第2話 「鳥籠の中は退屈」
3番スクリーンの扉を開いた。
大きな空間に1人、座席を選び放題というのは逆に困ったものである。
「止めたくなったらいつでも言うてな。」
受付の“俺”が後ろから声をかけてきた。
「あ、お前も観るんか。」
「まあここは記憶のアーカイブ、お客さんといっても来るんは“俺”しかおらんからなあ、暇なわけよ(笑)それに知りたいやん、“俺”がどんな答えを出すんか。いや、実はもう出てるんやろ?」
「…。ええから早く始めてくれ。」
「あらあら、クールな性格の“俺”がお客さんに来てもたみたいやなあ、へいへい、どうぞごゆっくりー。」
前言撤回だ、自分自身に接客をされること程に面倒なことはない。
過去の映像が始まる。間違いない、元恋人Tと飲みに行った日だ。コロナによって日本でオンライン授業が余儀なくされた俺達は、時差で夜間に授業があるようなもので、こうして2人で夜に食事に行くのは貴重な時間であった。彼女はサワーを一口喉を通した後、話を始める。
「夜に授業あるんほんましんどいわー!」
「分かる。授業終わってから課題や予習して終わったら朝とか昼よな」
「ほんま健康にも肌にも悪い!寝て起きたらもう夕方やし、あー、もうアメリカ戻りたいーー」
正直驚いた。普段は落ち着いている彼女が、酒を飲んだ時ここまで喋るようになるとは知らなかった。だが、高校からの付き合いである彼女の知らない一面を独り占め出来ている時間は“俺”にとってはこれ以上ない幸福であり、そんな彼女が愛おしく感じた。
「はーい、ここでストップ!」
受付の“俺”が映像を止める。画面には酔っ払う彼女と微笑む“俺”が映る、止めろなんて一言も言ってない。そんな不機嫌そうな“俺”の顔を見てこいつは満足げな顔を浮かべる。
「映像を勝手に止めんな。
「いやー、主人がTちゃんのこの顔みたいかなあって(笑)」
「あんま“俺”を
「へいへいマスター、仰せのままにーー、ほんま“俺”と映画デートしたら女の子絶対楽しないわー。」
つくづく一言多い“俺”だ。一体誰がこいつを受付に採用したのか、全く、主人の顔がどんなやつか知りたいものだ。
映像が再開する。“俺”が彼女の言葉にこう返す、
「え、でも日本食美味しいし、こっちの友達とも遊べるし、“俺”的には日本おるのも案外楽しいかも」
「…、いいよね“俺”には帰る場所がたくさんあって。」
「おいおい、そんな皮肉じみたこと言わんでや(笑)」
「ううん、ほんまのことやで。“俺”は昔から人気者、地元以外にも友達たくさんおって、みんな会いたがるやん、私はそんな人じゃないから、日本がどんなけ良くてもここは退屈に感じちゃう。」
「…?帰る場所って言うても、少なくとも“俺”がおるやん?」
我ながらどうしようもなくクサイ言葉を口にするものだ。
「止めんなよ。」
「分かってる。」
映画館という大きな壺の中に、茹で蛸のような顔の男が2人、あまりにも
「“俺”が、帰る場所ね…、うん、そうなんやけど、私が言いたいのはそういうことじゃないねん。」
アーカイブはここで終わる。
そう、ここだ、ここで俺は返す言葉を選び切れず話を逸らしたのだ。受付の“俺”が話し出す。
「“俺”さ、思うのよ、Tちゃんほんっまに退屈やったんちゃうかなって。」
「うん、間違いない。そんで過去の“俺”は、あの子に帰る場所がなくても、“俺”という存在でどうにかしてあげれる気してたし、これからも上手くやってけると思っとった。」
「いやもう、ほんまその通りでございます、ご主人。やから、振られた時にこのまま一緒にいることはお互いの為にならないって言われた時、あの子ほんまにここを離れたくて、ほんまに窮屈に感じてたんちゃうかな。」
「てことは、“俺”はあの子はずっと鳥籠の中に入れてたんかもな、それは同時に“俺”が他のことに目も向けてなかった、ってこと」
「一途、ってことなんですけどねー、まあ要は言葉の裏返しってことで。Tのことを考えてるようで考えなかったのよ。」
自分自身に諭される。不思議と嫌な感じはしなかった。思っていたことがその通りであり、反対する気など微塵も起こらなかった。ただただ彼女のどこか遠い目をするような寂しそうな顔が今でも脳裏に残る。
「どうする?他の観る?」
「いや今日はもういい。振られた後の話はまた後日にしようや、一旦気持ちを整理させてくれ。」
「せやなそうしよう、また来たくなったらいつでも来てや。いつでも空いてますんで。ただあんま考えすぎもあかんで、体に毒や。」
「おう、サンキュー。んじゃ、また。」
確認したかった過去を1つ消化し、“俺”は映画館を後にした。
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