第27話 決裂
「それで、あなたは何をするつもり?」
先ほどの糾弾とは打って変わったルーチェの静かな問いかけの口調と抽象性にギルベルトは戸惑った様子だ。
「何を、じゃと?さっきから言うておる通り、王を廃して儂らシペリュズ神殿が権を握るのじゃ」
「だからその権力で何をするの?善政を
「もちろん税やその使い道を改めるのじゃ。この数百年、平民はほとんど豊かになっておらん。税が重いからじゃ。挙句その金は何もせぬ王の権威を保つ為に使われる。そなたも平民ならば苦境に
当然のことを問いかけられていると思っているギルベルトだけでなく、レオンハルトにもルーチェの真意がわからない。王の無策を批判するならば当然の予定をルーチェが尋ねているとしか思えない。
「それが此処に有る大量の重力水を使って、反対するだろう王宮の人たちを何人も殺してまでしたい事なの?とんだ無駄遣いね」
「無駄ではない。この島を正しく導くために必要な犠牲じゃ。失われる王族や騎士の数など救われる平民に比べればたかが知れておる」
より多くの民を救う。その言葉は御伽話の悪魔の
「けれども司祭様、突然陛下を廃して神殿に従えと言って民が付いて来るものでしょうか。混乱の果てに島全体が衰退する事はありませんか。あなたは税の使い道を改めると仰るが、敢えて
「愚かじゃ、そなたは自分の姿しか見えておらぬな。王都に住まう少数の民や騎士を除けば王宮の姿など知るまいて。平民は実際に統治する騎士や施す神殿に敬意を捧げておるのじゃ。王が
「いいえ、やっぱりこの流血沙汰は無駄よ。だってあなたにはその先の未来が見えていない。この島で最善を尽くしても、いつかは限界が来るんだもの」
「…な…な、何…?」
再びルーチェが静かに、だがはっきりとギルベルトを否定する。その意外過ぎる言葉に
「ルーチェ、何を言い出すんだ?限界とは何だ!?」
「考えた事は無いの?人の暮らしには様々な物が必要なのよ。最初の開拓者は石と木で家を作ったわ。粘土を焼いて
「そ、それじゃ…いつか、人は滅び…」
「有り得ぬ!」
レオンハルトが不吉な未来を口にしかけると、それを
「滅びるのよ。いつか鉱脈は涸れる。使った鉄を
「それじゃ滅びは避けられるのか?どうやって?」
「わたしなら、船を作るわ」
「船?漁師が使う?」
「もっと大きな船を作るの。もう一度大陸との連絡を
「鉄で船を?そんな物が水に浮くはずが無い」
「いいえ、船の形状にさえ気を付ければ十分な浮力が得られるわ。でもさすがに重くて人が漕いだくらいでは自在に動かせない。だけど私には重力水がある。お祖父ちゃんの研究と合わせて動力源に換えれば…!」
「フハハハハハ!」
次第に熱を帯びてきたルーチェの説明を
「何を言い出すかと思えば!船を作るじゃと?大陸に戻る?馬鹿々々しい!そうか、先ほど島が滅ぶなどとうそぶいたのはこの重力水を独占するための妄言じゃな。貴様こそ不毛な未来のために貴重な資源を使いつぶすつもりじゃろう」
「妄言なんかじゃないわ!重力水だけじゃない、海を渡る風を使って…」
「もう良い、もう良い。そなたのような小娘の言葉に耳を傾けた儂が愚かじゃった。騎士たちよ、しばし待たせたが先ほど言った通りじゃ。こちらの道理に耳を傾けぬとあらばやはり口を封じねばならん。頼んだぞ」
「待って、まだ話は終わってない!」
興奮して身を乗り出そうとしたルーチェの肩を掴んでレオンハルトは押しとどめた。そしてじっと黙って議論の行方を見守っていたアレンに委ね、自分はデュラディウスを構える。
「ルーチェ、君の話が本当の事なのか、島の将来はどうなるのか、聞きたいことはまだ有るけど…今は駄目だ。相手が武力を振るうのなら言葉は無力だ。ここは私に任せてくれ。アレン、少しずつ後ろに。部屋の入り口に陣取って囲まれるのを避けよう」
「かしこまりました」
アレンがまだ議論を続けようとするルーチェを抑えつつゆっくり下がるのに合わせてレオンハルトも後ずさりする。神殿騎士はまだ躊躇っているのか三人に迫ってはきているがその足取りは重い。
「お主ら、何をしておる。こちらは十人以上、向こうはたったの三人じゃぞ。さっさと片付けてしまえ」
ギルベルトは神殿騎士のためらいに気付いているのかいないのか、乱暴な言葉で彼らを急かす。その言葉に押されてさらに包囲の輪を縮めてくる神殿騎士。
炎の揺らめきに合わせて踊る影は既にレオンハルトの間合いを侵しているが、本人たちが踏み込んで来るにはまだ五、六歩とある。また誰が先頭を切るのかも定まっていない様子で、むしろ仲間同士で
実際に戦うことになる彼らを説得すれば投降してくれるかもしれないと思ったレオンハルトは、やや遠ざかったギルベルトに声が届かぬように小さな声で呼び掛ける。
「皆様、本気で王宮と事を構えるおつもりですか。まだ間に合います、ギルベルト司祭を捕縛し神官様たちを説き伏せてください」
レオンハルトが声をかけるとやはり踏ん切りのつかないらしい騎士たちは一旦足を止め、
「聞こえておるぞ。諦めよ、皆のもの。そこの見習いが戦いを避けようとするのは多勢に無勢だからじゃ。そ奴らの言う通りならいずれは王宮の騎士たちが本隊を寄こす。数で多い彼らが、そ奴のように甘い考えだとは思わぬ事じゃ。覚悟を決めよ、もはやそなたらも儂の
「それは違う。諸卿が
「そしてまた同輩のはずの貴様らに侮られる日々を過ごすのか」
その言葉はやや右方から聞こえてきた。誰を正面としていてもこの場は問題などないと思い、レオンハルトはそちらに体ごと振り向く。それは過日レオンハルトとひと
「貴様のような正統の騎士には分家筋に生まれた我らの屈辱は判るまい。ただ先祖が次男、三男だったというだけで未だに島の舵取りからは外される。そうでない家の者とて本人はあずかり知らぬ数百年前の
そう言い放ったローグライアンが大きく踏み出すと、立ち止まりかけていた他の騎士たちも一歩を踏み出す。レオンハルトはとうに形骸化していると思っていた分家筋への軽視が彼の心に影を落としていた事に驚く。
思えばこの一週間ほど、慣れ親しんだと思っていたもの、当然と思い込んでいたものに驚かされてばかりいる。この場を乗り切ったなら先入観に囚われずに多くの物事に触れていかなければとレオンハルトは思う。だが今はそれどころではない。彼らを言葉では止められないと理解したレオンハルトは左手の痛みを堪えてデュラディウスを構え直した。
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