第30話 危うい凱旋

「ルーチェ、アレン、ちょっといいかな?」


 レオンハルトはできるだけのさりげなさを装って、全幅の信頼を置いている二人を呼んだ。


「若、どうかなされましたか?」

「レオンハルト、声が固いよ」


 アレンは騎士たちを介抱しそのままなだめる作業に集中していたようで、レオンハルトの危惧にはまだ気付いていない様子だ。一方ルーチェは流石の明敏さと言うべきか、既にレオンハルトと同じ事を考えていたらしい。騎士見習いの態度が事態を露見ろけんさせないように注意を寄越す。しかし解決策までは見出していないようで、レオンハルトの傍まで来ると他の騎士たちには見られないように溜息ためいきをつく。二人の様子に付いて行けていないアレンは、取り敢えずといった様子でルーチェに疑問を投げかける。


「こむ、いやルーチェ殿、どういうことだ?」

「こむ…今は良いや。レオンハルトが相談したいのはみんなの護送の件よね?」

「護送?」

「そうなんだ。神殿騎士団が今降伏してくれたのは、先にルーチェが王宮からの調査隊の存在を訴えていたからだけど…」

「なるほど。あれは神殿騎士の皆様や司祭様をを問い詰めるための方便だから、実際には援軍が今向かっている訳ではない、という事ですか」

「ええ。本当に調査隊が派遣されているなら、レオンハルトは此処で皆を見張っているのが自然。でもそんな事をしてもばれるまでの時間を引き延ばすだけで意味が無い。かと言ってレオンハルトが全員を引き連れて王宮まで戻ろうとして、その中でばれてしまったら怒って本当に命がけで叛逆はんぎゃくされてしまうかも」


 ルーチェに説明されてアレンも今の三人の立場の危うさに気付いた。思わずカシウス家の主従は同時に溜息を漏らしてしまうが、こんな所で息が合った所で何の役にも立たない。


「確かにその通りです。困りましたね…」

「だけどルーチェの言った通り、此処で待機する事に意味は無い。どうにか諸卿を説き伏せて足止めしつつ、アレンに先に進んでもらって、王宮から本当に充分な人数を派遣してもらうしかないと思うんだが…」

「一つ思いついたわ。行きに泊まらせてもらった集落があったよね。アレンが王宮に行って仔細しさいを伝えるから沙汰さたを待つ間逗留とうりゅうさせてもらうという事にしようよ。ちょっと村には負担を掛けてしまう事になるけど。実際デュラディウスの力で気絶しちゃった人の中には、本当は動かしちゃいけない人も居る可能性も有るし。アレンの一人旅が大変になるけど、地図と自分の分だけの食糧なら運んで歩けると思うの。騎士様達の抑えにはレオンハルトが居てくれれば、敢えてまた歯向かおうって人は居ないと思う」


 父ハインリヒには自分の判断がいかに重要かを言い聞かされて送り出されたというのに、魔物についての知識だけでなく様々な局面で一行で最年少のルーチェに頼りきりになっている。その事実にレオンハルトとしては内心忸怩じくじたるものを感じる。幼い頃より武芸に打ち込んだのは自分の選択だったが、その結果として考える事に対しての訓練ともいうべき物が、レオンハルトにははなはだ足りていなかった。 

 一方でルーチェには何度も祖父の力を借りずに研究を重ねて悩み、試行錯誤を繰り返した結果の思考の柔軟さが備わっていた。今は自分が持たないルーチェの美徳に頼ると決めたレオンハルトは、とにかくルーチェが提案した集落まで全員で安全に移動する事に決めた。その為に一人一人の騎士の怪我の具合や、ギルベルト司祭や投降したとはいえ他の神官の拘束、また騎士とはいえ現在の状態では徒歩で移動することなど、はたから見て神経質とも取れるほどに事細かに確認を取った。旅慣れればほんのわずかな距離と呼べるかもしれない道程だが、今の彼らには思いもよらぬ危険が待ち受けているかもしれない。今回の事態について正当な裁きを受けさせる為にも一人の脱落者もレオンハルトは出したくなかった。


「ガイラッハ卿、最後に進むべき道の確認を取らせていただきたい」

「承知した。それにしてもレオンハルト殿は慎重だな」

「今回の件について、全員に王都まで戻って裁きを受けていただきたいのです」


 ルーチェと比べるまでもなく腹芸には自信のないレオンハルトだが、できる限り神殿騎士団はこのまま遅滞なく王宮まで送られると思わせたかった。

 そして屋敷で父から預かった地図を他の騎士たちにも見せて、ひとまずの目的地とした集落までの道を皆で頭に叩き込んだ。隊列は先頭にレオンハルトとルーチェの跨ったチュルク、司祭と神官を囲むように神殿騎士団、念のためにとアレンはレオンハルトの傍ではなく最後尾から従った。

