第8話 潜入
「あそこが盗賊の寝床か」
わずかな月明りに照らされた視界の中、俺は崖の頂上付近から、眼下の盗賊寝床と思しきテントを見下ろした。視界には、巨大な岩壁に囲まれている4つの大きなテントが確認できる。
本来なら暗闇の中で見えにくい。だが、昔学んだ光魔法の暗視がそれを可能にしていた。
『見ての通り、やつらの寝床は岩壁に囲まれていて、入り口と出口が一緒。つまり寝床への経路は1つしかねエ。馬鹿正直に向かったら、見張りに捕まる。だから、裏手の岩壁から侵入するんだ』
「つまり、入り口とは反対の裏手に回り、崖を下りて、侵入するってこと?」
『その通り。降りるタイミングはオマエに任せるが、やつらの視界に入らねエように。それと、絶対に音は立てるなよ。即座に見張りに見つかって、計画はおじゃんだからな』
「分かってる。そういう術は、昔に学んているから」
『勇者の時にか? 勇者のクセして随分とコソコソしているんだな?』
耳元ではアイツの小ばかにしたような声が聞こえる。
「敵地への侵入を想定して、そういうのも学んだんだよ。派手に戦闘するだけが責務じゃない。いかに血を流さずに、敵を制圧するか。そのためには、侵入する術も身に着けろって言われて身に着けた」
『そりゃ、たいそうなモンだな』
「……まさかこんなことで使うとも思わなかったけどね」
俺は脳内の声を無視して、瞳を閉じる。瞼の裏にポツポツと緑の光る微粒子を思い浮かべた。すると、そよ風が自分の周囲に巻き起こる。
「フーガ・サイクリカ(風の空間保持)!」
俺は唱えた瞬間、足元がフワリとわずかに地面から離れた。魔法はこの世界の人類における生命線。誰もが何かしらの魔法を習得し、人々の暮らしに密接しているもの。
しかし、無造作に使用することは禁じられており、護衛や騎士などの一部の職を覗いて、多少の制限はかかっている。今、唱えた魔法は人に危害を加えるものでもないため、特に制限はなく、魔法の適正さえあれば、誰でも扱える。
俺は瞳を開いて、眼下のテントを見下ろし、自分の今いる位置から、テントまでの高さを目測する。ビル6~7階ぐらいの高さであった。
およそ10歩ってところだろうか。
俺は身体を傾けると、ゆるりと落下し始めた。数秒ほど、自然落下した後、空中で足元を踏む動作を行う。すると、落下速度が急激に減衰し、空中で一時的に立ちどまる。
しかし、それも束の間ですぐに落下が再び始まった。
フーガ・サイクリカという術は大気の風を実態として捉える術。
それを利用して、足元で小刻みに大気の風を捕らえて、落下速度を相殺し、崖を降りていく。この際、足元で踏む角度をわずかに変えることで、落下する向きを変更し、壁をぶつからず、壁に沿うようにして落下している。
(……ラスト一歩!)
地面間近になって、俺は両脚で強く宙を踏みつけた。身体に負荷は少しかかったが、かろうじて地面を数ミリ浮いた形で停止することができた。
俺は息を吐き出すと、術が解除されて、ゆっくりと地面に足を着けた。
『順調じゃねエか。そんじゃあ、手前の左側のテントに向かってくれ。そこにオレがいる』
俺は足音を殺しつつ、テントの傍まで接近する。周囲に気配は感じられない。そのため、テントの幕に沿って、移動し、入り口に到達した。
人がいない? 別なところで休んでいるのか?
俺の内なる声を聞いていたのか、アイツが答える。
『見張りなら中に1人いるが、休んでいるぜ。少し前まで起きていたが、さすがに体力の回復を行わねえといけねエからな。そんなわけで、安心して俺のところまで来いよ』
(了解)
俺は心の中で返事した後、テントの中に侵入する。テントの中は盗賊と思われる男が毛布にくるまっている。傍らには男の武器と思われる槍や、男の荷物が入った風呂敷が置かれており、テントの奥には木箱があった。大人1人がギリギリ入れそうな大きさの木箱からは見慣れた魔力が漂っている。
(あれだな?)
