第10話 命のやり取り

 若い男は呆気にとられた。目の前の、自分がとどめを刺そうとした瀕死の青年が起き上がる事に。顔はうなだれていて表情は性格に読み取れていないが、微笑んでいるように見えたことに、思考の整理が追いつかない。


 頭の言っていたことは間違っていなかったのだと若い男は感じた。


「てめえら! 一斉にやるんだ! こいつはただものじゃねえ」

 頭の中年の男が怒号を飛ばした。周囲の男達も戸惑いながら、各々が武器を構え始めたのだ。


「こいつっ……!!」

 若い男が呆気にとられつつも、態勢を立て直し、刀を構える。すでにその表情に、油断の2文字は存在しない。


「おいおい。怖エ顔してンな」

 青年は焼け焦げた顔でニヤリと笑い、右手で強く剣の柄を握り、左手で剣の鞘に手を掛けていた。


「ちっとは驚きやしたが。あんたは瀕死だ。それに、そんな抜けもしない剣で何ができるんです?」

 若い男は全身に魔力を練り始めた。確実に仕留めるための一撃への準備を整えるのであった。


「ひょっとして、この剣のことを言ってンのか?」

 そう言った青年は、鞘から剣をするりと抜き始めた。その所作は滑らかで、引き抜かれた刀身は銀色の輝きを放ち、刀身の中心部には赤い一本の筋が通っており、血液を彷彿させるものであった。


「馬鹿な。俺がどれほど力を込めても、抜けなかったのに……」


「悪いな、ニーチャン。こいつはオレの専用武器。誰でも使える代物ではねえンだ!」

 青年がそう言った途端、青年の全身から白い魔力のオーラが噴き出し始めた。


「なんつう魔力……」

 魔力量に若い男は察した。この男の力量が自分以上であることに。若い男はこれでも修羅場を潜り抜けて、戦闘にはある程度の自信を持っていた。だが、それをもってしても届かぬ境地を目の前の青年から感じ取ってしまう。油断から警戒、そして畏怖へと心情が変化し、その変化に若い男はまたしても手が止まり掛ける。


 しかし、その中でも中年の男は攻撃を仕掛けた。どのような事態でも最大限の能力を発揮する。それが長年の経験の積み重ねにより、為せる技であった。


「アーク・マギアオルム(土の拡大操作)!」

 中年の男が詠唱すると、青年の周囲の大地が隆起し、巨大な掌を二つ生み出した。


「握りつぶせ!」

 中年の男が自分の両の掌をガッチリと重ね合わせる。すると、大地から生み出された巨大な掌が青年を握りつぶした。


「頭……」

 呆気に取られていた青年に中年の男は喝を入れる。


「何をぼさっとしてやがる! 早く仕留めるぞ」

 中年の男が若い男にそう呼びかける。若い男の周囲にいた男たちは、すでに連携魔法を詠唱し始めた。


「バジャーク・レーン・マギアプル―ジョン(火土による範囲型・拡大爆撃)」

 男達は詠唱しながら、各々もつ武器の切っ先を巨大な土の掌に向けた。無論、それは土の掌の内部にいる青年に向けてのものである。


 合唱した土の掌が緋色に輝き、大爆発を引き起こした。


 轟音と爆風。続く、溶岩のような破片が四方八方に飛散する。


「やったのか?」

 男たちは爆心地に目をやる。赤黒い焔の中を黒い一つの人影がぼんやりと浮かんでいる。


「おいおい、そいつはフラグって言うンだぜ」

 爆炎の中からフワリと青年は現れた。焼け焦げた肉体からは煙が立ち上っているが、青年は笑っていたのだ。


 盗賊達全員がその光景に絶句する。本来なら、即死の一撃のはずなのだから。


 青年は炭化した身体をパタパタと叩いた。それは煤だらけの身体を叩くかのように軽い所作。しかし、そんな軽い所作であったのだが、炭化部分から内側で再生したと思われる肌色が露わとなる。それはまるで脱皮のようでもあった。


「不死身か……」

 盗賊の一人が思わず、呟いた。


「言い方には気をつけな。俺は他の奴らより、ちょいとばかり、再生するのが早エんだ」

 燃え盛る火炎の中で照らされた青年の顔はニヤリと笑っていた。その様子を見た盗賊達は、その異様さに動きが鈍くなる。だが、その中でも、歴戦の猛者である、中年の男は懐からダガーを取り出して、青年に向けて突撃していった。


「フーガ・サーフクリカ(風の波武装)!」

 間髪入れずに詠唱された男の魔法は、手に握っているダガーにかまいたちを生み出した。


 風を味方に付けた男の動きは韋駄天そのもの。吹き抜けていく一陣の風であり、青年の懐に入り込むのは一瞬の出来事。そこから、繰り出されるダガーの一振り、そこからの飛び蹴りに、身体を回転しつつ放たれる回転切り。それら連撃は踊るように繰り出される。


 一方の青年には、刃物の一振りが首元に迫るのだが、身体を反らして回避する。二撃目の飛び蹴りは、片足で止めて受け流し、最後の回転切りは、剣で弾き、受け流した。


 傍から見れば、それはコンマ数秒も満たない出来事である。男は自分の攻撃を受け止めたと認識するかしないかの段階で、次の一撃を、いや更なる連撃を青年に仕掛けていく。


 それらすべてを身一つ、剣一つで青年は対応する。傍から見れば、両者とも目にも止まらぬ攻防。刃物が衝突する時の甲高い金属音と、体術による鈍い肉の弾く音が絶え間なく聞こえてくる。


 だが、青年は男の攻撃を受ける度に、男の纏った風の刃が、青年の頬を、額を、大腿部を、手の甲をかすめ取り、流血させる。しかし、その一方で、流血した箇所の切り傷は修復を開始している。結果として見れば、大した傷を青年に与えられていない。


「そんなンじゃあ、いつまで経っても俺を仕留められねエぜ、オッサン」


「ほざけ。若造。これでもそんなことが言えるのか?」

 男はダガーを振るいながら、刃物を持たない掌をひらひらと動かす。すると、男の攻撃の合間に、部下の若い男達も攻撃に参戦する。槍の突き、刀や斧の一振りが絶え間なく、青年に襲い掛かる。


 すでに頭の雄姿を見て、本来の自分達を取り戻した部下の男達。彼ら自身の最大限の力をもって、青年に刃を向けていた。


「傷がすぐに癒えるのなら、癒える前に次の一撃を与えるまで」

 中年の男が、青年とのわずかな対峙から出した結論である。その意図は男の視線と、ハンドサインから部下達は理解していた。


「ゼオス・サイハルト(光の空間調製)!」

 攻撃を仕掛けている一部の盗賊達が唱える。すると、唱えた連中の身体がすっと透明になり、視界から消えた。


「!?」

 青年の眉間がピクリと動く。透明になった途端、盗賊達の攻撃の手が一気に緩んだ。かと思えば、すぐさま、背後から盗賊達が現れて、首元を狙う。


「やるな……」

 青年は上体を極限にまで素早く反らして、迫る穂先を回避し、剣で反撃する。それを盗賊達は3人がかりで受け流し、視界を消すもの、攻撃の手を緩めぬものに分かれる。


 消えたり現れたりする敵の不規則な動きと、連携による耐え間ない攻撃は、青年にとって膨大な思考を重ね続けざるを得ない。


(視界を消したり現れたりするのは厄介だ。だが、それは相手も同じ。あの状態であいつらの連携が崩れないのは、頭のオッサンを中心とした部下との阿吽の呼吸によるもの。本当に大したもンだぜ)


 やはり、命のやり取りという、ヒトの本気を引き出す場面でしか体感できないものが、そこにあるのだと青年は改めて実感していた。

 青年はそんなことを思っていた矢先、脳内に割って入る声があった。


『関心している場合じゃないでしょ、ブライ』

 その声の主は元勇者の青年、リツであった。

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