちが生まれた“俺”にとって、知りたかったのはこんな些細な第三者からの話で十分だ。もう縁を切った身として、きっと会うことはもう無いが、お互いがきっと忘れることはない、言伝ことづてに話を聞く、それだけで十分なのだ。


呪いの様にまとわりつくモヤが晴れた気分だ。そんな気分の中、“俺”は残ったビールをゴクリと飲み干す。ほろ苦いビールは“俺”の喉を通った後、どことなく甘みを残していった。


その後、積もる話を消化しつつ、このKとの飲み会は楽しく終わりを迎える。

流石に、こんな話は自分からでは知ろうともしなかった、いや知る由もなかっただろう。身近にこんな友人がいる“俺”の環境は改めて恵まれていると認識する。


「Kちゃん。この話題を持って来てくれてありがとうな。」

「いえいえどういたしまして、ここの席の代金払ってくれたらそれでいいで〜(笑)」


・・・、まあ、情報代としては妥当か、、と、

結局最後は苦いビールを喉に通し、店を後にする。


「んじゃ、また時間あったら飲みに行こー」

「おう!次は美味しいお酒紹介してくれや」


こうしてお互い帰路につき、“俺”はもうあるはずのないTとの“繋がり”の様なものを認識する。


「あとは、あの記憶だけや。」


どこからか自信に満ちた男は、まとわりつく霧が晴れ見晴らしの良い帰り道を悠々と歩いていく。もう何も失うものもなく、欠けるものもない。これからは得るだけの人生なのだ、そんな気がした。


本日は満月である。

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