第3話 「魚釣りはタイミングが肝心」

窓の外から鳥のさえずりが聞こえる。

薄ら明るい光で目を覚ました“俺”は、眠気が後に引くような感覚がまだあるにも関わらず、どこかスッキリした気分でもあった。


「帰る場所、か・・・。」

覚えている。映画館の夢の記憶を鮮明に覚えているのだ。

確かに、“俺”はかなり恵まれた環境で育ってきてしまったのかもしれない。Tが感じていた退屈とは、“俺”の想像とはまた違ったものだったのだろう。それを、“俺”という存在だけでその退屈を補おうとしていたのだ、烏滸おこがましいものだと我ながら呆れたものである。

そんなTにとっては“俺”の鳥籠はあまりにも窮屈だったのだろう。


申し訳ないことをしたなあ。

おそらくこのモヤとは、女々しさや嫉みとは無縁のものであり、ただ一言謝りたい、そんな後悔の念だろう。ただ一言だけでいいのだ、自分勝手であった、と。だが、縁を切った身としてはもう何も出来る事はない。


そんなことを思ったところで、残酷にも時間は流れるものだ。もう前を向いている今の“俺”にとっては、悲しさも感じない。それも、皮肉にも「時間」が解決してしまったからだ。


受付の“俺”はこう言っていた、「いつでも空けておく」、と。

まだ、観たい過去があるのだ。前を向くことを決めた“俺”が、いつ、どんな一歩を踏み出したのかを。もう一度初心を思い出して、確認したいのだ、友人Aをなぜ好きになったのかを。こんなにも、次の夢が楽しみなことは初めてだ。ただ今は、現実世界を、帰ってきたばかりの日本を謳歌しようではないか。そう思いながら、眠気覚ましのコーヒーを淹れる。ミルクと砂糖はなし、ほろ苦い味が今の“俺”の気持ちには御誂おあつらえ向きであった。


−夕方、スマホの着信音が鳴る。

「・・・げっ」

“俺”は思いもよらない人物からの電話にぎょっとする。

Kからの電話だ。彼女はTと幼稚園の仲であり、“俺”とTとの過去を知る数少ない友人でもある。


「さて、どうしたものか・・」

この電話に出るのが少々億劫である。なぜなら彼女の性格は少しひねくれており、“俺”の行動が全て後手に回るような、全て見透かされているような、まさにTと話しているような気分になり、いつも居心地が良くも悪くも感じてしまうからだ。それに急に何の用だろう。“俺”の中でひと段落ついたこのタイミングでの電話は、ある意味で歯切れが良くも悪くも感じ、まさに見透かされているようだ。


「・・・もしもし?」

急な電話、何の用であるかという好奇心に逆らう事は出来なかった。

「あ、もしもし!おひさ!日本おかえりー、久しぶりにまた飲みに行こうと思ってさ!」

なるほど、飲みの誘いね、これは少々嬉しい連絡であった。“俺”も彼女も酒の口が合うからだ。だが、おそらく本題は飲みの会になるであろう、それが怖いのだ、何を話されるか見当もつかないからだ。


「ええけども・・、なぜまた急に?」

「まあ久しぶりに飲みたいやん、それに前にTと連絡取ってさ、聞きたいやろ?」

「・・聞きたくないと言うたら、嘘になる。」


本当にタイミングが絶妙であるのは彼女の天性の才能であろう。“俺”はTを餌にうまく釣り上げられた魚の様に、あとは彼女に委ねることにした。


−今日の映画館も変わらず微かにポップコーンの香りがする。


「すまん、Aの話はまた今度観させてくれ、明日用事ができてもた。」

「へいへい分かっとるよ、“俺”もここから観てたからな。いやあ、ほんま“俺”が主人格やなくて助かったわ、面倒ごとは全部主人マスターに任せれる。頑張ってなあ。」


全く、本当に一言多い奴だ。だが、これで少しはまた新たな発見があるかもしれない、と、期待に胸を膨らませ映画館を後にする。

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