俺は心の内で念じると、アイツは即座に正解だと答えた。
『因みに奪われた武器の一部も入ってンぜ。さあ、もう少しだ』
俺は木箱の目の前まで行き、手で触れようとした瞬間、木箱から耳鳴りのような高い音が発せられた。
「誰だ!!」
寝ていた男が飛び上がり、槍に手をかけて、俺の方に焦点を合わせる。
『クソッ、罠か! はやく木箱を開けて……』
アイツに言われなくてもそのくらい理解している。俺はすぐに明けようとするが、男の攻撃の方が早かった。
「バージ・レイムアリア(炎の熱線照射)!」
男が槍の切っ先から、炎の光線が射出された。
(ま……ずい)
目の前に迫るのはすべてを飲み込む火炎放射。辺りをオレンジ色で照らし、熱波で肌がジリジリと焼き付ける。
俺は木箱に触れていた手を放し、身体をよじる。その瞬間、顔をすれすれで火炎放射が通り過ぎていく。後方が一気に炎上し、数秒もしないうちにテント全体に燃え広がった。
『おい、何があった? すんげエアツイぞ』
アイツからの質問に応えている暇は無い。火の粉が舞う中、敵の槍の切っ先が、俺の首元に向かって繰り出される。
俺は身体を反らして、切っ先を回避する。しかし、二撃目が来るのは言うまでも無い。反らした勢いのまま、後方転回を行い、宙に舞う。視点が天地にひっくり返る中、俺は地面に両手を付ける。
「アーク・ブリルアリア(土の剣の射出)!」
俺が唱えた瞬間、両手を付けた大地から土の剣が隆起し、敵へ攻撃を仕掛ける。敵もまた、槍を構える。
「バージ・クリカ(炎の武装)!」
男の槍に炎が纏う。男は炎の槍を横一線に振るい、土の剣をぶった切る。
これでもダメか。
俺は両手に地面をつけて、魔法を唱える。イチかバチかの奇策だ。
「アーク・サーフエッタ(土の波状変化)」
足元の地面がグニャリと波のように変形し、テントの土台まで波及する。土台までに伝わった瞬間、テントは支えを失い、大きな音を立てて、崩れ始めた。燃え盛る炎が四方八方に、俺と敵を飲み込んでいく。
『おい、木箱がなんだか燃えている! あちちちちチ』
脳内では騒がしい声が聞こえているが、関係ない。どうせ、この程度でアイツはくたばらないのだから、この戦闘の合間に回収するしかない。
「アーク・シーク・パルタロッサ(土の侵入と呼吸)
迫りくる炎を前にして、俺は土の魔法で中に潜る。潜ったと同時に頭上から落雷のような崩落音が響く。
ゴロゴロと大きな音が聞こえた後、急に静まり返った。
(もう、大丈夫だろうか?)
俺は土の中を泳ぐように移動し始めた。目的の場所は戦闘前と変わらない。あいつのところへ向かうのである。
運よく、アイツの魔力は健在であることは認識している。まあ、この程度でアイツが死なないことは、3か月程度の付き合いの俺でも理解できているのだが。
(おい、大丈夫か?)
俺はあいつに呼びかける。
『……痛エし、アツイ』
数秒ほど無音が続いた後に、アイツからの返事が返ってきた。どうやら、かなり機嫌を損ねているようだ。
(良かった。今すぐお前のところに向か……!?)
俺が安堵したのも束の間、周囲からとんでもない魔力量が放出されていることを感じる。
アイツ由来のものか? いや、違う。これはそういう類じゃない。ちょうど戦闘が行っていた場所あたりを取り囲むように、急激なエネルギーの上昇を感じられた。
(何が起きているんだ!?)
俺はあいつに尋ねるのだが、アイツからの返事を待たずして詠唱の声が聞こえた。
「バジャーク・レーン・マギアプル―ジョン(火土による範囲型・拡大爆撃)」
複数の声による詠唱が聞こえた。唱えたのは俺でもアイツでも無い。つまり、敵の術であり、その声が土の中に俺が届いたという時点でその詠唱範囲は俺の周囲一帯であることを示唆していた。それはつまり、逃れられない。俺の判断ミスでもあった。
噴火の如く、周りの土が緋色に輝き、高熱を帯びる。咄嗟に俺は反射的に両腕で顔をガードする。
それからすぐに、鼓膜が破れるほどの爆音が響き、視界が真っ白になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます