第9話 瀕死の青年

「まさか、あれで生きているとは不思議な奴だな」

 中年の男が、焼け焦げた肉体を見下ろして、言葉を口にする。倒れている男は行商人の青年。昼間、中年の男達が武器を強奪した被害者である。


 辺りは爆撃で炭化し、煤まみれ。焼け焦げたよう臭いが漂っている。


「そうっすね。だけど、これだけの術を食らえば、普通は虫の息かと思いますけど」

 中年の男の隣にいた若い男が声をかける。若い男は、短髪に、端正な顔立ちで肌の白い、優男、年齢にして25歳前後であった。


 一方、中年の男は顎鬚を生やした、ごつい体格のゴリラ顔の男であった。年齢にして40手前ぐらい。そして、その傍にはゴリラ顔の男よりも幾分か若い男達が、倒れている行商人の青年を見下ろしている。


「油断するな。虫の息でも、とどめは刺した方が良い」

 中年の男に油断という言葉は存在しない。過去の経験がそう教えてくれていた。だからこそ、部下にはそれをはっきりと伝えるのだ。


「まあ、頭が言うんであればそうしますか。悪いね、兄さん。こっちも必死なんでね」

 若い男は手袋をはめて、足もとから、鞘に収まった剣を取り出した。


「最期は自分の剣で終わりましょうか。もし、遺体でも発見されたときに、自殺という線で片づけるためにも」

 若い男は倒れている青年に剣を見せた。


「あっ…… み……つけ……」

 青年は虚ろな目で、その剣を眺めながら、うごめいている。呼吸はか細く、不規則で、身体は微動だに動かない。しかし、虚ろな目からは、何かを言いたそうにしているのだが、若い男にとって、それはお別れの言葉か、もしくは後悔の言葉を口にしているようにしか見えなかった。


 若い男の右手は剣の柄、左手は鞘に手をかけた。


 鳳凰らしき絵が刻まれた柄頭に、黒い柄の握り。黄金色の鍔の中央には、赤の結晶の玉が埋め込まれており、漆黒の鞘で、若い男は、少しだけ目を奪われた。


「にしても、随分と立派そうなものを使っていますね。行商人が使うにはとても……ってあれ?」

 若い男が剣を引き抜こうとするが、抜けなかった。


「どうした? 何があった?」

 中年の男が若い男に尋ねた。


「いや、剣が抜けないんですけど……」

 若い男が戸惑いながら、中年の男に答えた。中年の男は呆れるように、懐から刀を引き抜いた。


「なら、もうこれを使え」

 中年の男が刀を若い男の前に突き出した。若い男はその場に、俺の装備していた剣を置いて、刀に持ち替える。刀身はよく研がれており、夜闇でも良く光っていた。


「失礼しました。では、今度こそ……」

 若い男が俺を見下ろしながら、刀を振り上げた。


 その数秒の無駄なやり取りに大した意味は無いのだろう。


 ただ、1人を除いては。


「来い! ブライ!」

 瀕死の青年が吐血しながらも、強く声を発したのだ。盗賊達にとっての無駄な数秒は、青年にとって、その一言を発するのに必要な生命力を蓄積させるものであったのだ。


 その瞬間、若い男の側にあった剣が、青年の掌に吸い付くように飛んでくる。そして、青年は焼けただれた右手で、剣をしっかりと掴んだ。


「おい、何だよ、これ……」

 若い男は、不可思議な現象に戸惑い、一瞬だけ、刀を振り下ろす手を止めてしまう。


「何してやがる! 早く始末しろ!」

 中年の男は若い男を急かした。反射的に発した言葉だったが、それは直感で理解していたのだ。こういう意味不明な時にこそ、とんでもないことが起きることを。


「はい! すんません」

 若い男は頭に即座に謝り、刀を構えた。傍から見れば、申し訳なさそうに、焦りながらも、実行に移す部下のように見えた。しかし、心の中では、頭の焦りようによく分からずにいた。


 若い男は、青年に焦点を当てて、刀を振り下ろす。その時、剣を掴んでいた青年は、石像のようにピクリとも動かない。


 なぜ、こんな奴に頭は焦っているのか。もうこいつは瀕死の状態。いや、さっきの剣を掴んだ瞬間に、力尽きて、死んでいるかもしれない。


 そして、若い男は思うのだ。考え過ぎだろう。それより、こんな訳の分からないことで怒られていることに、若い男は腹が立っていた。


 故に若い男は刀の柄を握る手が必要以上に力み、力任せに振るうのだった。そこには刀を扱う所作もへったくれも無い。相手は虫の息。とにかくとどめさえさせれば良いのだから。


「……隙まみれだぜエ」


 その瞬間、若い男は言葉を耳にする。直感的にその言葉の主が、目の前で倒れている青年がボソリと言ったように思えた。なぜなら、その口調は、粗暴を体現したような声で、そんな言葉づかいをする奴が、自分の仲間にはいなかったのだから。


 この行商の兄さんか? 


 若い男はそう思った。だが、すぐに違うと思った。なぜなら、粗暴を体現したような口調では無かったことを襲撃した時に分かっていたから。


 では誰なのか?


 そんな疑問が男の頭をよぎりつつ、刀を振り下ろした時、カツンと跳ね返されたのだ。


 反動で後ろにのけぞる若い男は、一瞬の出来事に理解が追いつかない。さらに、そこに追い打ちをかけるように、瀕死の青年が起き上がり始めた。

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