ミミックの臭い

 家の中から現れたのはソフィアさんでした。もちろん本人なわけがありません。モミアーゲさんみたいに瞬間移動ができたとしても、同時刻に本来いるべき場所で変わらず開拓を続けている本人がいるので、どちらかは偽者。その上で私にはこちらが偽者だとからです。


「うふふ、ヨハンさんを待っていました。私と一緒に東の大陸に向かって魔王を退治しませんか?」


 また凄い単語が偽ソフィアの口から飛び出しました。これは勇者になりたいヨハンさんを騙すための方便でしょうが、実際に魔王なる存在がいてもおかしくはありません。東の大陸は伝説にしか語られていない魔族の世界ですからね。


 ヨハンさんが剣を抜きました。さすがに怪しすぎて偽者だと気付いたようですね。アルベルさんの偽者もいませんし。でも、この状況は非常に危険です。気付いたとしても気付かないふりをして話を合わせるべきでしょう。


「どうしたのですか勇者様?」


 メヌエットが驚いた顔をして白々しく言います。それにしてもこいつはヨハンさんを騙して連れ去って、何をするつもりだったのでしょう?


「このソフィアっちからはスライムっぽい臭いがするっす。偽者っす!」


 あ、そういえば口調が戻っていますね。姿を変えるミミックはスライムの亜種か何かなのでしょうか?


「……ククク、アホだから簡単に騙せるかと思ったが面白い特技を持っているようだな」


 おっとメヌエットも口調が変わりましたよ。話に聞くエルフを騙してさらう魔族のようですね。今回の偽者騒ぎの黒幕も彼女でしょう。思いがけず真相に迫ったヨハンさんですが、これは数日前の出来事なんですよね……骨は拾ってあげますね。


「な、何だってー!? お前も偽物だったっすか!」


 気付いてなかった!


 まあヨハンさんですからね。臭いで全てを判断しているのでしょう。


「プハッ! 本当に面白い人間だ。ここで殺すのは惜しいが、こういう奴が将来わざわいと化すものだ」


 そう言って、どこからともなく巨大な鎌を出現させました。やはり、ただの人間ではないですね。これが伝説の魔族ですか。


「ヨハン、家から離れなさい!」


 そこに外から大声が聞こえました。ヨハンさんは入り口近くで二人と話していたので、ビクッと身体を振るわせてバックステップします。聞きなれた上司からの命令、そして彼女の性格から次に何が起こるのか身に染みて分かっているからこその超反応。


 次の瞬間、森の中に建っている木造の一軒家は入り口に立っていた二体のモンスターと共に炎に包まれました。


「ミラ姐さん!」


 そんな呼び方してたんですか。ヨハンさんは助けに来たサブマスターに顔を向け、感謝の声をかけます。


「まだ気を抜かない!」


 そこにミラさんから叱咤しったが飛び、急いで前に向きなおしたヨハンさんの目の前にメヌエットが鎌を振り上げて迫っていました。


 ガキッ!


 間一髪、剣で受け止めるヨハンさん。サラディンさんから剣を習っていた成果が出ましたね。


「やるな、人間。ペットが一匹やられてしまった。このまま引き下がるのはプライドが許さないので、軽く痛い目を見てもらうぞ」


 ミラさんの魔法を食らっても火傷一つ負っていないメヌエットが、薄笑いを浮かべたまま鎌の柄でヨハンさんを弾き飛ばしました。これは何か大技を使う予告ですね。


「フレイムヴァイン!」


 そこにミラさんが次の魔法を使うと、燃え盛る小屋からひも状の炎が伸びてきてメヌエットの身体に撒きつきます。拘束技ですね。


「へえ、ただの火力バカではないようだな」


 それでも余裕の態度を見せるメヌエット、あっさりと炎を散らします――いえ、これは余裕の振りをしているだけですね。結構頑張って拘束を解いたのがました。


「……」


 隣に立っているガスマスク姿のモミアーゲさんが無言でこちらを見つめてきますが、これは過去の映像なので救援は無理ですよ?


「これでも食らいな! 衝撃波ショックウェーブ


 メヌエットが鎌を振ると、不可視の衝撃波が二人を襲い、吹き飛ばされた二人は森の木に身体を叩きつけられて倒れました。これぐらいなら死ぬことはないでしょう。メヌエットはそのまま逃げていったようです。その気になれば二人を殺せそうですが、やはり先ほどのダメージが大きかったのか、それとも本当に軽く痛い目を見せるだけのつもりだったのでしょうか。


「あれが魔族か……とんでもないバケモノね。ヨハンのおかげでレアモンスターに遭遇できたけど、命にかかわるからもう勝手な真似はしないように」


 魔族が去り、立ち上がったミラさんがヨハンさんを叱ります。ヨハンさんもさすがに死にかけたおかげで反省したようですね。黙ってミラさんの顔を見ています。


 それはいいんですけど、ミラさーん? 小屋から森に火が燃え移っているように見えるんですがー?


「うわわ、火事っす!」


 火に気付いたヨハンさんの言葉に、キリッとしていたミラさんの頬を一筋の汗が伝い落ちました。


◇◆◇


「……まあ、あれは偽者が悪いということにしておきましょう。集めた冒険者もどきも森を破壊しているようですし」


「そうですね、何でも責任を被ればいいというものでもないですからねえ」


 私とモミアーゲさんは恋茄子の歌をバックに話し合い、今の出来事を見なかったことにするのでした。


 さあ、カイラスの町に視点を移しますよ!!

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