 取り敢えず集落に入り、そこで頭を打った者も居たのだからと小芝居を打って神殿関係者を集落にしばらく留め置く。先に進んだアレンは神殿の叛意はんいが確かだったことをハインリヒに伝え、改めて王宮から本物の騎士を案内するという寸法だ。


「では、先導させていただきます。ルーチェ、地図をよく見て道をれていないかよく見ていてくれ」

「はい、わかりました。レオンハルト様」


 騒動がひと段落付いたという事で、ルーチェも最早無意味ともいえる猫をかぶり直し、大人しくレオンハルトのふところに収まっている。洞窟まで来るときは当然と思えた体勢に、何故かレオンハルトは熱を感じたが、今はそれどころでは無い。自分以外の十数の目が自分の嘘を暴くあばく時を待っていると思いながら、猶更なおさらに自然に振舞い、しかも一人だけ馬上に有る事で騎士達に自分が罪人である事と認識させて状況に対しての思考停止を促さねばならない。


「先程から繰り返した通り、王都まで一息で帰還するのは困難ですし、この大人数で先を急ぐのは危険です。一度途中の集落に寄ってそこでしばらく、そうですね、戦闘での傷が大した事が無いと確認が取れるまでは休息を取るつもりでいます。集落にとっては一度に騎士を受け入れるのは負担になるかもしれませんが、できれば今回の件は素早い対応で未発に終わったという形を取りたいと思っているので、集落の者達を人質に取るなどとお考えにならないようお願いいたします」

「心得ている。レオンハルト殿、我らの野望はついえたのだ。何度も繰り返さなくとももう事は起こさぬ」


 レオンハルトは先行きを詳しく説明したつもりだったが、要らぬ念を押してかえって悪印象を与えたかもしれないと思い、今後下手なことを言わないようにともう一度自分を戒めた。


「失礼いたしました。それでは目的の集落まで向かいます」


 せめてもの礼儀にと一旦馬を止めて一同を取りまとめてくれているガイラッハに目礼し、レオンハルトは先の道を伺った。実際まだ旅慣れたとはとても言えない一行には、獣道のような道を進むのは困難で、自然と皆が口をつぐんで前を行く者の後を付いて行くようになった。


 途中何度か行きと帰りの風景の違いに戸惑ったレオンハルトだが、ルーチェの持つ地図と実際の光景を照らし合わせて迷うのを防ぎながら、何とか日が暮れる前に目的地へ辿り着く事ができた。

 出迎えてくれた村人は騎士のほとんどが徒歩で戻ってきたことに驚きを見せたが、レオンハルトが魔物に襲われて馬を失ったと説明し、この人数を一どきに村へ入れることをびると、内心はともかく村長は快く受け入れ、村の何人かに指示を出して騎士たちが泊まれるだけの家を空けてくれた。

 レオンハルトは洞窟で魔物に襲われた時に頭を打った騎士も居るので、できればしばらく休ませてもらいたいこと、王都に戻ったら金品という形で返礼させて欲しい事を告げると、それも村は請け負ってくれた。


「ガイラッハ卿、よろしいですか?」


 村でしばらく過ごせる準備を整えたレオンハルトは中心的な存在であるガイラッハを呼ぶ。


「レオンハルト卿、村長は我らの滞在を受け入れてくれたのか?」

「はい、実際には苦しい状況を押して、騎士からの要請という事で応じてくれたのかもしれませんが。回避できるかもしれない負担を平民に負わせて良いものか考えはしましたが、やはり皆様の健康を考えると、ここで安静にしてしばらく様子を見たいと思います。私の従者が王都から向かってくる調査隊との連絡のために先行し、我々はこの村で向こうから来るのを待とうと思います」

「レオンハルト殿、今更恥じる事でもなかろう。あの時の卿にはあれしか道は無かった。わかった、我らの身を案じての事ならば従おう」


 レオンハルトの偽りの配慮に心底から感激しているらしいガイラッハの言葉に胸が痛むが、これで神殿勢力をこの村に留め置くことができた。レオンハルトが村長と交渉とも言えぬやり取りをしている間にアレンも身支度を整え、下手にやり取りをして噓があばかれるのを防ぐ為にそそくさと出立した。

 レオンハルトにはルーチェと話し合いたい事があったが、幼いとは言え一行で一人女であるルーチェは、敢えて家を全部明け渡されるのでなく女所帯に世話になる事になった。しばらくはこの村で過ごすのだから機会は何時でも有るだろうと、レオンハルトも今夜は与えられたあばら家で一晩を過ごす事になった。

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