ヨハンの冒険

「怪しい臭いがするっす!」


 ログを追って、離脱当時の状況を追跡しています。これはほんの数日前のようですね。位置もカイラスに近いです。ヨハンさんが何かを見つけたようなことを言っています。


「怪しい臭い……ですか? 特に何も感じませんけど。強いて言えば海に近くなってきたのか、潮の香りが微かに感じられるぐらいです」


 ヨハンさんの言葉に、律義に返事をするソフィアさん。たぶんヨハンさんの『臭い』はスライムと同じで常人には感じられない気配とか予感のようなものだと思います。スライム以外にも分かるなら、有効活用すればかなり便利なギフトになりそうですね。


……有効活用できれば、ですけど。


 ヨハンさんは突然任務を放棄して走り出しました。方向的にカイラスを目指しているのでしょうか?


「もうすぐ開通するからほっとくぬー。もういてもいなくても同じだぬー」


 地味に酷いことを言って、ヨハンさんを追いかけようとするソフィアさんとアルベルさんを止めるタヌキさん。その通りですけど、ヨハンさんの報酬はしっかり減らしておきますからね!


「これはカイラスの作戦に乱入しそうですねぇ」


 横で覗いているモミアーゲさんが不吉なことを言いました。私もそう思います。ミミックの臭いでも感じているのでしょうか?


 とりあえずヨハンさんを追いかけてみましょう。彼は真っ直ぐに森の中を走り抜けています。


「これは! 事件が勇者を待ってるっす!」


 待ってません。


 カイラスに向かってますし、やっぱり何かを感じ取っているようです。それにしても黒騎士を目指すんじゃなかったんですか? 勇者はあくまで個人の行いを讃えて呼ばれる一種の通り名のようなものですから、黒騎士で勇者というのはあり得る話なのですが、ヨハンさんがそんなことを分かっているとは思えません。


 あっ、これ見よがしに女性がゴブリンに襲われています。どこかで見たような光景!


「あっ、あの時の小麦粉泥棒!」


……ああ、あの女性ですか。なんでこんなところでタイミングよくモンスターに襲われているんですかね?


「助けてください、勇者様!」


「まかせろ!」


 この人、完全にヨハンさんの性格を把握していますね。相手はゴブリンですし、ヨハンさんも気持ちよく退治するでしょう。


「ウワーニゲロー(棒)」


 なんかゴブリンの言葉が物凄く棒読みに聞こえたのですが、きっと気のせいですよね?


 女性を囲んでいたゴブリン達はヨハンさんが襲いかかると一目散に逃げていきました。


「大丈夫か? 怪我はないか?」


 なんかさっきまでとえらく態度が違いますね。口調まで変わってます。小麦粉の件もちゃんと追及しておいた方がいいですよ。


「ありがとうございました。私はメヌエットと言います。この間は小麦粉を持っていってしまってごめんなさい」


「いいってことよ! それでどうして小麦粉を持っていったんだい?」


 だからなんですかその口調は。ヨハンさん的に勇者の口調なのでしょうか? かなり怪しいですよ。


「実は、うちの子達がお腹を空かせていて、私が森で食べ物を探しているんです。そのせいで時々モンスターに襲われてしまって」


 いやいやいや、ボガートにも勝てない女性が一人で森の中を歩き回れるわけないでしょう。だいたい、前回ヨハンさんと遭遇した場所から直線距離で100ギタール(約75キロメートル)は離れてますよ?


「そうだったのか! だから小麦粉を持っていったんだな。大変だなあ!」


 納得しないでくださいよ!


 このメヌエットという人、かなり怪しいですね。少なくとも通常の市民シビリアンではなさそうです。なんでヨハンさんの前に繰り返し現れたのでしょうか?


「それにしても若いな。何人も子供がいるようには見えないよ」


 ヨハンさんが突っ込みますが、そこはあまり重要ではないというか、たぶん子供のことではないです。


「あっ、うちの子っていうのは子供じゃなくて、ペットのようなものです」


 ペットの餌を探して森の中を歩き回る若い女性。ほら、凄く怪しいですよ! 気付きましょう!


「なるほどねー、それじゃあ家まで送ろうか? またゴブリンに襲われてもいけないし」


 ダメなようです。


「本当ですか? ありがとうございます!」


 ん? 家が近くにあるのでしょうか。メヌエットさんの案内でヨハンさんは東の方へ進んでいきます。えーと、そっちは森の奥なんですけど。


「ここから700ガウル(1キロメートル強)ぐらい先に私の家があります」


 そう言ってヨハンさんを案内するメヌエットさんですが、前を向いた時、つまりヨハンさんに背を向けた時にニヤリと笑ったのは見逃しませんよ?


 そして彼女の家に到着です(※追跡中はたびたび時間を進めて大事な場面だけを見ています)。森の中に木でできた一軒家ですか。誰か死んでいても誰も気付かないでしょうね。そんなところで女性がペットと暮らしているなんて危険にもほどがあります。一応カイラスの町までは歩いて行けるぐらいの距離ではありますが。


「おかえりなさい」


 はたして、家の扉を開けて二人を出迎えたのは――


「ソフィアっち!?」

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