第26話 陰謀を明らかに

 神殿騎士団の二人の後に付いて数分進んだ先で突然視界が開けて極めて広い空間が現れた。部屋は広いだけではなく今までの通路とは格段の天井の高さだが、レオンハルトはむしろ通路を歩いていた時以上に息苦しさを感じた。

 理由の一つはその空間のほとんどを占めるのっぺりとした金属の構造物だ。もはや壁のようなその表面は緩やかな曲線を描き、おそらくはこの部屋に収まる箱のような物だろうことが見て取れる。もう一方の理由は優に三十人を超える人間の視線だ。レオンハルト達は神殿騎士団だけが任務で来ていると考えていたが、ゴルディアスの言う通り神官の衣装を身にまとった者も数人居る。特にシペリュズ神殿の司祭であるギルベルト・ローバッハが篝火の脇に立っているのには驚かされた。三人ともが、神殿が今回の事を余程の重大事と捉えている証左と否が応でも理解させられる。

 レオンハルト達が部屋、というよりも箱と壁の間の通路のような空間を見回していると、ギルベルトから声をかけてくる。


「ようこそ、レオンハルト卿」

「はい、いいえ。まだ私は見習いでございますギルベルト司祭様。どうぞレオンハルトとのみお呼び下さい」

「ふむ、ではレオンハルト殿。王宮からの先触れ、と考えて良いのかね?」


 王宮からの使者、という思わぬ認識に狼狽ろうばいしかけるが、先ほどルーチェがそう偽ったことを思い出して首肯しゅこうする。


「できれば本隊がいつ頃いらっしゃるか教えてくれぬかね」

「申し訳ありません。なにぶん王都を離れるという経験を持つ者が騎士には少なく、どれほどの時間がかかるかも推測できかねます」

「なるほど、それは道理じゃ。儂らもこの探索を志してからしばらくは、この洞窟に余力を持って辿り着くだけでも試行錯誤したものじゃて」

「ではギルベルト様、なぜそのような困難を経験してまでこの洞窟へ?見れば神殿騎士団の半数近くに加え、神官の方々も数名いらっしゃる様ですが」

「ほほ。重力水なる不可思議な代物を手に入れるために努力するのが不思議かね?聞けばそなたの家はこの重力水とやらを手に入れたことで大いに栄誉を得たと聞くが」

「恐れながら司祭様」

 

 追及の道を掴みかねたレオンハルトを見かねてかルーチェが声を上げる。シペリュズ神殿の司祭ともなれば王族に並ぶ貴種だが、ルーチェには少しも臆する様子は無い。レオンハルトは彼女の聡明さに期待して、少し横に避けてルーチェの視線をまっすぐに通す。


「おや、まだ幼い娘のようだがそなたは何者じゃな?」

「鍛冶師ディルの孫でルーチェと申します。この度はこの洞窟に関する知識を買われて、レオンハルト様に同行させていただきました」

「ほほう。ディルの名は儂も聞き及んでいるぞ。良かろう、その令名に敬意を表して平民が儂に直言することを許す」

「ありがとうございます。では率直にお聞きしますが、なぜ重力水に関する計画を立てながら、祖父ディルや当時この洞窟に挑んだカシウス家に何の相談もなさらなかったのでしょうか。これほどの大部隊を動かしながら連絡もしない事も含めて、まるで王宮に秘密にしたい様です」


 ルーチェはレオンハルトが有耶無耶うやむやにされた部分を率直に問い質す。言語化されてレオンハルトも自分が今まで気付かずにいた、そしてルーチェやハインリヒが最初から問題視していた部分を理解する。


「歳の割に聡い娘じゃの」


 ルーチェが切り込んだのが痛い部分だったのか、ギルベルトから好々爺然とした表情が消えて、神職とは思いもよらぬ鋭い顔つきになる。


「いかにも、そなたの言う通り王宮には隠しておきたかったのじゃ。そなたの祖父なり、親しい技術者なりで信頼のおけそうな者に、この重力水を預けて我らシペリュズ神殿で使いこなすまではの」

「司祭様、それは!」


 ギルベルトがさらりと告げた言葉は他の神官たちにも意外だったのか、色めき立って声を上げる。


「今更気にするでない。ここまで来られた時点でこ奴らの口は封じねばならんのじゃ。せめてもの情け、全て伝えてやろうではないか」

「口を…封じる?それはよもやこの者たちの命を…そこまでせねばならぬのですか?」

「なんじゃ、今更覚悟が揺らいだか?もとよりこの島の歴史を変えるための大事業。一滴の血も流さずにとは都合が良すぎるぞ。そもそも力づくでやり遂げるためのに、武器を作ろうとしておったのではないか、ん?」


 ギルベルトが揶揄やゆした通り、暴力を振るう事を想定していなかったらしい神官たちも神殿騎士たちも愕然としている。だがそれ以上に、命を奪うとまで言われたレオンハルト達の動揺は大きい。それでもまだルーチェは冷静に、司祭と神官のやり取りの中から重要な部分を拾い上げて問いかける。


「島の歴史を変えるって、どういう事ですか?王宮に秘密にするって事は王様たちに武器を向けるって事ですか?」

「判っておるではないか、娘よ。儂らは王宮に反逆し、シペリュズ神殿によってこの島を治めようと考えておるのじゃよ」


 思わぬ言葉の数々に目を白黒させていたレオンハルトだが、反逆という言葉には捨て置けないものを感じて、ギルベルトの口上に何とか割り込もうとする。


「お待ちを司祭様!国王陛下への反逆など、見習いとはいえ騎士たる身にはとても看過できません。神殿騎士団の諸卿もそんな恐ろしい企てを見過ごしたと仰るのか!」

「神殿に直接仕えるこ奴らは判っておるのじゃ。真に民草のために善をなしてきた我等を、飾り物の王が抑え込むのがいかに不条理な事かをな」

「飾り物とはどういう事です。司祭様には陛下への敬慕の念が無いとお仰るですか!」

「繰り返すが王など宮殿の飾り物じゃよ。少しでもアイク島の歴史を紐解いてみれば判る事。開拓時代、ほんの百年ほどを除けば王が施政に口を出したことなど無い。只々神殿や王宮に務める騎士団が働くのを、玉座に座って眺めていたのじゃ」

「それは違います!代々の王はこの島の平和を見守ることを第一に考え、重大な危機に備えて敢えて軽々に動かないようにと…」


 反論の言葉が徐々に勢いを失っていく。王宮への反逆を企みが進行している今こそ王が動くべき時。しかしレオンハルト達が王宮からの使者というのはルーチェの嘘で、実際には王宮はこの危機に気付いてさえもいない。

 むろんギルベルトに主張の矛盾が気付かれた訳ではないだろうが、言葉が力を失っていく事には老獪ろうかいな司祭は気付いたのだろう。正当性を示して説き伏せようとする素振りがなくなる。


「何を迷っておるのか知らんがもう良い。最初からそなたらには消えてもらう心算だったのじゃ。儂らが王よりも巧みにこの島を治めていくのを草葉のかげから見ておれ」


 ギルベルトは言い捨てて右腕をゆっくりと挙げる。その腕が振り下ろされると同時に、神殿騎士団にかかれの合図が出るのだろう。迷いながらも言葉が無力と思ったレオンハルトは、せめてルーチェとアレンは無事に帰すとの誓いを果たさんと、刺すような痛みをこらえて左手をデュラディウスに添える。

 その時、レオンハルトに場を譲っていたルーチェが再び割り込んだ。


「それで、あなたは何をするつもり?」

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